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■オープニング本文 ※この依頼は五行国の陰陽寮の一つ【青龍寮】に所属しているPC様を対象としたシナリオです。青龍寮に所属していない方が参加されましても、描写は極僅かになってしまいます事を予めご了承ください。 ● 青龍寮の未来を その日、五行国警邏隊総指揮官の矢戸田平蔵は苛立ちを露わにした足取りで五行王・架茂天禅(iz0021)の執務室に乗り込もうとしていた。 理由はただ一つ、今日こそ青龍寮の件における明確な返答を得るためだ。 次代の陰陽師を育成、教育する、五行の国が誇る研究機関、陰陽寮。 青龍、朱雀、白虎、玄武の名を冠した四つの寮が独自の課題に取り組みながら、または他の寮生達と腕を競い合いながら技術、技能の向上を目指すもの――その本来の姿が、ある時を境に失われ始めた。 老朽化が進んでいた白虎寮の建物を修繕する必要があるからと、新入生を受け入れなくなって三年。全ての寮生が巣立った年から修繕作業は開始されたが、陰陽寮への入学希望者が年々減っているという状況が、其方に予算を割くという選択を困難にさせた。 そして、青龍寮。 しばらくは他寮と共に新入生を迎えるなど恙なく運営されていたが、震上きよ(iz0148)がやむを得ない事情で寮長を辞任、後任として五行の国王である架茂天禅が自ら教鞭を取ると宣言し、……そのために青龍寮は立ち止まってしまった。 一度は丹波丸一なる王の知己が寮長に推薦されたものの問題外とされ、以来、青龍寮単独では一度も授業が行われていない。 その期間、およそ二年。 青龍寮に所属していた生徒達の半数は朱雀、玄武への転寮、または退寮し、そしてもう半数は今なお青龍寮に籍を置いている。 そんな生徒達の心情を慮れば、平蔵の胸中にはやるせない怒りが込み上げてくるのだ。 怒りの矛先が五行王であるのは無論のこと、自分自身も許せない。五行王が人間性に難有りの馬鹿者だと知っていたにも関わらず、寮長を代行するという彼を止められなかった。 (……あいつがそれで変わってくれるならと、願った俺が馬鹿だったんだ) 悔しい、と思う。 青龍寮に止まり続けている寮生達にどう詫びたら良いのか、あの日――白虎寮に籠った彼を引っ張り出した日からずっと考え続けている。 (今日こそは絶対に返事を聞かせて貰うぞ) 決意を新たに、辿り着いた執務室の襖を勢いよく開け放った。 「天禅、覚悟は出来たか!!」 開口一番の側近であり唯一の親友の怒声を、しかし迎えた五行王は相変わらずの仏頂面で一蹴。 「今は忙しい、話なら後にしろ」 「今のお前に青龍寮の問題以上に大事な話などない!」 「その青龍寮生に召集を掛けた」 「そうだ、召集を掛けろ! そして詫びろっ、いい加減にあいつらの……」 平蔵は固まった。 「……召集を、掛けた?」 過去形を疑う平蔵に、王は一つ頷く。 「これから会いに行く」 「……どうした急に」 それこそを望んでいたとはいえ、こうもあっさりとこの男に動かれると疑問符しか浮かばない。そんな平蔵の心境を察したのだろう。王は眉間の皺を更に深くして浅い息を吐いた。 「……私とて考える……。時間がない、青龍寮の話ならば歩きながらで構わないな」 有無を言わさぬ物言いは相変わらずだったが、この状況で否を告げる理由もない。さっさと歩き出す国王に、平蔵もまた側近として付き従うように歩き出した。 五行王はしばらく無言だったが、平蔵が急かすでもなく黙ってついて来ているのを確認した後でぼそりと話し始めた。 「今年の初め……私が白虎寮で研究を行っていた際にお前たちが現れた」 「? ああ」 「そして生成の襲撃だ……寮生達には辛い思いをさせたな」 「ああ……」 ひどい戦だった。 多くの犠牲があり、裏切りがあり、不信と疑念と、……小さな希望が、錯綜した。 寮生はその小さな希望を掴みとったのだ、と思う。 少なくとも彼の目にはそう映り、故に気付いた。 「私は愚か者だ」 「――」 唐突な言葉に耳を疑う平蔵だったが、彼は続けた。 「王とは名ばかりの、性根に問題有りの、くだらぬ虚栄心で敵ばかりを増やす、愚か者だ。……しかし、そんな愚か者にも寮生の姿は眩しく見えた」 そうして思い出されたのだ、彼らの言葉が。 研究を手伝わせてほしい。 協力したい。 頼って。 青龍寮の開講を――……待っている。 「私は王にならねばならぬ」 その言葉の真意を掴み、平蔵は黙する。 「このまま彼らから目を背けたままでいるわけにもいかぬが、かと言って青龍寮で教鞭を取り続けるは困難。……であれば閉鎖か、と。しかし朱雀と玄武の寮長が待てという。せめて寮生の声を聞け、と」 それが最もな意見であるから彼は考えた。 考えて、考えて、そうして出した結論。 「朱雀や玄武のように定期的な授業を行い、青龍寮で進級、卒業試験を行う事は私には出来ぬ。新たな寮長の目途も立たず、青龍寮の存続を決めたとて状況はこれまでと変わらぬだろう」 朱雀、玄武への転寮を希望するのであれば受け入れは可能だという返答が各寮長からあった。 他の寮に移籍する事で他の寮生と変わらぬ授業を受け、試験を経て卒業する。普通の寮生活を送る事が出来ると言う意味では、これが最も現実的で最良のように思われる。 だが、それでも青龍寮に。 青龍寮を卒業する事に重きを置くならば。 「授業は行えぬ。だが、新たな術を研究し完成させるを卒業の証とするならば、私の全力で以て応えよう」 無論、希望する内容を研究したとて、それが成功し術として完成するかは判らない。 青龍寮生は授業を行っていない。他の寮で新たな術を研究、完成させる過程に比べれば、王の提案は酷く困難な道程を越えて行かねばならないだろう。 どんなに努力しても望む結果が得られない事もある、という点に関しては理解してもらわねばならないが、二年という空白の時間を経て尚も『青龍寮の卒業生』を望むのであれば。 ――挑んでみるか? それが、ようやく青龍寮生に向けた五行王・架茂天禅の問いだった。 |
■参加者一覧 / カンタータ(ia0489) / 氷海 威(ia1004) / 胡蝶(ia1199) / 四方山 連徳(ia1719) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 宿奈 芳純(ia9695) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / 晴雨萌楽(ib1999) |
■リプレイ本文 ● 五行王から「挑んでみるか?」と問われてから数日。 青龍寮に所属する彼らはそれぞれに『答え』を求めて過ごしていた。待たされ続けてきた三年と言う決して取り戻せない月日に対し、自分は何を求めたいのか。 どうしてほしいのか。 そして、どう在りたいと願うのか――。 (あたいには、判らない……) だからモユラ(ib1999)は待っていた。 此処に居れば全員が揃う前に五行王と話が出来るはず……そう考えて、青龍寮の門前で。そしてその予想は外れなかった。 数名の護衛を伴って現れた五行王の姿を確認したモユラは立ち上がり姿勢を正す。 すると相手の方も彼女の存在に気付いたらしく、手振りで護衛の者達を下がらせる。 「……どうした」 相変わらずの仏頂面は他人を拒むように見えるが、決してそうではない事を知っている。否、判るようになったと言うべきか。 それくらいには、陰陽寮生は五行王に近しくなっていた。 だからモユラは願う。 少し話をさせて下さい、と。 五行王からの返答は「……中庭で良いか」という短い一言だった。 ● 授業が行われずとも日々此処に通い、待ち続けた寮生達がいてくれたお陰か青龍寮の内部は比較的整っていた。 鬻姫の襲撃を受けた際の多少の損壊はあったものの、甚大な被害を受けた白虎寮に比べれば、最も距離のあった此処の被害は微々たるものと言えるかもしれない。 人気のない静かな中庭にも花が咲いており、その事に五行王は目を細めた。 「……此処の手入れもおまえ達がしていたのか」 「たまに、ですけど……時間はたくさんあったから」 「そうか」 五行王は低く答え、……そうして沈黙の帳が落ちる。 話をしたいと言ったのは自分なのに、切り出し方が判らなくてだんだんと強張っていくモユラの顔。 早く言わなきゃと思うも言い出せず。 ……それでも五行王は待っていた。 ただ、静かに。 (……迷っちゃダメなんだって、判ってる……でも、それでもあたいは……) 二度の深呼吸。 そうしてようやく紡ぐ言葉を選び取る。 「……あたい……迷ってます、すごく。昔、不安だったあたいに架茂王様は「頑なに信じろ」って、言ってくれた。だからあたいは授業がなくたって、……自分で学べる限りの事を、学び続けた……ううん、学んだつもりだったんだ」 言葉を押し出す度に脳裏を過るのは生成姫の陰謀に端を発する大戦。 陰陽寮生に託された任務。 あの場所で自分は何を成しただろうか。 「学んだと思っていた事は何だったんだろう……頑張ろうと……、何か役に立とうと必死になって……それなのに、なんにも出来なかった」 五行王は先日の招集の席で青龍寮生に告げた。 あの戦の中で決して屈さなかった寮生の姿が眩しく見えた、と。 しかしモユラの胸の内には疑問しかない。 何も出来なかった自分が輝けていたわけがない。 「……ねぇ、架茂王様。教えてください。あたいは……青龍寮に居るだけの力が、……資格が、ちゃんとあったんですか? ここで学ぶ資格が……」 今もこうして此処に居る、資格が。 ――それきり黙り込んでしまった少女に、五行王はしばしの間を置いて告げる。 「では、あの戦で何か出来た者がどれだけ居たのだ」 「え……」 「おまえ達個々人が必死になったくらいでどうにかなるのなら、生成など私一人で消していた」 五行王は淡々と告げ、踵を返す。 「おまえは何も出来なかったと言うが、ではおまえと共に戦った仲間もおまえは何もしなかったと言うのか」 言わない、と。 青龍寮の仲間達の姿が思い出されると同時に胸の内に浮かんだ答え。仲間はきっとそうは言わないだろう、けれど。 そうは言葉に出来なくて、固まってしまったモユラに更に続けられる王の言葉。 「同じことを二度言うつもりはない。後は皆の前で話す。……だが青龍寮で学ぶ資格の有無については入学試験に受かったのだから有るだろう」 資格が無ければ入寮そのものが許されない。 元来、陰陽寮はそれだけ敷居の高い学舎なのだ。 「……行くぞ」 モユラはまだ迷っていたが、五行王に促されて場所を移る。 人気の無い中庭から仲間が集まっている食堂に。 青龍寮の未来を決めるために。 ● 食堂にはモユラを含め九名の青龍寮生の姿があった。 名簿には二十名近い名前があった事を考えると、実際の手続きはどうあれ青龍寮を去ってしまったという事だろうか……? 悪い事をした、と思う。 しかしその表情には一欠けらの感情を滲ませる事もなく、集まった九人の顔を一人一人見遣った。 まずは言いたい事を聞こうと促した五行王に最初に応じたのはカンタータ(ia0489)。 「先の合戦ではボク達の請願を汲んで頂き有難うございますー。定期の授業を行えない青龍寮では直接は『子供』達の受け皿になれないのが残念ですけどねー」 ゆっくりと、歌うように語られる彼女の言葉に五行王は言う。 「子供に関しては指定の孤児院に預け開拓者達と触れ合う機会も設けられているようだ。おまえ達が関わる事も不可能ではあるまい、機会があれば会いに行ってやると良い」 「そうですねー。縁があればー」 五行王は一つ頷くと視線を転じる。次は誰の番かと目で促せば進み出たのは宿奈 芳純(ia9695)だった。 「言いたい事は数あれど……まずは不遇の中、奮闘された『青龍震上隊』の方々と、朱雀寮の騒動へ助力された方々への格別のお計らいを願います。また、ここまで事態を悪化させた責任を取ると仰るなら言葉では何度も反故にされ信用できませんので行動でお示し下さい」 物言いは丁寧だが、これまでの経緯に対する強い怒りを滲ませた言葉。 対し五行王は、僅かに目を細めた。 「……信用出来ぬは当然。それに関してはおまえの言う通り行動で示す他あるまい。……しかし『青龍震上隊』と朱雀寮の騒動に助力された者達への格別の計らいとは、な。そもそもおまえは『青龍震上隊』の一人か」 答えは否だ。 五行王はゆっくりと呼吸する。 「誤解のないよう言っておくが、二年以上もの年月を無駄にさせた事が青龍寮生を優遇する理由にはならぬ。私がこの寮の講師である前にこの国の王である事を忘れるな。また、仲間を労う思いは判らぬではないが、――その者達が一度でも褒美が欲しいと口にしたか」 言わんとすることは芳純にも理解できる。仲間の為を思うのならこそ、彼らが望まぬ事を代弁してはならないと。話には尾ひれがつくものだ。もしも青龍の者が王へ最初に望んだ物は対価だった……、などと周囲に伝われば、彼らの品格も貶められる事になる。 ハッとして周囲を見渡せば、鈴木 透子(ia5664)は表情の乏しい顔で小さく頷き、樹咲 未久(ia5571)は「そうですね」と穏やかな笑みを浮かべていた。 「文句は山とありますが……、まぁ一言言わせて頂けるなら「休講、長過ぎです」でしょうか」 にっこり、いい笑顔で告げられる言葉に五行王は「すまなかった」と繰り返す。 その上で更に「これも誤解のないよう言っておくが」という言葉を繰り返した。 「おまえ達の『卒業』に関しても優遇される事は無い……いや、今の今まで休講していた青龍寮が突如として全員卒業では、他の寮生達から見れば優遇以外の何物でもないのかも知れぬが」 「それは」 「判っている。だから私はおまえ達を卒業させると言ったを撤回するつもりはない」 言い掛けた芳純を遮り、王は言う。 「しかし、そう思われる可能性が皆無でない事は覚えておけ。それでもなお青龍寮の卒業生として術の開発に取り組みたいと言うのならば、相応の覚悟をしてもらわねばならぬ」 その結果、術の開発が成功してもしなくても、青龍寮は閉寮される。 術が完成されればそれは確かに卒業の証となるだろうが、では失敗し開発出来ないままとなれば、それは卒業ではなく――。 「……朱雀、玄武への転寮の機会はまだある。試験を受け相応の学年に転寮する事で確実に『卒業』を手にする機会は得られるだろう。……それでも、おまえ達は青龍寮での卒業にこだわるか」 「ええ」 即答は胡蝶(ia1199)。 「転寮して同期の朱雀寮生の卒業を見送るのは心情的に、ね」 「以前にも転寮する機会を頂いていましたが、私はここが好きなようですので、青龍寮生としての卒業を願います」 未久が言葉を重ね、透子が頷き、无(ib1198)が笑う。 「友人達が此処にいるのです」 授業こそ行われずとも、ずっと共に過ごして来た仲間が。 そう迷いなく言い切る青龍寮生、一人一人を順に見つめていく五行王に次いで言葉を紡ぐのは四方山 連徳(ia1719)。 「……うーむ? ある意味、この空白期間が青龍寮生間の連帯感を高めたと言えるでござる。となると、むしろ『ありがとう』と言うべきかもしれないでござるー」 「――……」 微かな。 ……本当に微かな五行王の変化に青龍寮生達は気付かない。 「というより一年近くも遊び歩いていた拙者が色々言えた義理じゃないでござるウヘヘ」 「ちょっと良いシーンだったのに台無しです」 「連徳さんらしいのですー」 連徳、透子、カンタータの遣り取り。 唯一の一学年下になる氷海 威(ia1004)は、自分こそこの中に加わっていいのかと困惑していた。 学年が違うならそれこそ転寮するという選択肢があったけれど、……それでも目の前の先輩達と共に居たいと願い、固く握った拳を胸に添えた。 芳純は己の言葉を胸の内に繰り返した後で頭を切り替える。 いま話すべき事柄は過去ではなく未来。 青龍寮生としての、未来。 そして、そんな仲間達の姿をモユラはじっと見つめていた。 ……ただ、見つめていた。 ● 結論として、転寮はせず、この青龍寮が閉鎖される日を卒業生として迎える事を選んだ彼らは、これから卒業試験とも言える新しい術の研究を開始する事になる。 「希望する術の内容は決まっているのか?」 そんな五行王の問いに真っ先に挙手したのは透子だ。 「大アヤカシを封じる方法があるのなら、研究すべきだと思っています」 五行東の大アヤカシ生成姫がそうであったように。 希儀のアザットホニウスがそうであったように、大アヤカシを封印する術は確かに存在するはず。であれば、生成姫の消滅によって起きた三珠島群の落下による調査結果を鑑みるにこれを研究し、解き明かさねばならないだろう。 「自分もその案を支持させて頂きたく……」 すっと手を挙げる威。 「アヤカシに人の世が乱され続ける時代を終わらせるために、例え微力でも尽くしていくと決めております……その一端を担えるのであれば、是が非でもと……」 「ふむ……確かに術は存在するであろうが、それも古の秘術。解明するは容易ではなく、そもそもおまえ達には経験と知識が不足している事は否めぬ。研究するのは構わぬが達成されるとは思わぬ事だな」 五行王が答えると、透子は少しだけ不思議そうな顔をした。 「王様はそういった研究をされているのではないのですか?」 「私が?」 聞き返した後の、沈黙。 五行王はしばし考えた後で短い息を吐き出した。 「……私がそれを調べていると?」 「正確ではなくても、生成姫の件で悩んでいらっしゃるようでしたので。そういう研究なら王様の助けになるのではないかと思い、お手伝いさせて頂けたら、と」 「今は私の手伝いではなく、おまえ達の卒業試験について聞いているのだが、な」 僅かに呆れた口調ではあったが、決して突き放すものではなかった。 「先にも行った通り研究するのは構わぬ。が、私の手伝いをするなどという話は『卒業』出来てから考えるのだな」 「はい……」 透子は素直に応じつつも「では何の研究をしているのでしょうか」と目で訴えてみるが、五行王が答えをくれる事は無かった。 次、と促され挙手したのは无だったが、彼の「瘴気と精霊力の融合、相互変換等の研究」も、次いで発言した芳純の「瘴気汚染に陥った人々を治療出来る術の開発」も達成される可能性は限りなく低いという返答。 胡蝶の「人魂」の上位術――現在の視覚と聴覚の共有に加えて、式を介して術者の声を出せるようにする研究に関しては、唯一努力次第で可能だろうという判断だった。 最後に未久が挙げた「瘴気回収の応用術――錬力の回復ではなく安全に保管、封印する術や、瘴気の濃度で索敵が出来ないか」という案についても色好い返答はなかった。何より、朱雀寮でもそういった術の開発を希望する声が挙がっており、研究、開発を行うなら其方が優先される、と。 やはり三年間しっかりと陰陽寮で学習して来た他寮の生徒達に比べれば、青龍寮で術を研究するという事は、決して一筋縄ではいかないのだと彼らは実感した。 カンタータは問う。 「王様は研究に関して支援をして下さるという話ですがー、具体的にどういうものなのでしょうかー?」 「最低限の知識と技術は教える。その上で、術の開発に必要なものがあるなら、それを確保するための移動費や、必要な術具といったところだが、……口頭では判り難いか」 王はしばらく考えた後でゆっくりと語る。 「ならば次回の招集で『人魂』の講義を行おう。その上で、胡蝶が希望する進化を遂げるために何が必要なのかを自分達で考えろ。そして、必要なものを得るために何をすべきなのかを、な」 他の寮では、三年間に渡って学んできた知識と、得た経験。 それを青龍寮の生徒達が補うには、自分達で考えるしかない。 「では例えばー、先程の樹咲さんの「瘴気回収の応用術」の件ですが、朱雀寮の方々と連携するというような事は可能でしょうかー?」 「……現時点では不可と言っておく。朱雀の三年生と同等の知識、経験を積まねば話にならぬだろう」 ――……予想以上に厳しい問題だ、と感じる。 ともあれ、これでも卒業に向けて術を研究するのなら次回も此処に集合だと語った五行王は、九人から術の開発以外に『したい事』を聞いた上で、日時が決まった時点で改めて連絡をすると告げて青龍寮を後にした。 ● 「……希望の術の開発に着手出来るのは嬉しいけれど、全員を巻き込んでしまったようで悪いわね」 次回から『人魂』の上位術開発に着手するという五行王の宣言。 それを希望した胡蝶に文句は無いが、結果的に全員でそれに着手しそうな雰囲気には悪い気がしないでもない。 しかし透子は左右に首を振った。 「王様は術の研究、開発は一つに限らないと言いました。でも現時点ではその流れがはっきりとしませんし、まずは可能性のありそうな胡蝶さんの希望分野に全員で取り組むのは妥当だと思います」 「ですねー」 カンタータも同意し、芳純は難しい表情ながらも「仕方ないでしょう」と一言。 「まだ納得出来ない部分は多々あれど進む事を選択したのは私達です。今後は私達の声を聞いてくれるという話ですし、……まずは始めてみましょう」 「ええ、そうしましょう」 无も頷きながら食堂を後にする。 「……」 胡蝶は短い息を吐いて顔を上げると、そのまま何を言うでもなく仲間に続くように寮を後にする――。 「それより問題はどのようにして青龍寮に居座るかでござる」 廊下を歩きながら、連徳。 「選べと言うなら術の開発でござるが拙者は閉寮反対、授業再開まで懲りずに居座るという選択肢が不足しているでござる」 「新しい寮長が見つからない以上、授業再開は難しいのでしょう……かと言って、今後もこれまでのように放置されるのも困りますし」 未久が言い、透子も。 「……王様のお手伝いが出来れば青龍寮に居座り続けられるかもしれないと思いましたが、……難しいようです。何か方法があれば良いのですが……」 「閉寮してしまえば此処は無人になりますよね……無人の建物は痛みが早いので保守・維持管理を理由に居座ってみてはどうでしょう」 良い笑顔で未久が提案し、透子が「それは良いかもです」と応じるが早いか「むむっ、閃いたでござる!」と連徳が目を輝かせた。 「拙者が講師資格を取って授業再開するでござる! 教鞭を執ったりビュンビュン振り回したりすれば良いでござるー!」 そのために必要なのは、やはりまずは卒業だろう。 その後はコネを作ったり諸々中略したり五行王に認めさせるべく研究三昧が一番の近道かと思えば卒業に向けた術開発も大いに結構。 「拙者、燃えて来たでござるーーー!」 やる気全開で廊下を走り出す連徳の背中に、しかし仲間達は慣れたもの。 「……連徳さんが教鞭をぶんぶん振り回すなら、傍で止める人が必要だと思います」 「それはもう鈴木さんしかいませんね」 「樹咲さんも適任だと思うのです」 「私はお茶でも飲みながら「今日も平和だなぁ」と眺めているのが関の山ですよ」 「連徳さんには自由を貫いてもらえばよいのですー」 カンタータの結論。 なるほど、と仲間達。 一同は軽やかに小さくなる連徳の背を、何となく拝んでおきたい気分になるのだった。 賑やかな廊下に背を向けて一人沈んだ顔をしているモユラに、躊躇しつつも声を掛けたのは威だった。 ただ、彼は励ましたくて声を掛けた訳では無い。 「……自分は他儀のアヤカシを調査する目的で天儀に居ない事の方が多うございました。寮を思い、大切に守って来られた先輩方に比べ随分と気儘な立ち位置に居たものと思います……」 静かに語る彼へ、モユラは視線だけを向けた。 威は続ける。 「しかしながら、この龍花を頂いた時の嬉しさは何にも代え難く、先輩方の御結束と御活躍を拝聴するにつれ、不束者とて、この寮を離れ難く思っております。……それは、卒業後も先輩方が青龍寮の維持管理に携われるよう願う程に」 そうして初めてモユラと視線を重ねた彼は、 「……若輩の身でありながら差し出がましい事を申しました。御気分を害されましたら誠に申し訳ございません」 「ううん……」 丁寧にお辞儀する彼へ、モユラは左右に首を振る。 そして、微笑った。 「ありがとう」 まだ気持ちは決まらない。 悩みは尽きない。 けれど、それでも、立ち止まってはいられないから、……決めなければ。 ふふっと楽しげに笑うのは、无。 肩に乗せた尾無狐のナイの背を撫でながら彼は空を見上げた。 こうした選択を迫られている、現在。それでも青龍寮を選んだことに後悔は無い。 入寮試験の折に五行王は彼に問うた。 『陰陽師として成す事は何か。その原点は何か』と――无は『世界を識る事』を望み『異質を識り未知と疎通する事』が原点であると答え、今なおその思いは変わっていないのだ。 青龍寮で他寮と同等の授業が行われずとも、だからこそ識れる事があるのなら彼は此処を卒業する事を望む。 王には困難と断じられようとも、探究心は変えられない。 「やってみましょうよ、面白い結果を手繰り寄せられるかもしれません」 何故なら、此処には。 「友人が一緒ですしね?」 空へ告げる独り言。 聞く相手の無い言葉は風に溶け、いつか、誰かに、届くだろうか――。 |