【武僧】神降ろしの儀
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2013/01/21 15:16



■オープニング本文

●八咫烏を奉ずる
 年末――希儀の探索がひと段落つき、多勢の開拓者が天儀に戻り始めていた。
 彼ら開拓者の多くは神楽の都に住まいを確保しているが、一部の者は天儀各地それぞれの故郷や地元へと帰っていく。中でも、武僧らの多くは元々東房出身者で、属していた寺のこともあり、年末年始を寺で過ごさんと東房へ里帰りする者も少なくない。
 そうして彼らは天にその姿を見る。
「いつ見ても立派なものよ……」
 空に浮かぶ八咫烏。その雄大な姿は、古えより伝わる精霊の御魂を想起させ、仰ぎ見る者に自然と畏敬の念を抱かせる。そんな八咫烏も、今は管轄は東房より開拓者ギルドに移され、内部の整備が進められつつあった。

 そうして、新年。


●あの日から続く夢

 ――……
 ……――……

 遥か彼方から声が聞こえる。
 言葉には聞こえず、単調な音でしかないように思えたが、しかしそれは確かに『声』だった。
 誰の?
 何の?
 ……いつ、の?


 ***

 穂邑(iz0002)は布団の中で目を覚ますも体を起こすことが出来なかった。
 理由は彼女自身が一番解っている。あの日から――もう一昨年になるが、その年の秋に霊剣修復のために赴いた武天・阿蘇館で高位精霊「鬼陽」と交渉すべく己の身を憑代とした事がある。
 高位精霊との交渉がどれ程の危険を伴うものなのか当時の穂邑は知る由もなかったが、共に現地へ赴いてくれた友人達がいなければ彼女は確実に死んでいただろう。
「……っ」
 思い出すだけで身体が震える。
 布団の中で体を丸め、両腕で自分自身を抱えても消えない悪寒は冬の寒さのせいばかりではなかった。
(怖かっ……た……)
 太陽と見紛う烈しい炎が齎した痛みは、意識を遠のけても手放させることを許してはくれず、その恐怖は今なお夢という形で少女を苛んでいるのだ。
 あれから、ずっと。
 穂邑は灼かれる夢を見続けている。
(……眠るのが怖いなんて……)
 夢が日を追うごとに鮮明になっていくから尚の事、こんなにも夜が怖い、なんて――。
「っ?」
 丸めた背中に、不意にずしんと乗って来た重み。
『早く寝ろだし。寝ないなら飯出せだし』
「……お夕飯、あんなにたくさん食べたのに……」
『全然足りないし』
 ふんっと鼻を鳴らすのはケモノ(狛犬)の阿業。無言で穂邑の足に頭を乗せてきて寝たふりをしているのは同じくケモノ(狛犬)の吽海。二頭の不思議な温もりが布団の上から伝わってくるから穂邑の表情は和らいだ。
「ご飯は、朝ご飯までお預けです」
『ならさっさと寝ろだし。起きてると朝が遅くなるし』
「そう、ですね」
 くすっと微笑う。
 早く朝が来ますように――そう祈りながら穂邑は再び目を閉じた。


●そして時は来たれり

 数日後、穂邑は開拓者ギルドで目にした一枚の依頼書を前に何度も小首を傾げていた。その肩の上では手乗りサイズまで小さくなった二匹の狛犬が鼻提灯を作りながら眠っている。
 依頼主は朝廷となっており、依頼内容は『東房の空に浮かぶ八咫烏の制御を掌握するために必要な儀式に関して調べて欲しい』という些か不可解なもの。
 朝廷側から幾つかの古い資料を借り受け、それを基にその儀式が可能かどうかを現地調査含め頼みたいとあるのだ。
 現地というのは八咫烏の最深部にある精霊の部屋。
 これに必要な神器の確保は五行国に依頼済みゆえ、これを朝廷が受け取った時点ですぐに対応出来るかどうかを確認するのが仕事になるようだった、が。
「何かおかしくないですか……?」
「おかしいわよねぇ」
 応じるのはギルド職員で穂邑とは顔馴染みの高村伊織だ。
「ここ最近、朝廷経由の依頼は何っか釈然としないものが多いわよ」
「そうなんですか?」
「ええ。まぁ大きな声じゃ言えないけど……」
 もう八咫烏内部の清掃と修繕は終わったと聞くのに朝廷が儀式を行う気配は皆無で、開拓者にこんな依頼を出してくるなんてまるで時間稼ぎのようじゃない、と。
 訝しんでいる開拓者だって少なくないでしょうに……伊織は耳打ちするように囁いた。
「大体ね、穂邑ちゃんに直接頼みに来た霊剣修復の件だってそうよ」
「え……」
「あんな恐ろしい目に遭うなんて、朝廷側が解っていなかったと思う?」
「――」
 不意に少女を襲った悪寒。
 思い出される恐怖。
 穂邑に直接依頼して来た朝廷からの使者は「何が起こるか解らない」と言っていたけれど、果たしてそれは朝廷の本音だったのだろうか……?
 唐突に落とされた沈黙の帳はしばし払われることはなく、固まってしまった少女の様子に伊織は焦り始めていた。
「ちょっと大丈夫? 体調が悪いんだったら、少し奥で休んで行っても……」
「いえ、……あの……」
 穂邑は言い難そうに。
 けれど、真っ直ぐな瞳で告げた。
「この朝廷からの依頼、受けたいと思います」
「え……えーーっ?」
 辺りに響く伊織の素っ頓狂な声。
 少女の肩で眠っていた二頭の狛犬は驚いてぼてっと落下したが、穂邑の決意は変わらなかった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
月代 憐慈(ia9157
22歳・男・陰
弥十花緑(ib9750
18歳・男・武


■リプレイ本文

●九人目の同行者
 朝廷からの依頼が腑に落ちないのは誰しもが同じだった。
 八咫烏に到着した一行は内部で新年会を行っている人々に万が一の被害が及んでは大事と、朝比奈 空(ia0086)と水月(ia2566)が主催者に話を通している間、柊沢 霞澄(ia0067)は周囲をゆっくりと見て回り、月代 憐慈(ia9157)と弥十花緑(ib9750)は朝廷から預かった資料を各々で改めて確認していた。
「……どうやら八咫烏に限定したわけやなく、精霊と交渉するいう儀式全般の手順書のようで」
 花緑の言葉に憐慈は肩を竦めた。
「朝廷の連中もどこまで人を白けさせるんだかな。この資料の真新しい様ったら」
 明らかに今回のために必要となる部分だけを抜粋、書き写したと判るそれを、憐慈は興味が失せたようにコニー・ブルクミュラーへ放った。
「わっ、わっ」と慌てて手を伸ばし、無事に受け取れてほっとするコニーに、柚乃(ia0638)とキース・グレイン、そして穂邑はくすっと笑う。
『おまえ、あいかわらずだし』
 掌サイズで穂邑の肩に乗りながら言うのは阿業。
 吽海はそれより一回り大きいサイズで柚乃に抱き締められている。
 コニーは恥ずかしそうに頬を染めると、誤魔化すようにその真新しい資料を開いた。
「でも、おかしいの」
 柚乃は言う。
「穂邑ちゃんに、鬼陽さまと交渉して霊剣の修復をお願いしてって言って来た時も、この資料があれば、もしかしたら……」
 その後が続けられなかった柚乃に代わり、キースが言う。
「もしかしたらあの時は壊れた霊剣こそが神器だったのかもしれないな。それが壊れていたから穂邑が危うい目に遭った」
 だからこそ神器もない今の時点で危険はない、と。
 朝廷からの不可解な依頼に何とか「安心」を見付けようとするキースだったが、ちらと見た穂邑の表情は――。
「穂邑ちゃん」
「え……」
「皆がいるから……大丈夫」
 柚乃にぎゅっと手を握られて目を瞬かせる穂邑を全員が見つめていた。
「は。あ、ありがとうございますっ」
 深々とお辞儀する少女に仲間達の表情も和んだ頃、空と水月が戻って来た。しかし合流したのは彼女達だけでなく、更にもう一人。
「皆、ご苦労じゃ!」
 朗らかな笑顔で近付いてくるのは開拓者ならば誰もが知っていると言っても過言ではないだろう大伴定家だった。
 その顔を見て驚く仲間達に、空はゆっくりと告げる。
「此方の新年会に参加されていたそうで、今回の調査の話しをしましたら同行されたい、と」
「口一つ挟まんから安心せい、後ろから見学させてもらうだけじゃ」
 そう言われても……と八人は互いに顔を見合わせるが、朝廷とは距離を置いている大伴ならばという気もしないではない。
 結局、彼らは九人で八咫烏の隠し部屋――制御室を目指して進み始めた。


●制御室へ
 あの日は天祥という名の青年の後を追うしかなかった通路を、今日は複雑な思いで仲間達と共に進む花緑の表情には痛みに似た色が浮かんでいたが、静かに首を振る事で意識を切り替えたように顔を上げる。
 そしてもう一人、花緑とは違う縁で天祥と知り合った柚乃も、彼と八咫烏の関わりを不思議に感じていたし、報告書の文字を追う事でしか事情を把握出来ていない彼らもまた少女の姿をした精霊が語った言葉の意味を気にしないわけがなかった。
「……五行の」
 不意に穂邑の声が通路に響く。
「陰陽寮の生徒さん達が、八咫烏の制御に必要な神器を五行西域の魔の森から発見、持ち帰られたらしいのですけれど、それは『捕縛縄』という、縄、だったのですって」
「そのようですね」
 空が頷くと、その隣を静かに歩いていた霞澄がぽつりと呟く。
「精霊を捕縛したり、強要したりするのではなく、協力して制御するような事が出来れば良いのですが……」
「同感です」
 柚乃が大きく頷く。
「精霊さんを傷つけるような事はイヤです……」
 少女達の言葉は皆の代弁であり、願い。
 憐慈は自分もそうだとは言わなかったが、軽く肩を竦めた。
「話に聞けば五行で見つかった神器は瘴気に塗れていて使い物にならないそうじゃないか。であれば精霊が縛られる事はないんじゃないか? ……まあそう考えるなら儀式そのものがもう行えないだろうし、俺達の調査も必要なくなるだろうが」
 言いながらチラと視線を送る相手は大伴定家。本人もその視線には気付いただろうが「口一つ挟まない」と宣言した通り何も話すつもりはないらしい。憐慈は小さな息を吐くと、視線を大伴から八咫烏の天井、そして進む先の闇に移す。
「人間による制御、ねぇ」
 低い呟きに対する仲間達の応えは、沈黙。
「精霊様が宿ってるもんを制御する必要なんてあるのかね」
「……考えられる理由なら幾つか」
 八咫烏起動の折、現場に居合わせた花緑は『八咫烏が禍を抱いて封じられた高位精霊』ではないか、と言う事。
 その際に彼らから逃れた大蛇に乗った男が『禍』ではないか、それならば――という仮説を立てる。
「朝廷が『禍』を何とかする為に八咫烏の制御を必要としているんやとしたら……」
 理解はし易い。
 しかし、それが朝廷にとって都合の良い回答でしかない事は明らかだ。
 再び彼らの周囲に落ちる沈黙の帳。
 制御室を前にして憐慈は言う。
「お上の考えることは物騒な気配が付き纏うもんだ」
 ……それもまた皆の代弁に他ならなかった。


●神降ろしの儀
 制御室、と精霊に呼ばれたかつての隠し部屋には、今もあの時と同様に宝珠の台座があった。微かな明滅を繰り返しているのは八咫烏が起動している証。
 旧院は今なお精霊の制御によって上空――定められた軌道をゆっくりと移動しているのだ。
 万が一のアヤカシの襲撃に備えて狛犬のケモノ、阿業と吽海には本来の三メートル近い体に戻ってもらい入口周辺の警備を任せ、キース、コニーの二人には件の資料を預けて儀式の手順確認を任せる。
 穂邑はそんな二人の傍にいた。
 精霊との親和性が高いと思われる穂邑には万が一を警戒して離れていて欲しいというのが仲間達の希望だったからだ。
「どうか気を付けてください……っ」
 不安に揺れる穂邑の瞳に空は微笑んだ。
「ええ。慎重に、ですね」と、宝玉の台座に歩み寄る。
 大伴はそれらの様子を、やはり皆から少し離れた場所で見守っていた。一切の口を開かず、ただ、静かに。


 宝玉の台座に微かに残る黒い染みが、あの日の天祥の血だと気付いて花緑の表情が僅かに歪む。
(我らは精霊と共に在り……、精霊さんと手を取り合う方法が、もしも血筋だと言うんやったら……)
 それは、この部屋への扉を開いた彼の――。
「花緑さんの立ち位置はそこです」
 不意にコニーの声がして、花緑はハッとして立ち止まった。
「その三歩左側が憐慈だ。台座を囲むように、な」
 同様にキースの指示で憐慈が立ち止まる。
 朝廷から預かった資料によれば、儀式は複数人で行うものだった。
 宝玉の台座を五人で囲み、その中央、台座の正面に神器を持つ一人が立つ。その神器を宝玉に向けて差し出すと神器は不可視の力で宙に浮くから精霊を喚ぶべく祈りを捧げれば良い、と。
 資料によれば儀式はそれだけだった。
 今は神器が無いため、不可視の力がこれを浮かせるかどうかは調べられないが、変化はあった。
 台座から五人の足元に五筋の淡い光の線が浮かび上がったのだ。
 光の線は足下から制御室の壁に向かって走り、壁画を照らす。
 花緑の記憶と、現時点での制御室内部にこれといった変化はない。佇む人数が違うくらいのもので何かが増減した形跡は皆無だ。
 ……なのに。
「なんやろ……」
 花緑は目を瞠る。
 あの日とは明らかに異なる、何か。
 足元を走る淡い光のせいだろうか。
 否。
 感じる脈動、が。
「……呼んでる……?」
 柚乃が呟き、空はハッとして穂邑を見た。だが、穂邑も皆と同じ感覚に戸惑っている様子で特殊な変化は見えなかった。
「懐中時計が反応しています……」
「精霊力が満ちて来ています」
 霞澄、柚乃が懐中時計「ド・マリニー」の針を見ながら告げる。術視も、瘴索結界も、精霊力の高まり以外に感知するものは無い。
 儀式に必要なはずの神器は此処に無いのに、八咫烏は確かに反応していた。
「どういうことだ……?」
「……判らないけれど、怖くはないの……」
 水月が言う。
 そして空も。
「何かを探しているのでしょうか……?」
 今はジプシーと魔術師といえど巫女の素質を充分に養っている二人の言葉に霞澄が進み出た。
「憑代を求めておられるのでしょうか……であれば私が――」
「ダメですっ!」
 不意に穂邑が叫ぶ。
「精霊さんの器になるのはとても危険で……!」
「落ち着け穂邑っ」
「穂邑さ、……!?」
 霞澄に駆け寄ろうとする穂邑をキースとコニーが止めるや否や足下が激しく揺れた。
 まるで穂邑の叫び声に場を乱された事を怒るように、立ち続けていられない程の激しい揺れ。
「落ち着いて、なの……っ」
 水月が天井に向けて声を上げ、柚乃と二人で心の旋律を奏でた。特殊な効果など期待していない、これが精霊語の愛の詩だというなら、二人が旋律に込めた想いを受け止めて貰いたいと願ったのだ。
 落ち着いて。
 大丈夫。
 怖くない。
「……怖く、ない……?」
 花緑が呟く。
 あの日にも聞いた言葉。
「どういう事だ……っ?」
 憐慈の表情にも焦りの色が浮かんでいたが、少女達の奏でる旋律が続くにつれ揺れは確かに治まりつつあった。

 いきなり起こしてしまってごめんね、と柚乃の心が語り掛ける。
 いきなり立ち入ってしまってごめんね、と水月の心が語り掛ける。
 怖くない。
 怖くない。
 害意はない。

 ――……空を飛ぶって、どんな感じなのかな……?

 問い掛ける。
 あなたの事が知りたいから。
 あなたと友達になれたら素敵だから。
 少女達の無垢な心の言葉。
 想いは旋律となって精霊の意識を傾けさせる。
 呼んでいる?
 呼ばれている?
「器が必要なのですね……?」
 霞澄は。
 巫女は、台座の正面に進み出てその両腕を広げた――。
「霞澄さんダメです……!!」
 穂邑が叫んだ。
 瞬間、霞澄の体は燃え上がった。



 精霊の位によってそれは違う。
 だが八咫烏は紛れもなく高位精霊――憑代となった者への負担は一瞬にして器の限界を超えた。
 悲鳴を上げる間もない。
 燃え尽き膝から崩れ落ちた霞澄の呼吸は最早停止寸前。
 駆け寄った空はすぐさま天火明命を発動させようと試みたが、それは叶わなかった。
 突然の激痛が空を――その場にいた全員を襲ったからだ。
「あ……っ」
「なん……っ!!」
 憐慈も、花緑も、キース、コニー、穂邑、大伴、そして水月と柚乃も襲い掛かる激痛に倒れ、膝を折り、体を丸め、徐々に力が失われゆく己を自覚しながら抗う術も無い。
「……っ」
 阿業と吽海の輪郭がぶれ始めた。
「……っ!!」
 消える。
 そんな言葉が脳裏を掠める。
(あの日、敵意は無かった……)
 花緑の記憶の中の八咫烏。
 美しい少女を象った精霊はどこまでも穏やかで。
 静かで。
「あぁっ……がはっ……!」
 神器もなく儀式の真似事をした事に腹を立てたのだろうか。
 八咫烏を受け入れられる憑代がいないにも関わらずに呼び覚ましてしまったから……?
 否、そもそも神器もない未完成な儀式の真似事で、どうして精霊は目覚めたのか。
「これ、だから、お上の思惑、ってのは……!」
 憐慈は大伴を見てやろうとして、……穂邑に視線が止まった。
「嬢ちゃん……?」
 宝玉の台座を囲んで立ち並んだ自分達の足元を走った、あの淡い光に似た輝きを全身に纏った巫女が必死で立ち上がろうとしていた。
「穂邑、さ……」
 何とか霞澄を救おうと手を伸ばしていた空に名を呼ばれ、穂邑は。
「……空さ、ん、も……憐慈さん、も……皆さん……っ、私を心配して、くれたのです……っ、霞澄さん、は、言ってくれたのです……っ」
 誰と話しているのだろう。
 独り言、なのだろうか。
 穂邑は苦しそうに、けれどはっきりと「誰か」に抵抗していた。

 ――……もし必要な役割だとしても、今が必要とは限りません……私もまだまだ未熟ですが……頼って下さいね……

 東房までの移動中、初対面の穂邑に対してとても緊張した面持ちで、……けれどとても優しい表情で気遣ってくれた霞澄の言葉。
 霞澄が自分を憑代にしようとしたのは穂邑一人に負担を強いるまいと、仲間達と一緒に相談して決めたからだ。
 負担は全員で。
 皆が、皆の為に。
 だから。
「霞澄さん一人犠牲にさせたりしちゃダメだし……っ……私一人守られているのもダメなのです……!!」
 見張られた空の瞳に映る友人の姿が、いま、変化する。
 キースも、コニーも、驚きのあまり襲い来る激痛を忘れた。
 穂邑の額に、頬に、首筋に、手に、足に……衣服の下で見えぬ『それ』は少女の全身を覆い光り輝いていた。
「そんな馬鹿な……」
 大伴の皺枯れた声に伴うのは驚愕。
「まさか徴が……」

 徴(しるし)、が。

「穂邑ちゃん……」
 柚乃の懐中時計の針が激しく振れ、周囲に計測不能なまでの精霊力が満ち溢れていくのが数値として知れた。
 否、もはや数値がどうという問題ではない。
 其処に現れた精霊を全員が見てしまった。
 背に鳥の翼を広げた、青白い輝きに埋もれそうな少女の腕と。
「皆……あなたの友達、です……っ」
 痛みを堪えて伸ばす穂邑の腕。
 手と手が重なった瞬間に光りが爆発し全員が目を覆った。
 常であれば暗闇と化すはずの視界がそれでも眩い光に支配され、……どれくらいの時間が過ぎたのか。
 ようやく立ち上がる事が出来た彼らが見たのは、台座の前で静かに横たわる穂邑の、普段と変わらない姿。
 虫の息だったはずの霞澄も傷一つない顔に驚きの色を浮かべていた。



 穂邑は目覚めなかった。
 大伴から「疲労のせいで眠っているだけじゃ。しばらく休めば気付く」と言われて仲間達は安堵したが、八咫烏で新年会を催していた人々を始め、その混乱は凄まじい。
 何せ封印から目覚めて以降、定められた軌道をずっと飛行し続けていた八咫烏が地上に降りていたのだ。
 幸い柚乃達が襲われたような激しい痛みが無関係な人々を襲う事はなかったが、突然の着地は人々を驚かせるには充分なものだったのだ。
「……じいさん、徴ってのは一体何なんだ」
 憐慈は大伴に問う。
 大伴は制御室で、八咫烏の制御が人の手で可能になっている事を確認していた。
「俺達には知る権利があるだろう」
 更に言い募る憐慈へ、しかし大伴が左右に首を振る。
「今は何も話せん。許せ」
 そんな話が通用するものかと誰もが思う。と同時に大伴にこれ以上聞いても何も答えてくれないだろう事も判ってしまった。
 花緑は唇を噛み締める。
 水月は阿業を。
 柚乃は吽海を抱き締め、空は穂邑の手を握っていた。
 何が起きたかなど判らない。
 しかし、何かが起きようとしている事は疑いようがなかった――……。