【百鬼祭】やぎだらけ
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/25 15:41



■オープニング本文

 ●

 その日、穂邑(iz0002)は朝から一通の手紙を書くのに真剣になっていた。
 ひょんな事から彼女の相棒になったケモノ達――体長三メートルを超える狛犬が一〇分置きに『腹減ったし、なんか食わせろ』と食べ物を要求して来る以外は便箋相手に悪戦苦闘……。
『お前、鈍臭いし。手紙書くのに時間掛け過ぎだし』
「阿業(あぎょう)さんがもう少し我慢してくれたらもっと早く終わったと思うのですっっ。……私の分のお菓子も食べたのに」
 と、少し恨めしそうに巨大なケモノを見上げる穂邑。
『あんなもんじゃ全然足りないし』
「……阿業さんはお腹いっぱいになる事があるのでしょうか」
『何でも食べる』
 それは答えになっていないというツッコミを長い吐息に乗せながら庭の片隅に伏せているもう一方の狛犬は名を吽海(うんかい)と言う。
 穂邑がこの二匹を連れて帰って来てから二カ月余り。いまだ接し方に苦労している様子の少女を、しかし彼女の同居人である十和田藤子はとても愛おしげに見つめていた。
 自分と二人暮らしだった頃はいつも気を遣っている風だった少女が、今は狛犬達相手に素の姿を見せてくれるからだ。
 藤子はくすくすと笑いながら「穂邑ちゃん、お手紙が出来たなら早速出して来るといいわ」と促す。
「は、そうですね! 急がないと間に合わなくなっちゃいますっ」
『どこ行く』
「手紙を出して来るんですよ」
『一緒に行く』
「それは良いですけど……外の物を食べたりしないで下さいね?」
『お前が喰うなって言うなら、そうするし』
「じゃあ私のお菓子も我慢してください」
『それは無理』
「どうしてですかーーっ」
 前進しない会話に藤子は笑い、吽海は二度目の溜息。
 ともあれこうして外へ出る事になった一行だった、が。


 外に出た途端に何かが目の前を通り過ぎた。
 驚いて尻もちをついた瞬間に手紙を落としてしまい、慌てて拾い上げようとしたのだが、それよりも早く手紙を掴み取ったふかふか。
 ……ふかふか?
「え……」
 目の前の光景が理解出来ずに見上げた先には、ぬいぐるみ。
 否、やぎ。
 違う、やぎっぽいけど、ぬいぐるみ。
「え、え」
 穂邑が動揺している間にも、やぎっぽいそれは手紙を口元に運んで、ぱくっと。
 食べてしまった。
「おいしかったやぎ!」
「あ、ずるいやぎ! まだまだいっぱいほしいやぎ!」
 黒白の二匹は賑やかに遠ざかり、穂邑は目をぱちくり。
「え。え……」
 固まっている少女に、外出用の中型犬サイズになった阿業が聞いてくる。
『ふむ、あの手紙食べてよかったのか』
「よくありませんっ! や、やぎさんっ、いまの返して下さいーーー!!」
 もう手遅れなのは明らかだったが、穂邑にとってあの手紙は特別なものだから諦められずに追いかけた。
 そんな少女に二匹の狛犬は小首を傾げ。
『あの変なふかふか、喰っていいのか?』
『……不可不可』
『ダメだしっ!? って、抜け駆けとはどういう了見だし!?』
 否定の言葉に一瞬戸惑った阿業を置き去りに、吽海は先行逃げ切り体勢に入る。
 狛犬達は謎のふかふかを追い更に先行く穂邑を追い駆けていった。


 たくさんの店が軒を並べる通りまで追い駆けて来た穂邑は、しかし其処で立ち尽くす。
 常であれば商人達の活気に溢れた声、甘味処から香るみたらしの美味しそうな匂いに誘惑されるその場所が、今日はぬいぐるみで埋もれていたからだ。
 いや、生きた動物同然に動いているのだからぬいぐるみではない。
 穂邑の手紙を食べたそれとまったく同じ姿の、やぎっぽい何かが、通りを埋め尽くすほどに大量増殖していた。
「おいしいやぎっ」
「これもおいしいやぎ!」
「それもよこすやぎ〜♪」
 もはやどれが手紙を食べた犯人か知る術はない。
 それよりも、それに悪戯されている人々の「助けてー!」の声の方が重要だ。
 障子の和紙や売り物の紙製品が悉く食べられていく。
 甘味処の食材も食い逃げ御免。
 子供が食べている飴玉さえ奪い取るものだから各所で絶叫に近い泣き声が上がっている。
「な、な、なんなのですかこれはーーっ」
 事情が判らず叫ぶしかない穂邑の両隣で、狛犬達。
『ふむ、あいつ等みたいにすれば喰えるのか』
「ダメですってばっっ!?」
 ふかふかの所業に感嘆する阿業を慌てて抑え込む穂邑を、吽海は怪しい笑みを浮かべ見つめていた。


 ●

 同時刻、開拓者ギルドに張り出される数多くの似たような依頼。
 やぎっぽい何かは天儀はもちろん、ジルベリアなどでも増殖しており、これらをどうにかして欲しいという内容だ。
 やぎっぽい何かは、ジャック・オ・ランタンという「かぼちゃのお化け」を見ると逃げていくらしく、また、ジャック・オ・ランタンはお菓子のある所に現れる。
 穂邑がギルドに駆け込んで「あっちの通りも何とかしたいのでお手伝いをお願いします!」と声を張り上げたのは、それから間もなくの事だった。


■参加者一覧
/ 朝比奈 空(ia0086) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 鳳・陽媛(ia0920) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 水月(ia2566) / 和奏(ia8807) / フラウ・ノート(ib0009) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ハッド(ib0295) / 玄間 北斗(ib0342) / フィン・ファルスト(ib0979) / ケロリーナ(ib2037) / カメリア(ib5405) / 御調 昴(ib5479) / 緋那岐(ib5664) / コニー・ブルクミュラー(ib6030) / ヘイズ(ib6536) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / キャメル(ib9028


■リプレイ本文


 穂邑がギルドで声を張り上げたのと同じ時間、其処に掲示されている依頼の数々を見ながら首を捻っていた鳳・陽媛は聞き慣れた友人の声に振り返った。
「穂邑さ……ええ!?」
 久々に会えた事を喜ぼうとするも、少女の両側にでんっと座っている巨大な狛犬の姿に目を丸くした。
 そんな彼女に穂邑の方も気付いて、狛犬達に怖い顔。
「どうして元の大きさに戻っちゃってるんですかっ」
『あいつら食べるならこの大きさの方が楽だし』
「食べちゃダメなんですってば!」
『あんなにいっぱいいるんだし』
「数の問題じゃありませんーーっ」
 何だかとっても大変そうだ。
 陽媛は驚きつつも友人に歩み寄り、何を慌てているのか問い掛ければ今まで自分が眺めていた多くの依頼書と同様、神楽の都にもやぎっぽい何かが溢れているという。
「それは何とかしないとですねっ」
「はいっ、お願いします!」
 少女達はがしっと手を握り件の通りへまっしぐら。二匹の狛犬達は仕方無いと言いたげに後を追う。

 そうして数分後、それまで陽媛が佇んでいた場所で、いま張り出されたばかりの依頼書を見て鼓動を高鳴らせる事になったのは柚乃だ。
「数百匹のもふもふ……もふる機会なんて、そうそうないのです……っ」
 期待に胸膨らませながら、しかし依頼内容はきちんと頭に入れて、準備すべくギルドを飛び出すのだった。



 穂邑と陽媛が現場に戻ろうとしていた頃、ギルドからの救援とは関係なくこの事態に通りすがった者達が少なからずおり、最も早かったのが羅喉丸だ。
「子供の悪戯のようなものとも言ってられないか」
 既に別の場所で似たような騒動と遭遇している彼は目の前に広がっている光景を見てすぐに何事かを察し、やぎ被害を減らすべく悲鳴を上げている町民を助けるという行動を開始した。
 一方、何が起きているのかよく判らなかったが助けてと叫ぶ人々を放っておけず、ヤギもどきを米屋に保管されていた空の麻袋に放り込んでいくのはキース・グレインだ。
「だぁぁっ、てめぇらいい加減にしろ!」
 麻袋に放り込まれたヤギ達は、とりあえず袋を食いちぎって出て来ると言う事はなかったが、数が数だ。
 麻袋が五つ、一〇と積まれても一向に減る気配がない。
「とにかく商品は隠せ! 隠せるものは全部隠せ!」
「はいいっ」
 店主を奥に行かせて、放つは剣気。
 ヤギを一瞬は怯ませるも、やはり次から次へとふわっ、もこっ、っぽーん!
「うぜぇぇ……!」
 キース、怒る。
 この騒ぎがアヤカシ故でない事を一番残念に思っているのは彼女だったかもしれない。


 穂邑や狛犬達に会いに偶々大量のお菓子を持って通り掛かった水月や、やはり偶々通り掛かってやぎだらけの光景に立ち尽くしたフラウ・ノート。
「……このヤギさんって。外見違うけど、なんだかどこぞの金色もはごっ――!」
 もこもこに見惚れて反応が鈍った結果ヤギの群れに押し流されて、戦線離脱。
 また会う日まで。
「このやぎさん達は着ぐるみなのだ!?」
 当然と言えば当然の反応ながら、そのふわもこが人様に迷惑を掛けていると知って対処に乗り出した玄間 北斗。
 そして此方も偶々通り掛かって手紙を奪われたフィン・ファルスト。
「ち、ちょっとヤギさんそれ食べちゃダメーー!」
 叫んだところで既に遅く、故郷への手紙はあっという間に「おいしかったやぎ!」の一言で片付けられてしまった。
 何が何だかよく判らないが目の前の光景が尋常でない事は確かだ。
「とりあえずこの騒ぎの原因っていうか……」
 どうにかしないと、と振り返った先でもふっと何かに埋まった。
(埋ま……?)
 少し考えて、一歩引く。
 そうしてフィンが見たものは――。
「ってこのデカイわんこ何!?」
『わんこ違うし』
 確かによく見れば犬ではなく神社などで見かける石の犬……ではなく、いわゆる狛犬に見えるが、何ていうか。
「……原因?」
『何を言ってるし』
「阿業さんどうかしたんですかっ?」
 大きな体の向こうから焦った調子の少女の声がして、その人物はフィンと目が合うとしばし沈黙し。
「あ、ギルドから来て下さったんですかっ? 助かります!」
「えっ、と……そ、そういう事にしようかなっ」
 ギルドという単語一つで目的が同じだろう事は予想出来たから。

「悪夢だ……」
 ぽつりと呟いたのは柚乃に荷物持ちとして連行された緋那岐である。
 正直に言えば彼はもふもこが得意ではない。
 出来れば近付きたくない存在で、それを妹も判ってくれているはずなのだが、この仕打ち。
「兄様、早く早くっ。穂邑ちゃんともこもこさんが待ってるの……!」
「……やぎさんって言うから何処の八木さんかと思ったらやぎもどき……悪夢だ」
 緋那岐はもう一度呟いた。



 最初は別行動を取っていたものの、各所で顔見知りの開拓者が動いているのを知れば協力出来ると判じるのも経験を積んだ者達の共通認識。
 気付けば穂邑と二匹の狛犬の周りには二〇人近い開拓者が集まっていた。
「穂邑んとまったり出来るのも久し振りと思うておれば何たる騒ぎか」
「でも久し振りに穂邑おねえさまと一緒ですの〜。いっぱいいっぱい楽しみたいですの〜♪」
 語気を荒くするハッドや、実態はともかくヤギもどき達の可愛い姿にどきどきが止まらないケロリーナ。
 ギルドを通じてアルーシュ・リトナ、礼野 真夢紀、カメリア、エルレーン、キャメル。
 更には双子の狛犬繋がりでもある天河 ふしぎ、御調 昴、コニー・ブルクミュラー、ヘイズも加わって此方の賑やかさも一〇倍増し。
「……穂邑ちゃんのお友達?」
 不思議そうに狛犬を見上げる柚乃だったが、その瞳は妙にきらきら。
 何せこの狛犬達もやぎに負けず劣らずのもふもふで……。
「触っても大丈夫? 手をパクってされない?」
「はい、大丈夫ですよ……って、絶対に食べちゃダメですからねっ」
『わ、判ってるし』
 穂邑にキッと見られた狛犬の口がどことなく尖がって見えるのは気のせいだろうか。
 そして柚乃と一緒に来たはずの緋那岐は少し遠くで何やらぶつぶつ。
「ナマモノ……いや、あれは動く石像だな。うん、これなんてホラー」
 よっぽどもふもふに近付きたくはないらしい。
「せっかく久し振りにお会いして、狛犬さん達に初めましてのご挨拶もまだですけれど、……まずはあの大量のヤギもどきさんを、ですね」
「はいっ」
 友人達との再会を喜ぶのも束の間、アルーシュ・リトナが言う通り先ずは目先の問題を片付けなければならない。
 開拓者達は輪を作り作戦会議を開始した。

「連中はジャック・オ・ランタンが苦手だ」
 羅喉丸からの情報に、陽媛が頷く。
「ヤギさんも南瓜さんもお菓子目当てにやって来るみたいですし、どこかに集めてしまうのが良いかもですね」
 では何処に菓子を集めようかと相談が始まり『此処』がいいと昴が地面を指差す。
「狛犬さん達がやぎもどき達を食べても困りますし、どちらも遠ざけておく方がいいでしょう。私達が此処に残って、お菓子を狛犬さん達から守ります」
「それが良いと思います」
 頷くのは真夢紀。
「南瓜を呼ぶ為には一カ所に集めたお菓子をヤギ達にも食べられない様にしなければなりませんし、狛犬さん達の抑制と菓子の護衛を同じ人が担当してくれればより多くの戦力がヤギもどき達の注意を逸らせます」
「あぁ、あと」
 羅喉丸がこれは忘れてはいけないと口を開く。
「キース殿も近くにいてな。作戦に関しては俺達に任せるからと、今も町の人々をヤギの被害から守る為に動いている。事が無事に終われば合流出来るだろう」
「おおぉぉさすがキースさんなのです……っ」
「相変わらず男前さんですね」
 感動する穂邑と並んで、アルーシュも優しく微笑んだ。
 と、そこに更なる援軍の到着。
「被害だけ見ていると蝗害を彷彿とさせますね」
 一緒にしては誰かに怒られそうだと思いつつもそんな事を呟いて現れた朝比奈 空に、穂邑の表情は一瞬にして輝いた。
「空さんも来て下さったのですね!」
「たまたまギルドで穂邑さんの依頼を見たものですから」
 まるで子犬のようにじゃれつく勢いの穂邑に微笑んだ空は、周囲を見渡し、既に頼りになる戦力が勢揃いしている事を知る。
「それでは、作戦を確認させて下さいね」


 作戦は至極簡単。
『此処』に大量のお菓子を準備し、ヤギもどき達が苦手だと言う南瓜の精霊ジャック・オ・ランタンが出現するのを待つ。
 それまでの間、ヤギもどき達と、狛犬達。
 食欲無限(と思われる)の相手から『此処』を守るのが開拓者達の役目だ。
 いっそ狛犬達にヤギさん全部食べて貰えば騒ぎなんてあっという間に片付くのではとこっそり考える開拓者もいたが、ダメと言うなら強行するつもりは誰にもない。
 かくして開拓者達が持ち寄った食材は、南瓜精霊召喚用と、狛犬抑制のために用いられることとなったのだ。
 甘刀「正飴」、キャンディボックス、月餅、チョコレート、クッキー、更には華麗に復活、フラウが持参した菓子も加わって周囲には甘い匂いが立ち込める。
「そんなに巧くは出来なかったけど、これで来てくれると助かるわね……って、別に練習とかしてたわけじゃないからっ!?」
 誰も何も聞いていないが、ともあれ誰かの為の試作品はとっても美味しそうで、それらを前にして涎を垂らす勢いの狛犬達には、以前からの知己という理由で水月や昴、コニー、ヘイズ、そして真夢紀から恵方巻き、重箱弁当、その他もろもろの貢物。
『うん、美味いし』
 水月の手から貰った菓子に一応は満足して見せるも、やはり気になるのはあのヤギ、ヤギ、ヤギ。
『なんで食べちゃダメだし』
「なんでも、だよ」
 ふしぎが新たな菓子を渡しながら言う。
「改めて久し振り。相変わらず食いしん坊なんだぞ……お菓子あげるから、ヤギ食べちゃ駄目なんだからなっ……て、わわ、僕の手まで食べちゃ……」
『何度も何度もしつこいし』
 つんと顔を背けた阿業は、明らかに不貞腐れていた。……が、真夢紀が次々と荷物の中から取り出す食材の数々には不機嫌など一〇秒と保たない。
 恵方巻、重箱弁当、沢庵、糠秋刀魚は持参した七輪で焼き始め、その匂いがまた堪らす狛犬達の食欲を刺激するのだった。



 そうして町でも始まる不思議な戦い。
「偽物で効果があるかどうかは判んないけど……!」
 店に並んでいた南瓜を一つ何とか購入したフィンは、とりあえず時間との勝負だと自らを奮い立たせ、南瓜の底に拳を放った。
「っ……!」
 痛くないわけがないが、さすがの志体持ち。南瓜には見事な穴が開く。
 後は少しだけ丁寧に中をくり貫き、拳をもう三発、目と口の位置に撃ちこんで被り物の完成。
「これでどうだ……!」
 頭に被ってヤギもどきの群れに飛び込めば、群の動きが一時的に止まった。
(お……?)
 じりじり、じりじりっと後退するやぎもどき。
「なにやぎか……?」
「あれ……とは違う気がするやぎ……」
「でも何かやぎ……っ?」
 逃げるではないが確かめにも来れないらしく、緊迫した雰囲気が辺りを包み込んだ。
(……しまった、動けない……っ)
 しかしフィン・ファルスト、ヤギもどきの群れ一塊の制圧成功である。

「我が双剣が欲しくば掛かってこい!」
「「「やぎーーーっ!」」」
 甘刀「正飴」を、それとは思えぬ威圧感と共に構えた羅喉丸に飛び掛かっていく三匹のやぎもどき。
 常ならば此処で叩き伏せるのだが、敵が菓子を狙う正体不明な生物と来れば下手に手出しは出来ない。
 ならば甘刀を餌に自分を追い駆けさせて外へ誘導、あわよくば疲弊させて町の人々への被害を減らせられればと駆け抜ける。
 それにあれだけのお菓子を集めたのなら、やぎもどきが苦手だというジャック・オ・ランタンが現れるのもそう遠くはないはず。それまでの時間稼ぎが自分の役目だ。
「それにしても、こいつらの正体は何なんだろうな?」
 恐らくは全員共通の疑問に、答えてくれる声は無かった。


「キースさん、お手伝いします」と、紙屋で必死にヤギ達を麻袋に詰めている彼女の元に合流したのはカメリア、キャメル、そして緋那岐。
 これだけの騒ぎの中で難しいとは思うけれど、せめて被害を減らせるようにと無事な紙やお菓子を持って逃げる人々の援護につく。
「可愛らしいですけれど、迷惑ですねぇ」
「本当に可愛いのです」
 カメリアの言葉に頷くキャメルは、しかし。
「やぎさん、やぎさん、もちもちぽんぽん、……美味しそう♪」
「「えっ」」
 キャメルの陽気で可愛らしい容姿や言動とは裏腹の、ちょっと怖い響きを伴った呟きに、思わず全員が振り返った。
「悪い子のやぎさんはー……食べちゃう!」
 どうやら本気らしい目の輝きに「……本気か?」とキース。
「本気だな」と緋那岐。
 そんな彼の背後からヤギもどき達が襲い掛かる。
「おかしのにおいやぎーー!!」
「!」
 緋那岐もヤギを誘導するためにお菓子を背負っていたわけだが、それが狙われた。このままでは押し倒されると思いきや。
「えぇい近寄るな!」
 緋那岐も暴れ……いや、もはや反射。
「俺はふかふかもふもふに埋もれるつもりはない!」
投げ技で見事にヤギもどき達をのっくあうと。ヤギもどき入りの麻袋がまた一つ増えるのだった。


 騒動真っ只中の通りの片隅、横笛で奏でられる『心の旋律』が終わると数十匹のやぎの群れからは拍手喝采が起きる。
「いいやぎ、いいやぎ、お見事やぎよー!」
「姉ちゃんもう一曲やぎ!」
「ひゅーひゅーやぎー!」
 群れを一カ所に集めての時間稼ぎ、柚乃の場合はお菓子のお供に演奏をしてみる事にしたのだが、これがなかなか効果的だった。
「ありがとう……こっちの御煎餅もどう?」
「もらうやぎ!」
「美味しいやぎー!」
 不思議と盛り上がる中、柚乃は何となく聞いてみる。
「どうして神楽の都に……こんなにたくさん現れたの?」
「知らないやぎ」
「なんとなくやぎ」
「……皆は、精霊さん……なの?」
「そうかもやぎ」
「違うかもやぎ」
「よく判んないやぎー!」
 ……まったくもってよく判らない生物である。


 同時刻、エルレーンもお菓子を餌にヤギもどき達の迷惑な行動を抑えようとしていた、のだが……。
「はうぅ、かぁいいっ!」
 はぎゅっともふっとその感触を楽しむエルレーン。
 イタズラを止めるという目的がもふもふを堪能する事に移行し掛けている気がする。
「もう一匹持って帰っちゃおうかなぁ……どーお? 私のおうちに来ない?」
 言いながら、まるで餌付けするようにお菓子を出しては食べさせ、出しては食べさせ。
 はむはむ。
 はむはむ。
「あはぁ……かわいい、かわいすぎる!」
 近くからどこかで聞いた覚えのある声がした。
「もういっそ連れて帰ろうか……」
 何やら自分と同じことを言っているその相手を、まさかと思いながら見遣ったエルレーンは直後に固まった。
 其処に居たのが紛れもなくラグナ・グラウシード、その人だったからである。
「!? ら、ラグナ!」
「え、エルレーン!!」
 常日頃敵対している兄妹弟子達は思わず構えるが、その腕に抱えているのは、やぎもどき。
 力を入れれば最高の弾力が腕にふよよん、ふよよ〜んと……。
「……っ」
「うっ」
 何て気持ちのよい感触なのか。
 双方共に反応に困りながらも相手の顔を睨むが、どちらも頬を赤らめていて。
 ……そうして二人は思った。
 此処では会わなかったことにしよう、と。


「やぎさん……こちら。手の鳴る方へ……と」
 背中に菓子を背負った空が手を叩きながらやぎを誘き寄せたのは両側が建物の壁で塞がれた細い路地。
 もふもふ。
 わらわら。
「お菓子よこせやぎー!」
「お菓子やぎーー!」
 もこもこ。
 ぎゅうぎゅう。
 もはや性質の悪い追剥同然の勢いで飛び掛かって来ようとするやぎ、やぎ、やぎの群れ。と、唐突に歩幅を広げてくるりと方向を変えた空が間近に迫っていたやぎに向けて放った言葉は、呪。
「やぎーーーー!?」
 突如として双方の間を遮ったもの、それは空の術によって生成された鉄の壁であり、更には後方、やぎ達の退路を塞いだ石の壁はコニーの術が創り出したもの。
「出せやぎ!」
「此処から出せやぎーー!」
 絶え間なく叫ぶやぎの声はおよそ五〇。相当数を閉じ込める事に成功した。
「これでもまだごく一部ですが、時間稼ぎにはなりますよね」
「ええ。では次にいきましょうか」
「はいっ」
 コニーの気持ちの良い反応に空は穏やかに微笑んだ。


 お菓子を抱えて屋根から屋根へ飛び移る北斗の後ろにも無数のやぎもどき。
 時に桜色の紙吹雪、時にハリセンでお菓子を守りながら一分一秒でも長く迷惑な精霊達の気を自分に向けさせるため奔走しているのだ。
「ふわもこさんが笑顔を奪っちゃ駄目なのだぁ〜」
 そして笑顔を失くしちゃいけないのは、この精霊達も一緒。
 北斗のハリセンが炸裂する度に響く気持ちの良い音は、それを向けられている精霊達をも笑顔にさせていた。



「狛犬さんといいヤギさんといい、モフモフしたい子がいっぱい……はう! 誘惑に負けてはダメなのですっ」
 お菓子を次々と所定の位置に運ぶ途中、何度もヤギっぽいそれを抱き締めたい衝動に駆られながらも必死に我慢している陽媛の眼前に突如として現れた南瓜男――南瓜覆面とハロウィンマントを装着したハッドが勇猛果敢にヤギもどきの群れに飛び込んだ。
 直後に警戒し南瓜男から微妙な距離を取ったヤギもどき達は口ぐちに言い合う。
「これはなにやぎかっ」
「まさかあいつやぎ……っ?」
 どきどき、びくびく。
 ハッドはふっと笑うと両手を掲げた。
「王の威光にひれ伏すが良い〜〜!!」
「ぎゃーーーやぎーーー!」
 叫ぶ南瓜男に逃げ惑うやぎもどき。
「……」
 一連の光景を呆然と眺めていた陽媛を立ち直らせたのは、彼女の目的地――お菓子を集めていたその場所で、フラウが上げた歓喜の声だった。


「きたーー!」
 とうとう待ちに待った南瓜精霊、ジャック・オ・ランタンの出現を最初に確認したのがフラウだった。
 ふよふよと宙を漂いながらお菓子を口に入れて行く姿が、二つ、三つ、更に増えていく。
 こうなれば、いよいよ各所で足止めしていたヤギの誘導開始だ。
 全員がお菓子を持って「こっちこっち!」とヤギ達の注意を引き始める。
 それで間に合わない範囲にはケロリーナがクッキーを焼く匂いを送って誘惑。
「さぁ。お二人も協力をお願いしますね」
『協力??』
 アルーシュに声を掛けられた双子の狛犬は目をぱちくり。
 気付けば頭にジャック・オ・ランタンを描いた紙が貼られていた。
「その姿でヤギもどきさん達をこの場所まで追い立てて下さいね。働かざる者食うべからず。お仕事をして頂けたら、残ったお菓子は差し上げます」
『任せろだし!』
 お菓子を貰えると聞けば狛犬達に否は無い。
 颯爽と飛び立つ二匹に、アルーシュのファナティック・ファンファーレが鳴り響く。


「おばけやぎーーー!」
「ぎゃーーーやぎーーーーっ!」
「来ないでやぎーーっ!」
 南瓜の精霊、ジャック・オ・ランタンを見た途端に「ぽんっ!」と複数のやぎもどきが消えた。
 その光景は摩訶不思議、ジャック・オ・ランタンはヤギ達を消すことが目的のように近付いていき、そこからまるで道が出来ていくかの如くやぎもどきが消えていく。
 そして南瓜の精霊は、まるでそんな反応を楽しむ悪戯っ子のように、ふよふよと宙を浮いているのだ。

「……ったく、面倒な奴らだったぜ」
 キースは長い息と共に言い放つ。
 ようやく落ち着いた周囲を見渡せば、それでも生じた被害が無くなるわけではない。
 被害が治まったなら、次は荒らされた店を整えるなどの修繕作業。
「まぁ手紙関係はどうしようもないが……」
「そういえば、穂邑さんも手紙を食べられたって言ってましたね……お気の毒に」
「へぇ……」
 カメリアからの情報にまったくもって気の毒だと思いながら、深呼吸一つ。
「ほら、とりあえず見た目だけでも整えちまおう」
 気を取り直すと、ぽけーっと座り込んでしまっている店主に手を差し出す。

 騒動が落ち着き。
『せっかく美味そうだったのに、全部いなくなっちゃったし』
 残念そうに呟く狛犬達の姿をちらと見て、一つ深い溜息を吐いたのは真夢紀。
 実は狛犬達に差し入れた食材には余すことなく酒を混ぜていたのだが、酔わせて行動を抑制するという目的は終ぞ達せられなかったからだ。



 騒動は収拾、ようやく取り戻した平穏な時間。
「さて穂邑ん、騒動も落ち着いた事だし吾輩とのまったりタイムに……」
「え、ぁ、え?」
 膝枕よろしく穂邑に歩み寄ったハッドだったが、当の少女を横から攫ったのはヘイズである。
「独り占めは良く無いよな?」
 にやっと笑う彼に同意するように空も頷く。 
「せっかくですから皆で何か食べに行きましょうか」
「良いですね。まだクッキーとチョコレートもありますし、皆さんでお茶にしましょう」
 空、アルーシュの提案に「はいっ」と顔を輝かせる穂邑に続いて狛犬達も『行くし』と乗り気。
「ですがその大きさでは目立ちすぎますね……」
「あ、さっきと同じ、犬さんサイズなら大丈夫ですよ♪」
(犬さんサイズ……っ?)
 陽媛の言葉にきゅぴんと目が光ったのは水月。それは何が何でも見なければなるまい。
 もちろん他の仲間達にも否はないが、キースはずっと気になっていた事を声に出す。
「穂邑。最初に食べられたって言っていた手紙は今から書き直して間に合うか?」
「あ」
「……?」
 指摘されて初めて思い出したという風な穂邑は、その視線を空に留めて数秒。
 じぃっと見られている空が小首を傾げると、ハッとしたように左右に首を振る。
「えと、えっと、実際にお会い出来たからもういいのですっ」
「という事は……空さんへのお手紙だったんですか?」
「はい!」
 少女はコニーの確認に大きく頷くと「それから」と心から安堵した表情で続ける。
「コニーさん、陽媛さん、ヘイズさん、アルーシュさん、柚乃さん、ふしぎさん、キースさん、昴さん、それに――」
 指を折り数えながら思いつく限りの名前を上げた少女は、最後に「皆さんにも書き直す必要がなくなって安心しました!」と。
 友人達は顔を見合わせる。
「『書き直す』……ですか?」
「って事は俺達にも手紙を送ろうとしてたって事かい?」
 陽媛、ヘイズの問い掛けに「実は……」と答える穂邑が恨めしい視線を送った先には、二匹の狛犬。
 阿業は目をぱちくり。
『?? なんだし』
「なんだじゃありませんっ。一番最初に皆さんにお出ししようとしていたお手紙、全部食べちゃったのは阿業さんと吽海さんですからねっ」
『そうだったし?』
 惚ける阿業と、遠くを見つめる吽海。
 たくさんの友人達に狛犬達の紹介や近況を知らせたくて一週間以上も掛けて書いた手紙の山を、明日出しに行くからと卓の上に積んでおいた翌朝、その全てはものの見事に消えていた。
 まさかと問い質せば『あんまり美味くなかったし』とは阿業の答え。
 当時は怒る気も失せるほど脱力した穂邑は、以降、手紙は一通ずつ出しに行こうと決めたのだと言う。
 話を聞いた友人達も、もはや呆れる他無い。
「おまえ達って奴は……」
「……」
 ふしぎの言葉、水月の視線に、不意に阿業の鼻息が荒くなる。
『そいつが楽しそうに書いていたから美味しいかもって思っただけだし』
「――」
 一同沈黙。
 それから、吐息が毀れるような笑い声。
 ああ成程そういう事かと、場の雰囲気はあっという間に和んでいった。
「……では穂邑さんは、これから怖い顔をして手紙を書けば食べられずに済むのかもしれませんね」
「怖い顔で、ですか? が、頑張ってみます!」
 コニーと穂邑が真面目な顔で話し合っている傍で「本気かおまえら」とツッコミを入れたいのだが、そう出来ない雰囲気に頭を掻くキース。
 そして今まで黙っていた空が、ぽつりと。
「ともあれ、今後も悪戯が続くようでしたら穂邑さんの傍から離れて貰わなければいきませんね」
『それは断るし』
 昴にきぱっと言い返すも、それで引き下がる開拓者ではない。
「では小さくなって頂きましょうか」
「そうですね、わんこさんサイズに是非」
『なんでおまえらの言う事、聞かなきゃならないし』
「わんこさんサイズに、是非」
 にっこりと微笑む空、アルーシュ、カメリアという美女達に、さすがの狛犬達も何かしらの圧力を感じたらしい。
 不承不承ながらも言われた通りのわんこサイズに縮んだ、直後。
「お仕置きは……もふもふの刑、です……っ!」
「はぎゅーーーっ!!」
『おまえら何するし!?』
 水月と陽媛に力いっぱいもふられて逃げ出そうと試みるが、相手は少女と言えど志体持ちの正真正銘の開拓者。
 簡単に逃がしはしない。
 柚乃やケロリーナも加わって狛犬達のもふもふを堪能。狛犬達の嫌がる声も賑やかしに過ぎず、神楽の都には今日も開拓者達が取り戻してくれた平和な時間が流れていた。