躙り寄る悪意〜再始動
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 21人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/11 23:18



■オープニング本文

 ※このシナリオはジルべリアの連動【フェイカー関連】のシナリオに参加されて来た方推奨のシナリオです。


 ● フェイカーという名のアヤカシ

 赤い石のペンダント――それが初めて公の場に現れたのは、あの夏の日、コンラート・ヴァイツァウが帝国に対して起こした謀反、通称『ヴァイツァウの乱』において、コンラート側についたロンバルールという怪しい老人が身に着けての事だった。
 結果として乱はアヤカシであるロンバルールに誑かされたコンラートの処刑という形で落ち着いたが、戦場で開拓者に倒されたロンバルールはアヤカシではなかった。
 実態は、彼が身に着けていた赤い石のペンダントの方だったのだ。
 そうとは知らず帝国の倉庫でただ保管されていた石は、昨年の冬、一人の若者を操って倉庫から持ち出された……否、放たれたと表現するのが相応しいか。
 誰かを操らねば移動する事も出来ないとはいえ、あの赤い石は確かな意思を持つアヤカシだったのだから。


 罪無き者を操り、自由を得たアヤカシはロンバルールに代わる憑代を見つけて暗躍を始めた。
 ヴァイツァウの乱で自分を裏切った傭兵達――スタニスワフ・マチェク率いる傭兵団ザリアーを謀り、彼らに大きな犠牲を強い、更には『楽しいことが起きる』と言い残して去って行った。
 それはまるで傭兵達への策謀は、楽しいことが起きるそれまでの時間潰しだったとでも言わんばかりに――……。


 その時、赤い石のペンダントはシェリーヌと名乗る女の胸元にあったが、果たして今もそうかと問われれば確実な事は言えない。
 ロンバルールに操られたコンラートのように、シェリーヌに操られた領主シルヴァンが「フェイカー」と呼んだ事から本体が赤い石のペンダントだと判明した今、いつ何処で憑代が変わるか誰にも知る由が無いのだ。
 それ故に情報が必要である事は、フェイカーに絡む者たち全員の一致した意見。
 スタニスワフ・マチェクは仲間を集めて告げた。
「――さて、そろそろ反撃開始といこうか?」


 そうして数日後、開拓者ギルドに一枚の依頼書が張り出される。
『フェイカーの情報求む。暁』
 端から見れば短すぎる依頼内容は、しかし伝わる者には充分な言葉。
 暁の傭兵達は開拓者と約束したのだ、次にフェイカーと対峙する時には必ず開拓者と共に行くと――。


■参加者一覧
/ ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 氷海 威(ia1004) / 劉 厳靖(ia2423) / 秋桜(ia2482) / フェルル=グライフ(ia4572) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / ルシール・フルフラット(ib0072) / リディエール(ib0241) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / フレイア(ib0257) / トカキ=ウィンメルト(ib0323) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / 風和 律(ib0749) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / 緋那岐(ib5664) / ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000) / フユナン(ib8831


■リプレイ本文


 フェイカーの情報を求むという依頼に応えた開拓者達が集まったその日。
「あー何だ、暁っておっさん達のことかー」
 開口一番、ようやく納得といった様子で声を上げた緋那岐(ib5664)に、集まった開拓者達の案内役を任されていたアイザックは目をぱちくり。
「万商店の男の娘がどうしたかと思ったよ」
「あ、なるほど。同名の男の子が天儀のお店にいるんですね? 暁君なんて素敵な名前ですね、きっと立派な男性なんでしょう」
「いや、だから男の娘だって」
「男の子でしょう?」
「男の、娘!」
「……暁君という名の男性の娘さんが暁さん??」
「ちっがーう!」
「兄様……」
 落ち着いてと緋那岐の袖を引くのは妹の柚乃(ia0638)。
 その周りではイリス(ib0247)やレジーナ・シュタイネル(ib3707)がくすくすと笑っている。
「アイザックさんて、意外と天然さんですよね」
「え……」
 イリスの何気ない一言に固まるアイザック。
「イリスには言われたくないだろうな」と若き傭兵に同情を禁じ得ないのは彼女の義兄ニクス(ib0444)だった。
「えっと……あといらしてないのは……」
 アイザックが気を取り直して集合した面々を確認していると。
「久しぶりだなぁ」
「わぁっ? あ、劉ちゃん!」
 背後から突然わしゃわしゃっと髪の毛を撫で繰り回されたアルマ・ムリフェイン(ib3629)が見上げた先には劉 厳靖(ia2423)。
「もしかして俺が最後か?」
「そうみたいですね」
 くすくすと笑うアイザックは、とても嬉しそうで。
 一人一人の顔を順に見つめてからゆっくりと息を吐く。
「こうしてまたお会い出来て本当に嬉しいです。本当に……ありがとうございます」
 深々と頭を下げる若き傭兵に対し、開拓者達の思いは様々だ。
(礼を言うのは此方の方だろうに……)と風和 律(ib0749)が心の中で唇を噛み締めたように。
 ルシール・フルフラット(ib0072)が胸元を締め付けられるような苦痛から、アイザックを直視出来なかったように。
 此処に集まった一人一人の思いは大きく異なり、……それでいて、唯一つの目的を見据えて、真っ直ぐで。
「それでは行きましょうか」
 アイザックを先頭に移動を開始する一同。ただし誰もが自分達を集団だと思われないよう距離を取るなどして彼についていく。
 何処で誰が見ているか判らない、万が一の危険を招かないようにという配慮だった。


 それから歩くこと三〇分弱。
 アイザックが皆を案内したのは首都ジェレゾの東側、夫婦で経営しているという民宿の食堂だった。
「此処の御夫婦は昔の仲間なんです」と言われれば誰もが納得。今朝まで泊まっていた客は午前中に全員出発し終え、今日宿泊予定の客もあと三時間は訪れないという主人の説明を裏付けるように、宿はしんと静まり返っていた。
「もうすぐボスも到着しますから、少し待っていて下さい」と言い置いてアイザックが食堂から出て行くと、所々から緊張が解けたような吐息が聞こえて来る。
 初対面でなくとも、今日この場に集った意味を理解していても、傭兵達と顔を合わせる事に後ろめたさが有るのは一人や二人では無かったから。
 そんな中でカタン、と小さな物音と共にテーブルの上に置かれたのはフェンリエッタ(ib0018)が持参したスノードロップの鉢だった。
 花言葉は『逆境の中の希望』。
 敵に先手を打たれ、足元には幾つもの見えない罠が張り巡らされているような現状の中で、此処に集まった一人一人が希望の光となるように――そんな想いが込められていた。
 そして鉢を囲うように置かれていくのは開拓者達が手作りし持参したスイーツや、紅茶などの飲み物。
「長話になりそうですしお茶があった方が良いかと思いまして」
 フェルル=グライフ(ia4572)の苺のタルトに合わせてベリーの葉を揃えたリディエール(ib0241)と、レジーナの蜂蜜と檸檬のシフォンケーキに合わせたローズティを用意して来たイリス。
「お好きなのをどうぞ」
「やった待ってました、って、うん、休憩の時に、だよな」
 じーっと背中に突き刺さるような妹の視線を感じて伸ばした手を引っ込める緋那岐に、女性陣はくすくすと笑い、その一方でしかめっ面をしていたのがミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)だったが、彼女の視線は先程からケーキに釘付けだ。
(ダメよ落ち着くのよ私っ、ケーキは決して逃げないわ!)
 自らに言い聞かせる少女だったが、不意に背後から耳朶に囁かれた甘い声。
「欲しいなら素直にそう言ってごらん。でなければ逃げてしまうよ?」
「きゃああっ!?」
 思わず悲鳴を上げて飛び退いたミレーヌ。後ろにいたのは勿論スタニスワフ・マチェクその男。
「貴様ッ気安く私の背後に立つな!」
「騎士たる者、傭兵なんぞに背後を取られるようでは困るよ」
「〜〜〜っ!」
 明らかに楽しんでいる傭兵に、更に食って掛かろうとするミレーヌだったが良い文句が思い付かず、その間にも食堂内のあちらこちらから彼を呼ぶ声。
「すっかりご無沙汰してしまいましたが、お元気そうで何よりです」
「よぅ」
 エルディン・バウアー(ib0066)、厳靖。
 無言で一礼する秋桜(ia2482)。
 続いて食堂に姿を現した傭兵団の副長のイーゴリがフレイア(ib0257)を見て目付きを鋭くしたが、マチェクに制されて押し黙ると、遠慮がちにファリルローゼ(ib0401)、フェンリエッタ姉妹の後ろに立った。
「ボスには開拓者との情報交換に集中してもらわねばならない。俺が冷静さを欠きそうになっていたら殴ってくれ」というのが、その意図らしい。
 そして氷海 威(ia1004)。
 マチェクと目が合うと、彼は咄嗟に袖を直して一礼した。
「本来であれば此処に居る資格の無い者ですが、何卒末席に加わる事をお許し下さい」
 許されないなら素直に退席するつもりでいた威だったが、覚悟を決めていた彼に対して傭兵は微笑う。
「本当に資格が無いなら此処に来る前に開拓者達が君の同行を拒否しただろうさ。そうだろう?」
 全体に問えば否は無い。
「敵は強大だ。協力してくれるなら大歓迎だよ」
「恐れ入ります」
 いざフェイカーと直接対決という事態になればまた多くの助けを必要とするはずだ。その時に事情を知る者が一人でも多ければ、その分、任せられる事も多い。
 リディエール、イリス、緋那岐、律、レジーナ。
 一人一人と挨拶代わりの言葉を交わし、その意志が半年前と何も変わらない――否、あの時以上に強くなっている事が感じ取れて頼もしいと感じ始めていた頃。
「ボス、ニコライさん達の配置が完了しました」
 食堂に戻って来たアイザックがそう知らせる。
 どうやら宿の周囲には傭兵達が陣取って不逞の輩の排除にあたるらしい。
 それは開拓者側も同じ事。
 誰もが周囲の気配には細心の注意を払っている。
「さて、では始めようか?」
 開拓者達は席に着き、何から話すのか――その順番を待った。



 柚乃、フェルル、ニクス、ミレーヌ――昨年の初夏にジェレゾの北に位置するザーヴァック領ヴェレッタの町で起きた一連の騒動を知らない開拓者達に大まかな流れを説明した上で、アイザックはボスの反応を確かめながらその後の事を話し始めた。
「相手がアヤカシと知りながら協力して民を苦しめた……いえ、今なお自分は人間の娘を助ける為にアヤカシを利用したんだと言い張っているザーヴァック領の元領主シルヴァン・ヴィディットは中央に連行された後、帝国の管理下に拘置されて取り調べを受けていますが、彼が有益な情報を持っていないのは明らかで、恐らく数日中に処刑されると思います」
 その言葉に顔を上げ、唇を噛み締めたのはレジーナだ。彼女の中で蘇るシルヴァンは、自分達を滑稽だと嘲笑った牢内での姿。
「……処刑、されてしまうんですね……、って、あの、すみません……っ」
 思わず呟いてしまったのを仲間達に注目された事で自覚したレジーナは、顔を赤くして隣に座るイリスの背後に隠れた。
 ただ、それでも知り得た事は伝えたいと思うから必死に言葉を紡ぐ。
「私は、拘束された後の、彼に、会っていて……嗤われただけで、得た情報も無いけれど、……酷く不安定に見えたから、関わり方によっては何か得られるのかもしれないな、って」
「それは、例えばどんなふうに関わるんだい?」
「例えば……」
 マチェクに問われたレジーナは、しかし答える事が出来なかった。
(あぁまただ……また気持ちだけが先走ってる……)
 こうしたい、ああしたい、けれどそうするための方法が定まらない。
「……ごめんなさい……判りません……」
「責めているのではないよ」
 マチェクは微笑う。
「可能性を見出す事は重要だし、発想はいつだって悪くない。これはレジーナだけでなく皆に言える事――ただ、感情だけではどうにもならないのが事実だ」
「はい……」
「それから誤解のないように言っておくけれど、君達は決して弱くもない。無謀な真似さえしなければ、相手がフェイカーであろうと決して劣るものではないよ。要は強さだけでも、感情だけでも、その二つが揃っていても、それらを効果的に発動させなければ全てが無駄になってしまう事を忘れないで欲しい」
 ハッとその言葉にフェンリエッタが顔を上げたが、マチェクはあえて先を続ける。
「具体的な作戦、今がその時だと見極める目――必要なものは無数に有る。だが、それを一人で担おうとは考えなくて良い。そのための仲間だし、俺達傭兵が君達開拓者と手を組むと決めた所以だ。頼れば良い。聞けば良い。頼らせてほしい。君達は良いチームだと、俺はそう思うよ」
「ワフ隊長、先生みたい……」
 ぽつりとアルマが零した呟きに、彼は微笑う。
「らしくないかい?」
「んーと……何だろうっ。ヘンな感じ?」
 何とも微妙な返しに、起きる笑い声。場の雰囲気が一瞬にして明るくなった。
「アルマにも変だと言われたし、この話はこれくらいにしておこう。ただ忘れないで欲しい。一人で悩む必要は無いんだとね」
「ついでに言えば見限るのも決断として入れていいと思うが」
 厳靖は言い、肩を竦める。
「まさかお前さん達の情報がそれだけとは言わんだろう? ……何を掴んだ?」
「えっと……」
 アイザックはボスの表情を伺い、今度は彼が肩を竦める。
「その前に、そちらの情報が必要だ」
「ふむ。俺はあの後であちこち歩いてみたが特にこれといった話は聞かなかったぜ」
「私もです」
 秋桜が無念そうに応じる。
 一方で何人かが互いに顔を見合わせて躊躇う様子を見せていた中で、最初に口を開いたのは緋那岐。
「南部辺境でフェイカーに絡む人物が確認されたって件なら妹から聞いた」
 ざわつく食堂内。
 緋那岐に応えるように一歩前に進み出た柚乃は、襟元で静かにしている管狐の背中に触れる事で気持ちを落ち着けながら話し始めた。
「直接踊り子を見たわけでは無いですが……何か、嫌な予感がして……」
「シェリーヌと、そのシェルって踊り子は同一人物なのか?」
 兄妹の言葉に「ちょっと待って下さい」と手を上げたのはエルディン。南部辺境の件には一切関わっていない彼をはじめ、厳靖やアルマにもまるで話の筋が見えなかった。
 そのため「その件については私から」と手を上げたのはリディエール。とある人物に関わる依頼で遭遇した旅芸人の一座の中に、赤い石のペンダントを身に着けた女がいたこと。その女の名前がシェルだった事などを掻い摘んで説明する。
「シェリーヌとシェル、どちらも直接見ているのは私とイリスさんだけですから、アイザックさんにシェリーヌの似顔絵を。ニクスさんとフェンリエッタさんにシェルの似顔絵を描いてもらって、見比べてみたのですけれど……」
「やはり似ていると思います」
 リディエールから引き継ぐ形でイリスは強く頷いた。
 片や庶民、片や踊り子。
 その髪型や化粧など雰囲気はまるで違ったけれど、やはり似ていると彼女は言う。
「あの時、彼女を追えれば確信を得られたかもしれなかったのに、差し迫っていた大事を後回しにする事も出来なくて」
「追わなくて正解ですよ、危ない!」
 アイザックが顔色を変えて声を荒げると、イリスは目を瞬かせた後で「心配して下さってありがとうございます」と微笑み、顔を真っ赤にした青年の背をアルマがぽふりと叩く。
 横ではニクスが笑うのを誤魔化すように咳払い、と同時。
「イリス、リディエール、もう一度その踊り子を見れば確信は得られるかい?」
「!?」
 暁のボスの問い掛けには全員がハッとして彼を見る。
 まさかという複数の視線に意味深に笑い返し。
「俺達は俺達の情報を君達と共有する――そういう約束だ」
「確かにそうだが、まさか……既に所在を把握しているとは……」
「暁の情報網も侮れないだろう?」
 どこか複雑そうな面持ちの律に、どこまでも楽しげなマチェク。
 そして突如として立ち上がったミレーヌの険しい表情。
「ペンダントを持ってる奴は判ってるんだし、これだけの戦力があるんだったら一気に叩き潰してやれば良いのよ!」
 些か場の雰囲気を読み切れていない少女に一同はしんと静まり返ってしまった。
 マチェクは微苦笑を浮かべる。
「それが出来れば苦労は無いんだが、どれだけの戦力があろうと、それを上回るアヤカシの大群を呼ばれてしまっては俺達の負けだよ」
「そうなんだよね。アヤカシの群れを呼び集められるのがフェイカーの厄介な能力の一つ」
 アルマが言い、アイザックが頷く。
「なので、一気に叩き潰すのは無理かな、と」
「……っ」
 ミレーヌはむっとした表情で、しかし静かに座り直し、マチェクは再びリディエールとイリスに目を向けた。
「さて、どうだい?」
 問われたイリスは深呼吸した後ではっきりと頷いて見せた。
「判ります。もう一度会えば、必ず」
「私も、判ると思います」
 リディエールも真っ直ぐな瞳で断言。マチェクは微笑んだ。
「良い答えだ。――イーゴリ」
「はい。車を用意して来ます」
「アイザック、おまえも一緒に行っておいで」
「はい!」
 準備が整ったら二人を迎えに来るという傭兵達を見送りながら、次に神妙な面持ちで切り出したのは、律。
「南部の依頼には関わっていない身でこのような事を聞くのは躊躇われるが、……そのシェルという娘が関わっていた青年とは、一体……?」
「ぁ……」
 当該依頼に関わる面々は厳しい面持ちで顔を見合わせたが、暗黙の内にも彼女達の瞳が語る想い。
 ゆっくりと深呼吸した後、口を切ったのはフェルルだった。
「その方――ユーリさんと言うのですが、これからお話しする内容には主観が混じるかもしれません。全てが確証を得ての話ではありませんから」
「だが、話す前に人払いを頼みたい」
 ニクスが続く。
「これは『彼』に関わらない者に軽々しく話せる事では無い。俺達がこれを話す事が後々の災いとするわけにはいかない。非礼だとは重々承知しているが、信頼出来ない者に聞かせるわけにはいかないんだ」
 その言葉に、意図せず視線を集めたのはミレーヌ。これから重要な話をするとなれば、先ほどの勢いを心配するのは仕方がなかっただろう。
「な、なによ……っ」
 ぐっと唇を噛む少女に、どう声を掛けたものか悩ましいという空気が広がる中で「大丈夫だよ」と言うのはマチェク。
「ミレーヌは騎士だ。関わりの有無に関係無く帝国の不利益になる事は決してしないさ。――そうだろう?」
「当たり前だっ」
 強く言い返す少女だったが、すっかり涙目になっている。もちろんそれを指摘したところで、全力で否定するのがミレーヌという少女なのだが。
「私も、万が一の場合には口を割る前に自決する所存です」
 威が覚悟を告げればニクスも納得した様子。
 それぞれに目配せし、あの地で関わって来た一連の騒動に関わるユーリ=ソリューフについて語り始めた。
 彼が、もしかすると皇帝陛下の落胤である可能性が否めない事も含めて――。


 話が進むにつれて、アルマが用意した地図が卓上に広げられ、開拓者達がユーリに関わった時期と場所が威によって詳細に書き込まれていく。
 そしてフェイカーと思しき赤い石のペンダントを所持した踊り子を見た場所も。
「これが本物のフェイカーだとして、随分と活動範囲を広げているんだな……」
「アヤカシには移動距離など有って無いようなものですからね」
 緋那岐とエルディンの遣り取りを挟み、車の用意が出来たからというイーゴリの迎えを受けてイリスとリディエール、アイザックが席を立つと、彼らは更に輪を縮め、卓上の地図に身を乗り出す格好で情報を纏めてゆく。
 何度目かの依頼でユーリと顔を合わせ、忘れ物を見付けに行くと言う彼に付き合ったファリルローゼは、その時の彼の言葉が気になると報告した。
「つまり、ユーリは自分を狙っていた者達を味方に付けた事になるのか……それも、集団を」
 それを、律はそう解釈する。
「まぁ一波乱起こそうってンなら人手は必要になるだろうしな」
 厳靖が返す。
「叛乱と言えば、急遽来られなくなった仲間がクルィークという傭兵団と仮面の怪しい男の話をしていたな。……帝国の各地に叛乱の火種が燻っているという事か」
「ツナソーの元領主も、です」
 ルシールが補足すれば、そっちもかと複数の溜息が聞こえて来る。
 フェルルは悲しい怒りを直向きな眼差しに滲ませていた。
「フェイカー……その能力は脅威ですが、私が怖いのは何より……志や望みを持った人を誑かし、唆しそうして起こった混沌から生まれる不幸を見て喜ぶ、そんなやり口です」
 彼女の言葉に、一人の男を思い出したのは一人、二人ではない。
「私はユーリさんを止められませんでした……けどその行動は、彼自身の望みがあって決めた事です。これ以上悪意が絡まなければ、そう道を外れる人じゃありません」
「ああ、俺もそう思う」
 ニクスが頷き、柚乃もこくこくと必死に訴える。
 そしてふと気付いたようにフレイアが。
「フェイカーは神教徒と何か関わりがあるのでしょうか? 以前にヨーテの遊牧民の住む土地にある、かつての神教徒の使っていた洞窟から何かが運び出されたという話があります。ヴァイツァウの乱の時のように何らかの切り札を用意している可能性が憂慮されますので、これも一応のご報告を」
「神教徒……」
 エルディンが低くその言葉を口にし、僅かな沈黙の後で切り出す。
「もしも……もしも神教徒が関わるような事態になった場合には、私を潜入捜査などに使って下さい。神父の真似事は得意です」
 どこか陽気に、それは知る者にとっては切ない程に明るいエルディンの提案。
 マチェクは表情を変えるでもなく「その時には頼むよ」と返す。
 それがただの思い過ごしである事を誰もが願っていたけれど。


(あたしまるで役立たずじゃない……)
 明らかに自分の出番はない雰囲気に、少女は口の中でキャンディーを転がしながら仏頂面。
 イチゴ味が、今日はひどく苦く感じられる。
(絶対に役に立って見せる……私は立派な騎士になるんだ……!)


 開拓者と暁の傭兵達の情報交換は、南部のフェルアナ領主ラスリールがアヤカシと手を組んで領主の座に就いた経緯や、これから建設される劇場がフェイカーの憑代である踊り子を招き入れるための手段かもしれないという推論までで、休憩を挟む事になった。
 イリスとリディエールがもう間もなく戻って来るだろうというのも理由の一つ。
 彼らはフェルルとレジーナが持参した菓子と、お茶で、消耗した糖分を補給する。
 そんな中でマチェクが声を掛けたのはフェンリエッタ。
 南部の事情を聴く中で、関わって来ているはずの彼女が一切口を挟まなかった事が気になったからだ。
 その事を告げれば、フェンリエッタは自嘲気味な笑みを覗かせた。
「さっき、マチェクさんがレジーナさんと話されていた事……此処に、刺さりました」
 フェンリエッタは胸元を掌で抑え、とても切ない表情を見せる。
「どんなに伝えたいと願っても届かないこの想い……言葉……血を吐くほどに叫んだとて耳を傾けて貰えなければ全ては無駄……無駄なんです、何もかも」
「フェン……」
 ファリルローゼは妹の肩を抱き、彼女以上に辛い表情を浮かべている。こういう時、相手の辛い気持ちが判ればこそ、何も出来ない己自身が歯痒く苛立たしく思うのだろう。
 そしてきっとフェンリエッタが胸を痛める理由も同じこと。
 マチェクが詳細を知る由も無いが、少なくとも彼女が本気で誰かの事を想い、言動を重ねて来た結果が『無駄』になってしまったのだろう事は推測出来た。
 だから彼は肩を竦める。
「俺としては、君の本気の言葉が通じない相手ならいっそ見限ってしまえと言いたいところだが」
 言い終えるが早いかファリルローゼにキッと睨まれ、両手で「判っているよ」のポーズ。
「ただ、フェンリエッタだけでなくイリス、リディエール、さっき会ったばかりのフェルルやニクスにしても、どれほど本気でユーリという人物の事を案じていたのかは俺なりに理解したつもりだよ。そんな君達の言葉も聞かず、自らの信念のみを優先しようと言うなら勝手にそうさせておけばいい。フェイカーに唆されてこの国の民を犠牲にしようと言うなら、此方も此方の信念故に止めさせてもらう。例え、それが彼を殺す事になってもね」
「……っ」
 厳しい言葉に姉妹は息を詰めたが、そんな二人にマチェクは続ける。
「君達の話を聞く限りそこまで愚かではないようだし、少し様子を見るのもいいだろうが……、コンラートも、決して愚かではなかったはずだからね」
 今は亡きヴァイツァウの子。
 彼を待っていたのは犯罪者としての末路だったが、彼が掲げた信念、理想は、恐らくユーリが抱いているものと変わらない。
 そう聞けば姉妹の胸中には一層の不安が募った。
「……それにしても」
 ふとマチェクの声の調子が変わる。
「実際に会った訳ではないから何とも言えないが、そのユーリという少年、随分と感情的だね。言い方は悪いが、一連の話を聞いていると女性同士のプライドの張り合いのようだよ」
「そんな……」
 フェンリエッタは首を振る。
「確かにとても綺麗な方ですけれど、ユーリさんは男性です」
「実際に会っている君達がそう言うのだから間違いないか」
「当然だ。まったく君はおかしな事を言う」
 ファリルローゼにも呆れられて肩を竦める傭兵は、同時に外からの物音に気付く。確認に赴いていたイリス達が一つの結果と共に宿に帰って来たのだ。



 再び全員が揃った食堂内。
「シェリーヌとシェルは同一人物です。間違いありません」
「馬車から通りすがりに見ただけですが……間違いありません」
 イリスとリディエールはそう断言する。
 踊り子でも、庶民の娘という風でもなかった彼女は、だがそうと想像して見れば間違いなく同一人物だった。
 どれほど装おうとも野心に満ちた瞳は誤魔化せるものではないし、なにより確信を得るに至らしめたのは、もその胸元に輝く赤い宝石の禍々しさだ。
「これでユーリさんとフェイカーの繋がりも確実になってしまったんですね」
 フェルルが低く呟く。
「結局、厄介な事には変わりねぇってことか……んま、俺も出来る限りは協力するさ。いい気になってる奴に吠え面かかせてやろうぜ」
 目的が定まればやる気も出ようというもの。厳靖の言葉にアルマも大きく頷き、アイザックは更なる情報を開示する。
「シェルとシェリーヌが同一人物だと判ったので、改めて俺達が集めた情報をお知らせします。実は今……ケイトと名乗っている彼女が懇意にしている人物は帝国の軍備関係に務めている男で、もっと言えば、帝国内の神教徒を調査したりする部署の役人なんです」
 神教徒――その言葉に、先刻の会話が蘇る。
 エルディンの表情が変わる。
 アイザックは、以前に聞いていた話を胸に留め、友人の心情を慮りながら報告を続けた。
「フェイカーが何を狙っているのか、今はまだ判りません。ですがそれが判った時には……その時には必ずお知らせします。だからどうか力を貸して下さい」
 真摯な姿勢で訴えるアイザックに、開拓者達の応えは一つ。
「必ず……私達の手で止めましょう。必ず……っ」
 イリスの誓いは、全員の想いを代弁していた。



 一通りの情報共有を終えた後は各々が帰路に着いたが、真っ直ぐ天儀には戻らない者も少なくなかった。

「行ってきます、マーヴェルさん、ユーリーさん。……ショーンさん」
 傭兵達の墓に花を添えて出発の言葉を残したレジーナ。

(……何度でも探しに行くよ。彼が家に帰るまで)
 イリス達がフェイカーの存在を確認したという地点に赴き、今は連れ去られたままのショーンを想うアルマ。

 そしてショーンが連れ去られた元領主邸で、決意を固めたルシール。
「必ず……」
 今度こそ必ずフェイカーを斃す、そのために。
 開拓者達は、止まっていた時間を今こそ動かし始める――……。