【PM】楽し南瓜祭!
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 35人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/29 02:45



■オープニング本文

※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません。


 ●ハロウィン・パーティー

 校内がオレンジ色‥‥否、カボチャ色に染まっていく十月の下旬。
 IF高校では月末の万聖節に合わせて学校祭を行うのが恒例で、この時期になると当日に向けての装飾も完成に近づき、窓という窓には黒い画用紙を切り貼りして作られたカボチャや魔女、猫達の切り絵がズラリと貼られ、扉という扉にはカボチャ色のカーテン。
 教室や廊下の至る所には巨大なカボチャのオブジェが飾られ、各クラスの後方には当日の出し物に合わせた衣装が所狭しと山積みにされている。
「‥‥毎年の事とはいえ、この時期はどっかの悪趣味な洋館に迷い込んだ気分になるな」
「年に一度、短期間の宴と思えば悪くないさ」
 教師達が苦笑交じりに呟く視界には、演劇や合唱といった体育館での公演を担当する事になったクラスの生徒達が体育館の使用時間を確認する姿がある。
 当日は生徒の父兄も遊びに来る事が出来るから、生徒達の練習にも余念がないのだ。
 そして何より当日の宴を盛り上げるのは、これも毎年恒例のコンテスト。万聖節の名にちなんで学校一の聖女を選ぼうという【ミス・パンプキン】だ。
 参加者は女性に限らず、ハロウィンらしい衣装で着飾り講堂に集合。
 歌や芝居など得意な演目(友人の協力等は可能)でアピールし、生徒や教職員、父兄の投票でグランプリが決定されるわけだが、当日のアピールは父兄の票獲得には繋がっても、生徒や教職員からの投票は日頃の言動が決定すると言っても過言ではない。
 それが選ばれる者を「聖女」と呼ぶ所以であり、聖女には宴主催の生徒会役員六名の中から選んだ一人より祝福のキスを贈られるというのも、このコンテストが盛り上がる理由の一つだろう。


 さて、その生徒会役員達。
「そういう意味でも美人は得だよ、どうしたって人目を引くからね」
「それはスタ君の意見でしょ! 世の中美人ばっかり得するようには出来てない!」
 生徒会長のスタニスワフ・マチェク(iz0105)の意見を書記長の彩鈴かえでが一笑に伏せば「そうよそうよっ」と食って掛かるのが会計長のレオナルド・ヴィスケスティア。
「女の子ばっかりが聖女だとは限らないわっ、男の子だって心根が優しくて笑顔の可愛い子はたっくさんいるし! 胸板がっしりのむっちりした男の子だって聖女と呼ぶに相応しい綺麗な心を胸に秘めているかもしれないじゃない!!」
「それは聖女ではなく聖人と呼ぶのが妥当です。しかしそもそも聖人と言うのは――」
「? では今年のミスコンは【ミスター・パンプキン】が選ばれるのです? あ、ミスでもミスターでも略せばミスコンで通るのですね! いま気付きましたっ、すごいですっ♪」
 生徒会仲間の熱弁に監査長のローラ・イングラムが冷たく突っ込むも、書記次長の穂邑(iz0002)がそうして本気で感動するから生徒会室の雰囲気は「まったくこの娘は」なほんわかムードに。
 言葉を遮られたローラも軽く息を吐くだけで仕方ないという表情だ。
 ちなみに男の胸板について熱弁したレオナルド、こんな口調でも厳つい体格の男子生徒である。
(生徒会って雑用で大変な事が多いけど、こういうの‥‥楽しくて良いな)
 宴までもう間もないというのに相変わらずの仲間達に、何故か一人大忙しの副会長アイザック・エゴロフ(iz0184)が口を挟む余裕はなかったが、顔から笑みが絶える事は無く、休む事無く動く手は慣れた手つきで各クラスから寄せられた企画書や要望書に『会長』の印を押していた。
 と、不意にその手が止まる。
「え‥‥」
「どしたのアイちゃん」
 アイザックの手元を覗き込んだかえでも、やはり動きを止めて。
「どうかなさったのです?」
 穂邑も覗きこんで、目を真ん丸に。
 何故ならアイザックが手を止めた書類はマチェクのクラスから出された企画書で、そこには「喫茶ミスターレディ」の文字が堂々と記載されていたからだ。
「会長さん、とうとう女装されるのです?」
「えっ」
 全員を視線を一身に集めて、マチェクは不敵に笑う。
「さて、俺を女装させたいクラスメイトがいればそうなるかもしれないね?」
「ダメよっ、ダメよダメよっ、マーちゃんの胸板がドレスで隠れるなんてそんな勿体ない!!」
「ドレスとは限らないでしょうが‥‥」
 レオナルドが全力で拒否し、さすがのローラも動揺のせいかツッコミに鋭さが欠け。
「会長が女装‥‥会長が女装‥‥」
 頭を抱えてぐるぐるしているアイザックとは対照的に、かえでは一人、大笑い。
「スタ君が当番の時間帯、絶対に教えてちょーだいっ、何があろうと絶対に見に行くからっっ!!」


 ●宴の中の悪巧み

 準備は着々と進んでいく。
 各クラス、部活動で行う出し物の当番はあれど、当番は交代制だから自由行動を取れる時間は充分にあるし、他のクラスの演劇や合唱、もちろんミスコンのアピール大会を見学する事も可能。
 それに宴の終わりを告げる花火大会は全校生徒が自由に楽しめる大イベントだ。
 日を追うごとに校内は活気に満ち溢れてくる。
 当日に向けて全員が一丸となって準備に取り掛かる。
 こういう雰囲気が大好きで、その地盤を支える仕事が誇らしくて生徒会役員を続けているかえでは、その日、運が良いのか悪いのか、一人の教師に呼び止められて3本の鍵を預けられた。
 花火を見物するには絶好のポジションだが、各階南端に位置する其処は人が二人も入ればいっぱいいっぱいの、用具室。こっそりと忍び込む生徒が後を絶たないから鍵を生徒会室で預かって欲しい、職員室では広過ぎて注意していても目が届き難いというのだ。
 任せて、と鍵を預かったかえでは一頻り考える。
(‥‥これって、実はものすごいラッキーじゃない?)
 せっかくの花火を二人きりで楽しみたい恋人同士は少なくないはず。
 例えば100文で貸切なんて情報をこっそり流せば、値段も良心的だしちょっとしたお小遣い稼ぎになるのではないだろうか?
「んふー♪ かえでちゃんは恋する二人の味方ですー!」
 何やら色々と間違えてはいるが、特等席の鍵を手に入れたかえでは早速とばかりに恋人達募集の情報をこっそりと流す事に成功し。


 学園祭、ハロウィン・パーティが始まる――。


■参加者一覧
/ 朝比奈 空(ia0086) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 氷海 威(ia1004) / 奈々月琉央(ia1012) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 滝月 玲(ia1409) / ルオウ(ia2445) / エリナ(ia3853) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / エルディン・バウアー(ib0066) / ルシール・フルフラット(ib0072) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リディエール(ib0241) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / 十野間 月与(ib0343) / ファリルローゼ(ib0401) / 風和 律(ib0749) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / 緋那岐(ib5664) / 仙堂 丈二(ib6269) / アムルタート(ib6632) / ハシ(ib7320


■リプレイ本文


 学園祭開始三〇分前の花火が打ち上がった。一般客の入場が始まると学園祭も本番、一カ月以上掛けて作り上げて来た汗と涙の結晶が結果を出す時だ。
 四方八方から聞こえて来る真剣そのものの遣り取り――だが、その中には幾つかの賑やかな声が混じる。
 否、賑やかというか。
「だから俺は女装なんかしないって!」
 一年一組のメイド喫茶。
 メイド服を着せられそうになって教室を飛び出した緋那岐を何人もの女子生徒が追っていった。男子生徒に女装をさせて楽しむ喫茶ではないが、同じクラスに柚乃という双子の妹がいる以上、緋那岐の女装は必須。
「双子メイド、萌えるわ!」というのが同級生の主張だ。
 そんな彼を心配そうに見ていた柚乃に、そっと焼き立ての菓子を差し出したのは裏方担当のレジーナ・シュタイネル。
「元気……出して下さい」
 シュークリームの甘い匂いに誘われて食せば、パリッとした温かな皮と滑らかで冷たいカスタードが口の中で蕩けるように交わり、その味は絶品。
「うわぁ、美味しいです……っ♪」
 今までの不安そうな表情が一瞬で笑顔に変わったからレジーナも微笑む。
「緋那岐さん……きっと戻って来てくれます。だから、メイドさん、頑張りましょう」
「うん!」
 応じる柚乃は完璧なメイド姿。その愛らしさを間近に見れば、緋那岐を女装させたい同級生達の要求も判る気がするレジーナだった。


 そして此方も賑やかなのが二年三組、ケモミミ喫茶。
 その名の通り、教室内には獣の耳を装着した生徒達が大勢いるわけで、例えば猫耳のフラウ・ノート、フェンリエッタ。
 例えば犬耳の風和 律――。
「あら、律?」
 その呼び声に思わず固まった律は、振り返るのに相当な覚悟が要った。
「くっ……自分のクラスの準備はどうしたんですか……っ」
「あらやだ、私がどうして三年間の軌跡なんて出し物に賛成したと思ってるのよ。当日が暇だからに決まってるじゃない」
「ユリア、それはどうかと思うのだけれど……」
 律に背中から抱き着きながら、あまり褒められた内容ではない台詞をあっさりと言ってのけたユリア・ヴァルに、幼馴染のイリスが苦い笑みを覗かせるも、言われた本人はなんのその。
「イーちゃんの真面目なところは大好きよ。でも、高校生活最後の学校祭くらい自由に楽しみたいもの♪」
「いつも人一倍楽しんでいる様に思うが……」
「何か言ったかしら、りーつー?」
「な、何でもない……、っ!」
 否定するも時既に遅く、ピンと上向きだったドーベルマン風の犬耳がユリアの手によって折り曲げられ、牧羊犬のように半分寝た状態に。中が針金になっているため簡単に形を変えられるのだ。
「ん、この方が可愛いわ。さぁ律『いらしゃいませだワン、御主人様♪』は?」
「そんな台詞は用意されていない!」
「先輩には敬語でしょー♪」
「くっ……」
「ちょっと、ちょっと。うちの大事な戦力を苛めないでよ?」
 すっかり遊ばれている律に助け舟を出したのは猫耳フラウ。
 彼女もユリアとイリスの幼馴染なのだ。
「あらフラウも可愛いじゃない」
「か……っ、別に、可愛くはないけどっ」
 そうしてすぐに真っ赤になるフラウの頭を思わず撫でてしまうイリス。
「始まったら絶対に遊びに来ますね」
「何ならマー君も呼んできましょうか?」
「絶対に止せっ」
「律、先輩にはけ・い・ご」
「〜〜〜っ」
 客足が伸びるのは有り難い事のはずなのだが、ケモミミで接客する自分を見られると思うと素直には頷けない少女達だった。
 一方でそんなやり取りを小耳に挟み、熊耳を装着していた琥龍 蒼羅はそれを触りながら難しい顔で鏡を見ていた。
(決まった事に今更文句を言うつもりはないが……やはりこう言うのが似合う者は他にいるのではないか?)
「心配しなくてもお似合いですよ?」
 不意に、心の呟きを聞かれたのではと疑いたくなるタイミングで声を掛けて来たのは、黒猫耳に男装というオプション付きのフェンリエッタだ。
「もう少し此方に傾けた方が良いかもですね」
 ほんの少し位置をずらすと、確かに可愛さが増す。尤も、自分の可愛さが増してどうするのかと思わないではないのだが。
「すみませんが少しだけ抜けます。すぐ戻りますから」
「判った」
 きっと大切な相手に自分の装いを見せに行くのだろう楽しげな笑顔に、蒼羅も笑顔で応じる。そうして同級生の背中が見えなくなると軽い吐息を一つ。
 もう一度、鏡の中の自分を見つめた後で思った。
「まぁ、アルマのように男でもお世辞抜きに可愛いのもいるんだし、いいか。……と、そういえばアルマは何処だ?」
 教室の中をぐるりと見回すが、アルマこと狐耳のアルマ・ムリフェインの姿は何処にもなかった。


 その狐耳が何処に居るかと言うと。
「ルディちゃん!!」
「ぉわっ?」
 一年四組、昭和の遊び館を催す教室前で、一番最初の呼び込み役を担当させられたルーディ・ガーランドに突進、チラシを手渡す。
「ルディちゃん、ルディちゃん、はいこれ。うちのクラスにも遊びに来て!」
「おー……って、違和感ないな、その狐耳」
「ほんと、すごい馴染んでる」
 ルーディの感想に真顔で頷くのは、遊び館で真っ先に遊ぼうと計画して並んでいたフィン・ファルストだ。どちらも互いに友人、旧知の仲。
「フィンちゃんも遊びに来てね!」とチラシを渡せば、フィンは笑顔で頷いた。
「あぁあー、あいつも一緒ならめいっぱい奢らせたのにー」
「原因が自分じゃ仕方ないよな。むしろ学祭を休まざるを得なくなったあっちに同情」
「同情ってひどいっ、あたしは親切心で……!」
「小さな親切大きなお世話」
「彼、お休みなの?」
「フィンの料理で食当ったんだと」
「ちっがう! きっと……そう! 食べ合わせが悪かっただけ!」
「「へぇー……」」
「なんなのーーっ!?」
 じとーっと弄り目的で見られたフィンが、そうとは気付かずに大声を上げたところで通りかかった風紀委員。
「開催前から問題起こすなよ」と注意して来た彼を振り返って三者三様の表情。
「キーちゃん!」
「ぐはっ」
「さすがアルマ先輩、女性相手に抱き着いても違和感なし。キース先輩がイケメンなのもあるだろけど」
「あぁそっか、先輩だっけ」
 アルマにがしっと抱き着かれて後ろに倒れそうになるキース・グレインと、妙に感心するフィンと、今更な点に気付くルディ。
「キーちゃん、今日は何を奢ってくれるの?」
「……どうして奢るのが前提なんだ」
「そこはやっぱり年功序列、年上に集るのが年下の使命なわけで」
「ルディ、おまえまで……」
「わーいっ、キース先輩ありがとうございますっ!!」
「ちょっと待て!」
 キースの答えなど意に介さない三人。騒ぎを止めに来たはずの風紀委員が中心になって更に拡大しようかというその時、突如として始まった校内放送。
『ほーっほほほほほほ!!』
『さぁ始まるわよっ、南瓜祭!!』
 強烈な個性を見込まれ、鶴の一声ならぬ魔女の一声で開祭を宣言する役に任じられた三年三組のオネェツインタワー、ハシとレオナルドの野太い声が学校全体を震わせる。
『歌に演劇、屋台に娯楽!』
『もちろん今年もやるわよミスミスミスコン!』
『参加者は体育館にお集まりなさい! 戦うわよっ、競うわよっ、打倒エルディンちゃん!!』
『ふふっ、応援するわよ心の友! 打倒エルディンちゃん!』
『『打倒エルディンちゃん!!』』
『おまえらいい加減にしないか!』
『『きゃーーっ♪』』


 教師に怒鳴られて放送室を逃げ出したのか、騒がしい物音がスピーカーの向こうで続く。そんな校内放送で名前を叫ばれた、三年四組・喫茶ミスター・レディの準備中だったエルディン・バウアーはスピーカーを見上げながら不敵な笑み。
「望むところですよ」
「今年のミスコンは荒れそうだ」
 マチェクがくすくすと笑えば「表情動かさないでよ」と十野間 月与。
 実はこの生徒会長、同級生達の手によって女性に変身中なのである。まさかとは思ったが「上に立つ人なら率先垂範しないとね?」と月与に有無を言わさぬ笑みを浮かべられてしまった上、エルディンからは「大丈夫、綺麗にしてあげますよ」との言葉。
 とにかく周りが楽しそうなのだから、後はもう『なるようになれ』だ。
「開き直って楽しみましょう。実に似合いますとも」
 そういうエルディン自身、月与達の協力を得て仕上がった姿は月明かりがとてもよく似合いそうな美女である。
「確かに良く似合うが……」
 マチェクに兎の耳付のカチューシャを装着させ、そこにリボンを結びながら言うのはファリルローゼ。
「アイザックがこの姿を見たら卒倒しそうだな?」
「確かに」
 そうして皆が笑う頃、スピーカーからは魔女二人に代わってアイザックの声が祭の全体スケジュールと注意事項を語り始めた。


「すごかったですね」
 傍に居る同級生の心中を慮るも、笑いを抑えられないリディエールにローラは頭を抱えて険しい顔付き。
「だからあの二人に任せるのは考え直して欲しいと言ったんです……っ」
 此処にはいない生徒会長への苦情に、リディエールは困ったように笑う。
 その生徒会長の女装のため、友人に化粧道具を貸したのは他ならぬ彼女で、ともすれば、それはローラの心労を増やす要因にもなり得るわけで。
「まずは合唱を頑張りましょう、ね?」
「ええ……まずは自分の役目を全うしなければ」
 気持ちを切り替えさせつつ胸中で謝る。
 ローラもこの祭を楽しんでくれればと、そう願いながら。


『――以上です、それでは皆で楽しい南瓜祭にしましょう』
 アイザックが一通りの形式的な話を終えてマイクを譲った相手は、かえでと穂邑。魔女二人に任せる危険も考慮し、放送室には最初から生徒会の二年生トリオが控えていた。
『それじゃあ始めるよ! 南瓜祭!!』
『スタートなのです♪』
 ドーンと外で大きな花火が打ちあがった。



 そうして始まった祭には、在校生の父兄や卒業生、それに他校の生徒も大勢参加する。
 開祭宣言の前から校門前で並んでいた一般客が居た事もあり、開始早々の大賑わい。ウィンストン・エリニーや平野 譲治もその内の一人だった。
「ふむ、卒業して幾年経てども青春時代の喧騒は変わらぬもの」
 昔を懐かしむウィンストンが最初に覗いたのは四階、一年生の教室が並ぶ廊下。
「はいはい寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 時は昭和、所は東京、生まれは柴又帝釈天、昭和の遊び館はこちらで御座いー」
「ご主人様いつお帰りになられますか? メイド一同、お帰りをお待ちしています♪」
 ルーディやメイド達の呼び込みの声が客足を引き。
「きゃぁぁっ!」
「うぉぉお!?」
 五、六組合同主催のお化け屋敷から響く本気の叫び声は次から次へとホラー好き達の好奇心を刺激中。リアルな火の玉を演出中の无や、南瓜の被り物をして「ぱ〜んぷき〜ん♪」と追い駆けて来るアムルタートの怖さは相当らしく。
「超怖ぇ! マジで何かされそう!」
「墓場に迷い込んだかと思った!」
 お化け屋敷から出て来る客達は青い顔でそんな感想を漏らし、これに満足そうな表情を浮かべていたのは、メイド喫茶でお茶を啜っていた美術教師からすである。
 お化け屋敷の製作期間中、美術協力で参加していた彼女にとって、聞こえて来る阿鼻叫喚はこの上ない賛辞に等しい。
「作り物と侮るなかれ、だ」
 得意気に笑うからすの姿に「あの方も変わらぬな」とウィンストン。かつて世話になった教師との再会もこういう祭の醍醐味だろう。
 ウィンストンはからすに声を掛けた。
 メイド達のきゃぴきゃぴした接客に気圧されたりもしながら。


 その頃、三階でこそこそと隠れるように動いていたのが譲治である。
 単に祭を楽しむのでは物足りない少年は、今回の南瓜祭に「潜入」する事に決めたのだ。
(そのためにまず必要なのは制服なりね!)
 校門前で配られていたプログラムを手に、演劇を行うという二年二組の教室へ。演劇ということは皆が衣装に着替えているはずだから、制服を一着拝借しても容易にバレる事はない、と、思ったのだが。
(どうして制服が無いなりかっ)
 何故なら着替えや荷物は他のクラスの荷物と一緒に別の場所で預かり、鍵を掛けて保管しているからだ。
(これでは潜入にならないなりよ)
 落ち込み掛けた譲治を、しかし運は見放さなかった。
 廊下側後方の席に一着だけ制服が畳んで置かれていたのだ。
(おぉっ、これぞ正に天の啓示! ありがたく拝借するなりよっ、えっと……氷海とやら! 多少……いや、かなりデカいがこうすれば……)
 裾を折るなどして何とか形になった譲治。
 いよいよ潜入開始である。



 その頃、まさか譲治に制服を拝借されたとは露知らず、氷海 威のクラスは舞台上にいた。
 演目「牡丹灯篭」。
 佐伯 柚李葉の音楽と、威の演技が観客を魅了していたのだが、その裾、次の演劇発表を控え待機していた一年二組の中では小さな事件が起きていた。
 その原因は「私もミスコンに参加したんだよ」とエリナが言い出した事。
 恋人のルオウに「誰に票を入れるの?」と聞いた時には既に彼の機嫌は悪化、本人達では収拾がつかなくなっていたのだ。
「どうして怒るの? 私がミスコンに出たのがそんなにダメ? ルオウなら応援してくれるって思ったのに……」
「エリナにだけは絶対に投票しねぇ……!」
 今にも大粒の涙が零れ落ちそうな少女に、同じく出番待ちで彼女の友人であるイリスやリディエールも困惑する。が、二人にはルオウの気持ちも判るらしく「参加は考え直した方が……」と言われてますます泣きそうなエリナ。
「わたしが優勝なんて難しいのは判ってるけど、イリスやリディさんまで……一緒に出場出来たら楽しいかなって……なのに……っ」
「無理だと思っている奴は最初から無理なんだし辞退でいいんじゃねぇの」
 不意に割って入った第三者の声。
 誰だと振り返った一同の眼前には流離の占い師……否、三年一組『占いの館』で占い師役を任された仙堂 丈二だった。その隣には「応援に来たよ」と手を振るアルマが居り、彼に連れられて来た形の丈二は非常に面倒くさそうな表情だ。
「そこの恋人だって無理だと思ってんだから恥掻く前に辞めておけ」
「てめっ……!」
 平然と失礼な事を言い放つ丈二に、ルオウは先輩である事も忘れて胸倉に掴み掛かる。
「ふざけんなっ、エリナが一番に決まってるだろ!」
 躊躇ない本気の怒鳴り返しにエリナが目を瞬かせ、丈二は溜息。
「じゃあなんで投票しない?」
 口籠るルオウと、その答えを知りたいエリナ。丈二は、今度は身を乗り出して来たエリナに聞く。
「時にあんた、ミスコンの優勝特典が何か知ってるのか?」
「優勝特典?」
 更に目を瞬かせたエリナは友人達を見つめ、見つめられた二人は苦笑い。
「生徒会役員の方からのキスですよ。エリナは女の子ですから、お相手はきっとマチェクさんかアイザックさんになるかと」
「え……」
 イリスの返答に周りの空気が一瞬で凍りつき。
「ええええっ!?」
 少女の驚きの声にルオウは苦虫を噛み潰したような顔。
「そんなっ、き、き、き、キスなんてわたし知らな……っ」
「だからルオウさんは参加されるのを嫌がったんですよ」
「そうなの……?」
 リディエールに言われて、再びルオウを見つめたエリナ――後はもう、自然な流れで二人は仲直り。これ以上の介入は野暮だろうとさりげなく距離を取る一同。
「丈二ちゃん凄いよ! さすが人気占い師だね!」
「人気も何も今のは占いとは関係ねぇ」
「ですが人の心を読んでアドバイスするのが占いの軸ですし……私、仙道さんのクラスの占い館、皆さんに宣伝しておきますね」
「もちろん私も」
 イリス、リディエールと、二人の美女に微笑まれ。
「僕も張り切って宣伝するよ!」
 アルマも大乗り気。
 もしかして余計な真似をしたのではないかという丈二の嫌な予感は、数時間後に現実のものとなり。
 一方、すっかり仲直りしてイチャつくルオウとエリナを見て、劇の台本兼演出の礼野 真夢紀は不安を覚える。
 何せ主役の騎士と姫を演じるのがルオウとエリナなのだ。仲直りは一安心だが、このテンションで舞台はどう進むか。
「どうか無事終わりますように」
 心からの祈りを込めて呟いていた。


 その後、司会進行の声が次は二年一組の合唱だと告げると、客席からの拍手は演劇「牡丹灯篭」への喝采から新たな演目への歓迎に変わり、朝比奈 空や滝月玲は友人・穂邑の登場に一際大きな拍手を送った。
 その拍手を舞台袖で聞きながら、無事に舞台を終えた柚李葉と威。
「さ、着替えてケモミミ喫茶に行きましょうか?」
「そう……って」
 皆の荷物が集まっている場所へ服を取りに来た威は、そうして初めて自分の着替えを何処に置いたか覚えていない事に気付くのだった。


 ●
 三年四組で催されている話題の喫茶、ミスターレディ。
 入れ代わり立ち代わり、女装男子一同が休む暇も無いくらい活気づいていた。
「御指名ありがとうございます」ときらきら笑顔のエルディンは月与達裏方の女子生徒が作ったオムライスに「好き」とケチャップで書いて客に届けては男女問わず悲鳴を上げさせていた。
 そしてこのクラスもう一つの目玉と言えば生徒会長の女装で、盗撮等行為は様々だったが、今は遠巻きに彼を見る女子生徒の姿が多数ある。その中にはリディエールやレジーナの姿もあったのだが、ファリルローゼの場合は少し事情が違った。
 彼女の場合、女装マチェクと親し気に話している相手が男装した最愛の妹フェンリエッタなのが大問題。
 だからユリアが遠慮のない笑い声を上げながら彼に話し掛けた時にはほっとしたし、続いて遊びに来た緋那岐が「げっ」と彼らの間に割って入った事で「これ以上はお邪魔になるから」と自分の方へ戻って来てくれた時には心から安堵した。
「それじゃあお姉様、また後で、迷路でね♪」
「ええ」
 妹と祭を巡れることに安堵したファリルローゼは笑顔で仕事に戻るのだった。


「それにしても……くすくす、似合うじゃない」
 マチェクの女装――「不思議の国のアリス」の主人公を思わせる長い金髪のウィッグにエプロン付の青いドレス。おまけにうさ耳、リボン付なのだから笑えないわけがない。
「女装してナンパの成功率が上がった?」
「残念ながらそれは無いが」
「上がるわけない。つーかホント、おっさん、なんつー恰好を……」
 ユリアが笑いながら言う台詞に当の本人は肩を竦め、端で聞いている緋那岐はしかめっ面で相手を凝視。
 マチェクは笑った。
「それはそうと、君もメイド服を着ると聞いていたんだが、まだ着替え前なのかい?」
「! メイドなんかしねぇ!」
「あら、とても似合いそうなのに」
「似合うかーー!」
 ユリアにも言われて、緋那岐はムキになって言い返した。
 その後も客足は途絶える事無く、口コミは更に客を呼び、結果的に生徒会長に心酔する副会長を泣き崩させる事となるのだが、それもまた良い思い出になるだろう。



 昼を過ぎ、体育館ではミスコン参加者たちによる最終決戦が行われていた。
 月与がヒールを高鳴らしステージ上を行き来しながら長く艶やかな髪をなびかせれば四方から感嘆の息が毀れ、投げキッスには歓声が上がる。
「三年四組、十野間月与、投票よろしくね♪」
「おおおっ!」
 館内を拍手と大歓声が包み込み、月与がステージを去れば司会者も大きな拍手を送り、進行を再開する。
「それでは次の候補者です! エントリーナンバー十一、三年三組にこの人有り! 今日は相棒レオレオも応援に駆け付けましたっ、御覧下さい情熱のベリーダンスぅ〜っ、ハッシーーー!!」
 ダダンッッと響く超ハイヒール。
 それもあって二メートルを優に超えた完璧に鍛えられている肉体が館内全てのスポットライトを浴びて七色に浮かび上がる。
 静まり返る館内、しかしハシの肉体はスポットライドだけでなく観客全ての視線を捕えて離さなかった。
「うをぉぉおおぉぉお!!」
 凄まじい迫力、一瞬たりとも目を離せない存在感。
「最っっ……っ高よハシ!! 素敵だわっ!!」
 ステージ横、暗幕の後ろから親友レオナルドの大声援。
 煌めく汗。
 ダダンッ! ダンッ! ダンッッ!! ビシィッッ! ――と最後のポーズを決めれば、一瞬の沈黙を経て湧き上がる歓声。
「ブラボーー! ブラボーハシ!!」
「な、なんだかよく判りませんが凄かったのです……っ」
 レオナルドの隣にいた穂邑が言えば、エントリーナンバー十二の空が深呼吸。
「この後というのは、少し緊張しますね」
「! 大丈夫なのです、空さんには空さんの魅力がありまくりなのです!」
「ええ。頑張って下さいね」
 穂邑と、自分の次に登場予定のリディエールの声援を受けて、静かな微笑みを浮かべる空。
「これはますます負けられませんね」と楽しげに笑うエルディンや、「皆さん……すごいです……」と緊張から顔色が青くなっているレジーナ。
 ミスコンは佳境へと向かっていた。


 その頃、自分の当番を終えてようやく祭を楽しもうとしていた无は図書委員の上級生に声を掛けられていた。
 曰く、占いが得意な无の力を借りたいと。
 確かに以前、何かの折に図書室で占いをした事はあったが、それで手伝えとは驚くしかない。
「一体どうしたんですか、占う人なら先輩のクラスの人達で充分だって言ってたんじゃ」
「それが何でか知らんが人手が足らなくなるくらい客が入ってんだよ!」
「けど俺、お化け屋敷の時の格好そのままで……」
「大丈夫大丈夫、むしろ雰囲気あってイイ感じだぜ!」
 どうして無関係の自分が……と思わないではなかったが、相手が本当に困っているのが判るから无は諦めた。
「……後で古本譲って下さいよ?」
「ああ、何冊でも譲る!」
 そうして到着した三年一組、占いの館は本当に凄まじい客の数で、无も思わず茫然。
「……どうしたんですか、これ」
「知るかぁ! あ、玲、丈二、こいつ俺の後輩、无。占い師で手伝ってくれるから」
「あぁ君が例の後輩君か。よろしく頼むよ」
 呼び込みをしていた玲が笑い掛け、休憩中だった仙道が「あぁ」と小さく頷く。
 その後で気まずそうに目線を逸らした仙道。
「……すまないな」
 ぶっきらぼうだが本当にすまなそうな声音に、何となくこの盛況ぶりは彼が原因なのかもしれないと悟る无。
「出来る範囲で頑張ります」
 ――そう答えたが最後、无の南瓜祭は占いと共に終わる事となるのだった。



 生徒会室。
 もう間もなくミスコンの結果発表の時間だというのに役員達の表情は浮かない。と言うのも、投票を集計し終えた今、予定外の事態が起きていたからだ。
「まさか同票で一位が二人になるなんて、ね」
「皆さんとっても素敵でしたもの♪」
「そういう問題じゃないのっ」
 かえでと穂邑の遣り取りに、ローラは固い表情で息を吐き。
「もういいじゃない、票数なんて関係なく優勝はハッシーよ! あの情熱のベリーダンスは素晴らしかったわ!」
「そうはいきません」
 レオナルドの主張はきっぱりと否定する。
「……会長、どうしましょう」
 意見の纏まらない仲間達を順に見渡すアイザックが最後に見たのは、やはりマチェク。
 彼は肩を竦めて薄く笑うと、机の上にあった一本の鉛筆を手に取った。
「後はもう運次第、だよ」
「あっ」
 同票一位の二人の名前が書かれた紙の間に立てられた鉛筆が一瞬後に傾き、倒れた方。
 今年のミスコンの優勝者は――。



「おめでとうございます、今年のミスコン優勝者は一年一組、レジーナ・シュタイネルさんです!!」
 ステージに並んだミスコン参加者達。
 その左端、一年生のレジーナに幾つものスポットライトが集中した瞬間、体育館内で結果を楽しみにしていた客達が一斉に沸いた。
「おめでとうレジーナちゃん!」
「おめでとうございます、お見事です」
 アルマ、エルディンが祝福の言葉を贈る。
「良かった……何だか自分の事のように嬉しい」
 言い、ぎゅっとレジーナを抱き締めたイリス。だが、優勝した本人はまるで夢でも見ているように呆けた表情。
「わ、私、が……優勝、で……良いんです、か……?」
 ライバル達は微笑った。
「悔しいけど仕方ないわ、良い戦いだったもの!」
「そうだな。あの演武には惚れ惚れした」
「うんうん、あたしらも全力出しきっての結果なんだから悔いはないよ」
 ハシ、ファリルローゼ、月与の言葉。
 空も、リディエールも、エリナも、祝福の拍手を惜しまない。
「優勝者へトロフィーと花束の授与です、レジーナさん前へ!」
「は、はい……っ」
 拍手喝采の中、ステージの中央に進み出たレジーナへ生徒会長のマチェクからトロフィーが。
 書記次長の穂邑から花束が贈られる。
 そして。
「さぁレジーナさん、祝福のキスは誰から?」
「え……っ、ぁ、あの……っ」
 真っ赤になるレジーナ。
 イリスがその肩を抱き、アルマとエルディンが「頑張って」の声を掛ける。レジーナは深呼吸を繰り返し、意を決し。
「す、スタニスワフさんに、お願いします……っ」
 泣きそうな顔で真っ赤になりながら告げた少女に、クラスの出し物だった女装を解いて通常の姿に戻っていたマチェクはくすくすと楽しげに笑う。
「今日から君のファンになる連中に恨まれそうだ」
「そんなことは……っ」
 ないと否定する言葉も、近付く彼の吐息に続かなくなった。
「おめでとう、レジーナ」
「……っ」
 思わずぎゅっと目を瞑ってしまった少女の頬に触れた温もり。
 パンプキン・マジック。
 勝者の君に幸あれ。



 最大のイベント、ミス(ター)・パンプキンも終わり、宴は終わりに近づく。
 日が落ち、暗くなりつつある空の下に集まる生徒達が待つのは終宴の花火だ。
 今日まで無我夢中で祭の準備を続けて来た生徒達の心には一抹の寂しさが過るけれど、それも明日には良い思い出になるから。


 カタンと物音がして顔を上げたローラは、生徒会室の扉傍にリディエールが佇んでいる事に気付く。
「……どうしました」
「きっと休憩も取っていないでしょうから」
 言い、差し出す温かなお茶。
「もうすぐ花火が始まりますし、少し手を休めませんか?」
「……そうですね」
 せっかくの厚意を無にしては悪いと思ったのか、今日のローラは素直だった。
 それからしばらく互いに無言の時が過ぎ、空はだんだんと闇に染まり始め、校庭の賑やかさが開いた窓から伝わって来る。
 リディエールは微かな息を吐く。
「……ミスコン、負けてしまいました。せっかく応援して下さったのに……残念です」
 か細い声に、ローラは。
「貴女が会長のような方の毒牙に掛からずに済んで私は安心しました、が……どうしようもない男性を好きになってしまう気持ちは……仕方のない事です、ね」
 思い掛けない言葉に目を瞬かせたリディエールは、相手の言葉を胸中で反芻した後で思わず目元を綻ばせる。
「ええ。仕方ない、です」
 それきり彼女からの反応はなかったけれど、暗くなりゆくその場所で、表情が見えないからこそ伝わる想いがあった。
 そんな空間が、不思議と心地良かった。


 もう間もなく花火が打ち上がろうという時刻。
 四階南端の教室で友人を待っていたイリスは扉の開閉音に振り返って、驚いた。何故なら現れたのが待ち人のレジーナではなくアイザックだったからだ。
 緊張した面持ちの彼の手には水筒。
「もしかして……此処で何方かと花火を見るために……? でしたら私は失礼しますが」
 レジーナには話せば判って貰えるだろうと思って立ち上がるイリスに、アイザックは慌てて「いえっ」とその動きを制した。
「その、実は……っ、ぃ、イリスさんと花火が見たくて来たんです!」
「ぇ……」
 アイザックの真っ直ぐな視線に、イリスは目を瞬かせる。
「お邪魔でなければ、隣に……一緒に、花火を見ませんかっ?」
 真剣な瞳で、直立不動の相手の姿を見ていて、イリスの胸中には此処で待っていてと告げたレジーナや「アイザックに会いに行くのよ」と声を掛けてくれたユリアの言葉が蘇る。
 何となくだけれど、解った。
 だからイリスは微笑む。
「はい、是非ご一緒させて下さい」
「っ……よ、良かった……!」
 その言葉にアイザックの緊張も解けたらしく、和らぐ表情。
「お祭り、どうでしたか? 楽しめました?」
「ええ。皆一緒で、賑やかで、嬉しい一日でした。こうして、アイザックさんとも花火が見られますし」
「ぇ……」
 途端に赤くなる彼に、イリスはくすっと笑い。
「アイザックさんこそ、今日は如何でしたか? 忙しかったようですが楽しめました?」
「楽しかったです。それに……」
 応える表情が更に赤くなり、ほんの少し硬くなったのは緊張しているから。
「それに、こうしてイリスさんと花火が見られますから」
 同じ言葉で、同じ気持ちを語る。
 この想いが伝わるようにと願いながら。



 もうすぐ花火が始まるため校内の催しも次々と閉店していた。
 二年五、六組が催した巨大迷路も例に漏れる事無く閉店準備、最後の受付担当だった和奏は時間を確認して出口側をじぃっと見ていた。
 実はまだ出て来ていない客がいて、その声が扉の向こうから聞こえて来たからだ。
「本当に良いなりか? お姉さんすごく不安がっていたなりよ?」
「大丈夫なんです♪」
 話しているのはフェンリエッタと譲治。
 ガラッと開いた扉に、和奏はフェンリエッタを確認して告げる。
「お疲れ様。あの人なら三分くらい前に入って行ったよ」
「ありがとうございます」
「あの人、なりか?」
 和奏とフェンリエッタの会話に譲治が小首を傾げるも、フェンリエッタは楽しげに微笑むだけ。
「御面倒をお掛けしてすみませんでした、でも協力ありがとうございます」
「ううん。最後に客を入れただけだし、あの人なら放っておいても問題無いだろうから」
 言い、和奏は入口の扉に『閉店』の札を掛ける。
「あの人??」
 まだ不思議そうにしている譲治に、和奏。
「……ところで君、何年何組の、誰?」
「え?」
 顔を上げれば二人にじぃっと見られていて、譲治は背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
「おいらは……えっと、そう! 待ち合わせがあったなりよ!!」
 譲治は急いで逃げ出した。


 外でそんなやり取りが行われているとは露知らず、迷路で一人完璧に迷っていたのはファリルローゼだ。
「なんて難解な迷路なんだ……っ」
 本来なら通れる道も妹が和奏の協力で閉ざしてしまったとは考えもしないから、迷路に入る前に妹が話していた噂が気になってくる。
「まさか本当に『出る』んだろうか……それが私が出口に向かうのを邪魔しているのか……!」
 真顔でそんな事を言うファリルローゼに、段ボール製の壁の向こうで声を殺して笑う『あの人』。声を掛けようと壁に手を掛けたと同時、窓の向こうにドーンと花火が上がった。
「あぁ、間に合わなかった……」
 ファリルローゼは落胆の息を漏らして窓辺に歩み寄るが、その表情はすぐに笑顔に変わった。外で皆と一緒に見上げたかったが、此処から見る花火も――。
「綺麗だろう?」
「!?」
 突然の声に驚いて振り返れば、立っていたのはあの人ことマチェク。
「ど、どうして君が此処に……っ?」
「さて、どうしてだと思う?」
 意味深に微笑み返してくる彼の手には白い薔薇をメインにした小さな花束があった。ファリルローゼは戸惑い、マチェクはそんな彼女には笑みを深め、問う。
「一つ質問しても良いかい?」
「……何だ」
「今日のミスコン、優勝していたら誰のキスが欲しかったんだい?」
「え……っ」
 聞かれて真っ赤になるファリルローゼ。
 それが答え。
「まったく、素直だな」と微笑ったマチェクは、手にしていた花束を口元に運び、白い花びらにキスをすると、それをファリルローゼに贈る。
「君が優勝してもおかしくない戦いだったよ」
「……君は、相変わらず口が巧い……っ」
「心外だな、素直な感想を言っているだけなのに」
 くすくすと笑う彼の反応に動揺させられっ放しのファリルローゼは相手の顔が真っ直ぐに見られなかったけれど、受け取った花束を胸に抱き、夜空に咲く花火を見上げる。
 僅かな沈黙を経て掛けられる言葉。
「楽しかったかい? 学園祭は」
「ああ……とても、楽しかった」
 応えは微笑。
 次々と上がる花火。
 窓を開ければ、校庭で賑わう仲間達の声が聞こえて来た。



 賑わう中でも、変わらず寄り添うのは奈々月纏と奈々月琉央。
「えへへ♪ あんな、これなー……出店で買ってんよ。どーやろか? 似合っとる?」
「ああ、可愛いよ」
 纏の頭に装着されているのは狸耳のカチューシャ。琉央にストレートに褒められて耳まで真っ赤になった纏は、狸耳を隠すようにして俯く。
 その間にも夜空には花火が上がり、地上の彼らを照らしていた。
 琉央は可愛い恋人の仕草に微笑を浮かべ、肩を抱き寄せる。
「せっかくの花火なのに、見なくていいのか? とても綺麗なのに」
「ぁ、そやね……」
「まぁ纏のが綺麗だけど、な」
「――」
 顔から火が出るとは正にこの事。纏は顔を上げられなくなってしまった。
 結局のところ、二人で過ごせるならシチュエーションなど何でも構わないわけで――。


「おかしいっ、何でレジーナちゃん以外誰も鍵を借りに来ないの!?」
 花火を見上げながらそんな事を叫ぶかえでに、空が呆れた吐息を一つ。
「人の恋路でお金儲けをしようなんて考えるのが間違いかと」
「空さんの言う通りです!」
 空の言葉に穂邑が大きく頷く傍では、二人の説得(説教?)でレンタル料を返金されたレジーナが複雑な表情を浮かべていた。
 いいのかな、と思うけれど。
 返金されたお金を財布に戻しながら、結果として大切な友人が心近しい相手と一緒にこの花火を見る手伝いが出来たのだから良いのだと思う事にする。
(どうか良い時間になりますように……)
 今頃二人で過ごしているのだろう友人達のために祈った。



「……綺麗です、ね……」
 皆が校庭に出払い、すっかり静まり返ってしまっている校内。
 教室で一人花火を眺めていたルシール・フルフラット(ib0072)は無意識に呟いていた。
 どんなに楽しい祭でも、皆と同じように楽しめる生徒ばかりではなく、ルシールの心にも暗い影が落ちていたが、夜空に咲く火の花は、その影を僅かとはいえ薄れさせてくれたのかもしれない。
 ほんの束の間の安らぎ。
「いつか……私もまた、あんな風に……」
 祈るように呟く彼女の視線の先には、花火を見るために校庭に集まった仲間達の姿。その瞳は眩しそうに細められていた。



 そんな生徒達の集まりの中の一つ。
「美味しい……♪」
 メイド姿の柚乃が幸せそうに顔を綻ばせれば兄の緋那岐も嬉しい。一緒にメイド服は着られないが、こうして美味しいものを食べながら花火を見上げる事は出来る。
「まさか祭が終わった後にまで出店にあったものが食べれるとは思わなかったけど……」
 言いながら視線を注いだ先には無表情のキースと、笑って誤魔化そうとしているアルマの姿。
 まさかキースが自分達のために出店の飲食物を多めに買っておいてくれたなんて思わず、それが嬉しくて「皆で一緒に食べよう」と騒いだら思い掛けず人が集まってしまったのだが、そもそも、これだけの量をアルマ達が食べるだろうと思って用意しておいたキースもキースなのだが、風紀委員でいろいろ回っていると、閉店間近になって「持っていく?」と掛けられる声の多い事。
 あいつらなら食べるだろうと思ってしまったのがそもそもの原因で。
「別に人が集まるのは構わないんだが……なんで学祭終わってから出店開いたみたいになってんだろうな……?」
 その配膳や片付けを率先してやっているのが、やはりキース本人で。
「いるよね、そういう星の下に生まれた人って」
 呟くキースの横で、やはり彼の御裾分けを貰っていた和奏がさらりと言えば、背後からキースに飛びついたアルマが陽気に否定。
「違うよ、わかちゃん! キーちゃんは優しいの!」
「あと太っ腹で親しみやすい!」
「それってつまりタカり易いって事だよな」
 フィン、ルーディにまでそんな事を言われたキースは頭を抱え「そんなキーちゃんが大好きだよ!」とフォローにならないフォローをするアルマ。
 更にはもう一人。
「まだこんなところで出店なりか、って……」
 賑わいに釣られたが最後、再び和奏と顔を合わせ。
「……制服は?」
「……っと、その、何でもないなりよーー!!」
 数分前までは確かに制服姿だったのに、今は私服なのを指摘した途端、譲治の顔色が変わった。脱兎の如く去りゆく少年の背に、皆はきょとんとする他ない。
 まるで時間が止まったような静寂を壊したのは「ひゃっほ〜い♪」と陽気なアムルタートの踊りと歌。
 キース達は顔を見合わせ、笑った。


 その頃、とある教室でようやく自分の制服を見付けた彼。
「どうしてこんなところに……まぁいいか」
 感謝とお詫びの言葉が添えられたカードを手に、威は微笑う。
 きっとこの制服を着た誰かも祭を楽しんでくれたはずだから、と。


 夜空に咲き誇る火の花。
 祭りと同じく輝きはほんの一瞬だけれど、その美しさはきっとずっと皆の心に残るから――。