【修羅】鬼、潜む
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/02 22:14



■オープニング本文

 ●鬼達の葛藤

 精霊門の彼方に封じられていた儀――陽州が解放され、人間は修羅と共に歩む道を選ぼうとしている。
 しかし和議の為に立てられた人間と修羅の使者、双方が何者かによって殺害された。
 これの犯人はアヤカシだという目撃情報があり、真偽を見定める為にも神楽の都の開拓者ギルドでは開拓者を募り、アヤカシ討伐に赴く者達が集まっていると聞く。
 だが‥‥。
「これが朝廷の策略でないと何故言い切れる!?」
 修羅のとある一党が苛立ちを爆発させた。
 五〇〇年前の出来事を直に知る者は無くとも、あの時を知る者から口伝えに聞いた過去は、彼らに人間を憎ませるには充分過ぎる。
 共に歩めるならばと、修羅の王・酒天が間に立って執り成そうとするから人間と共存しようと考える同族も出て来たが、この場に集まる修羅の本音は「そんなふざけた話があるか」だ。
「友好的なフリをして今度こそ俺達を根絶やしにしようとしているのかもしれん!」
「人間はそういう連中だ!」
「だったらやられる前にやってやろう‥‥っ」
「やられる前に、か」
 一人の修羅が笑う。
「それこそ人間の常套手段だ」と。
 ――間もなく、これ以上は人間の好きにさせてなるものかと考える彼らの狙いは朝廷への影響力が有ると思われる二人の人物に絞られた。
 大伴定家と豊臣雪家。
 聞けば今回の和議に関し近々二人が直接会う機会があるという。
 場所は開けた庭園に面した座敷。修羅達ならば、その機に二人を暗殺する事は容易に違いなく。


 ●

 修羅の青年が神楽の都へ急いでいた。
 彼は、仲間の密談を偶々耳にしてしまったのだ。
(ダメだ‥‥っ)
 彼らの怒りは判る。
 恨み、憎しみも、その所以も、他人事ではないから。
 それでも彼は思うのだ。
 憎しみの連鎖などあってはならない、戦は絶たねばならないと。
(修羅が人間を殺せば過去の戦が繰り返される‥‥っ、そうして今度こそ本当に絶たれるのは修羅の一族かもしれないのに‥‥っ)
 止めなければならない、絶対に。
(早くこれを誰かに知らせて仲間を止めて貰わ、ない、と‥‥――)
 不意に青年の足が止まった。
 彼は肝心な事を忘れていた。
 それを『誰』に話すのか。
 人選を間違えば暗殺を企てたという、その計画だけで修羅の一族を滅ぼす理由にされてしまう。
「‥‥っ」
 誰を信じ、誰を頼ればいいのか青年にはまるで見当がつかず、もはや立ち尽くすしかなく。
 そんな彼が『彼ら』に遭遇したのは、ともすれば修羅一族の未来を照らす光りだったのかもしれない。
 彼らは大伴公、豊臣公、それぞれの家臣。
 正に修羅の一党が暗殺計画を企てた会合、その打ち合わせで会っていた二人だったのだから。



 ●穂邑がゆく――豊臣公の使者から

「暗殺、ですか」
 物騒な単語を悲しげな表情で呟く穂邑(iz0002)の正面には、顔見知りの人物――折れた霊剣の修復方法を伝えに来た豊臣公の使者がいた。あの日以来の再会となった使者は穂邑の元気そうな姿に最初こそ安堵の笑みを浮かべていたが、自分が再度こうして開拓者ギルドを訪れた理由を明かす内にだんだんと場の雰囲気は重苦しくなり、穂邑の口から『暗殺』という単語を繰り返されるに至って、その表情は苦渋に歪んだ。
「嘆かわしい事です‥‥彼らの気持ちも判らないではありませんし、‥‥いえ‥‥」
 言い掛けるも左右に首を振る事で言葉を飲み込んだのは、彼が朝廷の人間だからだろう。
 さすがの穂邑にも彼の複雑な心境は察せられた。
 だから言う。
「暗殺なんて、絶対にダメなのです。昔に何があったのか、私は詳しくは知りません。でも、怒りや恨みで誰かを傷つける事は、未来を傷つけるのと同じ‥‥。豊臣さんの所に来られた修羅の方も、きっとそう思っているから知らせてくれたのでしょうし、想いが同じならきっと判り合えるはず、です」
 使者は頷く。
「修羅とは和議を結ぶ――それが朝廷の意思ですから、我々も暗殺を企てている修羅に対しても平和的な解決を望んでいます。出来れば説得を。説得が難しければ捕獲を。捕獲後に朝廷側で身柄を預かり、説得を続けます。ですが‥‥もし説得も、捕獲も困難な場合には始末もやむを得ず‥‥その場合には彼らを『アヤカシとして』討伐して下さい」
「そんな‥‥!」
 穂邑は立ち上がって首を振る。
「修羅の皆さんとは仲良くしなきゃですっ、説得でお互いに判り合えるよう頑張ります!!」
「‥‥期待しています」
 力強い少女の言葉に、ようやく使者の表情が和らいだ。


 帰り際、使者は言う。
「先日の精霊『鬼陽』との交渉に続き、このようなお願いをしてしまい申し訳ありません。よもや修羅一族が朝廷の人間を暗殺しようとしているなどと、現状を鑑みれば表沙汰にするわけにもいかず‥‥個人的に面識があり、このような頼みごとが出来る開拓者が貴女しか思い浮かばなかったものですから」
 それを個人の想いとして語る使者に、穂邑は笑顔で応じた。
「大丈夫です! それに、頼りにして頂けるのは実はとっても嬉しい事ですもの♪」
「穂邑さん‥‥」
「お任せ下さい!」
 曇りの無い少女の笑顔に使者は丁寧に一礼した。
「どうかよろしくお願いします」


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
佐上 久野都(ia0826
24歳・男・陰
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
コニー・ブルクミュラー(ib6030
19歳・男・魔
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
柏木 煉之丞(ib7974
25歳・男・志


■リプレイ本文


 細い三日月が見下ろす地上には夜の帳が下り、賑わう街路を一本過ぎれば辺りは闇に覆われてしまう。
 そんな道を、彼らは一台の輿を囲んで歩いていた。
 簾が下り、完全に中に乗っている人物の姿を隠した輿は、前後二人ずつ、四人の力者によって担がれ、その前後左右に二人ずつ、八人の開拓者。
 彼らは注意深く周囲を探っており――。
「ふむ‥‥退屈じゃ」
 輿の中から聞こえて来る低い声に、その左側で輿に寄り添うようにして歩いていた穂邑は困惑する。
「いつ修羅さんの襲撃が来るか判らないんですよ?」
 小声で言えば、輿を担いでいる力者四人の顔が今までより更に強張る。中には脂汗を額に浮かべている者もいて、微妙に安定しない輿の揺れから自分を担ぐ彼らの心境を察する中の人物、小野 咬竜(ia0038)は喉を鳴らした。
 咬竜は狙われている豊臣公の代理を更に代わって影武者を務めているのだ。
「まったく、恨みつらみなど面倒じゃのう。長生きすると偏屈になるからいかん。のう、どう思う穂邑」
「どう、って聞かれても‥‥っぷ」
 ふわりと薫った煙草の紫煙に息を詰めた穂邑を、後方から遠慮がちに伸びて来た腕が庇う。同じく左側についていたコニー・ブルクミュラー(ib6030)だ。
「大丈夫ですか?」
 空気を入れ替えるように穂邑の鼻先を手で扇ぐコニーだったが、その手の位置があまりにも絶妙で穂邑の鼻はむずむず。
「っくしゅん!」
 突然のくしゃみに驚くコニーと、笑う咬竜。
「手が臭ったんじゃろう」
「ぇえっ? す、すみませんっ、そういえば出発前に手は洗ってなくて‥‥!」
「違‥‥っ」
「本人を前に臭いとは言えんよなぁ」
「‥‥! また穂邑さんに気を遣わせてしまったんですね‥‥これだから僕は‥‥っ」
「待っ、コニーさ‥‥――もうっ、咬竜さん!」
「ハッ!」
 修羅の暗殺者に狙われている事を忘れているとしか思えない遣り取りに、もう三方で警戒を続けている開拓者達は思い思いの表情を浮かべている。
 輿の前方に陣を取る朝比奈 空(ia0086)や、左側の鳳・陽媛(ia0920)は穂邑が感情豊かに会話している姿を微笑ましく思うし、今回の暗殺者と同じ修羅の一族である熾弦(ib7860)や柏木 煉之丞(ib7974)は咬竜の態度に思うところがある様子。
 そんな中で輿の後方を守るフェルル=グライフ(ia4572)は自分の手を見つめた。
 この手で出来る事。
 この手が掴めるもの、‥‥一つきりでは無いはずと信じて顔を上げる。想いを叶えるためにも決して気は抜けなかった。
 一方で、こんな時間がいつまでも続けばいい。何事も起きなければ良いのにと願わずにはいられない陽媛は、扇子をぎゅっ‥‥と握り締めながら隣に並び歩く佐上 久野都(ia0826)を見上げる。
 事情あって義理の兄妹という間柄、陽媛は彼を「兄さん」と呼んでいた。
「‥‥兄さん。修羅の人達ってどんな気持ちなんだろうね‥‥」
 久野都は静かに彼女を見返す。
「きっと色んな状況や事情でそうなったんだろうと思うし、憎しみの連鎖は断ち切らないといけないって判ってる‥‥でも、例えば‥‥何かの理由で兄さんを遠いところへ連れ去られてしまったとして、私はそれを受け入れられるかな‥‥」
「陽媛は私がいなくなってもいいのかい?」
「ダメっ!」
 即答してくる少女に久野都は微笑う。
 そして「きっとそれが答えだよ」と。
「かと言って、曲げてはならない事を知っているから、霊剣の修復も彼女と共に頑張って来たんだろう?」
 言われて、陽媛は輿の反対側で仲間と賑やかにしている穂邑を見つめる。高位精霊を召喚し霊剣を修復したあの日、精霊の炎に包まれて燃え尽きるかと思われた友人の命。思い出すだけでも身震いが止まらなくなってしまうあの恐怖を思い出すと、誰かが傷付くような事態は起きないに越した事は無いのだと痛感する。
 暗殺という恐ろしい企て。
 それが知らされた事によって誰も傷つけずに済む方法を選び取る機会を得られたのだと思えば、気持ちは固まる。
「‥‥頑張ります」
 静かに。
 だが強い決意を滲ませた妹の言葉に久野都はやはり微笑む。
「無理はせずにね」
 ぽんと華奢ながらも心強い背に手を添えた。



 異変は突然だった。
 周囲への警戒を強めていた彼らがふと風の変化を感じると同時、それは『居た』。
「!!」
 瞬脚。
 気付いた瞬間には暗殺者の蹴りが輿を吹き飛ばさんと繰り出され。
「きゃっ‥‥!」
「穂邑さ‥‥、っ!」
 まさかと青くなる仲間達は、だが、次の瞬間には彼女を庇う力強い腕に気付いた。
 真っ二つに割られた輿から間一髪抜け出していた咬竜。
 同胞である熾弦や煉之丞の存在が一瞬でも気を引ければと考えていた彼らだが、暗殺する側にとっての一瞬は、勝敗を決するに充分な間。目的の輿以外、彼の眼中にはなかった。
「貴様が豊臣か‥‥っ、人間の分際で修羅一族を懐柔しようなどと甚だしい‥‥! 俺の一撃に耐えたは大したものだが、その命、貰い受ける!!」
「させませんよ‥‥!」
 言うが早いか久野都が放った夜光虫が暗殺者の顔の周りに漂う。
 視界を覆うと同時に対象の位置を仲間に知らしめるため。
 コニーは力者四人を避難させ、陽媛は仲間の援護に徹し、フェルル達が「話を聞いて」と声を荒げるも暗殺者は標的から目を離さない。
「人間ごときが猪口才な‥‥! 邪魔をするな!!」
 鬼の如き怒声に、だが、咬竜は。
「まったく‥‥貴様の名は修羅か?」
「なに‥‥?」
 穂邑を庇いながら、しかし実に楽しげな表情で彼は言う。
「修羅がどうだ、人間がこうだと言うが、貴様の名は修羅というのかと聞いておるのじゃ」
 居丈高で、暗殺者を目前にしても崩れるどころかなお楽しげな態度。
 加えて術を使う『護衛』。
「貴様、豊臣ではない‥‥影武者か!!」
 バレた、と開拓者達がハッとした直後には暗殺者が去ろうとしていた。
 何処から情報が漏れたかなど知る由もないだろうが、少なくとも対象がこの場にいないと判れば長居する必要はない。
 だからと言って開拓者側も暗殺者を逃がすわけにはいかなかった。
 説得か、捕獲。
 それが無理ならばアヤカシとして始末を――それが開拓者達の任務。
「話を聞いてください!! 皆、仲良くなろうって頑張っているんです! その中には酒天さんだっているんです! お願い、それを壊さないで‥‥っ、忘れろとは言わない‥‥でも信じて!!」
 陽媛の必死の叫びすら意に介さず、暗殺者は前方を塞ぐ久野都を力技で吹き飛ばした。
「くっ‥‥!」
「兄さん!!」
 陽媛の泣きそうな声に重ねて、空の冷静な声。
「今のままでは話をする事もままなりませんね」
 言うが早いか空を包む空気に変化が現れ、精霊達が一つの形を成す。
 アムルリープ。
 強制的な眠りが暗殺者を襲った。
 男は立ち眩みに似た状態に陥り膝を付き、対峙していた煉之丞は瞬間的に距離を取る。
「チィ‥‥ッ!」
 暗殺者は腰に携えていた小刀を抜くと、その刃で自らの腕を切り裂く。
 痛みで眠気を振り払おうとしたのだ。
 しかし空の術は容赦なく暗殺者に襲い掛かり、更には他の面々も。
「すみません‥‥っ、けれど話を聞いて貰わなければ何も始まらないから‥‥!」
 信じて欲しいと言いたい。
 仲良くなりたいと言いたいのに、足止めのために攻撃するしかない自身の不甲斐なさを悔いながら放たれるフローズ。
 急速に冷やされていく足が重く。
 動きは鈍り。
「まだ終わりではなかろう!」
「ぐぁ、がっ‥‥!」
 咬竜の鬼腕がその顔面を鷲掴み、地面に叩きつけた。
 まるで修羅の頭を起点に地割れが起きると錯覚しそうな激しさ。
「‥‥はぁ、よう動いた」
 咬竜が体を起こした時には、暗殺者は完全に気を失っていた。



「気付きましたか?」
 気遣うような、‥‥久しく聞かなかった調子の声が頭上から降って来て、暗殺者は一瞬だがこのままもうしばらく眠っていたいと言う気持ちになった。
 だが、それと同時に自分の任務を思い出してハッと体を起こせば、縄でぐるぐる巻きにされたうえ、周りを完全に囲まれている事を知る。
「大丈夫ですか? あんまり勢いよく起きると眩暈を起こしちゃいますよ」
 先ほどと同じ声。
 明るい金髪の少女。
「‥‥貴様ら、開拓者か」
 言いながら一人一人を順に見る。
 金に、銀。黒髪の少女が二人。
 赤い髪の男は豊臣の影武者。
 銀髪の男二人は優男のようだが‥‥と次の開拓者に転じた視線が固まる。
「何故おまえ達は人間と共にいるのか‥‥!?」
 熾弦と煉之丞、同胞に瞠目する彼を、二人は真っ直ぐに見返した。
 先に口を切ったのは煉之丞。
「先ず言っておくが、人間がどうのはおいておけ。君達の憎悪は俺達も共有するもの、もしも『修羅の子がアヤカシを見た』のでなければ俺も君達側だ」
「なに‥‥?」
「その反応、やっぱり知らなかった?」
 知っていれば暗殺計画が実行される前になんらかのアクションがあって然るべきだ。故に熾弦は予測に確信を得て告げる。朝廷側、修羅の一族、既にどちらにも被害者が出ており、その犯人と思しき存在を『修羅の子供』が目撃していた事。
 それがアヤカシだった事。
「朝廷と天儀という勝者の視点で語られる未来には思うところがある。でもね、きっと陽州で生まれ育った貴方達より、冥越に隠れて生きて来た私達の方がアヤカシに対する危機感が強いわ」
「仮にアヤカシ共が人間と修羅、二者を争わせようとしているのだとしたら、君が沙汰を起こし対修羅の口実を与えるのはどうだろうね」
 やはり同胞の言葉には耳を傾ける気になれるのか、頭ごなしに否定はして来ない彼に、熾弦は言葉を重ねる。
「私達が貴方を止める側に立ったのは、ただそれだけの事。今回の件が朝廷の狙いか、アヤカシが仕組んだ陰謀か‥‥どちらが真実か、その答えを彼らに賭けて欲しい」
 言いながら指し示すのは共にこの場に立った人間の、開拓者。
 全員が真っ直ぐに彼を見ていた。
「誰かが笑っている陰で誰かが泣いてしまう道筋じゃ、また繰り返すだけなんです。そうじゃない、皆が笑顔になれる道を一緒に探っていきたいんです」
 金髪の少女が訴える。
「人間と修羅、お互いの間に大きな溝がある事実は理解しているつもりですし、楽観もしません。これからもきっと喧嘩だって嫌がらせだっていっぱいあります。けど、それだけじゃない‥‥少なくとも私達は貴方達をもっとよく知りたい、友達になりたいって思っています」
 少女の言葉に、自分も同じ気持ちだと言うべく強く頷いている黒髪の少女達。
 金髪の少女は続ける。
「過去に私達と同じ『人間』に酷い目に遭わされて、恨んでいるのを承知の上でお願いします。今を生きる私達同士で、握手をしませんか」
「‥‥握手、だと‥‥?」
「違う種族だって、私達は同じ世界に暮らしているんですもの」
 そうして差し出される細い手に、しかし、彼は目を逸らした。この僅かな時間の、僅かな言葉だけで変われるものなど無く、同時に、金髪の少女もそれを判っていたのだろう。
「たくさんお話しましょう。いろんなところに行って、いろんなものを見て‥‥私達は私達のやり方で、判って貰えるまで、いつまでだってお相手願うんですから、ね?」
 黒髪の少女達が大きく頷く傍で、銀髪の少女が静かに告げる。
「私は彼女達のように優しくないので、このような事しか言えませんが‥‥この暗殺計画、良かれと思ってやった事が逆に同胞を殺しかねないかと」
 このままでは事態が悪化するだけ――であれば、暗殺者はその任を放棄する他なかった。



「それにしても‥‥最近は肝心な時に傍にいない気が」
「え?」
 空の呟きに穂邑は目を瞬かせる。
 が、すぐにハッとした。
「傍にはいなくても、空さんが心配してくれているのは知っているのです!」
 心配だけでなく、気遣ってくれている事も、無事を祈ってくれている事も、――信じている。
「だから頑張れたんですよ、空さんはそれくらい偉大なのです♪」
 言葉の選び方に多少の疑問も感じるも、当の本人はなんのその。
「それに、陽媛さんやコニーさん達が傍に居てくれたんですもの。負けられません!」
 ぎゅっと拳を握って力強く宣言する穂邑は周りの仲間達を見つめ。
「そう思わせてくれる友達って、とってもとっても素敵なのです!」
「穂邑さん‥‥っ」
 感動した陽媛がぎゅっ‥‥と穂邑を抱き締める傍で、久野都が微笑う。
「‥‥僕も、友達‥‥」
 どことなく魂が抜けたような顔で少女の言葉を反芻するコニーに、咬竜。
「『友達』で異性を抱き締めたりはせんじゃろうて」
「抱き‥‥っ、あれは僕も必死で何が何だか判らなくて‥‥!」
「無意識が何よりの本心じゃ。のう、フェルル?」
「ふふっ。確かにそういう意見もありますねっ」
「そんな事は決して‥‥っ、だって、そんな‥‥!!」
 顔を真っ赤にして必死に弁明しようとするコニーを、微笑ましく‥‥はともかく、見守る仲間達の表情も穏やかで。
 そんな彼らの姿は、人間も修羅も変わらなくて。
 許せとは言わない。
 全てを水に流す気など、開拓者として生きる事になろうとも熾弦や煉之丞にだってない。
 ただ、それでも。
「一人ずつだって、信頼出来る『人間』を見付けていきましょう」
「朝廷は別にしても彼らは面白いと思う、‥‥違うかい?」
 その問いに皆無の応えを否定ではないと取った煉之丞は続ける。
「だからまずは彼らの話を端耳にでも入れてくれ。俺も聴く。‥‥鬼になってくれるな、同胞」
 同胞の声に暗殺者は俯き、口を結ぶ。
 胸中に溢れる様々な葛藤が彼を苦しめる。
 暗殺を企てた彼は、今後しばらく朝廷の預かりの身となるだろう。だが開拓者の説得に応じた彼は「暗殺計画」を表沙汰にしたくないという理由からも、一連の騒動が落ち着き、酒天と朝廷との和議が成立した後は陽州に帰されるはずだ。
 それを聞いた穂邑は言う。
「その時は一緒に陽州に行きましょうね」と。
 暗殺を未遂で終わらせた彼が仲間に責められないよう慮っての提案だった。

 彼は悩む。
 人間を、考える。
 ‥‥自ら傷つけた腕が、癒されている事に気付く。

「おお、忘れとった」
 不意に咬竜が口を切り、紫煙くゆる煙草で修羅を差す。
「俺は人間ではなく小野咬竜じゃ。んで、貴様の名は何じゃ。修羅か?」
 まだそれを聞くのかと眉間に皺を寄せる彼に、だが、穂邑も。
「私は穂邑です!」
「陽媛です、よろしくお願いします」
 礼儀正しく一礼する義妹の隣で久野都も名乗り。
 空、コニー、フェルルと続けば、煉之丞は笑った。
「そうだな、まずは名からだ。俺は煉之丞」
「私は熾弦よ」
 あなたは、と全員の視線を一身に浴びた彼は乱暴に頭を掻きむしった。ひどく居た堪れない気持ちになる。
 それでも誰一人自分から視線を逸らさないという事実に。
「雲英(きら)、だ」
 名乗れば、彼らは笑顔でその名を呼んだ――。