【武炎】精霊と霊剣
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/02 03:27



■オープニング本文

 ●穂邑の思い

 大粘泥「瘴海」との戦いで朝廷側の勝利の為に用いられた霊剣『鬼鎮陽平御剣(おにしずめようへいのみつるぎ』が真っ二つに折れたと言う知らせを聞いた時、穂邑(iz0002)は何とも言えない気持ちになった。
 その霊剣は修羅の一族が追放されたという儀に繋がる精霊門の封印を解くための重要な鍵であることは周知の事実であり、修羅の王・酒天にとってどれほど大切なものだったか。
(其方には、もしかしたら酒天さんのご家族だっているかもですし‥‥だとしたら、きっと早くお会いしたいですよね‥‥)
 修羅の一族に関する情報がほぼ無に等しい彼女の言葉を酒天が聞けば、恐らく呆れられるのだろうが、穂邑には自分の顔を見て動揺したあの日の姿しか思い出せなかった。
 まるで幽霊でも見たかのような驚愕の表情。
 それきり姿を見なくなってしまい、あの反応の理由を尋ねる事も出来ないままだ。
(‥‥やっぱり私が何か酒天さんに失礼な事をした‥‥んですよね)
 元々苦手なタイプなのだと言われればそれまでだが、お互いに何も知らないまま『苦手』と思われるのは残念だ。それでなくとも最初に護衛を任じられておきながら、その役目に就くことなく始まり、終わってしまった戦。
(またいつかご縁が有るといいのですけれど‥‥)
 穂邑は空を見上げながら思う。
 その時にはきっとお役に立てますように、と。


 ●朝廷の思惑

 霊剣が修羅の一族を追放した儀への重要な鍵であれば、朝廷としては今後のためにもこれの修復が必須。
 その方法を検討すると同時に、修羅の事も調べ直していた彼らは一枚の絵姿を見付け――。


 武炎の戦が終わって数日。
 開拓者ギルドを豊臣公の使者が訪れ、彼は、その場に予め呼んでおいた穂邑に微笑み掛けると早速とばかりに本題を切り出した。
「今日は先日の戦で折れてしまった霊剣の修復方法をお伝えしに参りました」
「! 修復出来るのですかっ?」
 身を乗り出して聞く穂邑に、使者は大きく頷く。
「霊剣とは精霊により力を与えられたもの。ならば今一度精霊と交渉し、力を再与すれば折れた剣は在るべき姿を取り戻すことでしょう。‥‥ただ‥‥」
 言いながら使者の表情は曇っていく。
「精霊との交渉は容易ではありません。特に、剣の修復を頼む事になるのは高位精霊であり、無償でこれを叶えてくれるとも限りません。実際にその時になってみなければ何が起きるか判らないのです」
 言い難そうに。
 けれど真っ直ぐに穂邑の目を見て告げる使者を相手に、穂邑もまた決して視線を逸らさなかった。
「‥‥それでも精霊様にお願いして剣を修復して貰わなければならない‥‥ですよね?」
「その通りです」
「私、行きます」
 立ち上がる穂邑に対し静かに微笑んだ使者は、風呂敷に包まれている折れた霊剣を差し出した。
「そう言って頂けて良かった‥‥では、この役目は貴女にお任せします。方法としましては精霊を貴女の身に憑依させ身の内で交渉を行うのが確実でしょう。ただ、先ほども申し上げた通り、相手が高位精霊となると何が起きるか判りません。万が一の際に貴女を守れる開拓者を同行させた方が良いでしょう」
「は、はい‥‥。‥‥でも、どなたか、その‥‥ご一緒して下さるでしょうか‥‥っ?」
 後半の問いは同席していたギルド職員に向けたものだが、職員が「大丈夫ですよ、‥‥たぶん」と目を逸らして答えれば、少女は青くなったり赤くなったりと大忙しだ。
 表情豊かな穂邑の様子に、職員も、使者も、思わず声を立てて笑ってしまった。
 幾分か和らぐ周りの空気。
 使者は気を取り直すように深呼吸を一つすると、一枚の紙を差し出した。
 其処に書かれていたのは穂邑達の目的地となる場所と、精霊の名。
「同行する開拓者の手配はギルドにお任せします。準備が整い次第出発して下さい。行先は阿蘇館の本殿。交渉相手は精霊『鬼陽(きよう)』」
「鬼陽様‥‥」
 その名を呟く少女に使者は微笑む。
「霊剣を修復し、無事に戻られる事を願っています」
「ぁ、はい。ありがとうございます!」


 こうして、穂邑に新たな任務が課されたのである。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
コニー・ブルクミュラー(ib6030
19歳・男・魔


■リプレイ本文


 開拓者ギルドで顔を揃えた八人の開拓者は、今回の護衛対象となる穂邑と合流して精霊門へ移動、一気に武天へ飛んだ後は、目的地・阿蘇館を目指し歩いていた。
 いつアヤカシが現れるとも知れず、一行を包む緊迫感は相当なものだったが、幸い戦闘が起きるような事は無く、その道程はとても順調だった。
「なんだかこの何か月かで一生分の武天旅行をした気分です♪」
「旅行‥‥」
 これから高位精霊との交渉を行うというのに緊張感の欠片も無い発言をする穂邑に対しキース・グレイン(ia1248)が眉間に深い縦皺を刻むが、それも彼女らしいと思うから敢えて何も言わず、鳳・陽媛(ia0920)とアルーシュ・リトナ(ib0119)は、あのような大戦の直後だというのに相変わらずの少女に顔を見合わせて笑い合った。
 一方で純粋に高位精霊との接触を楽しみにしているのが柚乃(ia0638)だ。
「鬼陽様ってどんな方なのかな‥‥」
「気になりますよねっ! ものすごい力をお持ちなのでしょうし‥‥っ、きっととても素敵なお姿をしていると思うのです!」
「姿、見える‥‥?」
「もしかしたらもしかするかもなのです!」
「そっか‥‥」
「楽しみですね!」
「うん‥‥」
 はにかむような笑顔を見せる柚乃。少女にとってはヒトよりも身近な存在である精霊との接触はとても魅力的な話。その理由は知らずとも、穂邑が親しみを覚えるのに時間は掛からなかった。
 和気藹々と会話を楽しむ少女達だったが、‥‥そのうち、周囲を警戒して硬い表情を崩さないキースや、滝月 玲(ia1409)、ウィンストン・エリニー(ib0024)、風和 律(ib0749)を見ていると申し訳ないという気持ちも膨らんでしまう。
「えっと‥‥」
「ん?」
 何か言いたそうに、けれど言い難そうな穂邑と目が合った剣士達。
「その‥‥わっ?」
 何と言ったら良いのか判らなくて言葉を詰まらせる穂邑を、ぽんと後ろから優しく叩いた律。言葉は無かったけれど、その優しさが伝わって来るから穂邑の表情から笑顔が消える事はなかった。
 そんな穂邑の、これから自身がしようとしている事の重大さを正しく認識しているのか否か、とにかくいつも通り過ぎる様子にはコニー・ブルクミュラー(ib6030)がこっそりと感嘆の息を吐いていた。
「とても重要な務めを任されて‥‥若いのにすごいな。僕なんか‥‥」
「コニーさん?」
 俯いてしまった青年に心配そうな目を向ける陽媛だったが、コニーはそんな相手に「あ、いえ」と笑顔で応じる。
「何でもないんです。穂邑さんが無事に仕事を終えられるよう出来る限りのサポートをしましょう」
 一瞬前までの雰囲気を掻き消して陽気になる彼が少なからず気になる陽媛だったが、追及するのも憚られて無難に応じるに済ませた。
 そうこうしている内に到着した阿蘇館。
 今日はその社がひどく大きく見えた。



 精霊を自らに憑依させるという方法を選ぶからには相応の準備が必要だったため、アルーシュと陽媛に手伝ってもらいながら穂邑が支度を進めている間に、他の六人は改めて社を注意深く見渡していた。
「鬼の名の付く精霊の力を借り『鬼鎮』の霊剣を創り出した‥‥というのも、気になる話ではあるな。単に鬼陽の名を借りて「鬼が鎮める」としたのであればともかく「鬼を鎮める」という意であるならば‥‥鬼陽は何を思い剣に力を与えたのか‥‥」
 キースの推測に、柚乃はその表情を翳らせた。
「名に『鬼』と付き、剣に力を付与‥‥やっぱり『荒ぶる力』でしょうか」
 柚乃が不安そうに呟く。もしも穂邑の体を乗っ取られたりしたらと懸念するのは少女だけでなく。
「この社で過去に何があったのか‥‥当事者になろうという穂邑にも知らせないってのは気になるが‥‥何れにせよ俺達は霊剣を修復して穂邑を無事に連れて帰る。そのために来たんだからな」
「ああ」
 キースの言葉に力強く頷く玲。
 ウィンストンや律も、そのために全力を尽くすことを改めて確認し合った。


 支度を終えた穂邑は手伝ってくれた二人に感謝し、いざ祭壇に赴かんとした、その時。
「傍で見守っていますから‥‥頑張って」
「わ‥‥」
 不意にぎゅ‥‥っと抱き締められて穂邑は驚いたが、陽媛の手が微かに震えているのを知り、不謹慎だとは思いつつも嬉しくなる。
 こうして自分を心配してくれている人がいる事は、なんて幸せなのだろう、と。
 更にはアルーシュからもぎゅっと手を握られる。
「貴女が交渉人に選ばれ、過去を何も知らされないのは、今の貴女が一番相応しいからだと思います。ですから穂邑さんらしく、ね?」
「はい!」
 また一つ、心に大きな力が宿った。



 準備を終えた穂邑を迎えた開拓者達は、重要な任務を与えられた少女を応援する気持ちと、心配する気持ちが入り混じった複雑な面持ちだった。
「それでは、行ってきますねっ」
 ぐっと拳を握り締めて改めて強い決意を口にする穂邑。
 柚乃は、その右手をそっと手に取った。
「? どうしました?」
「気休めかもしれないけど‥‥」
 言いながら手渡すのは『柚乃ちま』が付いた手作りの根付だ。ちま人形は石鏡で密かに流行っているらしく、石鏡は穂邑の故郷でもある。見えない力が彼女を護ってくれれば良いと思った。
「わぁ‥‥とっても可愛らしいのです!」
 そうして見せる笑顔が普段の彼女らしい明るいものだから開拓者達は安心するし、変化は僅かでも、彼らが自分を案じてくれている気持ちが伝わってくるから穂邑も嬉しくなる。
「ありがとうございます。皆さんのお気持ちが一緒ですもの、百人力なのですよ♪」
「そうそう、その意気だ。いまの穂邑さんなら何だって出来るさっ」
「うむ、穂邑はこの任に選ばれた巫女ゆえ時の運も有ろうが待ちかねておる待望の為へ共に頑張ろうではあるかな」
 玲やウィンストンの笑顔にも「はい♪」と朗らかに笑うと、渡された柚乃ちまを大切に懐に仕舞った穂邑は、次いで律から、預けていた折れた霊剣を包んだ風呂敷を受け取る。
「行ってきます」
「ああ」
 気を付けてと、心の声に頷き返した。


 折れてしまった霊剣を胸に抱き、仲間達が見守る中をかつて霊剣が祀られていた祭壇に向かって歩いていく。
 一歩進むごとに鳴り響く凛とした音色は、精霊を降ろさんとする巫女の右足首に付けられた鈴の音。動きに合わせて揺れる衣や装飾品は、精霊に敬意を払うという想いを込めて普段とは異なる上質なものが揃えられていた。
(穂邑さん‥‥)
 何が起こるか判らない儀式。危ないから止めましょうという言葉を何度も呑み込んできた陽媛は祈るように合わせた両手を固く握り締めた。
「ここで見守ってますから、頑張って‥‥」
 せめて無事を祈ろうという陽媛の言葉に、アルーシュはつい先ほどまで穂邑の手を握っていた自分の手を見つめる。
(朝廷が隠している事は多々あるでしょうが、貴女は貴女らしく、素直な気持ちでお願いしたら良いと思うのです‥‥)
 そしてそんな少女を護りたいと思う。自分だけでなく、こうして彼女を見つめる皆が同じ気持ちだと信じている。
(皆一緒、です)
 アルーシュは穂邑の視界には映らないと知っていても、元気付ける想いを込めた笑顔を浮かべ、持参して来た甘酒と、大量の岩清水で満たした見目の良い桶を祭壇より手前に並べた。それは彼女なりに精霊へ礼を尽くす行動の現れだ。
「どうか守ってね‥‥」
 柚乃が相棒と共に祈る。
(何があっても恐れることは無いさ、いつもの真っ直ぐな心で‥‥皆がついてるよ)
 玲も心の中で語り掛ける。
 祭壇に跪き祈りを捧げる巫女を、そして社を包み込む清浄な沈黙。
 高位精霊「鬼陽」を召喚すべく両腕を広げた穂邑は舞う。
 足音はなく、衣擦れの微かな音さえ立てず、鈴の音だけを辺りに響かせて。
(美しいな‥‥)
 律は思う。
 素直にそう感じる一方で、彼女の警戒心は決して薄れなかった。
(鬼陽‥‥陽と聞けば熱と光‥‥)
 霊剣の威力を思い出すと、穂邑が精霊そのものを身に宿す事で周囲に影響を及ぼす可能性は充分に考えられた。
 自分達にとって「鬼陽」は敵ではなく、精霊との接触は穂邑が、その精神的なサポートは吟遊詩人や巫女達が行うというのなら自分に出来る事はサポートする彼女達の盾になる事。
 ――この儀式、そう考える律や、ウィンストンら予め心の準備をしている存在があった事が大きかった。
 ズンッ‥‥と空気が重く感じられた直後、それまで彼らの眼前で舞っていたはずの穂邑の姿が消えたように見えて。
「!?」
 閃光。
「ぁ‥‥!!」
 目を焼くかの如く熱光が放たれたのだ。
「‥‥っ」
 律はアルーシュとコニーの、ウィンストンは陽媛の、キースは柚乃を庇うべく己の身を盾とし、玲は腕で目元を覆いながらも決して穂邑から目を逸らしてなるものかと彼女の存在を見守り続ける。
「‥‥っ‥‥弾けるか‥‥っ」
 痛くも熱くもない、ただ只管に眩しい光の中で、律は体全体で庇うアルーシュに問い掛ける。
 この光を「鬼陽」の怒りと取ったわけではない。
 だがあまりにも強烈な精霊の存在感に自分達の存在が掻き消されてしまいそうで、穂邑に自分達が傍に居る事を伝えるためにも、そして何より精霊にも穂邑が一人でない事を訴える為に、精霊に語り掛ける者の力が必要だった。
「頼む‥‥っ」
「はい‥‥!」
 告げる律に庇われながら、アルーシュは竪琴を構えた。視界は悪くとも馴染んだ愛器の感覚が生きていれば充分だ。
 アルーシュの「安らぎの子守歌」の中、その甲斐あって五人の開拓者達が眩い光の中で修復されていく霊剣の姿を辛うじて目撃する事が出来た。万が一の際に行動力が重要になる前衛の者達――キース、玲、ウィンストン、そして身近にいたコニーと、律。
「これが精霊の力‥‥」
 折れた剣が一つに戻りゆく光景はあまりにも神々しく。
 そうして霊剣が完全な姿を取り戻すと、穂邑から迸る輝きは次第に薄れ始め、儀式はこれで終わるかに思われた。
 ――だが。
「!?」
 不意に。
 何の前触れもなく唐突に、穂邑が――その身に憑依した精霊が、か。
 叫び、髪を逆立て。
 そして。
「穂邑!!」
 燃えた。
「きゃぁぁあああああ!!!!」
「穂邑さん!!」
 少女を燃すのは陽の熱。
 他者が近付くのを許さぬ烈しい炎。
 それでもこのまま放置など出来るはずがない。
「穂邑!!」
 キースや玲が必死に伸ばす手に飛び火する事は無かったが、彼女から放たれる熱波が近付く事を許さない。
 玲は足に力を込め、重たい一歩を踏み出す。
 霊剣の繋ぎ手として戦った彼は、修復に代償を求められる可能性も考えていた。代償が必要なら自分の力を捧げる事も厭わない、と。
 たが、そう訴える隙さえ精霊は与えてくれない。
 高位精霊とはかくも問答無用の存在だった。
「穂邑さん‥‥!!」
 悲鳴は細く消えゆく。
 近づけないままに、確実に。
「‥‥っ」
 律に庇われていたコニーは、歯噛みした。
 激しく左右に首を振り、何度も何度も心の中で自らを鼓舞する。
 こんな儀式を任される穂邑を、若いのに凄いと思った。
 自分なんか何も出来ないのにと、――何をしようともしないで。
「穂邑さん‥‥っ」
 燃え行く少女の体が、その命が霊剣を修復した代償だと言うのなら、それは彼女一人に負担させて良いものではない。
 それは誰もが考えていたこと。
 負担が必要なら自分もその一端を担いたいと‥‥担わなければと、震える体を奮い立たせる。
「ここでやらなきゃ‥‥っ」
 コニーは動く。
 驚くアルーシュの目の前で、彼女が用意していた岩清水で満ちた桶を担ぎ穂邑の方向へ撒く。
 それが功を奏したのか、僅かに和らいだ熱の隙間を駆け抜けて辿り着いた穂邑の傍。その細い体を躊躇う事無く抱き締めた。
「‥‥っ!!」
 熱いなんてものではない強烈な熱波がコニーを襲い、目を開ける事もままならない苦しみに苛まれながら、それでも精一杯叫んだ。
「霊剣の修復をお願いしたのは僕達全員なんです‥‥!! 穂邑さん一人に代償を払わせるつもりなんてありません‥‥っ! 穂邑さんの命を寄越せと言うなら、その命、僕達で八等分して下さい‥‥!!」
 その声に。
「っ‥‥そう、です‥‥っ!」
「ああ、そうだ‥‥! 半分だろうが八分の一だろうが、俺の命で賄えるなら持っていくがいい‥‥!!」
 陽媛、キースが負けじと叫ぶ。
 伸ばされる仲間の腕。
 穂邑の叫びはとうに絶えた。
 呼吸をしているのか、心臓が今も動いているのか、抱き締めているコニーにだって感じ取る事は出来ない。
 それでも諦めないし。
 信じている。
「どうぞ心をお鎮め頂けます様‥‥その子だけを連れて行かないで下さい‥‥!」
 アルーシュの祈り。
 強く、必死に、一心に。
 八人の思いを「鬼陽」がどう受け止めたのか彼らに知る術は無い。
 ただ、穂邑を覆った炎は次第にその熱を和らげて仲間が近付く事を許し、その場に崩れ落ちた穂邑に駆け寄った柚乃は生気流転を、陽媛は神風恩寵で友人の命を繋ぎ止めようと術を繰り返し、見守るしかない者達も「戻れ」と声を掛け続けた。
「僕‥‥」
 熱から解放され、夢から覚めたように茫然と座り込んでしまっていたコニーは、後方から肩を叩かれ、ビクッと体を震わせて振り返った。
 其処に居たのはアルーシュ。
「ありがとうございます」
 様々な想いを込めた感謝の言葉にコニーは今更自分の行動を思い返して顔を青くする。
「ぼ、ぼく、なんてことを‥‥っ」
「コニーさん? コニーさん!」
「どうした」
「コニーさんが‥‥」
 アルーシュとウィンストンの声を遠くに聞きながら気を失ってしまったコニーが穂邑の無事を知るのはしばらく後の事となるが、全員の想いが一つになったからこそ修復した霊剣を持ち帰れる事になったのは事実。
 全員で掴み取った成功だった。



 神楽への帰路。
「これで精霊門への扉が開くのかな‥‥」
 完全復活を果たした霊剣を見つめ柚乃が言う。
「陽州はいいところだと、酒天が言ってたの‥‥」
 だから行ってみたいと微笑めば、彼女と陽媛の必死の回復術の甲斐あって自分の足で帰路に着けた穂邑も「はい♪」と笑顔。
 復活した霊剣は彼女の胸にしっかりと抱かれている。
 そんな少女と一緒に帰れる事が他の皆にとっても喜ばしい事だった。
「お疲れ様でした‥‥大変でしたね。まだ全快ではないでしょうし、戻ったらゆっくりと体を休めてください」
 コニーがそう声を掛ければ、穂邑も同じ言葉を彼に掛ける。
 それと同時に感謝の言葉も。
「コニーさんがぎゅってしてくれたの、ちゃんと伝わって来たんですよ。だからこっちに留まれたのかもです。本当にありがとうございました」
「え、っと‥‥」
 思い返せば随分と大胆な事をした若い魔術師が頬を赤らめて俯くが、幸いと言うべきかそんな彼をからかう人物は傍に居らず。
「うむ」
 ウィンストンが見事に蓄えた髭に触れながら笑った。
 とても朗らかで気持ちの良い笑顔だった。