|
■オープニング本文 ● 渡月島に急造された飛空船工房では、天儀のみならず泰国、ジルベリアから集められた船大工と宝珠加工職人達が、長く続いた作業の終了に揃って地面に座り込んでいた。 「こりゃあ、軍船だ」 「軍船だって、こんな丈夫なのは滅多にねえよ」 彼らが見やる先には、最初見た時からこれまで、変わることなく荒れた様子しか見せない嵐の空がある。いつこの島も暴風雨に晒されるかと、彼らのその心配は杞憂だったが、注文通りの飛空船が完成した今は、別のことが気に掛かる。 「まさか、あたし達まで一緒に乗れなんて言われないかしら?」 「冗談じゃない。そりゃ騎士や開拓者の仕事だよ」 これまで渡月島では嵐を突破するための飛空船改造が、一三成の監督の下で行われていた。 朝廷からの派遣だけでは二、三隻を改造するので手一杯だったろうが、各国の思惑が入り乱れ、あちこちから人手が送り込まれた結果、十隻を超える飛空船が軍船もかくやという強度と武装に加え、宝珠を追加されて推進力を増していた。これなら嵐も突破出来るだろうが、職人達でそんな危険な船旅に同行したい者はごく少数派だ。 もちろん黒井、一三成に、各国派遣の調査隊や利権を求めて来た商人達は、職人達より開拓者を乗せることを選んでいた。 ● そんな時期の神楽の都。 新大陸に関する依頼が幾つも張り出されている開拓者ギルドでそわそわとしていたのが甘味大好きとして知られている佐保朱音、雪花姉妹だ。 新大陸には興味津々、サンドワームで困っている人が居ると言うなら助けに行くのが開拓者だが、それよりも姉妹をどきどき、わくわくさせているのは新大陸にはどんな甘味が存在するのかという事で。 「これは行くっきゃないよね!」 「行くっきゃないでしょー」 朱音、雪花、現地の甘味を調査するのも開拓者の務めと都合の良い理由をこじつけ、仲間を求めて声を上げる。 「新大陸の甘味探訪! 一緒に行きたい人、寄っといで〜!」 両国の交流を深める意味も込めて、‥‥たまにはこんな理由で新大陸に渡ってみるのも悪くない、‥‥はずである。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
禾室(ib3232)
13歳・女・シ
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
アルジャン・クロウリィ(ib6309)
45歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ● 佐保姉妹の呼び掛けに応じた八名の開拓者は新大陸に向かう船に意気揚々と乗り込み、まだ見ぬ世界に胸を高鳴らせていた。 何をやらかしたのか、父親に見つかって逃げる羽目になった佐保姉妹が出発間際に離脱。 「私達の分も楽しんで来てっ!」と涙ながらに言い残して逃亡したのは予想外だったが、そんな彼女達の為にも新大陸で「甘味マップ」を作ろうと提案したウルシュテッド(ib5445)には全員が賛同した。 「やっと上陸の機会がっ。楽しみだわぁ‥‥」 うっとりと呟くアグネス・ユーリ(ib0058)に「同感なのじゃ!」と声を上げる禾室(ib3232)。 「わしは元々『食』を探求するために神威の里から出て来たのじゃ、新たな儀の食を試せるなら願ったり叶ったり!」 ふわふわの狸の耳と尻尾を興奮気味に動かす少女の姿には、彼女達とすっかり打ち解けた様子の真名(ib1222)が「うんうん」と。 「甘味が嫌いな女の子なんていないものね」 そんな彼女達から少し離れた場所に座っていた茜ヶ原 ほとり(ia9204)もこくこくと多少興奮気味に頷いて見せながら、その手はベルナデット東條(ib5223)の頭上を飾る獣耳カチューシャの傾きを吟味中。 「うぅ‥‥は、恥ずかしいよ、お義姉ちゃん‥‥」 「大丈夫‥‥とても可愛い、から‥‥」 普段とは異なるワンピース姿だけでも恥ずかしいのに‥‥と頬を赤らめる、そんな姿もほとりには可愛いわけで。 新大陸に行く理由が「甘味」ならば若い娘達が集まったのは至極自然な事だと思うと同時、少女達のやり取りを見ていると、自分のような者が混ざって良かったのかと若干不安になりつつあったのが口元の髭がナイスミドルと呼ぶに相応しい色気を漂わせたアルジャン・クロウリィ(ib6309)だった。諸々の事情があって血の繋がらない子供達の父親でもある彼は、娘達を喜ばせたくて甘味作りを始めて以来、その腕を磨く事には尽力を惜しまない。今回の新大陸行きも、願わくは新たな甘味のレシピを入手したいと思っての事。 (あの子達の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ‥‥) 脳裏を過る娘達の笑顔に、自然と彼の表情も綻んでいた。 ‥‥一方で、皆から孤立するような形で乗船していたファリルローゼ(ib0401)は、叔父であるウルシュテッドに半ば強引に同行させられた経緯がある。船が出発してから‥‥否、それ以前から固い表情で、心を閉ざし掛けている兆候さえ見られる彼女は負傷しており、これ以前の依頼で何かしらの危機を経たのだろうと推察される彼女を、ウルシュテッドはただ静かに見つめていた――‥‥。 ● 新大陸に到着した一行は、甘味マップを作るという目的もある事から、まずは手分けして色んな店を回ってみてはどうかというアグネスの提案に沿い、それぞれ二人一組で行動する事にした。 ほとりとベルナデット、アグネスとアルジャン、ファリルローゼとウルシュテッド、真名と禾室。 アル=カマルの街には様々な飲食店が有り、メニューも豊富。 開拓者達はそれらの内容を簡単にメモするなどし、約束の時間に集合した後は、各自の情報の中から特に気になった、メニュー豊富で内装も綺麗、甘味に期待の店で実食を行う事にするのだった。 ● ほとりが頼んだのは、小麦粉ととうもろこしの粉で作った薄い生地の間に甘いナッツ生地が挟まれているパート・フィロ。全体的にサクッとしているのだがナッツ部分はねっとりと濃厚でもあり、香辛料の効いた素朴な甘さが特徴的だ。 アグネスが注文したのはスポンジの生地をお酒の入った蜜に浸したケーキ、サバラン。 ファリルローゼが注文したビスケットケーキは、プリンに浸したクッキーを重ね、上下左右から更にプリンでコーティング。その上からビスケット、ココナッツ、砂糖を振りかけて冷やしたもの。 どれもこれも非常に甘かったが、極めつけは真名が頼んだヘルバだ。 材料を聞けば小麦粉と砂糖と水とバターだけなのだが、この甘さが尋常ではない。 「甘いものは大好きだけど、なかなか強烈ね‥‥っ」 喉がひりひりする程に甘いというのは初めての体験だったかもしれない。 禾室が頼んだロクムはおもちのような歯応えで、やはり甘く。 ベルナデットが注文したくるみのパイらしきバクラヴァと呼ばれる菓子も、また甘く。 「お、美味しそうだね‥‥ベルちゃん」 自分はそろそろ胸いっぱいになりかけていたほとりが声を掛ければ、 「新大陸の甘味も侮り難し‥‥!」と手に持った皿を掲げて感動の呟き。 ウルシュテッドは、真名が頼んだヘルバと同じ名前ではあるものの、小麦粉の代わりにセモリナ粉と呼ばれる、麦を小さく砕いた粉を作って作られたものを頼んだ。此方にはくるみが入っており、もちもちっとした食感の中で確かな存在感を主張するくるみが面白い。 アルジャンが頼んだのはストラッチと呼ばれるお米を砂糖と牛乳で煮るというシンプルな手順で作られたプリン。一緒に固めのクッキーっぽい菓子が付いていたが、これまたどちらも甘かった。 甘味マップを作成すべくそれぞれにメモをしながら、アルジャン。 「さすがにこうも甘いと何かしら苦いものが飲みたくなるな‥‥」 その呟きに禾室が立ち上がった。 「おおっ、それなら儂に任せておけなのじゃ!」 言うが早いか少女が荷物の中から取り出したのは自家製用珈琲の道具一式。 「これはの、泰国は南那のお茶で『珈琲』と言うのじゃけど、甘味にもよく合うのじゃよ」 以前に縁あって店の手伝いをした際にお礼として道具一式を貰い受けたのだと話しながら準備を進める禾室の手付きは慣れた物。 店の従業員から湯を貰えば、その従業員も禾室が作ろうとしているものに興味を持ったらしく、そこに留まってじっと見つめていた。 その内に漂ってくる珈琲特有の匂いには「おぉ‥‥!」と周囲の客からも歓声が上がった。 「さぁどうぞなのじゃ!」 一人一人にカップを手渡し、今まで見た事のない飲み物におっかなびっくり口を付ける一同。 「苦い‥‥」 ベルナデットがぽつりと呟き。 「砂糖を入れてはどうかな」 「‥‥牛乳を入れてもよさそうです」と叔父と姪が頷き合えば「甘味のお供を更に甘くするのか」とアルジャン。 ついでに傍で見ていた従業員にも禾室が進めれば、飲んだ従業員は「ああ!」と手を打った。 「珈琲ならこっちにもあるのよ?」 言い、異国からの客人にサービスだと彼女が出してきてくれたのは、同じ珈琲と呼ばれる飲み物でも淹れ方が異なり、泰国の珈琲が挽いた豆に湯を注いで「落とす」のに対し、アル=カマルの珈琲は、鍋に一人分の水を入れ、珈琲の粉と、同量の砂糖を煮立たせ、浮かんできた泡をカップに注ぎ、粉がカップの底に沈むのを待って上澄みを飲むのだ。 結論を言えば、アル=カマルで口にするものはどれもこれも、甘い! 「新大陸の飲食物‥‥実に興味深いな」 アルジャンは言った後で「‥‥しかし」と溜息一つ。甘味は自分で作ってこそと考える彼は年頃の娘達へのお土産が全く決まっていなかったからだ。 そんな彼の様子を見て「それなら一緒に買い物しましょ♪」と真名。 「せっかく娘さんと同じ年頃の女の子がこんなにいるんだもの、アドバイスだっていっぱい出来るでしょ? ね!」 「うむ、それは良いアイディアなのじゃ」 「そうだな‥‥私達で力になれるなら‥‥」 年頃の少女達の賛同を得て、一行は腹ごなしのショッピングへと赴くことになるのだった。 ● 娘達へのお土産選びを頼んだ迄は良かったが、若い少女達のパワーに圧倒されつつあったナイスミドル・アルジャン。 少し所用があるからとベルナデットと二人、別行動を取る事になったほとりを見送った後の事だった。 「うわぁ‥‥!」 不意にアグネスが熱っぽい吐息を漏らした。 何事かと彼女の視線を辿れば道端で踊るジプシー達の姿。仲間の楽師が奏でる音色に合わせて二人の娘が陽気に舞い踊っていた。 「アグネスはジプシーに興味があるのか?」 アルジャンに問われたアグネスは即答する。 「すっごく‥‥!」 芸事師でありながら刃を操る術を持つ、アル=シャムス特有のジプシーと呼ばれる者達に、アグネスは話に聞いた当初から会ってみたいと望んでいたのだ。吟遊詩人のアグネスが戦闘の場で武器を持つ事は無い。後方支援の重要性は勿論判っているけれど、前線で体を張って皆を守る――自分をも守ってくれるサムライや騎士など前衛職の仲間の背を見る度、自分にも戦う力があればと思わずにはいられなかった。 舞うような戦闘を得意とする魔法戦士――他者から束縛される事を嫌い自ら「自由人」と称するジプシー達は戦闘の場においても自由だと聞く。 その舞が、目の前で。 「‥‥っ」 興奮するのを抑えられず胸の前で拳を握るアグネスに、アルジャンは微笑んだ。 「一緒に踊って来てはどうだい?」 「え。で、も‥‥」 「舞を愛する者同士、座って話を聞くよりも一緒に踊る方が、ずっと互いの事が理解出来るのではないか?」 「それは、うん‥‥っ」 砂漠に降り注ぐ灼熱の陽光が、肌に滲む汗に反射し、飛び散る雫に煌めく。激しく、時に艶やかに見る者を魅了する。 「俺達に遠慮しているのなら、気にせず行っておいで」 ウルシュテッドが更にアグネスの背を押す。 「この子にも休憩が必要だし」と負傷中のファリルローゼを示せば、当の本人は痛々しい笑みを覗かせ、頷く。 「私も、アグネスと彼女達が一緒に踊る姿が見たいな」 「わしも見たいのじゃ!」 「うんうん♪」 禾室、真名にも言われればアグネスも我慢の限界。 「‥‥っ、じゃ、じゃあ、遠慮なく‥‥!」 ――そうして飛び入り参加した彼女に、舞っていたジプシー達は少なからず驚いたようだったが、アグネスの舞に単なる趣味の範囲ではない高い技術力を見出せば彼女の参加を快く受け入れた。 楽師の音色に変化が現れる。 それは天儀やジルベリアの旋律とは異なるも、アグネスが踊り易いものに。 ジプシー達もアグネスに習うように、それでいて砂の王国ならではのテンポを失わない軽快なステップ。 時にはアグネスを自分達の音楽に巻き込んで、踊り子三人の弾けんばかりの笑顔に、見ている観客達の表情も綻ぶ。 「‥‥素晴らしいな」 ぽつりと呟くファリルローゼを、ウルシュテッドは彼女達の舞が見える位置に佇む店のテラス席に座らせた。 そうして何気なく先ほどの店で食べ損ねたパート・フィロを二人分頼むと、ようやく笑顔を見せた姪に、彼もまた微笑む。 共に行動していたアルジャンもまたアグネス達の舞に見入っているのを確認すると、ファリルローゼの、その頬に残る傷に触れた。 「!」 驚いて振り返る姪の、数日前に比べると大人びた顔。 「‥‥何があったかは聞かないけれど‥‥、辛い思いをしたんだろうね」 叔父の言葉にファリルローゼの表情が歪んだ。 「ぁ‥‥私、は‥‥っ」 何かを言おうにも言葉が続かない。 自分自身でもこの感情の正体が判らないのに、心配してくれる叔父に何を話せるのか。 時間を経て忘れるどころか、より鮮明になる生温い血の感触。己の剣先が貫いた彼の体――「自分を斬れ」と言ったのは彼だ。 あの場では、ああする事でしか開拓者仲間を守れなかったし、彼もまた何の勝算もなく危険な賭けに出るような男ではないのだから、次の機にこそ、とも思う。 ‥‥ただ。 「私は‥‥おかしくなったのかもしれません‥‥」 仲間を失うかもしれなかった恐怖は、きっと誰が相手でも同じだった。 けれど『彼』を斬った時。 斬れ、と言われた時。 (その役目を自分に負わせてくれたことが『嬉しかった』なんて‥‥!!) そう思う自分を自覚すると同時に恐ろしくなった。 信じたくなかった。 「彼や、彼の大切なものを守りたいと‥‥守るために頼りにされる強い自分で在りたいと心から思っていたのに私は‥‥っ」 膝の上で握られ、小刻みに震える拳。 その言葉から全てを読み取る事は出来ない。ただ、彼女の言う『彼』が誰の事なのかが察せられれば、彼女の心の変化を知る事は容易かった。 「ロゼ。いまお前の中にある痛みや、苦しみ‥‥それは他の人にも抱き得る感情かい?」 「‥‥、いいえ‥‥」 己の心に問い掛ければ、それだけは判る。他の誰かでは決して有り得ない感情は彼が相手であればこそ。 彼に選ばれた事が――。 「答えはもうお前の中にあるんだろう」 叔父の言葉が促す先に、温かに灯る、それが。 「お前は理性の子だから、感情の変化に追い付けず『自身がおかしい』と感じているのかもしれないが、おかしくならない『特別』など無いよ」 「‥‥!」 特別と言われ、頬が朱に染まる。 だが、普段ならば「そんな事はない」と言い返せるはずなのに今は出来ず。 ウルシュテッドは微笑う。 「恥じる事でも否定する事でもない。特別が増えて、お前の世界は広がったんだ。喜んでいい事だよ」 「叔父様‥‥」 ウルシュテッドの言葉が心に染み渡り、先ほどまで小刻みに震えていた手は、落ち着いていた。 恥じる事ではない。 拒む事でもない。 これは『特別』な気持ち――。 「‥‥叔父様、ありがとうございます‥‥」 ファリルローゼは自分の手を見つめる。 あの日、最も近くにいた彼を、想う。 「そう、なんですね‥‥私は彼を‥‥」 その先を言葉にするのは全てが終わってからにしようと、そう心に誓うファリルローゼの瞳には彼女らしい強さが戻る。 ウルシュテッドは微笑み、注文していたパート・フィロが運ばれて来て更に頬を緩め。 「アルジャン、真名、禾室、君達も一緒にどうだい?」 テーブルに置かれた菓子の大きさに驚き、アグネスの舞を見物していたアルジャンにも声を掛ける。 この店のパート・フィロは一つで四人前だと、甘味マップに書き足さなければならないなと思いながら。 その頃、もう間もなく日も沈もうという空の下で砂丘を歩いていたほとりとベルナデットは、夕暮れの茜色に染まっていくアル=カマルの街を見つめていた。 砂の王国に射し込む夕陽はあまりにも雄大で、美しく。 少女達は足を止めて目の前の景色に見入っていた。 「綺麗な場所だね‥‥私の住んでいる処に勝るとも劣らないかも」 嘆息と共に呟くベルナデットにほとりは微笑む。 「塔の上とかだと、もっと良かったけど‥‥」 残念ながら適当な場所が見つからず、せめて遠くから街の景色を眺めようと砂丘を歩いて来たわけだが、これはこれで、特等席と言えるかもしれない。 「‥‥これが、新大陸」 「うん‥‥」 二人は顔を見合わせて微笑み、そして再び街を見つめる。 目の前に広がる、まだまだ未知の世界に胸を高鳴らせ。 ● 後日、ウルシュテッドが提案、全員で情報を集めて作成された甘味マップは佐保姉妹に手渡される。 更にその後、万商店の支給品としてこれが多くの開拓者達の手に渡る事になるのだが、それはもう少し先の話――。 |