【砂輝】星の宝珠を求め
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/06 10:00



■オープニング本文

 ●

 新大陸、アル=シャムス。
 その全域で発見される古い『サンドシップ』は現代の学者、技術者によって研究、模倣され、砂上船や砂上グライダーなど貴重な移動手段として進化して来た。ただ、進化の過程には『サンドシップ』の巨大な船体に必要な動力が確保出来ないという理由もあり、これを実現させる事は砂の砂漠に生きる研究者達の悲願に近かった。
 ――そんな折、神の巫女セベクネフェル・ファティマが一つの神託を受ける。
 アル=シャムスのとある砂漠地帯で大昔に発見され、その巨大な船体ゆえに動かすことも出来ず放置されたままの『オリジナル・サンドシップ』。虹色の、中に星が浮かぶ宝珠がその起動の鍵になるという、神託を。


 これを受け調査を開始した天儀朝廷は、武神島の森の中、狐の獣人・緋ノ衣衆で構成された里にあるのではないかという結論に至った。
 緋ノ衣衆の里は古くから金属や宝石の加工が盛んで、宝珠の加工も可能にする職人の里でもある。
 人口はおよそ二百人。
 職人気質で気難しい者も多いとされるが、この調査結果を受けた神の巫女らは、宝珠を借り受けるべく交渉の使者としてメリト・ネイト(iz0201)を派遣する事に決めた。
 褐色の肌に金色の髪を持つエルフの女戦士。有力氏族の族長の血縁者であり砂漠交易路の案内人としても有能な彼女は人々の信頼も篤く、彼女ならばきっと‥‥という期待を込めた人選である。
 しかしアル=シャムスから天儀に渡り、武神島の里に赴いて神威人と交渉し宝珠を持ち帰るには些か土地情報に不安が残る為、この解消に向けて天儀の開拓者ギルドに一つの依頼が持ち込まれた。
 曰く、アル=シャムスからの使者メリト・ネイトを武神島まで送り届け、緋ノ衣衆から宝珠を借り受けられるよう交渉の手助けをするように、と。


 ●

 その日、依頼を探しに開拓者ギルドを訪れていた穂邑(iz0002)は悩んでいる内にお腹が空いて来てしまった。
「新大陸関連の依頼もいっぱいで‥‥悩み過ぎたらくらくらして来たのです‥‥っ」
 そんな自分を不甲斐ないと思いつつも、やはり空腹のまま依頼書を眺めているのはしんどくなって来た少女は依頼選びを後回しにし、神楽の都で昼食を取る事にするのだった。


 お肉がたっぷり入った熱々の饅頭を三つ抱え、穂邑はご満悦の顔でギルドに戻ろうとしていた。
「可愛いお嬢ちゃんには一個オマケだ」と言われたのが嬉しかったのもあるし、さすがに三個を一人で食べるのは無理があるため、顔馴染みのギルド職員・高村伊織に一つ差し入れようと考えたのである。
「んーっ、とっても美味しそうなのですっ! 匂いをかいでいるだけでもお腹がぐぅっとなってしまいそうです‥‥っ」
 食べ歩きは行儀が悪いと幼い頃に教えられている少女は「我慢、我慢」と胸中に繰り返しながらギルドへの道を行く。それでも空腹は誤魔化せず、無意識に早足になっていたのだろう。
 大きな饅頭を三つ抱え、我慢、我慢、早く食べたい、美味しそう、と。
 緩んだ顔で、小走り。
 もうすぐギルドに到着するという最後の曲がり角を左折した、その瞬間だった。
「きゃっ」
「わっ、熱っ!?」
 互いに互いの饅頭に衝突して後方で弾かれた二人。いや、穂邑が衝突したのは饅頭ではなく相手の豊満な胸で――。
「ご、ごめんなさいっ、大丈夫ですかっ? 火傷、とか‥‥――」
 火傷をさせなかっただろうかと慌てて相手の顔を見上げた穂邑は、それきり言葉を失う。その凛々しい顔立ちの横にピンッと伸びた、長い耳。
 神威人とは明らかに異なる、自分とは違う耳は最近になって聞くようになった――。
「エルフさん、です?」
「? そうだけど、それが何?」
 真ん丸に見開かれた穂邑の目に、怪訝そうな表情のエルフ女性。
 そうだと肯定されれば穂邑の内側で盛り上がってくる感情。
「わっ、わ‥‥っ、本当にエルフさんなのですっ? 初めてお会いしたのですっ、初めましてこんにちは、私は穂邑と言います! 巫女でっ、開拓者でっ、あ、開拓者と言ってもまだまだ未熟で周りの方にご迷惑をお掛けする事も多くて‥‥っ、あのっ、あのっ」
 興奮して捲し立てる穂邑に、エルフ女性は目を瞬かせ。
「あのっ、お近づきのしるしに一ついかがですかっ!?」
 ずずいっと差し出された熱々の饅頭。
 ほっかほかのそれから立ち上る湯気が、まるで真っ赤に興奮している穂邑の顔から出ているように見えたエルフ女性は。
「‥‥ふっ、はっ、あはははははは!!」
 大笑いだ。
 対してますます赤くなる穂邑の頬。
「えの、あの‥‥っ、えっと‥‥お饅頭は、お嫌いですか? このお店のお饅頭、とっても美味しいのですけれど‥‥っ」
「違っ‥‥貰う貰う、饅頭は貰うよ。ついでにあんた、穂邑って言ったっけ? 開拓者ならギルドで依頼受けられるんだろう? 私と一緒に神威人の里に付き合いな」
「え、‥‥え?」
「あんたと一緒なら色々面白そうだ」
 くくくっと笑いを堪えながら言うエルフ女性に、真ん丸の目を瞬かせる穂邑。それがメリト・ネイトとの出会いであり、彼女と共に緋ノ衣衆の里へ赴く事になった経緯だった。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
サイラス・グリフィン(ib6024
28歳・男・騎
コニー・ブルクミュラー(ib6030
19歳・男・魔
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰


■リプレイ本文


 メリト・ネイトと共に武神島の森の中に存在する緋ノ衣衆の里に向かい、其処にあると思われる星の宝珠を里の者達から借りて来るという不確定要素の多い依頼を受けた九人の開拓者一行。
 その足取りは緊張感漂う重いものかと思いきや、まるで遠足か旅行に行くような賑やかさ。と言うのも、メリト直々に依頼を受けろと言われた穂邑の表情が、ギルドに集まった面々を見た瞬間から崩壊しっ放しだったからである。
「空さん空さん見てください! 神楽の都があんなに小さくなってますっ! きゃーっ、アルーシュさんアルーシュさんっ、あれって石鏡の三位湖でしょうか!?」
「三位湖は確かに大きな湖ですが、さすがに此処からは見えないでしょうね」
「それに、あまり身を乗り出すと船から落ちてしまいますよ」
 武神島へ向かう飛空船から地上を見下ろし、興奮してはしゃぐ穂邑の左右には少女が大好きな友人――と言うよりも姉のように慕う、朝比奈 空(ia0086)とアルーシュ・リトナ(ib0119)の笑顔があった。これまで陸路での移動が主であり、空の移動も龍に騎乗してしか経験した事のない穂邑にとって、飛空船での移動は存外楽しめるものだったらしく、同じ場所に彼女達二人がいれば興奮しないわけがない。
 対して空とアルーシュもまた穂邑を妹のように可愛がっており、そんな三人を少し離れたところから微笑ましく見守っている酒々井 統真(ia0893)は、自身の参加もまた穂邑が喜んでいる理由の一つだとは気付かぬ様子で(こういう旅路もたまには、な)とすっかり傍観の態勢だ。
 一方、初対面になるメリトと挨拶を交わす彼らも陽気な雰囲気。
「流浪の楽師のヘイズ(ib6536)ってもんだ。よろしくなぁ!」
「柚月(ia0063)だよ、よろしくねメリト!」
「ああ、今回はよろしく頼むよ」
 全員と初対面になるエルフの女戦士、新大陸アル=シャムスからの来訪者メリト・ネイトは物言いこそ上から目線だったが、人懐こい笑顔が好ましい女性だ。
「それにしても星の宿る宝珠にサンドシップ、技師として好奇心を抑えられないよ」
「おりじなる・さんどしっぷ、なんかカッコイイ!」
 興味深そうに眼を細めて呟く滝月 玲(ia1409)に、身を乗り出して賛同する柚月。
「そんなすごい石があるなら見たいし、動いたおりじなる・さんどしっぷだって見たいし!」
「だよなぁ」
 ヘイズも大きく頷き、メリトに話を振る。
「あんたは実際に動いているのを見た事があるのかい?」
「いいや。そもそもサンドシップはそれ自体が古代遺跡のようなもので、その巨大さ故に動かせたものはない。オリジナル・サンドシップと言えば大きさも他のサンドシップの比ではないからな。その動力となり得る宝珠が見つかったと聞いた時には私も驚いた」
「その宝珠だが、実際に緋ノ衣衆の里にあるのか?」
 それまで話を聞いているだけだった統真が口を挟む。
 メリトは肩を竦めた。
「さぁ? 天儀の朝廷はそのように言って来たが」
「ふむ‥‥」
 彼女の返答から、メリトも相手をよく知らずに今回の交渉を託されたのだと判る。
「なら実際に緋ノ衣衆の里に宝珠があったとして、あんたはどう交渉するつもりなんだ?」
「どう、とは?」
「例えば交換条件や謝礼‥‥そんなところか?」
 重ねて問うヘイズにも、メリトは「さぁ?」と一言。
「これは天儀にとっても我々アル=カマルとの国交を得るための重要なプロジェクトなのだろう?」
「‥‥こっかじぎょーだからって、義務感でホイホイ渡してくれそーなヒト達なの? その、ひのいしゅーのヒト達って」
「だから君達に交渉の手伝いを頼んだつもりだが」
 くすくすと楽しげなメリトに、開拓者達は目を瞬かせる。
 なるほど新大陸からの来訪者はこういう性格なのかと悟った。
「まぁ、そういう依頼を受けたんだし俺達も出来る限りの事はするが」
「あんたも俺達に協力してくれよ?」
 統真、ヘイズの言葉に「努力するよ」とメリト。
 彼らが交渉に向けて着々と準備を進めていく中でも、空からの景色にはしゃぐ穂邑と、見守る空、アルーシュ。
 そんな一人一人を眺めて苦笑交じりの息を吐くサイラス・グリフィン(ib6024)に、同じ師匠を持つ弟弟子のコニー・ブルクミュラー(ib6030)が笑って見せる。
「楽しみ、ですね」
「まぁな」
 自分を見上げて笑んでくるコニーに頷いて見せるが、その心中では微妙な不安が募り始めているサイラスだ。
(はてさて、道中何がおこるやら)
 付き合いが長いからこそ感じる弟弟子への不安を更に煽るのが、実は穂邑だったりする。コニーと同じとは言わないが、あの少女も大概何かしてくれそうな気がするわけで。
(せめて道に迷うのだけは勘弁して欲しいもんだが)
 胸中に呟きながら見下ろす船の外。
 武神島まで、もう少し。



 武神島に降り立った一行。
 穂邑は「此処からはお任せ下さい!」と懐から一枚の地図を取り出した。
「今日は道案内してくれるんだって? 頼りにしてるよ」
 玲が声を掛けると「はい!」と元気よく応じる穂邑。
「道案内って初めての大役ですけれど頑張ります!」
「そう気負わないで下さい、僕も一緒に地図を見てお手伝いしますから」
 コニーが穂邑の横に並び、地図を覗き込む。
「大丈夫、このまま真っ直ぐであっていますよ」
「‥‥地図、逆だぞ」
「え、あ、あれ?」
 後方から即座に入ったサイラスのツッコミに慌てるコニー。良く見れば穂邑が懐から取り出したばかりの地図は逆さになったままだったのだ。
「す、すいませんっ」
「いえっ、私の出し方が悪かったので‥‥!」
 コニーが青くなって謝罪すれば、穂邑も「コニーさんのせいではないのですっ」と大慌て。
「ほら! こうして上下を戻せば、この道を真っ直ぐなのですよ!」
 意気揚々と早速その方向に歩き出そうとする少女の、左右の腕を掴んで制する空とアルーシュ。
「穂邑さん、それでは正しい道には行けませんよ」
「地図にはこのように方角を示す記号が記されていますから、今の時間‥‥幸いにも正午に近いので、太陽の位置から、あちらが南だと判ります」
 説明しながら、穂邑の手の中で地図の向きを四五度ほど傾けるアルーシュ。
「ですから地図はこう見て‥‥ほら、あの道が、この道ですよ」
 地図に記された線と、自分達の前方に続く林道を順番に指示すアルーシュに、穂邑は目を輝かせた。
「アルーシュさん、すごいのです‥‥!!」
「そんな事はありませんけれど」
 複雑そうな笑みを浮かべるアルーシュと、その周囲で余所に向けた顔に安堵の色を滲ませる男達。
「地図を使うのが初めてなら仕方のない事もあるでしょうから、今回を機に、地図の見方を覚えると良いかもしれませんね」
「はい‥‥!」
 空の指摘には真面目な顔で大きく頷いた穂邑。
「だいじょーぶ、だいじょぶ。ナンとかなるよ!」
 柚月に励まされながら、いよいよ緋ノ衣衆の里に向かって出発する一行、‥‥その最後尾。
「‥‥はぁ」
 コニーは一人、立ち尽くすようにして溜息を吐いていた。
(また皆さんにご迷惑をお掛けするところだった‥‥僕はどうしていつも‥‥)
 ぎゅっと結ばれた口元に、歪む目元。
 自身の情けなさに悔しい思いをしていたコニーの、その背中を叩いたのはサイラス。
「はぐれるぞ」
「ぇ、あ‥‥っ」
 言われて周りを見てみると既に他の面々は先に行ってしまい、傍にはサイラスしかいなかった。
「す、すみませんっ! 行きましょう、僕のせいでサイラスさんまではぐれてしまいますから‥‥っ」
 まるで泣きそうになっていたのを誤魔化すように早足に歩き出すコニーに「ああ‥‥」と頷きつつ、先ほど覗き込んだ地図で緋ノ衣衆の里の位置を覚えてしまっているサイラスは頭を掻く。
 何か言いたそうに、‥‥けれど、何も言わずに後を追った。



 穂邑一人に案内を任せなかった開拓者一行は、途中で二度の休憩を経て無事に緋ノ衣衆の里に辿り着いたが、すぐに宝珠を借り受けるための交渉に臨む事はしなかった。
 と言うのも、途中の休憩時に「里の人達の話をしよう」と開拓者達が声を揃えたからだ。
「一度で彼らの腕の全てが判る訳でもないですが、知る事で言葉に乗る想いや姿勢が変わると思います。‥‥私は、貴重な品をお借りするためにお願いしに行くものだと思っていたので」
 休憩時、そう語ったのはアルーシュだった。
 まさか新大陸との国交を目指した国家事業の一環として無償で貸し出せという話だったとは思わず、此方がそういう態度で接した場合に緋ノ衣の人々の気持ちがどうなるかを考えると心が痛んだ。
「それに、実際に宝珠が存在するかどうかも未確認なんだろ? もしもオリジナル・サンドシップを動かすための星の宝珠をこれから作ってくれって事になったら、職人集団だという緋ノ衣衆にとってその技術は命と同様に大切なものだ。簡単には提供してくれないだろう」
 自分自身が様々な経験から技を磨いて来た技師の一人だからこそ、それが判る。
「技術を提供しろと言うなら、此方からはアル=カマルの技術を提供するくらいの覚悟が必要だと思うんだが、どうだろう?」
「それは私の一存でどうにか出来るものではない。技術は技師の命、だろう?」
 玲の言葉を借りる形で返すメリトに、開拓者の表情は浮かなかった。ただ、メリトも里の人々の事を知ろうという点については異論が無いらしく、交渉に臨む前に里の様子を見て回る事は了承した。
「その方が里の皆さんも快く協力して下さるのではないでしょうか‥‥?」
 そう、コニーに言われたのも大きい。
 交渉するにも、まず大切なのは相手を知る事。
 誠実である事。
 そして人々と言葉を交わす事で、この里に有ると言う星が浮かぶ虹色の宝珠の存在に関する情報も集められれば幸いだ、と。
 話が纏まった所で、先行して里の様子を見て来ようというヘイズが一時的に離脱。里に到着した彼らと合流したわけだが、先行していたヘイズが集め、仲間に届けた情報は、些か開拓者達の予想を裏切るものだった。



 ヘイズが確認済みの里長の住まいに向かう道すがら、開拓者達は情報を共有しつつ周りの景色を楽しむ。
 流石に宝珠を加工するというその瞬間に立ち会う事は無かったが、職人達が完成した宝珠を水で磨く繊細な指使いや、独特の雰囲気。
 何よりも彼らの傍に丁寧に並び置かれた完成した宝珠からは、ただ其処にあるだけで不思議な力を感じさせる。
「アルーシュさん、楽しそうです」
 穂邑にそう指摘されたアルーシュは少女を見遣って穏やかに微笑むと、その視線を職人達の手元に戻す。
「やっぱり、興味深いです。大きな力を秘めた宝珠‥‥それが人の手で加工されていると言うのは‥‥。手付きが、すごくきれいですよね」
「はいっ」
 そんな和やかな会話をする二人に微笑む空は「ところで」とヘイズへ。
「先程の話ですが、‥‥本当ですか?」
「ああ、どうやらなぁ」
「しっかしそれが本当なら‥‥それって里の宝って言えるか?」
 統真もその顔に疑惑の表情を滲ませながら口を挟む。
 ヘイズが先行して聞き回った情報を要約すれば、星が浮かぶ虹色の宝珠は実際にこの里に存在している。その大きさは掌に乗るくらいの決して大きくはないもので、円形と六角柱形が二つずつ、二対で里の宝として大切に祀られているそうだ。
 虹色で、陽光にかざすと星が浮かんで見えるという非常に希少な宝珠の事は、里の者なら誰でも知っている。
 そしてこの宝珠、‥‥開拓者達が驚いた事に、余所に売り払われては買い戻して‥‥という経緯を過去に何度が繰り返していると言うのだ。
「飢饉やら何やらで村が窮乏すると、やっぱり先立つ物が必要だって事で金に換えられるらしいんだが、奇妙なもんで、そうやって一度手放した宝珠を買い戻すとな、決まって里が栄えるんだとさ。新しい鉱脈が見つかったり人口が増えたり‥‥」
 まるで余所に出される事で其処の力を吸収し、在るべき場所に戻ったところで吸収した力が解放されるかの如く、緋ノ衣衆に恵みを齎す星の宝珠。
「‥‥なもんだから、その宝珠を里に置き続ける事には固執してないみたいだ」
「じゃあ貸してってお願いしたら、貸してくれるってコト?」
 柚月の言葉に、何と反応したものか困る開拓者達。
 恐らく、‥‥貸してくれるだろう。
「拍子抜け、つったら言い方は悪いが‥‥」
 統真が呟く。
「此方としては助かるが?」
 メリトが面白そうに言えば、彼らは複雑な顔になり。
「それでも貸して下さいってお願いするのは私達の方ですし、それにずっと『誠実』であろうとする皆さんは素敵だと思います♪」
 穂邑が満面の笑みで言う。
 少女は、そんな開拓者達が大好きだから。



 交渉は里長の家で行われたが、案の定、星の宝珠を貸して欲しいという願いはあっさりと聞き入れられた。
 里から何らかの条件を出される事も無く、いずれ里にきちんと返してくれるならそれで良い。新大陸で大仕事を果たした宝珠はまたきっと新たな幸運を里に運んでくれるだろう、と。
 それでも何の謝礼も無いのは申し訳ないと感じる開拓者達は、それぞれに礼を尽くす。
「故郷の酒だが、里の方々には珍しいかと思ってな」
 そう言い置いて葡萄酒を差し出したサイラスや、龍笛を奏でる柚月に合わせて舞い踊る穂邑。地図は読めなくとも舞ならば得意。せめて自分達に出来る形で感謝の気持ちを示したいと思っての行動だった。
 そうして「客人にばかり気を遣わせるわけにはいかない」と心ばかりの宴の席が設けられれば、里の者達もちらほらと集まり始め、子供達には空が『かき氷』を作り、玲とアルーシュが配って回った。
 子供達の喜ぶ笑顔が、里長を含む大人達の心も和ませた。
「驚きましたな。まさかここまで気を遣っていただけるとは」
 顔を緩ませた里長の言葉に、統真。
「俺達は開拓者であって勝手な約束は出来ないからな。あんた達はそれを不要だと言ったが、‥‥俺達の気持ちだ」
 その言葉に、里長は微笑った。
「私達は宝珠を手元に置くことに固執はしませんが、‥‥やはり、外に出す時にはもう一度この里にちゃんと戻って来てくれるのかという不安が尽きません。‥‥だが、今回は何の心配もせずに済みそうです」
 言い、里長は統真の手を取った。
「星の宝珠が役目を果たしたその時には、必ずこの里に持ち帰って下さい」
「――勿論だ」
 統真の返答に応じるように、玲やサイラス、コニー達も頷く。
 無償で宝珠を貸してくれるという里の人々へ、その約束だけは、必ず。


 帰路、メリトは開拓者と同行しない。
 今回の依頼は緋ノ衣衆の里までの道案内と交渉の手助けであり、この里からアル=カマルまでの帰路は別の依頼を既に出してあったからだ。
「あんた達と過ごせたおかけで、天儀の開拓者という連中が少し判った気がするよ」
 エルフの女戦士は面白そうに言う。
 また共に行動出来る日が来たならよろしくと、笑って。