もち米は大福のため!
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/01 10:30



■オープニング本文

● その家の夏

 その日は初夏というよりも真夏の如き暑さで。
 歳の差三つの開拓者姉妹、佐保朱音(さほ・あやね)と雪花(ゆきか)は年頃の少女とはとても思えない格好で縁側にごろりと横になっていた。
「あつー‥‥」
 ぱたぱたと団扇を仰ぐ手も力弱いのは十七歳の姉、朱音。
「あっつー‥‥い」
 額に水で濡らしたタオルを乗せ、顔を隠す代わりにお腹を出しているのが十四歳の妹、雪花。
「何かもう‥‥動く気もしなけりゃ、食べる気もしないわ‥‥」
「ほんとだよねー‥‥」
 ぱたぱたぱた。
 しばらくは庭の木で鳴くセミの声と、団扇を仰ぐ音だけが続き、不意に吹いた微風に軒先の鈴がチリリンと鳴った、その時だ。
「饅頭食べたい‥‥」
 ぽつり呟いたのは姉の方。
「えー? こういう暑い日は大福でしょ!?」
 妹が驚いて声を上げ、姉妹の大きな声は屋内の母親の耳にも届く。
「どっちもどっちよ。こういう暑い日に食べたくなるのは水羊羹が普通でしょうに、‥‥その食べるセンスはお父さん似かしら?」
 いやいや、そういう母親のセンスも、‥‥まぁ、なんだ。
 饅頭は小麦粉などを練って作った皮に小豆餡などの具を包んで蒸した菓子。
 大福は小豆餡を餅で包んだ菓子。
 対して砂糖と餡を寒天で固める羊羹の、水分量を多めにして柔らかく作り冷やしたものが水羊羹で、三つの共通点はどれも甘いということ。
 つまりはこの家族、皆して甘党なわけで。
「あ」
「うみゃ?」
 どかどかと聞こえて来る激しい足音に一家の大黒柱の帰りを知った娘達は飛び起きた。開拓者としての先輩でもある父親を、姉妹は心から尊敬しているからだ。
「お帰り、父ちゃん」
「お疲れ〜」
 可愛い娘達に出迎えられれば「おうっ、今帰ったぞ!」と豪快に笑う父だが、今日はいつもと様子が違った。父親の手には開拓者ギルドから持って来たと見られる複数の依頼書が握られていて。
「朱音、雪花、大変だ! このままではいずれ菓子が食えなくなるぞ!?」
「! なんで!?」
 聞き返す娘達に、父親は依頼書を見せる。
「――うわぁ‥‥」
「嘘でしょーっ?」
 不運は重なる時には重なると言うけれど、こんな事まで続かなくて良いのにと雪花。
 暑いから動きたくないなんて言ってられない、菓子が食べたきゃしっかり働け、天の神様からそんな事を言われているとしか思えない依頼内容は。

 1)饅頭の原料である小麦畑に熊型のアヤカシが一頭出没、これを退治して欲しい
 2)餅の原料であるもち米の水田に烏型のアヤカシが二十羽前後出没、これを退治して欲しい
 3)水羊羹の原料になるさとうきび畑に植物型のアヤカシが三体出現、これを退治して欲しい

 収穫時期はそれぞれ異なるが、このままアヤカシが出没し続ければ作物が無事に育つとは限らないし、収穫時期が来ても人々は安心して仕事が出来ない。
 故に、今すぐアヤカシを退治して欲しいというのが各地域の依頼主からの言葉だった。



● と、言うわけで

「は〜いは〜い、あたしは美味しい美味しい大福を食べるためっ、水田のアヤカシを退治しまっす!」
 開拓者ギルドで些か気の抜ける声を上げたのは妹の雪花。大福好きとしては、やはりこの依頼を受けなければ。
「なーので! 依頼の詳しい内容をっ」
 差し出された手に、手を置いて。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
 ギルド職員の高村伊織は失笑を交えて返した。さすがは姉妹、ノリが良く似ている。
「あ、これね。依頼を出したのは此処から馬車で一時間くらいの街外れにある水田の農夫さん。作業中に一緒に仕事をしていた人たちが襲われて、とあるわ」
 諸々の事情は、小麦畑の依頼主とそう変わりない。
「カラスの数は二十前後って聞ーたんだけど‥‥大きさとか判る?」
「羽を広げているときの大きさは小柄な人間くらいって言うから‥‥一メートル五〇くらい、ね」
「そっかぁ」
「‥‥大丈夫?」
 少し心配になって伊織が問い掛ければ少女は「ん?」と小首を傾げて、笑う。
「大丈夫だよー。だって、他の開拓者も一緒に行ってくれるし」
「そう、ね」
 どこまでも似た姉妹。
 頑張って来てね、と。伊織はその出発を見送るのだった――。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
水津(ia2177
17歳・女・ジ
烏珠丸(ia2576
10歳・女・志
相賀 夕莉(ia3000
26歳・女・陰
海波 由良(ia3012
15歳・女・陰


■リプレイ本文


 大福を守るため、水田で烏と戦う開拓者は雪花含め七人の女傑――ん?
「わしゃあ高倉八十八彦(ia0927)言うけえ、よろしくの」
 笑顔で自己紹介してくれた八十八彦に、雪花は目を瞬かせた後で感嘆の吐息。
「うわ〜美っ人な男巫だね〜」
 素直に感動する雪花と、美人と言われて悪い気はしない八十八彦が、件の村へ移動する前に旅のお供――いわゆる食物の買出しの件で話している傍らでは。
「全く! 美味しい大福を作るためのもち米を食べようだなんて‥‥アヤカシ許すまじ! きっちり退治してあげます!」
 万木・朱璃(ia0029)が胸を張って言い切れば、生来気の弱い水津(ia2177)も握った拳を胸に置く。
「お‥‥美味しいお菓子を食べれなくなるのは困ります‥‥何としてでもアヤカシをどうにかしなくては‥‥」
「‥‥必ず、依頼達成するわ」
 ぽつりと零した相賀 夕莉(ia3000)も一緒に甘味好き達の心強い言葉。
 今回が初仕事になる烏珠丸(ia2576)や大福を食べたことのない海波 由良(ia3012)も加わって、何とも華やかな一行は現地に向かう馬車に乗り込んだ。





 戦場になるのが水田だと予め聞いていた開拓者達は、移動の車中でそれぞれに下準備。朱璃が足元に即席の滑り止めを作るべく草履に縄を巻けば、ブーツの中に泥が入らぬよう上部を布でしっかりと巻いていく烏珠丸。
「開拓者としての初仕事なのじゃ! 志士としての本文を尽くし、役に立つのじゃ!」
 大福も腹いっぱい食べさせてもらえれば言う事無しだと心は躍るが、これから開拓者達が守ろうという水田のもち米で作られた大福が食べられるのは、もうしばらく先の話。今はその日の為に戦うのだ。
「水田のおじちゃん達が大福作るわけでもないしね〜」
「そうじゃったか!」
 雪花に指摘されて大仰に驚いてみせる烏珠丸は、感情表現が豊かだ。水田から収穫されたもち米がどういう経緯で実際に大福となって人の口に入るのかを説明されながら「ほぅほぅ!」と聞いている姿は愛らしく、雪花は自身が妹ということもあり、妹ってこんな感じなのかな、と、少し不思議な気分になった。
 それから話題は対アヤカシのための作戦確認に移り、敵が二十羽もの巨大な烏という事もあって誰しもが慎重になる。
「‥‥で、では、前衛は烏珠丸さんと雪花さんにお任せしますので‥‥」
 水津の言葉に二人は大きく頷く。
「任せろなのじゃ!」
「うん、気張るよ〜」
「よろしくね」
 前衛二人に朱璃が笑む。
 何せ巫女が三人、陰陽師が二人、志士と秦拳士が一人ずつという些か偏り気味のメンバーだ。尤も、その偏りさえ治癒には事欠かないのだと捉えた彼女達の前向きさは尊い。
「一応、弓も持参したから。たまには私達も頼ってね」
「じゃのう」
 朱璃に続き、八十八彦も。
「何人かで撃つだけでも、真っ直ぐに飛んで来るのを阻むくらいは出来るじゃろうけぇ」
 ――と、そんな具合に各自が出来る事を伝え、まとめ、退却する時の順序や治癒術を使う際のタイミングなども話し合った。
 そうして到着した件の水田を前に、何故か熱い視線を送っていたのは夕莉だ。胸の前に手を合わせ、上向く口の端。
(「‥‥これが全部大福のもち米だったら、どれだけの大福が出来るのかしら。豆大福、草大福、いちご大福‥‥」)
 想像すればする程に食べたくなり、思わず涎が‥‥。
「お、と、と‥‥」
 慌てて口元を拭き表情を元に戻すが、一度描いた妄想はやる気となって彼女の心の内に燃え滾る。
「絶対にアヤカシを退治するわ」
「そ、そうですね‥‥?」
 夕莉の強い意思を感じさせる言葉に、水津はほんの少し驚いたが、もっと驚いたのは由良の一言。
「水田‥‥この暑さの中だと、ひんやりして気持ち良さそうですね」
「‥‥そ、そうでしょうか‥‥」
「水遊びなど、あまりさせてもらった事がないので、ちょっと楽しみです」
 屈託の無い微笑を浮かべる彼女は、結構な大物である。
 一方で農夫達から情報を集めていた八十八彦達は、烏のアヤカシは人間が水田に姿を見せれば一時ほどで現れるという話を聞いてきた。アヤカシにとって人間は餌。つまり、その存在自体が囮にもなるというわけだ。
「なるべく水田を荒らしたくないというのもありますし、何より足場の悪さは私達にとっても悪条件になってしまいますからね。戦うなら水田の外が好ましいです」
「俺もそう思うぞ!」
 朱璃の考えに烏珠丸も挙手。
「わしら自身が囮になるんじゃったら、道の脇で弁当広げるのもええね」
 八十八彦の案に、他の面々も異論は無かった。






 水田の周りで人間がうろちょろしていれば、それだけでアヤカシの気は引けたらしく、空から巨大な影が降りて来る。
 最初は一羽。
 次に四羽。
「少しずつ来てくれるなんて親切なアヤカシさんですね!」
 朱璃が言うように、囲まれては困る開拓者側としたら、それはとても助かる現れ方だった。
 巫女達の神楽舞によって士気を高められた陰陽師達の斬撃符。
 襲ってきた烏には烏珠丸と雪花が刀で応戦。たとえ一撃で落とす事は出来なくても数人掛かりで攻撃を仕掛ければ此方側に負傷者は出ないまま一戦目が終わった。
 残り、十五羽。
「腹が減っては戦は出来ないよね〜、というわけで皆、お弁当だよ〜」
 雪花は言い、村のおばちゃん達に作ってもらった握り飯を皆に配って茶を注いだ。
 そうこうしている内に、今度は三羽の烏。
 これもあっさりと倒すが、残り十二羽。
「‥‥ば、ばらばらに‥‥来られるのも、落ち着きません‥‥」
 水津が言うように、長期戦は覚悟の上でも待つだけの時間は長い。
 次の四羽が来た時、とうとう我慢の限界とばかりに単身、水田からは少し離れた、農道の脇にあった坂道の上に立ったのは烏珠丸だ。
「俺の名は烏珠丸じゃ! 見知りおけっ!」
 前衛に立つ彼が敵意を剥き出しにしたなら、相手は獣。空で鳴き、――遠くの空、五羽の烏が近付いてくる。
「烏珠丸、偉い〜!」
 雪花が指を鳴らして刀を構える。
 秦拳士の彼女だが射程を考えれば得物を持った方が戦い易い、故に烏珠丸の横に並ぶ。
「援護お願いだよ〜」
「お任せください‥‥」
 由良が応じる、その頭上には九羽の烏が飛び交う。
 こちらの出方を伺うように旋回する連中へ、先に動いたのは弓を引き絞った朱璃、八十八彦、そして夕莉。
「当たったら儲け物です!」
 朱璃のそれが号令だったように、一斉に射られる三本の矢。
 それはどれも命中しなかったけれど羽ばたきの軌道を逸らすには充分。直後に斬撃符を発動したのは由良だ。
「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾」
 空を駆る真紅の雉は烏の翼を貫き地に落とした。
「はぁっ!」
 それを地上で滅するのは烏珠丸の刃であり、雪花の拳。
「!」
 突如、烏珠丸目掛けて滑降した三羽の烏。
「いー度胸じゃ!」
 顔に笑みを浮かべた烏珠丸は嬉々として刀を振るい、その嘴に打たれようとも決して怯まない。一羽目の翼を刀で貫き、二羽目を払い除けた直後、空いている素手で一羽を鷲掴む!
「まだまだじゃ!」
 剛毅の士。
 嘴によって頬に流れた血すら気に留めない彼女の援護に入ったのは水津。
 タタンと足を踏み鳴らし、舞うは神楽。
 神風恩寵。
「おおっ」
 湧き上がって来る力に烏珠丸は驚きの声を上げ、水津に笑いかける。
「ありがとうなのじゃ!」
「い‥‥いえ‥‥」
「烏珠丸、危ない!」
 余所見した彼女の頭上に迫っていた烏を、直後に制したのは背に羽を持つ蛇。由良の呪縛符。動きを鈍らせたところで雪花の刀が問答無用で切り落とす。
「新たに三羽が!」
 朱璃の伝令に、烏珠丸は考える。
「最初に一羽で、四羽で‥‥」
「今いる七羽で最後じゃけえ!」
 八十八彦が言う。
「あれで最後なのじゃ!?」
 教えてもらった烏珠丸は空を旋回する七羽を見据え。
「一気に片をつけましょう!」
 朱璃は言い、舞う。
 手には精霊の小刀を抱き、神楽の祈り。
 それは八十八彦も同様、二人の足跡が円を描くに従い烏珠丸の、雪花の、夕莉の、由良の士気を高める。
「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾」
「高天原に神留坐す天儀六国精霊御身の命以て」
 夕莉の斬撃符。
 由良の呪縛符。
 烏の周囲に示現する式達は敵の翼を奪い、動きを阻害し、一羽、また一羽と烏珠丸、雪花の傍に落としてゆく。
 それらを屠る、烏珠丸の刀が帯びた炎。
「これで終わりじゃ!!」
 斬。
 最後の一羽の姿が完全に塵と化し消えたとき、空を覆う巨大な影も消え。後には、夏らしい青い空が広がっていた。






「だ‥‥大丈夫ですか‥‥? 今、回復しますからね‥‥?」
 言いながら水津が発動した神風恩寵は、傷付いた者達を柔らかな風で包み込み生命力を回復させた。
 皆の体力がある程度戻ると、烏珠丸は心眼を発動してまだ烏のアヤカシが隠れていないかを確認、水津と夕莉は水田に散らばった矢の回収を始める。
「これに懲りたらもう二度ともち米に悪さをしないように!」
 アヤカシのいなくなった畑に言い放っても‥‥と本人も思うが、せめてこの気持ちが、新に出没しかねないアヤカシへの牽制になればと願う朱璃のように、水田に設けられた案山子に手を合わせたのは夕莉。
(「もうアヤカシが出ませんように」)と。
 願う対象としては間違っているかもしれないが、畑の豊作を願い、番人として立てられるのが案山子ならば夕莉の気持ちはきっと届く。
「初めてのお使い、終了じゃけぇ」
 八十八彦が皆の顔を一人一人見遣って、告げる。
「帰りにみんなの分の飴さんでも買うて帰りたいもんじゃけえ」
「めいっぱい動いた後は甘いもの、だね〜」
 雪花が嬉しそうに頷いた。
 烏のアヤカシ、二十羽の討伐は無事完了。
 水田に落ちた矢の回収も済ませ、さて帰ろうかという時になって遠慮がちに声を上げたのは水津だ。
「あ‥‥あの‥‥もしご迷惑でなければ、一緒に豊穣の祈りを、していただけませんか‥‥」
 せっかく巫女が三人もいるのだ。
 豊穣祈願の舞を、一つ。
 そういう話になれば村人達も酒だ、神棚だと大喜び。簡単なもので済ませるつもりだった水津にとっては予想外の展開だったが、それは、人々にとってとても心強い儀式となるだろう。


 仲間の舞を、村人達と見つめながら。
 ぽつりと呟いたのは由良。
「あの‥‥私、大福という物を食べた事がないのですが‥‥一体どのような食べ物なのでしょう?」
「ほえ〜?」
 聞かれた雪花は目をぱちくり。
「きっと大きな福と言うくらいなのですから、食べたら幸せな気持ちになるのでしょうね‥‥」
 食べてみたいと夢見るような瞳で語る由良に、雪花は。
「――うん、帰ったら食べにいこーか。朱璃達にも、キレーな舞を見せてもらった御礼。あたしが奢っちゃうよ〜」
「本当ですか‥‥?」
 嬉しそうに聞き返してくる由良に、雪花はもう一度頷く。
 約束。
 一緒に依頼を果たした仲間達と食べる大福は、きっといつも以上に美味しくて、素敵な幸せを感じさせてくれるから――‥‥。