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■オープニング本文 ● ジルベリア東方を拠点とする傭兵団の一人、アイザック・エゴロフ(iz0184)は落ち込んでいた。 傭兵団のボスことスタニスワフ・マチェク(iz0105)から不確定な情報は開拓者に流さなくて良いと言われていたのに、証拠の無い話をしてしまった。 あの日、自分がジェレゾ近郊の質屋で見かけた『赤いペンダント』。 それがかつてヴァイツァウの乱と呼ばれた戦で帝国と争ったコンラート・ヴァイツァウを操っていたアヤカシ、ロンバルールの所持していたものではないだろうか。 もしかすると帝国の保管庫から何らかの事情で流出してしまったのかもしれない――可能性でしかない、自分の勝手な憶測。 先の依頼で村をアヤカシの混成軍に襲われた青年が「あの赤いペンダントを持った奴さえ来なければ‥‥!」と声を荒げていたし、それは同じ依頼を受けた開拓者達の耳にも入っていた。いつまでも隠せる事ではないから気にしなくて良いとマチェクは言ったけれど、‥‥それでも。 (『赤いペンダント』が流出したからって‥‥それが『どういう意味』を持つかは‥‥本当に俺の勝手な想像なのに) 質屋で見つけた時に感じた強烈な違和感。 悪寒。 禍々しいまでの気配。 あの時、コンラートを操っていたアヤカシはロンバルールだったのではなく、もしかしたら――。 (あぁあぁもぅ!) アイザックは左右に激しく頭を振った。 思考ばかりが先走る。 (こんなんじゃダメだ‥‥またそれらしい依頼を探して来よう‥‥) だんだんと後ろ向きになっていく自分を自覚したアイザックは開拓者ギルドに向かう。先日の依頼以降に新たな情報は無く、ペンダントの足跡は絶たれたに近い。これ以上は追うのも困難‥‥それでも、諦めるわけにはいかないから。 決意新たにギルドを訪れたアイザックは、その入り口で上質な毛皮のコートに身を包んだ男とぶつかりそうになった。 「ぁ、失礼しました」 慌てて頭を下げ、道を譲るも、その相手は立ち止まったまま動こうとしない。 「‥‥あの?」 どうしたのだろうと相手の顔を見遣れば、初老の男性はアイザックを凝視していた。 「?? あの‥‥」 「ああ、失礼‥‥しかし、貴方とは以前に何処かで‥‥」 男性の言葉に、アイザックも相手の顔をじーっと見つめる。以前に何処かで顔を合わせた事があるのならアイザックの記憶の中にもこの初老の男性がいるはずで。 無言で互いの顔を見合う事、数分。 「あ!」 「おお、傭兵団の青年か!」 二人はほぼ同時に思い出した。 ヴァイツァウの乱よりも以前の、およそ一年前の出来事だ。この初老の男性は傭兵団が拠点を置くジルベリアの東方、ザーヴァック領――レディカ夫人の農場なども含まれ、彼女が懇意にし、クリスマスパーティーを催したあの邸を建てた人物を先代領主とするヴィディット家に五〇年以上も仕えている執事なのだが、領主が代替わりしてから二年強。あまり褒められたものではない領内政治が原因か、領主邸に盗賊が押し入り、邸内の使用人全員が殺されるかという危機を救ったのが、たまたま一仕事を終えて拠点に戻ろうとして近くを通りかかった傭兵団だったのだ。 領主には「余計な事を! 頼んだわけでは無いのだから礼金など払わんぞ!」と礼の一つも言われなかったが、執事の男性からは「心ばかりのお礼ですが」と彼のささやかなコレクションだった酒を二本、贈られたのだ。 「すみません、すぐに思い出せなくて‥‥!」 「お会いしたと言っても数分の事でしたし‥‥いや、しかし、こうしてお会い出来たのも何かの縁かもしれませんな」 「――と言うと?」 「実は、最近になって領主邸の裏の林にホルワウの群れが出るようになりましてな。その数が三十頭程もおりまして」 「ホルワウが三十頭!?」 思わず声を上げたアイザックに、執事の男性は疲れ切った表情で頷いた。 「そこで領主様の命を受けまして、私が開拓者の皆さまにホルワウの討伐を依頼しに参った次第です。もしよろしければ貴殿にも依頼を受けて頂ければ助かりますな‥‥やはり、一度助けられた身としては信頼も出来ますし」 「ええ、そういう事なら勿論」 アイザックは即答する。 「此方から領内までは私共で馬車を手配致しますので、この日時にギルドにお集まり下さいますか」 「判りました」 領主からのホルワウ三十頭討伐依頼。 これを受けると約束して男性と別れたアイザックは、そのまま受付に向かって依頼受諾の手続きを済ませた。 『赤いペンダント』の行方は気になるが目の前で困っている人がいるのも見過ごせない――その思い一つだった。 |
■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
ライア(ib4543)
19歳・女・騎
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 目的地へ向かう馬車の中、周囲に注意を払い、声を潜めて語り合う開拓者達の表情は誰もが固かった。 事のきっかけはホルワウが三十頭という群れを組んでいる、という事実。 相手が獣型のアヤカシである以上、状況によっては群れる事も珍しくはないけれど、今回の依頼に集まった開拓者達の中には『ある懸念』を抱く者達がいた。 以前にアイザックから語られた『赤いペンダント』だ。 「この時期に三十頭‥‥考え過ぎ、かもしれませんが」 ルシール・フルフラット(ib0072)の言葉を受け、何か懸念事項があるのかと不思議がるキース・グレイン(ia1248)、エルディン・バウアー(ib0066)、ライア(ib4543)、そしてイリスに、事情を知るリディエール(ib0241)、風和 律(ib0749)、アルマ・ムリフェイン(ib3629)らが「確証はないけれど」と前置きし、諸々の事情から口が重くなっているアイザックを気遣う形で説明を済ませた。 前以て姪のフェンリエッタから話を聞いていたウルシュテッド(ib5445)もまた、他の開拓者達からの話も聞いた上で総合的に見れば、状況は限りなく黒に近い灰色――と言ったところか。 「それにしても」 意味深に笑むウルシュテッド。 「ホルワウの数が三十頭と確認出来ているだけでも情報としては有益だけれど、‥‥誰がそれを確認してくれたのかな」 「えっ‥‥」 聞かれたアイザックが動揺を露わにすれば、言われて見れば‥‥と他の開拓者達。 「あー‥‥っと、その‥‥」 「アイザックさん?」 冷や汗まで掻き始めた彼を心配したイリスが声を掛けるも、本人にとってはそれがトドメ。結果として若き傭兵は団の仲間が領主邸に居る事を白状し、くれぐれも領主側にこの事がバレないよう‥‥それ以上に、バラした事はくれぐれもボスには内緒に、と頭を下げる事になるのだった。 ● 領主邸に到着した開拓者達を迎えたのは、依頼をギルドに出した邸の執事のみだった。 赤いペンダントの件で様々な可能性を危惧する開拓者達は、この時期に領主邸の傍でアヤカシが群れを成したという事態を鑑みて領主とも話が出来ないかを執事に尋ねてみるが、彼は苦い笑みを湛えつつ「ご主人様は執務にお忙しく‥‥」と応じる。 約一年前、邸が盗賊に襲われた際に事態を収拾した傭兵団に対し、感謝の言葉も無かったどころか「自分が頼んだわけでもない救出に礼金など出さない」と言い放ったという領主は、当然と言うべきか自分が出した依頼であっても開拓者に会うつもりはないらしい。 リディエールは仲間達の顔を順に見遣ってから「‥‥では」と執事に問い掛けた。 「三〇頭ものホルワウの群れ‥‥これだけの数です、何の理由も無く突然現れるとも思えません。最近、付近で何か変わった事はありませんでしたか?」 「変わった事、と申されましても‥‥」 抽象的な質問に、執事は困った表情で小首を傾げた。 「特には何も‥‥思い浮かびませんが」 「そうですか‥‥」 さすがに期待するような答えは簡単には得られないかと目線を落とすリディエールだったが、それも想定内だ。 「手掛かりが見えないのなら‥‥とにかく、いま出来る事を、ですね。アヤカシの動きを追っていけば辿り着くこともあるやもしれません」」 「ホルワウの群れ‥‥。被害が出る前に何とかしなくては」 ルシール、リディエールの言葉に仲間達も頷く。 「下級アヤカシとはいえ、普通に人々にとっては脅威だ。出来るだけ速やかに排除するとしよう」 一人でも多くの人の平穏を守るのも騎士の務め――そう続くライアの言葉に、律の眉間が僅かに動いた。 「‥‥」 その変化に気付く者はない。 律は、ただ静かに拳を握り締める。 「キーちゃん、キーちゃん」 「ん?」 後ろから上着の裾を引っ張られたキースが振り返ると、寒さゆえに頬を赤くしたアルマが銀狐の耳を前後に動かしながら彼女を見上げていた。 「寒くない? 平気?」 「ああ‥‥」 淡々と応じつつも(寒そうなのはおまえの方なんだが‥‥)と、声に出せば「キーちゃん優しい!」と抱き着かれそうな気がして胸中にのみ呟くキース。 じぃっと無言で見て来る相手に。 「??」 「いや‥‥」 キースは頭を掻きつつ言葉を濁した。 一方で執事から改めて話を聞き終えたエルディンは、コートに覆われて見えない神教会神父の証に胸の内で手を重ねる。捨てた故郷といえど、神を信望していない帝国領主の依頼であれど、人々の暮らしを守る事が己の役目。 「さて‥‥それでは早速依頼達成のため行動に移りたいのですが」 言い、エルディンが視線を向けたのは友人のイリス。 「『例の件』もありますし、もしもホルワウが操られているのだとしたら、一個体ずつよりもリーダー一体を操った方が楽でしょう。イリス殿には、そのリーダー探しをお願いしたいのですが」 「はい」 イリスは力強く頷き、そんな彼女の隣に並び立つのはフェンリエッタ。 「一人では万が一という事もありますから、私も同行します」 「ありがとうございます、とても心強いです」 「あ、あのっ」 微笑む二人に歩み寄ったアイザックは、イリスと目が合うと顔を赤くし、慌ててフェンリエッタと向き合う。 「その‥‥っ、よ、よろしくお願いしますっ」 何を、とは言わない。 言い忘れている、が、彼の本心を察しないわけがない。 微笑むフェンリエッタに、ウルシュテッド。 「頼んだよ」 「ええ」 叔父と姪のやり取り。 「大丈夫ですよ」と微笑むイリスに「で、ですよね‥‥っ」と狼狽するアイザック。 「青春っていいですねー」 エルディンがにこにこ、良い笑顔でひとりごちた。 ● 開拓者達は問題の林を歩き始めていた。 三十頭の群れの内、数頭が林の中をうろついていると聞いている事もあり、その歩調は慎重だ。 血の匂いが群れを誘き出す材料に使うため、家畜の死骸を調達出来ないかと試みたのだが残念ながらこれは敵わず、また、アヤカシは死肉には興味を持たないはずだというアイザックの意見もあり、連中を誘き出すにはアルマの『怪の遠吠え』やキースの『咆哮』が頼りとなった。 先頭を歩くのは斥候を兼ねたリディエールと、彼女を護衛する形でウルシュテッド、アイザックの二人が並んだ。 その後方を、距離を取って追う他の面々。ホルワウの思われる足跡を探しながら進めば――程なくして、彼らは前方にアヤカシの群れを発見した。 その数、五頭。 ホルワウは、‥‥既に敵意を剥き出しにしていた。 リディエール達の姿を見るなり彼女達に向かって走り出したホルワウは牙を涎に滑らせる。 「!」 さすがはアヤカシ、雪に沈まないという特殊な動きは驚くほどに迅速。 あっという間に距離を詰めると、彼らに飛び掛かって来た! 「うぉおおおおおおお!!!!」 刹那、キースが上げた雄叫び――咆哮。 五頭のホルワウが毛を逆立て、不気味に光る爪の獲物をリディエールからキースに変更した。と、そこに生じた隙を逃すことなく刀を、剣を抜き迷わず一閃させたウルシュテッドとアイザック。 『ギャンッ!!』 悲鳴に近い声を上げて二匹が左右に吹き飛ばされ、三匹はキース目掛けて疾走を再開するも待ち構えていたライア、律、ルシールの剣に切り伏せられる。 一撃、二撃。 落ち着いた動作でアヤカシを黒塵と化す騎士達に、第一関門は突破だと胸を撫で下ろすアルマ。 今の五頭の中には目立って大きな個体はいなかった。 そうしてまた雪上の足跡を頼りにしばらく林を歩き、木々の合間を抜けた先に開けた空間の、更に向こう側。 事前に聞かされていた情報の通り、雪が降り積もった木の根の下に、まるでかまくらのように見える巣穴が確認出来た。そこで蠢く複数の黒い生き物は、残り二五頭のホルワウの一部だろう。 「‥‥では、作戦の通りに」 「うん」 応じたのはアルマ。 彼は雪上でバイオリンを構え、弾き始めた。 『!!』 巣穴の傍、ホルワウ達が顔を上げた。と、直後に数頭がその場に横たわる。 敵を微睡に誘おうというスローテンポの曲調は、ともすれば仲間にも眠気を誘いそうな心地良さ。 夜の子守歌。 二五頭、全てのホルワウを眠らせる事は出来ずとも、一度に迫ってくる敵を減らすには充分な効果を齎した。 それを確認した開拓者達の動きは俊敏。 騎士達が雪上を駆ける。 それに気付いた数頭のホルワウが――眠気に勝ったアヤカシが牙を剥いて襲い掛かってくる! それらを相手にアイヴィーバインドを放つエルディン。効果を得、動きが鈍ったホルワウを逃す事無く打ち取るルシール。 雪上で繰り広げられるアヤカシとの戦いは、土地の利が相手にあるという点においても難しいものだったが、アルマが減らした敵の数もあくまで微睡に誘ってのものであれば、微かな物音でもその本能を刺激し、戦線に復活させていった。 「打ち取った数は忘れないようにしろ!」 仲間がそれを忘れてはいてはいけないとライアが声を上げた。全部で三十頭、それを確認するには乱戦となるこの状況下で自分が相手をしたホルワウの、正確な数を最後に皆で照らしあわさなければいけない。 その凛とした声音に、心の中、先刻の彼女の言葉を蘇らせたのは律だった。 一人でも多くの人々の暮らしを守るのが騎士の役目――そう声高に叫んでおきながら肝心な事に気付かないまま剣を振るっていた自分を思い出すと、その滑稽さに情けなくて自嘲的な笑いが込み上げてくる。 まるで道化。 あの日の後悔を、また繰り返すのか‥‥? (まだだ‥‥!) 剣を振るい、ホルワウを切り伏せる律の顔が苦渋に歪む。それは決してアヤカシの攻撃を受けたからではなく。 (まだ駄目だ、こんなものでは‥‥!) 叩きつける剣の下で、まだ動くアヤカシ。 再度の渾身の一撃でようやく黒く霧散する異形の物。油断するわけでも、敵の能力を見縊るわけでもなく、ただ――力が足りない。 (これではあの男にも届かない、ペンダントの事も‥‥っ) 眼前のアヤカシで重なる面影。 赤い輝き。 (私は強くならなければ) 強く。 今まで以上に戦い続け、人を守る騎士として精進を重ねるのみ。 「はぁぁぁあああ!!!!」 至近距離から放つ剣技に両断されて黒い塵と化すホルワウ。 強くなる。 そしていつか必ず自分の手で決着をつけるのだ、――全てに。 ● ホルワウの群れとの戦闘が始まってどれくらいの時間が経っていたのか。すっかり冬の静寂を取り戻した林の中、開拓者達の荒い息遣いが繰り返されていた。 「痛‥‥っ、たっ‥‥」 負傷した腕を押さえて顔を歪めるアルマに、キースが歩み寄った。 「平気か」 「キーちゃん。うん。少し掠っただけだし」 念のためにアルマの腕を取ったキースは、本人が言う通り爪が掠ったために生じた赤い線を確認して頷く。 血も流れていないし、その爪から毒素が回るような気配もない。 「良かったな」 「うん!」 ぽんと頭を撫でられたアルマは、友人が心配してくれた事が嬉しくて笑顔を覗かせた。だが彼らも含め、皆が肩を上下させている。 「大丈夫か」 ライアが剣を収めて問う相手はリディエール。 彼女が巣穴に抜け穴を発見し、ストーンウォールで逃げ道を塞いだ甲斐あって一匹も逃す事無く討伐を終えられた。 「ええ‥‥お気遣いありがとうございます」 胸に置いた手に伝わる早い鼓動を落ち着かせるよう深呼吸を繰り返す合間の応え。 エルディンも空を見上げて深い呼吸を繰り返していた。 その内に、周囲の安全も含め、他に捕り残しが無い事を確認して剣を収めた律と、ウルシュテッドが仲間達の傍に戻って来ると、一先ずは緊張が和らぐ開拓者達。 そんな中で、アルマが言う。 「邸の近くにあれだけのホルワウが来るなんて、何ていうか‥‥んー‥‥」 注がれる複数の視線に微妙な笑みを浮かべて。 「‥‥誰かが餌を撒いて餌付け‥‥なんて、ねっ」 冗談めかして言うも、誰一人それを真っ向から否定したりはしない。むしろ誰もが感じていたこと。 イリス達が、群の中に特別大きな個体が居なかったと告げた事が、彼らの嫌な予感を更に強いものにしていた。 「‥‥まるでアヤカシを操る練習のようですよ」 エルディンが呟く。 まさかあの乱と同じく、教会信者が‥‥と胸中を過る一抹の不安。あの悲劇を繰り返したくないと願うのは、決して彼だけではない。 ウルシュテッドはフェンリエッタと視線を重ね、小さく頷く。 今だからこそ聞ける気がした。 「‥‥アイザック」 「! はい」 不意の呼び掛けに弾かれるように顔を上げた彼に、ウルシュテッドは真っ直ぐな視線を向ける。 「君が質屋で見かけたと言う赤いペンダントだが、‥‥もしもペンダントが『本体』であれば、それを見付けたと同時に君も気付かれたはずだ」 アイザックは頷く。 ウルシュテッドは続けた。 「あの乱で寝返った君達へのロンバルールの意趣返し、とでも言うのかな。傭兵団がまたアヤカシ絡みの叛乱の片棒を担がされやしないかとフェンは懸念しているが、‥‥君はどう思う?」 その問い掛けに。 二人の会話に、誰もが耳を傾けていた。 だからアイザックは自分の言葉が持つ意味、その大きさを自覚した上で、言う。 「無い話では、無いと思います」 「――」 開拓者達を包む空気が緊迫感を纏うが、ウルシュテッドは微かに表情を和らげた。 「今回の事が無関係だとは言い切れない。領主邸に潜入中の仲間には今後の領主邸の変化を見逃さないよう声を掛けておくことだ」 「‥‥ええ」 恐らく既に傭兵団の方から同じ指示が出ているだろう事も予想しつつ、念のために提案するウルシュテッドの言葉をアイザックは素直に受け止めていた。 だからウルシュテッドはアイザックの肩を叩くと。 「戻ろう」 そう促した。 一人、また一人と領主邸に向けて林の中へ戻っていく。 だがすぐには動けずにいたアイザックの、少し前にウルシュテッドに叩かれた肩を、今度はアルマが包み込むように叩くと、両方の頬を摘まむ。 むにっと。 「っ?」 「‥‥ほら、心配されちゃうよ?」 言われて促された視線の先には、心配そうな表情で佇むイリスの姿。 「‥‥行きましょう、アイザックさん」 「は、はい‥‥っ」 差し出された手に思わず頬を染めるアイザックに、こんな時でも‥‥と毀れる笑い。 ようやく僅かではあるけれど和んだ雰囲気の中でリディエールは空を仰いだ。 また雪が降るのか、厚い灰色の雲に覆われた空が何かを暗示しているような気がして仕方がない。 (あれとは何の関係もない、ただの偶然であったなら‥‥そう、願わずにはいられません) 見えないものが多すぎる。 けれど何かが動き出そうとしていると感じる、この、言葉で言い表すのは難しい思いはルシールも同様に抱いていて。 「今回のこれは、何かの兆し‥‥」 誰にともなく紡がれた言葉に応えたのは、もう冬も終わろうという大地に降り始めた雪の欠片だった。 |