|
■オープニング本文 ●開拓者の絵が描きたいのです その日、開拓者ギルドを訪れたのは神楽の都で小さな寺子屋を営む洋吉、通称「先生」と呼ばれる二十代半ばの男性だった。 年齢は若いが世界各国を旅して周り様々な知識を得た彼はなかなかの博識で、童顔とも言える柔和な容貌にも理知的な雰囲気が漂っている。 しかしその一方で、童顔の彼は「先生」と呼ばれている割には頼りなさそうにも見えて、応対していたギルド職員の高村 伊織(iz0087)は、ふとした拍子に込み上げてくる笑いを噛み殺すのに必死だった。 「‥‥と言うわけで、勉強が出来るのは素晴らしい事ですが、子供達の中には勉強以外の才能を持った子もいるのではないかと思うようになりまして‥‥っと」 会話の途中で、彼は鼻の半ばまで落ちて来た眼鏡を指で定位置に戻す。 恐らく童顔を隠すための小道具なのだろうか、そんな動作が妙に可愛く見えて伊織の笑いを誘うのだ。 「こんな内容でも良いのかなとは思ったんですが、開拓者の皆さんにも協力をしてもらえないかと」 「ええ、構いませんよ。相棒も同行して良いとなれば、きっと協力してくれる開拓者はいますから」 「そう聞いて安心しました」 ほっと胸を撫で下ろし、笑顔を見せれば、また眼鏡が落ちる。 顔の大きさに眼鏡が適していないのではないだろうか。 「それでは五日後、都の東側の広場で」 「承知しました」 それからしばらくして、張り出された依頼を見て受付にやって来たのは穂邑(iz0002)だ。 「伊織さん、伊織さん、この依頼が受けたいのです!」 「あら穂邑ちゃん、いらっしゃい」 「これです、これ!」 言いながら穂邑が受付の卓に置いたのは、先ほどの寺子屋の「先生」から出された依頼だった。 「相棒と一緒に子供達の絵の被写体になるって、面白そうなのです♪」 「穂邑ちゃんはこういうほのぼのした依頼、好きだものね」 さぁどうぞと受付を済ませながら内容を確認する二人。 依頼日時は五日後の正午に都の東にある広場で、洋吉が営む寺子屋の子供達が絵を書くので、その被写体になって欲しい。その際には人間だけでは単調なものになってしまうだろうから、開拓者の自慢の相棒も連れて来てもらいたいというものだ。 大きさは不問。 龍やアーマーなど大きな相棒でも大歓迎。子供は九人いるので、九組の開拓者と相棒を手配して頂ければ、と。 「穂邑ちゃんはどの子を連れて行くの?」 「どうしましょう。炎龍のえんちゃんを連れて行きたいのですけれど、他の皆さんが龍をお連れになるなら違う子の方が良いのかな、と‥‥他の皆さん次第でしょうか」 「それもそうね。――はい、手続き完了、と」 「ありがとうございます!」 「楽しんで来てね」 「はい♪」 日時は五日後。 あとは開拓者が集まるのを待つばかり――。 |
■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 開拓者長屋の十和田家――つい先日からは穂邑も一緒に暮らすようになった、季節ごとの花々が庭を彩るその家屋から、今日は花の香りとは全く違う甘い匂いが風に乗って路地を流れる。 「ん‥‥?」 それに気付いたのは、やはり開拓者長屋に暮らすキース・グレイン(ia1248)。 穂邑とは以前から交友があり、彼女がこの家に引っ越した際にも片付けを手伝っていたキースは妙だなと思った。 あの少女の家事オンチは相当なもの。家主の藤子が指導したとしても早々に改善されるとは思い難く、このように普通に美味しそうな匂いが漂ってくるのは只事ではあるまい、と。 「‥‥邪魔するぞ」 多少の不安を抱えて玄関まで進めば、穂邑ではない――だが、聞き覚えはある少女の声も聞こえて来る。 「穂邑さん、次はこのきな粉をまぶして下さいね」 「は、はいっ」 「ああ穂邑ちゃん、まぶす時には一つずつよ。全部を一度にお砂糖の中に入れては二〇個のお団子が一つになっちゃうわ」 「そ、そうなのですかっ?」 ‥‥聞こえて来る会話にキースは額を抑える。やはり穂邑は穂邑だ。何となく状況は把握出来たのでこのまま静かに去ろうと踵を返した、が。 「あら?」 穂邑でも藤子でもない、もう一人の少女が気付いた。 「えっと‥‥確か、キースさん、ですよね?」 「‥‥あぁ、引っ越しの時に会った‥‥確か‥‥」 「フェンリエッタ(ib0018)です」 「キースさんですか!?」 二人の会話を聞いて顔を出して来た穂邑。その手は団子でべたべたした手にきな粉もくっついて大変な事になっている。が、キースに会えた事を全身で喜んで見せる穂邑は手の惨事など気にも留めず、縁側の下駄を履いて足早に彼女の傍へ。 「キースさんっ、キースさんっ、良い時にお会いしたのです! あとお一人、依頼に参加出来るのですっ、せっかくですからご一緒にどうですかっ?」 「依頼?」 「子供達の絵の被写体になるのです! 相棒さんも一緒にっ。そういう依頼なら子供達にお土産があったら良いですねって、フェンリエッタさんがお菓子作りを教えてくれたのです! 自分で言うのもなんですがとっても美味しく出来上がったと思うのでっ!」 「ちょ、待っ」 腕を掴んで来ようとする穂邑の手から、避ける。逃げる。 そして逃げられた穂邑は己の手の状態も忘れて泣きそうに。 「キースさ‥‥お嫌なのです‥‥っ?」 「そうじゃなくて‥‥っ」 「じゃあ是非ご一緒に、って‥‥やっぱり‥‥」 「だぁかぁら!」 また迫る手から逃げれば、瞳を潤ませる穂邑。キースはがしがし頭を掻く。 「判った! 一緒に行ってやるからまず手を洗え!!」 「‥‥あ」 言われてようやく思い出したように自分の手を見つめる穂邑。 フェンリエッタは実に楽しげに笑っていた。 ● 天気は晴れ。 三月の、まだまだ寒い日も多い時期ながら朝からぽかぽか陽気で気持ちの良い青空が広がっていたこの日、開拓者ギルドには相棒を連れた九人の開拓者が集まっていた。 行先は東の広場。 目的は、寺子屋を営む先生の要望で子供達に相棒の絵を描いてもらうため。 「ぱぁとな〜と一緒にもでるだって、桃〜♪ たまには息抜きなんてのもイイわよねぇ♪」 御陰 桜(ib0271)に連れられた忍犬の桃――首筋の痣のような、模様のようなそれが桃の花の形をしているからとは主談だが、主と正反対の性格をしている真面目な忍犬は『いつも息抜きばかりじゃ‥‥』と言いたげな視線を彼女に送る。 しかしつい先日まで酒天関連で大規模なアヤカシとの扮装が起きていた天儀の町で、こうした争いのない依頼に出向けるというのは、ある意味で平穏な証。 (こういう機会もそうそうないし、久し振りにのんびりさせてもらうか)とは相棒、ミヅチのウィクトーリアを連れたアッシュ・クライン(ib0456)の心の声だったし。 「こういう依頼も良いものですね〜〜」 サーシャ(ia9980)が相棒、アーマーのミタール・プラーチィを収めたアーマーケースを撫でながらうふふと笑う。アーマーという相棒は、その特殊性ゆえに同行出来る依頼が限られる場合も少なくなく、今回のようなのほほんとした依頼にミタール・プラーチィを持参して行けるのは嬉しかったりするのだ。 「それにしても、子供の絵のモデル、か」 若干困惑気味な表情で呟く琥龍 蒼羅(ib0214)に「絵は好きだよ」と返すのは、蒼羅の友人でもあるからす(ia6525)だ。 少女は霊騎・深影の首筋を撫でながら蒼羅の相棒、駿龍の陽淵に微笑む。 「そう緊張する事はない。普段通りで良いのだから」 主とよく似て戦場では冷静な龍も、その見た目故に子供達には怖がられるかもしれないという懸念があったようだが、からすにそう微笑まれれば多少は気が紛れたのかもしれない。 「まぁ、特に変わった事はせず普段通りで良いだろうな」 ポンと蒼羅に背中を叩かれた陽淵は同意を示すように喉を鳴らした。 一方、穂邑が連れて来た管狐のくーちゃんの周りに集まっていたのは管狐を間近に見た事の無かったキース、滝月 玲(ia1409)、そしてフェンリエッタだ。 キースの相棒である甲龍のグレイブ、玲の相棒である炎龍の瀧羽は、管狐を怯えさせないよう気遣って少し後ろに下がっていたが、大して興味が無さそうに空を仰いで欠伸をするグレイブと、長い首を動かし高いところから玲が興味津々の管狐を見ている瀧羽、その対照的な様子にフェンリエッタの相棒、忍犬のフェランが不思議そうに二匹の龍を交互に見ては首を捻っていた。 「おまえが穂邑の‥‥初めてお目に掛かるな。穂邑には世話になっている。以後、よろしく頼みたい」 「ふふっ、此方こそ。しかしそなたには穂邑の方がよほど世話になっているようだわ」 くすくすと笑う管狐にキースは苦い笑みで応じる。 くーちゃんと名付けられた管狐、噂ではこの種の朋友は我儘で高飛車、偉そうな性格のものが多いと聞いていて、確かに偉そうではあるのだが、穂邑の朋友というだけあって親しみやすい性格をしている。いよいよ出発だからと宝珠から解放された管狐は体長一メートル程。穂邑の肩に寄り添うにしている姿はなかなか愛らしい。 「管狐、初めて見たけれど可愛いな」 玲が笑顔で言えば頭上の瀧羽の表情が微妙に変わるなど、内々の会話も弾んできたが待ち合わせの時間まではあと僅か。 「そろそろ出発しようか」とからすに声を掛けられて開拓者達は相棒に声を掛ける、と。 「ふぇ、フェンリエッタさん?」 穂邑は彼女の姿を見て思わず固まってしまった。 何故なら彼女は、いつの間にか『まるごとにゃんこ』を着込んでいたからだ。 「どうしたのですかっ、その恰好は!」 「えっ? 絵にしたら面白いでしょ? 穂邑さんも如何?」 言いながら荷物から取り出すのは新たな『まるごとうさぎ』。 「で、でも‥‥!」 突然の提案に動揺するも、まるごとうさぎの可愛い形態には心惹かれるらしい少女の様子に「また‥‥」と額を押さえるのは、やはりキース。 「いいからまずは行くぞ」 「あっ」 襟首を掴まれ、連れて行かれる穂邑。 「ほんに世話の焼ける娘ね」と管狐が笑っていた。 ● 待ち合わせの広場には、寺子屋の洋吉と、九人の子供達が先に待っており、開拓者達の到着を待ちわびていた。 「早く来ないかな」 「どんな『ほーゆー』と一緒かな」 わくわく、どきどき。 期待に胸を膨らませる少年少女達の輝く瞳に洋吉も嬉しくなる。 「あ!」 そうして待っていると、前方から聞こえて来るのは馬の蹄の音だ。 黒い、夜のような輝きを纏う馬の背に横座りで騎乗しているのは――子供? 「??」 子供達は、からすの外見だけを見て首を傾げる。見た目は自分達の年齢とそれほど変わらなさそうな彼女も開拓者なのだろうか? それとも、たまたま此処を通りかかった良家の子供? 一見すれば霊騎と普通の馬の区別も付け難い寺子屋の子供達は、正直、戸惑っていた。 そんな子供達の心境を察しながら普段と変わらぬ様子のからすは、彼らの前で馬を止める。 「待たせたね」と霊騎・深影から降りて挨拶。 「えっと‥‥その」 こちらも困惑気味の洋吉に、からすは大人びた微笑みを浮かべる。 「今回の依頼を受けた開拓者だ。私はからすという。他の仲間も、いま此方に」 そうして来た道を指し示せば複数の人影。 更には――。 「わっ‥‥!」 突然、子供達の足元が暗くなった。雲が陽を遮ったのかと思い頭上を仰ぎ見た子供達は、その体勢のまま固まる。彼らと陽の間を遮っていたのは雲ではなく、三匹の龍。 「わっ、わ、わ‥‥!」 バサッ‥‥と翼をはためかせ、ゆっくりと下降してくる玲の瀧羽、蒼羅の陽淵、キースのグレイブ。 「すっ‥‥げぇぇ‥‥!!」 子供の一人が拳を固めて声を張り上げた。 三匹の龍達にすっかり興奮気味の子供達が遠巻きに言葉にならない声を上げていれば、地上を歩いて来たアッシュ、桜、サーシャ、フェンリエッタ、穂邑も到着。 霊騎、炎龍、駿龍、甲龍、ミヅチ、忍犬、管狐。 「ネコーー!」 女の子はフェンリエッタの着ぐるみにも夢中。 その傍で箱を担いでいるサーシャに興味津々の体で話しかけたのは十歳の男の子。 「ね、姉ちゃんの『ほーゆー』はどんなだ?」 「うふふ、私の『ほーゆー』はこの子ですよ」 そうして背負っていたアーマーケースを下ろし、蓋を開ければ、途端に箱が板に変化し、現れたのは体長三メートルに及ぶ、何だか凄い物。 「何これっ、何これっ、何これ!?」 「アーマーと言うのですよ」 「すっげーーー!!」 子供達、大興奮。 洋吉先生も大興奮。 「今日はよろしくお願いします」 「いやいや、むしろ今日はよろしくお願いするよ」 ぺこりと頭を下げる洋吉に応じる、からす。 「皆で楽しめたら素敵だと思うのです♪」 穂邑も満面の笑顔でそう応えた。 ● 「あたしが桜でこのコは桃よ、新平ちゃんヨロシクね♪」 「わんっ!」 ウィンクと共にシノビならではの『夜春』まで発動させた桜に、桃を描きたいと言った八歳の男の子、新平は頬を真っ赤に染めている。絵を描くが目的であるはずなのに幼い子供をどぎまぎさせてどうするのか。 「さぁ何処でどんなぽぉずを取ろうかしら? 服とか小物とかも持って来たんだけど、りくえすととかあるかしら?」 「ぇ、えっと‥‥っ」 黒猫の耳を模したカチューシャやワンピース、何故か水着まで持参している桜の荷物の中には、相棒用の春らしい衣装もしっかりと準備されていて。 新平が、どのような絵を描きたいと明言出来ずにいると「じゃあ、こういうのは?」と地面に座り、桃に膝枕。 「は、はいっ、じゃあ、それで!」 子供の反応にくすくすと笑う桜。 「わぅん‥‥」と桃が呆れた声で鳴いていた。 少し離れた場所からそんな桜と子供のやり取りを見ていて、眉間に若干の皺を寄せていたのはアッシュだ。 何というか、色んな意味で不安である。 「‥‥ぁ、あの」 そんなアッシュの胸中から滲むオーラに緊張したらしいのは、彼の相棒であるウィクトーリアを描きたいと言った七歳の女の子、笙子。 「その‥‥ウィクトーリア、さんに‥‥そのまま、浮いていてもらっても大丈夫、です、か?」 地面から一メートル弱の高さで浮遊しているウィクトーリアを見遣り、特に異論は無さそうな事を確認するアッシュ。 「ああ、構わない」 「良かった‥‥」 ホッとしたのか、ようやく表情を和らげた少女は大きめの紙を固定した板を膝に抱えて描く準備に取り掛かり、アッシュは再び周囲に視線を巡らせる。 龍や忍犬はこれまでにも何度か他の開拓者を連れているのを見て来たが、管狐や霊騎はまだ見慣れない。 (‥‥だが、変にちょっかいを出さなければどうという事もあるまい) かなり人懐こい性格のウィクトーリアだが、機嫌が悪くなるとアッシュにさえ寄り付かなくなる相棒だ。絵の被写体という依頼の内容柄、下手に刺激しないに越した事は無い。 「‥‥あ、あの‥‥」 「――どうした」 笙子に声を掛けられたアッシュは、相変わらず淡々と応じる。 だが、声を掛ければきちんと応えてくれるから、笙子も彼が怒っている訳でなないのだと察した様子。 「お兄ちゃんは、どうしてミヅチのウィクトーリアさんを連れて来てくれたんですか?」 「‥‥俺にも一応、炎龍のゲイルがいるが」 言い、炎龍というのが玲の連れている瀧羽と同種の龍だと丁寧に説明してやるアッシュ。 「ゲイルは少々気難しくてな」 「そうなんだ」 「?」 くすくすと笑う少女の反応に、アッシュは眉を寄せる。まさか気難しいゲイルとアッシュ、性格が似ているんだなと思われているとは気付かない。 「今度はゲイルさんにも会ってみたいな」 「‥‥まぁ、あいつはまたの機会に、な」 「うん!」 少女の筆がウィクトーリアを描いていく。 八歳の少女、みつの被写体を務める事になったのは、蒼羅と陽淵だ。 「一番かっこいい龍を描きたいわ」と言われたものの蒼羅としては陽淵が最も映えるのは自在に空を飛びまわる姿だと考えている。さすがに子供の被写体として『飛んでいる龍』というのは難易度が高いだろうし、どれくらい掛かるかも不明な時間、陽淵に飛び続けて貰うのも相棒の疲労を考えると好ましくはない。 「‥‥陽淵、翼を広げて堂々とした姿を」 「ヴォ」 主に応じ、翼を広げれば更に大きく見える龍。 「かっこいい‥‥っ!」と少女の反応も上々だった。 猫の着ぐるみが気に入ったのか、フェンリエッタと忍犬のフェランを被写体に指名したのは六歳の少女、ゆき。 忍犬に分類されるものの見た目は狼のフェランを最初は緊張して見ていたさよだったが、フェンリエッタに「触ってみる?」と促され、その温もりを感じた後からはすっかり和んでいたし、アーシャのアーマーを被写体に選んだのは、彼女に「姉ちゃんの『ほーゆー』はどんなだ?」と聞いた十歳の少年、三太。 やはりアーマーは少年の心を強烈に引き付けたらしい。 草を食む姿を描きたいとからすの深影に頼んだのは五歳の少年、映二。 草原で眠る龍を描きたいと玲の瀧羽に頼んだのも、同じく五歳の少年、友久。さすがにまだ青々としていない広場で「草原」という舞台の要求まで叶える事は出来なかったが、 「要は想像力だよ」と玲に笑顔で断言され、少年の画には一面の緑色が使われる事になった。 絵の中に広がる、一足早い春。 子供の笑顔は、其処に咲く花のように。 「キースさん?」 「‥‥ん?」 グレイブに絵の被写体を任せ、近くの木の根元で休んでいたキースは、春らしい陽気も手伝って既に半分眠っていた。 被写体として子供に注視されるのは落ち着かないし、何より龍と管狐、どちらの画を描こうかと真剣に悩み出した六歳の双子、康太とさよに、ならばどちらとも描けば良いと提案した事もあって、彼らの場合、開拓者の被写体は不要だという結論に至った‥‥否、至らせたのである。 だから穂邑も、若干、暇。 「退屈、ですか?」 「いいや、単に気持ち良くてな」 「お天気良いですものね♪」 並んで座れば温かな陽射しが本当に気持ち良くて、表情も自然と笑顔に変わる。 そんな二人の元にやって来たのは、今回の依頼を出した洋吉だ。 「今日はこんな面倒を聞いて頂いて‥‥本当にありがとうございます」 「いえ、皆さんも楽しんでらっしゃいますし!」 穂邑が慌てて返す。 それに、何より。 「本番は写生会の後、らしいぞ」 「え?」 キースの言葉に首を傾げる洋吉。 穂邑とキースは顔を見合わせて笑った。 ● 「わぁぁぁぁああ!!」 玲と一緒に瀧羽の背に乗った友久の興奮した声が空から降ってくる。 子供達と朋友達のふれあい体験。 「折角のチャンスだし。子供達が望めば相棒達と触れ合ってもらったらどうかな?」と玲が提案したそれは、子供達にとって本当に貴重かつ喜ばしい事で、広場には子供達の笑顔が溢れていた。 玲の瀧羽、蒼羅の陽淵、キースのグレイブが子供達を背に乗せて飛翔する。 からすの深影が地上を駆ける。 「桃はコレをどこに投げても取って来るのよ♪」と子供に毬を渡して投げさせれば、真面目な桃は全力で追い駆けた。 (桃ったら、これも修行だと思ってるのよねぇ)と内心に呟く桜も、そんな桃が可愛くて仕方がない。 今日はおとなしく絵の被写体になってくれた相棒に、帰ったらご褒美をあげなくちゃと思う程に。 朋友達と楽しんだ後には、フェンリエッタと穂邑が準備してきたお団子で一休み。 その際、フェンリエッタは子供達に一つずつブレスレット・ベルを手渡した。勉強以外に何か子供達に得意なものがあるのなら‥‥という洋吉の考えから実現した今回の写生会。ならば絵だけではなく、音楽にも触れてほしいと思ったからだ。 「皆が知っているお歌を教えてね?」 そう話し掛けるフェンリエッタに、響く天儀の童謡。 軽やかな鈴の音に、茶席を設けて茶を立てていたからすの表情も朗らかだった。 ● 帰路で、完成した絵を子供達は開拓者に贈った。 今日のお礼に「ありがとう」と歪ながらもしっかりと書かれた言葉に開拓者達の心に染みる温もり。 「きっと瀧羽も喜んでいるよ」 玲は友久の頭を撫で、空を移動する相棒を見上げる。 「あの、‥‥あの、また、会えるかな? お兄ちゃんにも、瀧羽にも」 少年の言葉に玲は微笑む。 そして彼を抱き上げて肩車。 「会えるよ! その機会があればね」 玲の想いに応えるように、上空、瀧羽も伸びやかな声を響かせた。 交流した時間は僅かでも、それ以上に繋がる人との縁。 まるごとにゃんこを脱いだフェンリエッタは、並び歩く穂邑と、洋吉に微笑い掛けた。 「‥‥私の剣に辛うじて出来る事は、守る事だけだけと‥‥」 それは騎士として最低限の、自分の役目。 だが何かを生み出し伝えられるのは、温もりを持った人の手や言葉である事を仲間達は示してくれる。 絵や、音楽や、料理‥‥物を作ったり、花を育てたりすることも、誰かの笑顔に出会う素敵な力。 「子供とは未来そのものだと祖父は言います。あの子達が持つ、未来を拓く力を見付けるお手伝いが出来たなら、‥‥嬉しいですね」 「ええ」 フェンリエッタの言葉に洋吉は力強く頷いた。 「私も、今日という時間の中で皆さんにたくさんの事を教わった気がします」 だからありがとう、と。 そう告げて微笑む洋吉の姿もまた、昨日より一回り大きくなったようだった。 |