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■オープニング本文 ●とある村の叫び 雪の降り積もるジルベリア。 首都ジェレゾに程近い小さな村が、いま、人々の恐怖で満ちていた。 突如として現れたアヤカシの群れはゴブリンスノウと呼ばれる小鬼の一種に始まり、狼型のホルワウ、スライムの一種であるフローズンジェルなど複数から成り、またグリフォンの鋭い爪と嘴が空からも人々を襲う。 夜間や天候の悪い日中にはアイスゴーレムの巨体が村で暴れ回り、二十棟以上の家屋が見るも無残な姿と成り果てた。 雪原を染める人々の血は時と共に雪に埋もれ、何事も無かったかのような真っ白な景色が戻るも、其処が新たな血に染まるまで時間は掛からない。 ‥‥人々は、最初のアヤカシの襲撃時に逃げ出した。 だが、逃げ出そうとした時には既に退路は絶たれていた。 村はアヤカシに囲まれていたのだ。 何者かの統率を得たように、アヤカシの群れは村を囲み襲撃を繰り返す。その姿は、まるで人を蹂躙する事を楽しんでいるかの如く、逃げ惑う人々を追い立て、脅かし、時に喰らい、人々の恐怖を、悲しみを、絶望を増幅させる。 外界と孤立したとも取れる村の、辛うじて無事な家屋で身を寄せ合いながらアヤカシの襲撃に怯え続ける人々。 一人の青年が立ち上がったのは、襲撃を受けて四日目の早朝だった。 ●傭兵の決意 その日の朝、アイザック・エゴロフ(iz0184)は早くからギルドを訪れて新しく張り出される依頼書の内容を凝視していた。 これは違う、これも違う‥‥と吟味を重ね、張り出されている依頼書に目的の内容が見つけられなければ新たな依頼を待つ。そんな時間を、彼はあの盗賊討伐依頼を終えた翌日から毎日繰り返していた。 (あのペンダントがロンバルールの持っていた物なら‥‥何かあの‥‥ヴァイツァウの乱に似た騒動が‥‥アヤカシが大量に出たとか、そんな依頼が出て来ると思うんだ‥‥) 質屋で偶然に見かけた赤く大きな宝石の付いたペンダント。 本来であれば帝国で保管されていなければならないはずのそれが、本物か偽物か定かではないけれど、‥‥本物だ、と。 アイザックは確信していた。 (あれを見たときの衝撃は‥‥本物だ) そして、そんなアイザックの確信を信じればこそ、彼が所属する傭兵団のボス、スタニスワフ・マチェク(iz0105)もペンダントの行方を追うべく団員達に声を掛けて動き始めてくれた。 (必ず何かが起こる‥‥) アイザックは依頼書に目を凝らす。 些細な情報も決して見逃すまいと言うように――。 ガタッ‥‥!! 不意に聞こえて来たのは騒々しい物音と人々のざわめき。アイザックが振り向くと、其処には血まみれで倒れ込む年若い青年が。 「た、助けてくれ‥‥っ、村を‥‥村の皆を助けてくれ‥‥っ!!」 「ちょっと貴方‥‥っ、まずは傷の手当を」 「俺の傷なんかどうでもいい!! 村を助けてくれ‥‥!!」 ギルドの係員が慌てて駆け寄り、その体を起こせば、右半身の至る所に深い傷があり、血も止まっていない。先に手当をと言い聞かせても、そんな事よりも早く村を助けてくれと訴える。 「頼むよっ、もう皆限界なんだ!! このまんまじゃ全員死んじまう‥‥!」 「今は貴方の方が危険だわっ」 「そんなこと‥‥っ‥‥クソッ!!」 青年は血を吐くように言い放つ。 「これもそれもアイツのせいだ‥‥! あの赤いペンダントを持った奴が村に来てから‥‥!!」 「!」 赤い、ペンダント。 その単語にアイザックの目が見開かれる。 「あいつ‥‥っ、あんな奴のせいで村が‥‥!!」 「その依頼受けます!」 青年の叫びに重ねてアイザックは訴えた。 「詳しい話を聞かせて下さい、もちろん怪我の治療をしながら! 赤いペンダントを持っていた人物の事も‥‥!!」 ――こうして、アイザックは新たな依頼を受ける事になる。 ●持ち主 闇の中、その人物は喉を震わせて笑う。 面白い。 楽しい。 このペンダントがあれば、きっと、もっと面白い事が起こせる――その人物にとって、村一つをアヤカシに襲わせる事は単なる力試しに過ぎない――‥‥。 |
■参加者一覧
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
ジークフリード(ib0431)
17歳・男・騎
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● ジルベリアの寒空に、開拓者ギルドから龍が飛び立つ。 その背には相棒たる開拓者。 五頭の駿龍、二頭の炎龍、同じく二頭の甲龍。 「私達が先行します」と龍の背中から声を上げたのは駿龍・キーランヴェルを駆るフェンリエッタ(ib0018)。視線を巡らせる相手はサーシャ(ia9980)、ロック・J・グリフィス(ib0293)、オドゥノール(ib0479)、そしてアイザックら同じく駿龍を駆る仲間達。 「話し合った通り、此方からアヤカシの混成軍に手を出す事はしませんが、アヤカシが人々に害を成していれば応戦‥‥良いですね?」 「あの依頼人の様子を見る限り、一刻を争うというわけだ。捨て置けん」 高貴なる薔薇に触れるロックの、険しい視線が空を見据えた。 「‥‥よし、行くぞ流離(サスライ)!」 声を掛けられた相棒は逞しい翼をはためかせ、行く。 「早く到着すれば、その分、村人達の心も支えられるだろうか‥‥」 オドゥノールの小さな呟きに、彼女の相棒・ゾリグは僅かに首を丸めて呼吸したかと思うと、咆哮した。 長く、力強く、今はまだ目に見えぬ敵を牽制するかの如き咆哮には他の龍達も呼応するように喉を鳴らし、翼を動かす。 龍達の鼓舞に開拓者達の気持ちも熱くなり。 「少し遅れるが、頼んだぜ!」 駿龍に比べ、速度の面では若干負ける炎龍を駆るジークフリード(ib0431)が、自分も同じ気持ちだと伝えるように相棒・フランメの背を叩き、告げれば、サーシャが静かに頷いて相棒・イズゥムルートを駆る。 「くれぐれも無理はなさいませんように」 「先行、よろしくお願いします」 甲龍のクラヴィア、シャルルマーニュをそれぞれ相棒とするリディエール(ib0241)、ルシール・フルフラット(ib0072)には、以前からの顔馴染みであるアイザックが頷いて見せる。 「急ぎましょう」 炎龍・イェルムの背でフレイア(ib0257)が促す。 九頭の龍は、九人の開拓者を乗せて空を渡る。 ● 出発前に依頼人と顔を合わせた彼らは、主に右半身を負傷し、治療の跡も痛々しい彼から「どうか村の皆を助けて下さい、お願いします」と何度も頭を下げられた。 急を要する内容だったため、彼から直接村の状況を確認する事は出来なかったが、開拓者が集まる以前――青年の治療中から彼の傍にいたアイザックが話をした事で必要な情報はある程度、事前に知る事が出来ている。 例えば村の家屋は全部で四十軒ほど有るが、その半数は破壊され、人々は辛うじて無事な、村の中央に位置する数軒の家屋で身を寄せ合いながらアヤカシの襲撃に耐えている事。 アヤカシは常に村の中を徘徊しているわけではなく、不定期に集団で人々を襲っては退いてを繰り返している事。 こうして話をしている間にも村が襲われているかもしれない――そう嘆く青年の、 「あいつさえ来なきゃ‥‥っ‥‥あの赤いペンダントの奴さえ来なければ‥‥!」と繰り返す憤りの言葉を、アイザックはまだ開拓者達に伝えていなかった。 可能性の段階で開拓者の不安を煽る必要はない、それが彼のボスの言葉だったからだ。 ――二十分後。 「煙‥‥?」 相棒の背でフェンリエッタは目を凝らす。 燻った濃灰の細い煙は、平和な家の煙突から立ち上るそれとは明らかに違う。 「キーランヴェル‥‥!」 少女の声に応じるように、それまでも最高速度で飛翔し続け疲れも出て来ているだろう駿龍の速度が増す。 対して一足先に飛び立っていたロックが少し先で流離を止める。 煙の上る地点には人影もアヤカシも見当たらない。其処には雪の上で火が消えた松明が転がっているだけ。 (何処だ) サーシャ、オドゥノール、アイザックも空から人影を探す。 物陰にも目が届くよう空を移動し、五人で前後左右を見渡し――。 「いた!」 家と家の間の細い路地に複数の影。 細い路地に追い込まれたのは幼い子供達のように見える。その左右から三匹のゴブリンスノウが錆びた凶器を振り回しながら迫っていた。 「俺は右に回る!」 「では私は左に!」 ロックが動いた直後、フェンリエッタも空を滑降。 オドゥノールが龍の背から弓を構え、放つ。 「グギャギャギャギャッ!?」 肩に矢を受けたゴブリンスノウが悲鳴を上げ、他の二匹が狼狽する。その隙を突くように龍の背から飛び降りたロックとフェンリエッタが得物を抜き、駆ける。 「おまえ達の相手はこの私だ!」 雪上に描かれるランスの軌跡がゴブリンスノウを切り裂く。 ロックの剣が貫く。 「はぁっ!!」 抵抗するように振り上げられたアヤカシの凶器を自らの得物で打ち返し、力で押し退ける。 「力無き民を蹂躙しようとは以ての外‥‥! 覚悟!!」 「ギャァァァァアア!!」 止めと言わんばかりの一撃に、闇色の塵と化し消えゆくアヤカシ。 「ぁ‥‥ぁ‥‥っ」 互いに互いを抱き締め、雪上に座り込んでしまった村人は見開いたままの目に涙を浮かべながら全身を震わせていた。 目の前で起きた事も理解は出来ていないだろう。 空からは子供のように見えたが、二人は七歳前後の子供、一人は十四、五の少女だった。 「‥‥大丈夫?」 ロックが矢を受けた最後の一匹を滅するのを確認したフェンリエッタは、雪上に膝を付き、子供達の目線の高さを合わせて語り掛けた。 「怪我はないかしら‥‥私達は、開拓者。助けに来たわ」 「‥‥っ!!」 その言葉に子供達は弾かれたように立ち上がると、その勢いのままフェンリエッタに抱き着いた。 「怖かっ‥‥怖くて‥‥っ」 「うぇぇぇえ‥‥っん!!」 声を上げて泣く子供達をしっかりと抱き締めるフェンリエッタ。 「‥‥本当に、助けに‥‥? お兄ちゃん、ギルドに無事に辿り着いたんですか‥‥っ?」 その言葉で、少女と依頼主の青年の関係が判った気がした。 フェンリエッタは大きく頷き、ロックを見遣る。 彼は小さく頷き返し、空の仲間達を見上げる。 「‥‥どうやら、その子供達をあやしている余裕はなさそうだ」 上空、仲間は戦闘態勢に入っていた。 空から見下ろす村の外周にアヤカシが群れていた。 「アイザックさん‥‥」 「うん」 弓を構えるオドゥノール。 剣を抜くアイザック。 サーシャは来た道を振り返る。炎龍を駆るフレイアとジークフリードの姿は見えていた。甲龍を駆るルシールとリディエールも間もなく到着するだろう。 「‥‥人々を助けましょう」 サーシャの言葉に二人は力強く頷いた。 同じ頃、村の外れに広がる森の中。 針葉樹林が密集するその場所から空を眺めている濃い緑色のローブで全身を覆った人物がいた。 その人物は何かを考えていたわけではない。 ただ。 ――‥‥やはり来たか‥‥クククッ‥‥ あの日、あの店で見た顔。 あの時、あの乱で、‥‥命を惜しみ寝返った傭兵達。 追いかけて来るのか、と。 笑う、闇の声。 ローブで全身を覆った人物は樹林に身を隠すように森を抜け、村から遠ざかった。確認したかった事は知り得た。 後は誰が生きるも死ぬも関係ない。 ローブの人と入れ替わるように、村にはアヤカシの混成軍が押し寄せた。 ● ゴブリンスノウに襲われていた三人は依頼主の青年の妹弟だった。彼の安否を気にし、今ならアヤカシもいないから少しだけ様子を見に行っても‥‥と行動を起こし、あのような危機に陥ったという。 『危険が常に村の中にあるわけではない』という油断と、依頼主を案じる家族の気持ちが子供達を動かした。もしも開拓者の到着があと僅かでも遅れていれば、例え村が救われても依頼主の青年は一生の傷をその心に負っただろう。 そういう意味で、龍で最速の移動を決定した開拓者は正しかった。 フェンリエッタ、ロックが守りながら子供達を屋内に避難させた後、再び相棒で上空に上がれば目視で確認出来るアヤカシの群れ。 空には三羽のグリフォン。 地上にはホルワウ十頭、更に奥の方から探るような動きで近付いてくる五匹のゴブリンスノウの姿も見えた。 「一気に来ましたね‥‥まるで私達の到着を待っていたように」 「まぁ、やれる事をやるだけさ」 フェンリエッタの疑惑を滲ませた声音に、高貴なる薔薇に触れながら応じるロックの声は淡々としており、一方で「ああ、やってやるさ!」と気合十分に返したのは合流したばかりのジークフリードだ。 フレイアも既に到着し、ルシールとリディエールも姿が確認出来るくらい近くにいる。 もう時間を稼ぐ必要はない。 作戦は色々と立てて来たが、アヤカシ側が一気に攻め込んでくるつもりならば応戦するのみ。 「始めましょう」 狙われた村の人々の暮らしを守る為に。 地上、リディエールのブリザーストームがホルワウの群れを目掛けて吹き荒れた。 群れていた獣が横に広がり、単体、開拓者に襲い掛かろうとするもサーシャとアイザックの剣が一刀両断。 獣は「ギャンッ!」と短い悲鳴を上げ、黒塵と化していく。 人々が避難する家屋には決して近づけまいとする三人の上空では、中級アヤカシと呼ばれるグリフォンを相手に、六人の仲間と九頭の龍が奮戦していた。 地上で戦う彼らの相棒も今は空。 「このおおおお!」 フランメの背で鋼の剣を構えたジークフリードがグリフォンに接近する。 甲高い咆哮を上げて迎え撃つグリフォン。鋭い爪で空中移動の要である龍の翼を狙ってきた。 しかし連携を重視する開拓者は単騎で無謀な戦い方はしない。ジークフリードに向かうグリフォンの狙いを外させようと、その巨体に相棒の全身で体当たりを仕掛けたオドゥノール。 空中でバランスを崩した巨鳥に強烈な一撃を打ち込むジークフリード。 「キュイィィィィイイイイ‥‥!」 斬られた翼から大きな羽根が舞い散り、怒り故に怒りを露わにしたグリフォンが再び彼らを狙う、直後。 更に上空からグリフォンの首に『龍の牙』を突き立てたクラヴィア。 「これでどうだ!!」 ジークフリードはフランメの背に立つと剣を振り上げ、擦れ違い様にグリフォンの腹を斬る。 オドゥノールの放つ矢が更に傷を抉り、巨鳥を地に落とした。 三頭の龍と、仲間二人の連携に他の四人も負けてはいられない。 「一気に決めるぞ流離。ランスチャージを仕掛けて、そのままドリルクラッシュだ!」 ロックの指示を受けて気合充分の咆哮を上げる流離。 その援護に入るルシールと、シャルルマーニュ。 また、フェンリエッタとフレイアも三羽目のグリフォンを引き付けるべく戦闘を開始、彼女達の上空戦は連携が光り、危なげのない勝利で終わろうとしていた。 「あちらは問題なさそうですね」 空を確認し、リディエールが呟く。 サーシャは軽く頷き、最後のホルワウを叩き伏せる。 「次はゴブリンスノウですか」 迫ってくる敵にアイザックが告げた‥‥その時。 「!」 突如として開拓者とゴブリンスノウの間に現れた、フローズンジェル! 「避けて!!」 「っ!!」 アイザックの声にリディエールとサーシャは左右に跳ぶ。直撃は免れるがリディエールは右肩、サーシャは左肩を負傷する。 更にはズゥゥン‥‥ズゥゥン‥‥と地の底から響くような、大地を震わす足音。 「‥‥っ」 まさかと空を仰ぎ見れば、いつの間にか晴れていた空には厚い雪雲が掛かり、細かな結晶が舞い降り始めていた。 悪化した天候をこれ幸いと現れたのは――アイスゴーレム。 「探す手間が省けたじゃないか」 次から次へと現れるアヤカシに、しかしロックは笑う。 誰一人臆しない。 人の暮らしを脅かすアヤカシが相手ならば戦うのみ。 巫女などがおらず傷の手当ても出来ないような状況だが、かつて似たような危機を、やはり多くの仲間達と共に乗り切って来た開拓者だからこそ得る自信が、彼らの強さだった。 炎龍の炎。 リディエールのファイヤーボール。 相手の弱点を突く術の応酬。 騎士達の、相手に再生する間を与えない全身全霊を掛けた剣技。 「はぁぁああああ!!」 アイスゴーレムの巨体目掛けガードブレイクを炸裂させたルシール。追撃するフレイア、イェルムの炎。 曝け出された核に飛び込むはジークフリード。 開拓者達の連携が引き寄せた勝利が目に見えて判ったのは、もう間もなく日が沈もうかと言う時分だった。 ● 夜を迎えて一段と厳しくなる寒さが、今日ばかりは少し違った。 火を焚くことで明かりを燈し、焚火の周りに大勢が輪になる事で安堵の笑顔が広がる。村には数日振りの賑わいが戻って来たのだ。 「ほらほら、怪我人が遠慮するんじゃないの」 「や、遠慮とかじゃなく‥‥!」 肩から胸に掛けてアイスゴーレムに襲われたジークフリードを手当しようと、村の主婦達が彼を囲む。その手には傷薬や包帯、消毒用の酒を溜めた桶なども持たれていた。 「大丈夫、これだけ火の近くにいれば寒くないわよ!」 「それに破けた服も縫わないと」 「ちょっ、待‥‥!」 ジークフリードが懸命に抵抗するも、もともと女性には苦手な彼だ。三人がかりで押さえ付けられれば抵抗空しく上半身を剥かれ、後はもはや、されるがまま。 「ほら、少し染みるわよ」 「――‥‥っ!!」 問答無用に傷口に酒を掛けられて声にならない悲鳴を上げるジークフリードを、慣れた(?)様子で女性から手当を受けているロックは「まだまだだね」と高貴なる薔薇に口付ながら評し、村の女達と一緒に温かなスープを作っていたリディエールは些か気の毒そうに見守っていた。 一方、家屋の修繕に自分の魔術で出現させたストーンウォールを役立てられないか考えていたフレイアが村の男達と検証するも、耐久性に問題有りとして使えないという結論が出た頃、フェンリエッタとルシールが帰って来た。 二人はアヤカシを撃退した後、首都に戻り、食糧等を補充して来ると共に依頼主の青年に村人の無事を伝えて来たのである。 また、夜が明け、視界が晴れれば村人達と共に首都へ移動するため、その根回しも済ませて来た。今回の戦闘であらたかのアヤカシを一掃したとはいえ、安全が確保されたかは数日経ってみなければ判らないからだ。 「それに‥‥」 「ええ」 ルシールの不安を滲ませた声音にフェンリエッタは頷き、アイザックの姿を探しながら仲間の龍が待機する場所に着陸し、相棒の背を下りた。と、村の子供達が龍のために作ったと思われる大きな藁の敷物を彼女達に手渡す。 「龍さん達も寒そうだから!」 「使って、お姉ちゃん!」 「まぁ‥‥」 見れば他の龍達も背中から翼に掛けて藁布団を掛けられ、温そうにしている。表皮が毛で覆われていない龍達の体感温度は人間に比べて十度程低くなる。戦闘中で常に動いていた日中ならともかく、ここで夜を明かす龍達にとっては何よりも有り難い差し入れだっただろう。 「ありがとう」 数日間もアヤカシに襲われ続け、精神的にも相当な負担を強いられていただろうに、こうして自分達のために藁布団を用意し、怪我の手当を手伝い、火を囲みながら陽気な笑顔を見せてくれる村人達の姿に、ルシールもフェンリエッタも感動する。 人は強い。 こんなにも。 「‥‥ありがとう」 もう一度その言葉を繰り返し、フェンリエッタは子供達を抱き締めた。 リディエールからスープを受け取り、体を温めていたアイザックは、ルシールとフェンリエッタが近付いてくるのに気付いて席を空ける。 「お帰りなさい。疲れていませんか?」 「今、お二人の分のスープもお持ちしますね」 リディエールがそう声を掛けて席を立ち、戻って来るまでの間、二人はアイザックに村人達の避難場所の確保が出来た事や、依頼主の青年の様子などを伝えていたのだが、ふと互いに顔を見合わせると、アイザックの左右に腰を下ろした。 「え、え?」 少なからず困惑した様子の彼に、フェンリエッタは言う。 「‥‥人や物に憑くモノは容易く私達の日常に紛れ込む‥‥怖いですね。ずっと憑依アヤカシを相手にして来たから少し疑心暗鬼で」 自嘲気味に肩を竦めるフェンリエッタに続き、ルシールも。 「今回の、この村の事件ですけれど‥‥単純なアヤカシの襲撃としては不自然、ですよね‥‥確か昨年の乱でも、妙な行動を起こすアヤカシが居ましたか」 どきっ、と。 アイザックの表情が変わったのを二人は見逃さない。 「アヤカシが、あえて人間を嬲るような行動を取る事から、単なるアヤカシの一軍ではなく、指示を出した‥‥或いは出している人物がいるはず。――アイザックさん。依頼主の彼は『赤いペンダントを持った奴』が村に来てから、アヤカシが襲ってくるようになったと話してくれましたよ」 「え、‥‥っと‥‥」 「アイザックさん」 フェンリエッタは真っ直ぐに彼を見つめ、問う。 「アイザックさんは‥‥いえ、傭兵団は何かご存知ありませんか?」 それは、かつての戦で敵だった――否、敵となってしまった軍に契約という形ではあるものの味方していた傭兵団への問い掛け。 二人分のスープを持って戻って来たリディエールも、治療を理由に弄ってくる主婦達から逃げて来たジークフリードも、個々に暖を取りつつ仲間の会話に聞き耳を立てていたオドゥノールやロック、フレイア、サーシャらも、その脳裏を過るのは一つの名前。 昨年の乱。 その中心にいた人物――コンラート・ヴァイツァウ。 「アイザックさん」 「‥‥っ」 左右から女性二人に詰め寄られたアイザックは葛藤する。 確証がない事で開拓者の不安を煽る必要は無いと告げたボス。その言葉に従いたいという気持ちは勿論あるけれど、命を賭して共に戦った彼女達の真摯な眼差しから逃げる事は出来ないと感じる心も、また本心。 「‥‥っ」 だから彼は意を決する。 まだ、何の証拠もないけれど。 「あの乱は‥‥まだ終わっていなかったのかもしれません‥‥」 ロンバルールと言う名の隠者がコンラート・ヴァイツァウを操り、起きた乱。そのロンバルールの正体がアヤカシだった事から、あの乱は人同士の争いからアヤカシとの戦に姿を変え、決着したはずだった。 だが、実際は。 「ロンバルールの所持していたペンダントが‥‥『赤いペンダント』が、帝国の保管庫から流出した可能性が、あるんです」――‥‥。 |