予兆〜躙り寄る悪意
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/26 03:39



■オープニング本文

 ――‥‥大人しくしているのも飽きたな‥‥ククッ‥‥


 ●騎士の奇行

 静まり返る闇の中から低く暗い笑い声が聞こえた気がした。
 建物の角に身を隠しながら辺りの様子を伺う『彼』の呼吸は荒く、次々と顔に滲む大粒の脂汗は輪郭を伝い顎から地面へ落ちていく。
(どうしよう)
 自らに問い掛けるが、もう、どうしようもなかった。
 彼は帝国に所属する騎士だが、町人の息子から騎士の位を得るまで努力に努力を重ねて来た真面目な青年だ。実家の両親の為に少ない収入の中から精一杯の仕送りを続けている親孝行な息子だった。
 そんな彼が、この夜、盗みを働いた。
 彼自身が信じられない己の行為は周りの人々にとっても考えられない事であり、騎士団の側に油断が有ったのは否めない。彼はその油断を巧みに利用し、とある部屋の鍵を借り受け、其処に保管されていたペンダントを持ち出したのである。
(どうしよう‥‥っ)
 彼は繰り返す。
 両腕には布に包んだ装飾品が抱えられている。確かに「もう少しお金があれば」と思う事はあったが、だからといって盗みを働こうなんて――!
(俺はどうしたら‥‥っ)

 ――‥‥この若者では力不足か‥‥

 闇の中、密やかに紡がれる悪意の音。
 彼は弾かれたように走り出す。その背が遠ざかる部屋は、昨年の夏に帝国南部で起きた『ヴァイツァウの乱』終結後、敵であったコンラート・ヴァイツァウの軍から回収された物品を保管した場所――。


 ●傭兵の勘

 その日、スタニスワフ・マチェク(iz0105)率いる傭兵団の一員アイザック・エゴロフ(iz0184)は買い出しを頼まれて首都ジェレゾを訪れていた。購入済みの品とリストを見比べながら馬の背に荷を積んでいく青年は、買い忘れが無い事を確認して自らも馬の背に跨った。
「走らせてばかりで申し訳ないけれど、もう少し頑張って」
 馬の首を撫でて声を掛ければ甘えるように喉を鳴らす。そんな愛馬に微笑い、彼は『彼女』を走らせ始めたのだが、そんな彼の表情が首都郊外の一角に佇む石造りの古びた建物の前で変わった。
 質屋、だ。
 その店の何が気になったのか定かではなかったが、念の為と思いつつ馬を下りる。
「少し待っていて」
 愛馬にそう声を掛け、店を訪ねた。


 店内は外観と同じく古びた雰囲気だが、展示されている品の一つ一つが丁寧に扱われている事が伝わる心地良い空間だった。
(結構好きかも)
 そう思いつつ店内を歩いていると、不意に先程と同じ奇妙なものを感じた。
(なんだ‥‥?)
 警戒して更に奥へ進むと、其処には幾つもの装飾品が並べられていた。指輪、耳飾り、ネックレス――その中の一つを見たアイザックの目が見開かれる。
「なっ‥‥!?」
 青年は、そのペンダントに見覚えがあったのだ。
 大きな赤い石が不気味に輝くペンダント――その以前の持ち主の名は、ロンバルール。
 昨年の夏――ヴァイツァウの乱と呼ばれるあの戦に、彼ら傭兵団はコンラート軍に雇われて参加していた。結果的に、コンラートはロンバルールと言う名の老いた隠者に扮したアヤカシに操られていた事が発覚。コンラートはこの事実を知らず、彼に雇われた傭兵団はアヤカシの起こした戦に助力するのは契約外として軍から退き、戦は数多の開拓者の協力を得た帝国軍の勝利に終わったのだ。
 アヤカシであるロンバルールは倒され、コンラートも処刑され、彼らが所持していた物品は全て帝国側に没収、管理されているはずだった。
「どうしてこれが此処に‥‥!?」
 見間違い? アイザックは自分の目を疑うが、そんなはずがなかった。彼らはロンバルールと何度も顔を合わせているし、その度にこの不気味な石を見ている。この感覚だけは見間違えようがない。当時はロンバルールがアヤカシだったからこそ、この石も不気味に見えたのだろうと考えていたけれど、この嫌な感じは‥‥!
「すみません!」
 アイザックは慌てて声を上げる。店主は更に奥の方からのんびりと姿を現す。
「はいはい、何か御用ですか?」
「このペンダント、どうして此処に‥‥いえっ、買います! 幾らですかっ?」
「ああそれねぇ‥‥ええっと‥‥五万ですね」
「ご‥‥っ」
 悔しいかな、彼の所持金での購入は無理だった。
「〜〜ぁぁもう! このペンダント、誰にも売らずに取っておいて下さい! 俺、夜までに必ず買いに来ますから! 絶対ですよ!!」
 そう言い残し、アイザックは急いで馬を走らせた。


 ●予兆

 アイザックが団長であるマチェクに事情を話し、共に質屋へ戻って来たのが夕刻。約束の時間には充分に間に合っていた。だが、彼らは件のペンダントを再び目にする事は出来なかった。店は盗賊に襲われ、数多の物品が盗まれた後だったからだ。
 店主はアイザックを見て涙ながらに訴えた。いま開拓者ギルドに盗賊を捕まえてくれるよう依頼を出して来た。無事に戻って来たらあのペンダントはアイザックに売るからと、店主が悪いわけではないのに、何度も謝りながら。
「ボス‥‥」
「‥‥タイミングが良過ぎるな」
 どうしましょうと暗黙の内に問い掛けてくる部下へ、マチェクは珍しく真面目な表情で呟く。
「盗賊だって、何も好き好んであんな古びた質屋を襲う事はないだろう」
 傭兵二人の胸中に募る疑惑。
 あの戦の後にコンラートと接する機会があった傭兵達にとって、彼は決して『敗戦の将』というだけではない。
 その彼を操っていた隠者が所持していたペンダントが、現在――。
「‥‥開拓者ギルドに依頼を出したと言っていたな。その依頼、受けておいで」
 マチェクはアイザックに告げた。彼は傭兵であり開拓者としての登録も済ませている為、彼なら依頼を受けて来る事が出来る。
「判りました。‥‥あの」
 すぐに動き出そうとして、けれどアイザックは団長を振り返ると頭を下げた。
「すみませんでした。俺の判断ミスでこんな事に‥‥」
 詫びる部下へマチェクは「バカだな」と微笑う。
「ペンダントが本当に良くない物なら、あのロンバルールの手元にあったんだ。一人でどうにかしようとしても被害は拡大しただけだろう、おまえの生死も含めてね」
「ボス‥‥」
「まぁ、まだ可能性の段階だよ。開拓者に余計な事も言わなくていい」
「はい!」
 そうして開拓者ギルドに向かうアイザックを見送り、マチェクは盗賊に襲われて半壊状態の店を一瞥する。

 ――‥‥ひどく嫌な予感がした。


 ●依頼

 ジェレゾ郊外の質屋を襲った盗賊団を捕獲、奪われた金品を取り戻す事。
 盗賊団のアジトはジェレゾ東部に広がる森の奥にある洞穴。
 その数は二十名。
 大半は屈強な男達だが魔術を用いる複数の女の目撃情報もある。
 他にもこの盗賊団に襲われた村は多数で、何度か騎士団や開拓者に討伐依頼が出されているが壊滅させるには至らなかった経緯もあり、盗賊団の実力は相当なものと考えられる――以上、武運を祈る。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
アッシュ・クライン(ib0456
26歳・男・騎
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000
13歳・女・騎


■リプレイ本文


 開拓者一行は傭兵団から複数の装備品を担保に二頭の馬と馬車を借りて商隊を装い、更に借り受けた四頭の馬に護衛役に扮した騎士達が騎乗する形で盗賊団のアジトへ移動を開始していた。作戦としては道に迷った商隊のフリをしてアジトの手前で野営、其処に数人でも誘き出して事前に捕縛、敵の戦力を減らし後にアジトへ強襲、だが。
(‥‥ど、何処で野営するんだろう‥‥)
 嫌な予感を抱えつつ、商隊の護衛を任された騎士然として振る舞うアイザックは、同じく護衛の騎士に扮したイリス(ib0247)と偶に目が合えば慌てて取り繕いながら赤い顔を隠すように俯く間にも、開拓者一行は盗賊のアジトに近付いていた。



 商人に扮し、この商隊の長を務めるエルディン・バウアー(ib0066)は馬車上から辺りを見渡し「拙いですね」と呟く。
 出発前にアイザックの話を元にアジト付近の地図を作製し大まかな地形は把握していたが、五〇センチの積雪という状況を少々甘く見ていたかもしれない。更には陽が傾くにつれて厳しくなる寒さ。その不安は、馬車の幌の中で様子を伺っていた柊沢 霞澄(ia0067)や神咲 六花(ia8361)も同様。野営の際には木箱の中に隠れて盗賊連中の隙を突こうと言うリディエール(ib0241)の表情も翳り始めていた。
 出来ればこの辺りで馬車を止めて敵を誘き出す罠を張り巡らせたいのだが、馬二頭が辛うじて通れる道の左右は雪、雪、雪。馬の膝丈以上もある積雪はまるで人間の立ち入りを拒むかのようだ。
「‥‥おい。まさか野営のために私達に雪掻きをしろと言うんじゃないだろうな」
「ああ、それは良いですね」
 護衛役に扮し馬に騎乗する予定だったが、傭兵団にいる馬の大きさと鞍の関係で背丈が足りなかったミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)が車上から言い放った台詞に、エルディンが笑顔で応じる。
「護衛の皆さん、どうやら道に迷ってしまったようです。これ以上暗くなってしまっては野営の準備もままなりませんし、今夜一晩この辺りで休みましょう」
「本気か!?」
「ええ」
 言い返すミレーヌに、笑顔のエルディン。隊列の殿を務める、やはり護衛役のアッシュ・クライン(ib0456)と風和 律(ib0749)が肩を竦めていた。


 出発前に六花が購入した落とし穴を掘るためのスコップが、それ以前に雪掻きで役立つ。ただ、新雪ならばいざ知らず冬の間に着々と積もった雪は既に凍っている部分が大半で、馬車一台と馬六頭、開拓者九名分の野営範囲を確保するのは容易ではない。
 雪にスコップを差すと同時に「ガリっ」と嫌な音がする度、騎士達の間からは溜息に似た吐息が漏れていた。
「これは、あれか。徹夜で雪掻きをしていれば体が温まって凍死する心配が無い、と‥‥そういうジルベリアならではの冬の過ごし方か」
「そういうわけではないと思いますが‥‥」
 律の淡々とした意見に、苦笑いを交えたイリスの応え。
「体力を消耗するのはどうかと思うんだが」
 アッシュの呟きにはアイザックが苦く笑う一方、何やら鬼気迫る勢いで氷と化した雪を削っていくミレーヌ。その間に「せめてもの風除けです」とエルディンが木の枝と枝を結ぶ形で天幕を張り、その此方側で六花と霞澄が『罠』を仕掛け、リディエールは火を熾そうと悪戦苦闘中だった。
「些か作戦を間違ったかもしれないね」
 六花の呟きに「ええ」と困ったように笑うエルディン。この氷点下の森の中で夜を過ごす事自体が問題だ。
 敵のアジトは近く、この辺りも相手の監視下にある事を懸念しながら現状をどう打開しようかと悩む彼らだったが、それを一変させたのは一人の少女。
 律がアイザックに声を掛けたのが始まりだった。
「しかし‥‥傭兵団としてではなく開拓者として仕事を受ける、か。妙とまでは言わないが珍しい話だな」
「えっ、いえ‥‥そんなに珍しい話というわけでは‥‥」
 開拓者達には知らせていない『秘密』を抱えている青年の、男らしからぬ煮え切らない態度が、いい加減雪掻きに飽き‥‥否、多少の疲れを感じていたミレーヌの怒りを買ったらしい。
「なんだ貴様! もっとシャキッとしろシャキッと! 仮にも傭兵団の‥‥」
 続くミレーヌの台詞は、しかしだんだんと震えていく。
「傭兵団、だと? おまえ、もしかして‥‥スタニフ‥‥スラーヴァ‥‥いや、マチェクとかいう男を知っているか?」
 聞かれたアイザックが目を瞠る傍で、眉間に皺を刻んだ律と、火元を誤って火傷しそうになるリディエール。
「ま、マチェク‥‥は、うちのボス、です、けど‥‥」
「〜〜っ」
 ミレーヌ、スコップを捨てて剣を抜く。
「そうか‥‥そうなのか‥‥っ、お前! 私と勝負しろ!!」
「ええぇぇ!?」
「覚悟!!」
「ちょっ、うわっ、どうしてですかっ!!」
 少女が怒っている事はよく判ったし、恐らくボスがまたろくでもない事をしたのだろうという想像はつくけれど、かと言ってどうして自分が勝負を挑まれなければならないのかが判らない。
(いっつもこんな‥‥!)
 ましてや「あらあら‥‥」と驚いているイリスの目の前でこんな事になっていると、本気で泣きたくなって来る。
「早く剣を抜け! 斬るぞ!!」
「そ、そう言われても‥‥!」
 アイザックは剣を躱す内に雪を掻いた範囲を離れ、いまだ馬車が置かれたままの雪道に飛び出していた。
「ふっ、なるほど! 足場を確保して戦うというわけだな!?」
「違っ‥‥!」
 鞘から抜くことのない剣で防御だけはしっかりとするアイザックと、問答無用とばかりに打ち込むミレーヌ。
「せっかくですからそのままアジトまで往復して二、三人連れて来てもらえませんか?」と絶品の笑顔で声を掛けて来るエルディンはどこまで本気なのか。
 ただ、二人の騒ぎがアジト周辺で見張りをしていた盗賊連中の気を引いたのは確かだった。
 変化はその直後。
「ぐぁっ!」
「!!」
「わっ!?」
 開拓者達が陣を張ろうとしていた森とは逆側から突如として上がった低い叫びに、アイザックはミレーヌの体を引き寄せて背後に庇い、二人に続いて雪道に飛び出したアッシュ、律、イリスの視界に、肩を射抜かれた盗賊と思しき男と、その後方に三つの人影。
「――! 魔術師はいないようだ!!」
 咄嗟に連中の身なりを確認したアッシュは四人全員が利き腕に剣、逆腕に弓のような小さな道具を装備している事を仲間に伝え、動く。
 森の中に入ればズボッ、ズボッと雪に足を取られるが、動きが鈍るのは双方同じ。ならばとエルディン、リディエールが魔術を試行。
「天駆ける光の矢よ我が敵を貫け――サンダー!」
「逃がしません――フローズ!」
 六花の呪声も盗賊達の動きを制し、その間にアッシュ、律、イリス、そしてアイザックが一人ずつ捕縛。どうやら偵察のために此処まで来ていたらしく、その武器の全てを没収、四人纏めてロープで縛りあげれば「貴様ら何者だ!?」とお決まりの台詞が放たれた。
「それにお答えする義務はありませんよ」
 にっこりと応じるのはエルディン。
「ですが偵察で私達の所に来た貴方達がアジトに戻らなければ他の皆さんも不審に思うでしょうし‥‥これは好機かもしれませんね」
「ああ」
 怪訝に思った連中が再び少人数の偵察を寄越してくれれば尚良いとアッシュ。
「しかし‥‥問題はこの矢だな」
 律が言うのは最初の男の肩を射抜いた矢だ。
「き、きっと仲間の一人が射抜く相手を間違ったんですよ!」とアイザックは提案してみるが、その視線は森の中――人気の無い、その先に。
 一方で開拓者達に背を向けて若干涙目になっているのがミレーヌ。
(な、何‥‥? 一瞬何かの視線を感じたんだけど‥‥気のせい、よね‥‥?)
 バクバクしている心臓を落ちつけようと、こっそり手持ちのチョコレートを一欠けら口に放り込む少女だった。



 数分後、新たに二人の盗賊がアジトを離れた。
(あいつら何やってんだクソッ)
 町からアジトへほぼ一本道の森の中が何やら騒がしいからと四人の仲間が偵察に向かったきり戻って来ない。様子を見て来るだけだと言うのに何に手間取る必要があるのか。
(これだから新人は‥‥っ)
 彼らは過去に何度も騎士団や開拓者達から追われ、壊滅は免れるものの数人の仲間が犠牲になったため近隣のごろつきを誘うなどして二〇名前後を保ってきた。が、所詮ごろつきはごろつきなのだ。
(役立たず共め!)
 内心に毒づきながら、警戒しつつ歩を進める。連中がどうなろうと知った事ではないが、自分達に累が及ぶのだけは御免だ。
「‥‥随分、静かですね」
 男の後ろを付いて来ていた若い男が呟く。先刻まで聞こえていた若い男女の喧騒も今は無い。
「‥‥妙だな」
 先頭の男が応じ、新たな一歩を踏み出した直後。
「がっ‥‥!?」
 地面が揺れた。


 盗賊達には地面が揺れたように思えただろうが、実際に発動したのは六花の地縛霊。地面から伸びる手が男の足を掴み地面に引きずり込もうとする光景に盗賊達は悲鳴を上げた。
「今だよ」と、男達から三メートルも離れていない木の陰に隠れていた六花の合図で騎士達が飛び出す。
 動揺から生じる隙を開拓者達は逃さない。
「くっ!?」
「遅い!」
 アッシュ、律は鞘に入れたままの剣で男達の利き腕を強打、得物を持てなくすると二人纏めて縄を掛けた、直後。
 ピィィイイ!
 無事な手で懐から呼子笛を取り出した男は全力でそれを吹く。
 仲間を呼ぶのか、逃げろという合図か。
「諦めが悪いな」
 どちらにせよ、アッシュも律も眉一つ動かさずに二人を捕縛。得物を取り上げた。それから僅か数秒後、盗賊が通って来たばかりの道で笛の音に呼ばれた仲間が強烈な吹雪に襲われる。
 フロストマイン。
 エルディンが仕掛けた罠だ。
 吹雪に襲われた新たな二人をイリスとミレーヌが捕縛。これで八人。
「加護を受けられるのは一度だけです、無理はしないで下さい‥‥」
 仲間に加護結界を掛けていく最中、掌で一人一人に触れながらそう声を掛けていく霞澄。リディエールが「ありがとうございます」と微笑む。
「残りは十二人。――さぁ、行きましょうか」
 エルディンの絶品の笑顔。
 雪上に揃う足音。
 開拓者は動き出した。



「こういう乱戦で怖いのは魔術師や後方支援の出来る者だ。そいつらを先に叩くぞ」
「ああ」
 アッシュ、律に続き、やる気を漲らせるミレーヌ。
 盗賊連中も既に自分達を捕縛しに開拓使者が派遣されて来た事は察したらしく十二人の猛者が洞窟の前に並び立つ。
「貴様達が奪った金品を返して貰いに来た!」
 宣言するミレーヌへ、返される嘲笑。
「取り返せるものなら取り返してみろやぁああ!!」
 剣を構えた男達が雪上を走り、その後方、四人の女が呪文の詠唱を始めている。
「させませんっ」
 リディエール、エルディンと応戦すべく交錯する術。しかし単純に術師は四対二、考える事も同じ。
 二人が術を発動すると同時にその身を襲った雷撃。
「っ‥‥」
 霞澄の加護結界があればこそ耐えられた衝撃。
「はあああ!!」
 アイザック、ミレーヌが剣を構え術師の懐に飛び込む。
「貴様ら‥‥!」
「おまえの相手は俺だ」
 援護に入ろうとした男の正面に構えるのは、アッシュ。
 既にスキルを行使、その身に溢れる力は一撃で敵を打ち倒す程の――。
「これで終わりだ――漆黒の牙よ、穿ち砕け!」
「がっ‥‥!!」
「ぐふっ‥‥!」
 同じくスキルを活用、重い一撃を相手の鳩尾に食い込ませた律の足元に男が伏し、直後、律の足首を襲う握力。
「今のは結構効いたな‥‥っ」
 下卑た笑い声と共に足首を引っ張られた律は雪上も手伝って転倒。
「律、っ!?」
 援護に入ろうとしたアッシュも、強烈な一撃を叩き込んだ相手の剣に制された。
「おまえの相手は俺だ、だったな‥‥? ケッケケケ‥‥」
 今までに何度も討伐依頼を出されていながら壊滅には至らなかった盗賊団――その実力の程は、彼らも予測はしていたから。


 術と、攻撃の手が休む事は無い。
 九対十二、人数の不利はあったが味方が深手を負えば霞澄が治癒に奔走し、その身を盗賊連中の刃が狙えばイリスが庇った。
「イリスさん、押して!」
 六花の声を受けて渾身の力で敵を押し返すイリス。同時、敵の足が六花の張った地縛霊の領域に踏み込み、地面から手を象る式が表れて盗賊を拘束。
 動揺した一瞬の隙を突いての、全力での一撃。
 二人掛かりで一人を沈めれば、六花が背後から攻撃を受けて倒れる姿がイリスの視界に映った。
「霞澄さん、まだ治癒は可能ですか?」
「はい‥‥ミレーヌさん、立てますか‥‥?」
「くっ‥‥この程度で‥‥!」
 女性三人、重い体を引き摺るように立ち上がり、――戦う。
「なかなか厄介ですね」
 涼しい顔で術を放つエルディンの疲労も嵩んでいた。リディエールの腕も上がらなくなっていた。それでも一人ずつ確実に仕留め、ようやく盗賊全員が地に伏してから。
「人数が足りない‥‥?」
 気付いたのはリディエール。続いたのはミレーヌ。
「こ、この程度の力量で今まで壊滅に至らなかったのはアジトの向こうに抜け道があるからではないのか!」
 まさか、と。
 アイザックは走り出した。


 洞窟の奥に駆けこんだアイザックは、来た方向からちょうど死角になる位置で佇む『彼』を見付ける。声を上げ掛けた部下に声を出さないよう指示した彼は早口に告げる。開拓者と遭遇しては説明が面倒になるからだ。
 足元には逃げようとしていた男が転がっていた。
「ペンダントは無かったよ。此処に戻る途中で遭遇した人物に売ったらしいが、それが男か女かも覚えていないらしい。‥‥まるで、ペンダントが自分の意思で行方をくらましているようだな。――と」
 洞窟の向こうから開拓者の声がし、彼は「後は任せたよ」と言い残すと盗賊の逃げ道を使い立ち去った。
「アイザックさん! アイ‥‥御無事でしたか」
 駆け寄ったイリスは、傍で盗賊最後の一人が倒れている事と、アイザックの無傷を確認する。怪我はない。けれど彼の様子は明らかにおかしかった。
「大丈夫ですか‥‥?」
「‥‥ええ。皆さんの所に、戻りましょう」
 持ち逃げしようとしていた宝の包をイリスに預け、アイザックは気絶している男を背負うと出口を目指して歩き出した。



 縄を掛けられた二〇名の盗賊と、洞窟から運び出される盗品の数々。その量の多さにエルディンが馬車を寄せて荷台に運び込むよう笑顔で指示を出せばミレーヌが「おまえも動け!」と怒るなど賑やかなやり取りが展開される一方、六花が盗賊達の火元を借りてホットチョコレートを準備していた。帰路に着く前に疲れを癒そうと言う心遣いだ。
 依頼そのものは達成だ。
 盗賊団はこれで壊滅し盗まれた物品は必要な手続きの後に持ち主に返されるだろう、が。
(このままでは終われない‥‥っ)
 アイザックは胸中に誓う。
 あの日の、コンラートの為にも。