二月の甘いお茶会
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2011/02/14 23:38



■オープニング本文

 ●夫人の暴走?

「愛らしい乙女の方々には、やっぱり笑顔でいて欲しいと思いますの」
 その依頼は、レディカ夫人のこんな一言から始まった。
 突然の手紙で彼女の邸に呼び出された傭兵団長スタニスワフ・マチェク(iz0105)は「お茶をご一緒して下さいな」の誘いに応じ、言われるがまま上品な細工が施されたテラスに用意されたテーブルに着いたのだが、其処には自分と夫人の椅子の他に、空席が六つあった。
「他にも客人が?」
「ええ、その予定ですわ」
 ふふっ、と意味深に笑んだ夫人が続けて口にしたのが先の一言。
「愛らしい乙女の方々には、やっぱり笑顔でいて欲しいと思いますの」だったのだ。
 マチェクは夫人の表情から彼女の真意を見抜こうと試みるが、そこは年の功と言うべきか夫人の笑顔には隙がない。まったくもって曲者だと、マチェクは諦めに近い息を吐く。
「‥‥その笑顔のために、夫人は私に何をさせようとお考えなのでしょうか?」
「さすがは団長さん。察しがよろしくて結構だわ」
 微笑む夫人は、言いながら一枚の皿をマチェクの前に差し出した。その上に乗せられていたのは六粒のチョコレート。
 この季節には何故かしら話題に上る甘い菓子だ。
「わたくし、先日のクリスマスパーティで色々と思う事がありましたの」
 夫人は言う。
「団長さんは随分と罪な方ですわ」
「ええ、まぁ‥‥否定はしませんが」
 さてこの夫人は何を企んでいるのかと探るような視線を向ければ、彼女は更に笑みを強めて一言。
「女性のおもちゃになって下さいな」
「――」
 これにはさすがの傭兵団長も言葉を詰まらせ、気を取り直すように紅茶を一口。
「それはまた‥‥随分と奇抜な提案をされますね」
「ふふふっ、けれど妙案だとは思いませんこと? もちろん女性に限らず男性に弄られても結構ですわよ? 女性泣かせな貴方ですもの、この機会に貴方に痛い目を見せたいと考えている殿方もいらっしゃるでしょうし」
「それも否定はしませんが」
「勿論、貴方に素直におもちゃにされろ、とも言いませんわよ?」
「‥‥と言うと?」
「勝負ですわ、このチョコレートを使って」
 そうして彼女が説明するには、今回の誘いに応じて集まってくれた開拓者と一対一の勝負をし、チョコレートを相手に食べさせた方が勝ち、という事らしい。
 戦いながら、相手の口にそれを放り込んでも良い。
 迫って油断させて食べさせても良い。
 とにかくチョコレートを食べた方が負けで、マチェクが負けた場合に限り勝者は彼を好きにして良い、という事らしい。
「さて‥‥どうお返事したものでしょうね」
「あら、貴方に選択の余地なんてありませんのよ? 傭兵団の皆さんに、お仕事、‥‥欲しいでしょう?」
 うふっ、と微笑む夫人は広大な農場の経営者。冬は雪かき、雪解けの季節には春の準備と季節ごとに行わなければならない仕事は山とある。その仕事を半分でも傭兵団に任せて貰えれば、それはとても助かることだ。
「団長さんだってチョコレートを相手に食べさせるのに、本気になって頂いて結構ですのよ? 手加減は無用ですわ」
 にっこりと言い切る夫人に否を唱えられる雰囲気ではなく、結果としてマチェクはこの件を受け入れざるを得なくなった。傭兵団の仕事の件まで持ち出されてはどうしようもなかった。
「というわけで、ギルドには依頼書を提出しておきますわね♪」
「仕方ありませんね、私も本気でいかせてもらうとしましょうか」
 そう返しながら苦く笑う彼に。
(ふふっ。もしも女性の方々が負けてチョコレートを食べさせる事が出来なくても、マチェクさんが女性の方にチョコレートを食べさせようと本気で迫る姿は、きっとどっきどきのわっくわくですわ)
 それに、相手が男性だった場合でも、それはそれで想像すると楽しいものがあるわけで。
(どちらにしても催して損はありませんもの!)
 夫人のそんな思惑を知ってか知らずか、マチェクはくすっ‥‥と意味深な笑みを零していた。


■参加者一覧
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000
13歳・女・騎


■リプレイ本文


 まずは美味しいお茶でも、と夫人が用意した席に着いた六人の女性と、観戦希望の二名。その一人一人を見遣りながら、夫人は名乗りを上げた六人にチョコレートを一つずつ差し出す。
「応援していますわ」
「が‥‥頑張り、ますっ」
 レジーナ・シュタイネル(ib3707)が緊張した面持ちで応じれば、ふわりと微笑むファリルローゼ(ib0401)。
「ふふっ、確かに見事に恋する乙女ばかりが揃ったな‥‥と、私は違うが」
「私も違う」
 即答は風和 律(ib0749)。リディエール(ib0241)は渡されたチョコレートを見つめながら失笑する。
「覚悟なさって下さいませね?」
「やる気充分だね」
 言われたマチェクは薄く微笑い、ルシール・フルフラット(ib0072)は静かな決意を胸に抱いていた。
(‥‥何だか様子がおかしい‥‥よね?)
 夫人が出したお茶と焼き菓子に夢中だったミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)は、ようやく周囲の雰囲気が妙な事に気付いた。たらしの傭兵と勝負をするという依頼で赴いたつもりだが、何となく感じる居心地の悪さ。
 と、マチェクが問う。
「ところで君達、勝負の順番は決めてあるのかい?」
「え?」
 女性陣は一様に問い返し。
「決まっていないなら最初から俺のペースで進めてしまうよ?」
 意地悪な笑顔でそんな事を言い出す傭兵に女性陣は戸惑い、そこで勢いよく挙手したのはミレーヌ。居心地の悪さも手伝って、少女は自分が一番に勝負を挑むと、チョコレートを手に取った。



「騎士の勝負ならば剣で決するが正道! いざ尋常に勝負!」
 お茶が用意されたテラスから外に出るなり剣を抜いた少女。
「そのチョコレートはどうするんだい?」
「敗者が食べるに決まっている!」
「なるほど」
 くすくすと笑う傭兵に、少女はムッと頬を膨らませた。
「人民と王家の守護者たる騎士ともあろうものが、このような場所で女を口説いているなんて暢気なものだ!」
「残念ながら俺は騎士ではなく一介の傭兵だよ」
「ふ、ふん! こんなのが隊長とは、その傭兵団もたかが知れる!」
「手厳しいね」
「‥‥っ、剣を抜け!」
「それは断らせてもらう。可愛い御嬢さんに怪我をさせたくないからね」
「愚弄するか!」
 直後に地を蹴った少女は傭兵の懐目がけて剣を振るうが、傭兵は一歩引くだけで剣先を躱し、余裕の表情。
「敵を前にして先手に走るは隙を生む、だったかな?」
 得たり顔で嘯く傭兵に少女の表情が怒りに震える。体全体の重心を右足に乗せる事で軸を傾かせ、重力を味方に再び剣を振った。狙うは傭兵の足。だがそれも。
「残念」
 跳躍。その着地点を相手の剣先に定めれば傭兵の体重が更に少女を傾かせた。もはや転倒するしかなかった少女を間際でしっかりと抱き止めた傭兵の腕。
「降参かな?」
「おのれ‥‥!」
 微笑う傭兵に、顔を真っ赤にした少女が拳で応戦するが意味は成さず。
「まだ続けるかい?」
 余裕の表情で告げる傭兵に、みるみる歪んでいく少女の表情が泣き顔に変わるまで僅か数秒。
「何で勝てないのよぅ‥‥!」
 それまで大人びた言動を崩さなかった少女が、年相応の感情を剥き出しにし、声を上げて泣き出したが、そんな少女の大きな口にチョコレートを放れば、ぴたりと泣き止んだ。マチェクは勝敗を決めるつもりで食べさせたのだが、予想外の結果に一瞬の沈黙が広がり、後には楽しげな笑い声が広がった。
 その頃、不意に席を立ったのはリディエールだ。人気の無いキッチンで「多少のハンデは許して下さいますよね」とマチェクのカップに混ぜ入れるのは、痺れ薬。



 リディエールがテラスに戻ると、ミレーヌとマチェクも戻っており、リディエールは「お疲れ様です」と淹れたばかりの茶を二人に差し出し、マチェクは礼を言うと何ら疑う様子もなくそれを飲み干した。
「さて、次は誰だい?」と声を掛ける傭兵に応じたのはレジーナ。
 少女はテーブルの下に置いてあったバスケットを持ち上げると、中から人数分のシュークリームを取り出し、それを一人一人に配り始めた。
 そうして最後の一つを手にしたレジーナは、夫人から渡された勝負用のチョコレートを挟むと、それをマチェクに差し出す。
「どうぞ‥‥」 
 中はホイップクリームとオレンジジャム。少女が何度も練習を重ねて完成させた今日の日の為の菓子だ。
 静まり返ったテラスで、少女にじぃっと見つめられたマチェクは――。
「ん。美味しい」
 あっさりとシュークリームを食べてしまった。勿論チョコレートも全部残さずに。
「え‥‥っと」
 レジーナ本人も、あまりにも唐突な出来事に状況を呑み込めない。勝ち負けすら言葉に出来なくて戸惑っていればマチェクが微笑う。
「さて、俺は君のために何をしたら良いのかな‥‥それとも後にするかい?」
「っ‥‥と、あの、後、で‥‥」
 それだけを何とか声に出したレジーナ。マチェクは頷き、ならば次の勝負をと女性陣を促した。



 マチェクがあっさりと負けを受け入れた事に戸惑いながらも、三人目――ルシールとの勝負は始まっていた。
「勝負の前に、個人的に条件を一つ追加させて下さい」
「というと?」
 用意された別卓に、一対一でマチェクと向かい合って座るルシールは告げる。
「スタニスさんが負けたら、私の言う事をなんでも聞いてくれるとの事ですが‥‥もし此方が敗北した場合にも、逆と同様、私を好きにして下さって結構です。本気の勝負ならば同条件であるべきですから」
 対等でありたいからこそと決意を胸に語るルシールに、‥‥しかしマチェクは意地の悪い笑みを覗かせた。一対一で卓に着いたまま決して身構える事のない少女の、卓の上でチョコレートを持つ左手と、中身を見せない右手。その真意は定かでなくても、彼女がどういう心積もりなのかは想像に難くなかった。
「‥‥一つ覚えておくといい」
 スッと席を立ったマチェクは、ルシールの間近に佇み、左手首を抑えた。
 動かせない、とルシールが気付くと同時に笑みを強める『男』。
「これは騎士同士の決闘ではなく、男と女の勝負だよ。ましてや俺は傭兵‥‥正々堂々なんて言葉とは無縁」
 次いで右手首も封じられたルシールは無意識に腰を浮かせようとするが、同時に両手首を自身の背に回されて完全に動きを封じられた。それはまるでマチェクに抱き締められていると同様の、吐息され触れ合いそうな至近距離。
 背中で、ルシールの両手首は男の左手一つに纏められ、自由が利いているのはマチェクの右手のみ。
「男と女の間に対等を望むなら友情を勧めるし、‥‥元より負けるつもりで君が負けた場合には好きにしろという条件を追加したなら、俺は君を見る目を改めなければならないな」
 その意味するところを察して目を見開く少女へ、マチェクはようやく表情を和らげた。
「いいかい、ルシール」
 自分を見失ってはいけないよ――‥‥その言葉と共に口に含まれたチョコレートは、‥‥ひどく、苦かった。



 四人目はリディエールだったが、テラスの外で魔法込みの対戦を望んだ彼女は困惑していた。時間的には充分なはずなのに、お茶に混ぜた痺れ薬の効果がまるで感じられないのだ。
「どうかしたかい?」
「! いえっ」
 まるで彼女の困惑を見抜いているかのような言葉に、リディエールは慌てて表情を改め、――勝負が始まった。
 繊細な容貌に柔和な物腰の彼女もいざ戦闘となれば一端の魔術師。フローズ、アムルリープと繰り出される術は見事だったが、如何せん相手は歴戦の傭兵である。間を詰められて、気付けば至近距離。
「さて?」
「‥‥っ」
 抱き竦められて後がなくなったリディエールは、最後の手段とばかりに自分のチョコレートを唇で咥えて、目を閉じた。
(女性に恥を掻かせる方ではありません‥‥よね‥‥?)
 顔を真っ赤にして、けれど決して勝負を捨てない姿。
 だから、マチェクは。
「後悔するんじゃないよ?」
「ぇ?」
 薄目を開いたリディエールは、マチェクが自ら自分の口にチョコレートを放るのを見た。そうして近付く彼の顔。何が起きたのか咄嗟には理解出来なかったけれど、気付けば重なり合っていた唇。更にはマチェクの右手がリディエールの顎に触れ、優しく、けれど拒む事を許さない力で唇を開けさせた。
 リディエールの口に転がり入る二つのチョコレート。
 勝敗は決した。



 突然のキスシーンに、次の対戦相手ファリルローゼが受けた衝撃は相当だったらしく、マチェクが待つ卓に着いても彼の顔が見られなかった。
「ロゼ?」
 平常心を保とうにも、名前を呼ばれるだけで跳ねる鼓動。
(どうしたと言うんだ私は‥‥っ)
 落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。今日の目的は普段憎らしい程に余裕綽々な傭兵をお仕置きする事。他の皆の為にも勝たねばならない。
(そうだ、マチェクをもふら様だと思えば良い。あの白くふわふわで鈍足、丸々、うざ可愛いと評判のもふら様‥‥勝負は一瞬。書物で勉強した通りにすれば勝てる。そう、必殺『ジッと見つめる』‥‥!)
 勢いを付けて相手の顔を真正面から見つめたファリルローゼだったが、強張ったその表情では見つめるというよりも見据えるといった雰囲気で、相手を動揺させるには程遠く、むしろ様子のおかしな彼女を心配し、至近距離まで近付いていた彼の顔に、彼女の方が。
「ロゼ?」
 言葉を紡ぐために動く唇に目がいく。
 この唇が少し前には――。
「いやっ‥‥」
 手で押し退けるファリルローゼが無意識に毀した素の声。
「こんなのずるいわ‥‥っ、意地悪‥‥!」
 あまりにも思い掛けない彼女の姿に珍しく固まった傭兵は、ただただ彼女のそんな姿を見つめていた。
 お互いに次の行動を取れないまま数秒。先に我に返ったのは素の自分を自覚したファリルローゼ。ハッとして見上げた先で相手が固まっている事に気付くと、その口にチョコレートを押し込んで逃走した。
「私の勝ちだ!」
 テラス席でそう宣言し妹の後ろへ隠れる彼女に、マチェクは肩を震わせて笑っていた。



 そうして最後の対戦相手、律は、精神統一から戻るなりマチェクと対峙した。
 全身を覆い隠すロングコート。
(‥‥この男にはこの男の生き様があり、それが私の『理想の騎士』と違って当然である事は理解している‥‥)
 しかし一方で、認めているからこそ気に障る部分も多々あり、そんな自身の蟠りを解く為に彼女は此処に来た。
「迷いはあれど‥‥今日こそは貴様に勝つ!」
 宣言と共に放たれたコート。その下から露わになったのはメイド服姿の律。意外過ぎる装いにテラスの彼女達が驚く光景には、流石のマチェクも呆気に取られ、その隙に律が距離を詰める。
「覚悟!」
 先手を躱すも、そこは騎士の実力高い律の攻撃。足を狙われての転倒を回避するには至らなかった。
 律に押し倒される形になったマチェクは、彼女が口に押し込もうとするチョコレートを持った手首を掴みながら、笑う。
「まさか律のメイド服姿が見られるとはね」
「言うなっ」
 頬を赤く染めながら、何とかチョコレートをマチェクの口に持っていきたい律だが、男の力相手にそれは容易ではない。
「くっ‥‥貴様は‥‥私にチョコを貰うのは不服か?」
「こうして押し倒されたんだ、もう少し可愛く食べさせてくれるかい?」
 瞬間、律の表情が真っ赤に染まる。
「誰が押し倒したか!」
「誰がどう見てもそうだろう?」
 指摘されて自分の態勢を顧みればその通りで、気を取られた一瞬で態勢が逆転した律はマチェクに組み敷かれ、チョコレートは手から地面に転がり落ちる。
「くっ‥‥」
「さて、どんな方法で俺からのチョコレートを受け取ってもらおうか‥‥やはり口移しかな」
 冗談じゃないと怒鳴り返せば傭兵は楽しげに笑い、手でチョコレートを食べさせられた律の負け。
 これで全ての勝負が終了。傭兵の四勝二敗で甘いお茶会は幕を閉じるのだった。



 勝利し、何とか平常心を取り戻したファリルローゼの提案で女性陣全員の買い物に付き合い、荷物持ちを任じられたマチェクは「なるほど、それは大変そうだ」と微笑った。嫌がらせをメインにした命令ならば大概は楽しむ彼にとって、荷物持ちはある意味で一番効果的だったろう。
 様々な店を見て歩く女性陣に素直に付き従う傭兵。些か沈んだ様子のルシールが弟に励まされるなど気に掛ける事はあったが、‥‥それも今後の糧になればと思う。
 そんな傭兵の横顔に声を掛けたのはリディエールだ。
「‥‥選ぶのは貴方です、けれど‥‥彼女達を泣かせるような事があれば、承知しませんからね‥‥?」
「そう言われても、ね。俺が好意の有無に関わらず誰とでもキス出来る男だって事は、君も知っているだろう?」
 だからあの手段を取ったのではと問われれば返す言葉は無く。
「それと、俺にも常時命を狙われていた時期があってね。ある程度の毒には耐性が出来ているんだよ」
 笑いながらそんな事を言い残す背に複雑な想いが募る。
「‥‥意地悪な方、ですね‥‥」
 その言葉が当人に届く事は無く。
 マチェクは一人果物の店を見ていたレジーナに歩み寄った。
「勝利のご褒美は何が良い?」
 そう声を掛けると少女は微かに頬を赤らめてしばらく思案。
「‥‥少しだけ、二人きりで、話したい‥‥です」
 そう、願った。


 二人きりで歩く雪景色の街は氷点下であるはずなのに冷気を感じさせない。そんな時間が長く続けば耐えられなくなりそうで、レジーナは意を決しマチェクを見上げた。
 きっとバレている、と思う。周りの人達だけでなく、きっと、本人にも。それならせめて自分の言葉で伝えたかった。まだどうしたいのか、どうして欲しいのかも解らないけれど、その確証もないまま「知られているかもしれない」状況だけは打開したかったから。
「私‥‥、あなたが、好きです」
 そのたった一言。
 大切な気持ちを伝えて、憶えておいてくれれば――、そう願う少女の頭を優しく撫でた大きな手は、暖かくて。
「ゆっくり大人になると良い」
 彼はそう応じ、手渡したのは『銀の砂時計』。
 菓子作りの勉強中だという彼女の役に立てばとの意味で用意したけれど、ゆっくりと流れ落ちる砂が刻む時のように、決して焦らず、適当な時間を掛けて大人になって欲しいという意味も添えて。
「ありがとう」
 告げられたその言葉に、少女は、微笑った。



 皆の元に戻ったマチェクは、次いでもう一人の勝者、ファリルローゼに歩み寄った。
 呼べば警戒の色を浮かべた相手に、傭兵は微笑う。
「少し我慢してもらえるかい?」とその耳朶に触れると、手に隠していた『雪華の耳飾り』を贈る。
「貴重な姿を見せて貰ったお礼だよ」
「‥‥っ、ぁ、アレは忘れろ!」
 真っ赤になって言い返す彼女に、それは無理だとマチェク。
 あの勝負の最中、彼に勝負を挑む友人達の姿を(本気の恋をしているのだな‥‥)と見つめていた彼女は気付いていなかった。
 自分自身の姿もまたそうである事に――‥‥。