【聖夜】この日を君と
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 易しい
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/31 19:34



■オープニング本文

●クリスマス
 ジルベリア由来のこの祭りは冬至の季節に行われ、元々は神教会が主体の精霊へ祈りを奉げる祭りだった。
 とはいえ、そんなお祭りも今では様変わりし、神教会の信者以外も広く関わるもっと大衆的な祭典となっている。
 何でも「さんたくろうす」なる老人が良い子のところにお土産を持ってきてくれるであるとか、何故か恋人と過ごすものと相場が決まっているだとか‥‥今となってはその理由も定かではない。
 それでも、小さな子供たちにとっては、クリスマスもサンタクロースの存在も既に当たり前のものだ。
 薄暗がりの中、暖炉にはちろちろと炎が燃えている。
 円卓を囲んだ数名の人影が、深刻な面持ちで顔を見合わせていた。
「‥‥やはり限界だな」
「今年は特に人手不足だ、止むを得まい」
 暖炉を背にした白髪の老人が、大きく頷いた。


●傭兵が出会った老人
 今年もジルベリアの大地に長く厳しい冬が訪れて、ここ最近の首都は深夜に降り積もった雪で、連日、白く輝く朝を迎えていた。
「今日も随分と冷えるな」
 雲一つない青空を見上げて白い吐息と共に呟くのは赤髪の傭兵、スタニスワフ・マチェク(iz0105)だ。開拓者ギルドに用があって首都を訪れた彼は、まだ人々の足跡が刻まれていない真っ白な街道に自分の足跡だけが残る様を面白がっているようだった。とは言え人々が動き出すより早く彼が行動している理由は雪原に足跡を付けたいからではない。町の人々はともかくとして、国内の騎士団や、それに準ずる連中と鉢合わせした場合に良い事など何一つ無いからである。
「そろそろ団の仕事も考えないといけないんだが‥‥」
 呟きと共に漏れるのは、さして困っているわけではなさそうな笑い声。何はともあれ今はこれが大事と、手の中の依頼書に目を落とす。それには今回の依頼主であるレディカ夫人の署名と、クリスマスパーティーの参加者を国内外問わず募るという内容が記載されていた。
 かつてはこの祭にも意味があったらしいが、現在ではその意味も無きに等しく人々が集まり楽しむ年の瀬恒例の大宴会だ。
 これまでの経緯から開拓者をいたく気に入っているレディカ夫人は今回のパーティーにも彼らを招きたく、なおかつ傭兵団も気に入っているからこうして巻き込む。
「あら、だって大勢の方が楽しいじゃありませんの♪」
 無邪気に微笑む夫人にはマチェクも「仕方ありませんね」と笑うしかなく、そんなこんなで夫人に代わり依頼書を出しに来た傭兵である。
 大勢いる部下の一人に任せれば時間を気にする必要もないだろうに、朝の散歩は好きだよとマチェク自らギルドを訪れたのは、‥‥後になって考えてみれば何かの巡り合わせだったのかもしれない。
 いまだ門が閉ざされたままのギルドの前に、一人の老人が立っていたのだ。否、立っていると言うよりも門扉に体を隠して中を覗き込んでいる様子。どこからどう見ても不審者だ。
(ふむ)
 傭兵は面白そうだと直感し、足音を忍ばせてその背後へ。
「――失礼?」
「ひぎゃあぁ!?」
 耳元に囁けば老人は心臓が止まるのではないかと心配になるくらい大きな叫び声を上げて振り返り、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
「ああ、驚かせてしまいましたね。大丈夫ですか?」
「ぅ、うむ、平気じゃ。この程度‥‥」
 随分わざとらしい台詞を吐く傭兵と、それに対して特に怒るでもない老人。微妙な雰囲気を醸し出す彼らは人気もまばらな早朝の町で明らかに浮いていた。
 それを自覚しているからこそマチェクは問う。
「今日はギルドに何か依頼を?」
「ああ、まぁ‥‥」
 歯切れの悪い返答をしながら、老人はマチェクが持つ紙片に気付く。
「おまえさんも何か依頼を出しに来たのか?」
「ええ。知り合いの夫人がクリスマスパーティーを催されるので、その参加者を募集するという内容なんですがね」
「! なんと、クリスマスパーティーをか‥‥っ?」
 途端に目を見開く老人に、マチェクは頷く。
「もしよろしければ、貴方もご一緒に如何ですか?」
「ぃ、いや、おまえさんのパーティーに参加するのは無理だが‥‥」
 無理と言いつつも彼の依頼内容には強い興味を示す老人。冬の寒さで冷え込んでいるというのに額に滲ませる汗からは老人の心中が読み取れるようだった。
 だからマチェクは再度問うた。
「もしかして、貴方の依頼もクリスマスパーティーの?」
「! い、いや、うむ‥‥うぅむ‥‥」
 しばらく悩む老人が考えを纏めるまで黙って待っていたマチェクは、何気なく来た道を見返して‥‥、薄く笑う。
 と、ようやく意を決したらしい老人の言葉。
「実はな、わしは‥‥町の子供達にプレゼントを配ってくれる開拓者がいないかと探しに来たんじゃが‥‥募集するだけの依頼料やらが‥‥何と言うか‥‥いや、それは良いんじゃが!」
 恐らくこの老人の分として手渡された予算は何かに費やしたか紛失したかしてしまったのだろうと内心で予測するマチェクに、老人は「頼む!」と顔を上げた。
「町の子供達にクリスマスプレゼントを渡してくれんかの!」
「――‥‥」
 真っ直ぐに射るような相手の視線を受け止めながら、気付けば傭兵の口元に浮かんでいたのは穏やかな微笑だった。
「構いませんよ」と応じる声音にも嘘はない。
「パーティーの前に子供達にプレゼントを配って歩いてくれる開拓者を募集する、それでどうですか?」
「! ぁ、ああ、是非頼むっ。ありがとう、恩に着る!」
 がしっと傭兵の両手を握る老人は「しかし」と不思議そうな表情だ。
「まさか引き受けて来るとは思わなんだ‥‥おまえさん、外見によらんな」
 言われた傭兵はくすくすと楽しげに笑う。
「今はこうでも、昔はサンタクロースに憧れていましたからね」
「――そうか」
 憧れと聞き、老人の口元もようやく緩む。
 と、ギルドの門が開き、受付係が顔を覗かせた。
「では頼んだぞ。プレゼントは当日までに‥‥何処に届ければ良いかの」
「それなら‥‥」
 マチェクは依頼書を広げ、そこに書かれているレディカ夫人の農場の場所を説明。こうして別れた二人は互いを見送るでもなくそれぞれの方向に進み、しかし、途中でマチェクは振り返り、微笑った。
 来た道には自分の足跡だけ。
 他の誰かがいた形跡は何一つなく――‥‥。


■参加者一覧
/ 朝比奈 空(ia0086) / 京子(ia0348) / 酒々井 統真(ia0893) / 鳳・陽媛(ia0920) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 滝月 玲(ia1409) / 秋桜(ia2482) / フェルル=グライフ(ia4572) / からす(ia6525) / 詐欺マン(ia6851) / コルテーゼ(ia7930) / 神咲 六花(ia8361) / カジャ・ハイダル(ia9018) / リーディア(ia9818) / 霧先 時雨(ia9845) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / ルシール・フルフラット(ib0072) / ラシュディア(ib0112) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リディエール(ib0241) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / 御陰 桜(ib0271) / ミシェル・ユーハイム(ib0318) / 十野間 月与(ib0343) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / マリー・プラウム(ib0476) / グリムバルド(ib0608) / 燕 一華(ib0718) / 琉宇(ib1119) / ケロリーナ(ib2037) / 白犬(ib2630) / 蓮 神音(ib2662) / 西光寺 百合(ib2997) / 八条 司(ib3124) / 月影 照(ib3253) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 御影 銀藍(ib3683) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / 鉄龍(ib3794) / ジレディア(ib3828


■リプレイ本文


 パーティ当日。会場の一角に届けられた二百近い個包装のプレゼントに、未装飾で掌サイズのリースを丁寧に張り付けていたファリルローゼ、フェンリエッタ姉妹の様子には傭兵団長マチェクの表情も明るくなる。
 と、そんな彼にフェンリエッタの声が掛かる。
「マチェクさん。ご迷惑でなければ此方を預かって頂けますか? 今回の依頼人の方に渡して欲しいんです」
 そうして手渡すのは完成したクリスマスリースだ。
 子供達に贈り物を‥‥そう頼み、こうしてプレゼントを用意した人物が『誰』であるのかマチェクは明言していない。あの老人が自ら名乗る事はなかったし、彼も聞こうとはしなかった。ただ、今日の為にこれだけの贈り物を用意した人物が『誰』であるかは、ジルベリアに生まれ育った者なら想像に難くなく、その人への感謝の気持ちを込めたもの。
「また会えるとは限らないよ?」
「それでも‥‥」
 フェンリエッタの真摯な願いに、傭兵はレディカ夫人に許可を得てこれを邸の玄関扉に飾る事にした。そのために外へ向かえば、良いタイミングで新たな来訪者。フラウ・ノートとカジャ・ハイダルだ。
「んまぁ♪」
 夫人の歓喜の叫びにフラウは逃げ出そうとするも、一瞬の隙を付いて夫人がフラウを抱き締めた。
「お会いしたかったわっ、今日もメイド服でいらっしゃるだなんて‥‥うふふっ」
「ちょ、頬擦りは、こそばゆっ!」
 必死の抵抗を試みるフラウだが夫人の拘束から逃げ出すのは困難。ただ、夫人がカジャに気付いた事で頬擦りはストップした。簡単な自己紹介と今日のパーティへの参加を伝えたカジャは、次いで初対面で図々しいとは思うが‥‥と一つの企み事を伝えた。夫人が『そういう内容』を好むのはフラウから聞いていたし、だから二人で幼馴染達に先んじて此処まで来たわけで。
「それは結構ですわね♪」
 案の定、乗り気の夫人が準備を始める頃、傭兵団の力自慢達と邸に戻ったのは余所から立食用の円卓を運んで来たキース・グレイン。
「傭兵団と顔を合わせるのはどれも宴やら祭絡みばかりだったが、やっぱり遊んでばかりいるわけでもないんだな。仕事の様子も見せて貰いたいもんだ」
 円卓を軽々と運んで見せた男達にそう呟けば、男達からは豪快な笑いが返ってくる。
 その内に機会はある、また戦場で敵同士にならなきゃいいがと笑い飛ばし、何にせよ今日は楽しんで行けと肩を叩く。
 見渡す飾り付けの進む邸内。
 たくさんの笑顔と彩溢れる会場。
「クリスマス‥‥今年は賑やかになりそうだな」



 陽が傾き始める頃には大勢のサンタクロースが集まっていた。朝比奈 空や鳳・陽媛らに誘われた穂邑や、神楽の都では甘味姉妹と呼ばれる事が多い佐保姉妹も、燕 一華、滝月 玲らに誘われて飛び入り参加。赤と白を基調にしたサンタ服に着替えている者も少なくない。
 ただ、穂邑を誘いつつもサンタの仕事には参加しない面々も多く、ミシェル・ユーハイムや詐欺マン、ケロリーナら、今回のパーティに先駆けて穂邑のコーディネートを手伝った面々も先に会場で待つという。
 特にミシェルの、穂邑に「自分の恩人だ」と紹介した西光寺 百合が初対面の京子と邸の庭先で自生しているハーブの話題で盛り上がっている姿を見つめる表情は幸せそうで、以後、彼女の傍を離れるつもりはないらしい。
「楽しんでくると良いでおじゃるよ」
 詐欺マンに背を押され、それでもどこか不安そうな顔をしていた穂邑に声を掛けたのはサンタに扮した神咲 六花と石動 神音。
 誘ってくれるサンタ達と、待っていると言ってくれる友人達。
 大きく頷いた穂邑に、皆が笑顔だった。


 各自で割り当てられた地域に住んでいる子供の人数分ずつ纏めた白い大きな袋を力自慢が次々と担ぎ上げ、移動を始めるサンタの大行列。彼らが町に入った頃には淡い輝きを放つ空から雪が舞い降り始めていた。
 いよいよ配布という時になって袋から一つずつ贈り物を手に取ると、その表情は自然と明るくなり、中でも特大の箱を一生懸命に取り出そうとしているフェルル=グライフの傍から手を貸し、それを持ち上げたのはトナカイの着ぐるみに身を包んだ酒々井 統真だ。
「大きいのは俺が持つから」と、サンタ姿のフェルルの荷物持ちを買って出た統真は、ふと恋人の髪に飾られた簪に目を止めた。
 僅かな沈黙。
「どうした?」と仲間に声を掛けられて我に返った統真は「いや」と贈り物を手に子供達が暮らす家へ。
(‥‥統真さん気付いてくれたかな‥‥?)
 フェルルは思う。赤い頬は、決して寒さのせいだけではない。


「プレゼント渡す時はメリークリスマスだからね? とりっくおあとぅりーとじゃないからね?」
「変装して配るのに?」
「これは変装とは違くて‥‥大丈夫かなぁ?」
「ちゃんと配るもんっ」
 心配そうな白犬にぷぅっと頬を膨らませて反論したプレシア・ベルティーニが一軒目の扉を叩く。中から物音がして、開く扉。誰が出迎えるかは家庭でも相談済みだったのだろう、顔を出した子供はサンタ服の開拓者達に破顔する。
「うわぁ‥‥!」
「メリークリスマス♪」
 手渡される贈り物に、綻ぶ笑顔。
「ありがとう、サンタさん!!」


「ふぉふぉふぉ、メリークリスマスじゃ。いい子にしておったかの?」
「うん!!」
 頷く子供に「ならご褒美じゃ」と贈り物を手渡す玲サンタと、一緒に行動している甘味姉妹やマリー・プラウム。
「メリークリスマス! 君も良い子にしてたかな?」
 もちろんだよと宣言する子供達はプレゼントを受け取りながら「女の人のサンタさんもいるんだね!」と目を輝かせる。マリーは甘味姉妹と顔を見合わせて。
「今日は御爺ちゃんのお手伝いなの!」
 玲の両腕にしがみつく三人娘。
「素敵なクリスマスを、ですっ」と一華が満面の笑顔で場を締めた。


「メリークリスマス。‥‥今年は、どんな一年でしたか」
 子供達にそう問うたのは秋桜だ。大きな乱を終えて最初のクリスマス。あの戦争の後で子供達がどのように過ごして来たか――それを思えばこそサンタの役を引き受け、年の瀬位は笑顔で迎えて欲しいと願った秋桜の問い掛けに、子供達は笑顔だった。
「楽しい!」
「サンタさんが来てくれたんだもん、今年も良い一年よ!」
「そう、ですか」
 秋桜は深呼吸を一つすると、精一杯の笑顔で贈り物を手渡した。


 子供達へのプレゼント、その片隅に飾られた未装飾のリースはファリルローゼ、フェンリエッタ姉妹が一つ一つ丁寧に張り付けたものだ。
 感謝の気持ちをこの場にはいないサンタ達にも――そんな想いを込めて、子供達が飾り付けてくれれば良い。
 中には、ルシール・フルフラットが加えたクッキーも入っている。
「さぁ、お待たせしました」
「メリークリスマス。来年も良い子でな」
 子供好き故に柔らかな笑みを絶やさぬアルーシュ・リトナとグリムバルド。
「はい、サンタさんからのクリスマスプレゼントよ〜♪」
「良い子にしてましたかー?」
 コルテーゼと二人、プレゼントを配って歩いていた八条 司は、どの家庭よりも子供の多い家を訪ねていた。
 その数、七人。
「サンタだ!」
「本当に来たーー!」と大興奮の子供達が司に突進。
「ちょっ、わっ、待っ」
 案の定、外に向かって押し倒された司。
「良い子にしてたよ!」
「プレゼント!」
「やーめーてー! プレゼントあげませんようー!?」
 七人の子供達にもみくちゃにされる司を、けれどコルテーゼは楽しそうに眺め、そんな恋人の姿が司には嬉しかったりするわけで。
「酷い目に遭いました‥‥結構疲れますねっ」
 でも、と司は次の家に向かいながら恋人に言う。
「楽しいかな」
「ん、とっても♪」
 サンタクロース達も楽しむ聖なる夜だ。


 女性サンタが御爺ちゃんのお手伝いなら、巫女服姿のサンタは見習い、うさ耳サンタは忙しい今日だけ森の動物達もお手伝い中だと子供達に話して聞かせる。
「まゆの年齢だと、あげる側より貰う側に見られちゃうと思いますし」と気にしている礼野 真夢紀。少女の綺麗な黒髪を撫でながら、うさ耳サンタこと明王院 月与は微笑う。
「見習いサンタさんだからうさぎがお供するって、設定もバッチリね」
 姉の友人である月与の言葉に励まされながら真夢紀も笑顔を絶やすことなくプレゼント配りだ。
 一方、見た目の幼いからすはサンタ服にサンタ帽で傭兵団に混じっての配布活動。扉をノックすると同時、飛び出すのは――。
「サンタです」だったり「赤服宅急便です」だったり「幸せの押し売りです」だったり。
「いやいや、押し売りとは違うから」
 即座に突っ込む琥龍 蒼羅。
 からすの態度が妙に威風堂々としているため突っ込み難い団員達にとって蒼羅は唯一と言っても過言ではない勇者だったりする。


 大人数になれば様々なサンタがいるのは道理で。
「めり〜くりすま〜す♪ ちゃぁんとイイコにしてた?」
 胸元や太腿を強調したお色気抜群のサンタ服で子供よりも各家庭のお父さんを悩殺しかけるサンタを御陰 桜が演出すれば、
「お母様方。大人にはプレゼントを差し上げられませんが、私のスマイルをどうぞ」
「まぁ‥‥っ」
 きらーん☆と輝く笑顔で奥様方を失神させるトナカイ‥‥否、エルディン・バウアー。その度に同行するリーディアが困る‥‥かと思いきや。
「さすがですエルディンさん!」
「ふ‥‥聖職者であると堂々と言えないこの環境が辛い‥‥はっ、よもや私の慈愛溢れるオーラの神々しさは帝国兵に怪しまれるやも‥‥!」
「大丈夫です!」
 エルディンの懸念を笑顔で払拭するリーディア。
「皆さん良い笑顔で見送ってくださいますよ♪」
 トナカイ姿の男性と、マーメイドラインの白と青緑色のドレスに身を包んだ女性の組み合わせとなれば今宵、彼らを不審がる者など、‥‥‥‥きっといない。たぶん。


 舞い散る雪夜に、時折起こる一瞬の吹雪。
 直後に現れるサンタクロース達。
「うふふ。メリークリスマス、ですよっ♪」
 両手のブレスレット・ベルを鳴らしながらの登場はリリア・ローラントと御影 銀藍の二人。当初は銀藍の水遁との合わせ技で屋根から滑り台を登場させ颯爽と登場する予定だったのだが、残念ながら真冬のジルベリアでも水柱を一瞬で凍らせる事は出来ない。そのため吹雪の中から突如として現れる、という演出に変更した。
「サンタは、子供達のヒーロー、なのですよ」
 術を行使するためには周囲への気遣いが絶対条件だったが、その答えは集まる子供達の笑顔が物語っていた。


「リリアちゃん達、無茶してないと良いんだけど‥‥気のせい、だよね‥‥?」
 胸騒ぎがして空を見上げるのはニクスや傭兵団のアイザック、ヘスティア・ヴォルフらと行動を共にしていたアルマ・ムリフェイン。サンタ行列の彩になれればと爪弾くハープがおもむろに途切れた事で皆の視線が彼に集まる。
「どうかした?」
 アイザックの声に「ううんっ」とアルマ。
「えっと、‥‥そう! どっかから本物、出てこないかな、なんて」
「ああ、それは確かに」
「何言ってんだい、今日は俺達全員がサンタだろ?」
 最も、とくねらせる抜群のボディライン。
「ちょいとばっかしナイスバディな女サンタだがな〜」
 へへっと笑うヘスティアに、ニクス。
「‥‥自分で言うか」
「お? なんか言ったか?」
「ぃ、いや‥‥」
 自分の失言に言葉を濁せば、アルマとアイザックは顔を見合わせ笑い合った。


 その頃、リディエールは偶然にもマチェクと遭遇していた。
 意外にも上下共に普通のサンタ衣装を身に纏い、それがまた意外に似合う彼に驚いたリディエールだったが、こうして外で出会えた幸運に感謝したい気持ちでもあった。
 時間も限られているから次の家へ向かおうと促され、彼女もそれに頷き返すが、‥‥しかし、固い声でその背を呼び止める。
「あの‥‥先日は、緊張して周りが見えていなくて、大変失礼いたしました‥‥それで‥‥あの‥‥」
 リディエールが懸命に考えながら紡ぐ言葉を、彼はただ、待つ。
「もし、今夜のダンスパーティでお時間が余ったら。‥‥また、お相手をお願いしても、良いでしょうか‥‥?」
 必死さが伝わるリディエールの言葉に、マチェクは微笑う。
「ああ、喜んで」



 プレゼント配布はほぼ予定通りに進み、自分達の担当区域が終われば各自解散。クリスマスパーティに参加する場合は会場へという流れだ。ルシールも会場へ移動する内の一人で、特に誰かと誘い合わせたわけでもない彼女は一人帰路に着いていた。
 と、その前方に人影。サンタ服は今日だけで随分と見慣れてしまったけれど、その歩き方に覚えがあった。
「‥‥スタニスさん?」
 呼びかけ、振り返った顔には、白い髭。思わず絶句してしまったルシールに、彼は「ああ」と笑いながらその髭を外して見せた。
「やぁルシール。君も今日は随分と可愛らしい恰好だな」
「! こ、これは‥‥っ、借りられるサンタ服が、もう短い丈のものしか残っていないと言われたので‥‥っ」
 ミニスカートを必死に伸ばして太腿を隠そうとするルシールに傭兵は笑う。
「これからパーティに?」
「え、ええ」
「そうか」
 それきり前を向いてしまう、その最後の表情にルシールは違和感を覚えた。その違和感が何故か怖くて、‥‥悲しくて。
「ぁ、あの‥‥っ! か、帰り道、一緒に行っても良いですか、スタニスさんっ?」
「‥‥構わないよ。おいで」
 その応えも、ひどく寂しげに見えた。



 二人きりの帰路は、そう長くは続かない。
 ルシールが気を紛らわせるように振る話題にマチェクが相槌を打つ‥‥そのような会話を経て到着したパーティ会場の前では、サンタクロース達の帰りを待つ開拓者達が少なくなかった。
「お。帰って来たな」とマチェクを出迎えた鉄龍は、――その姿を見るなり笑う。
「ちょっ‥‥似合い過ぎだろう!」
 傭兵団長のサンタ服、その意外過ぎる取り合わせに大笑いする鉄龍へ「こんなのもあるよ」と髭を装着するマチェク。鉄龍の遠慮のない笑い声は、それまで必死に会話を続けていたルシールの心も軽くしてくれるようだった。
「いくらなんでもその恰好のままパーティ参加って事はないんだろ? さっさと着替えてこいよ、約束の酒だ」
「それでは私も着替えて来ますので、これで‥‥」
「おや、着替えてしまうのかい?」
「当然ですっ」
 これ以上は足を出していたくないルシールが言い返し、揃って会場に入ればパーティは既に始まっていた。
 彼らよりも早く役目を終えて戻って来ていた面々も多い。傭兵団員もその例に漏れず、楽団に混じりながら琉宇から楽器演奏の手ほどきを受けているディワンディや、レディカ夫人から今日の料理のレシピを聞いて熱心にメモを取っている真夢紀、月与。
 からすや蒼羅、白犬、プレシアもそれぞれに酒や食事、仲間との会話を楽しんでいる風だったし、天河 ふしぎと月影 照や、イリス、ユリア・ヴァルなど顔馴染みの面々も姿を確認出来る。
「さっさと着替えて来い」と鉄龍に促され、二人はそれぞれ更衣室へ移動するのだった。


 会場内。
 霧先 時雨は一人だった。
 恋人のカジャを誘っての参加。普段は和装一筋だけれど、ダンスがあるならと洋装に挑戦。靴をヒールにし、髪を纏め、‥‥彼から貰った銀時雨の簪を差したのだ。最初からそのつもりだったから、彼にもそんな私に釣り合うような恰好で来なさいと会場での現地待ち合わせを伝えたのに、どこにも姿が見えず――。
「!」
 不安に押し潰されそうだった、その時。頬に触れた冷たい感触にハッとして振り返れば、冷えた杯が間近。
 それを持つ男の髪はオールバック、漆黒のタキシード。普段からは掛け離れた装いのカジャが居た。
 正装などした事もない彼はその衣装を借りるため、レディカ夫人と相談。時雨との合流までパーティの準備を手伝うという条件で正装を借りたのだ。
 驚いているのか、怒っているのか、微妙なラインの表情を見せる時雨にカジャは頬を緩めた。時雨のこういう反応がたまらなく好きだった。
「思った通り、似合うな」
 髪に差した簪の事を言われているのだと気付き、頬を赤らめ黙る時雨に、カジャはそれで構わないと言いたげに手を差し出す。
「ほれ、踊るんだろ?」
 タイミング良く楽師達による音楽も始まった。
「そういやぁこういう場では、こう言うんだったか? ――お手をどうぞ、お嬢さん?」
 にやりと微笑むカジャの手を、時雨はささやかな敗北感と共に取るのだった。


「さて、昔に習ったのを思い起こせるかな」と許嫁であるジレディアの手を取ってダンスに向かうのはラシュディアだ。
 統真とフェルル、ふしぎと照、アルーシュとグリムバルド。
 中にはレディカ夫人までがエルディンに誘われてダンスの輪に参加する。
 そんな光景を見つめるリーディアが、心なしか寂しそうに見える穂邑は、先程から何度も入口の方を確認しては溜息を吐いていた。
「どうかしましたか?」
「心配事でも?」
 空、陽媛に声を掛けられれば慌てて左右に首を振る。
「一体どうしたでおじゃるか。‥‥ああ、そういえば穂邑殿には意中の相手がいたでおじゃったか」
 またその話題っ、と穂邑が動揺を見せれば更に面白がられると言うのに、それを自覚していない少女は百面相だ。
 そんな義妹達のやり取りも微笑ましく眺めていたリーディアだが、やはりその瞳には寂しさが見て取れて、パーティのために装ったドレスの胸元に握った掌。
(‥‥こういうお洒落なのは、なかなか‥‥慣れませんね)
 けれど、だからこそ。
(旦那さんにも、見せたかったです‥‥)
 パーティは楽しい。サンタクロースになって仲間と子供達の笑顔を見るのはこの上ない幸せだった。けれど彼女もジルベリア出身で、クリスマスという宴の意味を知ればこそ、こういう日は大切なあの人と過ごしたい‥‥それは自然な気持ち。
 そして、そんな気持ちを穂邑はクリスマス前に教えて貰ったから――。
「リーディア」
 不意に背後から掛けられた聞き覚えのある声に、‥‥けれど、此処で聞けるはずのない声に、自分の勘違いを確認するのが怖くて振り返れなかったリーディア。
「へぇ、なかなか似合うじゃないか」
 まだ後ろ姿しか見えていないはずなのに、どこかぶっきらぼうな、照れた声音。
 誰、と確認するよりも早く手を握られる。
「せっかくだ、踊るか。‥‥下手でも笑うなよ?」
「‥‥笑いません、よ‥‥っ」
 笑うよりも先に零れ落ちそうな涙を堪えて、リーディアはその手を握り返した。
「踊りましょう、ゼロさん」
「ああ」
 ――そうして輪の中へ進む二人を、穂邑は安堵の表情で見送っていた。


 その後もサンタクロースの仕事を終えて戻ってくる開拓者達。ニクス達もそうで「あら、遅い到着ね」と彼らを迎えたのはニクスの恋人、ユリア。その傍にはイリスの姿もあり、彼女に気付いた途端にアイザックが固まった。
「頑張れっ」
 アルマは小声で励まして退散。ユリアはニクスの腕を取ると、素早く若き剣士へ耳打ち。固まる彼に笑みながらヘスティア共々去って行く。
 後に残されたのは二人だけ。
「こんばんは‥‥いらしてたんですね」
 緊張しているのが明らかなアイザックの様子に、イリスは柔らかな笑みを浮かべる。
「ええ。先日のお礼が言いたくて‥‥」
 言いながら、イリスは抱えていた包みをアイザックへ。
「この間はありがとうございました。楽しかったです。これは、そのお礼に」
「えっ、でも‥‥」
 受け取るのを躊躇っていれば、イリスは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「会えたらお渡ししようと思って編んで来たんです。‥‥ちょっと丈が長くなってしまったかもしれませんが」
「て、手編み、で‥‥?」
 イリスは頷き、自ら包みを開けて狐色のマフラーを彼の首に掛けた。
「‥‥風邪など召されませんように」
 穏やかな微笑みに、アイザックは胸がいっぱいになり、その勢いのまま彼女の手を取る。
「あ、あの‥‥っ、一緒に踊って頂けますか‥‥っ?」
 再びの突然の誘いにイリスは目を瞬かせたけれど、答えは。
「ええ。喜んで」
 ダンスの輪に、新しい花が咲く。


「あ。キーちゃん!」
 アイザック達から離れて会場を歩いていたアルマは、友人のキースを見付けてそちらに飛び込む、と。
「キースさーんっ」
 聞こえたリリアの声にアルマの尻尾がぴょんっ!
「リリアちゃんっ」
「! アルマさんっ」
「藍ちゃんもお疲れ様っ」
「お疲れ様です」
 応じた銀藍はキースが使っていた卓の上の杯を手に取ると、何の躊躇いもなくそれを飲み干した。
「え」
 驚くキースの左右で、やはり同じ卓上の皿に手を伸ばしたリリアとアルマ。
「サンタクロース、楽しかったけど、寒かったですねっ」
「うん! お腹減ったし」
「ぉ、おい‥‥」
「わ、このお肉美味しいです‥‥っ、鶏、ですねっ」
「こっちのソースも美味しいよ? はい、あーん」
「あーん」
「あ、私にも一口下さい」
「うんっ、どうぞっ」
「それ、俺の‥‥」
 まるで最初から自分達の分だったと言いたげに卓上の皿を次々と空けて行った三人は、終いには揃って空の皿をキースに突出し。
「キー(スさん)ちゃん、ご飯頂戴(下さい)!」
「おまえら‥‥」
 がっくりと肩を落とすキースは「食べたいものがあるなら自分で取ってくれば良いだろうに‥‥」とぶつぶつ言いつつ、しかし会場内の料理を三人分ちゃんと取り分けて来るのだから、結局は面倒見が良いのである。


「マチェク、こっちだ」と、着替えて戻って来た彼に手を上げて席を勧める鉄龍の傍にはレジーナ・シュタイネルが同席していた。
 以前の約束で、天儀の酒「祝千」を差し入れに来たという。
「約束通り飲もうぜ、俺も天儀の酒を持参した」
「ああ。レジーナも少しなら平気かな」
「はい‥‥」
「さてそれじゃあ‥‥乾杯!」
 杯を傾け男達が豪快な一口で喉を潤せば、発せられた最初の一言は「美味い」だ。酒を差し入れたレジーナは安堵の表情。
「あの‥‥もしよろしければ、皆さんも‥‥」
 周囲の仲間達にも声を掛け、酒を振る舞っていると、体を丸めて帰ってくる厳ついサンタ、イーゴリだ。
「やぁご苦労様。寒さが苦手な副団長には厳しい仕事だったか」
「〜〜構いませんよっ、仕事を選べるような状況じゃありませんからね!」
 納得していると言いつつも文句を言わずにはおれないらしい副団長と、それを軽くあやす団長。そんなやり取りに、聞いていた鉄龍は笑う。
「とりあえず酒でも飲んで体温めな」と酒を振る舞えば「おお有り難い」と遠慮なく隣の席が埋まる。
 この席にダンスパーティは無縁そうだと笑うマチェクだった、が。
「こんばんは、マー君。今夜も楽しそうね」
「やぁユリア」
 ニクス、ヘスティアを伴って来たユリアは、マチェクと初対面になる幼馴染を紹介した。
「よろしく色男。お噂はかねがね、だぜ」
「どんな噂か気になるけれど?」
 ユリアに悪戯めいた視線を送れば当人は隙のない笑みで肩を竦めるだけ。そんな彼女の態度に幼馴染が便乗。
「いい女逃しちまったな」
「まったくだよ」とマチェクも悪乗りすれば、動揺させられるのはニクス一人だけである。そんな彼が可愛く思えたのか、ニクスの腕を取り踊りましょうと促すユリアは、幼馴染へ。
「マー君はお持ち帰りしちゃダメよ、スーちゃん?」
「へぃへぃ」
 さっさと行きなと手を振る彼女に、マチェクは杯を渡す。
「一杯どうだい?」
「お、ありがてぇ」
 そうしてヘスティアも酒の席に加わる頃には、団長、副団長が揃う輪に自然、団員達も集まっていた。鉄龍の陽気な声に団員達の豪快な笑い声。
 日々が命懸けであればこそ楽しむ時にはとことん楽しむ。出し惜しみはナンセンス。そんな事を歌うように断言し賑わう彼らを見ていて、ヘスティアがぽつりと呟いた。
「俺も傭兵になりてぇ〜」
「ん?」
「俺の性格的にも開拓者っつぅよりそっち系だからな」
「なるほど‥‥新規に団員を募集出来る経済状況でないのが残念だ」
「なんだそりゃ」
 意味が解らんと笑い飛ばすヘスティアは、同時に視界の端に映った少女に気を取られた。マチェクもそれに気付いて視線を移せば、走り込んでくるのはケロリーナ。
「マチェクおじさまだ〜☆」
 走って来た勢いそのままに抱き着かれて一歩後ろへよろけた傭兵に、ケロリーナは抱き着いたまま顔を上げて「マチェクおじさまひどいですの!」捲し立てるが、どうにも内容が掴み難い。
 少女の台詞にしばし沈黙するマチェクだったが、その後、慌てて追いかけて来た穂邑に気付いて合点がいく。
「あぁ、あの手紙の件かい?」
「そうですの!」
 強く言い返すケロリーナ。
「ホント、モテモテだな」とはからかい半分なヘスティアの言である。


 大勢の傭兵団で賑わう一角から、マチェクがケロリーナの手を引いてダンスの輪に加わるのを、リディエールはレディカ夫人の傍で見つめていた。
 確か穂邑とマチェクを躍らせると気張っていたケロリーナだが、結局は彼女自身が踊る方向で落ち着いたらしく、‥‥自嘲的な笑みが毀れる。
「どうかなさって?」
 夫人は声を掛けると共に温かな紅茶を差し出す。尤も、それを淹れたのは今回もすっかりメイドのフラウだが。
「もしよろしければ話して御覧なさい」
「ええ‥‥」
 それでも沈黙を保っていれば、ケロリーナと踊り終えたマチェクが新たな相手と言葉を交わすのが目に映る。
 秋桜だ。

「今夜はメイド服じゃないのかい?」
「サンタ衣装のスタニスワフ殿を笑う機会を得られなかったばかりかパーティ衣装で笑われては我慢がなりませぬというだけで‥‥っ、いい加減に仔猫発言も撤回して頂かねばなりませぬしな!」
 語調は強気なのだが、露出は控えめと言えども慣れない装いがよほど恥ずかしいのか、赤く染まった頬は俯きがちで、責める台詞も上目使い。
「‥‥どうも口説かれている気になるんだが」
「どこまで自惚れられるおつもりかっ!?」
 しかし反論はまるで牙を剥く小動物のようで。
「ああ、それでこそ仔猫ちゃんだ」
 のらりくらりと躱された挙句、秋桜はやはり仔猫ちゃんのままだった。


 ――そんな様子を、リディエールは。
「‥‥あの方の周りには、可愛い御嬢さん達がたくさんいらっしゃるのですね」
 呟き、温かな紅茶を一口。
「彼女達を応援したいのに、自分の想いを抑える事も出来なくて‥‥あの子達と張り合うのも大人げないですし‥‥」
 困った、と苦い笑みと共に告げられる言葉に、夫人を見付けて近付き掛けていたルシールは歩を止めてしまったが、反対に覚悟を決めたのはレジーナだ。
「こんばんは‥‥あの、教えて欲しい、事が」
「何かしら?」
 以前に夫人と恋について語っていた時に、夫人は「都合の良い女になってはダメだ」と話した。その意味が知りたいと訴えるレジーナに、夫人は「そうね‥‥」と思案。
「例えば、マチェクさんに恋人が出来たとしましょう。彼は心から恋人を大切にするけれど、万が一に恋人と傭兵団を天秤に掛けられれば、あの方は迷わず傭兵団を選ぶ。団の利を得るためなら彼は恋人の命も惜しまない、‥‥そういう選択が、出来てしまう人」
「‥‥それ、って‥‥」
「例えばの話、よ」
 夫人はそれを強調し、レジーナ、リディエール、そして後方で立ち止まったままのルシールを見つめる。
「恋は須らく困難なもの‥‥けれど、その困難も相手の男性次第だわ。傷つく事や、不安を恐れるなら安心出来る男性を選びなさいな」
 けれどもしも、あの傭兵団長のような相手を選ぶと言うのなら。
「彼を理解しよう、受け入れよう‥‥そんな都合の良い女になってはダメ、ということ」
 それは女の魅せどころだと夫人は微笑み、フラウに新しい紅茶を頼んだ。
 悩む乙女達へ少し休みなさい、と。
 聖なる夜に、祈るように。



「今日は遅れて済まなかったな」
「ふふ。遅刻のお仕置きはプレゼント次第かしら」
「ああ‥‥」
 応じながら、胸ポケットから取り出す贈り物は――手紙。
 ニクスの腕に抱きすくめられながら、ユリアはそれを紐解いた。
 決して長くはない、正直な言葉をそのままに綴った文章にユリアは微笑んだ。クリスマスプレゼントには手紙が良い、そう願ったのは彼女自身。
「良いわ、じゃあ私からは『約束』をあげる」
 恋人の腕の中、手を伸ばして彼のサングラスを取ると、それを彼の背に隠すように腕を回した。
 一緒にいられる時間が好き。
 抱き締めてくれる腕も、眼差しも。
「ニクスの誕生日まで『絶対に』消えたりしないって、約束するわ」
 今までは「いられる限り」なんて曖昧な言葉で繋ぎ止めていたけれど、今日と言う日に交わす約束は確かな未来を結ぶもの。そして願わくは、その約束が時と共に二人を繋ぐ誓いとなれるように――。


 会場の扉を一枚挟んだ、明かりの乏しい廊下で、けれど二人の傍だけは暖かい。
「早速付けてくれてたんだな」
 サンタクロースの役目中から気付いていたフェルルの髪を飾る簪。それは自分が贈ったもの。
「ありがとな」
 頭を撫でられながら、その胸に頬を寄せていたフェルルは、統真が今日という夜をどう感じているのか気になる。出身地の違いはあれどクリスマスの夜はやはり特別。統真がそういう事をあまり気にしないからと言って、いつもと同じに過ごすのは、‥‥少し寂しい。
 だからフェルルは決意する。
「統真さん、統真さん。髪にゴミが‥‥」
「え? ああ、もしかしてトナカイの着ぐるみの毛か‥‥?」
「取ってあげます」
 手を伸ばせばフェルルの指先が届くようにと身を屈めた統真。――その直後。
「っ」
 フェルルの指先が触れたのは髪ではなく頬。唇に触れたのは柔らかな吐息。突然のキスは、統真の思考を奪うには充分だったけれど、恋人からのキスが嬉しくないはずがなく。
 ダンスのリベンジをと思うものの、会場内には知り合いが多過ぎるためこのような隅っこで踊っていたわけだが、‥‥それはそれで、良いもので。
「素敵な夜です」
「ああ‥‥」
 ごほっと咳で誤魔化す統真の頬は、暗がりにも赤く染まっていて。
 フェルルは胸に灯る温かな温もりに幸せを改めて実感するのだった。



 ダンス曲が終わり、しばしの休憩時間。サンタクロースからダンスまで、得意ではなくても頑張ってくれたグリムバルドに感謝の気持ちを込めて抱きついたアルーシュ。
 肩を寄せ合い、会場の端に寄ったところで、アルーシュは置いてあった鞄の中から綺麗に包装された箱を取り出した。
「クリスマスプレゼントです」
「開けても良いか?」
「ええ」
 そうして中から現れたのは湯呑が一つ。天儀で見つけた、深緑色のぽってりとした大き目のものだった。加えて、中には個包装されたクリスマスの菓子が‥‥。
「へぇ」
 笑顔になるグリムバルドに、アルーシュは言う。
「同じ湯呑が、私の家にももう一つあるんです」
 その言葉にグリムバルドが彼女を見つめ、アルーシュは微笑む。
「また、お茶を飲みに来てください」
 これからも二人、時間と言葉を重ねていけるように願いながら。



 何気なく会場内を見ていれば、仲睦まじい恋人達の姿を見かける。
「ダンスにエスコートしてくれるなんて随分紳士になったのね? なんだか少し寂しいわ」と微笑む百合を見つめるミシェルの瞳には「好き」という想いが溢れていたし、赤髪の傭兵の周りには切なそうな女性陣の視線が集まっているし、‥‥そういうものに意識せず気付いてしまうと、照の胸中は表現し難い感情でもやもやとしていた。
 そのせいか‥‥。
「このお肉美味しいよ!」
「良かったですねー」
「この果実酒も美味しいよ?」
「そうですかー」
 ‥‥この会場に入ってからの照はずっとこの調子だった。話しかけても上の空。どうにも様子のおかしな相手に、ふしぎは。
「外、出ようか」
「え?」
 彼女の手を取ると、強引に邸の外へ連れ出した。


「あのー‥‥ふしぎ殿?」
 唐突な行動に呆気に取られていた照が呼びかけると、ふしぎはようやく足を止めて、言う。
「照は、僕と一緒にいても楽しくないのかな」
「はい?」
「僕は照と一緒にいられるだけで楽しいよ! クリスマスは一番大切な人と過ごすお祭りだって聞いたから‥‥だから照と過ごしたいって‥‥っ」
「はぁ‥‥」
 必死の訴えにも、どこか間延びした反応をしてしまう照。彼女は彼女で悩んでいるわけだが、ふしぎにはそんな反応も切ないし、対して照は、ふしぎの言葉に困っていた。混乱する頭で色々と考えるが、‥‥結局はそれも自分らしくないと結論付けて、開き直る事にする。
「まー、話先延ばしなんて性に合わないんでぶっちゃけ聞きます。拙者の‥‥あたしの事、正直なトコどう思ってるわけですか?」
「‥‥え?」
「こう‥‥何て言うんでしょうねぇ‥‥」
「照‥‥」
 その声音から、照が困っている事に気付いたふしぎは、伝える。
「照の事、大好きだよ。一緒にいればいるほど、どんどん愛おしくなる‥‥だから、照の全てを好きでいたい。これからも、もっと」
 本当に、どこまでも真っ直ぐな言葉。
「‥‥その気持ちに応えたい気持ちはあります」
 照は言う。ただ、悲しいかな誰かを想うという事が判らない。経験云々以前に、今まで必要としなかったから考えた事もなかったのだ。
「ですから、願わくはあたしの傍で、人を想う気持ちってのを教えてください」
「‥‥うん。よろしく、ね」
 差し出された手に躊躇いがちに伸ばす手は、ふしぎにしっかりと受け止められた。



「クリスマスプレゼントだよ」
「うわぁっ、ありがとう!」
「可愛いーっ!」
 玲から手作りの大福根付を貰った甘味姉妹と、うさぎの根付を貰ったマリーの歓喜の声。
「ボクからもプレゼントですっ」
 同じく玲からてるてる坊主の根付を貰った一華も甘味姉妹に装飾品を贈る。
 笑顔綻ぶ、友達同士のクリスマス。


 会場からは既に離れ、ジェレゾの宿の一室でクリスマスプレゼントの手料理を恋人に振る舞うコルテーゼ。
「サンタさんからのクリスマスぷれぜんとよ〜♪」
「ありがとうございますっ」
 熱々の湯気が立ち上る鍋に、振る舞われた司の表情も幸せそうだ。二人で鍋をつつきながら、今年一年を振り返る。新しい年には何をしようかと未来を語る。
「来年もまたこうやって二人で過ごせたらいいわね〜」
「そうですねっ」
 約束の代わりにキスを。二人きりの部屋ならと互いの手が互いの肌に触れる‥‥そんな、恋人達のクリスマス。


「あれ? にーさま、まだ一つ残ってるよ?」
 神音が六花に指摘したのは、サンタクロースの役目で配り歩いた際に六花が背負っていた白い袋の中身だ。全部配り終えたはずじゃ‥‥と不安そうな顔をする神音に、六花は微笑む。
「もしかすると神音にもサンタさんがくれたのかもしれないね」
 差し出された包みを受け取り、中を確かめれば入っていたのは振袖。
「わぁ、お振袖! にーさま、ありがとー!」
「どう致しまして」
「じゃあにーさまにもね!」
 そうして神音から差し出された包みを受け取った六花には天儀人形が贈られる。
 その表情はとても幸せそうだった。


「そういえば‥‥しばらく一人にされましたけど、何をされてたの?」
「隠し事は出来ないな」
 親同士が決めた許嫁とはいえ大切な女の子、ジレディアからの訝しむ視線に、ラシュディアは一人歩いた市場で購入したクリスマスプレゼントを手渡す。
「メリークリスマス。――愛しているよ」
 睦言に聴こえるそれも、ラシュディアにとっては家族愛的なものだとジレディアは知っていたけれど、‥‥それでも嬉しい言葉に。
「‥‥仕方ありません、これで一人にされた事は許してあげますっ」とそっぽを向いてやる。
 そんな、家族同然に大切な人と過ごすクリスマス。


 邸の裏庭、そこで一本のワインを撒いていた赤髪の傭兵は背後から近づく気配に振り返った。
「やぁロゼ。よく此処が判ったね」
「それは‥‥いや、ところで此処で何を‥‥?」
「あの戦の犠牲になった人々にもクリスマスを、と思ってね。‥‥らしくないかい?」
「まさか」
 即答したファリルローゼは「私にも付き合わせてくれ」と手に持っていた二つの杯の内、一つを彼に差し出す。
「用意がいいね」
「‥‥まだ乾杯していなかったな、と」
 だから自分を探して此処までかと察した傭兵は素直に杯を受取りながら、言う。
「君はクリスマスカラーの意味を知っているかい?」
「確か緑は常緑樹から『永遠の命』。赤は『愛』。白は‥‥」
「白は?」
「‥‥忘れた」
「へぇ?」と返す傭兵は白が彼女にとって大切な色である事を知っていて聞いている。当然、彼女をからかうためで、本人にも判っていた。
「新年にはもう少し紳士的に成長して欲しいものだな」
「年を越したくらいで性分というのは変わらないよ」
 呆れつつも気を取り直し、雪降る夜空に杯を傾ければ、どこからともなくラフォーレリュートの音が聞こえて来た。誰の演出か判るから、優しい鎮魂歌だと、二人は笑む。
 献杯。
 眠れる人々よ、どうか安らかに。
 そしていつかはこの雪深い土地にも訪れる春のように新たな命を。クリスマスカラーの白、それは『純潔』を示すと同時に『春を待つ希望』という意味を持つのだから。
(‥‥私は、心の雪解けをもたらす春の陽射しになりたい)
 それは心に紡ぐ願い。
 今はまだ届かなくて良い。
「メリークリスマス」
 こうして、聖夜に同じ時を過ごせたから――‥‥。