【踏破】かたりあうもの
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/07 01:46



■オープニング本文

●「飛び地」
 鬼咲島に棲んでいた「キキリニシオク」は、その身体を崩しながら海へと沈み、瘴気の塊と化した。
 退却した飛行アヤカシは訪れていた白竜巻李水と合流したが、一方、鬼咲島に築かれた橋頭堡を攻撃した陸上のアヤカシは量質両面で上回る開拓者から反撃を受け、その多くが撃破された。
 魔の森に逃げ込んだ陸上アヤカシの群れであるが、彼奴等は数を大きく減らしている筈だ。
 徹底的に掃討するなら、今しかない。
 元々、魔の森は大アヤカシが力を及ぼし、支配を確立する事で拡大するものだ。大アヤカシによる直接的な支配を受けていない鬼咲島は、そうした「直轄地」に比べれば「飛び地」のようなもの‥‥一匹でも多くのアヤカシを撃破すればそれだけでも瘴気を減ずることができ、魔の森は弱まる。
 魔戦獣との決戦を控えた今だが、開拓者に余裕があるのであれば幾らかでも敵の数を減らしておきたい。どのみち、鬼咲島はいつか平定せねばならないのだから――開拓者ギルドの重役達は互いに顔を見合わせると小さく頷き、大伴の許可を仰がんと風信機を準備させる。
 やがて、ギルドに依頼が張り出された。
 そこに記されている依頼内容は至極単純なもの。

 曰く――鬼咲島の残党を駆逐せよ、と。


●それは正義か、私欲か
 部下、アイザック・エゴロフが持ち帰ってきた一枚の紙は開拓者ギルドに張り出されていたという依頼書だった。これを見てジルベリア東方を拠点とする傭兵団のボス、スタニスワフ・マチェク(iz0105)はほんの僅かに眉間に皺を寄せた。
「‥‥開拓者達はまた珍しいものを相手にしているようだな」
 大アヤカシと言えば滅多にその姿を見る事はないし、見た者が無事に帰って来られる確率も非常も低い。それを相手に千を超える開拓者が挑んでいるというのだから、マチェクの内心には複雑な感情が募った。
「今まで人が住んでいないと思われていた鬼咲島が‥‥新大陸を目指すための航路になるからと天儀の連中に踏み荒らされて、魔の森が広がっていると判ればこの騒ぎ‥‥。先住民達にとっては、どうなんでしょうね」
 魔の森を駆逐されれば先住民達の生活は明らかに変わるだろうが、果たして魔の森に支配されながらも自分達で生き抜こうとして来たこれまでと、魔の森が消え天儀の人間達に支配されるだろうこれからと、どちらが先住民にとっては暮らし易いのか――。
「まぁ、此処で四の五の言っても始まらないさ」
 マチェクは言い、先だって個人的な思惑から鬼咲島に発った際に保護という名目で天儀に預けた島の住民達を思い出した。特に印象深いのは単純明快だった二人の少女達。あの子達が天儀のギルドでこの依頼書を目にしたとしたら、‥‥一体どんな気持ちになるだろう。
「‥‥イーゴリ」
「はい?」
 頼りになる右腕、副隊長のイーゴリを呼んで告げる、その言葉は。
「良いだろう?」
「くっ‥‥」
 頭を抱えた副隊長は、しかし、結局反対する事など出来なかった。


●思い出の人形
 マチェクは天儀に下りた。
 以前に保護した鬼咲島の住人達に会うためだ。そうして再会した人は彼の予想通りに消沈しており、激しい戦の続くあの島で自分達の暮らしていた土地がどんな姿になっているかと思うと‥‥と声を涙で震わせる。
「もう‥‥あの島には戻れないのでしょうか‥‥?」
「生憎、俺にその答えは判らないな」
 きっぱりと言い切るマチェクに、島民達は唇を噛み締めた。――と、それまで遠巻きに彼を見ていた少女達が意を決したように表情固く近付いてくる。
「ぁ、あの‥‥っ」
「ん?」
「島に‥‥島の、私達の村に、忘れ物を取りに行っちゃダメですかっ?」
「忘れ物‥‥?」
 聞き返すマチェクに少女達は訴える。それは二つの人型の人形で、魔物に殺された母親が子供達の為に手作りしてくれたものだと。
「お母さん、死んだのは去年だったけど‥‥人形は十年以上も前に作ってくれたやつで‥‥もう古くて、汚くて‥‥でも‥‥っ」
「君にとっては大切な思い出なんだろう?」
「‥‥っ」
 大切な思い出、と。
 そう問い掛けるマチェクに少女達は涙を零す。
 だから、彼は。
「一緒に連れて行く事は無理だが、俺が島へ行き君達の思い出を迎えに行こう」
「! ほんと‥‥っ?」
「ああ」
 マチェクは応じる。
 こうして再び鬼咲島に向かう事になり――‥‥。


「単身で乗り込むとか絶対に止めて下さいよ!?」
 傭兵団の副隊長イーゴリが泣きそうな顔で叫ぶ。
「俺達が天儀に到着するのが待てないってなら開拓者に同行をお願いしてください!! いいですねっ!? アイザック、おまえも絶対にボスに単独行動させるなよーーー!!!」

 かくして天儀の開拓者ギルドに依頼が張り出される。
 その依頼主の欄には、唯一ボスのお供として天儀まで渡って来ていた若き青年アイザックの名が記されていた。 


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
貴水・七瀬(ia0710
18歳・女・志
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
カールフ・グリーン(ib1996
19歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰


■リプレイ本文


 土地の大半が魔の森に覆われた鬼咲島――船がアヤカシに破壊されては帰る事が難しくなるため距離を保ち停泊、各々の龍やグライダーで以て島に降り立った開拓者達は、直後からアヤカシの標的になっていた。
「っ!」
「早速か‥‥!」
 駿龍の風焔、甲龍の頑鉄に騎乗する貴水・七瀬(ia0710)と羅喉丸(ia0347)が真っ先にそれに気付いた。
「警戒した方がいい、空中に何か漂っている!」
 羅喉丸の注意を促す声と、カールフ・グリーン(ib1996)の相棒、駿龍ドリュアスの嘶きがほぼ同時。その右の翼が奇妙な形に折り曲り始めたのだ。
 凝視してみれば判る、龍の翼に纏わり付く不透明な物体。その大きさは三メートル近い。
「風柳か‥‥!」
「少し熱いかもしれないが我慢してくれ‥‥!」
 そうと判れば龍の翼が折られる前にアヤカシを滅する事が優先される。七瀬が刀に炎を纏わせ斬り掛かった。無論、彼女も龍の翼を傷つけるつもりはなく、幸にも標的は三メートルとかなりの大きさだ。威嚇の意味が強かったのだが、アヤカシは怯えて逃げるどころか更に龍の翼を捻り上げて来た。
 ――‥‥‥‥!!
 龍の一際大きな嘶きに、扇をパチンと鳴らした宿奈 芳純(ia9695)。
『魂喰』。
 攻撃を受けて握力が緩んだのか龍の翼からだらりと垂れ下がったそれをすかさずカールフの刀が切り裂いた。
「僕のドリュアスを傷つける事は許さないっ!」
 右からの一刀、そこから流れるように頭上へ振り上げられた刀が間髪入れずに叩き下ろされた。
 七瀬の更なる追撃。
 瞬間、風船が割れて弾けるように半透明の輪郭が揺らぎ、黒い靄が散開する。
「滞空していれば敵は風柳だけでは済まなくなりそうだ」
 マチェクが言い、空の向こうを指差す。次第に群がり始めているアヤカシが象る暗雲は、出来れば相手にしたくない。
「下りよう」
 皆を促す千代田清顕(ia9802)は相棒の忍犬モクレンと共にマチェクのグライダーの後ろに乗っており、同様に傭兵団の一人、若き青年アイザック――今回の渡航のために開拓者を募った本人――のグライダーの後ろにはシャンテ・ラインハルト(ib0069)が同じく相棒の忍犬セレナーデと共に乗っている。このままでは十人の内の四人が戦力外であり、ともすれば負わなくて良い傷を負う可能性も高い。
「イリマ、行くよ」
「‥‥シュロッセ」
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)、レジーナ・シュタイネル(ib3707)らも相棒の龍達に声を掛け、一同は地上へ。
「幸先が悪い気がするが、まさか、な‥‥」
 この悪い予感が思い過ごしである事を願いながら呟いた七瀬の言葉は、しかし、聞き届けられなかった。



「飛んでる、飛んでる、飛んでる‥‥っ!」
 恐いもの見たさで後ろを振り返ったアルマは慌てて前方に向き直ると早口に同じ言葉を繰り返した。全力疾走、ふさふさの耳と尻尾を上下させながら。
「空のアヤカシなら空でだけ襲って来て欲しいものだな‥‥!」
 羅喉丸が言う。
 島に上陸すると同時、頭上から次々と落下して来た体長二、三メートルに及ぶ蛇の姿を思い出すと無意識に表情が歪む。その蛇が、いまなお背後から彼らに襲い掛かろうと飛びながら追いかけて来るのだ。
 龍達にも森の中を走らせるのは難しいため低空飛行で頭上を追って来て貰っているが、其方は其方で空中のアヤカシ達の目に触れる。実際、開拓者達を空からの襲撃から守っているのは五頭の龍だった。
「数は三十くらいかい?」
 隊列の半ばを走っていたマチェクが言う。
「逃げていてはキリが無い、か」
 羅喉丸が応じる。
「君達はそのまま走れ、村はこの先の海岸沿いにある左側の小路を抜けた先だ」
「しかし」
 一人で三〇は荷が重過ぎるのではと言い掛けた羅喉丸は、すぐに傭兵団員の一人であるアイザックも残ろうとしている事に気付いた。マチェクもそれは予測していたのだろう。そしてもう一人。
「俺も付き合うよ」
 申し出たのはシノビの清顕と忍犬のモクレン。
「前衛二人では心許ない事もあるだろうさ」
「確かに」
 苦無を取り出す彼にマチェクが薄く微笑むと、モクレンが威風堂々と一声上げる。
 僅かに躊躇した羅喉丸は、しかし「健闘を祈る」と仲間を促す。
 急停止する三人と、走り続ける七人。
「無茶はしないで下さいよ、ボス!」
「そう言わないで欲しいね、久し振りに手加減抜きでやれそうなんだ」
「面白いものが見れそうだな」
 不敵に笑むマチェクと、微笑う清顕。
 鮮烈なオーラを纏った剣がマチェクの手によって軌跡を描いた瞬間、辺り一帯の風が唸った。


「!」
 後方を三人に任せて森を進んだアルマは、直後に頭の天辺から足の爪先までを駆け抜けた痺れに似た感覚に息を呑む。
「全身鳥肌が立ったよ‥‥!!」
「すごい気迫です‥‥っ」
 カールフからは普段と異なる早口な言葉が零れ出る。やはり相当の手練だと羅喉丸や七瀬も感心し掛けた、その時。
「‥‥後ろの難からは逃れても、それで終わりというわけにはいかないようですね」
 芳純が前方を見据えて言う、その先にもアヤカシ。島のほとんどを魔の森に覆われているのだから当然と言えば当然なのだろうが、この調子では件の集落もどうなっているのか――。
「‥‥とにかく‥‥やらないと、です‥‥」
 レジーナがぎゅっと手を結んだ。
 敵の大きさは馬並みだったが、その外観は兎そのもの。火兎と呼ばれるアヤカシだ。事前に好戦的だと聞いていた通り、火兎は開拓者の姿を認めるなり鼻息荒く体を振るわせ始めた。
「あれも飛ぶのかっ?」
「‥‥飛ぶ、じゃなく、て‥‥、跳ねる、だと」
 驚く羅喉丸にレジーナの冷静なツッコミ。
 一瞬だけ沈黙が下りて。
「どちらにせよ行く手を阻むならば退ける他あるまい!」
 七瀬が刀を抜き、地を駆けた。
「!!」
 直後に目の前で跳躍した巨大な体が辺りの木々の枝葉を無惨に折り落とし開拓者達の頭上に降らせる。
「っ」
 着地点に羅喉丸。
 彼は既に備えていた。
「はぁぁぁぁあああああ!!」
 気合と共に力が集中するはその掌。
 羅喉丸は接近する巨体に気合の声と共に放つ。
「気功波―!!」
 巨大な兎の身体が突風に殴られたかの如く空で孤を描き後方へ。そこで待つは七瀬の刀。
「覚悟!!」
 ぶれることのない刃先が火兎の巨体を両断した。裂け目から輪郭が黒い靄と化し霧散する。
「行こう」
 長居してはまた別のアヤカシに見つかるという懸念があるため、火兎が完全に消えるのを待たず先を促す七瀬は、その先が海岸である事を確認して空を仰ぐ。
「海沿いで注意すべきは海草人形、だったか」
「剣で切り裂けば増殖してしまう、というやつだよね」
 アルマが言い、お互いにアヤカシの特製を確認し合ってから再び歩を進める開拓者達。砂浜を歩く途中には海草もあちら此方に見られたが、向こうが自分達人間を感知しないのならばそれに越した事は無いと、なるべく距離を保ちながら先を急いだ。マチェクの説明にあった左側の小路を見つけ、再び森の中へ。案内通りならばそろそろ村に着くはずだ。
「‥‥あれかな‥‥?」
 前方に目を凝らしていたカールフの呟きに、傍を歩いていたシャンテも注意深く周囲を探る。
「此処でアヤカシに見つかり、村まで追われては其処が戦場になってしまう恐れがあるな」
「そう言う事なら‥‥」
 七瀬の懸念に「任せて」と微笑んだのはアルマ。吟遊詩人同士、彼が何をしようとしているのか察したシャンテも自らの準備に入った。
 村からも距離を保った、森の中のささやかなスペースでアルマは深呼吸を一つ。リュートを胸に抱き、‥‥爪弾く。
 周辺に潜むアヤカシを呼び集める『怪の遠吠え』。
 曲が終わりに近付くにつれて周囲を包む緊張感。
 大地を這う音がする、風に乗って聞こえてくる甲高い獣の声も、恐らくは。
「‥‥思ったんだが、魔の森が付近にある場所でアヤカシを呼び集めようと思ったら一体どれだけの数になるんだろうな」
「――」
 スゥッ‥‥と開拓者達の背筋に流れた冷たい汗。
 ミシッ‥‥と右方向の大木が曲り始めたのは、その直後だった。


 来る、というそのタイミングでシャンテが龍笛を吹き鳴らした。
『精霊の狂想曲』。
 アヤカシの思考を混乱させ行動に支障をきたさせる曲が開拓者の先手を確保させる。
「せいやぁぁぁああ!!」
 カールフが。
 七瀬が刀を振るう。
 羅喉丸。
 レジーナが拳を振るう。そんな彼らを援護するように奏でられるアルマの『闇のエチュード』。それまで固体として襲い掛かろうとしていたアヤカシ達が開拓者の手によって一体、また一体と世界に還されていった。
 開けた場所を選んだ甲斐もあり上空の龍達の援護も最大限に受けられたし、シャンテの相棒セレナーデも曲に集中する彼女を守るべくアヤカシと懸命に戦い抜いた。
 その内に合流を果たす清顕、マチェク、アイザックの三名。
「『怪の遠吠え』のお陰か途中でアヤカシに会わずに済んだよ」と合流するのに苦労が無かった事を感謝する清顕は仲間の死角から攻めようとするアヤカシに苦無を打ち込むなどシノビならではの技法で支援に徹底していた。
 その背をモクレンに守られながら。
 芳純の『魂喰』。
 士達の剣技。
「さすがにこれだけの数と戦う予定はなかったんだが」
 マチェクが苦笑交じりに呟く頃には、魔の森が消えたわけではなくとも心なしか清浄な空気が辺りを包み込んでいるような気になれたのだった。



 島に到着して三時間程が経過し、彼らは目的の集落に辿り着く事が出来ていた。其処は想像していた程には荒れた様子もなく、家屋は家屋、井戸は井戸、物置は物置‥‥といった具合に区別がついたし、天井が潰れていたり壁が破損していたりという事はなかった。
 人々が村に戻れた時に少しでも悲しい思いをせずに住むようにと願っていた開拓者達にとっては良かったと言える朗報だった。
 だからこそ、今の彼らに必要なのは――。
「す、少しだけ休ませて‥‥っ」
「流石に疲れました‥‥」
 アルマ、カールフとがっくり肩を落とす姿に「無理もない」と妙に涼しげな様子で清顕が微笑う。途中参加という事もあっただろうが彼は他の面々に比べれば余力が残っているらしい。
「私、も‥‥少し、だけ」
 レジーナが膝を付くと、その隣に無言で座るシャンテ。少女の表情は相変わらずの無表情に近かったが、その吐息は微かに乱れているようだった。
 確かに休息が必要だと感じたマチェクは言う。
「簡単で良ければ何か作ろう」
「それなら俺が」
 立ち上がろうとしたボスに代わり、動き出したのはアイザックだ。荷の中から保存食や果実、周辺の森から食べられる果実を手際よく集めてくると火を熾し始めた。
「出来た部下だね」
 からかう清顕に「出来すぎだよ」とマチェクは苦笑交じりに返した。


 即席の割には美味しそうな匂いを漂わせる火元から少し離れ、村の様子を見回っていた羅喉丸は、我知らずその表情を歪めていた。
 胸中に募る感情は、‥‥どちらかと言うなら後悔に近いのかもしれない。
(鬼咲島は無人島だと思っていたから先住者の事など気にも掛けずに行動して来たが‥‥)
 目の前に広がる光景は、確かに人々が暮らしていた痕跡だ。
 この場所には彼らの思い出が宿っている。
「‥‥住む家に戻れないってどんな気持ちなんだろうな‥‥」
 羅喉丸と同様、集落を見て回っていた七瀬が羅喉丸の側まで歩み寄り呟く。
「実際なってみないと判らないだろうけど‥‥」
 その痛みは決して他人と分け合えるものでは無いと、判っているけれど。
 それでもこうして集落に赴いた自分達の行動がこの場所に暮らしていた彼らに小さな希望を届けられるなら出来る事には全力を尽くしたいと彼女は思う。
「‥‥知らざるは罪、か」
 七瀬の無言から何を感じ取ったのか、羅喉丸は自身に言い聞かせるように呟く。
「知った以上は全力を尽くそう」
「ああ」
 羅喉丸と七瀬は頷き合うと、手近な家の外周を歩き始めた。


「そう、言えば」
「ん?」
 アイザック手製のスープに口を付けながらレジーナが言う。
「スタニスワフ、さん、は迷子癖がある‥‥んですか?」
「迷子癖? 俺にかい?」
 マチェクが聞き返すとレジーナはアルマをチラと見た。それに気付いたアルマの耳がぴくっと動く。言われて思い出せば迷子云々話した気がする。
 苦労性の部下アイザックに「僕達も見てるから頑張ろ」と元気付けたのはアルマで。
「どうして自覚がないんですか‥‥」とがっくり項垂れたアイザックに一頻りの笑いが起こるのだった。


 七瀬と羅喉丸が家屋周辺を探索し終えた頃には先のアヤカシ戦で疲弊していた面々にも体力が戻り、彼らはいよいよ目的の人形探しを開始した。
「‥‥セレナーデ」
 シャンテは相棒の名を呼ぶと、その鼻先に一枚の布を差し出して匂いを嗅がせた。人形の持ち主である少女の匂いが付いたものを求め、出発前に少女と面会して貰って来たものである。
 少女達の家は判っていたが、セレナーデがその家を目指したことで彼らは確信を得る事が出来た。間違った家に入るのは流石に躊躇われたから。
 村の南、最も川に近い家。
 幸い、この家屋も形はそのままに残っており、屋内もそれほど荒れた様子はなかった。
 室内の棚の上。
 其処に、説明されていた通りに並んでいる二つの人形。
「‥‥どうかな」
 それに間違いないと誰もが確信しているが、誰も手を出さない。この島に存在するアヤカシの情報を予め仕入れている彼らには一つの懸念材料があったからだ。
 仲間の疲労が回復するまで人形探しを待った理由も其処にある。
 万が一、人形にイタンキプンキと呼ばれるアヤカシが取り憑いていれば人形を傷付ける事無くアヤカシを退けなければならないという困難な作業が課せられるからだ。
 生憎、屋内に入り人形と向き合ってもそれが動き出す気配はない。
 七瀬が『心眼』で人形を確認、何ら生体反応を示さなかったが、それでも念には念を入れるべく呼ばれたのが芳純だ。
「もしもアヤカシがいるのであれば、これを除去します」
「っ」
 そうして発動される『魂喰』は、しかし何の反応も示さず。ただぽとりと棚の上から床に落ちた。
 開拓者達は顔を見合わせる。
 此処が勝負所と警戒して来たが、人形にアヤカシが憑くということは無かったらしい。
 良かった、と安堵の息が漏れ聞こえる一方、多少は気が抜けた部分もあるわけで。
「気を取り直して『その他の落し物』探し、始めよう」
 七瀬が促せば皆に異論は無い。
「大切な思い出の品だ。無事に持ち帰らなくてはな」
 羅喉丸は地に落ちた人形を拾い上げると、その腕に抱き締めた。
 まるで幼い少女達の思い出を、守るように。



 開拓者達は二つの人形を天儀で待つ少女に届けた。
 人形だけではない。
 家屋の周囲に落ちていた食器や髪飾り、布、一見ただのゴミにしか見えない物にも誰かの思い出が宿っているかもしれないと考え、持ち帰れるものは可能な限りあの村を愛する人々の下に持ち帰って来た。
「‥‥ぁぁ、これはあたしのだよ、あたしがじいさんと二人で削って作った箸だよ‥‥っ」
「これ! これ大切にしていた簪‥‥っ、何処に落としたのかと思っていたけど‥‥っ」
 避難の際の混乱で見失ってしまった思い出が、開拓者達の思いによって人々の手に戻った瞬間だった。
「‥‥今回はこれしか回収出来なかったけど、俺達が見て回ったのは建物の外だけだから」
 七瀬が言う。
「だから、あの場所にはあんた達の思い出がまだまだたくさんあるはずだぜ」
 家はほとんどそのままの形を保って残っていた。屋内の様子までは流石に覗いて来られなかったけれど、此処で避難生活を送る彼らは過去の全てを奪われたわけではない。
 嘘になるかもしれない事も、勿論判っているけれど。
 ‥‥それでも『希望』だけは全員に平等に渡したい。
「もう、手放しちゃだめだよ」
 カールフは人形を手渡した少女達と目線の高さを合わせ、その頭を撫でながら笑顔で告げる。
 だが、その笑顔も長くは持たず。
「あの‥‥」
 若き騎士の心を占めるのは、罪悪感。
 合戦で荒らしてしまった生活、思い出に対し謝罪の言葉を伝えたかった。‥‥だが。
「カールフ」
「ぇ‥‥」
 後方からマチェクに肩を叩かれて振り仰げば、彼は静かに左右に首を振る。こうして持ち帰った思い出を喜んでいる少女達の表情をわざわざ翳らせる必要は無いという意味らしい。
 カールフも、謝って済む問題でないことは判っている。
 ただ、それでも‥‥。
「開拓者のお兄ちゃん、お姉ちゃん、本当にありがとう!」
「‥‥っ」
 それでも、謝罪する事は自己満足に過ぎないだろうか‥‥?


「‥‥皆で、頑張って、アヤカシと戦って‥‥「いい」ことだと思って、ました。今も「わるい」とは、思いません。でも‥‥」
 島民達と別れての帰路、レジーナはぽつりと呟く。
「それを、悲しく思う人、が居るって、考えたこと、無かった‥‥です」
 しょげて俯く彼女に、カールフは切ない視線を投げ掛け、次いでその視線をマチェクに注ぐ。
「‥‥あの時、どうして謝罪させてくれなかったんですか?」
 低い問い掛けに、マチェクは肩を竦めた。
「開拓者が土地を開拓し儀を広げるのは、知らぬままでいれば魔の森に覆われてヒトの暮らせる土地が失われて行くから、‥‥だろう?」
 マチェクは言う。
 この世界には今回の合戦で見つかった新大陸以外にも、恐らく無数の世界が存在するだろう、と。
 其処には確かに暮らす人々が居て、命がある。
 アヤカシという存在が無限に広がり人の命を貪るのなら、それと対抗する力を持つ開拓者がアヤカシの侵攻を止めるべく行動範囲を広げなければならないのは道理だ。
 あのまま鬼咲島が放っておかれれば島全体が魔の森に呑まれて人々は全滅していただろうし、島の人々も薄々気付いていたはず。
 こうして天儀の地に避難し生き永らえている事実は、合戦がなければ有り得なかった事なのだ。
 生きている事を喜ぼうとしている彼らに『謝罪する』のは、違う。
 生活を脅かしたという事実を忘れてはならないけれど、人々を生かした戦いを謝罪しては誰も救われない。
「大切なのは護りたいという気持ちだよ、カールフ。――なんて、傭兵の俺が言うのはおかしいけれどね」
 微笑うマチェクに、カールフは左右に首を振る。
 願わくはその優しい心根を覆う暗雲が晴れる事を。
「もっと強く、賢く、なりたい‥‥です」
 レジーナが言う。
「そしたら、本当の優しい人、に、なれるのかな‥‥」
「どうかな」
 マチェクは微笑むと彼女の背を叩いた。ただ真っ直ぐに進めば良いと掌で伝える。そんなマチェクの応えに面白そうに微笑んだのは清顕だ。
「想像してたよりいい男だね。こんな用事を引き受けるだけでも随分優しいと思ったが」
 そんな清顕の台詞に同意を示すようにモクレンが一声鳴く。
 だから彼は笑った。
「モクレンも貴方を気に入ったようだよ。雄だけど」
「それは光栄だよ」
 くすくすと楽しげな傭兵に、アルマ。
「ワフ隊長は、大切なもの、ある?」
「大切なもの、か」
 繰り返す彼は空を仰いだ。
 空は夕刻の緋色に染まり、その色はまるで――。
「‥‥ふっ。語らせたいなら、君も大人の階段を上っておいで?」
「えっ」
 意味深な発言にアルマが思わず一歩後退すると、羅喉丸や七瀬が可笑しそうに笑う。シャンテの足元でセレナーデが不思議そうに鳴く。
 ただ静かに彼らの遣り取りを眺めていた芳純は、やがて沈み行く太陽に目を細めた。