【夢夜】夏☆青春!
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/15 03:28



■オープニング本文

 ● そして舞台は夏の海へ

 ダンッ!
 ドンッ!!
 ドーーン!!!
「海に行くわよ!」
「海、ですか」
 某月某日、某学園の職員室。オネエ言葉を巧みに操りながら教壇に立つレオナルド・ヴィスケスティアは片足を椅子に乗せて宣言した。
「そうよ、海よ! 若い子達がたくさん集まる青い海、白い砂浜、光る胸板!!」
「胸板‥‥」
「おまえ、人のことボロクソに言うくせに自分も相当だよな」
 復唱する教え子・穂邑が教師の言葉を理解しかねて目を瞬かせる一方、理解している体育教師ジェフ・ウエハースは片肘を机につきながら溜息一つ。
「男が男の胸板見て何が楽しい」
「楽しんじゃダメなわけっ!? 成熟した男の胸板! 成長期真っ只中の繊細な胸板、想像するだけでもどきどきするじゃない!」
「その発言の数々をヘンだと思わない時点でおまえは充分な変態だって言ってんだ!」
「まぁああっ、袴フェチに言われたくないわ!」
「俺はフェチじゃねぇえ!」

 ダダンッ!!!!

「――」
 互いに立ち上がって鼻先がくっつくのではないかという至近距離で怒鳴り合う二人は、背筋を凍らせる怒気に其方を振り返る事が躊躇われた。
 が、二人の言い争いをじぃっと眺めていた穂邑は違う。
「あ、ローラ先生」と白衣の保健医ローラ・イングラムに笑顔を向ける。
 男二人は「やっぱり‥‥」と青い顔。
「生徒の前でなんという話を‥‥貴方達には恥というものがないのですか」
「や、それは‥‥」
「その‥‥」
 彼女に顔を向けられない教師二人に、穂邑。
「恥、ですか?」
 きょとんと小首を傾げて言ってくれた。
「先生達は素晴らしい博愛主義だなと尊敬していたところですのに」
「――」
 教師三人、返す言葉も無かった。


 ●

「夏はやっぱり海だろう」
「海ねぇ」
 屋上で缶コーヒーを片手にそんな言い合いをしていたのは、やはり教師のアベル・クトシュナスと滝 日向(たき ひなた)。
「海なんか行ってどうする。人ばっかりでバカンスどころじゃないだろうが」
「そんな事を言って」
 苦虫を噛み潰したような顔で言い放つ日向に、意地の悪い笑みを覗かせるアベル。
「本当は新妻の水着姿を他の男に見せたくないだけなんじゃないのかい、新婚さん」
「っ‥‥!」
 途端に頬を染める日向が面白くて、声を立てて笑うアベルも実は奥さんやら娘の水着姿を余所者なんぞに拝ませてなるものかと考えていたりするわけだが。
「まぁ、確かに夏に海は自ら人混みに飛び込んでいくのと同じではあるかな」
 素知らぬ顔で言ってのけるアベルと。
「だろ」と空を仰ぐ日向。――其処に「だったら♪」と飛び込んできたのは長い髪を頭の高い位置で左右二つに結んだ彩鈴かえで。
「海に行きたくても行けないムッツリな二人にプライベートビーチでのバカンスを贈呈しちゃうゾ!」
「‥‥なんだって?」
「つーかムッツリって誰のことだ、おい」
「そんな細かいところ気にしない気にしな〜い、と・に・か・く!」
 かえではくるりと回ってセーラー服の裾をふわりと揺らすと、二人の目の前に人差し指を突き出す。
「この彩鈴財閥ご令嬢のかえでちゃんが学園内のお友達をうち所有のプライベートビーチにご招待しちゃうんだよ〜♪」
「――」
 なにを急に、と出かけた言葉は言う間もなく遮られ、此処にかえでの『プライベートビーチで楽しくはっちゃけようZE』計画が始動した。


 ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません


■参加者一覧
/ 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 有栖川 那由多(ia0923) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 喪越(ia1670) / 由他郎(ia5334) / からす(ia6525) / リエット・ネーヴ(ia8814) / エミリー・グリーン(ia9028) / ユリア・ソル(ia9996) / Lux(ia9998) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / ルシール・フルフラット(ib0072) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ファリルローゼ(ib0401) / グリムバルド(ib0608) / ミレイユ(ib0629) / 燕 一華(ib0718) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 蓮 神音(ib2662) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629


■リプレイ本文


「夏の海と来ればぁー!?」
「青い空!」
「青い海!」
「「「そして青春!!」」」
 今回の旅の主催者であり一同が訪れたプライベートビーチの所有者、彩鈴財閥のご令嬢ことかえでが無人の白い砂浜で両腕を広げ高らかに問い掛けると、そのすぐ側に立ち並ぶ友人のリエット・ネーヴ(ia8814)、住み込みでかえでの自宅で働いている石動 神音(ib2662)が口々に応答。最後には三人揃って海に手を差し伸べ、もう一方の手は空高くびしっと伸ばす。そんな息ぴったりの少女達に「わぁ‥‥♪」と拍手する穂邑。
 無表情でぱちぱちととりあえず手を叩くアイラ。
「まぁ、なんつーか。アイラも大変だなあ」
 アイラと同級生のルーディ・ガーランド(ib0966)は軽い吐息を一つ吐くと、労いの気持ちを込めて、その細い肩をぽんと叩いた。――が、そんな彼も実は大変な目に遭うと言おうか、遭いそうと言おうか。
「くすくす」
「くすくす」
 後方でルーディの背中を見ながらコソコソ話をしているのは彼の同級生リリア・ローラント(ib3628)と後輩のアルマ・ムリフェイン(ib3629)。
「おぉー、これがプライベート・ビーチなんですねっ。凄いですっ!」
 燕 一華(ib0718)が感動の声を上げる隣では「いいね、いいねぇ」と少女達のハイテンションな言動、生徒達の思惑絡みあう光景を眺めて悦に入っている用務員の喪越(ia1670)や、すっかり引率の先生になっているローラ。他にも引率に成り得そうな教師は何人もいるのだが、‥‥何と言おうか。
「胸板がないじゃないの、胸板が! 誰よ海には素敵な夏の思い出があるなんて言ったのは!」
「おまえだろ!?」
「あんただって喜んでたでしょ!? ビーチに袴が無いのも忘れてっ!」
「俺ぁ別に袴なんか望んじゃいねぇっ! つーか胸板ならホレ!」
「ぉ!?」
 無益な言い争いを続けるレオとジェフ。そのジェフに突然腕を引かれた喪越はそのまま上半身を剥かれて胸板晒し。
「Hey、アミーゴ! 俺をどうしてくれる気だ!?」
「変態の欲求解消してやれ!」
「それはナ二かい、俺に衝撃的な一夜の体験をしろってYO!?」
「あたしにだって好みってものがあるんだけど!!」
 ちーん。
 何とも表現のし難い沈黙が下りる。
「‥‥いくら何でもそれは酷いZE‥‥」
「すまん‥‥今のは俺が悪かった‥‥」
 よよよと泣き崩れる喪越にジェフは土下座で謝罪。そんな彼らに引率など務まるわけがなかったし、たおやかの代名詞とも言われるミレイユ(ib0629)に引率は頼み難く、身長一二三センチのからす(ia6525)教諭ではどちらが生徒か‥‥げふんげふん。
「そんなに男性の裸が見たいですか」と茶々を入れるLux(ia9998)には「下は良いのよっ、大事なのはむ・な・い・た!!」とレオが食って掛かり、日向は新妻とデレデレ。養子だという少年ユアンと礼野 真夢紀(ia1144)、二人と手を繋いで歩くリラはまるで海に遊びに来た父親そのもの。
 更にはアベルだ。
「こんな日が来るとはね」と愛娘のルシール・フルフラット(ib0072)と腕を組んで歩く姿はまるで恋人同士。
「父様と二人というのは、あまり無い機会ですし、‥‥ね」
 ほんのりと頬を染める娘を見て「彼女(妻)に似て来たね」なんて甘く囁く彼は父親と言おうか、既に他の生徒はどうでもいい感じだ。
(まったく‥‥)
 眉間に深い縦皺を刻んで内心相当憤っていたローラは、しかし不意に前方を誰かに立ち塞がれる。誰かと思い見上げれば其処には保健室の常連、有栖川 那由多(ia0923)が。
「眉間の皺、せっかくの海なんですから!」
 那由多は自分の眉間を指で擦りながら指摘、屈託無く微笑う。
「‥‥そう、ですね」
 この少年にそういう顔をされると、不思議と怒っているのが勿体無く思えてくる。ローラは深呼吸を一つすると砂浜でリエット達とはしゃいでいるかえでに言った。
「彩鈴さん、宿の場所を教えて下さい。この荷物だけでも――」
「宿?」
 聞き返すかえでは不思議そうに小首を傾げてある一点を指差した。海を一望出来る岩壁の上、其処に聳え立つ白亜の邸。
「あれ、皆の泊まるトコ」



「ようこそいらっしゃいませ、長旅お疲れさまで御座いました」
 エントランスに立った一行を出迎えたのは執事とメイド達、その数三十余名。
「今日から皆様のお世話をさせて頂きます、執事長のアスティ・タイラーと申します」
「メイド長の高村伊織と申します」
 告げて見事なお辞儀をする彼らに思わず背筋が伸びる学園の生徒達。
「今日からよろしくね♪」と笑うかえでに、アスティは部屋割りについて説明を始めた。先だってかえでから指示があった通り全ての部屋を二〜三名で使用出来るように整えているため、屋敷の中を歩き回って気に入った部屋を使って良いと彼は言う。無論、単身で寝泊りするのも自由だと補足したなら水鏡 絵梨乃(ia0191)や由他郎(ia5334)、琥龍 蒼羅(ib0214)が安堵の表情を浮かべた。
「うちは姉妹は同じ部屋―」と学園では甘味好きで有名な姉妹、朱音と雪花が宣言したなら此方も負けじと宣言。
「私達は一緒の部屋よね! 良いでしょっ?」
 嬉々として訴えるエミリー・グリーン(ia9028)に「もちろんだ」と微笑むのはエミリーが隊長を務めるファンクラブの対象、ファリルローゼ(ib0401)。ロゼという愛称で呼ばれる彼女は男性口調に凛々しい美しさを兼ね備え、同性にモテるのも当然と思わせる少女だ。
「では、三人で楽しく過ごしましょう」
 ロゼが心から愛する双子の妹フェンリエッタ(ib0018)。愛称でフェンと呼ばれる事が多い彼女も加われば、そちらが同部屋になると聞いて悔しそうに肩を震わせるのは主に男子生徒で構成されているマチェクのファンクラブに所属する男達だ。
「俺達も是非同じ部屋で‥‥!」
「断る」
 一刀両断、聞く耳持たず。
「ロゼの姐御はエミリーと一緒の部屋で過ごすんですよ!?」
「華奢な花三輪と、巨岩が三個、君ならどちらの部屋で休みたい?」
「――」
 もはや説得の余地もない。
「勝ったわ!」と腰に手を当てて胸を張るエミリーと、彼女に見下されて「のの字」を床に書く男達。いつもなら「無い胸を張るな!」という男達の負け惜しみにエミリーが応戦、ロゼとマチェクの争いを収めようとする姿に惚れ直すという展開が待っているだけに、エミリーとしては少々物足りない夏になりそうだ。
「‥‥この場合、僕もワフ隊長と同じ部屋がいい‥‥って、言った方が良い、のかな?」
「ん?」
 ノリでファンクラブに入隊しているアルマの問い掛けに、くすりと笑うマチェクは。
「君となら同じ部屋でも楽しい時間が過ごせそうだ」
「えっ」
 くすっ‥‥と不敵に微笑まれて差し伸べられる指先。
「来るかい?」
「‥‥!!」
 ゾゾゾゾッ‥‥とアルマの全身を駆け抜けた震えは尻尾の毛までも逆立てさせて。
「遠慮しますっ!」
 逃げる彼をマチェクは楽しげに見送った。
 一方で進む部屋割相談。
「せめて男女の部屋は分けるべきでは?」
 ローラが口を挟めばレオナルドが「せっかくの夏なのに!?」と反対意見。二人の攻防を不安そうに眺めるアルーシュ・リトナ(ib0119)の手をグリムバルド(ib0608)がそっと握る。
 恋人同士の参加もいる――それはかえでにとって何よりも重要なポイント。
「もうっ、ローラ先生は頑固過ぎっ! これは学校行事じゃないんだよ!?」
 邸の所有者、かえでの押し切りにローラも降参。ほっとしたり、照れた顔の恋人達に、かえでは一人ご満悦だった。



 白い砂浜にビニールテープで描かれたビーチバレー用のコートでは白熱した試合が続いていた。
「行ったよ!」
「はい!」
 那由多の声を受けて横飛びした穂邑は砂浜にスライディング、地面に落ちようとしていたボールは寸でのところで上空に打ち上げられる。
「穂邑ちゃんが繋いでくれたこのボール、無駄にはしないよ!」
「なゆたん‥‥っ!」
 同級生同士、息ぴったりと言うよりもまるで青春ドラマのワンシーンを観ているような二人に、対する一華・朱音ペアも負けてはいない。
「絶対に取るわよ!」
「はいなのです!」
「いっけぇ!」
 ネットを胸まで越える那由多の高い跳躍力と、長い腕を勢い良く振り上げて叩きつけるスパイクは流石の運動神経を見せ付ける。
「くっ!!」
「あっ!」
 朱音の腕が真下で受けるも烈しい弾力に少女の腕が負けた。意図しない方向へ上がった球は皆の視線が追うだけ。
「那由多・穂邑チームに一点」
 タイミング良く通り掛かったために審判役に任じられた蒼羅が淡々と宣言。同じく記録係に任じられた由他郎がマンゴーをつまみながら点数を加算。これで七対四、七点先取したチームが勝ちというルールでやっているこのゲームは那由多達が勝った事になる。
「勝ちました!」
「うん! やったね穂邑ちゃん」
 歓び合う二人と。
「悔しぃー!」
「でも楽しかったのです!」
 地団駄を踏む朱音を宥める一華。
「次の試合はルシール・アベルチームとユリア・絵梨乃チームだ」
 由他郎が指示を出せばユリア・ヴァル(ia9996)をはじめ両チームがコートに入り、ゲーム開始。
「行きますよ、父様!」
「いつでも」
「あらあら、クールなアベル先生が娘さんには顔が緩みっ放しね♪」
「おかげさまでね」
 ユリアにからかわれても臆面なく答えるアベル。そんな彼の後方で、今正にサーブを打とうとしていたルシール。
「‥‥それにしても」
 その少女をじぃっと見ていた絵梨乃が言う。
「ルシール、年齢とは掛け離れたボディラインだね。触ったら気持ち良さそうじゃないか」
「触っ‥‥!?」
 ルシール、驚きと恥じらいのあまりサーブミス。ユリア・絵梨乃チーム一点先取。
「ふむ‥‥相手が女の子の場合、私はどう反応したものだろうね?」
「父様、そんなことで悩まないで下さい!!」
 この試合、先の読めない楽しいものになりそうだった。



「若いっていいねぇ‥‥」
「いいわねぇ‥‥」
 ほわわんと蕩けるような表情でビーチバレーを眺めていた喪越とレオナルドに呆れ顔のジェフ。その二人が何を見てそんな顔をしているのか判り易過ぎて泣きたくなる。
「おまえら、よくそれで教師をやってられるな」
 ジェフの言えなかった事をズバリ言ってのけたのはLux。二人は瞬時に彼を振り返った。
「余計なお世話よっ」
「俺は教師じゃねぇし」
「あぁ、そうか‥‥って」
 納得しかけたジェフは怪訝な顔。
「何だってその若さでわざわざ用務員になんかなったかねぇ」
「ぁ?」
 言われた喪越は目を瞬かせた後でフッと笑む。どうして用務員になったかって? そんなもの、理由は一つ。
「女子高生とか、女教師が好きだから!!」
 どーん! ‥‥と波まで大きく寄せて来て、引くと同時に教師達の声も奪っていった。
「ん。見事なドン引きだ」
 こくこくと頷く喪越にLuxは苦笑、ジェフは頭を抱えた。
「‥‥おまえら、いつか警察に捕まるぞ」
「『ら』って、あたしまで一緒にしないでくれる!?」
「つーか俺だって変な事なんてしてないぞ」
 レオナルドの拒絶に続いて喪越も自信満々の顔で言う。
「彼氏持ちも人妻も無問題。略奪愛になんて興味なく、遠くから眺めるだけで満足。それが俺様の愛!」
「「意味が判らないですよ(んわ)!!」」
 Luxとジェフの同時ツッコミ。ある意味、生徒達よりも騒がしい教師陣である。


(レオ先生‥‥やっぱりグリムの胸板も見るんでしょうか‥‥)
 騒がしい輪を眺めていたアルーシュは、次第に難しい顔になって考え込んでしまう。最愛の人、グリムバルド。その姿を見つめれば、確かに彼の体のラインは締まっていてとても綺麗で。
(‥‥見るだけなら‥‥)
 じっ‥‥と、思わず見入ってしまっていると、さすがにその視線に気付いた彼が苦笑交じりに歩み寄ってくる。
「どうした、ルゥ」
「ぇ、あ‥‥いえ‥‥」
 見ていた事に気付かれたと知ればこそ、アルーシュは頬を染めて俯いた。
 そんな恋人に薄く笑い、細い指先に触れる。
「グリム?」
「せっかくだ、泳ごうぜ」
「‥‥ええ」
 手を引かれて海に向かうアルーシュの、今回のために身長した水着のパレオが潮風になびく。
「あの‥‥」
「ん?」
「‥‥いえ」
 わざわざ新しい水着だと伝えるのは気後れがして、結局何も言えずに口を閉ざせば、グリムバルドは失笑した。言えばいいのに、気遣うが故に居なくなる彼女の、そういう謙虚さも愛しいから。
「水着、素敵だよ」
「!」
 顔を上げたアルーシュの表情は、照れたような笑み。
「まぁルゥだったら俺は何でも好きだけどな」
 その言葉に、少女は花が綻ぶように微笑んだ。


 賑やかな海での時間に、それまで静かにキャンバスと向かい合っていたからすが小さく声を立てて笑い、更にその向こうでレオ達の会話に頭を抱えていたローラは、ふと自分達に近い位置でビーチバレーを眺める三年生の男子生徒に気付いた。
 モハメド・アルハムディ(ib1210)だ。
「‥‥彼らと一緒にバレーをしないのですか?」
 ローラが問い掛ければ彼は小首を傾げた。
「アナー・ミナルアラブ、私はアラブ出身なのですが‥‥」
 外国人と見るや相手の国籍無視で英語で話し掛けて来ると言う国民性に少々困惑してしまうとモハメドが言うから、ローラはビーチバレーを楽しむ彼らを一瞥した。
「‥‥貴方を困らせるような話し方をする生徒はいないと思いますが。‥‥一緒にバレーを楽しんでみては如何ですか」
「ラーキン、しかし‥‥」
 探るような視線で眺める景色には、無邪気に楽しむ同級生達の姿――。


「へぇ、やるなぁ」
 砂浜よりも屋敷に近い林道の側、幹と幹の間にハンモックを設けて読書を楽しんでいたルーディだったが、バレーの試合に思わず呟く。
 くすくすと笑いつつ、再び本に視線を戻したルーディだったが、一瞬とは言え他方に気を逸らしていたのがいけなかった。
 唐突にそれは来る。
「「えーーーいっ!」」
「わっ、は!?」
 どーんとハンモックがひっくり返されてルーディの身体は地面を転がる。
「何だ一体!?」
 驚いて顔を上げればきゃっきゃと大喜びで逃げるリリアとアルマの背中。
「あいつら‥‥っ」
 反射的にルーディも走り出した。
 夏の砂浜に若人達の声が響く。
「ローラ先生っ、ジェフ先生でも良い、匿って!」
「っ」
「何よ急に!?」
 教師陣の輪に飛び込んできたリリアとアルマに驚く大人達。
「ちょ、おい、また俺を盾にする気か!?」
 またと言うジェフは案外生徒達に遊ばれる教師で、今も気付けば前線に立たされ。
「‥‥今度は何をしたのですか」
 呆れた様子のローラの問い掛けには追いかけてきたルーディの低い声が応じる。
「アルマ、リリア、よくもやってくれたな?」
「せっかくの海なのに本ばっかり読んでるからですよー」
 頭からパラパラと砂を落すルーディの様子から大凡の事情を察したローラは溜息一つ。
「せっかくです、砂を落す意味も含めて海で泳いで来ては如何ですか?」
「ですよねっ」
「うんうん」
 大きく頷くリリアとアルマ、対してルーディはそれなら波乗りに‥‥と屋敷に置いてきたサーフボードを思い出す、が。
「海! つまりルーディとアルマの胸板ゲッごふっ」
 目を輝かせるレオにローラの拳が炸裂。Luxが笑っていた。


「何よ‥‥」
 ビーチバレー、試合の真っ最中だったフラウは視界の端にその姿を捕らえて、‥‥泣きそうになる。
「何よ‥‥!」
 思わず全力で打ち込んだボールが相手の腕に弾かれて、外へ。
 その行き先は。
「フェン!」
「え?」
 ロゼの固い声にフェンがきょとんと顔を上げれば、視界を覆ったのは大きなビーチボール。昼食の準備をしている真夢紀の手伝いをしていて、いま合流しようとしていたフェンの頭にそれが直撃しようとしていたのだ。
「――!」
 唐突に。
 悲鳴を上げるのも忘れて目を丸くした少女の、その視界を覆った人影。ボンッと鈍い音の後。
「大丈夫かい?」
「ぁ‥‥」
 フェンをボールから庇い、問い掛けて来たのは――。
「ああ、マチェク先輩‥‥ありがとうございました」
「いいや。君の大事な笑顔に傷がつかなくて良かった」
 にっこりと微笑む彼へフェンも微笑み返せば、少し離れた場所でこめかみを引き攣らせるロゼ。
「あらあら、相変わらずの色男振りね」なんてユリアが冗談めかして言うから尚更ロゼの心中は穏やかではなかった。何せ彼女にとってマチェクは最重要注意人物に認定中だ。そんな男が大切な妹の側にいるなど気が気では無く、そしてマチェク自身もロゼのそんな胸中には気付いているらしく。
「ふむ。大切な妹を護ったつもりだったんだが姉君のお気には召さなかったようだね」
「え?」
 事情が飲み込めていないフェンに囁くような動作と、視線はロゼに注いで楽しげな微笑。
 これにはロゼも我慢の限界だった。
「マチェク先輩、勝負だ!」
 奇しくも次はロゼのチームとマチェクチームの対戦。コートに戻った彼へロゼは人差し指を突きつけた。
「いいか、私が勝ったらフェンには手を出さないと約束しろ」
「約束、ね」
 マチェクはくすくすと楽しげに笑い「なら、俺が勝ったなら?」と。
 ロゼは真っ直ぐに相手を見据えて断言する。
「君が勝ったら何でも言う事を聞こう。但しフェン以外の事でだ」
「なるほど。――それならこの勝負、受けて立とう」
 不敵に笑うマチェクと、険しい顔付きのロゼ。
「とりあえず‥‥始めて良いのか?」
「頼む!」
 心なしか遠慮がちな蒼羅のゲーム開始の合図。サーブ権を持つロゼは深呼吸をすると、気合を込めた一発を放った!


 その頃の観客席。
「妹に手を出すな‥‥?」
 エミリーの隣できょとんと呟くフェンに「気になさらないほうが良いかと‥‥」と柔らかく微笑むミレイユ。
「青春ですわ‥‥」と真剣勝負を挑んだロゼに呟いた。
 フェンはますます判らない。
「私は別に大丈夫なんですけど、ね? マチェク先輩は良い人ですし、それに‥‥」
 胸の前に手を当て、俯く頬がほんのりと朱色に染まる。
「フェンちゃん?」
「えっ、あ‥‥何でもありませんっ」
「あたしの球で危険な目に遭わせて本当にごめんねっ」
 エミリーに顔を覗きこまれ、フラウにも何度も頭を下げられたフェンは慌てて左右に首を振る。
 大丈夫。
 何でもない‥‥フェンは気を取り直すように自分の頬を叩く。
 真夢紀が昼食の準備を終えて彼らを呼びに来たのは、それから間もなくの事。その頃には勝負の結果もついていて。
「さて‥‥どんな事をしてもらおうかな」
 意味深に微笑むマチェクに対しがっくりと肩を落としたロゼの姿がそこにはあった。



 夜になり、用意された鉄板ではバーベキュー。
 真夢紀が自慢の腕を披露し、喪越もやきそば、焼きとうもろこし等々美女のために汗を流しながらの火作業。時には涼むのも兼ねて巨大な氷を削り、カキ氷。
「僕、運びますっ」
 アルマが元気良く挙手して喪越との共同作業。
 実は鍋奉行のルーディも手伝って、砂浜には食欲を誘う良い匂いが漂い始めていた。
 ――そんな頃、近くのコンビニで一部の男子生徒が酒を手に取ろうとしているのをたまたま目撃してしまったからすはそれを横からスッと取り上げて注意していた。
「無礼講とはいえ、いただけないな」
「す、すみませんっ」
 静かな迫力に萎縮する生徒達は、しかし。
「見つけてしまったら教師である以上、注意しないわけにはいかないからな」
「――え?」
「ん?」
 その台詞の意図を掴みかねて目を瞬かせる生徒達に、くすりと微笑んだからすは自分の買い物を手早く済ませるとそれきり店を出てしまう。
 つまりは、そういう事だった。


 鉄板の上にはお肉と野菜と、一華が釣った魚のホイル焼きなども所狭しと並んでおり、生徒達はおなか一杯にバーベキューを堪能したが、更に果物を堪能し尽くしたのは由他郎だった。
「‥‥あんた、どんだけ食べれば気が済むのよ」
「‥‥まだいける」
 頬を引き攣らせるかえでに淡々と返す由他郎の前には南国のフルーツが大皿に盛られているのに、更に「まだいける」という彼の台詞にかえではとても悔しそうだ。
「‥‥由他クン、海より山派だったんじゃないの?」
「ああ‥‥だがトロピカルフルーツは夏の海の側で食うのが一番美味い」
「だからってねぇ‥‥」
「彩鈴の別荘なら山ほど果物の用意があると聞いたんだが‥‥違ったか?」
 ぴきっ‥‥とかえでの対抗意識が顔を出す。
「いいわよ、じゃんじゃん食べて頂戴! うちの別荘に由他クンを満足させられないわけがないじゃない‥‥!」
「おぉお、さすがかえでねぇ〜!」
「お嬢様、ご立派です‥‥!」
 リエット、神音にも煽られて、かえではメイド達に更なる果物の準備を命令。
「ちょっとちょっと、そこのメイドさんも準備して来て!」
「は、はいっ」
 怒られたメイドのすぐ側には、絵梨乃の姿。
「じゃ、また後で‥‥ボクの部屋でね」
「は、はい‥‥っ」
 顔を真っ赤にして絵梨乃の笑顔から逃げるように仕事に戻る彼女は、果たして後で何があるのやら。
「君は君でもうちょっとこう‥‥夏を満喫して欲しいんだよ!」
「‥‥とは言われてもな」
 半ば強引に押し切られる形でかえでに引っ張ってこられた蒼羅は思案する。その内に今の今まで恋の話で盛り上がっていた少女達の輪から「そろそろ肝試しを始めましょうか」という声が上がった。
 蒼羅は無言で立ち上がる。
「お、どうしたの?」
「‥‥かえでが言う通り少し楽しんでみようかと、な」
「――」
 口数は少なく動かない表情のせいで気持ちが読み取り難い蒼羅だけれど、こういうところが面白くて好きだとかえでは思う。
「うんうんっ、楽しもうね! ルシールさんっ、あたし達も参加だよ!!」
 準備はかえで、リエット、神音が昼間の内に終わらせており、此処から邸とは別方向の森の中に設けた小さな社にある紙切れを二人一組で取って戻って来ればゴールだ。
 出発前から恐がるリリアやエミリー。
 楽しげなフェン。
「‥‥私は疲れているので‥‥」と後退しかけたロゼの背後にはマチェクが立つ。
「約束、だろ?」
「――」
 勝負に負ければ一つ何でも言う事を聞く――そんな約束を持ち出されればロゼに断れる術はなかった。



 外から悲鳴なのか歓喜の絶叫なのか、よく判らない悲鳴が続々と聞こえてくる頃、一人へ部屋の隅に蹲っていたフラウは。
「よ」
「!」
 いつの間にか扉の此方側にいたLuxの姿に動揺し、顔を背けた。
「何しに来たのよっ」
「ご挨拶だな。人目を忍んでこうして会いに来たってのに」
 面白そうに笑う彼は不機嫌なフラウの様子を気にするでもなく彼女に歩み寄り、その腕を引く。
「ちょっ‥‥」
「なんだ、昼間相手しなかったのがそんなに面白くなかったか?」
「っ‥‥」
 キッと睨み付けて来るフラウにもLuxは笑い返す。
「仕方ないだろう、他の連中に俺達の関係がバレたら終わりなんだからな」
「って‥‥!」
 言うが早いかフラウの顎を持ち上げた彼はそのまま少女の唇を奪った。
「‥‥っ」
 二人きりの部屋、日常から掛け離れた旅の途中。外は星の瞬き以外に地上を照らす光りは無く、寄せては返す波だけが世界に聞こえる音を紡ぐ。
 重なり合う二人の吐息を、誰が邪魔をするだろう。
「も、もう‥‥急、なんだから‥‥っ」
「そういうのは嫌いか?」
「嫌いっていうか‥‥だって‥‥っ」
「はっきり言ってくれて良いんだぜ? ヤならヤダって」
「別に‥‥ヤなわけじゃ‥‥」
「なんだって?」
「‥‥っ、何なのよもうっ!」
「ハハッ」
 フラウの反応の数々がLuxには愛しくて仕方が無い。
「夜はこうして会いに来るから、昼間は我慢な」
「判ってるわよ!」
 言い返して二人、ベランダに出た。聞こえてくる波の音に、そよぐ風が含む潮の香り。
「ん?」
 Luxが地上を見下ろして気付いたのは、‥‥暗くてはっきりとは見えないのだが、恐らくマチェクとロゼだろう。
「ロゼ先輩、どうかしたの?」
「ああ、肝試しで気絶したらしい」
「えっ」
 何て意外な‥‥と思うものの、そういうところが人気の秘密なのかもしれない。詳細は不明だが、地上に見える二人の姿はなかなか良い雰囲気だ。
「――‥‥さて、そろそろ部屋に戻らないとな」
 時間を見て立ち上がったLuxを呼び止める事は、‥‥まだ、出来ない。
 それでも告げずにはいられない言葉ならある、から。
「ん?」
 よく聞こえなかった恋人の言葉に聞き返し。
「そ、卒業したら仕方が無いし、貴方と一緒になったげるわよって言ったの!」
 言い直させられた恥ずかしさから顔は赤く、語調は荒くなったフラウだったけれど、気持ちだけは充分に伝わったからLuxは彼女を抱き締めた。
 未来を語ろう。
 夏が終わっても、季節が変わっても。
 これからも、ずっと一緒に。