傭兵団戯〜お仕置だべ!
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/06 00:34



■オープニング本文

 ● そしてボスの行方は皆の知るところとなり

「何だってぇ!?」
 開口一番、素っ頓狂な声を上げたのはジルベリア東方に拠点を置く傭兵団の副隊長。隊長のスタニスワフ・マチェクの右腕としても名高いイーゴリ・アレンスキーである。
「それは本当か!?」
「ほ、本当ですよ! こうしてボスの名前で開拓者ギルドに依頼が張り出されていたんですし‥‥‥!」
 言いながら手に握り締めている依頼書の写しを突き出したのはアイザック・エゴロフ。志体持ちとして生まれ、開拓者としても登録している彼は、傭兵団の仕事が無い時には開拓者向けに張り出された依頼を見繕って受諾しているのだが、先日に依頼の一つを終えてギルドに向かったアイザックは、そこに張り出された依頼群の中に信じられない内容を見つけてしまった。
 依頼主の名前はスタニスワフ・マチェク。
 同じ名前がいるなんて奇遇だなぁと思わず笑んだ彼は依頼を読み進め、用意する船の件や、同行者にディワンディという少年が居る事を知って絶句。
「何やってんですかボスーーー!!!!」とギルド屋内に彼の声が木霊したのは言うまでもないだろう。
 そして、今現在。
 マチェクが出した依頼によって開拓者が集められ、一行はもう間もなくジルベリアを飛び立つ。アイザックが単身で止めても言う事を聞いてくれないのは判っていたし、かといって副隊長のイーゴリに知らせる為に馬を二日間走らせた。もうマチェクを止める事は不可能だ。
「あの人は‥‥‥‥!!」
 依頼書の写しを端から端まで読み終えた後で再び上がるイーゴリの素っ頓狂な声。
「今度という今度は何が何でも反省してもらいますよ‥‥‥‥!!」




 ● そして協力者求む!

 隊長を止められないならばと、イーゴリもまたギルドを通して開拓者を募った。
 曰く、隊長に反省して貰うための知恵を貸して欲しいと。
 傭兵団の手の内は誰よりもマチェクが判っている。ならば彼が思いもつかないような手で罠を仕掛けて反省を――隊長という立場、自身の尊さを軽んじ気味のマチェクに、その突拍子もない行動が部下達を心配させているのだという事を自覚してもらうために。

「‥‥誰か、手を貸してくれ」 


■参加者一覧
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
蜜原 虎姫(ib2758
17歳・女・騎
月影 照(ib3253
16歳・女・シ


■リプレイ本文


 傭兵団の副団長イーゴリは、確かに団長スタニスワフ・マチェクが自身の軽はずみな行動を反省してくれるような作戦を考えて欲しいと開拓者に依頼した。が、集まった開拓者が女性ばかりというのは、どうなのだろう。
「虎姫、今は蜜原のおうちの子‥‥だけど」
 ぽつり、ぽつりと一言一言を考えるように語る蜜原 虎姫(ib2758)はイーゴリを見上げながらゆっくりと小首を傾げる。姓名は天儀のもの。けれど髪や目の色はどちらかと言えばジルベリア大陸のものに近く、だからこそこの大陸からギルドに出された依頼が気になったと言う。
「イーゴリ、さん。虎姫、ついてって、いい‥‥?」
「うっ」
 つぶらな純粋無垢の瞳に見上げられたイーゴリは彼女に後光を見て怯む。このままでは負ける(?)と目線を逸らせばその先に居たのは。
「‥‥?」
「うぅっ!」
 虎姫とは違う色だが此方も純心無垢な瞳が真っ直ぐにイーゴリを見上げている。水月(ia2566)だ。
 相手が何であれ此処が戦場ならば何物にも臆しない屈強な男達は、しかし何の罪も無い女子供が相手ではてんで弱い。
「団長なら女性相手はお手の物なのに」
 周囲の団員達が妙なところで感心していれば「そのような事ではいけません」と今回の趣旨を再確認する秋桜(ia2482)。
「その団長にこれまでの行いを反省して貰い皆様の気苦労を少しでも解消する事が重要なのです。皆様にはその心積もりをして頂かなければ」
 言いながら虎姫と水月に挟まれて戸惑っている副団長を一瞥した秋桜は軽い溜息。
「大体、副長のイーゴリ殿にも問題があるのではありませぬか? 某人斬り集団の副長など、鬼の副長と呼ばれ大層恐れられるくらい存在感があるのです。イーゴリ殿はもっと自己主張を‥‥」
「あらあら」
 秋桜の弁に楽しげな笑いを零しながら会話に割って入ったのはユリア・ヴァル(ia9996)だ。彼女は少なからず眉を顰めていた傭兵団の男達に微笑い掛けると、秋桜の唇に人差し指を添わせる。
「これから協力し合おうって男性の前で別のヒトを褒めるのは反感を買うだけ。気を付けないとね?」
 ユリアの指摘に目を瞬かせた秋桜は「失礼しました」と咳払いを一つ。
「それでは今回の計画をお話致しますが‥‥」
 秋桜が考えた案を説明している間は全員が黙って聞いていた、が。
「不信任案?」
 その単語には一斉に複数の声が返る。中には副団長イーゴリも。だが男達の驚きと戸惑いを秋桜は意に介さない。
「そうです。スタニスワフ殿の身勝手な行動に不審感を抱いていた傭兵団の少数が今回の依頼の件を受けて不満が爆発。団の長として相応しくはないと不信任案を提出し、新しい長を立てるのです」
 これは民主的な謀反だと断言する秋桜へ「誰が新しいボス候補なんですか?」と尋ねたのはアイザック。
「順当に言って副団長のイーゴリ殿でしょう」
「絶対に断る!!」
 即答はイーゴリ本人、すると周りの団員も「イーゴリさんも実力はあるし頼りになるけど‥‥」「実際に隊長にって言われるとなぁ」と些か不満そう。
 対して秋桜は今回の不信任案の更なる詳細――擁護派と不信任派に分かれて言い合いをし誰のせいで隊が二つに割れてしまったのかという状況を見せ付けて反省を促すといった流れから、今回の作戦の必要性を根気強く説いていった。


 その間、ルシール・フルフラット(ib0072)、イリス(ib0247)、風和 律(ib0749)、月影 照(ib3253)の四名は少し離れた場所で各々が微妙な表情。
(スタニスさんの様な人に一番効果的なのは、責めない事、ではないかと思うのですが‥‥)
 不満も何も明かさずに黙って団を離れる者が現れるといった事態は反抗する以上に怖いのでは、とルシールが胸中に呟くのと同じ頃、照も内心で溜息を一つ。
(こんな小娘の台本に騙されるほど、マチェク殿は盆暗じゃねーと思うんだけどな‥‥)
 実際に会った事は無いけれど話に聞くだけでもこの傭兵団のボスは相当の切れ者だ。計画を実行するのは構わないが、果たして結果はどうなるか。
「私はそろそろ行こうかしら」
「行くって何処へ?」
 唐突なユリアの発言にイリスが目を瞬かせれば、奔放な幼馴染は空色の花が綻ぶように微笑う。
「デートよ、マー君と」
「デート?」
 思わず聞き返したのはルシール。イリスが身を乗り出す。
「待って、デートって‥‥ユリアはマチェク様と親しいの?」
「愛人よ」
「愛人??」
(愛人‥‥!)
 悪戯っぽく笑う幼馴染に目を白黒させるイリスと、顔色が白や赤に慌しく変化するルシール。そんな少女達の反応にもくすりと笑い、ユリアは「また後でね♪」とその先に控えさせていた朋友、炎龍のエアリアルで飛び立った。
 そんな彼女を見送り、軽い息を一つ吐いた律は、説得に苦労している秋桜に歩み寄ると団員達に向けて「気持ちは判るが」と口を切る。
「君達の、団長はマチェク以外に考えられないという意見は尊重したいが、だからこそマチェクも傭兵団に甘えているのかもしれない」
「それは‥‥」
 異ばかりを唱えていた団員達が互いに顔を見合わせる。静まった団員達に、律は更に言葉を重ねる。
「不信任派として新団長候補となるイーゴリには少しきつい役目だが‥‥傭兵団が考え付かないこと、との頼みだったはず。試しに自分達の作戦に協力しては貰えないだろうか」
 律の真摯な言葉には団員達の心も揺れる。そう言うことならばと団員達が了承したのは、それからしばらくしての事。
「脚本、演出、秋桜なのですっ」と意気揚々動き出した彼女は、実を言うと以前からチャラチャラとしてすけこましなマチェクが好かなかったのだ。
 これを機に反省して貰おうというのが本音。
「それでは皆様に台本をお渡ししますので簡単な流れを確認して頂きましょう」
 いよいよ作戦は実行に移された。


 ――が。
 この場に集まった全員が一つ見落としていた事項がある。
「そういえばディワンディはどうした?」
 団員達の間で、小声で交わされる言葉。
「あいつなら絶対に不信任案なんてやらねぇって駄々捏ねるだろうから‥‥いない方が良いんじゃないか?」
「ああ、まぁそうか」
 傭兵団の最年少でありマチェクを心酔する少年、ディワンディ。幼いが故に団員達から「下がっていろ」と言われ続けて来た少年がマチェクと共に依頼に赴いた事は依頼書に書かれていたのだが、口頭でのみ依頼の概要を聞いた団員達はその事を知らない。イーゴリは興奮の余りその事を忘れていたし、開拓者達も確認しなかった。
 誰もが少年の事を忘れていたのだ。



 マチェクを乗せた船が港に着く。開拓者を募ってのアヤカシ退治だと聞いていたが、その開拓者達とは既に天儀の港で別れて来たらしく彼は一人‥‥否、幼い少年と一緒だった。
(そういえば‥‥)
 そんな依頼書をユリアは見ていた気がすると同時に、誤ったかもしれないと気付く。
『マチェクが単身、開拓者を募って鬼咲島にアヤカシ退治に向かった』のか、それとも『ディワンディ絡みで開拓者を募って』では意味が大きく異なって来るからだ。
 そうこうしている内に二人がユリアに気付く。
「俺を出迎えるために天儀から?」
「ええ」
 にこりと微笑みながら、胸中では傭兵団と一緒に作戦会議中の仲間を思う。一度戻ってこの事を知らせるべきか悩むが、不敵な笑みを浮かべた相手の態度に「少し失礼するわ」とは言えなかった。更にはディワンディだ。
「えっと、‥‥デート?」
「ユリアがそう望むならね」
 即答に、諦観。
「ええ、せっかくだもの。少し二人で空の散歩なんてどう?」
「ああ、構わないよ」
「じゃあ先に団に戻って、俺のせいでボスに無茶させたこと、イーゴリ達に謝ってくるよ!」
「せめて説教で済む程度には宥めておいてくれ」
「はいっ!」
 答えてから、殴られるのはどう考えても自分だけだと気付くが、逃げる訳にもいかない少年は駆け足で傭兵団の元へ。願わくは団に戻った少年を誰かがどうにか出来れば良いのだが‥‥恐らくは、無理だろう。開拓者の中に少年を気にしている者がいなかった事はユリアも知っていたから。



 龍に二人で騎乗する事は無理なため、マチェクが鬼咲島へ向かった船に念の為備えていた彼自身のグライダーに二人で乗り、龍には単身空を渡って貰ったのだが、間近に見る龍の、特にエアリアルの飛翔する姿は舞うのにも似た美しさ。
 上空から眺める世界を更に素晴らしいものとしてくれた。
「さすが君のパートナーだ」
「巧いわね」
 ユリアは微笑う。
「それを言うならこの子もよ。グライダーは個人乗りだって聞いていたけど、ちゃんと二人乗せて飛ぶんだもの」
「長い年月と費用を掛けて整備して来たからね。戦場には向かない、速度を出せば安定性に欠けると欠点は尽きないが、こうして空の散歩を楽しむには充分だ」
 隙のない笑い方だった。手綱を握るマチェクの、その両腕に包まれる形で触れ合う背中と彼の胸。衣服のせいか伝わるのは無機質な感触のみだけれど、彼が自分に対して特別な感情を抱いていない事はよく判る。
 だからユリアは内心で苦笑し、表で微笑む。純粋な親愛の情を乗せて。
「ねえ、聞いて」
「ん?」
「今回、貴方が独断でアヤカシ退治に向かった事、きっとマー君にとっては大した事じゃないのよね。泳げる人が水を怖がらないのと一緒。でも、泳げない人にとっては心配だわ」
 告げられる言葉を彼は静かに聞いていた。
「理解しなくても良いわ、私も同じように無茶するもの。‥‥でも、知っておいて。貴方には普通でも彼らにはそうじゃない事もある。時々は気を遣ってあげて」
「‥‥成程」
 不意にマチェクが微笑った。
「イーゴリが君『達』を呼んだか」
「とっくに気付いていたんでしょう?」
「天儀からジルベリアまで俺を出迎える為だけに君が来るとは考え難いからね」
 日に一度しか開かない精霊門を抜けるにしろ、船で大陸を渡ってくるにしろ、そこに費やされる労力、時間を自分達の関係に照らし合わせてみれば些か大仰過ぎる。これが『依頼』でもない限り。
「さすがの俺でもそこまで自惚れられないさ」
「ほんと、可愛くない男」
 二人から楽しげな笑い声が零れる。
 だからユリアは肩を竦めた。
「良くも悪くも傭兵団の彼らにとって貴方は特別よ。貴方を中心に纏っているわ。彼らの為にも、もう少し自分を大事にしなさい」
 そうして彼の耳元に近付き、囁くように紡ぐ睦言。
「私にとっては‥‥口の上手い楽しい愛人だけど?」
「それは残念」
 対してマチェクは言う。
「俺にとっては愛人なんかより余程大切な友人なのだけれどね」
 ユリアは目を瞬かせた後で息を吐き、‥‥最後には、微笑う。
「『依頼』の結果、駆け落ち相手が必要なら付き合うわよ、誠実な色男さん?」



 同時刻、秋桜演出の元でマチェク不信任案決議のため団員を不信任派と擁護派に分けていた此方側では熾烈な争いが起きていた。
「俺はボスがボスで良いんだ、不信任派になんか絶対に入らないぞ!」
「俺だってそうだ!」
「じゃあこの脚本通りに二派に分けられないだろうが!」
「だったらお前がまず不信任派に入れよ!」
「それはことわぶぁわあ!?」
 今にも取っ組み合いになりそうだった傭兵団の間に突如として起きた光の爆発。何だと下方を睨めば無言の圧力と共に猫又のねこさんを抱いて頬を膨らませている水月がいた。
「うっ」
 じぃっと揺ぎ無い瞳に見据えられればぐうの音も出ない男達。
「す、少し落ち着いて話そうぜ」
「ぉ、おう」と言った具合に、誰が不信任派に入るかで揉めているのだ。傭兵団に入ってまだ日の浅い男達は割合素直に不信任派に加わるのだが古参の男達が頑なに拒否する。このままでは二派のバランスが悪過ぎると説得しても「断る!」の一点張り。何とか新団長候補を演じる事を了承したイーゴリも胃に穴が開きそうだと蹲ってしまった。
 秋桜は頭を抱え、照は肩を竦める。
「アホくさ‥‥」
「ですが‥‥これはこれで、隊が割れていますよね」
 最初から責めない事でマチェクを心理面から反省させたいと考えていたルシールには思い描いていた光景に近かった。
「少し、傭兵団の結束を甘く見ていたかもしれないな」
 律が呟く。幾度もの戦地を生きて乗り越えてきた彼らにとっては、演技でも「マチェクは団長に相応しくない」とは言えないのだろう。
 そして更なる嵐の到来――傭兵団最年少ディワンディの帰還だ。
「えっ。なんで開拓者の姉ちゃん達がこんなに‥‥つーか、何を揉めてんだ?」
「あ、てめぇ、今まで何処に行ってた」
「どこって‥‥」――。
 帰って来たディワンディが、マチェクが鬼咲島に赴いた本当の理由を語れば「このバカタレが!!」と団員の拳が少年に炸裂。イーゴリはハッとして思い出す。
 揉めている理由を話せば少年が大人達に「バッカじゃねーの!?」と驚愕、憤怒。
 照が息を吐いた。
「ちょっと行って来ます」
「どちらへ?」
「ユリアのデートもそろそろ終わる頃でしょうし、もう暫くの時間稼ぎを。その間にアレ、何とかしておいて下さい」
 イリスの問い掛けにそう応じ、揉めている傭兵団員を指差した照は自分の朋友になったばかりのグライダーに飛び乗った。


 飛び立つグライダーをじぃっと見つめていた虎姫は、グライダーの遠ざかる姿と、すぐ側で項垂れているイーゴリを交互に見遣り、その上着の裾を引く。
「ん?」
「団長、さんは‥‥どういう、人?」
 唐突な台詞に目を瞬かせた彼へ、虎姫は更に問い掛ける。
「みんな、ケンカ‥‥団長、さんの、せい?」
「まさか!」
 イーゴリは即答した後で「いや、でも、あぁ‥‥」と再び肩を落とす。結局のところ彼の行動が原因でこうなっている訳だから根本の原因は彼に違いない。
「皆‥‥団長さん、好き、ですか」
 ただ、そう問われれば答えは一つ。
「‥‥だよなぁ」
 イーゴリは頭を掻き乱すと、虎姫の柔らかな頭をぼんと撫でる。
「ありがとな」
「‥‥?」
 虎姫には感謝された理由がよく判らなかったが、そんな少女にあえて説明するでもなくイーゴリは立ち上がった。



 結果としてどうなったかと言えば、イーゴリは秋桜に謝罪。不信任案決議は出来ないとして手渡されていた脚本を返した。
 その後、ユリア、照と共に帰還したマチェクの前に団員全員が勢揃いし彼が何を言うより早く「申し訳ありませんでした!!」と一斉に謝罪したのである。
 ユリアと照から「不信任案決議が待っている」とからかい口調ながらも脅されていたマチェクは部下達からの突然の謝罪に一瞬言葉を忘れた。続く「信頼し切れなかった事」「ボスを罠に嵌めようとした事」等、謝罪の理由を次々と説明する彼らに、事実、マチェクは後悔した。自分の行動で彼らが怒るだろう事を自覚していただけにこの展開は予想外も過ぎたのだ、――だから。
「説教なら幾らでも聞き流すが、おまえ達に謝られるのは‥‥困る、な。心配を掛けてすまなかった」
 それはとても素直な言葉だった。



 彼らは宴を開いた。ボスが無事に帰還した事を祝って。そして彼が詫びてくれた事、そこに導いてくれた開拓者への感謝を込めて。
「君は責めるべきじゃないと思ってたって?」
「ぇ。ええ、まぁ‥‥」
 マチェクに聞かれたルシールは頬を染めながら頷く。デートして来たらしい彼の顔が直視出来ず、そんな彼女の足を相棒の忍犬アレクサンドル二世が尾で叩くから尚更意識するというもの。
「感情的になるほど掌で転がされると言いましょうか‥‥そういう所が、故郷の父様を思い出しましたので」
「父様、ね」
 くすくすと笑う彼は、次いでゴブレットを両手で包むように持ちながら酒を飲んでいる秋桜に問う。
「不信任案は君の提案だったと」
「残念ながら失敗に終わりましたが」
「なかなか結束力の高いチームだろう?」
「非常に残念ながらっ」
「まだまだ甘いよ仔猫ちゃん」
「っ」
 好かれていない相手こそからかうのが楽しいと言いたげなマチェクへ。
「その信頼に甘えて調子に乗るとエライ事にもなりかねませんよ?」
 秋桜が言い返すより早く通りすがりに厳しい事を言うのは照だ。
「信頼ってのは築くの大変ですが崩れるのは恐いほどあっけないもんで。‥‥まあ、マチェク殿なら心配無用とは思いますが」
「そうですわ」
 横からイリスが真剣な眼差しで割って入る。
「自分に出来る事は自分で。その方が効率良い場合もあるでしょう。心配を掛けたくないから黙って行く事もあるでしょう。でも‥‥心配するのは迷惑ですか? 力がなければ大切な人を想ってもいけませんか? 一言欲しいと思うのは我儘ですか‥‥っ?」
 次第に口調が熱く、瞳が潤んでくるイリスにマチェクは苦笑する。
「その大切な相手が俺だと言うなら真剣に応えるが」
「違いますっ、ユリアの事です!」
 はっきり否定、おまけに即答。
「マチェク様、ユリアが貴方の愛人だと言っていましたけれど実際のところは‥‥!」
「愛人っ」
「愛人?」
 どきりと顔を赤くするルシールと、目付き鋭く睨んでくるのは、律。
「君と対話したことで少しは考えを改め見直そうとも思ったが‥‥結局はそう言うことか‥‥」
「ふむ。君達にはどうも信頼されていないようだ」
「まず信頼出来る所が見当たりませんので」
 きっぱりと秋桜。
「そもそも女性に自分は愛人だなどと口にさせる事が甲斐性無しで」
「愛、人?」
 ふと聞こえた声に其方を振り返ればゴブレットを手に頬を染めている虎姫だ。中身はジュース、だと思う。
「人、愛する。素敵、な、こと‥‥団長、さん‥‥人、愛せる、人」
 すぐ側にいたイーゴリが虎姫の言葉に此方を向く。そしてイーゴリの声が止まった事で団員も一人、また一人と此方を向く。
 虎姫は言葉を紡ぐ。
 一つ一つを皆の心に刻むように。
「心配、する気持ち‥‥心配、かけたく、ない、気持ち‥‥どっちも、あったかい。たった、一言でも、きっと、安心する、です。皆、こんなに、団長、さん、好き」
 ふわり、温かな風のように。
「団長、さん、は? 皆の、こと」
 綻ぶ笑顔にマチェクも微笑う。
「好きだよ。当然だ」
「「「――‥‥っ!!」」」
 団員達が息を飲み、何かを叫びたくても抑え込むような、そんなガッツポーズ。
「今日は飲むぞー!」
「おおぉ!!!」
「さぁ飲め、皆飲め!」
 更に賑わう輪の中に、次々と運ばれて来る料理を輝く瞳で黙々と食していく水月がいた。


 その輪から少し離れて、ディワンディに歩み寄るユリアがいた。どうやらマチェクを依頼に引っ張り出した罰として見張りを言い渡されたらしいが、手元には食べ物も飲み物も充分に用意されている。先ほどから誰か彼か此処で同席している事も皆が知っていた。だからユリアが「寂しくないのかしら」とからかうように聞いても少年は明るく笑う。
「それより姉ちゃんこそどうしたんだ? 皆と飲まないのか?」
「ふふ、ディワンディくんにちょっと聞きたい事があって」
「俺に?」
「ええ‥‥知っていたらで良いのだけれど、マー君、恋人がいるでしょう?」
 ごきゅっ、と少年の喉が鳴る。
「っと、それ、って、ボスから聞いた?」
 何も言わずに微笑むユリア。これにはさすがの少年も違うと察したようだ。
「なら俺は何も言わないぞ! 何も聞いてない! 何も知らないっ!」
「ですがどうにも謎が多いですよね」
 不意に聞こえた第三者の声は、照。
「先ほど取材がてら色々と聞いてみたんですけど、まぁ回答のほとんどは適当にはぐらかされましたけど」
 一つ、どうしても気になる箇所があった。それは東方に拠点を置く傭兵団の長マチェクが南方の出身という、あえて見なければ済んでしまいそうな些細な、‥‥違和感。
「マチェク殿は、どうしてこの傭兵団のボスに?」
「知らないよ!!」
 それきり外を向いてしまった少年の背中は喋ることを断固として拒否していた。
 幾つかの疑問を残して宴の夜は更ける。
 朝日はもう間もなくだった。