【踏破】つなぎあうもの
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/03 01:06



■オープニング本文

 ●

 新大陸を目指す開拓者達が次々と儀を飛び立つ光景が見られるようになって早一月。其処にそれほどの興味を持たないジルベリア大陸にもそれ相応の情報は入るようになっていた。
「新大陸ねぇ」
 どこか意味深に響く声音で呟くスタニスワフ・マチェク(iz0105)は冗談のように言ったものだ。
 先の大戦のこともあり此処で新しい仕事相手を見つけるのは難しい。ならば「新大陸とやらに俺達の新しい契約相手が居るってなら乗り込んでみない事もないがな」と。
 基本的に自分が率いる傭兵団の利にならない事には手を出さない。
 曖昧な情報だけで団を動かす事もない。
 負ける勝負には手を出さないのがジルベリア東方に拠点を置く傭兵団のボスである。


 そんな、ある日。
 傭兵団の村を離れて新たな契約主になりそうな相手の情報を集めていたマチェクは遠くに見知った少年の姿を見つけて怪訝に思う。傭兵団に所属する最年少ディワンディだ。その幼さ故に他の団員達と同じ役目を任されない事に常日頃不満を抱いているらしい少年は、それでも尊敬して止まないマチェクの命令なら素直に聞き入れた。駄目だと言われれば我慢もしたし、安全な場所に避難しろと言われればその通りにする。その一方で幼さを武器に斥候の役目を果たす事も間々有り、少年は傭兵団にとってなくてはならない存在だった。
 そのディワンディが此処に居る――その事自体は特に不思議ではない。ジルベリア大陸内であれば新たな仕事も決まっていない昨今、自分の腕と足で自分に出来る仕事を探しているのは普通だからだ。ただ、今こうして見かけた少年は、いつもと様子が違ったのだ。焦っているような、‥‥怯えているような、そんな危うさを纏っていた。
(何かやらかしたかな)
 マチェクは軽い吐息を一つ。
 少年が小走りに向かう先に何があるかを予測しつつ裏道を歩き出した。


 ●

 少年は焦っていた。
 相当に、焦っていた。
(どうしよう‥‥どうしよう、俺‥‥!)
 顔が青い。
 青いのに全速力で走っているから顔は熱いし動機は激しくなるし、‥‥なのに、寒い。
(俺‥‥どうしよう‥‥っ)
 ディワンディは走っていた。――開拓者ギルドへ。
(あぁでもギルドに行ってどうすんだよっ、俺には開拓者を雇う金なんか無いし頼むなら見ず知らずの開拓者より傭兵団の‥‥っ、いやダメだ俺がやらかしたのにその責任を皆に押し付けるような真似はしたくないし、そんなことしたらボスにだって呆れられる‥‥!)
 考えれば考えるほどに焦る。
 焦って足がもつれ、転ぶ。
「わっ!!」
 顔面から地面に叩きつけられるように倒れて、それきり、動けなかった。
(くっそ‥‥!)
 ぶつけた顔が痛い。
 けれど、それ以上に胸が、痛い。
(くっそぉっ‥‥!!)
 握る拳に地面の砂を握り締めた。
 その胸中に過ぎるのは此処ではない島で見た光景だ。実は少年は、この仕事の無い期間に新大陸に向かう開拓者の船に忍び込んでいたのだ。
 事の発端は傭兵団の大人連中から「おまえにはまだ一人で仕事するなんて無理だ」と笑われた事。無理だ無理だと馬鹿にされて――それは言った本人達にとっては最年少の彼を可愛がっているに過ぎなかったのだが、本気で悔しくなったディワンディは一人でも何か出来るのだと言う事を証明したくて開拓者の船に乗り込んだ。何故に開拓者の船を選んだのかと言われれば、近頃はボスが開拓者を贔屓にしていたからで、‥‥特に何をしたいという明確な目的も無いまま船に乗り込んだ彼は、言うなれば密航者。見付かれば捕まってしまう事は目に見えていたから隠れ続けるしかなかった。
 だが、あの時。
 新大陸に向かう開拓者の乗った船が、その航路の途中にある鬼咲島付近でアヤカシの群に襲われた時、ディワンディは確かに見たのだ。その島の入り江付近に集落があったのを。そして其処でアヤカシから逃げる少女と、視線が絡んだのを、ディワンディは確かに自覚したのに。
(助けられなかった‥‥っ!!)
 その事が悔しくてならない。
 船の中を飛び出してあの少女達を助けて欲しいと開拓者に頼んでいればあの少女達は助かったかもしれないのに。自分が捕まることに怯えず訴えていれば救えたかもしれない――否、もしかしたらあの時は助かって、今でも助けを待っているかもしれない、と。そんな微かな希望を。希望的観測で、ジルベリア大陸に帰還した今、開拓者ギルドに駆け込もうとしたのだ。
(俺は‥‥っ!!)
 目頭が熱くなる。
 かと言って泣けない。泣けば自分は何処まで堕ちるのか。
(俺は‥‥っ!)
 自分自身の情けなさが気持ち悪い。
 誰か、と呼ぶ事も出来ない。
(俺‥‥!)

「ディワンディ?」

「!?」
 突然の声に驚いて顔を上げれば其処に居たのは誰よりも尊敬する傭兵団のボス、スタニスワフ・マチェク。
「‥‥っ」
 絶対に泣くものかと硬く心に決めていたのに、‥‥気付けば少年の頬を涙が伝っていた。


 ●
 マチェクは、ひどく感情的で支離滅裂と言って良いディワンディの説明を、それでも黙って最後まで聞いていた。
 そうして最後の最後に一つの質問をする。
 曰く「おまえはどうしたい?」と。
「あの子達を助けたい‥‥っ!」
 相変わらず感情的な語調だったけれど、その瞳は真っ直ぐにマチェクを見返して来た。
 今までの後悔や自責を含んで揺れた眼差しではない。自分の意思を伝える瞳だ。
 だからマチェクは微笑う。
「なら話は簡単だ。船なら俺の方で用意してやるから鬼咲島とやらへアヤカシ退治に向かうだけさ」
「けどこれは俺の問題で‥‥! 傭兵団に何の得もないしっ、ただ危険なところに乗り込むなんてイーゴリ達が許さないよ!」
「誰が傭兵団で乗り込むなんて言ったのか」
「で、でも‥‥っ、じゃあボス一人で!? それこそ‥‥!」
「傭兵団としての仕事もない閑散期だ。俺が個人的におまえの話に乗る分には良いだろう。あいつらも文句は言いたくなるだろうが事後承諾なら何も言えまい?」
 完全な確信犯の笑みを浮かべた彼は「それに」と言葉を重ねる。
「せっかくだ、開拓者に救援を募ろうじゃないか」
「え‥‥」
 団の大人達に馬鹿にされた事が悔しくて起こした行動は、同時に開拓者を贔屓にするボスへのささやかな反発でもあった。それも全てディワンディに語らせた上でマチェクは開拓者に救援を頼もうと言う。何故、とディワンディが無言の表情で訴えてくる戸惑いに、マチェクは普段の彼らしい意味深な笑み。
「彼らと行動を共にしてみれば判るよ」
 ただ、その一言を告げるのだった。

 ギルドにマチェクの名で依頼が並んだのはそれから数時間後。
 船はマチェクの方で用意する。
 共に鬼咲島でアヤカシに襲われている人々を救出に向かって欲しいという内容だった――。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
陽(ia0327
26歳・男・陰
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
リーザ・ブランディス(ib0236
48歳・女・騎
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎


■リプレイ本文


「おやおや、今回は随分と若くて可愛いやつが一緒じゃないか、マチェク」
 集まった開拓者達の中、皆より遅れてやって来たマチェクに気付いて声を上げたリーザ・ブランディス(ib0236)の視線は赤髪の傭兵からその腰に届くかどうかという小柄な少年に移った。
 ディワンディ・ラスカーター。
 傭兵団の一員ながらその幼さ故に前線には立たされない少年。
「久し振りだな」
 そんな彼に笑顔で声を掛けたファリルローゼ(ib0401)に続き、独特な雰囲気を醸し出す陽(ia0327)も陽気に話し掛けた。
「お〜、少年。今回はよろしくね〜」
「‥‥っ」
 しかし少年は息を呑むとマチェクの後ろに身を隠す。陽の雰囲気を本能的に怖いと感じたようで。
「ディワンディ?」
「ぉ、俺は別におまえ達開拓者の力なんっがふ!」
 可愛く無い事を言おうとする少年の頭に軽い一撃を加えたマチェク。
「こちらこそ世話を掛けてすまないがよろしく頼むよ」
 代わりに陽へ応じ、リーザやファリルローゼを苦笑させた。
「しっかり頑張りなよ、ディワンディ」
「傭兵団で斥候を務める君の腕前に期待しているぞ」
 女性二人にぽんと頭を撫でられたディワンディは顔を赤くして隊長に笑われ、陽に面白がられ、梢・飛鈴(ia0034)と中原 鯉乃助(ia0420)とも順に挨拶を交わすしたが、ロムルス・メルリード(ib0121)の番になって「よろしく」と告げた言葉が、何故か素通りしたように感じたディワンディは彼女の顔を見上げた。それは初めて彼から開拓者を真っ直ぐに見た瞬間。
「‥‥どうかしたのか?」
 ロムルスの視線が自分では無い別の場所‥‥追えばリーザの背中に注がれている事に気付いたのだ。そしてその事に気付かれたロムルスは別段気にした様子もなく、ただ真っ直ぐにリーザの背中を見つめている。
「‥‥父から頼りになる友人だと聞かされていましたので、一緒に行動出来る時を楽しみにしていたんです」
「へぇ」
 開拓者同士でもそんな気持ちになるのかと胸中に呟きながらディワンディもリーザの、ファリルローゼの、陽の、飛鈴の、鯉乃助の背中を見遣る。尊敬するボス・マチェクが信頼する開拓者。自分が救い出せなかった少女達を彼らが助け出したとしたら、今は後悔や自責、苛立ち、鬱憤、そんな様々な負の感情で占められた胸中がどう変化するのか――少年は逸る気持ちを押さえつけるように胸の前で拳を握り締めた。



 鬼咲島――新大陸に向かう際の経由地点と考えられるもアヤカシの多発により安全面を危惧され、いま数多くの開拓者達が依頼という形でアヤカシ退治に赴いている孤島。
「もう少し向こう‥‥あの、入江が急な曲線を描いている付近」
 上空、飛空船の上から島の輪郭を見下ろして自分がアヤカシから逃げる少女達を目撃した場所を説明するディワンディの言葉に従い飛空船は航路を変えた。辺りには飛行型のアヤカシ達と、それを討伐する目的で島に渡ってきた開拓者達が交戦する光景も少なくなく、連中の矛先がいつ自分達に向かってくるとも知れない状況下では主目的を違える彼らも決して気が抜けなかった。
「しかし、こんなところにまだ人がいるってのは驚きだな」
 鯉乃助の呟きに陽も「だねぇ」と間延びした反応。
「鬼咲島ってとっくに住民が撤退してなかったっけ? 単に逃げ遅れたのか、はたまた罠か‥‥まぁ行けばわかるっしょ」
 罠か、という言葉にディワンディの眦が吊り上がった。が、少年が何かを言い返すより早く飛鈴が軽い嘆息を一つ。
「やっとこ着いたアルが‥‥間に合うんかいナ? 結構時間が経っとるっぽいガ」
「‥‥状況を考えたら、厳しい、としか言えないわね」
 ロムルスまでがそんな事を言うからディワンディはダンッと足を踏み鳴らす。
「何だよおまえら! 最初から諦めるのかよ!!」
 怒鳴る少年に開拓者達の視線が集まり。
「ボスが頼りにしてるからどんな奴らかと思ったら結局はそのてぃごぁ!」
「少し黙りな」
 唐突に。
 何の前触れもなくディワンディの口を背後から手で覆って黙らせたリーザはそれきり地上に目を凝らす。
「ふごぁっかヴぁ」
「黙りなって」
「ぬぐぐぐぐ」
 文句を言おうとした少年を重ねて黙らせたリーザは、ようやく訪れた静寂の中で同じく地上に耳を済ませていた仲間達に目配せする。
「――‥‥聞こえるかい?」
「ああ」
 即答は陽。
「あっちだナ」
 飛鈴が指差した先の森――樹が倒れた!
「!!」
 凄まじい音を響かせながら次々と森の大樹が薙ぎ倒される。明らかに不自然な事態、異常な光景。
「アヤカシ!」
「船を降ろせるか!」
「急ごう!」
 開拓者達の声を受け、船は急降下を始めた。



 森に入った開拓者達は間を置く事無くそれと対面し戦闘態勢を取った。汚泥が象る姿は人でも動物でもなく、異形と称するにも違和感を抱かずにはいられない「塊」。
 泥傀儡。
 辺りに汚泥を撒き散らし、それらが飛び道具のように木々の幹を傷つけ、木々を薙ぎ倒し向かってくるのだ。
「気色悪い奴だナ」
 飛鈴が呟き、それの進行方向に立ち塞がると同時、気付く。
 泥傀儡の手前、小さな二つの影。
「横に飛べ!」
「!?」
 真っ先に声を張り上げた鯉乃助が疾走、二つの影が――少女達が真横に飛び退いたその場所を鯉乃助の拳が突いた。
「‥‥っ」
『ヴォォォオッ!!』
 泥傀儡から上がる咆哮、言いようのない不気味な感触に鯉乃助の顔が歪む。
「素手で殴る蹴るはしたくネーアルなぁ」
 飛鈴がぼやき、しかし動きは迅速だった。両手に装着した月吼の感触を確かめるように右手で左手を撫でると苦無を取り出し、放つ。
『――!!』
 アヤカシへ伝わる衝撃は水面に広がる波紋のように泥傀儡の身体に螺旋を生じさせ、その意識を完全に自分達へ向けさせた。
「此処からが勝負ってね!」
 リーザ、ファリルローゼが剣を抜いて動き出す。鯉乃助と飛鈴が後ろへ飛び退くのを追うように突進を再開した泥傀儡の左右ぎりぎりの位置に構えると自ら射程に突撃してくるそれの胴部分を刺し貫いた。
「!」
 泥が飛び散る。
 咆哮が上がる。
「見た目には判り難いけどダメージ受けてんのかね〜」
 軽口に似た台詞を言いながら、陽。
 手に白弓を構え――ロムルスは理穴弓を構え、矢を放つ!
『――!!』
 大気を震わせる咆哮に、最後に現場へ辿り着いたディワンディは全身を震わせた。背丈の二倍もありそうな泥傀儡を一瞬の躊躇いも見せずに迎撃、見るからに気色悪い感触だろうそれに素手で立ち向かう泰拳士、剣を振るう騎士、そして弓術士でもないのに矢を放って仲間を援護する開拓者。
「‥‥っ」
 その姿は、と。
 胸中に浮かんだ言葉を少年は必死に否定する。
「存外しぶといな!」
 ファリルローゼが右足を軸に体を回転させ、その勢いに乗せて強烈な一撃を加えるのと敵の眉間らしき位置に放たれた飛鈴の苦無が突き刺さるのが同時。直後に泥傀儡は風船が割れるようにその輪郭を失った。
「‥‥もう出て来ても大丈夫だぞ」
 リーザ、鯉乃助が周囲を確認後、泥傀儡に襲われていた少女達に声を掛ける。事情を聞いたディワンディも身を乗り出し、もしもその二人が自分の見た二人ならばと期待が膨らむ‥‥が。
 誰一人その声に応える者はなかった。


「妙だナ」
 開拓者達は泥傀儡に追われていた少女達を目撃し、逃げるように指示をした。だからもう手の届かない場所まで逃げている可能性も無くはなかったが、あれだけ全力で走って逃げていた少女が、ようやく敵の追随から逃れられて尚走り続けるものだろうか。足腰の疲労も相当なはず。ましてや自分を助けようとした開拓者達の素性も気になるのでは?
 そう考えて辺りを捜索する彼らだったが、自分達以外の人影を見つける事が出来ない。
「やっぱ逃げちまったか」
 鯉乃助が呟くと同時「まだ探そう!」と食い下がったのはディワンディ。彼にとっては、あの日の少女達を救えるかどうかの瀬戸際も同然だったからだ。
 開拓者達も見つけられるものなら見つけたいのが本心。
 軽い溜息を吐いたのは陽だった。
「居なかったら居ないって言ってよ〜?」
 森の中に掛けた言葉は、恐らく本人にも大した意味は無かった。一つの結論を出すために必要な指針を見つけるまでの軽口のつもりだった。――なのに。
「いないわよっ、だからさっさと消えてくれる!?」
「ちょっ!? 声出したらバレるでしょ!!」
「だってあいつらがいつまでも下に居座ってたら私達が村に戻れないじゃない!!」
 開拓者達は顔を見合わせると空を仰いだ。森の木々が空を覆うように広げる枝葉の向こうに見え隠れする姿。
 少女達は樹上に隠れていたのだ。
「‥‥ディワンディ。あなたが襲われているのを見たのは、あの子達?」
 ロムルスに確認を求められたディワンディは彼女達に目を凝らし、失望の色濃く目線を落とす。
 無言で左右に振られる少年の首に開拓者達は「仕方ない」と気を取り直した。
「とりあえずお嬢ちゃん達、下りて来ないか?」
 陽が言う。
「い・や!」
「いつまでも其処にいるわけにはいかんだろう」
「だったらあんた達が其処から消えてよ!」
「‥‥高い所が好きなのカ」
「ンなわけないでしょ!?」
 鯉乃助、飛鈴にもこの応対。
「あのくらいの子供ってのは難しい年頃だからね」
「ああ、確かに‥‥」
「むっかー! 大人ぶらないでよ!!」
 リーザ、ファリルローゼと続く台詞に少女達の怒りは爆発寸前、頑なな拒絶の言葉が頭上から降り注ぎ。
「ああ、そうか」
 マチェクが微笑う。
「君達、登ったは良いが下りられないんだろう」
「「下りられるわよ!!」」
 少女二人の声が重なり、かと思えば次の瞬間には二人揃って樹上から飛び下りて来た。
「どうよ!」
「ああ、見事だね」
 胸を張って威張る少女達にくすりと微笑い、その腕を掴む。
「というわけで確保だ」
「はっ!?」
 ある意味ではとても素直な少女達だった。



 マチェクが掴んだ腕をロムルスとファリルローゼが預かって後、彼らは何とか話をする事が出来た。その内容を簡潔に纏めるならば少女達は――そして彼女の集落の人間は開拓者を嫌っていた。今現在、この島に残っている住人は――否、取り残された人々にとって、開拓者は自分達を見捨てたも同然だったのだ。
 事前の情報が足りず、そもそも無人島だと思われてきた鬼咲島。新大陸の可能性を示唆し始められた事で航路となるであろう此処を確保するために多くの開拓者達が依頼という形で此処を訪れたけれど、先住の民の事を考えて行動して来た者が一体どれだけいただろうか。
「あんた達は島の住人の避難とか大義名分振り翳してアヤカシ相手に好き勝手やってくれたけど! その後で取り残された私達がどんな目に遭ったか判ってんの!?」
「村はあんな泥の化物五匹に取り囲まれて見張られて! 村を出ないと食料もままならないからこうして私達が外に出ては連中に追われて! それで今までに何人の友達がいなくなったと思ってるのよ!」
 慟哭とも取れる悲痛な叫びに、謝罪する事は簡単だ。自分達がこの島を訪れたのは今回が初めてでそれ以前の責任までは持てないと正直に語る事も。だが開拓者達が選んだ言葉は「なら後四匹、泥傀儡をぶっ倒しに行こうじゃないか」だ。
 鯉乃助の言葉に「だな」と剣の柄に手を掛けたファリルローゼ。
 こんな所で無駄話をしている暇は無い。
 今この瞬間にも苦しんでいる人がいるのなら救いにいく、それだけだ。


 あの日、ディワンディが空から見つけたアヤカシに襲われていた少女達。あの二人が今も生きているかどうかは判らない。ただ、こうして出会った二人以外にもこの島に取り残されている人々がいる、その事実だけで開拓者達が動く理由は充分だった。
 開拓者は集落の周りに蠢く泥傀儡を確認、少女達を木々の陰に潜ませて行く。
 飛鈴の苦無、陽、ロムルスの矢が遠距離から奇襲、泥傀儡の意識を此方に向けさせ突進して来る巨体をリーザとファリルローゼが斬る。
 更に、その騒ぎに気付き他の泥傀儡が参戦しようと動き出す進路に仁王立ちする鯉乃助。
「一度に四匹は難しくても、三匹ならどうにかなるもんだぜ」
 言い、大地を蹴る。
 その背後から彼を抜き去り泥傀儡一匹に放たれた式は、氷柱。
「見とけよ少年、こいつが陰陽師ってやつだ」
「‥‥!」
 ディワンディの見ている前で泥傀儡の一部が凍り、そこへ鯉乃助の容赦ない一撃が加えられる。氷は途端にひび割れを広げ、泥の塊を表面から崩していった。
「これならまだいいアルな!」
 同じく陽の氷柱で凍った顔面に強烈な旋蹴落を食らわせた飛鈴。一撃の後は退避。各々が決して単独で飛び込む事無く仲間の援護を受けながら、または援護のために目を光らせながらの戦いは被害を最小限に抑える。
「ロムルス!」
「!」
 接近する泥傀儡に射程内に入られ、矢を構えるのが遅れても、其処には仲間が回りこんで手を貸してくれる。リーザの剣に抑えられた泥傀儡の手らしき塊を、ロムルスは自ら抜いたサーベルで斬り落とす。
「まだまだいくよ!」
「はいっ」
 応じると同時、二人は得物を構え泥傀儡の懐へ飛び込んだ。
 開拓者達の息の合った連携に自らも剣を振るいながら微笑ったマチェクは他者に聞こえるかどうかという小声で囁く。
「惚れ惚れするね」
 その、潔いまでの凛とした戦い方。
「それを言うならマチェク、君の剣技もだ」
 まるで職人技のように一寸の無駄もないマチェクの立ち居振る舞いをファリルローゼは心から賞賛した。
「私が約束を果たせるのはまだまだ先みたいだな」
「ロゼ、君という女性はまったく‥‥」
 ファリルローゼの言葉に、マチェクはくすくすと楽しげに笑い――目の前の敵を切り崩す。四体いた泥傀儡は次々とその数を減らしていった。


「すげぇ‥‥」
 少女達と共に木陰に隠れていたディワンディは無意識に呟いていた。傭兵団の仲間達の戦いを見る時と違う感動。
 同じ、興奮。
「開拓者‥‥すげぇ‥‥」
 戦う理由も、戦う姿も、根本にあるのは傭兵団と何も変わらない。一本の芯が通っているからこそ信頼に足るはずで、‥‥だからこそマチェクは開拓者を信じたわけで、その事を痛感した今、少年は自らが当初抱いていた嫉妬や苛立ちといったものがひどく恥ずかしく感じられた。
「‥‥なによ」
 ディワンディの呟きの真意を知らずとも少女達は呟く。
「こんなに強いんだったら‥‥なんでもっと早く助けに来てくれなかったのよ‥‥っ」
 頬を伝う涙には、もう会う事の出来なくなった友達への想いが込められていた。


 開拓者達が泥傀儡を全て倒し、少女達の案内のもと廃墟と化した家屋のその下に作られた空洞で隠れ住む二十名弱の人々と出会うまで、もう少し。
 そしてそこで少年が助けたいと願った少女達と出会うまでも、あと少し――‥‥。