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■オープニング本文 ● 寒い土地には、冷気が大地を覆うのに先駆けて冬囲いと呼ばれる作業が行われる。主に庭の樹木を積雪や冷気から守る為に行なわれる作業の事で、木々を藁や筵で囲うのである。 更には春を迎えるに至ってこれを解くのも大事な仕事の一つなのだが、これが結構な重労働だったりするから困っているのだと、それが今回の依頼主である女性の言だった。 彼女はジルベリアの首都ジェレゾから馬車で一時間ほどの土地に広がる農場主の夫人で、皆からはレディカ夫人と呼ばれている。彼女曰く、ヴァイツァウの乱の影響もあって何かと人手が不足している今、ギルドに所属している開拓者の彼らに冬囲いを取り外す作業を手伝って欲しい、それが、今回の依頼だった。 ギルド受付の青年は「判りました」とペンを走らせる。 「個人的には、わざわざ開拓者に頼むほどの内容でも無いと思いますが」 「あらあら、言ってくれるわね」 遠慮のない受付係りの物言いに、しかし夫人は気分を害するでもなくたおやかに笑う。 「良いのよ、お金はあるんだし。それに、乱の折にジルベリアに渡っていらした開拓者の皆さん、美男美女揃いだったと言うではありませんの‥‥!」 「ああ、確かに」 「でしたら一度は直接お目に掛かっておかないと!」 何が「でしたら」なのかいまいち不明だが、この何処となく癖のある夫人といつまでも話をしていては今日の業務に差し支える。 「承知しました、それではこの依頼、ギルドで承ります」 「よろしくね。冬囲いされている木は約百本、農場の大きさは‥‥そうね、二時間もあれば一周出来ると思うわ」 にこにこと楽しげな夫人に、受付の青年の頬が僅かに引き攣るけれど、それだけ。 「仕事を引き受けて下さる方がいらっしゃると良いですね‥‥」 「うふふ、お仕事の後にはお茶会もしましょうね。とっておきのお菓子と紅茶をご用意してお待ちしているわ♪」 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
エミリー・グリーン(ia9028)
15歳・女・巫
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
レートフェティ(ib0123)
19歳・女・吟
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎
アルベール(ib2061)
18歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ● 「まぁ‥‥っ!」 自分達が開拓者ギルドで此方の依頼を請け負った開拓者だと名乗った彼らに、依頼主となるレディカ夫人の第一声がそれだった。続いて何をするかと思ったら問答無用の抱き締め攻撃。ただ、何処で聞いたのか動物耳が好きな婦人かもしれないという噂を信じ(?)此処に来る途中で礼野 真夢紀(ia1144)がアーシャ・エルダー(ib0054)から借りて装着していたラビットバンドはあまり関係なかったらしい。。 「わっ‥‥」 真っ先に被害に遭ったのは桔梗(ia0439)。続いて、真夢紀、エミリー・グリーン(ia9028)。 「ちょっ‥‥えぇっ?」 「可愛いわ! なんて可愛いお子さん達‥‥っ」 夫人が××歳という事もあり十代前半に見える彼らは須らく「可愛い子」。だから勿論フラウ・ノート(ib0009)も――。 「まああぁぁぁっ」 「!?」 びくぅっと体を震わせたフラウに歩み寄る夫人。いや、にじり寄ると表現した方が正しい。 「ちょ、ちょっと‥‥?」 後ずさるフラウ。 「う〜ふふふ‥‥っ」 怪しく笑みながら更ににじり寄る夫人。 「‥‥っ、何かヘンよ!?」 フラウが思わず背中を向けて走り出せば夫人も即座に追いかける。 「お待ちになってーーっ!」 突如として始まった追いかけっこをファリルローゼ(ib0401)が呆然と指差した。噂を信じた真夢紀とは対照的に、レディカ夫人が癖のある人物とは思えなかった彼女も目の前の光景には考えを改めざるを得なかった。周りの仲間達に状況説明を求めるも、隣に立つアーシャは聞かないでと言いたげに肩を竦めて首を振るし、レートフェティ(ib0123)は鈴のような優しい笑い声を聞かせるのみ。 「とても楽しい一日になりそうですね」 「ええ」 くすくすと楽しげなレートフェティに同意するアルベール(ib2061)は目を眇めて空を見上げた。彼も十代前半の外見だが、抱き締め攻撃に合わなかったのは可愛さを上回る気品が感じられたからだろう。 春の青空。 温かな風。 「皆さんと一緒に楽しみましょう」 ● 今回の依頼内容はレディカ夫人の牧場にある百余りの木々に施された冬囲いを取り外す作業である。とにかく広いこの牧場、効率的な作業をと考えた開拓者達は左右それぞれに分かれて行動する事にした。 右回りにアーシャ、ファリルローゼ、桔梗、エミリー。 左回りにアルベール、フラウ、レートフェティ、真夢紀。 冬囲いを外し、藁や筵を丁寧に巻いて片付け、縄も絡まないように工夫。その全てを牧場内の倉庫に戻せば仕事は完了だ。事前に購入、準備して来たもんぺと手袋を身に付ける真夢紀に、夫人は「可愛いわぁ」と頬を緩めた。手袋とつなぎの作業服なら夫人の方で全員分を用意し、皆が着替えを終えていたが、さすがにもんぺまでは用意していなかった。 「今までの巫女さんの装いもとても可愛らしかったけれど、もんぺ姿も‥‥っ」 だふっというか、もふっというか、とにかく愛らしい姿を見る夫人の視線は明らかに怪しい。当の本人がそれに気付かないのは幸なのか否か。ともあれもんぺ以外にも、虫に刺された時のため小瓶に分けて持参して来た自家製の薬を二つは自分で、もう二つは別班のアーシャに手渡す真夢紀。 「準備が良いのね」 「実家の側にも虫がいっぱいいますから」 そう答えながら今度は自分の長い髪を結い始める少女を見て。 「髪は結った方が良いのだろうか」 同じように長い髪で、こちらは背に流したままのファリルローゼが問えば真夢紀は大きく頷いた。 「木に登る時に引っ掛かったら大変ですもの。せっかくの綺麗な髪なのに」 「あら?」 言う真夢紀に、小首を傾げる夫人。 「何故木に登りますの?」 「え?」 「すくなくとも、うちの冬囲いに木登りは不要ですわよ?」 夫人は微笑むと牧場での作業を改めて説明する。冬囲いとは雪深い土地で、雪の重みに木々が潰されてしまわないように行なわれる作業の事。対象は地面に近い木々なのだ。真夢紀の背丈では木の天辺に手が届かないかもしれないが、かといって登れば木が潰れてしまう。 「真夢紀さんのような愛らしいお嬢さんが木の天辺に捕まっているを想像するのは‥‥うふふふふ‥‥素敵ですけれど」 怪しい妄想で不気味な笑い声を立てる夫人から、開拓者達は揃って一歩後退した。どうやらあまり近付かないほうが良さそうな類の女性らしい。気を取り直すように咳払いを一つするファリルローゼ。 「だが、それでも髪は結った方が良さそうだな。どこかに紐が‥‥」 「ロゼちゃん、エミリーのリボンを使って!」 「ああ、ありがとう」 「それでは始めようか」 アルベールが声を掛け、最初の一本目に手を伸ばす。固く、きつく結ばれている縄を丁寧に解き、一本、二本、‥‥三本。 「縄を解くのに時間が掛かりそうね」と苦笑したフラウが木から筵をゆっくりと剥し、準備していた二台の荷車、その左回り用の荷台に置いた。これは、倉庫に片付ける前に日干しをする予定でいる。筵についている虫取りも、実際に倉庫へ片付ける際に行なう事にし、まずは片っ端から外して行く方が効率的だとは夫人の珍しくまともなアドバイスだ。 アルベールとフラウが作業する横では真夢紀とレートフェティ。 「高いところの縄は私が解くから、真夢紀は下の方をお願いね」 「はい」 二人で縄を解き、剥がした筵をレートフェティが荷台に乗せている間に次の木へ移動する真夢紀。そんな作業を右回りの彼女達も開始した。こうして説明だけしてみれば単純作業の繰り返し。何ら難しい事など無いように思われる、が。 「きゃああっ!!」 筵を剥がした途端にエミリーが叫ぶ。 ファリルローゼが目を瞬かせ、桔梗が小走りに彼女に近付く。 「大丈夫?」 「桔梗ちゃんっ!」 持った筵を勢いよく手放して抱きつけも、異性に抱きつかれたとて至って冷静な桔梗は彼女が放り投げた筵を観察。そして納得した。その筵には虫がたくさんい居ついていたのだ。越冬のために多くの虫達が温かな場所を求めるのは自然な行為で、それが冬囲いされた木と筵の間になるのも自然なこと。 桔梗は少し考えた後で夫人を振り返った。 「虫が多く住み着いていたり、ボロボロになっているのは、廃棄していい、かな‥‥?」 「ええ」 桔梗の確認に夫人は躊躇無く即答。 「皆さんが使えないと判断なさったのでしたら、それで結構ですわ」 夫人にも了解を取り、一同はそれは廃棄と決めた。 「エミリーさんは虫がダメなのね」 アーシャが気の毒そうに苦い笑みを浮かべて虫のついた筵を丸め、その姿がエミリーの視界に入らないよう工夫。ファリルローゼも気遣う視線を向け、桔梗に抱きついたままの親友の肩に手を置いた。 「このまま作業を続けても平気か? 無理そうなら休んでいても‥‥」 「う、ううんっ」 親友の提案に慌てて首を振るエミリー。 「寒かったジルベリアにもようやく花の香る季節がやってくるんだものっ、精一杯がんばっちゃうわ!」 「だが‥‥」 「大丈夫、手袋を二枚はめればきっと‥‥っ」 恐らく気分の問題なのだろうが、手袋を二枚重ねて付けたエミリーはいざ再びと次の木を囲む筵に手を伸ばす。縄を解き終えた後の緊張の一瞬。そぉっと手元を覗き込んだエミリーは、――直後に絶叫した。単純作業の繰り返しかと思いきや、これは案外難しい作業になるかもしれなかった。 ● 冬囲いが外された木々が空に向かって大きく枝を広げる姿は、ようやく開放された事を喜んでいるようにも見えた。新芽が出るにはまだ早い枯れ木同然の見た目をした木があれば、冬の間も葉を落とさない針葉樹も少なくない。冬囲いが外される度に牧場に増えるのは春の色。一つ一つが季節の変化を伝えてくれるのだ。 荷台に筵を乗せた荷車を引いて戻ってくるのはアーシャ。これからこの筵を日干しにし、空になった荷車を持って仲間達の元に戻るのが彼女の役目だったが「お疲れさま」と笑顔で出迎える夫人が白いレースを被せたテーブルにお茶と焼き菓子を準備しているのを知り、目元を和ませた。開拓者を呼ぶような仕事でもないのに、わざわざ依頼という形でギルドを通し開拓者を呼んだ夫人の目的が、実は自分達の話を聞く事なのではないかと予想していたのは当たりだったらしい。 「そろそろ囲いを外す作業は終わりかしら?」 「ええ」 聞いてくる夫人に応えて、遠く作業中の仲間を振り返る。 「せっかくですから、全ての木から筵を剥がし終えたら休憩しようと皆に伝えて来ます」 「まぁ! 是非そうしてちょうだい」 嬉しそうに手を叩く夫人に、アーシャも笑みを返した。 「ジルベリアのお茶‥‥初めてです」 カップを手に、鼻腔をくすぐる匂いに桔梗が見せた表情に夫人は胸をきゅんきゅんさせ、せっかくだから開拓者達の話を聞かせて欲しいと言う彼女に「では」と口を切るのはアーシャだった。 「先の内戦で巨大ナアヤカシ竜を相手にした時のことなどお話しましょうか?」 「ええ、是非!」 夫人が目を輝かせて求めるその話ならばアーシャ以外にも語れる開拓者は少なくなく 「せっかくですから開拓者の冒険譚を吟じましょうか」と大切な愛器ラフォーレリュートを膝に置いたレートフェティ。 「まぁぁっ」 胸の前で両手を握り締め頬を紅潮させる夫人にふわりと微笑み、吟遊詩人は奏でる。 歌う。 心を弾ませる旋律と、優しいのに力強い歌声。先の内戦をどうと表現するでもなく、ただ純粋に、巨大な竜に怯むことなく戦い勝利を手にした開拓者達を讃える詩。 終いには涙まで流して感動している夫人にレートフェティがはにかんだ笑みでお辞儀を一つ。開拓者達も口々に「素晴らしかった」と声を掛ける中で、ファリルローゼが優しい表情で安堵の息を吐いた後。 「はーい!」 おもむろに挙手したのはエミリーだ。 「筵を日干しにして、片付けるまではもうしばらく時間があるよね? 少し街を見て歩きたいんだけど良いかな!」 エミリーとその約束をしていたファリルローゼは気を取り直すように顔を上げた。 「そうだな‥‥時間が許せば、是非」 エミリーの言う通り日干しには少なくともあと一時間ほど掛かるため、それまでは自由時間だ。三人が街に繰り出すとてそれを止める者もない。 「では荷物持ちとしてお二人に付き合おうか」 アルベールが立ち上がりエミリーとファリルローゼをエスコート。 「なら私は夫人とお話したいんだけれど‥‥良いかしら」 「もちろんですわ!」 がしっとフラウの手を両手で握り締める夫人、その瞳はやっぱり輝いていた。 ● 夫人から借りた馬で牧場の芝の上を駆るアーシャは見渡す限りの平原に目を眇めた。 「こうしていると、つい先日まで血生臭い戦場にいた事が嘘のようです」 開拓者であればそうなっても仕方が無いが、剣を振るう仕事ばかりだった昨今。今回のようなのんびりとした体力仕事は嬉かった。だが、と馬上で自嘲気味な笑いを零す。 「体を動かし足りないですね‥‥今日は甲冑を着けていないから余計に物足りないです〜」 そんな自分はやはり騎士なのだと再認識するアーシャだった。 夫人の牧場から馬車で一時間ほどの街、首都ジェレゾ。 戦を終えて賑わいを取り戻し始めた街は春という季節以上の彩りに溢れ、どこを見ても興味を惹かれると言っても過言ではないくらいたくさんの物で溢れていた。 そんな街の通りにある服飾店にアルベールとエミリー、ファリルローゼの姿が。 「久し振りに会う知人への贈り物を選びたいのでアドバイスなど頂けますか?」というアルベールの言葉を受けて此処までやって来たのである。ドレスに髪飾り、帽子、アクセサリ――アルベールから相手の趣味や好みを聞きつつ希望に添った品物を選別したが、不意に「ロゼちゃん!」と大声を上げたエミリーが手にしていたのは純白のドレスだった。 「ロゼちゃんにはこれが似合うと思うの!」 「私に?」 「そうよ、ほら!」 ずいっと差し出すことで前身に衣装が重なれば純白が長い金の髪と凛とした面立ちに良く似合う。 「お姫様みた〜い! 王子様は何方かしら??」 「――何を言い出すかと思えば‥‥」 エミリーの意味深な笑みに、ファリルローゼは苦笑を返した。その手に提げている袋の中にはジルベリアの焼き菓子が九人分。労働の後の甘味は格別に美味しいに違いないと、仲間達へのお土産に選んだものだ。 「それよりも、折角だし色違いで揃いの服をどうかと考えたんだが、エミリー、君はどの色がいい?」 「えーっ?」 期待した反応が無かったことに不満そうな声を上げるエミリーに、何となく事情を察したアルベールが笑い、笑われたことにエミリーが頬を膨らませ、‥‥しかし思いついたように手を打つ。 「そういえばアルベールちゃんが贈り物を選んでいる相手はどんなヒト? 大切なヒトなのかしら?」 彼からこそ何か素敵な反応をと期待する少女の眼差しはとても正直で、アルベールもつい正直に応じてしまう。 「ええ。背が高くて、照れるところの可愛らしい‥‥とても大切な‥‥そう、愛する女性です」 「きゃぁっ、やっぱり!」 大喜びの少女にくすりと笑う少年は。 「ふふ‥‥お二人のおかげで良い贈り物が見つかりそうですよ、先に天儀に渡っていった『姉』に」 「――」 目を丸くしてしばし固まるエミリーに、アルベールはにこにこ、ファリルローゼは失笑。 後には「ちがーう!」と泣きそうな少女の声が響いた。 「私、夫人はてっきり動物耳がお好きなのだと思っていました」 そういう真夢紀に夫人は朗らかに笑う。 「あらやだわ。どこでそんな噂が流れたかは存じませんけれど、可愛い子はそれだけで可愛いのですし、わざわざ動物耳なんてアクセサリで可愛さを別方向に持っていく必要なんてありませんもの」 ただしこの夫人、妄想好きでかえって危険かもしれないという認識が開拓者の間で広がっていく気がする。 「仮にそんな噂があったのだとしたら、それはきっと私によく似た誰かかもしれませんわね」 「うぅむ‥‥」 「ただ‥‥」 「ん?」 フラウは怪しい視線に気付いて顔を上げ、目じりが下がっている夫人を視認し、一歩後退。 「どうしてかしら‥‥フラウさんを見ていると可愛がって差し上げたくて仕方なくなりますの‥‥!」 「ちょ‥‥っ」 そうこうして牧場の一角で再開された追いかけっこを真夢紀が眺めている頃、日干しされている筵についている虫を取っていたのは桔梗だ。各自が自由に過ごしている時間であるにも関わらず、最後には全員で倉庫に片付けるのならエミリーが戻る前に虫の姿を取り除いておいてあげたかったからだ。 「あ‥‥」 「私もお手伝いしますね」 ふと差し伸べられた手は今まで牧場内を散歩していたレートフェティ。桔梗の姿を見つけて合流する事にしたらしい。 進む作業は、もう間もなく甘味のお土産を持って戻って来る少女に、最上級の笑顔を浮かべさせるに違いない――‥‥。 |