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■オープニング本文 ● 夜闇に輝く湖面に、欠けた月が輝く。 辺りには明かりを灯す民家も無く何処までも広がる静寂の空間は湖の周りに幻想的な雰囲気を醸し出していた。現実世界から切り取られたようにも思える美しい光景――だからこそ、男は最愛の恋人に見せてやりたかったのだろう。 「どうだい?」 耳朶に囁くように問い掛ければ女は無言で頷いた。言葉など要らない。恋人の腕に頬を寄せて温もりを感じ合えればそれで良かった。 「‥‥」 するりと絡み合う指先。もう、離れない――。 ――‥‥‥‥ 「‥‥?」 不意に耳に響いた、何か。 「どうしたの?」 女は男が手を解こうとしている事に気付いて思わず力を込める。だが、それでも強引に振り払われたせいで腕に走る痛み。 「あなた!?」 驚いて声を荒げるも彼は彼女を振り向く事さえなかった。 「ちょっとっ、一体どうして‥‥突然何が‥‥っ、ぁあっ!」 腕を掴もうと追いかけるも、触れた瞬間に突き飛ばされた。 「なんで!?」 怒りをも滲ませた声を荒げた女は、不意に湖畔に佇む女の姿に気付いた。長い髪が月と湖のせいか青白く光り、肌は透き通るよう。 女の視線に気付いたのか、彼女は人形のように左右対称に整った容貌をふわりと和ませる。 妖艶。 そんな言葉が自然と浮かぶ恐ろしいまでの美しさ。 「‥‥っ」 いけない、と思った。 このまま彼をあの女に近付かせてはいけないと、懸命に追い縋る。 「お願いだから止まって! あの人ヘンよ! 帰りましょ‥‥きゃあっ!」 必死に説得しようと試みてもやはり突き飛ばされ、拒まれる。 上げた悲鳴も彼の足を止めるには至らない。 「あなた‥‥!」 叫ぶ彼女の目の前で、男はゆらりと手招きする女の腕に抱き締められた。 ――‥‥カワイイコ‥‥ ――‥‥カワイイ‥‥カワイイ‥‥男ノ気‥‥ 「ぁあ‥‥っ!!」 青白く美しい女が男に口付けた。細い手指で男の頬を包み二度、三度の繰り返される口づけ。がくりと男の身体が崩れ落ちて湖畔に横たわれば、女は寄り添うようにその体に覆い被さった。 「やっ‥‥っ」 女は喉の奥が引き攣るような悲鳴を上げる。 見たくない、と思ったのか。 逃げたい、と思ったのか。 湖畔に倒れて身動き一つしなくなった男。そこに覆い被さる女が顔を上げた時、その赤い唇に加えられていたものは――。 「いやあああああああっ!!」 血が滴る。 肉片が散らばる。 女の絶叫が夜闇の静寂を劈いた――。 ● 数日後、ギルドに一枚の依頼書が張り出された。 神楽の都から徒歩で三時間ほど移動した先の、人気の無い湖畔に川姫と呼ばれるアヤカシが出没しているからこれを退治して欲しいという内容だ。 既に四人の男性がこのアヤカシの犠牲となり、男と共に湖へ赴いていた二名が死亡。二名が重軽傷を負ったものの生き延びてそれぞれの村に戻ったという。 依頼主は生き延びた女性の一人。今は実家で静養中だという彼女の願いは唯一つ。最愛の恋人を奪ったアヤカシを退治し、どうか恋人の仇を、と――。 |
■参加者一覧
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
茉莉 瑠華(ia5329)
18歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● その依頼を見て、アヤカシの出現には何かしらの理由があったのではないかと推測したのは霧崎 灯華(ia1054)と竜哉(ia8037)の二名。二人は問題のアヤカシが出現する以前に何かしら兆候のようなものがなかったかを湖の近隣に住む人々に聞いて回っていた。 その間に周辺の地理情報を調べていたのは緋炎 龍牙(ia0190)。如何せん湖は広大で、被害が出ている地点には「夜になると景色の美しい場所」という共通点があるため近距離間に集中していたが、もし他所に似たような穴場があり、此方で用意する囮以外に本物の恋人同士が逢引に訪れて被害に遭われてしまっては元も子もない。念には念を入れておくに越したことはなかった。 その間に恋人役に扮する茉莉 瑠華(ia5329)と風和 律(ib0749)は開拓者――戦闘に長けた者に見られずに済むよう変装の真っ最中だった。アヤカシが獲物をどう判別しているのか定かではないが、見た目で早々に見抜かれてしまう事だけは避けたかったのだ。 「‥‥にしても」 変装の凝り具合が半端ではない二人に、頬杖をついた体勢で眺めていたブラッディ・D(ia6200)が大きな息を吐く。彼女自身に恋人同士に扮する予定はないけれど、アヤカシの狙いが男だと言うなら誘き寄せる囮は多い方が良いだろうと男装する事にしたのだ。が、彼女の変装はきつめに巻いたさらしで胸を潰し余裕のある大きめの衣類で体のラインを隠す程度。対して瑠華と律はと言えば‥‥。 「‥‥ここまで凝る必要があるのか」 「せっかくだもの、可愛い方がいいじゃない♪」 シノビゆえか、はたまた性格か。 完璧を目指し恋する乙女の変装を仲間に施す瑠華の眼差しは輝いており、こういった事に疎い律はされるがまま。 ブラッディの目の前には、いま紛れもない美女が二人いた。 ● 各々が役目を終えて集合場所で合流したのはもうすぐ陽が沈もうという時間だ。情報収集から戻った面々は普段の姿とは大違いの瑠華と律に目を瞬かせ、律の恋人役になる龍牙は何と言ったものか言葉が見つからない。一方、瑠華の恋人役を演じる竜哉は素直な喜びを口にする。 「デート自体はまぁ、演じなくてもそれなりに楽しいだろうしさ。俺とのデートのために此処まで綺麗になってくれたと思えば恋人らしさもわざわざ演じずに済みそうだ」 「そう言ってもらえると頑張った甲斐があるよッ!」 嬉しい、と竜哉の腕にしがみついてみせる動作もなかなか様になっている瑠華だ。 「ま、そっちの方は任せるとしてとりあえずアヤカシがあの湖に現れた原因っぽい事件の事だけれど」 灯華が淡々と言い放つ。 「特にこれと思えるような話は何も無かったわ。行方不明者も無し。それなりの念や執念のようなものが感じられるからもしかしてと思ったけれど見当違いだったみたいね」 尤も、と意味深に弧を描く灯華の唇が紡ぐのは、恨みを抱きながら湖周辺で行き倒れた人間がいたとして、その死体も獣に食われてしまえば「何も無い」という結果になるだろうという些か恐ろしい推測。かといってその予測に眉を潜めるような者もこの場にはいなかった。 また、龍牙が調べて来た「湖の畔で景色が美しい場所」も被害者が出ている地点以外にも幾つか挙がっている。囮を立てるにしても何らかの工夫が必要のように思われた。 「しっかし、まぁ」 竜哉が肩を竦める。 「アヤカシも無分別に発生するのか、人が来るから発生するのか何なのか」 「だからこそ我らがいる」 己の大剣『ヴォストーク』の柄を握り締めた律。恋人がいながら他の女に心動かされるとは‥‥と思わないではなかったが、相手がアヤカシの能力では責めるのも酷というもの。むしろ、恋人を置いて死ぬことになってしまった無念は察するに余りある。 「何としても討ち果たして見せよう」 「大切な人を奪うアヤカシ、そんなの絶対に許さない‥‥!」 大切な誰かを奪われる事の悲しみを自ら知っている瑠華は力強く言い放ち、自分の武器をブラッディに預けた。 「よろしくねっ」 「おぉ」 「俺のも頼むよ」 竜哉も刀を彼女に手渡し、律と龍牙を一瞥。 「二人の武器はどうする?」 班分けで言えば二人には灯華が同行する形になるが、彼女には二人の武器を預かる気が無い。しばらく考えた後で口を切ったのは今まで無言だった龍牙だ。 「‥‥もしよければ俺が風和の武器を預かろう。男が持っている分にはアヤカシも操れるという考えがあるだろうし」 相手が何を基準に男を狙うのか――その点がはっきりとしない内は用心に越したことは無い。 「その方が敵に警戒心を抱かせずに済むかもしれない。万が一、俺が操られてしまえば‥‥その時には容赦なく殴って武器を取り戻してくれ――」 「‥‥判った」 不安が無いわけではなかったが、それが最良のように思われる。 「もしもの時には全力で殴らせてもらう。先に謝っておく」 「いや‥‥それは俺の方こそで――」 すっと逸らされる目線の下はマスクで完全に隠れてしまっているけれど、言葉を濁す彼の心境が、特に同じ男の竜哉には判る気がした。鎧姿しか見たことの無かった律が、無論、瑠華のコーディネートであるものの髪を結い、白い上着はシンプルだが清楚なデザイン。下は青色のグラデーションが鮮やかなロングスカート。本人に言えば睨まれそうなので決して声には出さないけれど、今日の律は正に女性。 綺麗、なのだ。 色恋沙汰に興味はなくとも、‥‥いや、無いからこそ自分なんぞのために律がここまで変身してくれたことに恐縮してしまう龍牙。 「では頼む」と此方も全く自分の外見に興味のない律が凛とした態度で剣を差し出せば、龍牙は「確かに」とこれを受け取った。 「じゃあ行きましょう」 灯華が言う。 「最近暴れてなかったし思いっきりヤってやるわ♪」 それまで座していた卓から勢い良く飛び降りると、メイド服らしいレースの裾がふわりと舞った。着地と同時に手に取ったのは卓に立て掛けていた死神の鎌。灯華が今宵初めて実戦に用いる事に決めた得物である。刃に近い方の柄を持ち指先で回せばブンッ‥‥と風をも切り裂きそうな低い音が響く。 「随分目立つ格好だな」 「インパクトがあるでしょ」 ブラッディの苦笑交じりの呟きにも平然と笑んで見せる灯華。 「まぁ、とりあえず」 竜哉がそう言いながら手を差し出した相手は瑠華。 「参りましょうかお嬢さん?」 「うんっ」 瑠華の屈託の無い笑顔。開拓者達は動き出した――。 ● 念のため自分達以外にも本物の恋人同士が湖の畔に現れないよう注意を払いつつ、聞き込みの際に収集した「最も眺めの良い場所」と思われる情報を改めて纏めた開拓者達は、最終的に作戦実行地点を二カ所に絞った。その南側を担当する事になったのが龍牙と律。二人並んで夜道を歩くも、揃って色恋沙汰に疎いせいか地面に移る影にまで生じる微妙な距離。交わす言葉も今ひとつそっけない。 「そのマスクは外さないんだな」 「‥‥すまない。これだけは外せないんだ――」 「いや、謝られることではないのだが‥‥」 そうして彼らを包む沈黙。先ほどからこの繰り返しだった。もしも演じているのが恋人同士だという自覚が無ければ黙って歩くだけでも双方全く気にならないのだろうが、この自覚が曲者だった。なんとかしなければと思う律と、彼女に自分なんぞのために騎士らしくない格好をさせてしまい恐縮している龍牙。そんな二人の心境が作り出す微妙な空気は、‥‥見ようによってはとても初々しいもので。 それが、もしかするとアヤカシを誘き寄せたのかもしれない。 「っ」 不意に立ち止まった相手に律は警戒する。 「龍牙‥‥?」 「――」 龍牙の手が律から預かっていた剣の柄に触れる。 ――‥‥殺シマショウ‥‥ ――‥‥可愛イイ男‥‥私ノ為ニ、血ノ宴ヲ‥‥ 「――!!」 龍牙の手で抜かれる大剣がそのまま律の腹部目掛けて軌跡を描いた。 「龍牙‥‥!」 律は紙一重で後方に跳躍し刃を回避、同時に全力で呼子笛を吹き鳴らした。 同時刻、東の地点で恋人同士を装っていた竜哉と瑠華はどこからどう見ても仲睦まじい二人だったが、呼子笛の音を聞くなり表情が変わった。 「あちらに釣られたか」 「なんか悔しいかもっ?」 軽口を叩くも目付き鋭く、二人は南側の彼らと合流すべく森を駆け抜ける。そんな二人から僅かに距離を取って追いかけるのはブラッディ。 「竜哉! 瑠華!!」 預かっていた武器を手渡した。 そして灯華も、呼子笛の音を聞き現場に駆けつける。 闇夜にも目立つメイド服で森を抜ければ、二人に近い場所に居た事も幸いし、真っ先に到着したのが彼女だった。 「‥‥!」 灯華の口元が緩んだ。 その手前では律が龍牙の振るう剣を避けると同時、動きにくいロングスカートを、裾から腿の辺りまで一気に引き裂いた。 「許せ!」 ようやく動きやすくなった強靭な手足を生かし、相手の懐に飛び込む。律の力強い拳が龍牙の鳩尾に撃ち付けられた瞬間、灯華は更に速度を上げる。 湖の畔、此方に顔を向けているのは青白い女だ。 足を水につけたまま青いドレスをふわりと舞わせて微笑んでいる、アヤカシ。 ――‥‥ヤッパリ来タノネ、開拓者‥‥ ――‥‥待ッテイタノヨ‥‥? 「待って‥‥?」 聞き返す律の声がアヤカシには届いたのだろうか、青い女は笑みを強めた。 ――‥‥ズット興味ガアッタノヨ‥‥人間ハ美味シイワ‥‥デモ、開拓者ノ血肉ハドウナノカシラッテ‥‥ 「‥‥つまり、おまえは開拓者を呼ぶために‥‥っ」 そんなことのために、なんの罪も無い人々を殺したのか。 恋人達の未来を奪い、その心を傷つけたのか――。 「覚悟なさい!!」 灯華の鎌がアヤカシに届こうかという、まさにその時。青い女はにやりと笑った。 開拓者が己を斬りに来ると知りながら微笑ったのだ。 駆けつける竜哉、瑠華の姿をも見止め、灯華の術を避けるべく水面を移動する。灯華の足では水の上までは追いかけられない。 「!!」 突如、ぐらりと体勢を崩したのは竜哉。一瞬の間を置いて彼は刀を抜き、それで瑠華に斬りかかる! 「きゃあっ」 もしも竜哉が操られれば遠慮なく攻撃しろと言われていた瑠華だが、そもそも竜哉と瑠華では戦闘経験の差が大き過ぎた。ましてやアヤカシに魅入られた男の行動が、アヤカシの元に行くとしか予想しなかったのが間違いだ。魅了された者はアヤカシの命令に忠実に従う。攻撃しろと言われれば仲間にだって平然と武器を向ける。そうなれば瑠華では竜哉に敵わない。 「‥‥っ」 「ったく!」 それを察し飛び出したのはブラッディ。 「伏せな!!」 「!!」 瑠華が瞬時に体を伏せた事で視界にはっきりと映った竜哉の、その左肩目掛けてブラッディの蹴りが炸裂。 「ぐぁっ!」 蹴り飛ばされ、地面に倒れた竜哉に。 「手加減はしたぜ! 一応!」 たぶん、と胸中に続けながらブラッディの動きは止まらない。着地すると同時に発動される瞬脚。 ――‥‥!! さすがのアヤカシも目を剥いた。 瞬時に目の前に現れたブラッディに咄嗟の反応が出来なかった。 「灯華!」 ブラッディが声を張り上げる前方には膝まで水に浸かるもアヤカシを追えなかった灯華がいる。 「あとは任せた!!」 「!」 ――‥‥ッ、ァアアアア!! 言い終えるより早くアヤカシに放たれた蹴りが、その細く青白い体を畔に向けて吹き飛ばし、直後に上がった水柱はブラッディが湖に落ちたからだ。瞬脚の勢いで水面をも駆け抜けたとて浮かぶことは不可能。 「ブラッディさん‥‥っ!」 瑠華は灯華を一度だけ見遣り、湖に飛び込んだ。 律もいる、二人に任せれば大丈夫だと信じてブラッディを助けに行く。 「もう逃がさないわよ」 地面に吹き飛ばされて来たアヤカシを見据えた灯華は符をなびかせる。 「死者はおとなしく眠っていなさい!」 発動される斬撃符、それに続き振り下ろされる死神の鎌。 ――‥‥イヤアアアアアァァァァ‥‥ッ!! 二重の鎌に切り裂かれた胴体が虚空に浮いた。 「ふふふ‥‥もう終わり? もっと楽しませてよ」 みっともないくらいに足掻いて見せなさいと笑む灯華の微笑こそ、あまりにも妖艶で――。 「‥‥おまえを倒したとて犠牲になった者達が戻る事はない‥‥だが、これ以上の犠牲を出させないためにも此処で終わらせる‥‥!」 律は状態を屈め刃を下方に構えると地を駆けた。 アヤカシ目掛けて突進し射程に捉えると同時、その上半身の腹から首に掛けて大剣を振り抜いた。 「あっけないものね」 言う灯華は指先で回転させた鎌を、ただ落とす。 アヤカシの下半身に落とし、その切っ先が地面で止まるのをただ見ていた。 大気を震わす悲鳴もごく僅かの間だけ。美しい少女を象っていた輪郭は次第に黒い塵と化し、風に吹かれて消えていく。 「‥‥っぷ‥はぁっ!」 湖の水面に顔を出したブラッディと、彼女を支える瑠華もそれを見送る事になった。 この湖で多くの悲劇を生んだアヤカシの、最期を――‥‥。 ● 全てを終えた湖の畔で、竜哉と龍牙が酷く気まずそうにしていた。だが、女性陣に彼らを責めるつもりは毛頭ない。そもそもアヤカシの使う術が魅了と知りながら仲間同士で戦うことになるかもしれないと予想しなかったのは全員の責任だし、川姫という名まで知りながら湖が彼女の領域になることを予測出来なかったのも全員の責任。ブラッディの瞬脚が偶々功を奏したからアヤカシを倒すことが出来たけれど、それがなければ水中に逃げられて依頼は失敗に終わっていただろう。 「まだまだ、だね」 自嘲気味なようで、けれど笑顔を忘れない瑠華の呟きに続くのは、龍牙。 「俺が不甲斐ないばかりに‥‥二人とも、綺麗だったのにな」 「え?」 聞き返した律の衣装は自ら引き裂いたことでぼろぼろだったし、瑠華も湖に飛び込んだため化粧も髪型も切ないことになってしまった。 「いいんだよ、依頼は成功したんだもん」 瑠華が笑う一方、眉を潜めたのは律。 「綺麗‥‥とは、何だ?」 本当に判っていないのか、それとも褒められたと判っているから照れ隠しのつもりなのか、ともかく予想通りの反応をする律に仲間達の間には笑い声が広がる。 「さぁて、そろそろ帰ろうぜ。さすがに寒くなってきた」 「そうだね!」 こちらも湖に飛び込んだためにずぶ濡れになってしまっているブラッディの呼び掛けで皆の足が帰路についた。 そうして去り際、湖を振り返ったのは男達。 此処で亡くなった者達の魂に安らぎを。その行き先に、常に温かな陽と共に流れる風のあらんことを。またいつか、今度は違う形で会えることを願いながら、美しい夜の湖を後にした――。 |