|
■オープニング本文 その日、開拓者ギルドに駆け込んできたのは十六歳の少年だ。 「力を貸してくれ、頼む!」 ギルドの卓に両手を付いて深々と頭を下げた彼に、ギルド職員の高村伊織(たかむら・いおり)は目をぱちくり。 「あ、あの‥‥お困りなのはよく判りますが、まずは頭を上げて事情をご説明下さいな‥‥「頼む」だけではどうしようもありませんから」 些か動揺気味に告げれば少年は勢い良く顔を上げる。 「ありがとう! 話を聞いてくれるんだなっ、助かる!」 伊織の手を両手で包んでぶんぶんっと上下させる彼の言葉は何やら先走っているようで不安になるが、勢いに押された伊織は「は、はぁ‥‥」と思わず頷いてしまうのだった。 そんなこんなで聞いた話によると、少年の名前は光森新(みつもり・あらた)。両親が営む宿屋を手伝っているのだが、今朝早くに宿を発った旅芸一座が部屋に忘れ物をした。悪いと思いつつ荷を解いて中を確かめてみると、舞台で使う衣装が三着。宿泊中に聞いた話を思い出せばそれが次の公演に必要なものだと察せられた。 「だからさ! これをお客さんに届けてやりたいんだけど普通の道を通ったんじゃ間に合わないだろ? だから近道に山の中を通ろうと思ったんだけど、その途中で最近アヤカシの被害が出てるって言うんだ」 それでは自分一人でなどとても行けない。 しかし旅芸一座にこの忘れ物を届けたい。 「あいつらの芸、ものすごく面白かったんだ! 宿泊中だって、俺らがもてなさきゃいけないはずなのにいっつも笑わせてくれてた、すげぇイイ奴らなんだ! だから、大事な物ならどうしても届けてやりたい!」 「だから開拓者に?」 「あぁそうだ、頼む! 俺はアヤカシと戦う力は持たないけど体力と足の速さには自信があるんだ、守ってもらわなきゃいけないのは確かだけど‥‥でもっ、それ以外では足手纏いにならないって約束する!」 だから頼むと再び頭を下げた少年に、ギルド職員の伊織は「判りました」と微笑んだ。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
一條・小雨(ia0066)
10歳・女・陰
龍凰(ia0182)
15歳・男・サ
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 開拓者達が囲む火にくべられた薪が、炎の熱に挑むような活気ある音を立てる。 「あんま近付いたぁら、火傷しちまぁうよ」 「はっ、そやな!」 犬神・彼方(ia0218)に注意され、焚き火を覗き込んでいた一條・小雨(ia0066)は慌てて体を下げる。だが、どうにも火の中が気になって知らず知らずの内に身を乗り出してしまうのは、その火の中で餅を焼いているから。 「まだかまだか?」 こちらも甘いものには目がない龍凰(ia0182)が一手、また一手と近付けば。 「! 熱っ」 まるで「じろじろ見るな」という勢いで跳ねた火花に顔を火傷させられ、それでも彼が退かないから周囲には楽しげな笑いが広がった。 「龍凰さん、治療しましょう」と手を差し伸べる柚乃(ia0638)。 「腹が空いたのは判るが、静かにな。‥‥新が起きる」 淡々と語る篠田 紅雪(ia0704)には、皆が一斉に口を噤む。 急に落ちた沈黙の帳を揺らすのは新の寝息と、火花が散る音と、喪越(ia1670)の笑み。 「しっかし‥‥。普通ならその旅芸一座が荷を取りに戻ってくるのを待つなり、同じ方向へ行く客に任せるだろうにねぇ」 「義理堅いっちゅーか何ちゅーか‥‥」 喪越の後を継ぐように口を切った小雨は腕を組んで肩を竦めるも、その表情は優しい。 「まぁそぉいう人嫌いやないけどなー」 「同感みゃ!」 元気に同意するダイフク・チャン(ia0634)に慌てて人差し指を口元に立てるのは柚月(ia0063)だ。 「ほんとに新が起きちゃうよ」 「あ‥‥そうだったみゃ」 優しき猫侍は背を丸くし、口を手で覆い隠した。 開拓者ギルドから目的地へ進むこと約半日。 依頼主である光森新から改めて今回の依頼内容を聞いた開拓者達は、少年の一本気な性格に単純に好感を覚えた。 「んなーぅ。そりゃ大変だ」 「忘れ物、はやく届けなくっちゃぁな!」 芸人の衣装は舞台の花。 もちろん芸があれば切り抜けられる部分も多々あるだろうが、必要なものが揃ってこその最高芸。新の気持ちを汲んだ言葉を掛けてくれた柚月や彼方に少年は深々と頭を下げ。 「この龍凰様に任せておけって!」 どんと胸を張った彼とは相性が良かったのか、すっかり仲良くなって山道を行く合間の会話も弾んでいた。 そんな少年の、早く届けなきゃという焦りを随時宥めていたのは柚月と紅雪で、最後の最後まで渋っていた少年をこの場所で休むよう説得したのも二人である。荷物を無事に届けるためにも道中で足元が覚束無くなるようでは困ると説き伏せ、野営の準備を各自分担して行なっていたのだが、気付けば本人はこの通り。 旅芸一座の忘れ物をぎゅっと抱き締めたまま熟睡だ。 「よっぽど疲れていたんだぁね」 新しい薪をもう一本くべながら彼方。 「とりあえずはこのまま寝せておくのが良案か‥‥」 「ああ。腹が空いて目が覚めたら、俺が持って来た握り飯を食わせてやるし」 「それならうちも牡丹餅持って来たで〜」 紅雪の淡々とした声音には龍凰と小雨が自分の荷の中を披露し、牡丹餅と聞いた彼方はその出所を察して苦笑。 「ま、何はともあれ夜になったら酒だ、酒♪ てめぇもどーだ一杯、ん? アミーゴ」 意気揚々と天儀酒を取り出した喪越がこれを持参の猪口になみなみと注ぎ、彼方に差し出せば、 「ちょっと待て」 「ふごっ」 容赦ない龍凰の拳が喪越の頬にめきょり。 「あんた夜の番じゃん。酒飲んで寝たら絶対に起きなさそう」 「おぉボーイ、そりゃ誤解ってもんだ。俺は酒には滅法ツヨツヨ、チョー酒豪ってな」 「‥‥何?」 喪越の言語は時々謎で、言葉は言葉として受け取る実直な龍凰は眉を顰めたが、そんな彼の心情を知ってか知らずか「餅焼けたよー」と陽気に声を掛けてきた柚月。 「ほら、温かい内に食べちゃえ」 「おわっ、熱っ」 ぽんと放られた餅を両手で受け止め、その熱さに手の中で餅を躍らせる龍凰。 何とか一口噛み切れば途端に硬かった表情が緩む。 「美味い!」 「ほんまやな!」 小雨も餅を両手の間で行き来させながら笑顔。 「紅雪さんもどうぞ」 柚乃に差し出されたそれを、紅雪は微笑で断る。 「私は彼らが充分に食べた後で‥‥」 「美味しい物は皆で食べる、そしたらもっと美味しいんだみゃ♪」 「‥‥そうか。では、頂こう」 だからどうぞとダイフクに微笑まれれば断るわけにもいかず、白い指先で丁寧に餅を分ける仕草は、火から取り出したばかりの熱さをまるで感じさせない。 「‥‥美味いな」 皆で食べる焼餅は普段と違う味がして。 それは、確かに美味かった。 ● ぱちぱちと聞こえる微かな火の音は、しかしそれだけで開拓者達の周りに夜闇の不気味な静寂を寄せ付けない。 「‥‥ほら、小雨。眠たいなぁら遠慮なぁく寝たらいい」 「ん‥‥ダンナ‥‥うち、眠とうないでぇ‥‥」 大人達と一緒に夜の番をすると意気込んでいた少女だが、子供は、夜は寝るもの。半分以上目が閉じ掛けている少女へ胡坐をかいた腿を枕代わりに提供し、自分の羽織を掛けてやる。 そうして周りを見渡すと、他の面々も既に眠りの中。 何故か夜番担当の喪越まで熟睡だ。 「‥‥ふっ」 龍凰の懸念が当たったということか、それとも‥‥? 彼方は薄く笑うと、視界の悪くなる夜の山中、近付く気配は一つたりとも逃すまいと意識を集中するために目を閉じた。 次第に変化していく彼方の雰囲気に、薄目を開くのは喪越。 (「ひゅ〜アミーゴ、さすがは若旦那ってか」) 胸中の呟きは冷やかしなどでは決してなく、彼としては素直な感嘆の言葉。 それから小雨や龍凰、柚月、ダイフク、柚乃と薄目を移動させて満足気。 刀を肩に立てかけて目を閉じる紅雪は気配が静か過ぎて判断が難しいが、彼も子供は夜寝るものだと思っている。 昼間の様子を思い出せばゆっくりと休めと言ってやりたいのだ。 (「威勢の良いガキンチョ共を見てたら、おっちゃんも色々思うのさ」) うぃーっく。 胸中の男前な台詞とは裏腹に、しゃっくり一つ。 酔っている状態に違いはないらしい。 山中の夜は過ぎる。 静かに、穏やかに。 道を急ぐ彼らに確かな休息の時間を分け与えて――。 ● 「面目ねぇっ!」 翌朝目覚めるなり、開口一番に頭を下げた新に他の面々は失笑。 「気にする事ないよー、新が元気になってくれれば僕達も安心だしね」 「そうだみゃ」 「あーもー俺は今日も張り切って歩きますから!」 柚月、ダイフクに励まされた新は元気に言って再び頭を下げる。 「よしっ、じゃあ行くか!」 バシンと気持ちを込めて肩を叩く龍凰。 こうして彼らは出発した。 新を中心に、前方を行くのはダイフクと小雨、紅雪。 左に柚月、右に柚乃、少し離れて龍凰。 後方には喪越と彼方、大人二人組みが背後からの奇襲に備える形で陣を組む。基本は昨日とほぼ同じだ。 街道から山道に入ってそろそろ一日、巧く行けば今日の昼過ぎには再び街道に出て、隣町に向かう旅人達の為の旅籠に到着するはずだ。目的の旅芸一座が新の両親が経営する宿を出てからの時間と、自分達が山道を通って移動した時間。重ね合わせれば、その旅籠で二組の時間は重なるはずなのだけれど。 「‥‥間に合いますように‥‥」 ぎゅっっと衣装の入った荷を抱き締める新の小さな呟きは、すぐ隣を歩いていた柚乃には聞こえた。 だから柚乃は微笑む。 「新さん。柚乃は依頼を受けるのは今回が初めてで、不慣れな事ばかりで、不安もたくさんあったけど」 ぐるりと仲間達を見遣り、言葉を紡ぐ。 「皆さんと一緒にいたら、大丈夫だって思えるようになって来たの。――新さんは? 柚乃達と一緒にいて、安心?」 「勿論っ」 「なら大丈夫」 依頼を受けた開拓者と、依頼主。 双方の間に信頼関係があるのなら依頼は必ず巧く行く。 大切なのは、信じること。 「皆、新の気持ちに応えたくて集まったんだもの、ね?」 「うん」 語尾を向けられたのは、新を挟んで隣にいた柚月。 「きっと間に合うよ」 「‥‥っ、よろしくお願いしますっ!」 そうして三度頭を下げる新。 最も、下心が無いわけではないのだけれどと内心で舌を出す柚月は芸事と聞けば黙ってはいられない少年だ。歌って踊って、賑やかに楽しむのが大好きで、笛を何より愛する彼の腕前は天下一品。新から件の旅芸一座の話を聞いて以降、あわよくば彼らの芸を見せて貰えないだろかという淡い期待を抱いていた。 思惑は色々あれど目的は一つ。 一行の足に迷いは無い。 「さて‥‥此処を下れば街道に出るはずだが」 紅雪が出発前に地図で確認した地点を指して告げた、その時だった。 「さぁて、おいでなすったぁね」 彼方が背後から迫り来る足音に気付いて薄い笑みを浮かべる。この辺りが連中の縄張りだったのだろうか、そこに踏み込んだ獲物をアヤカシ共は見逃さない。 「ぁ‥‥アヤカシが来るのか?」 覚悟は決めていて、自分の依頼を受けてくれた開拓者たちを信じていても、やはり連中を倒す術のない新には、アヤカシに襲われるというのは恐怖だ。言葉には出さずとも青褪めた彼の顔色を気遣い、柚月が新の前に。 「大丈夫、僕達から決して離れないでね」 「う、うん‥‥っ」 荷を抱える腕に力を込めた彼を開拓者達は囲み、その一角で神楽舞を舞うのは柚乃。回数には限度があるため全員のというわけにはいかないが、前衛として戦う者達の士気を高めるべく心を込めて舞踊る。 「‥‥此処で立ち止まるわけには、いかないのでな‥‥」 静かな呟きと共に刀の柄に手を掛けたのは、士気を高め行く紅雪。 「カモなベイベー、俺が相手だ」 喪越が言い放った、次の瞬間。 「来る!」 「!!」 柚月の声と同時に空を覆った二つの影。真っ先に動いたのは彼方。 「高天原に神留坐す天儀六国精霊御身の命以て」 舌を噛みそうな祝詞を流暢に紡ぐ発音は普段と明らかに異なり、指と指の合間に符を輝かせた直後、出現したのは腕の長い漆黒の小人。犬耳、犬尻尾と愛嬌のある姿は、自分と同じ刺青を顔に模させた主のこだわりか。 「制せぇよ!」 力を放つ、同時に足が地面を蹴り立ち昇る砂煙。 「呪縛符!!」 「いったれアミーッ、ゴォッ!」 両手片足上げてチアボー‥‥否、仲間の援護に動く喪越からも放たれるは鶴に似た鳥。一直線に狼型のアヤカシ目掛けて飛翔し、その動きを止めた。 『ヴルル‥‥!』 空中で制され地面に落ちた二頭のアヤカシ、それを確認するや否や動いたのはサムライ達。 「新の一生懸命な気持ちは絶対に無駄にはさせねーかんな!」 錬力を腕に纏い、その身の丈には大き過ぎるとも思われる太刀を振り上げた龍凰は跳躍、力のすべてを地面に転がるアヤカシに叩き付けた。 『キシャアァ‥‥!!』 一瞬にして狼は黒い塊に姿を変え、空気に溶け。 更にもう一頭は紅雪の静かな一太刀で消滅。 「もういっちょやな!」 小雨が声を上げた、視線の先には新たな三頭のアヤカシ。 「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾」 陰陽符に力を込め示現させるはカマイタチ。 「いきます!」 これに並走するは柚乃が射た矢。続け様の攻撃に一頭を撃破、だが二頭は。 「うわっ!」 新が飛び退く、逃げの姿勢はアヤカシに自分より弱いと知らしめ。 「新!」 「あ‥‥!」 青くなった新の視界に飛び込んだのは柔らかな銀髪。 「人は見た目じゃないのみゃよ!」 「っと」 先頭に立っていたダイフクが駆けつけ、刀を振るう。更には仕込み杖なんて暗器を隠し持っていた喪越の介入もあり、アヤカシの爪は新の腕を掠っただけで難を逃れ。 『ヴルル‥‥』 しかし、気付けば四頭の狼が彼らの周囲に。 「さて」 此方を警戒するようにゆっくりと動くアヤカシは彼らを囲んだ。 だが、開拓者達の表情に浮かぶのは危惧では決して無い。 「紅雪と小雨はそっちぃな」 「任せてや」 彼方の指示に、小雨の陽気な返事。 「じゃ、僕とダイフクはあっちだね」 「わかったみゃ」 柚月とダイフクも相手を決めて正面から向き合う。 「柚乃は俺とでぇいぃかい?」 「は、はいっ」 「ってことは、俺と喪越?」 「よろしくアミーゴ?」 「‥‥っ」 ウィンクまで付けられて口元を引き攣らせる龍凰だったが、そんな余裕ありきの遣り取りが中央に庇われた新の緊張を解した。 (「‥‥開拓者って‥‥すごい‥‥」) 荷を抱き締めた依頼主の四方で彼らは動く。 「高天原に神留坐す天儀六国精霊御身の命以て」 彼方と喪越、陰陽師達が発動した呪縛符と。 巫女・柚月の力の歪みが発動され三頭のアヤカシが動きを制される。それを見て残りの一頭が逡巡したのを紅雪と小雨は見逃さない。 先に動いたのは紅雪。 小雨は陰陽符を再び用い斬撃符を発動。 左から右へ、紅雪が描く刀の軌跡から逃れようと飛び退いたアヤカシを小雨の式が切り裂き、右から上へと振り上げられた刀は今度こそアヤカシを頭から両断。 『ギャアァ!』 苦悶の声に。 「アヤカシに容赦はしねぇっ!!」 喪越の援護を受け、振り上げた太刀を浴びせる龍凰。 「覚悟するみゃ」 物言いは穏やかながらも猫の如き身のこなしで振るわれる刀の先、黒い塊と化す獣。 「これで‥‥終わりです‥‥っ!」 最後の一頭に柚乃が弓引く。 魔を祓うとも言われる弦の音に導かれるように、アヤカシは消滅する。後に残るのは足跡に沿って抉られた地面と、所々に散った微かな血痕。彼らを狙う殺気は完全に絶えていた。 ● その後、巫女や陰陽師による治癒術を受けて体力も回復した一行は山を下り街道に出た。そうして辿り着いた旅籠には、新が追って来た旅芸一座の者達が。 「おやっさん!!」 満面の笑顔で駆け寄った少年と、彼が届けに来た忘れ物に、一座の者達は驚くやら喜ぶやら。 「俺の頼みを聞いてくれた開拓者達のおかげなんだ! アヤカシからこの荷物も守ってくれた!」 「それはもう何とお礼を言ったら良いか‥‥っ」 恐縮しながら何度も頭を下げて礼を言う彼らに、遠慮がちに手を挙げたのは柚月。 「あの、じゃあ、もし良ければ、皆さんの舞台を見せては貰えないかな‥‥?」 どきどきしながらお願いする彼に続いて龍凰も。 「新からすっげイイって聞いたからさー、一度見てみてーじゃん」 一座の者達は新を見、開拓者たちを見遣り。 「皆様がお望みなら披露しないわけには参りません」 「うわーい、やった!」 大喜びする柚月には演じる方も表情が綻び。 「見せてもらえるなぁら是非お願いしたぁいが、お疲れさんって事で酒でも欲しいなぁ」 「いいねぇ酒は」 「ダンナ! うちこの土地の美味しいものも食べたいで!」 彼方に喪越、小雨が言い合えば「でしたらあそこの茶屋で」と一座の娘。 芸者が揃えば其処が舞台。 演じられぬ物は無し。 「楽しみみゃ〜茶屋にはお魚もあるかみゃ?」 「さて、それはどうか‥‥」 ダイフクに応じた紅雪は、空を見上げて軽い吐息を一つ。 「‥‥悪くないな、ひととの縁も‥‥」 ぽつりと呟かれる言葉は風によって真っ青で果てのない空へ届けられる――。 |