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■オープニング本文 ● その日、神楽の都の開拓者ギルドにはジルベリアからの依頼が複数混じっていた。それらを確認していた高村伊織(たかむら いおり/iz0058)が中でも特に興味を持ったのはアイスツリーと呼ばれる樹木を象ったアヤカシを退治して欲しいという依頼。何せその書面の一文には「樹が逃げる」とあったからだ。 「樹が‥‥走って逃げたりする‥‥ってこと?」 脳内でその光景をイメージした伊織はしばし沈黙した後でがっくりと項垂れる。なんてマヌケな光景なのだろうか、と。 「それは倒そうとしたジルベリアの騎士さん達も気が抜けようってものよね‥‥」 何だかこの依頼主となっている騎士達に同情のような感情を抱きながら、更に詳細を確認する。 ジルベリア大陸ももう間もなく春を迎える時期で、気温は日々上昇、土地一面を覆っていた雪も融け始めており、茶色い土、時には小さな新芽が顔を覗かせるようになっている。にも関らずその土地には、いつまで経っても枝に氷柱(つらら)を垂らしたままの樹があった。季節が冬の間は目立たなかったそれも、今は明らかに異様。よくよく考えてみればその周辺では動物の死骸が絶えなかったり、人の行方不明が騒がれたりもしていた。まさかとジルベリアの騎士達が調査してみれば案の定、正体がアヤカシだったという次第である。 このアヤカシ、根を足のように動かして移動する事も可能な、高さ四メートルの大型。攻撃されるや逃げ出したこのアヤカシは、まだ雪深く、似たような外見の樹が密集する土地に潜り込んでしまったそうだ。 ジルベリアの騎士達には、同じような外見をしていればアヤカシと本物の樹を見分ける術がない。下手に踏み込めばアヤカシの犠牲にも成り得るという事情からギルドに属する開拓者へ託されたのだろう。 「単純といえば単純な依頼だけれど、請け負う開拓者の皆には油断大敵、くれぐれも用心して仕事にあたってもらわないとね」 ふふっと微笑む彼女は、母親の顔。 開拓者達の活躍を期待しているわ、と依頼書を張り出すのだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
一之瀬・大河(ia0115)
21歳・男・志
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ● 龍の背上から地上を見下ろす開拓者達の視界には不思議な光景が広がっていた。恐らく地上から見上げれば別段不思議はないのだろうけれど、大地が描く歪な波線を境に春と冬が混在する。 平地と山。 人の暮らしの有無。 その違いをこうもはっきりと見せ付けられてしまうと世界の広さを実感せざるを得なかった。 「けどさぁ」 肩を竦めながらルオウ(ia2445)が相棒・ロートケーニッヒの背を撫でながら深呼吸を一つ。 「こーも季節外れみたいな景色ン中にアヤカシ一体って、肉眼じゃなかなか見つかんないよなぁ! 動いてくれれば判るかもだけどさ!」 「樹を隠すなら森の中っていうけど」 ルオウの声に、真っ先に応じたのは叢雲・暁(ia5363)。彼女を運ぶ相棒の名は草薙という。 「実際に隠れられると結構迷惑だよね〜〜〜」 「まったくだー!」 周囲の仲間にも届くよう声を張り上げるのは飛翔中ゆえに風の音が彼らの会話を阻むからで、そういう意味でも難しい状況だった。だが同時に、もしもギルドで話に聞いた通り樹が歩き出したら笑ってしまいそうだなと思う。他の何でもなく、樹が動くのだ。この、大地に根を張りどっしりと構えている樹が。 「‥‥っ」 想像し、思わず吹き出しそうになる。そんなルオウに気付いたのは彼の声に応じて振り返っていたシャンテ・ラインハルト(ib0069)だが、彼女は特に何を言うでもなく視線を地上へ戻した。 (賑やかな人‥‥) 胸中での独り言すらも淡々としたものだったが、彼のように考えている事が目に見えて判る人柄は、‥‥怖くない。 この土地の人々を苦しめた乱も終わり、長い冬があけてようやく新しい季節に向かおうとしている今、冬を引き摺ろうとしているアヤカシならば早々に討たなければならず、そのために協力する相手が信用出来るか否かはとても重要だ。 (‥‥私には、アヤカシを直接倒す手段がありませんが‥‥) 倒す手段を持つ人のために出来る事をする、ただそれだけであり、それが皆共通の心。 「いつまた、人の居る場所に移動するか判らない、から‥‥今のうちに」 相棒・風音の手綱を握る手に力を込めて自ら言い聞かせるように言葉を紡ぐ桔梗(ia0439)もそう。だからシャンテは笛を吹く。と、彼女を背に乗せる相棒ノクターンが一際大きく翼をはためかせた。だが、突如として速度が増し、体が揺れても、シャンテの音を阻む事はない。彼女の楽を誰よりも愛しているのは恐らくノクターンだからだ。 桔梗に精霊の祝福を。 力を。 「――‥‥」 発動される瘴索結界。 空からの探索が本格的に始まった。 同時刻、風に混じる微かな笛の音を聞き取って上空を仰ぎ見た朝比奈 空(ia0086)の視界には、いま自分を此処に降ろした相棒・禍火が空へ舞い上がる姿が映る。 「また後でね」 「呼ぶまでは空で待機だ」 礼野 真夢紀(ia1144)、瀧鷲 漸(ia8176)もそれぞれの相棒・鈴麗、烈灯臥を空へ促す中で、一足先に地上に下りていた一之瀬・大河(ia0115)が一人凍った大地に佇んでいた。 「‥‥?」 その、あまりにも静か過ぎる背中を見つめていた空に、不意に届いた呟き。 「‥‥それにしても‥‥寒い」 「――」 「また、防寒具を忘れたな‥‥」 淡々と。 無表情に。 独り言。 「上着を借りに戻りましょうか」 「ん‥‥?」 スッと歩み寄られて呟かれる言葉に顔を向けた大河は其処に凛と立つ空に視線を留めて、しばし無言。 「‥‥?」 「‥‥」 よく判らないながらも表情一つ変えずに相手の反応を待つ空と、そんな彼女をただ黙って見つめている大河。 絡まる視線。 どちらも何も言い出さないまま時間だけが過ぎて――。 「何をしている」 いい加減に痺れを切らしたらしい漸に背後から声を掛けられて解けた視線に、大河は溜息を吐いた。 「‥‥引き分けか」 「引き分け? 何か勝負でもしていたのか」 聞き返す漸が同時に空に問い掛ければ、身に覚えのない空は、しかし驚くでもなく首を振る。そうして再び大河をじぃっと見遣ると、答えを欲されていると気付いた本人も再びの溜息。 「‥‥いま、目を逸らした方が負けだったんだ」 「――」 「漸に声を掛けられて同時に振り返ってしまったからな‥‥惜しかった」 「えー‥‥っと」 反応に困り泳がせた漸の視線が次に捕らえたのは真夢紀。十歳になるかならないかの外見の少女は目を瞬かせると、状況を飲み込めていないながらも握り拳。 「困っている人がいるなら助けるのは当然、ってちぃ姉さまが言ってました」 純真無垢な瞳に満ちる、やる気。 「あんたは良い子だ」 何だか泣きたい心境に駆られながら真夢紀の頭をぽんと撫でる漸と、がんばりますと笑む真夢紀。 「惜しかった‥‥しかし、寒い‥‥」 独り呟く大河は相変わらず。 「‥‥ふっ‥‥」 空は微かな笑みを浮かべた。 ならば尚のこと、早々にアヤカシを発見すべきだろうと思うと瘴索結界を発動させる。こうして地上でも目標を補足すべく本格的な捜索が開始されたのだった。 ● 目標は氷雪樹。 探索を始める前に近隣の村を廻りこまめな情報収集を行った甲斐あって、この辺りの地形については全員が頭に入れてある。此処で発見したなら此方へ追い込む、其処で発見したら其方へ追い込む、各々がしっかりと役割分担した開拓者達の動きには迷いなど欠片も見られなかった。 上空組、瘴索結界を用いる桔梗が術を発動する都度、シャンテの笛の音が彼の効力を高めさせる傍で、暁とルオウは地上に眼を凝らし肉眼で目標を探し続けていた。 「結構広い、‥‥な」 桔梗は数分前に発動した術の効力が消えていくのを実感しながら風音の背を撫でると、隣を飛ぶルオウに声を掛けた。 「速度早めても‥‥平気?」 このままでは何度術を発動させてもキリが無い。駿龍の最高速度で飛翔し一度の術で探索出来る範囲を広められればあるいはと考えたのだ。そのためには、万が一の上空におけるアヤカシの襲撃を懸念し自分の警護に付いてくれているルオウに相談しなければならない。 だから彼に問い掛けたのだが。 「‥‥ルオウ?」 上空の風の音が邪魔をする。桔梗の声を相手まで届けてくれない。 「ル、オウ‥‥っ」 懸命に声を上げるも、氷雪樹を探し出そうと真剣に地上を見つめているルオウは全く気付かなかった。そんな桔梗に、グルル‥‥と喉を鳴らしたのは風音。 「わっ」 「ぉお!?」 その大きな体をロートケーニッヒに接近させ、ロートケーニッヒが回避すれば突然の方向転換にルオウも驚く。 「ロート!?」 声を上げた彼に応えたのは風音の吠え声。 「ん?」 何事かと風音を見遣ったルオウに、首を動かして背の上の桔梗を示す風音。 「は? 桔梗が何か‥‥」 「‥‥っ」 龍の背上で視線が重なる。 真っ直ぐにルオウを見る桔梗の瞳は――。 「わわわっ、ごめんっ、俺何かしたか!?」 「ぇっ‥‥」 「なんかこうっ‥‥一つに集中しちまうと周りが見えなくなるっていうか‥‥! 俺に何か言おうとしてたかっ? 無視したつもりはないんだ、ごめんな!!」 「――」 慌てて謝るルオウに桔梗は大きな瞳を瞬かせる。 ロートケーニッヒが肩を竦めるように身動ぎし、風音が溜息を吐くように深く鳴いた。 「ぁ、あの‥‥っ」 「んーっ?」 龍達が速度を緩めて二人の会話が互いに行き来するよう配慮したことで、ようやく意思の疎通が叶った彼ら。 「判った! さすがに駿龍の全力飛翔に付いて行くのは難しいけど、周りには今まで以上に気を配って護衛してやるよ!!」 「ありがと‥‥う‥‥っ」 そうして決まれば、次に桔梗が振り返ったのはシャンテ。今までずっと彼女の術が自分の知覚を高めてくれていた事は知っている。彼女が騎乗するノクターンも駿龍。速さだけならば問題無く同伴出来るはず。 「――‥‥」 桔梗から向けられる視線に気付いたシャンテもまた、無言の視線で応じる。 何も言われなくても彼の考えが判る気がした。 「‥‥ノクターン、お願い」 少女の声に応じて龍が嘶く。 速度を上げる。 「面白いメンバーだねー!」 黙って彼らの遣り取りを見ていた暁が楽しげに紡ぐ言葉にはルオウがやはり笑顔で応じる。 「さぁ! 俺達も速度を上げるぞ!!」 駿龍には敵わずとも姿を見失わないように追いかける。そんな彼らの姿を地上組の龍達は相棒から付かず離れず、その上空を旋回し続けていた。 ――変化があったのは、それから間もなくである。 ● 呼子笛。 遠く。 「!」 「烈灯臥!」 上空からの捜索班が敵を発見したのだとすぐに察し、漸が空に向かって声を張り上げた。同時、滑降してくるのは彼女の炎龍であり、真夢紀の駿龍。 「お願い!」 地上に降り立った背に乗り込む真夢紀とは違い、岩と手近な枝を使って背に飛び乗った漸は一足早く空へ。 「奏」 それに続いたのは大河だ。彼は龍の足に掴まり空を行く。真夢紀と鈴麗が飛び立ち、空いた土地に禍火が降り立つ。 「追ってください」 空の声を受けて禍火も飛翔した。 四頭の龍が空を駆ける。 「!」 その龍達の接近を確認したのは呼子笛を鳴らしていた桔梗。 「あちら、です‥‥!」 声が聞こえないのは判るから腕を伸ばし示す先。 戦闘は始まっていた。 ● 「うぉおおおおおおお!!」 ルオウが叫ぶ、咆哮。 そこに重なる旋律はシャンテが奏でる武勇の曲。 彼らは所定の位置に敵を誘き寄せるべく作戦に則った行動を開始していたのだ。森の中に、同じ姿をしながらただ一つ不気味に蠢く樹頭が、地響きに似た低い音と共にルオウとロートケーニッヒが塞ぐ前方へ近づいて行く。――否、塞いでいるのではなく誘き寄せている。 「烈灯臥、そのまま真っ直ぐだ」 「奏、あの先で降ろしてくれ」 漸、大河の指示を受けて速度を上げる炎龍達。ロートケーニッヒと擦れ違う瞬間、大河とルオウの視線が重なる。 「後は任せたぜぃ!」 「無論」 淡々と応じ、一直線に目指すは巨大なアヤカシと戦うに充分な広さを擁した大地。 「いけえええっ!!」 更なる咆哮で誘き寄せられる樹の到達地点、龍から飛び降りた大河と漸が地を蹴り、剣を構え。 「少しはアヤカシ退治の手助けになれるように‥‥っ」 降り立った真夢紀が二人に順番に手を添えた。放たれる淡い光りは瞬時に消えるも、見えない盾となり仲間を守る。 「さぁおいで、ここがあんたの墓場だ!!」 怒鳴る漸の声が更にアヤカシを呼び込み、大河が駆ける。 「はあああああっ!!」 下方に向けられた刃の美しい波紋は、正にアヤカシに襲い掛かる大津波――! ――‥‥‥‥!! 痛みを感じるのか、樹の姿を模したアヤカシの全身が痙攣に似た様相を呈す。枝葉が激しく揺れ始めて開拓者達を警戒させた。 「!」 突如、その足――根が蛇のように大地を這い、大河と漸に襲い掛かる! 「きゃあっ」 更にはその後方に下がっていた真夢紀も、アヤカシの手足となる根を足に絡められて引き摺られる!! 「奴の射程範囲、長い!」 ルオウが叫ぶ、直後に攻撃を仕掛けたのは暁。 「そうそう好き勝手はさせないよ!!!!」 ダダダンッ!! ――手裏剣の三連投に割かれた根が巫女の真夢紀を放り出し、同時。 「清浄なる炎よ、穢れし者を焼き尽くせ‥‥!!」 ゴゥウウウウッと激しく燃えた炎は空が放った浄炎。 ――‥‥‥‥!! 声にならないアヤカシの悲鳴が大気を震わせる。 「!!」 抵抗するように根に絡めた大河を、漸を、放り出す。 「くっ」 「チッ!」 即座に体勢を立て直す漸、大河に、しかし不意打ちになる攻撃が加えられぬよう力の歪みで応戦するのは桔梗。その相棒・風音もソニックブームを繰り出した。 悶える氷雪樹。 攻撃を繰り返す桔梗、空。更にはルオウもロートケーニッヒに声を掛けて更なる上昇、氷雪樹目掛けて急降下しようとしていた。 「大丈夫かな?」 手裏剣を回収に来た暁に問われ、平気だと即答した漸と――。 「‥‥おまえは夏になったらどうするつもりなんだ?」 「は?」 大河の呟きに漸は聞き返す。 「何言ってるの?」 暁も聞き返したが、彼の言葉が自分達に向けられているとは思っていない。何故なら彼の視線はアヤカシに真っ直ぐと向けられていて、その表情は至極真面目だったからだ。 無言でそんな彼を指差す暁。 首を振る漸。しかしながら先刻の大河の不思議としか言い様のない言動を目にしている漸には、彼がやはり不思議な事を考えているだろう事は察せられたようで。 例えばこのアヤカシが居れば夏も涼しく過ごせるのではないだろうか、とか。 こいつが一体いればいろいろと助かりそうだ、とか。 「‥‥よし」 低い呟きと共に刀を構え直した大河。 漸と暁はしばし静観。 大河は言う。 「‥‥俺のものになってもらおうか‥‥抵抗するようなら容赦はしない‥‥!」 「あの手のアヤカシに人語が通じるわけないだろうがっ」 「あはは〜〜♪」 思わず手が出そうになる漸と「ヘンな人〜〜」と笑う暁に、遥か上空、ルオウの雄叫びが響く。 「はああああああ!!!!」 渾身の一撃が空から氷雪樹の頭に撃ち込まれた! 激震。 大地が揺れたかのような錯覚を覚えて。 「この一撃で終わらせるよ‥‥!」 漸の全身に漲る気は激しく。 「ふぅぅう‥‥っ!」 気を集中させ高める手の内、暁の手裏剣がその大きさを変える。 巨大に、強大に。 「‥‥」 大河は仕方ないと息を吐く。夏の熱さは苦手だが寒いのも苦手だ。 「いっくよ〜〜〜!!」 光りを纏う風魔手裏剣が暁の手から放たれ、二メートルにもなろうというそれが、ルオウらの攻撃を受けて弱っていた氷雪樹の頭を斬り落とした。 「そんな姿を晒してまで生き永らえたくはないだろうな‥‥!」 大地を駆り、跳躍。 「はああああ!!!!」 美しい刃が胴を裂き、槍が残る半身を貫いた! 「‥‥っ」 硬い幹をものともせずに貫き、その刃を力任せに横薙ぐ漸。バラバラと崩れ落ちる樹皮は、しかし切り落された頭と同じく――裂かれた胴部分と同じく、黒い塵と化して輪郭を歪め、じょじょに小さく、儚く、消えていく。 「どんなに巨大であろうとこの様だ」 漸の言い放つ言葉は、やはりアヤカシに届く事は鳴く。 辺りには静かな雪原の風景が残るのみ――‥‥。 ● 開拓者達は更に探索を重ね、周囲に別のアヤカシが存在しない事を確認した。瘴索結界を発動させ続けて来た桔梗と空に少しでも休憩を、と下りた大地は既に春。 若葉生い茂る平原には多種多様な花と、飛び交う鳥達の穏やかな声が響き渡っていた。 その心地良さに、真夢紀が冗談交じりに言う。 「せっかくですから一泊して体を全快させていきますか? 食事なら私が作りますし」 「それもいいかもね〜」 「ああ、楽しそうだな!」 暁、ルオウが楽しそうに笑う一方、それは止めておいた方が‥‥と無表情に思うのは大河。 対して声に出したのは漸だ。 「私は遠慮する。仲間を傷つけたくはないからな」 「傷つける、ですか?」 「ああ‥‥いや」 空に問われた漸は曖昧に応じるが、それでもじぃっっと見つめてくる空の視線に頭を掻く。 「寝起きが良い方じゃないからな。皆に迷惑が掛かる」 「‥‥寝起き?」 不意に声を発した大河の視線が自分に向けられた事に気付いた漸は頬を引き攣らせた。 「‥‥大河。あんたまさか寝起きで私と勝負しようとか考えているんじゃないだろうね‥‥?」 「‥‥」 無言は肯定。 引き攣る漸。 暁やルオウが笑った。 笑い声が、広がる。 「‥‥無事に終わって、良かった‥‥」 そんな中で静かに呟くシャンテに、空が頷く。 桔梗も。 「お疲れさま、‥‥でした」 桔梗が水の入った竹筒を片手に微笑む。 空も。 「‥‥一曲、お聴かせ願えますか‥‥?」 「――‥‥はい」 空の言葉にシャンテは頷き、笛を吹いた。 優しい、穏やかな旋律に癒されるのは人ばかりではなく、龍達もだ。 労いと、感謝と、励ましと。 この大地に訪れる春への祝福を。 |