【神乱】むすびあうもの
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/16 02:50



■オープニング本文

 ●

 コンラート・ヴァイツァウ。
 前南方辺境伯にして、禁じられた神教会の信仰を捨てることを拒否して帝国に滅ぼされたヴァイツァウ家の遺児で、昨年末から四月まで帝国への反逆を意図して活動した青年の名前だ。
 アヤカシの被害とその対策のための増税、ひいては帝国の支配に不満を抱いていた南方諸侯は、オリジナルアーマーを擁したコンラートの元に多くはせ参じたが、反乱そのものは開拓者を味方に引き入れた帝国軍が勝利した。
 背景を上げれば、コンラートの理想主義から来る政治の失策や諸侯の統制のなさ、反乱軍に要となる将がおらず戦線が維持できなかったことなどもあるが、最たるものは参謀格のロンバルールがアヤカシであったとされることだ。
 ロンバルールに率いられたと思しきアヤカシが帝国側諸侯の領地や人民を襲い、多くの犠牲を出したことで、かえって帝国軍の気概を高める結果にもなった。こうした事実が判明するにつれ、反乱軍から離反する者も出て、結果として反乱は失敗に終わった。

 コンラートはその後もしばらく逃亡生活を送っていたが、四月中旬に開拓者により発見され、開拓者ギルドに身柄を送られた。
 その後、帝国からの引き渡し要求とコンラート本人の要請とで、身柄はスィーラ城に送られ、事は政治の世界に移行した。
 城内のことはなかなか知れることではないが、コンラートはロンバルール重用の責任は自身にのみあると主張、甘言に乗った諸侯、特に戦死者の領地への増税を減じるように願っているとも聞こえる。
 当人の心持ちが変われど、その罪が免じられることはなく、コンラート・ヴァイツァウの処刑が決まったのは四月下旬に入った頃。
 処刑の場所は、反乱の舞台となった南方と決まった。


 ●

「決まったか‥‥」
 コンラート処刑決定の報を受けたスタニスワフ・マチェク(hz0105)の最初の呟きはそれだった。ロンバルールがアヤカシであったという事実を知らぬまま彼を重用した責任を自身にのみあるとコンラートが主張した事により、傭兵団が最悪の形で責任を取る事は免れた。しかしながら帝国軍と対立した事実が消えるわけではなく、彼らは帝国側の監視を受ける身となっていたのだが、そんな彼らに届けられたコンラート処刑の報せは、同時に彼らに償いの機会を与えようというものでもあった。
 曰く『コンラートを処刑場に移送する道中の護衛をしろ』と。
「コンラートを奪還しようとしている輩がいる、という話は以前から聞こえていた。コンラート処刑の報せが方々に伝われば連中の動きが活発になるのは明らかだ。中には、奴を連れ出そうという開拓者もいたようだしな?」
 帝国軍兵の言葉に微かに眉を動かしたマチェクは、しかし何も言わずに相手の言葉の先を促す。つまりどんな連中が、どんな方法でコンラートを奪還しに来るか判らないから護衛の数も多いに越した事は無いと言いたいのだろう。
「‥‥まぁ、俺達に拒否する権利はないだろうな」
「判っているじゃないか」
 溜息交じりに応じるマチェクへ帝国軍兵は厭味たっぷりの笑みを浮かべると、移送予定日やその時刻を伝えてその部屋を後にした。
「ボス!」
 帝国軍兵の姿が見えなくなると同時、マチェクと共に話を聞いていた七名の傭兵団員が彼の周りに集まってくる。
「あのムカつく態度! 何様のつもりだあれは!?」
「俺達に命令出来るのが気持ちイイーって顔しやがって!」
 口々に帝国軍兵を罵る仲間にマチェクは苦く笑った。
「そう言ってやるな、こんな時でもなければ俺達に皮肉も言えないんだからな」
「そりゃそうでしょうけど‥‥」
 ボスの言葉は素直に受け止めようとするも、やはり納得はいかないらしい。口を尖らせる仲間にマチェクの右腕と名高い男――イーゴリ・アレンスキーも失笑しつつ「ですが」と口を切る。
「この日程じゃ村から仲間を呼び集めている時間はないですね」
「ああ」
 傭兵団は全員が常に一緒に行動しているわけではない。特に今は新たな契約相手を自由に選ぶ事も許されない状況だ。傭兵として稼げないのなら、稼げる方法で働くしかない。傭兵団のメンバーにも養わなければならない家族がおり、だからこそ彼らが働けるよう、長であるマチェクをはじめ傭兵団の要となる八名がこうして帝国軍の監視下にいるのだ。
 マチェクは微かに笑むと、言う。
「団の連中を呼び集めている猶予がないなら、集められる連中を集めようじゃないか」
「と、言うと‥‥?」
「アイザック」
「はいっ」
 ボスに呼ばれた歳若い青年アイザック・エゴロフは力強い返事と共に一歩前に出る。
「一つ使いを頼まれてくれるか?」
「もちろんです、何処までですか?」
「開拓者ギルドだ」
「ギルド‥‥?」
 目を瞠る仲間達に、マチェクは微笑う。
 開拓者ならば少人数でも充分な戦力になってくれるだろう、と。


 ●

 その人々は南方の地に暮らす、およそ四〇名の老若男女だった。皆が手に鍬や鋤を握って険しい表情。
「どうせこのまま何もせんかって増税が続けばわしらは死ぬだけじゃ!」
「だったら僅かでも可能性があるならそれに賭けんでどうする!」
「コンラート様が再び立ち上がってくだされば今度こそという事だってあるかもしらん!!」
「おおおっ!!」
 熱い怒号が暗い室内に響き渡る。
 帝国への怒り。
 恨み。
 人々を突き動かす激情。
「コンラート様を移送する隊列が明日の昼過ぎにこの道に差し掛かる‥‥必ずやコンラート様を奪還し帝国に泡を吹かせてやろう!!」


 ――そんな話を、偶々通りかかって聞いてしまったのはマチェク率いる傭兵団の最年少ディワンディ。
(「これはボスに報告しないと‥‥っ」)
 少年は足音を忍ばせ、細心の注意を払いながらその場を離れた。
 目指すはボスの待つ場所。
 まさか彼がコンラート移送の護衛を命じられている事など、この時の少年はまだ知らなかったけれど――。


■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
霧先 時雨(ia9845
24歳・女・志
メイユ(ib0232
26歳・女・魔
リーザ・ブランディス(ib0236
48歳・女・騎
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
風和 律(ib0749
21歳・女・騎


■リプレイ本文


 馬に引かれてガラガラと移動する車の周囲を、彼らは前以て定められた配置で警護していた。ヴァイツアウの乱を引き起こしたコンラート・ヴァイツァウを捕らえた檻を処刑場へと送る護送隊。その先頭にはマチェクら傭兵団の男達が四名。幾分か下がった前衛に霧先 時雨(ia9845)とリーザ・ブランディス(ib0236)、ファリルローゼ(ib0401)、風和 律(ib0749)ら女性騎士が主に配置され、中衛に秋桜(ia2482)、メイユ(ib0232)。後衛に有栖川 那由多(ia0923)と空(ia1704)、男性二名。そして、その更に後方へ傭兵団の四名が続いた。
 全員がそれぞれ馬に騎乗し、万が一の時には戦闘にも参加出来るよう準備は万端。それもこれも、こうして出発しようという前夜に傭兵団に所属する最年少の少年、ディワンディが「四〇名前後の民兵が隊列を襲う」という情報を掴んで来ていたからだ。ただ、この情報はマチェクの判断で帝国軍には伝えられていない。知っているのは傭兵団の面々と、開拓者八名のみに留まっている。何故ならば開拓者達が民兵の命を無闇には奪いたくないという結論を出したからで――。


 隊列は、ひどく静かだった。これから処刑される人物を護送しているのだから当然なのかもしれないが無駄口を叩く者が一人もいない。首都を発ったばかりの頃は街中を通った事もあり、人々の野次や罵声と共に石やゴミが飛び交い、一時は騒然としたものの、隊列の誰一人、俯く事はなかった。
(ヒヒ、俺自身は戦にも参加しなかった臆病者だがねェ)
 その時の事を思い出しながら、空がチラと周囲の仲間達を見遣れば、それぞれに胸に秘めた想いがあるのだろう、硬い表情を浮かべている者が多い。
(形が違えばお互いに煙草でも吸いながら語り合えただろうにね‥‥若者ほど早く逝く時代か‥‥)
 リーザが護送馬車を見つめながら胸中に呟く一方、那由多の心の大半を占めるのは強い決意。人として、‥‥軍の頂点に立った者として腹を括る覚悟をコンラートが自ら決めたのであれば、その覚悟を守る為に行動したい、と。
 見届けたいと思ったから、此処にいる。
 それは時雨も同じ。
 秋桜も。
 一方で律とメイユの表情は淡々としており他意など欠片も感じられなかったけれど、メイユは時折胸の前に手を当てていた。それは祈るのにも似た動作。‥‥何故なら彼女の衣服の下にはこの国の禁教―――神教の徒である証が隠されていたからだ。
 馬車は行く。
 開拓者達の様々な思いと共に、一路、処刑場へと。



 出発からおよそ半日。ディワンディからこの辺りだと聞いた地点に差し掛かったところでマチェクは唐突に休憩を訴えた。
「この先は入り組んだ道になっている。先に俺達で進路の確認に行って来るから少し待っていろ」というのがその理由だった。
 彼は傭兵団の七名を隊列と共にその場に残し、開拓者八名だけを連れて隊を離れる。
「どういうつもりだい?」
 リーザの問い掛けに彼は逆に問う。
「襲ってくる民兵全員を殺したくはないんだろう?」
「‥‥どういうこと?」
 那由多が更に問いを重ねる。
 マチェクは肩を竦めた。
「君達は基本的に考えが甘い。帝国軍の見ている前で民兵と戦えば全員殺さない限り許されはしないよ」
 それが帝国軍だと言葉を続けるより早く、心の眼を用いて周囲を探っていた街道の左右、岩や木々の向こうに隠れる四十前後の生体反応に気付いた。
 空は笑う。
「さぁしっかり働けよォ」
「‥‥まずは威嚇と参りましょうか」
 此方が馬車と一緒ではないせいか、潜んでいる事を気付かれているとは思っていないらしい民兵達にメイユが淡々と語る。そうして指先に光りを帯びると射程内の岩を目掛けて放つ雷撃。
「!!」
 驚いた民兵が姿を現す。
「あ、こら!」
「くそっ」
 姿を現した仲間を叱るもの、此方の対応に敵意を剥き出しにするもの。
「ッイヒヒ、危ねェ危ねェ。危うく殺ラれる所だったなァ」
 嘲笑を交えた空の皮肉と。
「! 貴様‥‥っ‥‥コンラート様の軍にいた傭兵団の‥‥!」
 マチェクの姿を見知っていた者の声が民兵達の敵意を更に煽る。
「くっそ‥‥!」
「コンラート様を救い出せ!!」
「うぉおおおお!!」
 前後左右、四〇名前後の民兵達が開拓者を囲み、襲い掛かった。



 国民一人一人が帝国の、しいては皇帝のものになる。
 ならば無闇やたらと斬りたくはないけれど、反乱の意思ありとされれば一族全てを根絶やしにもする、それがジルベリアの国政だ。
 反乱の意思を見せた者を生かしたまま帰す、それがどんなに甘い考えなのかと問われれば、‥‥命を尊ぶ開拓者には理解し難い部分も大きいだろう。
「はあああっ!」
 時雨が刃を反した刀を民兵達の腹部に打ち込むことで一人一人を確実に戦闘不能に。万が一の時には殴殺も厭わないと決めていた秋桜も、この人数に、この戦力。更には馬車に危害の加わる恐れがほぼ断たれた現状に、幾分か余裕が生じていた。
 泰拳士の彼女が力を加減しながら拳を振るう。
「皆様‥‥どうかお気付き下さい」
「がふっ」
 鳩尾に重い一発を打ち込み、膝から崩れ落ちる民兵に秋桜は語り掛ける。
 全員が手加減している事に気付いて欲しい。‥‥命を、無駄にしないで欲しい。
「コンラートが誰の為に、何の為に此処に居るのかわかってんのか!」
 時雨が叫ぶ。
「あんたらの気持ちも判らなくもないけど、さっ!」
 リーザが、やはり峰打ちで民兵の戦力を削ぐ。
「この‥‥っ」
 次々と仲間がやられていく光景に、それでも退けぬ人々。
「龍に四肢を喰らい尽くされるのがお好みか? ‥‥戦うなら、容赦はしませんよ」
「‥‥‥‥っ!!」
 那由多の背後に現れた巨大な龍は、符。決して人を襲う事はないけれど陰陽術を知らぬ人々にとっては充分過ぎる脅しだった。
 刃向かえば返り討ち。
 裏を掻こうと思えばメイユの魔術が進路を阻む。
「惜しい惜しい、もうちョイだ!」
 空の薙刀が複数人を巻き込んで円を描けば、数人が折り重なるようにして倒れる。
「まだやるつもりかっ!」
 律の、威圧感を兼ね備えた怒声。
「これ以上抵抗をするつもりならば此方も手加減はしない」
 反していた刃を元に戻し、断言する律。その迫力に動けなくなった民兵達を見遣り、マチェクは剣を鞘に納めた。
「さっさと退け。おまえ達を連行するのも手間になる」
「‥‥っ」
 言いたいことは山のようにあった。こんな形で撃退される事になるなど想像もしていなかっただろう。
 だが彼らも開拓者に敵わない事は嫌と言うほど理解したはず。今回の道行きにこれ以上の害を為さないのならば、もはや開拓者の敵とも成り得なかった。



 メイユはこの依頼の話を聞いたとき、同じ神教の徒としてコンラートの最後の言葉を聞く事を望んだ。だが、彼の身柄は常にジルベリア帝国軍の監視下にあり、最後の時にはそれこそ見張り彼の側から離れる事はない。開拓者達がコンラートに掛けたいと望む言葉は、帝国の者が耳にすればあらぬ誤解を生じさせる内容のものばかりで声には出せない。
 想いを受け継ぐ。何か遺品を。それでは反乱の意志有と受け取られかねないのだ。
「‥‥っ」
 無事に現地に到着した跡で与えられた、最後の時。
 面会の終わりに、どうしても語れない言葉に表情を歪めたメイユに、コンラートは何を思っただろう。
「‥‥ありがとう」
「‥‥っ‥‥コンラート様‥‥っ」
 そう言い、笑った。
 笑顔があった。
「‥‥もしも来世ってものがあるのなら‥‥また、会えたらと思うよ」
 那由多の言葉に彼は頷く。
「そうだな‥‥次は開拓者になりたいな‥‥」――。



 処刑場は街の城壁の外。秋に家畜の市が開かれるような場所だった。急ごしらえの台の上には処刑人が使用する斧が準備されていた。街の内外から集まった人々は、押し合いへし合いしながらそれを眺めて、あれこれ噂していた。
 これからコンラート・ヴァイツァウが処刑されれば、一人一人の心の内はさておいても、南方を半年に渡って混乱に陥れた反乱は終結する。帝国の支配を嫌っていようとも、流石に万を越える軍勢が激突し、何百という人々が死んだ戦いの継続を望む者はいなかった。
 やがて、小さな檻がそのまま馬車になったような護送馬車が到着し、その後に皇帝の親衛隊の制服を身に付けた軍人とグレフスカス辺境伯の馬車もやってきて、処刑を見届けるために設えられた席に着いた。集まった人々からすれば、辺境伯とて滅多に見られる相手ではなく、見慣れぬ制服には声を潜めて素性を尋ねあう姿もあった。
 けれど、それもコンラートが台上に連れ出されて来る迄のこと。清潔そうだが、富裕な庶民にも劣る貴族らしからぬ衣類に身を包んで、顔には幾つか痣をこしらえた姿に、皆の注目が集まって‥‥一瞬後に口々に何か言い出した。恨みつらみ、罵倒、その身の不遇を嘆く声――帝国への不満も混ざりながら熱に浮かされたように叫ぶ大衆の中では兵士達の制止もたいした効果はない。兵士の数名が見届け人の貴族二人を仰いだが、すうっと声が引いたのは、台上でコンラートが頭を下げたからだ。
 何かを呟くように、唇が動いて見えたのは気のせいか。
 この中では声を発しても誰の耳にも届かぬと知ればこそ密やかに紡がれた言葉が、時雨の託した言葉だったような気がする、と。それは彼に友情に似た気持ちを抱いたが故の思い込みだっただろうか。――だが、それでも良い。
「‥‥っ」
 彼女達は――時雨ら開拓者はコンラートの姿を真っ直ぐに見つめた。幸いにも周囲の罵声は止んでくれた。コンラートの頭を下げるという行為は貴族の礼法に過ぎなかったが、身分の無い人々に向けてのそれは興奮を醒ます作用があったらしい。自ら進んでとしか思えぬ足取りで、コンラートは処刑人の傍らに向かい、斧が振り下ろされる位置に引き据えられる前に、見届け人二人に顔を向けて何かを言ったようだった。だが見届け人の手が挙がったのは、それに答えるためではなく、処刑人への合図で。
「――‥‥っ」
 嗚咽を、噛み殺す。
 悲鳴や喝采、怨嗟の声に、血を見て倒れた女性達を運び出せと命じる兵士の長の叫びが混じる中、掲げられた首級を確かめた見届け人は互いに言葉を交わすでもなく混乱が静まるのをじっと待っていた。
 それは彼らも同じ。
「‥‥わたくしめも何れ後を追うでしょう‥‥その折は、是非、盃を交わしましょう」
「負けても、裏切られても、コンラートは間違いなく人間だった」
 秋桜の呟きに時雨が言葉を重ねる。
「‥‥それは、絶対に忘れない‥‥忘れさせない」
 誰に、とは明らかにしなくともその場にいる全員が同じ気持ちだったに違いない。リーザは煙草を取り出すと躊躇わず火を灯し、紫煙を燻らせた。
 青空へ上らせる乾いた風。
「‥‥もう少し早く出会っていたら、こんな事も教えてやれただろうにね」
 そう呟くリーザの脳裏に思い出されるのは最後に見た笑顔だ。あんなふうに笑えた彼に、 紫煙と共に届けば良いと思う。
 自分達のこの言葉。
 この想い。
「‥‥行こう」
 律の声に、開拓者達は処刑場を後にした――。



 その日の、夜。
 一仕事を終えてすぐに帰るのはさすがに身が保たないというそれらしい理由で処刑場から程近い町で一泊する事になった彼らは、思い思いにその夜を過ごしていた。
 中でも秋桜はマチェクら傭兵団の面々を誘って酒場へ繰り出していた。飲まないと今宵は辛そうです、と敢えて口に出す事は無かったけれど、傭兵団の彼らもそれが判らないではなかったから同席する事に否はなく、しかしその途中、夜道を行く人影に気付いたマチェクは適当な理由をつけて席を離れた。
 何処に行くつもりなのか、と。
 聞かずとも判る気はしたけれど。


 ファリルローゼは、日中にあれだけの大衆が集まっていたにも関らず、今は静寂だけが辺りを支配するその場所で膝を折る。手向けるものは気持ち一つ。
 瞳を伏せれば一滴の熱い感情が頬を伝う。
「‥‥私は貴殿と出会い、言葉を交わし、その心を知れてよかった。あの日‥‥決意を胸に遠ざかって行く背中を見送りながら‥‥友になりたいと、そう思ったんだ」
 想いを言葉に乗せるのは忘れないため。
 人であった彼の死を見つめるため――。

「ロゼ?」

「っ」
 不意に背後から呼び掛けられたファリルローゼは一瞬ではあったが体を強張らせた。声の主が誰なのかは振り返らずとも判る。マチェクだ。
 彼の声が薄く笑い、普段通りに話し掛けてくる。
「こんな夜中に女性が一人歩きとはね。君の腕を軽んじるわけではないが、あまり感心しないな」
「そうか?」
 ファリルローゼも普段通りに返す。辺りは夜闇に包まれてよほど接近しなければ涙の跡に気付かれる心配もない。
「友の死を、改めて一人静かに見つめたいと思ったんだ」
「気持ちは判らないではないが、やはり単独行動は控えた方がいい。他にも心配を掛けているようだからな」
「?」
 言われて、からかうように示される彼の視線の先を見遣ったファリルローゼは、其処に凛と佇む律を見た。
「心配、させてしまったか」
「気にする必要はない。此処まで付いて来たのは私の勝手だ」
 淡々と語る律に、しかしファリルローゼは彼女の気遣いを嬉しく思い感謝の言葉を口にした。これにはほとんど表情を動かす事無く応じた律だったが、続くマチェクの言葉には。
「さすがは女性騎士といったところか」
 その言葉には反射的に柳眉を逆立てていた。だからこそずっと抱えていた疑問が口をついて出る。
「‥‥スタニスワフ・マチェク、一つ聞きたい」
「ん?」
「貴殿はなぜ民兵達の首謀者までも逃した」
「何故、とは?」
「あの人数と戦力では今後の火種にもなり得ないと判断したにせよ、首謀者くらいは役人の下まで引き連れ沙汰を受けさせるべきだった。それが帝国に反乱しようという者達が持つべき覚悟であり、これを抑え以後の反乱の芽は事前に摘むのが帝国に仕える騎士の責務であったはず」
 淡々と、しかし真っ直ぐに相手を射抜く視線で語られる言葉に、‥‥だが、マチェクは笑う。
「何が可笑しい?」
「ああ、いや。可笑しいわけではないが」
 言いながらもくすくすと楽しげな笑みを零す彼は、告げる。
「それは騎士の務めだろう? 残念ながら俺は騎士ではない。剣の主は俺自身――それが傭兵だ」
「――っ」
 律の表情が静かながらも明らかな怒りの表情に変わる。
 一瞬の静寂を経て、無言で踵を返す律は、それきり決して振り返る事はなかった。
「‥‥相変わらずだな、マチェク」
 ファリルローゼの呆れた呟きにも本人は楽しげに笑うだけ。
「俺はああいう真っ直ぐな騎士は好きだが? ロゼ、君も含めてね」
「よく言う‥‥」
 肩を竦める彼女に、彼は笑い。
 乾いた風が星の瞬く空に吹く。

 声よ。
 思いよ、どうか今は亡き友に届け。
 自分達は生きていく。君という友が居た事を忘れないために――。