湯巡り甘味紀行・その三
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 30人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/28 19:27



■オープニング本文

 ● お年頃の甘味姉妹

 その日、佐保(さほ)家の大黒柱・宗克(むねかつ)はとても上機嫌だった。
 つい先日に娘達が主催した湯巡り甘味紀行、別段甘味を巡って四方を歩き回ったわけでもないのに、多くの開拓者達が協力してくれたお陰で同じ場所に居ながらにしてあらゆる国の菓子を味わうことが出来たのだ。それから数日を経た今日になってもあの日の幸福感は忘れられない。思い出すだけでも涎が口から‥‥。
「おっとっと‥‥」
 宗克は慌てて拳で口元を拭い、表情を引き締める。
 これからギルドに赴いて新たな依頼を見つけようというのだ、何時までも緩んだ気持ちでいてはならない。
「可愛い娘と愛する妻を支えるためだ! しっかりと働かんとな!」
 心機一転、胸を張って自身に言い聞かせた大黒柱がいざ行かんと一歩踏み出したその時――。
「きゃああああああ!!」
「っ、なんだ!?」
 今にも殺されそうな絶叫は可愛い娘の部屋から。
 宗克は瞬時に踵を返して其処に飛び込む。
「どうした!!」
 怒鳴る勢いで声を発した彼の目に飛び込んできたのは、次女・雪花(ゆきか)に腹の肉を摘まれて号泣している長女・朱音(あやね)の姿だった。


 ● お父ちゃんの愛三昧

「ふっ‥‥ふふっ‥‥ふふふふ‥‥っ」
 話を聞き終えたギルドの受付職員・高村伊織(iz0087/たかむら・いおり)が腹を押さえて机に突っ伏し、しきりに肩を震わせている姿に宗克は大きな溜息。
「おいおい、真面目に聞いてくれよ。娘の一大事だぞ?」
「一大事って、だって‥‥‥‥っ」
 伊織は申し訳ないと思う。しかしどうしても相手の顔が見れない。何故なら見た瞬間に吹き出してしまいそうだったからだ。
 とはいえ、娘達の一大事だと困っている彼の気持ちも判らないではないし、佐保姉妹も年頃の少女ならば気にして然るべき依頼内容。
 曰く「姉妹の体型改善に力を貸してくれ」である。
「最近、甘いものばっかり食っていたせいか朱音も雪花も腹回りが‥‥な」
 年頃の娘を捕まえて「腹回り」と表現するのも随分な言い回しではあるが、端的に言えばその通り。
「まだ若いんだし、腹や顔が多少丸くなったって問題無いとは思うんだが‥‥ほれ」
 そうして相手に促されギルド内を見渡せば、絶品の体型を維持している開拓者がわんさかと。
「そうねぇ、ああいう体型の開拓者と一緒に仕事をしていると気になるわよね‥‥」
 言いながら伊織も自分の腹を摘んでみる。‥‥まだ大丈夫、だろうか。
「そんなわけで、な」
「はいはい」
 宗克に声を掛けられ、はっと顔を上げる伊織。
「体型維持の秘訣というか、改善方法というか、‥‥もしくは少しくらい丸くても可愛いぞと娘の不安を取り除いてくれるような開拓者にな、力を借りたいというか‥‥いや、娘をたらしこむような奴は俺が許さんがな!!」
 そこは語調を強めて念を押した宗克、両手を卓に付けて頭を下げる。
「頼む、力を貸してくれ!」


■参加者一覧
/ 一之瀬・大河(ia0115) / 真亡・雫(ia0432) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 巳斗(ia0966) / 天宮 蓮華(ia0992) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 倉城 紬(ia5229) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ルシール・フルフラット(ib0072) / 御陰 桜(ib0271) / 燕 一華(ib0718) / リア・ウィンフィード(ib1014) / クルメギ(ib1250) / 瑠火(ib1281) / 御堂 獅子(ib1340) / 公孫覇(ib1351) / アンテナ(ib1367) / 雲雀レン(ib1371) / 煉篠(ib1379) / アリスト(ib1385) / 椎名(ib1393) / 拳璽(ib1425) / 三笠騎馬(ib1446) / ららおぽ(ib1447) / 白爛(ib1449) / 歪音 エナ(ib1459


■リプレイ本文


「お久し振りですねっ」
 開拓者ギルドの屋内で暗い顔をしている佐保姉妹を発見し、しかし落ち込んでいる時こそ明るくと考えた巳斗(ia0966)が元気に声を掛けるも、ふらりと幽霊のように彼を振り返る姉妹、朱音と雪花。
「あー‥‥巳斗君だぁ‥‥」
「今日もとっても美人さんだね〜‥‥」
「ぇ、えっと‥‥?」
 普段とは明らかに異なる姉妹の様子には、一緒に此処まで赴いた雨宮 蓮華(ia0992)も不思議顔。
「どうかなさったのですか?」
「ん〜〜」
 何とも歯切れの悪い姉妹に巳斗と蓮華は顔を見合わせる。と、そこに顔見知りばかりが集まっている事を遠目に確認し近付いて来た礼野 真夢紀(ia1144)はほっと安堵の息を吐く。
「あの‥‥こんにちは」
 そうして差し出すのは持参した重箱。
「良かったら一緒に食べて頂けませんか? 好物の笹団子、御姉様が送ってくれたんですの。生菓子ですから日持ちしませんので」
「「笹団子!?」」
 姉妹の声が重なり弾かれたように真夢紀に迫る、が。
「‥‥だめだぁ〜!」
「そうだよ雪花、今日の今日だもん我慢しなきゃっ!」
 姉妹はがっちりと腕を組んで互いに甘味の我慢を強いり、それを目の当たりにした開拓者三人は理解不能と目を瞬かせ。
「‥‥甘味万歳、笹団子一つ」
「!」
「――」
 真夢紀の背後、いつの間にか近付いて来ていた柚乃(ia0638)が自然過ぎる動作で小さな手を差し出して来たのも驚きだが、大人達が目を瞬かせる中で、突然の要求にもまるで動じずに笹団子を手渡した真夢紀も大した少女である。



 それからしばらくして、ギルドの片隅で真夢紀が持参した重箱を広げた開拓者達は姉妹から甘味我慢の詳細を聞く事となった。屋内で甘味談話、そんな目立つ事をしていれば次々と人が集まるのは自然な流れであり、共に輪を作ることになった新たな開拓者が数人。話を聞き終えて最初に口を切ったのは蓮華だった。
「まぁ‥‥ダイエットをですか?」
「うん‥‥」
 姉妹の姉・朱音が重々しく頷く。
「ふぅん、確かにお腹のお肉はオンナのコにとっては一大事だもんねぇ?」
 ふにっと朱音のお腹を摘まんで御陰 桜(ib0271)。
「いいわよ? 朱音ちゃん達にオンナの武器の磨き方教えてア・ゲ・ル♪」
「おぉ‥‥っ」
 忍び装束の裾から伸びる足は細過ぎず太過ぎずの絶妙な脚線美を描き、衣服の上からも判る上半身のふくよかな丸みは女同士でもどきどきしてしまう。こんな女性から女の磨き方を教えて貰えたらどんなに効果的かと目を輝かせる姉妹の隣では、真夢紀から笹団子を受け取る倉城 紬(ia5229)がたおやかに微笑んでいた。
「そうですね。一緒に勉強しましょうか♪」
「う? 紬ねーちゃんも桜ねーちゃんみたいにぼんっ、きゅっ、ぼ〜んっになるの?」
「えっ‥‥」
 直球を投げてくるリエット・ネーヴ(ia8814)に赤面する紬を見て、思わず想像してみる一同。
「ぁ、あのっ」
 皆に想像されているものを想像して慌てる紬と、何を想像したのか「おぉ‥‥」と感嘆の息を吐いたリエット。
「それなら、今みたいな清楚可憐な巫女服よりもリエットちゃんみたいな装いの方が素敵ね?」
「せっかくの眼鏡だし、髪は結い上げて仕事が出来る女風を目指すのも面白いかもしれないわよ?」
 桜が乗れば、笹団子を口に放る設楽 万理(ia5443)もウィンク一つ。
「‥‥意外性が萌えるという、アレですか‥‥」
 ルシール・フルフラット(ib0072)が視線を落とし気味に、些か恥らう様子で口を挟むと、紬はいっそう頬を赤くして両手を前に突き出した。
「いいえっ、私はそのような‥‥!」
「そういう時は見えないところにも手を抜かない事が重要よ? 例えばシ・タ・ギ♪」
「し‥‥っ」
「おおー!」
 ちらりと裾を捲って見せる桜に、真っ赤になる紬とルシール、身を乗り出して話を聞く姉妹とリエット。
「皆様、勉強熱心ですわね♪」
「可愛いなぁ」
 蓮華と巳斗は団子を食べながら微笑ましく仲間を見守り、対してわざとらしい咳払いをしてみせたのは一之瀬・大河(ia0115)である。男たるもの目の前で飛び交う会話には少々居心地の悪さを感じたらしい。同様に女子が集まればこのように騒がしくなるものかとひっそり溜息をついたアリスト(ib1385)は、ダイエットという単語に少々思うところがあって彼女達の輪に加わってみたのだが、これはなかなか気苦労が絶えなさそうだ。
「じゃあ、早速実践と行きましょうか♪」
「おーっ!」
 立ち上がる女性陣と、座ったままの女性陣。
「こちらもどうですか?」
「‥‥要る」
 重箱とは別に、手に提げていた紙袋から塩味の手焼き煎餅を取り出した真夢紀が問い掛けると、柚乃は遠慮無く受け取る。
「そなた、甘味を食べ過ぎると怒られるのではなかったか?」
 いつだったか温泉の席でそのような話を聞いたからす(ia6625)が尋ねれば一瞬だけ言葉を詰まらせる少女。
「‥‥ばあやには、内緒」
 淡々と応じるも、煎餅を齧る口の大きさが先ほどまでと比べ随分と控えめだ。
「そうか、内緒か」
 と大人びた笑みを浮かべたからすは『女の磨き方講座』に参加するつもりもなく、得意の茶を立てて見学希望の面々に振舞い始めるのだった。



 ざわざわと騒がしくなるギルドで「何事だ」と通りがかった人物を呼び止めた雲雀レン(ib1371)は、相手から開拓者が請け負った依頼らしいと聞かされ、ギルドでその内容を確認した。
「‥‥ふぅ‥‥。これで暇を潰せるかな」
 レンは歩きながら読んでいた本をぱたりと閉じて踵を返す。
 依頼を受けると決めたなら、まずは準備が必要だった。


「いいかしら。まずは何より姿勢が大事よ」
 桜は姉妹を並べて立たせると二人を一周。
「背筋は伸ばして、ね♪」
「ひゃぁっ」
 つつーと背筋をなぞられて飛び上がる朱音。
「それは勘弁してっ、背中だけはダメっ」
「んー? 朱音ちゃんは背中だけじゃなく、脇腹も足の裏もよわよわ〜」
「あら♪」
 雪花がほんわかと姉の弱点をばらすと、桜はそれは面白い事を聞いたと言いたげに微笑んだ。からかうなら純情な男の子を相手にするのが一番楽しいのだが、これはこれで楽しめそうだ。
 そんな桜の胸中を知ってか知らずか、口元に手を置いてしばらく考え込んでいた万理が言う。
「よく食べるけど何故か太らない体質の私にも助言出来る事がありそうだと思ったんだけど」
「うぐっ。なんて羨ましい体質‥‥!」
「体質じゃ助言のしようがないでしょ〜」
 姉妹からの申し立てに万理は苦笑し、けれどと一つの案を出す。
「太らないために必要なのは筋肉だと思うの。筋肉が有る人と無い人だと、同じ生活をしていても体格は変わってくるものね」
「そうなの?」
「私も普段は山で狩りばかりしているせいか、同じ細身でも筋肉の量が全然違うわ。触ってみる?」
 言いながら差し出す二の腕を姉妹は凝視。遠慮がちに触ってみれば自分の二の腕とは明らかに感触が違った。
「何で何で!?」
「すご〜い」
 姉妹の反応には他の面々も些か好奇心を擽られた様子。
「ぁ、あの‥‥失礼します」
「私も私も〜♪」
 紬、リエットと続けてもみもみ。
「ぉおー! しかもすべすべお肌だよ、気持ちイイー♪」
 リエットも感激の声を上げた。そんな様子が座したままのルシールも気になる様子。
「私も失礼して良いと思いますか‥‥?」
「さて、気になるなら触らせてもらってはどうだ? 女同士、気にする事もないであろう」
「‥‥だが」
 からすがたおやかに応じた直後、低い声を発したのは大河だ。一瞬にして女性陣の視線が集まり、大河が言葉を詰まらせた途端に空気が固まった。‥‥気がした。
「‥‥‥‥‥‥いや、何でもない」
 咳払いを一つして顔を逸らした彼に、女性陣の視線が冷たく感じるのは気のせいだろうか。恐らくは気のせい。そうであって欲しい。彼は間違っても自分も二の腕を触りたいと言うつもりなどなかった。ルシールも騎士ならばそれほどの差異は無いだろうと言いたかっただけなのだが、男であるというだけでこの肩身の狭い思いは何とした事か。
「‥‥俺は何故此処に居るのだろう‥‥」
「仕方ない、な」
 そんな大河の気持ちをもう一人の男性開拓者アリストが察し、その肩を叩く。諦めろと言いたいらしい。十三名の内に男が二名では打開のしようもないのだから‥‥否、本当なら男性開拓者はこの場に三名居たのだが――。
「甘味好きが甘味を我慢していたら死んでしまいますっ」
 真剣に訴える蓮華に、頷く彼が。
「うんうん。それに姉妹お二人とも気にされるほどでは無いと思うのですけれど、女の子はやっぱり気になるのでしょうね」
「ええ、やっぱり女の子ですから‥‥なので、みーくんのご提案を元にヘルシースイーツを作ってみようかと思うのです♪」
「わぁ、素敵ですね!」
「ヘルシースイーツ‥‥野菜ではなくても、甘味の少ない果実を使ってみると言うのはどうでしょう?」
「‥‥黒豆‥‥体に良い‥‥」
 糖が良くないのなら野菜で何か作れないだろうかと盛り上がる巳斗は、違和感など欠片も覚えさせずに姉と慕う蓮華や、真夢紀、柚乃ら女性陣の輪の中、お菓子作りの話題で盛り上がっていた。



「弓を引いてみれば、案外全身の筋肉を使うから効くわよ?」
「うっ‥‥」
 矢を持っては危険だからと、いわゆる素引きを試してみる朱音だったが、これまで弓術士達が弓を使う姿を幾度と無く見る機会があったし、使い方も知っているつもりだったのだが、いざ使ってみようと思うと必要な力が半端ではない。
「万理さん‥‥っ‥‥その細腕でどんだけバカ力なの‥‥!」
「あら、力で広げようとするから広がらないのよ」
「は、はぁっ?」
「見ていて」
 言うと、万理は弓を受け取った。彼女が使っているのは理穴の職人が最高級の素材と技術を駆使して製作した全長二メートル以上の上長下短の弓。これを万理は、使い慣れていない姉妹にも判り易いよう順番に動かしていった。
 真上に真っ直ぐ伸ばした両腕。左手に握、皮の弓掛けを付けた右手人差し指に弦の中仕掛の部分を掛けてゆっくりと下ろす。下ろしながら腕で弧を描くように弓と弦を離してゆくのだ。それはとても自然で滑らかな動き。どこかに力を入れているような様子はまるでない。
「すごぉー‥‥い」
「それに弓は体が曲がっていても言う事を聞いてくれないわ」
 握を持ち、真っ直ぐに前方へ伸ばされた腕を見て欲しいと促されて覗き込んだ姉妹は、万理の腕が何か違うような気がした。腕は腕だ。それに違いはないのだけれど。
「――‥‥あ!」
 先に気付いたのは雪花。
「万理ちゃんの腕、真っ直ぐ〜」
「真っ直ぐ?」
「骨、骨!」
「骨ぇ?」
 聞き返されたところで雪花にも言葉で説明するのは難しい。だが、自分達が普通に伸ばした時の腕と、弓を引く彼女の腕の真っ直ぐさは確かに違ったのだ。
「腕の骨は、関節のところで曲がっているでしょう? 弓を引く時はね、この腕を真っ直ぐにするのよ」
「??」
 実際に見せてもらっても難しいが、いざ自分の腕で試してみるとすぐに判る。かなり、痛かった。
「何これ! 私の腕が歪んでるってこと?」
「腕は、歪みとは違うけれど」
 万理は失笑すると、背筋は伸ばし、足は肩幅。歪んだ体勢では力があらゆる方向に分散されてしまうため射る事が出来なくなるのだと説明する。それが弓だ。無論、戦場でそんな細かい動作など取ってはいられないから弓術士達は独自のスタイルで矢を射る。しかし、基本がその体に覚えこまされていなければ矢の威力を高める事は出来ないのだ。
「だから、自然と姿勢は綺麗になるわよね」
「そっかぁ」
「‥‥弓とは、奥が深いものなのですね‥‥」
 自分が借りた弓をうっとりと見つめて紬が言う傍ではリエットも弓を引こうと必死。
「ふふふ、これは胸筋も鍛えられてバストアップにも繋がりそうね♪」
「!」
 桜が言うバストアップに目の色が変わる姉妹。
「よしっ、やろう!」
「やる〜」
 帰ったら早速父親に弓をおねだりしようと、そんな会話をしていた時だ。
「ああ。確かに弓を引く動作は各所の筋肉を鍛えるには効果的だ」
 一冊の帳面を手に佇んでいたのは雲雀レン。
「ちょうど暇だったんだ、少しなら付き合ってやる」
「‥‥ほえ?」
 きょとんと彼を見上げた雪花に、レンは手の中にある帳面を指し示した。



 何事も基本が大事。その言葉に心から同意するレンだ。
「しかしそれも理論的に証明されねば理解は難しいだろう」
「り、りろんてき?」
 その単語からして既に脳内に「?」が飛び交う姉妹は彼の前に正座で静聴。二人の横にはノリのよいリエットが並ぶ。
「良いか。人間の身体には基本となる適正体重というものが存在する。君達が適正体重を目指すのか、それともそれ以上の美人体型なるものを目指すのかでダイエットの方法も変わってくるんだ」
 レンは姉妹を順に見遣り、どちらだと繰り返す。
「目指すのはどちらだ?」
「えー‥‥っと、ふつー?」
「普通だよね‥‥?」
「だろうな」
 姉妹の返答に、レンが一言。
「美人体型を目指してもたかが知れていそうだ」
「むっ」
 皮肉に頬を引き攣らせる姉妹だが、言った本人にそれを気にした様子はない。
「適正値で良いのなら三食しっかり食べて間食と外食を一切止めろ、それで充分だ」
「甘味は!?」
「食べたいなら食べた分だけ動けば良い」
 ぱらぱらと帳面を捲り、レンは言う。
「大福一つで六〇分程度歩くといった具合か」
「大福一個で六〇分!?」
 あんまりな話に姉妹が声を荒げると、その横でリエットがけらけらと笑う。
「大丈夫だよ〜♪ 夜の図書館で遊んだり、天井に登って屋根の裏を探索したり」
 きっとあっという間に六〇分歩くのと同じくらいの運動量になるよと笑う少女に「無理無理っ」と姉妹。シノビの身体能力を基準にしてはいけない。
「開拓者には戦闘依頼という手段もあるのだがな」
 外野席から呟くからす。最も、依頼の最中に運動量など気にしていては命も落としかねず、それを思ってルシールも苦笑。
「ですが、きっと依頼後の甘味はより美味しいものであるかと」


 そんな彼女達の会話が聞こえていたわけではないだろうが、一枚の依頼書を持って彼女達に近づく人影があった。
「あ、あの‥‥」
 リアは姉妹やレン達に近付き、自己紹介しながら手に持つ依頼書を差し出す。
「ウィザードのリア・ウィンフィード(ib1014)と申します。いま、ギルドに貼られている依頼の中にこのような内容のものがありまして‥‥」
「どれどれ?」
 まずはリエットが覗き込み、続けて姉妹も。依頼の内容は単純に言えば「猫探し」だ。三日前から姿が見えなくなってしまったので探して欲しいと、似顔絵が描かれている。
「そちらのお二人は、ダイエットの依頼にあった佐保さんのご姉妹だとお見受けしましたので‥‥やはり、痩せるためには動く事が大切かと」
 リアの言葉に顔を見合わせる姉妹。
「皆もどう?」と後方に視線を巡らせればリエットは乗り気。
「あちらで、クルメギ(ib1250)さんという方もご一緒する事になりまして、六名くらい募集しているのですけれど‥‥」
 遠慮がちなリアの言葉は、姉妹の視線をレンに移動させた。
「どう?」
「断る」
 返答は即答。集団行動はどうにも苦手らしい彼の態度に「やっぱり」と思う面々。じゃあまた機会があればと手を握る。
「ご協力感謝だよ♪」
「ありがと〜」
「――」
 笑顔を向けられたレンは、しばし固まり。 
「じゃあちょっと行って来よっか!」
「行ってらっしゃい♪」
 桜や万理らに見送られて猫探しに向かうリアとリエット、姉妹にクルメギ。彼らの背を見送りながらレンは軽い息を一つ吐く。
「‥‥暇潰しをしているのに、暇だ」
 ノートを懐にしまうと、その前に読んでいた本を取り出し、彼もまた別方向へと歩き出した。



 その依頼主は六歳の男の子。当然のことながら依頼料が用意出来るはずもなく、この子に相談を持ちかけられた職員・高村伊織もどうしたものかと頭を悩ませていたところへたまたま通りかかったリアが「私が探します」と言い、一人では難しいだろうと考えた伊織がダイエットをしたいと言っている姉妹の事を思い出し、あの子達も誘ってみてはと提案したのだそうだ。
 結果的に、猫を見つけるのに大活躍したのはリエットのスキル。
 見つけた猫を捕まえようと腕を伸ばしたまでは良かったのだが、そこから始まったのは猫との全力疾走、追い駆けっこだ。
「私が持ち込んだ依頼だったのに何のお役にも立てず‥‥っ」
「気にしなーい♪」
 その、腕を伸ばしたと同時に気付かれて逃げられたリアが申し訳ないと泣きそうになるのを見て、サムズアップするリエット。
「そういえば自己紹介まだだったね!」
 ひょいっと塀の上に飛び乗って彼女は笑む。
「私、リエットゆーの。よろしくだじぇぇ!!」
 満面の笑顔が春の陽射しのように朗らかで、リアの表情も無意識に綻んだ。そんな二人を見ていたクルメギは、しかし自分達の前方を掛けていく猫の背中に難しい顔。形はどうあれ初めて受けた依頼だ。きちんと役目を果たし達成したいと思ったが自分達の足で捕まえられるだろうか。
「どうしますか、サンダーで前方を崩して道を塞ぐとか‥‥」
「あわわ、それはダメですよっ」
 積極的な作戦を提案するクルメギに、焦るリア。
「二手に分かれて猫の前方に回り込めれば良いンだけど‥‥!」
 朱音が言う。しかし相手が猫では次にどちらへ曲がるかも予測がつかなければ先回りも難しい。
「追いながらどっかに誘導出来れば〜‥‥」
 雪花が言いながら、ふと前方に見覚えのある姿を発見した。実際に接した事はないのだが、ギルドで見かけたような気がする。
 となれば。
「そこの兄ちゃん!」
 雪花が声を張り上げる。
「その猫捕まえてー!」
 朱音が叫んだ。


「ん?」
 少女達に叫ばれた兄ちゃんこと燕 一華(ib0718)は何事かと思うも、此方に向かって駆けて来る開拓者仲間らしい集団が追い掛けている猫を確認して、とりあえず捕まえておこうと思う。
「よっ、と」
 露天で買っていた団子を口に放り、手にしていた細い鉄傘を体の傍で一回し。
 走って来る猫、追い掛けて来る開拓者。
「怪我はさせないように、ですね」
 言うと、猫の足元目掛けて傘を転がす。猫は咄嗟にそれを避けようと体を逸らし、跳躍。地面から離れたその体の着地点となる場所に、一華の手。
「よーしよし、落ち着こうな」
 四肢をばたつかせて逃げようとする猫を抱き締めて声を掛ける内、ようやく追いついたリエット達。
「にーちゃん、ありがとぉぅ!」
「どういたしましてですっ」
「ほ、本当に、助かりました‥‥っ」
 息を弾ませながら頭を下げるリアに続いて姉妹も感謝の言葉を告げる。そうして、次は猫を逃さないように気をつけながらギルドへ戻らなければならないのだ。
「今日はいっぱい走ったし歩いたし、大福二つくらいは食べても大丈夫かな?」
「かな〜」
 朱音と雪花の台詞を聞いて、大きな目を瞬かせる一華。
「大福がどうかしたんですかっ?」
「うーん、実はね‥‥」
 かくかくしかじかでダイエットをと姉妹が説明をしている内に、クルメギは「やれやれ」と肩を竦める。
「突然のお誘いでしたのに、ご協力ありがとうございました」
「いや」
 リアが丁寧に頭を下げてくるのには些かの気恥ずかしさを感じつつ、とりあえず役目が果たせた事でその胸中は充足感に満ちているクルメギだった。



「おかえりなさい♪」
 猫と一緒にギルドへ帰ってきた彼女達を迎えたのは桜や万理達だ。
「随分と時間が掛かったのね?」
「すばしっこくて人見知りする猫でー」
 走り疲れたと言いたげに、その場に寝転がりそうな勢いの姉妹にくすくすと笑う面々。
「では、今日は安心して甘味を堪能出来ますね」
「え!?」
 ルシールの声に弾かれるように顔を上げた姉妹は、彼女が視線で促す先で此方に向かって来る巳斗、蓮華、真夢紀、柚乃の姿を見つける。彼女達の手には――勿論、甘味。
 苺と豆乳を使った甘味は桃色でほんのり甘く、豆茶粉とサトウキビ使用のフルーツケーキには南瓜がいっぱい。
「うわあああっ」
「みんな大好きーー!」
 甘味と、姉妹の歓喜の叫びに、新たに誘われてくる開拓者達。
「こんなところで遠足、ですか?」
 不思議そうな顔で近付いてきた真亡・雫(ia0432)や、藤村纏(ia0456)、瀬崎 静乃(ia4468)。
「皆さんの分、ありますからゆっくりして行って下さいね♪」
 蓮華がそれぞれに差し出せば、以前からの顔見知りも少なくなく、甘味と共に話題は盛り上がった。
 無論、そこでも第一の話題はダイエット。
「甘くて美味しいものってついつい食べすぎちゃいますよねっ! ボクもすっごく大好きですっ」
 一華が言うと、大河は何を思ったか「‥‥これも食べると良い」と重箱に残っていた笹団子を彼に差し出す。恐らく男性開拓者が増えて嬉しいのだろう。
「食べても動けば良いんだって事は良く判った!」
 ほぼ全員から同じ事を言われれば、姉妹もそれが重要なのだと自覚する。
 三食しっかり食べて、間食や外食はなるべく抑える、間食・外食があった日には翌日の食事などで調整するか、食べた分だけ体を動かす。
「運動に合わせて食べた甘味の記録を付ける事も効果的かもしれません」
 ルシールが言う。食べたものを全部書き留めておけば、自分がどれだけ食べたのか一目で判り、食べ過ぎにも気付くだろうと言うのだ。
「あとはこういうのもあるか」
 言いながら茶を差し出したのはからす。
「さあ、少し苦いが飲むといい」
「苦い、の?」
 姉妹が乗り気でない表情を浮かべると、その傍から静乃が二人の背を押す。
「‥‥試しに飲んでみるといいよ」
 彼女は彼女で、もし姉妹が楽して痩せたいなどと言おうものならこれを出そうと考えたらしいが、こうして接してみれば、そこまで安易に痩身を求めているわけではないと判ったため声音も穏やかに語り掛ける。
「漢方薬っていう、薬なんだ。食後に飲んでみると、効果があるかもね」
「薬‥‥」
「誰も、甘いものをたべるな、と言っているわけではないのだ」
 からすが微笑う。
 食べるなら動けと、それだけ。
「あとは油物と食べる前後に糖分を取るのは厳禁だ。すべてが肉になるからな」
「は、はいっ」
 とてもまだ幼い少女とは思えない説得力のあるからすの教えに、姉妹は背筋を伸ばして返事をした。
「あとは、身近な人と同じ目的で励ましあえたら気が楽かもしれませんが‥‥無理は絶対にダメです。こういうのは人によってそれぞれですからね」
 言い聞かせるように、けれど優しい微笑みと共に雫が言えば、大河が頷きつつも腑に落ちない表情。
「‥‥そこまで気にするものなのか。今のままでも充分可愛いと思うのだが」
「え‥‥」
 可愛い、と言われて一瞬固まる姉妹。
 そんな二人の反応には気付かず大河は続けた。
「まぁ、細身の女性の方が好みではあるが、人にはそれぞれ個性があるしな。‥‥だが、悪くない」
 別段凝視していたわけではないのだが、そんな台詞と共に見られれば姉妹が動揺しないはずもなく。
「今度、俺と一緒に何処かへ遊びに行くか? おいしい団子を出す店を紹介してやる」
「――」
 硬直する姉妹と、判っていない大河に、溜息を吐いたのはアリスト。そして、この混沌としてきた空間に更なる混乱を招いたのは一華だ。
「でも、どんな事でも一生懸命になれる人って、格好良いですし、可愛いですよねっ!」
 綺麗になろうと頑張る姉妹。
 そんな姉妹の力になろうと集まった開拓者。
「ボク、そういう人ってすっごく大好きですっ♪」
「ちょっ、なっ、何言ってンの!?」
 真っ赤になって叫ぶ朱音。
「‥‥何、とは」
「え。あれ、どうしたんですかっ?」
 判っていない大河と一華。
 ますます動揺する朱音。
「うわぁ罪作り〜」と姉より若干大人な雪花が苦笑交じりに呟き、アリストは二度目の溜息を吐いた。
 彼は彼で、許嫁が近頃太ってきたと嘆いているのを聞いた矢先の出来事でもあったため、彼女のためにも痩せる方法とやらを学べればと思って来たのだが、楽して痩せるなど無理な話という当然の答えを確認するに至っただけ。
「こんなものか‥‥」
 ぽつりと零し、甘味を口へ。
 その美味だけが今回の報酬と言えるかもしれなかった。


「おっふろ行こー!」
 リエットが言う。猫を追いかけて走り回ったら汗を掻いたのが理由だったが、それもいいわねと艶やかに笑んだのは桜だ。
「綺麗な体作りにはお風呂でりらっくすシてまっさ〜じとかもイイわよ♪ 試してみる?」
「まっさーじ?」
「そう。石鹸をめいっぱい泡立てて、こ〜んなカンジにぃ〜」
「あわわわっ」
 ススッと足を滑る桜の手に初心な少女から悲鳴が上がる。
 そんな風に賑やかになる輪の中、隣に座る巳斗と二人、穏やかに微笑むのは蓮華だ。
「自分を磨く事は大切ですが、ありのままを愛して下さる方に出会えたら素敵ですよね♪」
「はい」
 巳斗も大きく頷く。
「女性に限らず人は、外見よりも中身が一番だと思うのです」
「‥‥ええ」
 そう言う巳斗を見つめていた蓮華は、笑顔が次第に悲しいものに変わっていくのを自覚する。弟のように可愛らしく、姉のように慕ってくれる巳斗も、いつかは誰かと恋をするだろう。こうして一緒に甘味を作ること、食べる事も出来なくなってしまうかもしれない。『姉』よりも、大切な『恋人』を優先される日を想像すると、‥‥そう思うと、とても悲しくなってしまったのだ。
「わっ」
 突然に、蓮華の腕が巳斗を抱き締めた。
「蓮華さん‥‥?」
「‥‥なんでもありません」
 なんでもないけれど、今はまだ此処に居てほしい‥‥そう思うと離せない腕を、巳斗はどう思ったのだろう。
「‥‥明日の甘味は、何を作りましょうね?」
「明日‥‥?」
 君と未来を語る今。
 それは、明日も傍に居るという約束。
「‥‥そう、ですね」
 だからいまは微笑う。
 楽しもう。
 大好きな君との、美味しい時間を――。