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■オープニング本文 ● コンラート・ヴァイツァウを捕らえろ――帝国軍は大帝から下された命令に従い日夜その行方を追っていた。 巨神機の爆発に乗じ、反乱軍に雇われていた傭兵部隊隊長スタニスワフ・マチェク(iz0105)によって拉致され、以後消息を絶った反乱軍の総大将。その肩書きから考えれば総大将は部下であるマチェクに救出され匿われているとも予測出来るが、そうとも言い切れないのはマチェクが開拓者達に残した言葉があったからだ。 ――‥‥俺は開拓者に恩がある‥‥ コンラートの相談役ロンバルールがアヤカシである事を、危険を顧ず本陣に潜り込んで調べて来た開拓者がいた。 それをマチェクは「恩がある」と言い切った。 ――‥‥俺達の手で勝手に始末したり、帝国に引き渡すような真似はしない。必ず、あんたら開拓者の手を介する‥‥ 本人がそうと言わずとも、それは『約束』。 マチェクは必ずコンラートの身柄に関して開拓者の意見を求めるべく姿を現すだろう。だがしかし、何の確証もない彼の言葉を帝国軍側が無条件で信じる事はない。故にジルベリア国内は戦が終わった今も不穏な緊張感に包まれ、首都ジェレゾをはじめ人の気配ある処には武器を携えた騎士達が険しい表情で休む間もなく行き来していた。 マチェクらが乗った船が国を出た気配はない。 ならば、その身柄は必ず国内にある――。 ● そんな光景を何気なく見遣り「あぁあ‥‥」と肩を竦めたのはまだ歳若い少年。彼はぽりぽりと頭を掻くと、意味深な表情を浮かべて踵を返した。それまで町に溶け込んでいた雰囲気は一変。岩陰に隠れて移動し、川を渡って匂いを消す。 「うぁっ冷て!」 まだ雪解けも遠い冬の河川は、当然の如く氷水だ。少年は小声で呟くと、対岸に待たせていた馬に飛び乗った。一度も地面に足を付ける事無く。 「頼むぜ」 首筋を撫でて声を書けると手綱を引く。馬は静かに走り出した。 馬は枯れ木立ち並ぶ森に入りると時々足を止めた。食べるわけでも無いのに木の実を探すように地面に鼻を付け、時には道を戻り、また森の奥へ。背に騎乗した少年は何も言わずに馬のさせたいようにさせる。彼が声を発したのは、もう間もなく森を抜けるかという間際。 「さぁ全力疾走だ!」 手綱を力いっぱいに弾き、馬が嘶く。倒木を飛越え行く先に――アヤカシ! 「行けーー!」 少年は臆さない。 馬も拒否しない。 ただ一点、森が終わり光りの射す出口だけを見据えて駆け抜ければその左右。迫るアヤカシを複数の矢が射抜く。 「おっちゃん!」 「走り抜けろ!!」 少年が声を上げれば森の出口で弓を構えていた屈強な身体つきをした男が声を張り上げた。 「よく無事で帰って来たな」 「ちゃんと情報持ち帰ったんだろうな」 「当ったり前だい!」 次々と掛かる仲間からの声に少年は胸を張り、最初に声を掛けた男は「そうか」と満足顔。 「ボスが待ってるぜ」 「うん!」 森の出口で見張りを任されている傭兵仲間の笑顔を見て、少年を表情を綻ばせながら更に奥へ馬を駆った。 其処は、アヤカシが出ると噂の森を抜けた先の、更に奥に広がる森の中程に位置する洞窟だった。馬を下り、徒歩で洞窟を進んで行くとしばらくして空洞が広がり、仄かな火を光源とした明るい場所に出る。其処には数多の傭兵仲間に囲まれているコンラート・ヴァイツァウ――。 「ボス」 その中央に座していた赤髪の傭兵に声を掛けて駆け寄れば、ボスことスタニスワフ・マチェクが「無事だったか」と目元を綻ばせた。 「町の様子はどうだ」 「相変わらずの厳戒態勢だったよ。帝国軍の連中、そいつを捕まえようと躍起になって町の人達まで怯えさせてる」 「そうか」 マチェクは短い吐息を一つ。 「そろそろ潮時か」 「私を帝国軍に売って自分達は命乞いか! 無様だな!!」 言うマチェクに、怒鳴るコンラート。傭兵の一人が頬を引き攣らせる。 「ボス、こいつ斬って良いだろ?」 「‥‥俺も‥‥斬りたい‥‥」 一人、二人と不穏な事を口にする仲間にマチェクは失笑。 「おいおい、俺に開拓者との約束を破らせる気か?」 言ってやれば屈強な男達が言葉を詰まらせる。自分達のボスが嘘吐きになるのは彼らとて望ましくない。とは言え、コンラートがロンバルールをアヤカシと知っていて共闘したのか否か、それだけを白状させれば存外すぐに開拓者と接触して問題は解決するものだと考えていただけに、今日まで口を割ろうとしないコンラートの態度には皆が我慢の限界だった。 「けど、このまんまじゃ俺らはアヤカシと手を組んだ外道、今後の傭兵稼業に差し支えますよ」 「ハッ、良い気味だ!!」 ボスが応じるより早く口を挟むコンラートに、傭兵達の手が武器を掴む。マチェクは肩を竦めた。 「まあそうなったらなったでアヤカシの関与を見抜けなかった俺の責任だ。おまえ達には苦労を掛けるが信頼回復の為にしばらくはタダ働きも覚悟してくれ」 「ボスー」 部下の一人が情けない声を上げ、‥‥その情けない声はいつしか諦めの溜息に変わり。 「あとは開拓者に任せよう。俺達の潜伏でいつまでもジルベリアの民が平穏を取り戻せないのでは、それこそ今後に差し支えるさ」 洞窟内に広がる再度の溜息。 「了解」 「仕方ないッス」 ――そうして零れる笑顔が、コンラートには面白くなかった。 ● 数日後の天儀、神楽の都。 開拓者ギルドには異国の衣装に身を包んだ少年の姿があった。彼は受付を見遣りしばし思案。依頼を探す開拓者が集う掲示板へと歩み寄った。 必要なのは秘密を守れる者。 そして、戦力になる者。 少年、ディワンディは開拓者を観察し声を掛けた。 ジルベリアへの船は仲間の伝手で確保済み。皆にはそれに潜り込んで貰い、後は現地で自分と仲間が案内する。途中でアヤカシと交戦、または自分達を追う帝国軍側の連中と戦う事になるかもしれないが、それでも良ければ手を貸してほしい。 ボスが――スタニスワフ・マチェクが待っている。 開拓者との約束を果たす為―‥‥。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
阿弥香(ia0851)
15歳・女・陰
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
霧先 時雨(ia9845)
24歳・女・志
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
リーザ・ブランディス(ib0236)
48歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 微妙な緊張感を漂わせるジルベリア行きの商船内。あれも依頼を受けてコンラートを探す開拓者の一行だろうかと何気なく視線を向けた有栖川 那由多(ia0923)の傍で、彼にも聞こえないような小さな息を吐いたのはファリルローゼ(ib0401)。 イリス(ib0247)は仲間のそんな様子に穏やかに微笑むと、至って落ち着いている少年に小声で話し掛けた。 「此度はご苦労様でした」 「ん?」 労われた理由が今一つ判っていない少年にイリスは微笑む。彼にとってボスことマチェクからの命令は誉れに近い事らしく、労われるような事ではないらしい事はこれまでの会話から察せられていた。 「精一杯、お力になれるよう努めますね」 「? おう、よろしくな!」 微笑ましそうに告げるイリスに、少年はやはり小首を傾げつつも小声で応じ、そんな遣り取りをやはり微笑と共に見守っていた霧先 時雨(ia9845)はふと船の外に目を向けて、気付く。 天儀の地上を彩る薄紅色は今が満開の桜だ。 「ジルベリアの桜が咲く前に、‥‥春の訪れの前に、早く決着させてあげなくちゃ、ね」 「決着ったって俺はコンちゃんを帝こ――っ」 「声が大きい」 がしっと小野 咬竜(ia0038)に頭を抱え込まれて阿弥香(ia0851)は不完全燃焼の様子だが、此処で騒ぎを起こせば状況が不利になるのは明らか。仕方なく口を閉ざすと、リーザ・ブランディス(ib0236)が失笑した。 「しかし、あの手のお坊ちゃんは一度信じたら頑固だからねぇ。巧く説得出来るかどうか‥‥」 「いずれにせよ敗軍の将は自ら責を負わねばならん。今のままにはしておけんさ」 咬竜が言葉を重ね、那由多が視線を落とす。 「覆水盆に返らず‥‥だけどね。知らなかった事まで責められるなんて、さ。‥‥俺、納得出来ないから」 「お、泣くか?」 「っ、泣かないよ!」 ニヤリと笑う咬竜は小隊の上司であり気心の知れた友人だ。噛み付く勢いで言い返してやれば「ははっ」と豪快に笑われて又やられたと肩を落とす那由多。けれどその笑い声が広がり始めていた固い雰囲気を一変させた。 緩やかに過ぎる移動の時間。 「――‥‥」 ただ一人、シャンテ・ラインハルト(ib0069)は瞳を伏せて手を重ねると心の中で祈り続けた。 ‥‥願い続ける。 (‥‥とても多くの人が傷付きました‥‥決着は必要ですが‥‥激しさだけを振り翳すのが終わり方ではないと、信じます‥‥) だからこそ――そう願うのは、コンラート・ヴァイツァウの犯した罪があまりにも大きすぎるものであると知っているからこその不安だ。おそらくは彼の処刑なくしてヴァイツァウの乱は終結しない。彼を生かすことの不利益は強大過ぎる。自分達はその不利益を上回る利を、彼の命に見出そうとしたけれど。 「おや‥‥」 リーザはふと耳を打つ異国の音色に振り返り、笛を奏でるシャンテの姿を見た。目的が同じであればこそ仲間を励ます旋律は皆の決意を高める。船は、刻一刻と目的地に近付いていた。 ● 一行は少年の案内の元、マチェクとコンラートが待つ洞窟へと先を急いだ。 途中、彼らを怪しんだ帝国側のコンラート捜索隊から度々声を掛けられる事もあったが、そういう時には「自分達もギルドを通じてコンラート捜索依頼に参加した者だ」と一貫しやり過ごした。 時には「此方は捜索済みだからあちらを頼む」と嘘の情報を流すなどして相手を霍乱、動きを追われないよう自分達も遠回りするなどして先を急いだ。 船着場から時間にしておよそ一日半。 彼らが件の洞窟に到着したのは陽が沈んでしばらくした夜のことだった。 ● 到着した彼らを出迎えたマチェクは、顔見知りのリーザ、ファリルローゼに久し振りだと声を掛け、阿弥香には「よく来たな」と笑む。 「おぅ、来てやったぜ! ほんとなら師匠もこないだの借りを返しに来たがってたんだがな!」 諸々の事情から此方まで来て情報を流すといったような時間が確保出来ない事もあり阿弥香が師匠と呼ぶロック・J・グリフィスの心情を告げればマチェクも。 「俺としてももう一度会ってみたかったが?」 残念そうに告げる割には表情が意味深で、これに苦笑したのはリーザだ。 「うちの跳ねっ返りもあんたに会いたがっていたんだけどね」 娘同然に可愛がっているルシール・フルフラットの名を出せば、マチェクは此方にも薄く笑うだけ。 「ま、その内にまた別の機会も来るだろう」 例え直には会えなくともロック、ルシール、二人が天儀で奔走し集めた情報は彼らとその他の捜索隊との接触を最小限に留めてくれた。その功績は大きい。 「礼はその時に改めてだ。それに今は――」 そうして視線で促す洞窟の更に奥。其処には仏頂面で彼らを睨むコンラート・ヴァイツァウの姿があった。 「コンちゃぁーん!!」 「!?」 彼の姿を確認するなり笑顔前回で駆け寄ったのは阿弥香。まるで抱きつかんばかりの勢いに拘束された体を反射的に後退させたコンラートだったが、阿弥香の両手はしっかりと相手の腕を掴む。 「無事で良かった! とにかく無事で良かった!!」 「っ、なっ‥‥!」 本気で自分の無事を喜んでいるらしい阿弥香にコンラートは目を白黒させた。まるで状況が掴めない。完全に困惑している彼に、最初に失笑したのはマチェク。次いで咬竜、那由多。 「何がおかしい!」 それに気付いたコンラートが声を荒げれば咬竜が肩を竦めて一歩前に進み出た。 「ジルベリアが貴族、コンラート・ヴァイツァウ殿。敗れたりとはいえひとかどの将に礼を尽くさぬ訳には参りますまい」 異国のそれとは違えと目上の者に対する礼儀を弁えた一礼と共に告げられる咬竜の言葉に息を飲むコンラートの腕を、阿弥香が再び引っ張る。 「とりあえずはオヤツの用意だ、付き合えコンちゃん!」 それでコンラートの思考は完全に停止した。 ● しばらくして洞窟に広げられたのは些かくだけた装いの茶席だ。茶器一式を持ち込んだのが咬竜ならこれを点てるのも彼。そしてコンラートの左右、同じ位置に並ぶ開拓者達。 「コンラート様、お初にお目にかかります」 「初めまして、那由多っていいます」 イリス、那由多と続く挨拶は決して捕虜は虜囚にたいするそれではなく。 「さて‥‥此度の騒乱。ロンバルールがアヤカシであったか否かが落とし処の争点、話題の渦中、火中の栗と云うわけじゃが」 咬竜は言いながら、しかし硬い話ばかりでは気が滅入るからと茶を点てる手を止めた。 「さ。一つ如何か」 スッと咬竜が差し出された茶碗から覗く水面は夏の深緑を思わせる趣深い色合い。とても武器を握り戦場に立つサムライが点てたものとは思えなかった。そんな理由もあって差し出された茶を受け取れずにいたコンラートの胸中をどう読んだのか。 「毒でも入っていないかと不安になられておいでですか」 ファリルローゼは微かに微笑み、無礼を承知で茶碗を預かると躊躇無く口を付ける。その様を凝視しているコンラート。 「結構なお手前で――と言うのだったかな」 「正解」 ファリルローゼの問いに応じたのは時雨。 咬竜は笑った。 「俺達は貴殿をどうにかするつもりなど毛頭ないんじゃ」 「‥‥では、何故此処に来た」 「真実を求めに」 男の即答にコンラートは目を剥く。そうして再び声を荒げるかと思われた矢先に辺りに響き渡ったのはひどく繊細で儚い笛の音だった。 儚くも優しく、穏やかな気持ちでつい聞き入ってしまいそうになる――シャンテの紡ぐ旋律には不思議な力が感じられ、だからコンラートも我に返った様子で乗り出していた体を元の位置に戻した。 改めて差し出される茶碗。 口を切るのは那由多だ。 「俺、貴方の事たくさん調べました。本当の事、知りたかったから」 「本当の事?」 聞き返された那由多は小さく頷くと、少しだけ自嘲気味に笑む。 「こっからは俺の勝手な推測。笑ってもいいので聞いて下さいね。コンラートさんは、最初はロンバルールがアヤカシだって知らなかったんじゃないでしょうか」 「――」 コンラートの目が見開かれる。 その瞳を真っ直ぐに見返して那由多は更に言葉を紡ぐ。 「俺は‥‥そうだって信じてます」 信じている、その言葉に力を持たせるのは時雨。 「最初はアヤカシと知らず、途中から薄々気付いても引き返すに引き返せなかった‥‥実際はそんなところかしら」 だからマチェクの尋問にも何も答えられなかったのではないかと問われて、コンラートは顔を背けた。 眉を顰め不機嫌を露にするのは見透かされたからか。 口元を結んでしまった彼へ、やれやれと肩を竦めつつリーザが話し掛ける。 「あんたはロンバルールをどう思っていたんだい?」 「‥‥どう、だと?」 「いろいろあるじゃないか。信頼出来る相談役、頼りになる部下、心許せる友人、もしくは‥‥幼い頃に家族を亡くしたあんたにとっては父親みたいだった、とかね」 「っ‥‥!」 一瞬にしてコンラートの顔が朱に染まる。 だからファリルローゼも言葉を重ねる。 「だから畏怖を感じても離れられなかった‥‥違うか?」 「違う!!」 コンラートの即答はこれまでの我慢が爆発しかたのように捲くし立てられる。 「違うっ、違う!!」 「何が違う?」 「違う‥‥っ」 何が。 「ロンバルールがアヤカシだったなどと‥‥っ、そのような事があるはずがない!!」 強い否定。 それは思い込みであり、‥‥願望。 「僭越ながら、彼奴に最期の一太刀を入れたのは俺じゃ」 「!?」 その言葉に声の主を睨み付けるコンラート。だが声の主は、咬竜はその視線を真っ直ぐに受け止めて断言する。 「見紛うはずもなく‥‥あれは、化生の類よ」 「違う‥‥!!」 必死に否定する彼の悲痛な叫びに、不意に笛の音が途切れた。 見遣れば細い手に楽器を握り締めて唇を振るわせるシャンテがいる。 「‥‥コンラート伯。多くの方が貴方を支え、散りました‥‥、あの時のように、自爆してでも皇族を倒すのが報い方だと思ったのですか」 あの時――巨神機が突如として自爆した、爆炎。 「私のせいではない!!」 響く怒号。 「巨神機は‥‥っ、私はあの力でジルベリアを正しき未来へ導こうとしたのだ! そのための挙兵だった! 戦だった!! ぁっ‥‥アヤカシなど‥‥そんなものの‥‥!!」 声を枯らすほどに叫ぶコンラートはあまりにも惨めだった。まるで駄々を捏ねる子供。 「私の‥‥っ、私の挙兵はこの国の紛い物の王を退け真に平和な国を取り戻すための‥‥っ、民に安寧の日々を送らせるための‥‥っ!!」 「‥‥そう、ですか」 不意にイリスが口を切る。 「貴方は本当に救世主たろうとしたのですね‥‥」 「っ‥‥!」 イリスの言葉にコンラートの肩が震え、彼女は続ける。 「であれば‥‥貴方が真に長であるならば‥‥貴方を信じた民に対し誠意をもってお答え下さい。人の上に立つ貴族の義務として、自身に過ちがありました事をお認め下さい」 「過ちなど‥‥!」 「あんたは考えるべきだ」 反論しかけたコンラートを制しリーザは言い放つ。 「あんたの信じたものが起こした結果を、きちんと見てごらん」 矢のように自身を突き刺すリーザの言葉に、しかしコンラートが返せる言葉などあるはずもなく、固く握られた拳が地面を叩きつける。 何度も、‥‥何度も。 「どうしてこんな事に‥‥!!」 そんな言葉には最早何の価値も無いと知りながら、それでも吐き出さずにはいられない――後悔。 「‥‥貴方の必死なところ‥‥是非はともかく俺は嫌いじゃないですよ」 那由多が呟く。 「貴殿は衆生の為にと立ち上がった勇士であると、その点は認めておるのじゃ。ならば‥‥己の過ちをも、認めることが出来るはずじゃ」 咬竜が告げる。 そして、時雨。 「‥‥私もあんたも、人間だ。人間は人間である事を捨てちゃいけない。騎士道や正義を掲げて生きるなら、尚更ね」 コンラートが顔を上げ、時雨は重なる視線に問い掛ける。 「アヤカシと手を組んだ外道か、アヤカシに利用されてしまっても最後まで戦い抜いた人間か。――あんたはどちらを選ぶ?」 答えなど、‥‥悩むまでもない。 そうでなければ、ならないのだ。 ● 「待てよ!!」 阿弥香が叫ぶ。 その身をマチェクの部下に拘束されながら。 「待てって! おいっ、俺の話も聞きやがれ!!」 怒鳴る彼女から少し離れて、他の開拓者達とマチェクは、マチェクの部下が食料の調達のために赴いた村で此方を捜索している開拓者の一行と遭遇してしまった問題の解決に向けて話し合っていた。 時間の猶予は無い。 取るべき手段は一つしかない。 「コンラートの身柄はギルドで預かる、‥‥いいね?」 「ああ」 リーザとマチェクの遣り取りに異論を唱える者はない。 コンラート自身がそれを選び、また、せめてこの時点で帝国側に彼の身柄が奪われる事のないよう移動するためには、外で此方の出方を伺っているだろう捜索隊の面々と協力体制を取る他ないからだ。 それでもただ一人、阿弥香だけは。 「俺も親父を帝国の連中に叩き殺されてよ! このままじゃその反帝国の思いを通す前に帝国の奴らに潰されちまう! ギルドに身柄預けになったって、いつ帝国側に連れて行かれるか判ったもんじゃないんだぜ!? お前の正義が証明出来ないんだ! だから、俺と一緒に来い! 長い旅路になるかもしれないが、仲間になって、一緒に帝国の鼻を明かしてやろうぜ!!」 阿弥香は訴える。 静かにしろと傭兵団の男達に手足を掴まれながらも、必死に。 「コンちゃんアヤカシだったなんて知らなかった! それで良いじゃねェか! 難しい事はどうでもいい。けど、コンちゃんは俺のダチだから、帝国の連中になんてわたさねぇ!」 叫ぶ彼女に、不意に顔を向けたコンラートは――微笑った。 それきり、だった。 ● 「‥‥またいつか、何処かで会える事を願っているよ」 誰ともなしに呟く時雨に、那由多は頷く。 「生きて償って‥‥命が続けば、‥‥そしたらきっと、生まれる何かがあります」 ね、と先ほどから蹲って顔を上げようとしない阿弥香の肩を叩くも、彼女は無言でそれを振り払う。 何も聞きたくないし、触れられたくも無い。 胸が、痛い。 コンラートはきっと二度と戻らない。彼自身がそれを判っていて、それでもギルドへ行く事を選んだのは、人間であることを選んだからだ。 「‥‥信念を信じて突き進むのは悪いことじゃない。けどそれが時として悲劇になることもあるわけだ。嫌な世の中だね」 ぽつりと呟くリーザに、その隣に佇み静かにコンラートの背を見送っていたファリルローゼも。 それは彼女の独り言。 「約束は交わすもの。友情や信頼は交わし合うもの‥‥だな」 シャンテの笛の音が青い空の下に広がる雪原の春を待つ。 イリス、咬竜と、振り返る視線の先。傭兵団の男達は帰りの船が用意出来たからと開拓者達の帰路を指し示した――。 |