【相続人】葡萄月の怪談
マスター名:津田茜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/23 22:30



■オープニング本文

 今年は当たり年であるらしい。
 農作物の出来不出来には詳しくないが、作人たちの嬉しそうな様子から察するに本当なのだろう。このまま何事もなく収穫が終わるコトを願うばかりだ。――実際、願うコトしかできないのだけれど。

「今年は美味しいワインが楽しめそうで良かったですね」

 去年、一昨年の出来栄えは推して知るべし。
 老境にさしかかった執事の――おそらくは純粋な善意から出たと思われる――報告に、とりあえず地下のワイン蔵を掃除しようと決意した。
 鎧戸の破れや、扉の立て付け、傾いた棚など。手の出せるところはあらかた直してしまったので、本当にやることがなかったとも言う。のんびりしたいとは思っていたが、実際に何もやることがなくなると居た堪れない気分になってしまうのだから、これはもうそういうものだと諦めてもらうしかない。
 広さと年期ねの割には明らかに人手の足りないこの館の、いかにも重厚な歴史と威厳の掃き溜めを思わせる無駄に立派なワイン蔵は、訪れた当日にちらりと入口から覗いただけだが‥‥うん、やりがいはありそうだ。

「‥‥老婆心ながらお止めになられた方が‥‥」

 夏でもひんやりと肌寒い空気が漂う石造りのワイン蔵を思い出しのか、老執事はどこか不安気に顔を曇らせる。
 いかにもカビと埃の温床といった風情の薄暗がりは確かにちょっと気味が悪かった。特に出入口の付近は、使われなくなった調度や行李が無造作に置かれ、ワイン蔵というよりは物置だと思ったくらいだ。

「でも、ね。せっかく美味しいワインを作って持ってきてくれたのに管理が悪くてダメにしたら悪いでしょう?」
「それは、まあ――」

 直せば使えそうな家具を物色したいなと思いつつ応えると、好々爺といった風情の――実際、真面目で良く気の付く親切な人なのだけれど――執事はますます困った顔をする。

「しかし、ですね‥‥先日も猫が入り込んだきり消えてしまったと言いますし‥‥」

■□

 街路樹の枝葉を揺らす微風にも、ようやく秋の気配が見え始めた午下がり。
 ジェレゾの《開拓者ギルド》に横付けされた3頭立ての立派な馬車から下りてきたのは、明らかに威風負けした大人しそうな青年だった。身に付けた物も洗い晒したシャツと膝当てのついた作業ズボンといった‥‥貴族の若君というよりは、職人街の見習いと評した方がしっくりくる。

「ネズミ、ですか」

 受付係の問いに、神妙な面持ちで向かい合う依頼人はこっくりと首肯した。

「‥‥はい。ちょっと育ってしまったというか‥‥小型犬くらいはあるんですが‥‥たぶん、ネズミだと思います」

 ちらっと見てすぐに逃げたので、正確なことは判らないと言うが。
 小さな犬程度のネズミとカビだか泥だか判らない気持ちの悪いモノ‥‥粘泥ではないかと思われる‥‥に、席巻されたワイン蔵を想像し、受付係は小さく身震いした。

「それはお困りでしょう」
「‥‥扉を閉めて見なかったコトにしようかとも思ったのですが‥‥さすがに、アレと同じ屋根の下で暮らすのはどんなものかと思いまして」

 折しも、葡萄の収穫月。
 あと1月もすれば、出来物の−期待が持てる−新酒が届く。折角のワインもさることながら、運び込んだ作人が猫のように行方知れずにでもなったら目も当てられない。

「それで、こちらにお願いにあがったのですが‥‥」

 大鼠に、粘泥。見た目はアレだが、慣れた開拓者には特に手こずる相手でもない。強いて挙げるとすれば、場所が地下のワイン蔵だということくらいだ。
 依頼人はあまり詳しくなさそうだが、年代物の高級ワインが所蔵されている可能性は否定できない。貴重な(?)ワインを守りつつ、アヤカシだけを取り除く。只のアヤカシ退治が、俄然盛り上がる気がするのは気のせいだろうか。
 身分の割には低姿勢な依頼人を鄭重に馬車まで見送って、席に戻った受付係はさっそく少しばかり色をつけた依頼書を告知板に貼り付けたのだった。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
桜華(ia1078
17歳・女・志
露羽(ia5413
23歳・男・シ
アイリス(ia9076
12歳・女・弓
月影 照(ib3253
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●ワイン蔵の怪談
 思わず姿勢を正したくなるような威風を纏う屋敷には、ワイン蔵が良く似合う。
 数世代に渡って増改築を繰り返した歴代の主人たちが費やした熱意と時間と金の賜物だろうか。そんな重厚な風格に反し、訪れた開拓者一行を出迎えた主は聊か場違い――明らかに貫録負けしていた。
 老齢の執事と、少しばかり薹の立った家政婦に傅かれていなければ、庭師か下働きの作男だと思っただろう。洗い晒したシャツの袖を捲り、汗ふき替わりの手拭を首から下げた姿は、先刻まで草むしりか、日曜大工でもしていたような雰囲気だ。

「お待ちしておりました。来てくださって、ありがとうございます」

 差し出された手は意外に大きく、骨ばって力強い。
 何不自由なく育った貴人というより、手技を持つ職人の手だ。厚くなった掌に残る潰れたマメの痕に、崔(ia0015)はふとそんなコトを思う。
 悪い人間ではなさそうだが、領主として戴くには少しばかり頼りない。幽かに漂う違和感に、桔梗(ia0439)と露羽(ia5413)は、そこはかとない同類の匂いを感じた。――彼がここに居る理由にも、或いは、ちょっとした曰くがあるのかもしれない。

「小型犬並みに育った鼠か、そりゃ確かにおっかねえわな」

 供された香茶をひと口。ふわりと口腔に広がった香気にちょっと顔をしかめて、崔はディミトリ・ファナリと名乗った依頼人を前に問題を再確認する。
 天儀の繁華なあたりでは、夜毎、徘徊しているらしいなんて噂も耳にするけれど‥‥

「そりゃあ、もう。‥‥あ、いえ‥わたしも動転していましたから少し大袈裟に言ってしまったかもしれませんが‥‥でも、普通の鼠には見えませんでした‥‥私を見ても、逃げずに威嚇してくるのですから」
「大鼠に粘泥まで。そんなものが蔵のどこかに隠れてると思うと、ちょっと嫌ですね‥‥」

 顔色を曇らせたディミトリの困惑を掬い取り、露羽も大きく頷く。
 折角の美味しいワインも、アヤカシと一緒に熟成されていたのでは味も価値も半減だ。これからの季節――冬の厳しいジルベリアでは尚更――食糧貯蔵庫の管理は、冬備えにおける最重要課題なのだから。

「今回は倉庫での戦闘やね〜。粘土さんと戦うんは初めてやけど大丈夫やろか?」

 転職後の記念すべき初依頼。普段より張り切る幸福 喜寿(ia0924)の思案の声に、桔梗はっと記憶を探る。以前、戦ったアレと似たようなモノであるなら、たぶん、大丈夫だ。――大理石と花崗岩をふんだんに使った重厚な屋敷の造りから察するに、ワイン蔵の方も、多少の立ち回りは許されるだろう。

「大事な新酒を運び込まなければなりませんし。早々に倒してしまいましょうか」
「新酒を運び入れる人達が危険な目にあったら大変だよね」

 にっこり笑顔で結論付けた露羽の言葉に、天河 ふしぎ(ia1037)も同意の言葉に力を込めた。
 高貴なお屋敷の古いワイン蔵にはびっくりするような貴重なワインが眠っているかもしれない。搾りたての新酒も良いが、そちらにも少し興味があったり、なかったり――

「べっ、別にワインに釣られてきたわけじゃ、無いんだからなっ!」

 周囲の視線に、慌てて否定してしまったけれど。本当は、気になるあの子とふたりでワイン・グラスを傾ける‥なんて、ロマンティックなシチュエーションにちょっぴり憧れていたりする。‥‥なんとなく気恥ずかしくて素直になれないだけで。
 その、気になるあの子はというと、

「さくっと駆除して美酒にありつくとしましょう」

 さばけていた。
 コトもなげに肩を竦めて、事実をぽん、と。

「アヤカシでなくても、鼠の類は貯蔵物の天敵ですからねー」

 真理ではある。口にしたのが、彼女‥‥月影 照(ib3253)でなければ、笑って同意できる程度の何気ない話題で済んだのだけれども。事実を包み隠さず追求する新聞記者の精神か、あるいは、元からの性格なのか。歯に衣を着せない照の小さな頭の上で、時折、ぴくりと動く耳の形は紛うことなく――小型犬より大きな鼠(‥の、神威人)。

「‥‥ナンですか、その目は‥‥」

 言ってしまってから、気が付いた。
 何となく――本当に、意図したワケではなく――そこに視線を向けてしまったのは、アイリス(ia9076)だけではない。

「耳を見るな! あたしゃ関係ないから!!」

 それは、もちろん。一般論だと理解ってはいるのだけれど。照の口から聞かされると、妙に説得力があるなぁ‥なんて、うっかり感心したワケじゃないんだからねっ。

「可愛いですぅ」

 ほわぁ、と。
 うっとり目許を綻ばせた桜華(ia1078)の無垢な笑顔に、握りしめた拳を下ろせなくなってしまったり。


●ワイン蔵に凄むモノ

 ビィ‥‥ン

 アイリスの指先が弾いた弓弦の振動が、暗がりに淀んだ静謐を幽やかに揺らす。
 漆黒の弓が紡いだ無音の漣は閉ざされた世界に広がり、闇の底よりひっそりと獲物の動向を探るアヤカシたちの気配を捕え、共振の波紋に換えて術者‥‥アイリスの知覚に伝えた。
 無造作に押し込まれた行李や調度の類を運び出したワイン蔵の出入口は、カンテラより零れる温かな光に照らされてそこだけがやわらかに暗がりを押し返している。
 揺らめく蝋燭の火は美しかったが、ワイン蔵の全てを照らし出すには少し‥‥いや、かなり心許ない。場所柄、松明の使用を懸念してこちらで使われる光源を請うた崔に貸し出されたのが、中に蝋燭を立てるタイプのこのカンテラだった。
 桔梗が確認したところ、石壁の要所に燭台を置く棚はあつらえられているものの、そこへ蝋燭なりランプを置くには件のアヤカシの潜む地下室の中へ入って行く必要がある。――光は酒の劣化を促す要因のひとつ。ワイン蔵として機能していた頃から、照明設備の方は脆弱であったようだ。
 ワインの管理程度ならランプの火で十分だったせいもあるだろうが‥‥まさかアヤカシの駆除をすることになるとは、設計者にとっても想定外だ。

「この独特の雰囲気‥‥上から粘泥が落ちてきたりとか、いやな事想像してしまいますね」
「天井の方にもいるみたいですし、注意した方がよいですよう」

 厚い石の壁に囲われたひっそりと薄暗い空間は、じっくり自己と向き合うには良さそうだけれども。見えない分、普段より想像力が働くようだ。形の良い眉を顰めて呟いた露羽の隣で、アイリスも小さな吐息を落とす。
 「鏡弦」が存在を拾い上げたアヤカシは、修羅場を潜りぬけてきた開拓者たちにとってはさほどの脅威ではなかったが。それでも、いざ対峙する時は緊張が先に立つ。
 闇の底に沈みこんで行くような薄暗い通路の先で、アヤカシもまた息を顰めて侵入者を誰何しているのかもしれない。
 つと舞い降りた沈黙を振り切るように、喜寿は明るく笑って友人に言葉を掛けた。

「桜華ちゃん、暗い中注意さねっ」
「はいです、喜寿ねぇ!」

 姉とも慕う喜寿の鼓吹に、桜華の面にぱぁっと笑みが綻ぶ。
 喜寿と一緒なら、どんなアヤカシだって怖くない。「静流」と名付けた愛刀の束に手をかけ、桜華は心を鎮めて呼吸を整えた。大好きな人と一緒なら、頑張れる。そんでもって、格好の良いところも見て欲しい。

「どんなアヤカシが来たって、正義の剣で真っ二つだっ!」

 意気込んだふしぎが意気揚々と掲げたのは、大剣「オーガスレイヤー」。
 肉厚の刀身に埋め込まれた宝珠がカンテラの光に、きらりと映える。可憐なふしぎが携えるには少しばかりアンバランスな無骨で巨大な銘剣は――

「ちょっとォォ!!? でっかいのは夢だけにしてェェェ!! その剣、仕舞えェェェ!!!」

 案の定、照から遠慮のないツッコミが飛んで来た。
 大鼠と泥粘に、オーガをも一撃で叩き伏せる破壊力は必要ない。――要求されるのは行動の制限される狭い場所で振るうのに適した持ち回しの良い得物だ。

「そっ、そんな事、ちゃんと分かってたんだからなっ、今のはただ気合い入れただけなんだぞっ!」
「夢に生きるのもいいけど、男なら時に社会の歯車になる事も大事よ!?」

 意気込みを認めて欲しかっただけなのに。
 頬を染めつつ慌てて大剣を納めるふしぎと情け容赦ない照の掛け合いに、張り詰めた緊張がふわりと弛む。――穏やかにふたりを眺める桔梗の眸には、ほんの少し憐憫の色も混ざっていたが。

「目も慣れてきましたし。行きましょうか?」

 物怖じしない侵入者たちに一旦、気配を潜めたアヤカシたちも、そろそろ動きだす頃合いだ。
 先頭に位置を取った崔が、「背拳」を使い周囲に気を張り巡らせる。――ただの埃ならともかく、頭から粘泥を被るのはさすがに御免蒙りたい。
 1列目に、崔とふしぎ。2列目に桔梗と照。3列目が、露羽とアイリス。殿に、喜寿と桜華が並ぶ。
 慎重に踏みだした歩みに呼応するかのように、取り巻く闇がじわりと縮んだ。

「来ます!」

 「超越聴覚」によって研ぎ澄まされた感覚が、乾いた石畳の床を踏む微かな足音を聞く。
 照の短い警告が意味を成す刹那、
 前方の暗がりの裡より、無数の赤い光が浮かびあがった。――赫々と燃える赤い光がアヤカシの眼だと認識した時には、大きなネズミの姿をしたアヤカシは、開拓者たちへと牙を剥く。

 ――ギィィ‥ッ!!

 鋭い威嚇と同時に身体ごと飛びかかってきた黒い塊に、崔は反射的に拳を閃かせた。
 払いのけるように振るった拳に、ぐしゃりと骨を砕き臓腑を抉る鈍い衝撃が装着した鋼拳鎧を通して伝わる。悲鳴が上がり、軽く吹っ飛ばされた大鼠は力任せに壁に叩きつけられ、黒い瘴気を散らした。
 反撃を受けることは想像していなかったのかもしれない。暗がりより驚きと怒りの声が上がる。ワイン蔵の静謐に満ちた気配が、明らかな敵意を帯びた。
 ぽぅ、と。ひとつの鞘より引き抜かれたふた振りの剣に精霊の光が宿る。「紅焔桜」を付与され淡い桜色の光に包まれた刀身はさながら咲きほころぶ桜花を纏うかのように艶やかだ。

「桜姫招来‥‥焔・桜・剣、夜桜双月斬!」

 散り乱れる燐光を纏う切っ先が真円を描いて走り、足許を駆け抜けようとした大鼠を掬い上げ、切り裂いた。転がされ、それでも動こうともがく大鼠を包む空気が俄かに変異する。
 収斂する「力の歪み」の見えざる負荷に耐えきれず瘴気に還ったアヤカシの断末魔を見届けて、集中を解いた桔梗は小さく吐息を落とした。まだ、終わりではない‥‥

「上にいますよう」

 「鏡弦」を用いてアヤカシの位置を測ったアイリスの示唆に、露羽が素早く刹手裏剣を投げる。銀色の軌道を閃かせた手裏剣は、太い梁に張り付いていたどろりとした塊に突き刺さり‥‥それは、ゆっくりと動き出した。
 ネズミとは異なり決まった形を持たぬ粘泥の動きを見上げ、喜寿はちらりと顔をしかめる。

「ちょっと気持ち悪いさね」

 喜寿の動きに合わせ、握りしめた照閃百癒の杖に取りつけられた百個の鈴が賑やかな音を響かせた。さて、陰陽師としての最初の仕事は‥‥

「鈴の音、斬撃っ!」

 音色と共に鈴より現れた式がカマイタチとなって粘泥を襲う。
 露羽の刹手裏剣と、喜寿の斬撃符と。ふたつの攻撃を立て続けに受けて、粘泥は苦悶から身を捩るようにのたうちながらずるりと取り付いた梁より滑り墜ちた。
 その瞬間を狙い定めて、鞘より放たれた桜華の「朱雛」が白銀の弧を描く。

「八の型、八重桜」

 すっぱりと両断され、粘泥は瘴気となって立ち消えた。
 鮮やかに決まった居合の技に気を良くし、喜寿からの褒め言葉も期待して残心を解いた桜華の眸に映ったのは、期待通りの喜寿の笑顔と‥‥勢い余ってすっぱりと見事な手並みで胴を切れた、ワイン樽‥‥

「‥‥え?」

 もしかして、やっちゃった?
 爽やで、どこか酸っぱい豊かなワインの芳香がゆっくりと埃っぽい地下室を満たしていく。カビ臭いワイン蔵が一瞬にしてお花畑に様変わり。

「はわっ!? ごめんなさい〜っ」

 やっぱり、私はドジでした、と。うるうる涙目で謝る桜華。
 まあ、覆水盆に還らず、やってしまったモノは不可抗力だ仕方がない。偶には、馥郁と香るワインの中でお仕事をするのも悪くはないかな。
 ただし、これ以上の被害は出すまいと、一同、改めて気を引き締めた。

 結果、
 ワインの酒精も手伝って、首尾よく‥‥気持ち良く、ワイン蔵に巣喰ったアヤカシの掃討を終えたのだった。


●葡萄月の楽しみ
 長年の放置に積もりまくった塵と埃を外に掃き出し、蜘蛛の巣も払ったら――

「これで、安心して新酒を運び込むことができます。本当にありがとうございました」

 心底、安堵した風なディミトリは、桜華の失態にも眉を潜めるコトなく笑顔で許してくれた。
 主人よりはワインに詳しそうな執事はちょっと何か言いたげだったが、特に苦言もなくやんわり大人の対応で。アヤカシに居座られるよりは、ずっとマシだと思ったのかもしれない。
 新酒の封が切られるには、まだもう少しだけ時間がかかる。
 祝勝(?)の宴に供されたのは、搾りたての葡萄ジュースと、アヤカシの魔手より解放したワイン蔵のお宝――か、どうかは、発掘者の運次第だが――数本。久しぶりの多人数に気を良くした料理長が腕を振るった甲斐あって、なかなか豪華な夕餉となった。

「アイリスはお酒は飲めないので、ジュースにするですよ〜」
「‥‥俺もジュースで」
「お酒も嗜みますが、果実のジュースも好きですよ」

 まずは、今年の出来物から。
 お酒の飲めないアイリスと桔梗のお付き合いというワケでもないのだけれど。ジュースに手を伸ばした露羽に倣い、喜寿と桜華もジュースを選んだ。

「拙者はワインを頂戴いたす」

 大人の崔としっかり掲載の許可を取り付けた照は躊躇なくワインを選び、舶来品好きのふしぎもワインを選択して乾杯。

「全ては自然の恵み‥‥感謝して頂かないといけませんね」

 笑顔で収穫への感謝を口にした露羽に目礼で同意を示し、桔梗も甘酸っぱい飲み物を味わう。しっかり甘くて、爽やかな酸味に香りが際立つ今年の葡萄は、確かに出来が良さそうだ。
 ゆっくりと楽しむ桔梗の横で、ジュースを飲み終わった喜寿はワインにも手を伸ばし、期待に満ちた視線を向ける桜華にもちょっぴりサービス。

「その、好きなんじゃないかと思って用意してきたんだ、飲みながら一緒に食べよ」

 ふしぎが照に差し出したのは、小さな穴がいくつもあいた木の実に似た香ばしい香りが特徴の硬質チーズ。――鼠が好きだと噂のアレだ。
 何か言いかけた照の言葉を遮ったのは、喜寿の悪戯(好意?)によって喜寿限定即席抱きつき魔と化した桜華の鼻にかかった甘ぁい嬌声。

「ふみゅ〜。喜寿ねぇ、だぁいすきです〜」

 ‥‥酒精の力は偉大かも。
 別にあやかりたいワケではない。ない、の‥だけれど、その素直さがちょっぴり眩しく、羨ましい。――その宴席の顛末は、何故だか皆、黙して語らず。

 運び込まれた新酒は、アヤカシが消えた居心地のよい酒蔵で静かに熟成を待っている。