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■オープニング本文 八朔の挨拶回りも無事終わり―― 容赦なく照りつける太陽と、天井知らずの気温に溶ける《開拓者ギルド》に、そこはかとない涼をもたらす遥か遠方よりのご機嫌伺い。 厳寒の雪と氷に閉ざされるジルベリアの地も、束の間の夏を謳歌している。 白雪に撒き散らされた諍乱の傷を悼む暇もないほど性急に過ぎ行く季節の中で‥‥あるいは、ようやくひと息‥‥《嵐の壁》の向こうを想う余裕ができたのかもしれない。 ジェレゾの《開拓者ギルド》を介して届けられた招待状に、異国の友の安寧を祈り言祝ぐ短い言葉と、ささやかな接待の意が綴られていた。 『――ザリガニ・パーティーを開催します――』 夏至を過ぎ、秋に向かう短い夏の最後のイベント。 ヴォルガ氏族の人々が待ちかねる季節の味、そして、この地に暮らす楽しみを‥‥2度目の冬が訪れるその前に‥‥共に分かち合いたいと願うささやかな誇りをこめて。 「‥‥川海老みたいなものでしょうか?」 受け取った手紙を片手に小首を傾げた《受付係》に、ジルベリアの飛行船乗りは「そいつぁ、羨ましい」と朗らかに笑う。 あながち揶揄でも嘘でもなさそうなその表情に、《受付係》はひとまず受理を決めたのだった。 |
■参加者一覧 / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 皇 りょう(ia1673) / ペケ(ia5365) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / からす(ia6525) / ルーティア(ia8760) / アイリス(ia9076) / 赤鈴 大左衛門(ia9854) / 晴雨萌楽(ib1999) / 蓮 神音(ib2662) / 朱鳳院 龍影(ib3148) / 月影 照(ib3253) / 月影 輝(ib3475) / 蟷螂さん(ib3942) / 日奈久(ib3962) / エリン(ib3972) / 魅上(ib3973) |
■リプレイ本文 森の深遠より吹き寄せた涼やかな揺らぎに、安堵にも似た吐息が落ちた。 夏の盛りと形容するには、幾らか涼しすぎる気もするけれど。――連日の炎天に倦んだ身体には、それすらも有難い――過日の、全てを拒絶するかのように牙を剥く凍てた白風を知る者たちは、確かに移ろう季節を垣間見る。 「前に来た時には雪ばかりでしたが、もうすっかり夏なのですよ」 空色の長い髪をふうわりと風に遊ばせて、アイリス(ia9076)は澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。厳冬期の肺腑を突き刺すような鋭さはなく、土と水、息づく緑の混じり合った森の匂いがする。それは、雪斗(ia5470)が育った故郷の森にも、どこか似て。 「いい空気だ。‥‥やはりジルベリアは過ごしやすいな」 肌にまとわりつくような重たい湿度を感じないだけでもずいぶん違う。 ジェレゾ――あるいは、神楽――あたりとは、流れる刻の速さが異なっているのではないかと錯覚しそうな長閑な風景に、天河 ふしぎ(ia1037)は唇の端に満足気な笑みを刷いた。 こうでなくては仲間を誘って足を運んだ甲斐がない。――もちろん、仲間との懇親を深めるのが目的で、「さすがは隊長☆」なんてきらきらの称賛を期待したワケではない‥‥ん、だから‥‥。 ちらりと向けた視線の先では、月影 照(ib3253)と月影 輝(ib3475)の仲良し姉妹がゆらゆら揺れる長いネズミの尻尾を絡み合わせて物珍しげに周囲を窺っている。海賊を思わせる衣装に身を包んだ朱鳳院 龍影(ib3148)もまんざらではなさそうだ。上着に収まりきらない巨大なバストが、どどんと自己主張してちょっぴり目のやり場に困ってしまうが本人はさほど気にならない様子。――深い谷間の汗を気にしなくて良いのは助かるとかなんとか。 白い季節を思い起こせば、決して「楽園」ではないのだけれど。 天儀の暑さに食傷気味の開拓者たちにとって、ここは確かに「楽園」だった。 過ごしやすい気候のせいか――あるいは、幾つもの憂いをもたらした内乱が終息し、収穫を控えた余裕が成せる技かもしれない。――出迎えたカラフォンの住人達の表情もからも不安が消えて、いつになく晴れやかだ。憂いのない笑顔につられて、赤鈴 大左衛門(ia9854)も相好を崩す。 「今日はお招きありがとうなのですよ」 オレシア・ヴォルガの姿を見つけ、ぴょこんと頭をさげたアイリスに倣い、礼儀正しく挨拶を述べた礼野 真夢紀(ia1144)はお呼ばれの手土産にと持参して来た西瓜とマクワウリを差し出した。甘くて瑞々しい夏の味覚は、食いしん坊な真夢紀お気に入りのデザートでもある。 「少ないですけど、皆さんで食べて下さい」 「まあ。却って気を使わせてしまったのかしら。お気づかい感謝します。後で皆に分けましょう。――大したおもてなしはできませんが、此度は楽しんで行ってくださいね」 ふうわりと艶やかに微笑む優しげな女性らしい物腰に、ちょっぴり故郷の家族が懐かしくなった。天儀に戻ったら、また手紙を書こう。ジルベリアの祭の様子もたくさん伝えてあげたい。 氏族の子供たちに手を引かれて案内された小さな広場は、既に街の人々の手で着々と準備が進められているようだ。 ぐるりと広場を囲むように巡らされた色とりどりの提灯、怪しげな顔の――魅上がこっそり尋ねたところ、「月」と「太陽」なのだと答えが返ってきた――描かれた丸い飾り。なによりも、広場の中央にどんと誂えられた長い机が祭の趣旨を如実に物語っている。 「ザリガニ食うのも久しぶりだなー」 楽しみだ、と。幼い頃の懐かしい味覚との再会に心を躍らせるルーティア(ia8760)の言葉に、石動 神音(ib2662)も近くの貯水池や用水路で糸を垂らした頃を思い返した。 ザリガニ自体は、天儀でもごく普通に見られる生き物で、釣って遊んだ記憶は神音だけのものではないらしい。 「昔、竹輪で捕まえたなー」 「話に聞いたことはあるケド、食べた事はナイからねェ」 神音の懐古にモユラ(ib1999)もこくりと頷いた。捕まえて遊びはしたが、食べ物だという認識はなかった気がする。――珍味かと思いきや、食材そのものは意外に身近にあるもので。 「食べた事はありませんが、凄く美味しいらしいのでワクワクしますね」 「珍しいとは言われるが料理として使う所もあったりするそうだ。海老と、そう味は変わらない」 モユラと同じく未知なる味覚との邂逅に文字通り豊かな胸躍らせるペケ(ia5365)の隣で、何事にも動じないからす(ia6525)が淡々と解説する。――どこでも生息する生き物であるにもかかわらず、天儀ではごく一部でしか食する風習がないことは、聊か不思議ではあるが。 「照は食べた事あるんだ‥‥僕も小っさな頃、田んぼの水路でザリガニ釣りをした事はあるけど」 「うす。ガキの頃、夏場によく妹を連れて里に降りては田んぼで釣りパクして食ったもんです」 「ですです。当時は、身寄りもなかったので、ザリガニには、食い繋ぐのに、よく助けられました」 ちょっぴり誇らしげに胸を張る照と、うんうんと合いの手を入れる輝。野性味溢れる苦労話をけろりと明るく披露され、天河は何とも複雑な想いを呑みこんだ。暑い午下がりの気晴らしではなく、軽く生活がかかっているような。 羨むべきか、労うべきか―― 「‥‥ふむ。言葉の響きから物凄くゴツゴツした姿を思い浮かべてしまうのだが、海老の一種であればさぞかし美味であろう」 ザリガニというからアレなのであって、エビならば――そう思って見れば、海の幸、高級食材のひとつに挙げられるあの大海老に良く似ている――と、皇 りょう(ia1673)の期待も膨らむ。 動きやすい気候の賜物。 あるいは、好奇心(童心?)に背中を押され、開拓者たちは長旅の装いを解いて寛ぐ時間もそこそこに、夏の森へと踏み込んで行ったのだった。 ◆森の恵み 「行ってらっしゃい☆」 きらきらの笑顔で輝はひらりと手を振った。 完全にお見送り態勢に入っている輝に、天河は怪訝そうに小首を傾げる。てっきり、輝も一緒にザリガニ採りに行くのだと思っていたのだけれど。 「捕るのは、姉にお任せします。――いえ、決して、面倒なワケでは、ないですよ?」 ちょっぴり視線が明後日の方向を見ているけれど。――うん、実はちょこっと、思ってるんだけど――貴い肉体労働はちゃっかり照にお任せしちゃったりしたいな〜、なんて。 「隊長殿も、わたくしのことは、気にせず、姉と仲良く‥‥」 「な、何言ってるんだよっ!」 そりゃあ、照と一緒に色んな体験をして、もっと仲良くなりたいと思ってはいるけどっ。へ、変な意味じゃないんだぞっ、隊長なんだからっ!! 無頓着な直球に、耳まで真っ赤に染め上げて、わたわたと挙動不審な天河とは対照的に、横着者の妹の言動には慣れている照はさほど気に止めた風もなく、心はザリガニ釣りに向いているようだ。 「言っときますが、ザリガニ釣るのに網やら竿やら、んな大仰なモン要りませんよ。つーかアホのする事だ」 凧糸にスルメイカ括り付けるだけ十分です。 そういえば、モユラが使ったのは竹輪だった気が‥‥ 「ヤツらは淡水育ちでイカみたいな食感が新鮮らしく、こいつにメロメロなんですよ。なもんで、多少強引に釣り上げてもテコでも離さない。――これ、ホントですよ」 格好良いところを見せたいのだけど。残念ながら、経験の差かことザリガニ捕りに関しては、照の方がひとつふたつ長じているようだ。さて、巻き返しは測れるだろうか。 清涼な空気に満たされた森の小路を少し歩いて、水場へ向かう。――因みに、ヴォルガ氏族のザリガニ漁は、夜の間に魚の切り身を入れた仕掛けの駕籠を沈め、明け方に引き上げる。釣り上げる醍醐味は薄いが、効率は良さそうだ。 「釣りは焦らずゆっくりとが基本。‥‥とはいえ、ザリガニは食欲旺盛だからな。すぐに引っ掛かるだろう」 スルメの代わりにカエルの足を括りつけた赤鈴に、からすがザリガニ釣りのコツを伝授する。 紐を括りつけた餌をゆっくりと水中に落とし‥‥ザリガニが飛びつく手応えがあったら、ゆっくり静かに引き上げて‥‥ 「おお、釣れただス! こりゃ面白れェだスな。どんどん行くだスよ!!」 俗に言う「入れ食い状態」に俄然やる気になった赤鈴より少し離れた場所で、じっと水面から覗きこんでいた龍影は、おもむろに水中に手を突っこむ。澄んだ水が巻きあがった泥で濁るのも構わずしばらく水中を探り、うむと小さく頷いて引き上げた手には大きなザリガニが握られていた。 「‥‥つ、掴みどり‥‥」 こちらも、豪快。 豪快だが、ちょっと真似はできない。結構大きいんだけど、あのハサミ―― 「わ、私もお手伝いします!」 次々に釣り上げられる立派なザリガニに気を良くし、ペケも参戦を宣言する。こちらから見ている限り、魚を捕まえるよりはずっと簡単そうだ。 「皆で美味しく楽しく食べられるようい〜っぱい頑張ちゃいますよ♪ 大丈夫、私だっていつもドジるワケじゃないですから」 意気杳々と立ちあがったその途端、 どういう仕組かするすると解けた褌に踏みだした足が絡まって‥‥ 「あ〜〜〜れ〜〜〜っ?!」 盛大に上がった悲鳴と水飛沫。 そして―― 「ひゃぁぁ、冷たぁい。‥‥て、私は餌じゃないですってばぁ〜〜〜」 食欲旺盛なザリガニたちは、ペケの白い褌を餌だと勘違いしたのかもしれない。ザリガニにまみれたペケの姿に、赤面した者、絶句した者、見なかったフリをした者――僥倖に感謝しつつ、じっくりしっかり観賞した者もいたかもしれない――森は束の間いつもとは少し異なる喧騒に包まれた。 「――異常は?」 「今のところは、大丈夫そうだね」 水場から少し離れた場所で、皇と雪斗は言葉を交わす。 直接の脅威となるような大物こそ駆逐されたとはいえ、小さなアヤカシはゼロにはならない。少しでも危険を取り除ければと、時間を割いての見回り中だ。 木々の間を縫って降り注ぐ木洩れ陽と、水のせせらぎ。何やら賑やかな仲間の声が遠くに聞こえ‥‥アヤカシへの警戒さえなければそれなりに楽しい散策なのだけれども。 ザリガニ捕りに飽いたモユラも、氏族の者たちへのお土産になりそうな小さな獣を探し始める。 「ん〜、ジルベリアの森も、落ち着いててイイ感じだネ♪」 大好きな山歩きが異国の地でも堪能できて、ご機嫌なモユラだった。――天儀では冬場にしか見られない渡り鳥が、こちらでは夏の景色の中にいるのが物珍しい。 ウサギやシカなど、獣の影が多いのも森が豊かな証しだろう。 「あちらに、黒苺が熟れていた。摘んで帰れば喜んでもらえるのではないか?」 「探せば、ブルーベリーやコケモモも見つけられるかもしれない」 夏の森が人に与えてくれるのは、ザリガニばかりではないらしい。 たっぷり午後の時間を使って、雪斗と皇はザリガニの代わりに甘酸っぱい小さな果実でバケツをいっぱいにして持ち帰ったのだった。 ◆只今、調理中☆ 淡水に棲む食材の難点は、何といっても泥臭さ。 うっかりすると犬も喰わない惨々たる出来上がりが待っているので要注意。 寄生虫など衛生上の観点からも生食の禁止を呼び掛けたのは巴 渓(ia1334)。――幸いというべきか、魚介を生で食べるのは天儀でもごく限られた地域の食文化である為、今回はさほど神経を尖らせる必要はなさそうだ。 半日ほど、綺麗な水に浸けて泥抜きをしたザリガニを丁寧に洗い、塩とたっぷりの香草ディルで茹で上げ、さらに茹で汁ごとじっくり冷やすのが一般的なジルベリア流。少し癖のあるチーズと、ヴォトカに良く似た地酒で乾杯――ザリガニ1匹につきグラス1杯が基本だとか――恐ろしい噂に蒼ざめたのはお酒には滅法弱い皇で、喜んだのはこう見えて呑ん兵衛なモユラ。 ルーティアの生まれ故郷では、茹でる前に皮を剥いて香草を擦り込んだ後ヴォトカに漬ける。野菜と一緒に茹でるのも彼女の部族独特だ。 「やたら手間かかる上に食べられる所少ないから、今じゃ食べる習慣あんまり無いらしいけど、食ってみるとうまいんだぞ」 面倒だが時々無性に食べたくなるくらいには、癖になる。滅多に食べられないものだから。いざ、食卓に上る時にはお祭騒ぎになるのかも。 もちろん、それは美味しくいただくとして。 せっかくの珍しい食材なのだからいろいろ試してみたい者もいる。――味が海老に似ているというのなら、やっぱりアレは食べてみたい。 「調理法は〜、素人ができる物では大きく分けて《塩焼き》《塩ゆで》《てんぷら》《味噌汁》の4つに分かれてます〜。けどせっかくですから、手が込んだのをお作りしますよぉ〜」 割烹着に三角巾までガッチリ装備で、いそいそと厨房に立ったエリン(ib3972)。その傍らには朝から市場を回って仕入れてきたと野菜が下拵えもばっちり完了して出番を待っていた。普段と変わらぬ物静かな外見からは判りにくいが、美味しいモノを食べてもらおうと張り切っている。 「泥吐かせて〜、腸抜きして〜、ちゃちゃっとほかの貝類と炒めて〜、ご飯と一緒にして〜、上からチーズをパラパラっと〜、ハーブも少し乗せて〜、あとは焦げ目がつく程度に焼けば‥‥‥はい、美味しくできあがりですよ〜」 メインディッシュにサイドディッシュ、スープもつけて。甲斐甲斐しく立ち働いて、ザリガニ料理を量産している。どれもなかなか美味しそうだ。 渓と真夢紀は、揚げ物にも挑戦。 真夢紀はむき身に小麦粉と卵で衣をつけた定番の天麩羅。渓は茹でた身を素揚げして、付け合わせには同じく揚げたジャガイモ‥‥お手製のソースをディップに仕立てて添えた。 天麩羅の方は、からす推薦の塩味で。岩塩と抹茶塩を用意する。好みで天つゆ、檸檬を絞っても美味しいような気もするが、残念ながら南国の果物は、この地ではなかなか手に入らないとのこと。 「神音は前にじるべりあの人に聞いたアレを作ってみよーかな? たぶんざりがにでも出来ると思うんだ!」 ザリガニが海老と似たものであると言うのなら。 上手くできたらセンセーにも作ってあげよう。或いは、惚れ直してくれるかも? 淡い想いと野望を心に秘めて、神音も神妙な顔つきで竈の前に立つ。 バターに、ワインに、生クリームに香味野菜。天儀では手に入りにくい食材も、ジルベリアなら市場で売っている不思議。真夢紀と共に、賑わう市を存分に堪能してしきた。天儀の市と似ているようでやはり少し趣が異なる気がするのは、文化の違いというものだろうか。――手間と暇、そして愛情(予行演習)をたっぷりかけて出来上がった色鮮やかなソースは、味も香りもなかなかの出来栄えで。 「よし。こっちももうすぐ完成だ」 石窯の中を覗きこみ焼き上がりの色を確認し、渓は満足気に眸を細めた。 煮炊きの出来る大きな窯は、使い勝手が良い。当然ながら暖炉としての機能もあって、冬の厳しい地方の家は厨房がやけに充実している。 塩茹でした身をほぐし、ワイン酢で味をつけたタレで和えた夏野菜の鉢。食感のアクセントに木の実を砕いて振りかけた。小麦粉を練った土台にザリガニとチーズ、夏野菜とバジルを乗せた焼き物も窯の中で良い感じに仕上がっている。 あとは―― 「盛り付けが終わった皿から広場に運べばいいんだな。‥‥手は多い方がいいだろう?」 茹でて冷やしたザリガニを赤い小山のように盛られた大皿を軽々と取り上げて、雪斗が給仕を買って出た。 モユラが特技を活かして獲ってきたウサギは丁寧に皮を剥ぎ、塩を振ったら串に刺して火の側へ。予定外の御馳走に、子供たちは嬉しげだ。 天儀よりずっと緩やかに傾く太陽をうかがいつつ、提灯に火を燈したら―― 乾杯の音頭と共に、いよいよお待ちかねの宴会が始まる。 ◆ザリガニ☆パーティー 広場に設けられた大きなテーブルを飾るのは―― 大皿にてんこ盛りに積み上げられた真っ赤なザリガニ。 色とりどりの提灯が投げかける多彩な光に照らされて、御伽噺のような雰囲気をつくりあげていた。 チーズに酒壜、ケーキやパイと一緒に開拓者たちが腕によりをかけた料理も並び、夏の夜をいっそう賑やかに演出している。 「いただきまーすっ!!!」 ぱんっ、と。元気を良く手を合わせ、早速、盛られたザリガニに手を伸ばすルーティア。殻を剥き終わるのももどかしく、豪快に齧り付く。爽やかなディルの香とザリガニの旨味が口いっぱいに広がった。 「――ん、美味いっ!!」 満足気に息を吐き、次々と皿に手を伸ばす者の隣で、初めての料理に困惑する者もいる。 お呼ばれ時のテーブル・マナーに於ける海老・蟹料理の難易度は高い。――原因は言うまでもなく、茹でられて尚、全身を鎧う硬い殻。 「難しいのですよ。どうやったら綺麗に食べられるでしょうか」 立派な殻につつまれた茹でザリガニを前に、アイリスは頭を抱えた。 海老と同じく調理する時は殻つきの方が味が逃げ出さずに美味しく出来上げるのだが、食べる時はその殻を剥くのが大変だったり。 でも、大丈夫。 「ザリガニは手づかみで食べて良いのですよ」 その上、殻に溜まった汁を音を立てて啜ることも許されている。 ヴォルガ氏族の伝統では、手づかみで食べることを許されているのは、このザリガニと新年に食べるお菓子だけだけなのだとか。皆が楽しみにしている要因はこのあたりにもあるのだろうか。 どうりで、妙に野趣溢れる食べ方をする者が多いワケだ。旨そうに酒を呑み、次々にザリガニを平らげて行く若者たちを見回して、からすは小さく吐息を落とす。 酒に強い者が多いのは寒い地方に住まう者のお約束なのか、からすの立てる茶は、専ら乾杯から逃げ回る皇によって消費されていた。こちらの酒は小さなグラスで乾杯と共に一気飲み。何かにつけて乾杯したがるのだから、性質が悪い。 「いや。ですから、私は‥‥酒はちょっと‥‥平にご勘弁を‥‥」 強い酒から馥郁と薫る酒精だけでも目が回りそうなのに。小柄な外見に似合わず平気な顔で、こちらの伝統に従いザリガニと酒を交互に平らげるモユラが少しばかり恨めしかったり。 「‥‥見た目はアレだけど、結構、美味しいネ!」 「皆、旨ひれすね〜。幸せでしゅり」 口いっぱいに頬張った料理をもふもふと堪能するペケ。――さすがに頬張ったまま喋るのは解禁になっていないはずだが、今夜ばかりはお行儀について口うるさく言う者もいない。 「郷に入らば郷に従えっつぅだスからなァ」 赤鈴は、氏族の若者を真似て豪快に裂いたザリガニに被り付く。初めのうちこそディルの爽やかな香りが鼻について気になるが、そのうちに慣れて気にならなくなった。 魚の香草(ハーブ)と呼ばれる所以か、気になるどころかなんだか癖になりそうだ。取り憑かれたように次から次へと手を伸ばし、積み上げられる殻の山がどんどん高くなっていく。 「海老と比べると大味な気がするけど、美味しいね。料理も色んな種類あるんだ‥‥あ、ちょっと照! 僕の取っちゃ駄目なんだからなっ!」 丁寧に殻を剥いたザリガニをひと口齧り、初めての味の余韻をゆっくり楽しむ‥‥そんな天河のゆとりを吹き飛ばし、照と輝はルーティアと張り合って猛然とザリガニ料理に胃袋に収めて行く。種族特有の小さな身体の何処にそれだけの量が入るのかという勢いだ。 「そう焦らずとも、料理はまだまだ十分残っておるのじゃ」 「まあ。これだけ美味しそうに食べて貰えれば、ザリガニもきっと幸せだろうね」 少しばかり呆れた風に子ねずみ姉妹を眺める龍影に、雪斗もグラスの酒を傾けながらちらりと笑う。賑やか過ぎる場所は苦手だが、偶にはこんな風に盛り上がるのも悪くない。 涼やかな夜風に過ぎようとする夏の気配を感じ、雪斗は暗い空を見上げた。あと、2カ月もすれば、また、あの白い季節が巡り来る。これは、束の間の夏を存分に楽しむ夏の終わりのお祭なのだ。 思う存分、食べて、呑んで、騒いで―― 少しばかりいつもより皮の突っ張ったお腹が満足したところで、アイリスは愛用の横笛を取り出した。 流れ始めた軽やかな旋律に、一段と夜が華やぐ――手を叩いて囃す者、歌い出す者、踊り出す者――楽しい夕べは、気の早い夏の太陽が曙光を投げるその時刻まで。 そして、テーブルの大皿に山と盛られた数々のザリガニ料理は、開拓者たちの夏の思い出となった。 |