音を聴かせて
マスター名:津田茜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/15 00:13



■オープニング本文

 はい、おみやげ、と。笑顔で差し出された物体に、晴香は小首をかしげた。
 それは片側の先端が朝顔型に広がった細長い筒のようなもので、心持ち湾曲している。竹か木でできた胴の部分には綺麗な色が塗られ、よくよく検分するとなにやら銘とおぼしき幾何学模様の刻印も刻まれていた。――晴香にはてんで覚えのない模様であったのだけれども。

「なあに、これ?」

 かわいらしく小首を傾げた晴香に、訪れた客は得たりとばかりに相好を崩す。茶店の看板娘の思案顔が見たくて、こうして出向いてきたのだから。
 今回の目論見は、どうやら成功したようだ。

「さあ? なんでも《開拓者ぎるど》で配られた記念品らしい」
「らしいって、琥太郎さんがもらったんじゃないの?」

 問いたげな視線を向けられ、ギルドの近くで小料理を営む男は明後日の方向へ視線を彷徨わせつつぽりぽりと指の先で鼻の頭をかく。

「ごひいきの客からもらったんだよ。――今度、御前試合の観戦に行くって言ったら、これを使ってご贔屓を応援すると良いとかなんとか」
「応援って‥‥こんなもので、どうやってするの?」

 細長い木製の筒を不思議そうにためすつがめつする晴香に、琥太郎は肩を落として小さく吐息を落とした。どうやら、彼にもよく判らないらしい。

「大きな音を出す笛だというのだが――」
「‥‥笛、ねぇ」

 そういえば、ここ数日、大通りの辺りがなにやら賑やかな気がするが。
 賑やかというよりは、「ブー」「ビー」と耳慣れない――ついでに、どちらかというと多少、耳障りな――大音量が天に向かって響いているような。

「へえ、これがそうなの」
「それが‥‥」

 鳴らないのだ、と。
 珍しいモノを見る目で感心した風に異郷の楽器を眺める晴香に、琥太郎は少し途方に暮れた顔で首を振った。これは珍しいモノを譲ってもらったと、意気杳々と吹いて見たところ、筒を通して空気が抜けるばかりで、世間を賑やかすあの音は少しも聞こえないという。

「鳴らないって、壊れてるの?」
「いや、壊れているワケではないというのだけど」

 念の為、店を訪れた他の開拓者にも自分の配布分と比べてもらったところ、おかしなところはない。
 木を刳り貫いて筒状にしただけのものだから、割れたり、ヒビが入ったりしていない限りは‥‥まあ、不良品ということにはならないようで。

「せっかくのご厚意を悪く思いたくないのだが‥‥」

 ひょっとすると、たばかられたのだろうか。
 悄然と肩を落とした琥太郎に、晴香もつられて思わず吐息する。――折角の御前試合、白熱した試合をいっそう盛り上げる為にも、観客だって景気良く応援したい。
 肩すかしの空気音だけでは、せっかくの名勝負も湿気ってしまう。

「いいわ。明日、ギルドに訊いてくるから」

 そう胸を張った茶店の看板娘に、ありがたいと両手を合わせたのは琥太郎だけではなかったとかなんとか。
 想定外の‥‥そして、意外に多い問い合わせに、やはり鳴らない【ブブゼラ】を秘かに持て余していた受付係は、さもありなんとこっそり頷いたのだった。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
セリエ(ib3082
17歳・女・シ
里見・八房(ib3239
16歳・女・志
水野 清華(ib3296
13歳・女・魔


■リプレイ本文

●水モノだもの
 気が付けば荷物に紛れ込んでいたアヤシイ鳴り物。
 確かに−人によっては―音も出せるようだけれども、果たしてこれを楽器とひと括るには少しばかり抵抗があったりなかったり‥‥

「ブブゼラはジルベリアのラッパと同じ原理の楽器で、天儀では法螺貝も仲間だよ」

 集まった受講希望者たちを前に、楽器にはいくらか造詣の深い琉宇(ib1119)が判りやすく解説する。
 法螺貝っぽいと見当をつけて臨んだ里見・八房(ib3239)の直感はなんと大当たり。唇を当てて息を吹き込む‥‥いわゆる、ナチュラルホーンと呼ばれるタイプの楽器だ。
 構造は単純、そして、びっくりするほど大きな音が出るのが特徴。慣れてしまえば誰にも簡単に吹き鳴らせる楽器だが、初心者に必ず音が出せるワケではない。口の当て方や息の吹き方には、それなりにコツというか技術が要る。

「――だからラッパや法螺貝が吹けるなら、ブブゼラも吹けるんだ」
「要するに、笛でしょ? ベルゼブブだか何だか知らないケド、開拓者雇ってまで吹くモンなワケ‥‥?」

 少しばかり呆れた風に肩をすくめた鴇ノ宮 風葉(ia0799)の歯に衣着せぬ物言いに、ふたりの依頼人は困った風に顔を見合わせた。風葉が振り回す色鮮やかな【ブブゼラ】からは、彼女が息を吹き込む度に「ブォー」と威勢の良い音が飛び出す。
 器用さが幸いしたのか独身者の有り余る優雅な時間と人生経験(?)がキメテになったのかはとりあえずおいといて、設楽 万理(ia5443)も吹けば音が出たクチだ。

「いやいや。こんな簡単そーなのも吹けないとか、ちょっと自分に自信を喪失してしまうところだったでありますよ」

 モノが単純なだけに、依頼者同様さっぱり音の出せなかったセリエ(ib3082)にとっては開拓者の沽券にも関わる大問題。そのまま忘れていようかと思案していたところへ渡りに船の依頼だったり。

「都の流行りモンをタダで貰えただけでねくて吹き方まで教えて貰えるたァ、まっこと有難ェ事だス」

 鳴らせないのは自分だけではなかったと安堵しつつ。アフターフォローの良さに感心しきりの赤鈴 大左衛門(ia9854)に拝み倒され、ギルドの受付は居心地悪げに視線を彷徨わせる。
 ほんの一時、熱病のように都全体に広まって、遠からず綺麗さっぱり忘れ去られるだろうその前に。盛大に吹き鳴らした思い出を餞にするのも一興だとかなんとか。――通りを賑わす人々を横目に自分も力いっぱい吹き鳴らしてみたかったとは、今更、言えない。

「ブブゼラ吹きならば、ワシに任せろー!」

 八房が誇らしげに空に響かせる虫の羽音にも似た独特の音に、ちょっぴり眉をしかめた和紗・彼方(ia9767)は圧倒されている様子の依頼人に元気いっぱいの笑顔を向けた。

「晴香ちゃん、琥太郎くん、よろしくね!」

 ひまわりのような明るい笑顔に、晴香と琥太郎もようやくつられて笑顔を見せる。緊張気味の依頼人を励まそうと水野 清華(ib3296)も、抱きしめていた【ブブゼラ】をそっと差し出した。

「私もこの楽器よく分からないんだー‥‥吹けるようになるといーね?」
「うん、ボクも初めてだから。大丈夫、一緒にがんばろーね。」

 別に、吹けなくても全然困らないのだけれど、
 乗ろうとして乗れないのは、やっぱりどこか淋しいのが流行と言うモノ――


●騒音注意!
 元々、音階もない簡単な楽器なのだからまずは習うより、慣れろ。
 身体で覚えるのがイチバンだという万里からの最初のアドバイスは、思いっきり音を立ててもご近所迷惑にならない広い場所で練習すること。

「手慰みで適当に吹いてたら、ご近所さんには『うるさい!!』って怒られてしまったのよね」

 ほろ苦い自身の体験に基づいての適切な助言だ。
 実際、【人に向かって吹いてはいけません】なんて取説がついていたりする。納得の大音量、ひとりふたりならともかく、街中で何人もの人間が吹き鳴らしていたら、怒鳴りこまれても文句は言えない。

「『何、この虫の飛んでるような音ー』って、びっくりしたよ、ほんと。どう聞いても虫の羽音にしか聞こえなくて、耳に残るよねぇ、あの音」
「これを一斉に吹かれてる中で御前試合するワケ‥‥何か、術の詠唱とか間違えそう‥‥」

 あーそういえば、と。頷く彼方の隣でいささか呆れ顔の風葉。彼方にとっても、あまり好ましい音ではなかったり。
 彼方だけでなくきっと不快だと思う人の方が多いだろう。流行もそろそろ下火になっているらしい−セリエ調べ−今、これまで黙って耐えていた人々の我慢もそろそろ限界かもしれない。
 音を立てる時は、防音‥‥もしくは、他の人の迷惑にならないところで‥‥これは、【ブブゼラ】に限らず、楽器を練習する時に於ける基本のお約束。看板に王朝の威光を掲げる《ギルド》だって、円滑なご近所付き合いは大切なのだ。
 と、言う訳で。街中より場所を変え、細長く意外に嵩張る楽器を抱え青々と夏草の広がる神楽の郊外へと移動する。人気もなくていつもはちょっとうらぶれた寂しい場所だが、追い剥ぎ、ケモノ、アヤカシだって開拓者が一緒なら大丈夫。


●音を聞かせて
 視界いっぱいに広がる草原で、思う儘、【ブブゼラ】を吹き鳴らす――
 大気をたわめるような騒音を聞かされる方はともかく、音を出す方は案外、すっきりするかもしれない。

「まずは、ワシのブブゼラ演奏を聴けぇーっ!」

 ブオォ―――
 胸郭にめいっぱい息を吸い込んだ八房の【ブブゼラ】が発する景気の良い大音量に、晴香、琥太郎だけでなく、彼方、清華も目を丸くする。

「うわあ、すごーい!!」
「ええええ、どうやってるんですか?!」
「どうって‥‥」

 こんなの簡単じゃない、と。みんなして眸をきらきらさせた手放しの称賛に、風葉は少し怒った風に唇を尖らせる。
 実の処、音が出る時と出ない時。その違いは、風葉にもよく理解出来ていないのだから。

「とりあえず、勢いで吹けば良いんじゃよ! でっけぇ音を出して他の応援に負けぬようにのぅ!」

 基本は、隣の人より大きな音で。
 赤鈴もぽかんと口を開いて、己が持参した【ブブゼラ】と見比べる。どうしても、楽器と同じものだとは思えない。
 赤鈴とて実際に手に取り吹いて見るまでは、大きな身体に見合った肺活量を誇る自分にぴったりの楽器だと秘かに自負していたのだった。

「ぶぉ――って、げほっぐはぁっ! い、いかん、力み過ぎたわい‥‥!」

 風葉の頬の膨らみくらいとか、力を入れ過ぎて噎せている八房を見ていれば、その自負はたぶん間違っていない気がする。
 では、何がどう違うのか?

「まだ息が足りねェンだスかなァ?」
「や、しかしこれ以上は‥‥結構疲れるんでありますよ‥‥」

 はあ、と。盛大に吐息を落とした赤鈴の隣で同じように顔を真っ赤に染めて息を吹き込むセリエの、姿に琉宇がくすりと笑い、指の先で指示した自分の唇を尖らせた。

「まずは、みんな、唇でブーってやってみてね」
「‥‥えっと‥‥こう?」

 好奇心旺盛な彼方が、まず琉宇を真似て唇を尖らせ。晴香と琥太郎もそれに倣う。
 普段はあまりお行儀のよいとは言えない仕草に戸惑いつつ、おずおずと唇を震わせた清華の隣で、講師役の風葉も何故か混ざって唇を尖らせている。

「細く強く長く息を吐く‥‥んじゃないの?」
「祭囃子ン時の笛たァ全然違うだスなァ」

 天儀でお馴染の横笛とは少しばかり勝手の異なる吹き様に首を傾げる彼方に、赤鈴も戸惑い気味に相槌を打つ。先入観というか、身に付いた癖というのはなかなか抜けないものだ。

「尺八やジルベリアのフルートは唇と楽器の歌口の間で音を作るんだ。ラッパ系の楽器で唇を酷使すると、こういう楽器は吹きづらくなっちゃうよ。だから、尺八奏者さんはあまりブブゼラは吹かないほうがいいかもしれないね」
「はァ、そったらもんだスか」

 琉宇の解説に、赤鈴は感心したふうに小さな講師と【ブブゼラ】を見比べる。

「そうそう、唇を震わせるカンジで息を吹き込めばいいわ」

 神妙な面持ちで「ぶーいんぐ」に取りこむ面々を見回して、万理も自分なりに掴んだコツを言葉に置き換えて説明を試みた。感覚として体得したものを説明するのはいつだって難しい。
 そうやって唇で震わせた空気を、【ブブゼラ】の長い管を通して共鳴させる。
 最初は上手く行かずにやはり「ふー」とか「しゅー」とか抜けていた音が、少しづつ管の中で吃まるようになり――

 ‥‥ブッ!
 ―――ブブッ!!

 ぼつぽつと、それらしい音が聞こえ始める。

「あっ!!!」
「鳴った! 鳴ったよね、今!?」
「‥‥おお。鳴った、鳴っただス! いやァ、ありがとさんだス!」

 短く、途切れるような音ではあったが、清華と彼方は顔を見合わせて笑みを浮かべた。大きな手でバシバシと遠慮なく背中を叩かれ、琉宇が咳き込む。
 晴香と琥太郎の【ブブゼラ】からもようやく音が鳴り出して、俄然やる気が湧いてくる。あとは、長く音を響かせられるよう練習あるのみだ。――ここからは、赤鈴の目算どおり、肺活量の勝負かもしれない。
 万里、風葉の助言を受けて、各自で練習を始めた初心者たちを眺めて、ただひとりセリエは背中にイヤな汗をかく。

「‥‥うう、なかなか難しーモノでありますね‥‥」

 吹けるようになるまで頑張りたい!
 頑張りたいのだけれど‥‥なんだかお腹が空いて来たような‥‥
 ちょっぴりヘタリかけたセリエに、さりげなく差し出されたもの。「氷霊結」で冷やされたお茶は、力んで火照った身体に一服の涼を齎した。他愛のないことではあるが一生懸命頑張る皆の姿に、なんとなく応援してあげたくなったのだという風葉からの不器用な友好表現だったりする。

「音程が変えられないと言われているけれど、もっと唇を閉めて、強く吹くと、オクターブ上の音も出せるんだよ。結構きつい音だけれどもね。出そうと思えばもう少し高い音も出るんじゃないかな。試してみるね、せーのっ」

 ヴォ―――ッ!!!

 琉宇の【ブブゼラ】から発生したなんとも形容しがたい音が広い野原に響き渡った。
 さすがに吹いた本人も笑うしかないような音だが、いつもの音とは確かに違う。ラッパの仲間なら、「ミュート」を掛けることでまた違う音響効果も得られそうだ。――音楽と呼べるものが出来上がるかは、微妙だが。

「よーし、そンだらこのまま御前試合まで繰り出して、皆してコイツ吹いて応援するだスよ!!」

 すっかり興の乗った赤鈴の提案と意気投合して「おー」と応えた琥太郎に、万里は思わず苦笑する。
 出場者の1人として言わせてもらえるなら、こんなもので盛大に応援されたら、正直、うるさくて試合に集中出来なくなりそうだ。

「‥‥どこぞの才能のある音楽家でも三味線と組み合わせて有効利用できる方法を考えてくれないかしら」

 万理の呟きに、御前試合には何度か出場経験のある彼方も同意する。
 大きな音を出すのは楽しいし、こういうことは遠慮なく楽しんだ者の勝ちだ。――もちろん、周囲への気遣いも大切ではあるけれど。

「‥‥やっぱり何事もほどほどが一番じゃな、うむ」

 明るいお日様の下で、目いっぱい音を出して楽しんで。
 十分、満足して思い出も出来たから‥‥きっとそのうち、この昂揚も醒めるに違いない。
 長い月日が経って、いつか倉庫の奥で静かに眠る埃を被った【ブブゼラ】を前にして、「そんなこともあったね」と思い出して笑いあう。
 その日の為に、今をしっかり楽しまないと――