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■オープニング本文 ●承前 大帝の威光をもってもしても恣にはできぬ厳冬と、不満を抱く《まつろわぬ民》が多く住む辺境の利。 いくつかの天運が反乱軍の背中を押した。 たかだか落人の反乱だと思われていた辺境の事変が、ジルベリア全土を揺るがせたのは――既に、国内にとどまらず《嵐の壁》を越えて異国にまで知られるところとなってしまったが――やはり、伝説とも呼ばれる巨神機の存在に依るところが大きい。 駆鎧の技術に於いては世界最高を自負するジェレゾの工房。そこで昼夜を惜しんで腕を磨く技師たちにとっても、それはひとかたならぬ衝撃だった。出し抜かれた、と。歯ぎしりした者も少なくない。 とはいえ、そこは主知と合理を旨とする技術畑に生きる人々。ひとしきりの驚愕が収まると、興味の対象は‥‥ いったい誰が、何処から持ち出したのか。 から、始まって。装甲の下、内部の仔細は、どうなっているのか――是非とも解体して、螺子の1本、発條のひとつに至るまで、徹底的に調べ尽くしたい――そこへ、行きつく。大帝と事態の収拾を任された辺境伯へ、ジェレゾの《工房ギルド》の総意を持って彼の巨神機の鹵獲を陳情しようかという動きまであるとかないとか。 ●職長の憂鬱 風が吹けば桶屋が儲かる。 戦さが始まれば、市場が活気づくのは世の習い。 戦さの気運の高まりと共にジェレゾの工房街は、俄かに喧騒に包まれた。駆鎧はもちろんのこと、馬具や長靴の鋲など多岐にわたる物資への需要が上がり、平素は油臭いと近寄りもしないお大尽までがわざわざ足を運んでくる。――その理不尽で我儘な要求に神経をすり減らしつつも、温めていた装備や機能の開発に拍車を掛ける好機の到来に胸を躍らせてしまうのが技術者の性というもの。うっかりすると現実から遠ざかってしまうことも‥‥良くある話で。 「シスカはどうしたっ?!」 職人街の一郭、 帝国直轄を冠するアーマー制作工房の第3作業場で、職長ユーリィ・シゥループは気焔をあげた。 広いはずの作業場が思いがけず手狭に見えるのは、整備途中の駆鎧が3機ばかり。解体半ばで放り出されているからだろう。――装甲を外され無防備に複雑な内部を露呈した駆鎧と、一見、乱雑に放り出された部品の数々。なかなかにシュールな光景だ。 その中央で咆哮をあげるユーリィも、服は油塗れのヨレヨレ、櫛を入れずにぼさぼさのままの髪に不精髭。目の下にはどす黒い隈がくっきりと浮いた、明らかに徹夜明け‥‥連日の泊まり込みと寝食を削ったオーバーワークで失神寸前である。 ユーリィとは対照的に小奇麗な衣服に身を包み朝のメイクもばっちり決めた若い秘書は、その剣幕に少し鼻白んだ風に唇を尖らせた。酒場やお稽古事の教室などであれば可愛らしく見えるだろうが、場にそぐわないことこの上ない。 「えぇ〜。 わたしぃ、ちぁゃんとぉ説明しましたよぉ。職長ったらぁ、ちぃっとも人の話を聞かないんだからぁ。もう、ぷんぷんですぅ」 甘ったるく鼻に掛ったゆるい口調に、頭のネジを締め直してやりたい衝動をかろうじて呑み込み、ユーリィは額に手を当てる。確かに何か言われたような気もするが‥‥と、いうか、昨日、今日の話ではななかったような‥‥認めるのは悔しいが、仕事に夢中になると周囲が見えなくなるのは、彼の悪い癖だ。 「やっぱりぃ伝説の巨神機とかぁオリジナル・アーマーはぁ自分の目で見て確かめないとぉ気が済まないのねぇ。飛び出して行っちゃったって言うかぁ――あ、休暇届はぁ受理してまぁす」 「‥‥なん、と‥っ」 ぴらり、と。つきつけられた羊皮紙には、ティル=レウ・シスカの走り書きとユーリィのサイン。どちらも大胆な殴り書きの上、油染みまでついている。ユーリィは思わず頭を抱えた。 「何故、止めんのだ‥‥」 「あれはぁ止められないですぅ。だってぇ、もう恋しちゃってますものぉ」 「‥‥なっ、‥‥は? こ、こいっ?!」 オリジナル・アーマーに? いや、シスカならアリかもしれない。見た目こそちょっとばかり艶めいた美人だが、中身は三度の飯より機械いじりが好きという変わり者――ユーリィとて、あまり他人のコトは言えないが――しかも、頭でっかちの理論の追求だけでなく、根性も行動力も兼ね備えたいっぱしの技術者である。 「連れ戻せ、今すぐに!!!」 《開拓者ギルド》に依頼をと言いかけて、彼はふと口を噤んだ。 至近でオリジナル・アーマーを見たいのならば――シスカのことだ、あわよくば分解をも目論んでいるに違いない。――反乱軍にもぐりこむのが1番である。いかに強大なアーマーを所持しているとはいっても、反乱軍が人員不足であることは明らかで。シスカの腕をもってすれば、いちもにもなく迎えられるに違いない。 皇帝の膝下にあるアーマー工房の技術者が反乱軍に加担しているなんてことが、あの大帝の耳に入ったら‥‥過労でも寝不足でもなく、眩暈がした。 至急に。そして、極秘に処理しなければ。 かくして、依頼はジノヴィ・ヤシンの頭を飛び越え、天儀の《開拓者》に託されたのだった。 |
■参加者一覧
氷(ia1083)
29歳・男・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
こうき(ib0616)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 視線が痛い。 大蔵南洋(ia1246)は、心許なく身じろいだ。 ぱちぱちと小気味よい音を立てて熾る暖炉に暖められた部屋は暖かく――洟まで凍て付きそうな外の冷気が嘘のようだ――供されたお茶もお菓子も、文句なく美味しいのに。 何処からか漂う油の匂いを気にしなければ、部屋はそれなりに居心地の良い空間で。ちらり、と上座に掲げられた肖像画に視線を走らせ、大蔵はごく小さな息を吐いた。‥‥人相について他人をあれこれ評せる立場にないことは、それなりに自覚があるのだけれど。 目力も威厳のひとつなのだと解釈すれば、きっと大物なのだろう。――少なくとも、画家が感じたプレッシャーは相当なものであったはずだ――どこか居心地が悪そうに紅茶を飲む星風 珠光(ia2391)と、大柄な体躯を神妙に縮めている赤鈴 大左衛門(ia9854)の様子からも、その推測は間違っていないと頷いた大蔵だった。 「わざわざお越しいただいたのにぃ申し訳ないのですけどぉ。職長はぁ、取り込み中ですぅ」 南部におけるコンラートの反乱だけでなく、大帝自らが兵を率いる北方のアヤカシ討伐をもバックアップしているジェレゾのアーマー工房にとって、この特需は今しばらく続くのだろう。 シスカの抜けた穴は、やはりそれなりには大きいようで。職長ユーリィ・シゥループは、第3作業場に籠ったまま鋭意作業中であるのだとか‥‥親の死に目にも立ち会わぬ意気込みであるらしい。 「と、言うワケでぇ、皆様のご用件はぁ、私が承りますぅ。あ、あまり詳しいお話はぁ軍事機密に抵触しますのでぇ、ご遠慮くださいねぇ」 喪越(ia1670)であれば感涙のひとつも零しそうな美人秘書の笑顔に、珠光と赤鈴は顔を見合わせた。言われてみれば、職長でなければダメという懸案はないのだけれど。あっけらかんと甘ったるい口調で軍事機密とか言われても、イマイチ迫力に欠けるのはなぜだろう。 「早速だが、まずは、尋ね人の外見的特徴を教えて貰いたい」 「それとワシらが依頼人さァの遣いっつぅ文だス。シスカさァはワシらの事ァ知らねェだスからな」 ちらりと感じた不安を微塵も感じさせずに切り出した大蔵の要求に、赤鈴も言葉を継いだ。 顔も知らない人物を探し出し戦場−それも敵陣−から連れ出すのだから、間違いは許されない。細心を払っても、過ぎるということはないだろう。アーマー技術者になりすましたいという珠光の試みも、ジェレゾ工房の栄え抜きとして山よりも高い自尊心とこだわりを持つ現場の技術者に教えを請うより、こちらの方が話も通り易そうだ。――いくら物覚えが良いといっても、知識の全てが一朝一夕で身につくはずがないのだから。 「――後は、彼女の顧客の中で偏屈極まりない者、もしくはとびきりの上客の名を教えてはもらえぬだろうか?」 「えぇっ?!」 あるいは、シスカの説得に使えるかもしれない。 そんな意図を持った大蔵の最後の問に、秘書は大仰に驚いた顔をした。困惑を宿して揺れる視線が、ちらりと壁の肖像を撫で慌てて逸らされる。いかにも意思の強そうな太い眉の角度は、確かに偏屈と言われればそうかもしれない。 「‥‥それはぁ‥‥私の口からはぁ言えないですぅ‥‥」 帝国の直接的管理下に置かれるアーマー工房最大にして最高の顧客といえば、やっぱりあのお方。気遣うようにちらちらと向けられる視線が、告白したも同然だ。 そうか、やはり偏屈なのか。――暗黙の内にしみじみ納得した大蔵である。 ●情熱と冷静の狭間 肩のあたりで切りそろえられた黒髪と、どこか気怠げな雰囲気を纏う美女。 首から下も、一介のアーマー技術者には宝の持ち腐れだと力まずにはおれぬナイスバディだ。 「これだけの美人が、機械にしか興味が無いなんて‥‥勿体無いと思わんかねっ!?」 「あ〜、もったいないっちゃもったいないな。もったいない、もったいない‥‥」 ジェレゾの工房を訪れていた大蔵と赤鈴が持ち帰ったティル=レイ・シスカの似顔絵を握りしめて憤懣を訴える喪越に、氷(ia1083)は面倒くさげにテキトーな相槌を打つ。お気に入りのロングコートでバッチリ決めても、うっかりすると忍び依ってくる昼寝には全く不向きの底意地の悪い冷気のせいで、彼はちょっぴり機嫌が悪い。 オリジナル・アーマーとやらに興味がないわけではないが、その手のもったいない人材は、機械に限定さえしなければ意外にいるものだ。陰陽師のアヤカシに対するコダワリなどは、似たようなものではないだろうか――某国の王など三十路を過ぎて未だに独身だとかなんとか――同類だと言われれば、喪越にもきっぱり否定できないところがあって、 「凝り性もええだスが、周りを困らせちまうのは頂けねェだスなァ」 「きっとかぞくはとても心配しておられるでしょうねっ。――早く見つけて、かぞくに安心してもらいたいですっ」 巻き込まれる者を思いやる赤鈴と拾(ia3527)の優しい会話が、耳に痛かったり。それでも、ここにいるのは深入りの恐ろしさを知っているから、戻れなくなる前に連れ戻してやろうという彼らなりの思いやりだ。――勿論、美人とお知り合いになりたいという下心も、あるけれど。 開拓者の妻を持つ千王寺 焔(ia1839)としては、どちらの意見にも頷けてこっそりジレンマに陥ってみたりする。――今回も手の届くところに居るからと安心していられれば良いのだけれど。 ジェレゾに向かった珠光等と情報交換を兼ねて落ちあうことを決めたこの街より先は、反乱軍の支配地域だ。開拓者の介入により、反乱軍に傾いていた天秤が大きく振れている。――乗じるには好都合の混乱も、見方を変えれば危険度は増しているのだから。 メーメル城に向け、巨神機が動いているとの目撃情報も既にある。シスカの性格から鑑みて、とりあえずその周辺にいるだろうと当たりはついているのだが。 「初めての依頼だから頑張っちゃわないといけないっすね〜♪」 見るコト聞くコトの全てが新鮮に感じられる初めの1歩に少し浮かれ気味にハープを爪弾くこうき(ib0616)は、どんな開拓者になるのだろう。陰陽師−氷は自分を符術師と呼んでいる−同士顔を見合わせ、喪越と氷は無言で肩をすくめた。 目指すは巨神機の鎮座する敵の本陣へ。 割り振られた役割を果たすこと。そして、ほんの少しの幸運を祈りつつ‥‥ ●後陣に響く歌声 雪原を疾しる風の音をかき消すようにハープが歌う。 明るく陽気な、どこか心をそぞろに浮き立たせる幽やかな魔力を乗せた旋律は、反乱軍の兵士の張り詰めた心にもごく小さな隙を作った。 「ひろいたちの歌でみなさまのつかれを少しでもいやすことができればと思いまして!」 喪越、こうきを従えて《旅の吟遊詩人》に扮した拾は、大柄な兵士を相手に一生懸命、背伸びする。身ぶり手ぶりを交え、噂で聞いた神の子コンラートを讃えに雪原を越えて来たのだと訴えた。 反乱の首謀者コンラートが騎士物語に深い憧憬を抱いている事は、集めた噂で聞いている。吟遊詩人の語る英雄譚のひとつとして彼の名を伝えたいと聞けば、コンラートは大喜びで彼らを迎え入れるはずだ。こうきの紡ぐ《偶像の歌》の助けもあって、兵士たちは拾の口上を信じたらしい。 労いの言葉とともに、鄭重に温かい暖炉の側へと案内される。 暖炉の前には先客――こちらは丈の長いロングコートや陣羽織に身を包み剣を携えた明らかに傭兵といった風情の男たちが――勢い良く燃える炎に、目を細めていた。 「遠路はるばる尋ねて来てくれたってのに、言いにくいんだが。次の作戦が決まったってお達しが来て、主力部隊は皆、出払っちまってるんだわ。ここに居るのは、アーマー整備の技術者連中と俺達警備兵くらいのもんで‥‥あんたらもせっかく加勢に来てくれたってのに間が悪かったな」 「‥‥お気づかいには及ばぬ。いずれ、存分に働かせていただく所存」 「無論。金に見合うだけの働きはさせてもらう」 「帝国に鉄槌さ喰らわせるっつうのは、死んだ爺っちゃの遺志ダすよ」 ぽんと肩を叩いて掛けられた軽口に返すには、いくらか堅苦しい気もする低い声には聞き覚えがあり、喪越はちらりと傭兵に目を向ける。生真面目そうにぴんと背筋を伸ばした大蔵の向こうに、油断なく周囲に目を配っている千王寺といかにも気負っている風を装って逸る赤鈴。そして、剣の柄頭に顎を乗せ、例によって例のごとく眠たげな氷が見えた。――反乱軍に志願した開拓者崩れとして、潜入を試みると聞いてはいたがこんなところで再会するとは、幸先が良い。各々が探索の糸を手繰り寄せた結果がここだとすれば、ここにシスカがいると見て良さそうだ。 主力部隊が裏方を残して出払っているというのも、動きやすくて良い感じ。尤も、巨神機まで投入された合戦が計画されていたのは、バッドニュースだが。 「それはとってもざんねんです。でも、せっかく来たのですから、残っているみなさまだけでも、ひろいたちの歌をきいてくださいませんか?」 手塩にかけるアーマーが不在では、技術者たちは無聊をかこつ。 背後の守りを任せられたといえば聞こえは良いが、居残りの兵も手持無沙汰だ。――開拓者たちの参戦により勝ち星こそ落としたが、反乱軍の士気はまだまだ衰えていない。煽ればいくらでも火が付くだろう。 「見回りは俺等でやっておくから、あんたらはゆっくり楽しんできてくれ」 いつものぶっきらぼうな口調を精一杯、愛想良くした千王寺の勧めに、当番の兵士たちもやぶさかでないと相好を崩した。こうきの手で軽快に歌うハープの調べを見送って、千王寺は少し呆れた風に吐息を落す。 「残留組とはいえ、易いもんだな」 「‥‥戦にゃァ不慣れな素人つぅ感じがするだスよ」 帝国に不満を抱く《まつろわぬ民》や領主の中には、巨神機に依って緒戦を圧勝で飾った反乱軍の勢いに、新しい未来を想い描いた者も多いと聞いていた。冷静に現実を推し測っている者が、どれだけいるのか‥‥赤鈴は眉を曇らせる。 賑やかに響く楽の音や笑声が、ひどく遠い所から聞こえてくるような気がした。 ●美女は機械がお好き? 巨神機をはじめとするほとんどのアーマーが出払った薄暗い作業場で、ティル=レイ・シスカは残された複雑な機械の一部と対話していた。――アーマーの一部だと思われるが、どの辺りのパーツであるのか珠光には見当もつかない。 「何かに熱心なものはいいけど、熱狂すぎるのは少し考えものだねぇ」 やれやれと吐息の混じった珠光の感想に、シスカは笑う。 カンテラの光に黒い眸がいきいきと輝いて、油塗れだが似顔絵よりも遥かに精彩に富んだ美人だ。 「君が、シスカ君?」 「そうよ。あなたは‥‥あたしを連れ戻しに来た人ってところかな?」 返された答えに珠光は、一瞬、言葉を呑みこみ、探るように眸を細めてシスカを眺める。瞬きひとつほどの逡巡の末、珠光は吐息をひとつ肩をすくめた。 「どうして判ったのか、聞いていいかな?」 「そりゃあ。アーマーに触らないアーマー技術者なんて居ないでしょ。目の前に、知らない機械があったら取り合えず触ってみたいじゃない。――あたしなら、道具を忘れたなんて言わないわ」 なるほど、と。納得しつつ、苦笑する。 上手くやったつもりだけれど、見る人が見れば、存外、判ってしまうものであるらしい。――確かに、これが《符》であれば、珠光も躊躇はしない気がする。 「バレてんなら話は早いや。そういうワケで、シスカちゃん。俺等と一緒に戻ってくれない?」 ひょっこり顔を出した氷の飄々とした口調に、シスカは僅かに眉を動かして顎を引いた。いずれ戻るつもりではあったのだろう、だが、今がその時なのか―― もう少しだけ。そんな気持ちもあるのだろう、謎めいた光を宿した黒い眸に、巨神機への未練が揺れる。 「実は工房に大帝直々の命がくだったのだ。四の五のぬかすようなら首に縄をつけてでも連れ帰って来い、と。職長殿はそれはもう物凄い剣幕で‥‥」 どうかそのような真似を私にさせないで欲しい。などと、あくまでも真剣な顔で大蔵に請われると嘘だと判っていても、背筋に冷たいモノが走るのだけれども。宥めたり、すかしたり。やはり機械にしか興味を示さない変わり種でも。女の子を口説くのは大変だと、しみじみ感じ入る喪越であった。 「好きなことを追い求めてしまうのは仕方ないですが、もっと安全な方法があると思うのですっ! かぞくを心配させちゃダメですよっ」 ずっと年下であるはずの拾にまで大人びた言葉で窘められて、シスカはとうとう根負けした風に吐息を落す。 「んもうっ、しょうがないっ。帰ればいいんでしょ、帰れば‥‥ああ、でもっ」 心を決めても迷うのが女の子? 諦めの付かない表情で唇を噛んだシスカの手をはっしと握り、喪越は半ば引きずるようにして出口に向かって走り始めた。その早技に、誰もがぽかんとこのちゃらんぽらんと仕事熱心が混在した男を見送り‥‥ 「おっと、そうと決まれば、話は早い。早速、俺と愛の逃避――‥」 ――ぱよん‥っ☆ 珠光が放った人魂は、喪越の頭を踏み台にして勢いよく出口を目指す。 千王寺が予め頼んでおいた成功の合図。兵士たちの目を欺くべく賑やかに場を盛り上げていたこうきも、再び旋律に《偶像の歌》の魔力を紡ぎ、彼らの警戒心をゆるやかに弛緩させた。 万が一、気づかれても拾とこうきの合奏に盛り上がる座を抜け出した喪越が周到に仕掛けて回った《地縛霊》が、束の間、追手の足を止めてくれるだろう。 そして、珠光から人魂の合図を受け取った千王寺と赤鈴も。皆が揃って、後陣を抜け出す準備を整えてやきもきしながら待っているはず。 ジェレゾの工房に戻るまで‥‥ 束の間、与えられた時間が楽しい旅となったのか――あるいは、お小言、恨み言の飛び交う苦行の刻となったのか――は、開拓者とシスカだけの秘密として彼らの胸に刻まれた。 |