手作りの罠
マスター名:津田茜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/25 23:07



■オープニング本文

 今年もその季節がやってきた。
 ここ数年、若い男女の間に流行病の如く猛威を奮う色恋の祭事。
 人目や世間体を気にせずに好きな人に想いを伝えられる日とあって、特に若い女性たちの間に爆発的に広まったものらしいのだが、贈られた菓子がモテる男の証しにもなるのだから男性としても軽視はできない。例え「義理」でも、と欲しがる男も多いらしい。

「いらんっ。 持って帰れっ!」
「ええ〜、そんなぁっ」
「貴方の為に徹夜して作りましたのよっ!」
「‥‥な、手‥‥っ!? そ、そんなものが喰えるかぁ――っ!!!」

 ああ、始まった。
 薄暗い書庫の机に向かい蝋燭の細い明かりを頼りに便覧を作成していた立花主税(たちばな・ちから)は、戸口で上がった悲鳴とも怒声とも付かぬ絶叫に吐息をひとつ、筆を置く。
 力任せに引き戸を開くと、顔をひきつらせた長身の男を取り囲むふたりの娘。女の数は、ひとりであったり、複数であったりとその時々だが、シチュエーションは毎回、概ね同じような構図だ。――バレンタインの贈り物を持って訪ねてきた若い娘と、受け取りを拒否する罰アタリ。
 瀬口鷹彌(せぐち・たかみ)の襟首を掴むと有無を言わせず身体を入れ替えるように書庫に押し込み、ふたりの訪問者に申し訳程度の愛想を向ける。

「すまないね。こいつはちょっと変わり者なんだ」

 甘い菓子が嫌いとか。女性があまり好きではないとか。何とでも受け取れる言い訳を口に、彼女たちが唖然としている内に戸を閉めた。
 今年はこれで6件目。
 去年のコトを思えばいくらかましであるような気もするのだが。つれなくされた女の子たちが学習したのだと思いたいが、バレンタインはまだ始まったばかり‥‥これだけでは終わらないだろう。

■□

「‥‥結局、午前中だけで20件を超えた、と?」

 驚きを通り越して呆れたように顎を惹いた受付係に、立花はげんなりと力のない笑みを返した。
 流行に取り残された者同士、酒でも飲んで憂さを晴らそうと誘い合ったところまでは良かったが、なにやら壮絶な悩みを聞かされることになってしまったのは職業病か。

「確かに奴は顔も良いし、性格も悪くない」
「‥‥いや、性格の悪くない奴が、好意を寄せてくれる人にそういう態度をとるか、普通」
「ことがこの季節のアレはそうなんだが‥‥」

 若い娘からの想いの籠った差し入れでなければ、取り立てて拒絶することもなく至って紳士的なのだという。菓子屋などから差し入れられる甘味には喜んで手をつけるから、甘いモノが苦手だというわけでもない。

「何か悪い思い出ででもあるのかね?」
「俺もそう思って聞いたのだが、な‥‥」

 心なしか顔色を悪くした立花に受付係は首をかしげる。
 好いた相手に、想いを伝える為に。その一心で、手作りに挑戦するのだけれども。――世界で唯一。自分だけのオリジナル。そういった単語に憧れるのか、稀にとんでもないコトを思いついたり‥‥

「世の中には、媚薬と称してイモリの黒焼きだの、自分の髪の毛だの、爪だの、お気に入りの香水だの‥‥まあ、どう考えても食べ物ではないだろう代物を混ぜる娘も多いらしい」
「‥‥‥‥」

 夢見る乙女にはありがちな。
 だが、それを聞いた瞬間、自分も手作りは遠慮したくなったと呟いた立花に、深く同意してしまった受付係であった。モテる男にもそれに応じた悩みがあるということか。
 とはいえ、そこまで無碍に対応しては、そのうち刺されるかもしれない。
 なんとか折り合いをつける方法はないものか。吐息を落として一息に酒をあおった友人の横顔を眺めやり、ここは突飛な言動と発想には慣れている‥‥開拓者に相談してみようと思った受付係であった。


■参加者一覧
阿乎(ia5407
19歳・男・シ
木下 由花(ia9509
15歳・女・巫
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志


■リプレイ本文

●想いの奔流
 いつもはそっと心の奥に留め置かれる秘め事だから。
 公然と表に現すことを許される年に1度の特別な日を逃すまいと、ついつい頑張り過ぎてしまうのだろうか。正気に戻れば恥じ入るしかないような突拍子もない事をやらかしてしまうのも、偏に想いの強さ故。――少し離れたところから傍観している分には、面白いのだけれども。

「色恋の祭事かぁ、ボクにはいまいちピンとこないけどね。相手いないし」

 参加できる日が来るかどうかは、今後の頑張り(?)次第ということで。恋人たちのお祭りをのほほんと傍観する和紗・彼方(ia9767)の隣で、感心しきりの赤鈴 大左衛門(ia9854)。

「本当に流行っとるだスなァ! こりゃ土産話だけでのうて、ワシが村でもやるよう帰ったら婆っちゃ達と相談しねェとならねェだスよ」

 伝統に裏付けられた決まり事があるわけでなし。或いは、この地に根づいて間もない祭事故の気軽さが、歯止めの利かなくなる要因のひとつと言えるかもしれない。そして、事態を憂慮‥‥怒っている人もいた。

「チョコレートに異物を入れるとはっ! 私は許しませんよっ!!

 木下 由花(ia9509)のおかんむりの理由はそっち。天儀では決して安くはないお菓子なのだから。美味しく食べてあげなければ、チョコレートだって可哀想――
 お茶に合う美味しいお菓子が大好きなゴキゲンな女の子は、作る方にもそりゃあもう熱心で。――時々、周囲の声が聞こえなくなってしまうこともあるくらいだ――もちろん、お料理に必要なのは情熱とセンスと探究心であることもちゃんと知っている。だから、ちょっぴり気になった。
 ゆるせなぁ〜い!! と、怒りを表しぐぐっと握りしめられた可愛い拳が、スケッチブックを大事に抱えた阿乎(ia5407)の視線の先でぴたりと止まる。

「でも、美味しくなるのかしら〜?」

 モノによっては。
 餡子を苺をいれた大福は、びっくりするほど美味しいのだから。チョコレートだって混ぜるモノを工夫すれば、うっとりするほど美味しく変貌するのかもしれない。

「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥あ、違いましたね‥‥」

 混ぜ物がイモリや髪の毛や爪だなんて、お菓子というより怪しげな呪術だし。美味しいどころか、既に食べられるモノですらないような。売り物ならクレーム付きで返品可能だ。
 別に、阿乎はそんなコトを考えていたワケではないけれど。――と、いうより、何も考えていなかった――じぃっと無言で見つめられ、由花はほんのりと頬を赤らめた。握った拳を袖に隠し、神妙な顔付きでこほんと咳払いをしたりして。

「食べてもらえないチョコレートを見るに忍びないので、頑張ります」

 厳かに宣誓された由花の決意に、阿乎もつられてこくりと頷く。
 準備があるからとそそくさと離れて行った由花を見送り、阿乎は《ぎるど》の隅っこでそっとスケッチブックの新しい頁を開いた。――この白い紙の上には、さあ、どんな風景を描こうか。


●手作りの罠−傾向と対策−
 年に1度のお祭りだから。
 流行に便乗しての面白半分もあるけれど、贈る方も貰う方も一生懸命。身を切るような2月の風をものともせずに燃え上がる‥‥恋の駆け引きは、いつだって真剣勝負。
 恋敵が多いほど、闘争心が燃え上がるものなのだろうか?
 広い会議机に積み上げられた菓子の山を――非情になれない同僚たちが泣付かれて断り切れずに受け取ってしまったものだ――呆れた風に眺めやり、彼方は少し考え込むように腕を組む。
 ひとつ、ふたつならともかく。この山の中で、目立たせようと思ったら確かに大変だ。思いきった事をやりたくなる気持ちも理解できなくもない。
 だからと言って!
 齧った途端、チョコレートの風味と共に口の中に広がる寺(抹香)フレーバーはあんまりだっ!!
 印象には残るだろうが、愛情よりは文句のひとつも言ってやりたい気持ちが勝る。うっかり思い出し、慌てて供された番茶で口を濯ぐ彼方に気の毒そうな視線を向ける侍に、由花はいたわりを込めて優しく微笑んだ。

「年とったらもらえないと思いますから、ここ何年かの辛抱だと思いますよ?」

 その何年かに、どんな試練が待ち受けているか。
 想像するだけで、ちょっぴり2月が嫌いになりそうな気がする。吐息を落とした瀬口の隣で、何故か立花が暗い顔をしているのは、既に対象外であるらしい己の未来を想い描いたものらしい。

「何か、あったんだったら‥‥無理に食べない方が、いいかもしれない‥‥けど‥‥何か作るの、大変な事だから‥‥」

 心に描いた光景を形にするのは難しいのだ。
 ただ無心に絵筆を走らせているように見えるが、阿乎の裡にも人には言えない煩悶があるのかもしれない。その努力が誰にも顧みられないどころか否定されるのは悲しいと思う。

「女の子‥‥お菓子作るの‥‥頑張ったと思う。‥‥せめて、受け取ってあげて‥‥ほしい」

 だが、受け取ってしまったら――
 皆の視線は自然、山と積まれたお菓子の山へと向けられた。さあ、こいつらをどうしてくれよう。
 ちゃんと食べられるモノもあるのだけれど。奇を衒うというよりは、普段とは違うモノをと意気込んでの失敗だろうか――手に入りにくいモノだけに、ぶっつけ本番で手作りに挑む娘も多いのだろう。――見た目はこんなに可愛らしいのに、と涙したくなるような失敗作も意外に多い。
 もはや砂糖の塊にしか思えない物体Xをジャリジャリと咀嚼しつつ、大左衛門は由花の言葉に思いっきり顔をしかめた瀬口の背中を敬意を込めてバシンと叩いた。

「にしても、受け取って食わずに後でこっそり捨てるっつぅ事をしねェんだスから、瀬口さァは偉いだス」

 貰いモノを粗末にするのは人道に悖る。
 食べ物を捨てるなんて言語道断。お天道様が許しても、この赤鈴大左衛門が許さない。――まぁ、少しばかり(少し?)食べにくいモノもあるとは思うけど。
 今こそわしの出番だ、と。大左衛門はずいと身を乗り出した。

「受け取らねェのは角が立つ。受け取った以上は食わずにゃならねェ。‥‥そンなら何を食っても大丈夫なように鍛えりゃ、どんなもンでも笑って貰えるようになるだスよ!」
「ええぇっ、そういう問題っ?!」

 抹香臭いチョコレートを笑顔で食せるようになる日なんて、永遠に来なくて良いと思うのだけれども。思わずツっこんだ彼方に、大左衛門は自信満々で大きく頷く。

「まァ小せェから腹の足しにゃならねェだスが、イモリなんぞは凶作で不猟の年に食わにゃならねェ蛇や蛙と似たようなもンだス。爪や髪なんぞは食えねェだスし、飲み込み難いだスから吐き出すしかねェだスが、毒でもねェだスよ。鳥の丸焼きの骨や毟り損ねた羽と同じだス」
「‥‥‥蛇や蛙って、食べられるんだね‥‥」

 田圃や畑のオブジェではなく。ぼそりと認識を改めたらしい阿乎の呟きに、いかにも名案だと誇らしげな大左衛門を前にして、何やら神妙か沈黙が舞い降りた。――まだ若いのに苦労したんだねぇぇ、と。ねぎらってやるのも何かが違う。
 と、ゆーか。恋する乙女が想いを込めた愛と夢の結晶が、飢饉の非常食と同じでいいのだろうか‥‥?!

「ほ、方法はいくつかあると思います」

 衝撃からどうにか立ち直り、由花はとりあえず実行できそうな逃げ道を模索する。
 さすがに現実から遠くはなれた無理難題(解決策?)を論じていては、ますます瀬口のバレンタイン嫌いが筋金入りになってしまいそうだ。

「まずは、この日誰とも会わないよう逃げる! こんな風に届けられる分は仕方ないけれど、女の子に対応しなくていいですからね」

 顔を合わせなければ、諦めてくれる者もいるだろう。
 届けられてしまったお菓子をどうするかという問題は残るのだが、これはもう‥‥食べられないシロモノを寄越した方も悪いということで。作り手が見ていなければ、どんな評価を下そうが貰ったモノの裁量だ。

「手作りのお菓子講習会でも開いてみるのもいいかもね」

 彼方の思いつきに、由花も大きく頷いた。
 お菓子の好きな女の子は多いから。バレンタイン限定でなくても、需要はありそうだ。――巡りくる季節に合わせて美味しいお菓子を楽しむ講座があれば、由花だって参加したい。

「他には、もう相手がいることにする」

 本命以外からは、貰わない。
 誰なのか、と。問い詰められたり、嫉妬の矛先がそちらへ向けられてしまったりと泣きどころもあるけれど。王道とも言うべき効果的な断り方だ。

「どこぞに良ェ相手がいるだスか?」
「例えば、立花さんとか?」

 ようやく軌道(?)に乗りかかっていたというのに‥‥
 当事者の瀬口と依頼人の立花だけでなく、面白そうに成り行きを見守っていた詰所の野次馬たちまでが茶を吹いた。――男女の区別をしないのは由花の取り柄(?)だ。
 そういうコトにしてしまえば、確かに、女の子は引く。
 いっそ清々しいほど、綺麗サッパリ手を引いてくれるだろう。‥‥違う種類の女の子や、そっち方面に興味のある男性が寄ってきそうではあるが。

「まてまてまてっ!! 私は贈り物を拒んでいないのだが‥‥」

 只でさえ、毎年、忸怩たる敗北感を味わっているというのに。この上、そんなどどめ色の噂が流れては――出世に影響はしないと思うが――今後の婚活には力いっぱい影響が出そうだ。
 立花の異議申立てに、由花と彼方は顔を見合わせる。
 確かにそれは、お気の毒かも?


●想いの込め方
 ひとりひとりは非力だが、数が集まれば侮れないのが女の子。
 平素なら近づき難い場所であるはずの町役人の詰所にも、皆で行けば怖くない?
 この日ばかりは治安を見守るべく都を睥睨する飾り気のない厳めしい建物が、着飾った女の子たちに取り囲まれて華やかに盛況だった。――アヤカシではないのだから千切って投げるわけにはいかないし、そう思えばけっこう手強い。

「よぉし、頑張るぞぉ!」

 盛り上がる熱気に負けるまいと気合を入れて、彼方は元気よく声を張り上げた。良くとおる明るい声に何事かと顔を上げた娘たちに向かい、彼方はにっこり笑顔を返す。

「はぁい、注〜目〜っ! 今から贈り物の仕分けを始めるからねっ!!」
「仕分け? なんですの、それは?」

 警戒を帯びた怪訝そうな問いには構わず、すらりとした長身の娘は悪戯っぽく立てた指で正面に立っていた少女と彼女が抱きしめていた包みを指さした。

「まず、お菓子を手作りしてきた人、ね。ちゃんと味見して来た? お菓子に変なモノいれてない?」
「変な物?」

 心外だと言いたげに赤い唇を尖らせた少女に、そして、その場にいる皆に聞こえるように。彼方は穏やかに、だが、きっぱりと訴える。

「自分が食べる側になって、それ食べられるか考えてみてよ。――イモリとか髪の毛とか爪とか。ちょっとどうかなって思うはずだよ」

 気持ちをこめるのも大事だけれど、おいしく食べてもらわなければ意味がない。
 気持ち悪いだけならともかく、モノによっては身体に良くないコトだってある。体調を崩してお役目に支障をきたしたら、回りまわって都の平和に影が差すかもしれないのだ。
 彼方の言葉に、数名が恥ずかし気に持っていた包みをそっと後ろに隠す。

「形にこったり、お菓子の包装に個性を出すのもありだと思うよ。添える言葉を工夫するとか」
「‥‥食べ物、以外の物‥‥あげるのも‥‥一つの手かも‥‥‥手元に‥‥残るし」

 美味しいお菓子を渡せれば、それに越したことはないけれど。さすがにそれだけで勝負するの心許ない気持ちはよく理解る。阿乎の提案は悪くない。――ジルベリアには恋人にカードや装身具を習慣があるとかないとか――他に個性を出せるところは工夫しだいでもっとあるはず。

「‥‥相談‥‥乗ろうか‥‥?」

 衣服のところどころを絵具で汚したいかにも芸術家然とした風貌の阿乎の親切な申し出に、受けるべきか断るべきか本気で困った顔をする娘もいたりして。
 彼方の説得の賜物か。その日、由花と大左衛門が受け取ったお菓子の数は集まった女の子の半分ほど。――それでも、立花に溜息をつかせるには十分だったが――それまで拒否するのは大人げないと思ったのだろう。
 瀬口は苦笑と礼を半々に、その菓子を受け取った。

 しかしながら、さすがに1人では食べ切れないということで、
 詰所の中で山分けにされた菓子たちは帰路についた開拓者への土産としても、しっかり活用されたのだった。