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■オープニング本文 夏至を過ぎれば、とかく夏は忙しい。 隙あれば穀物畑や野菜畑を占拠しようとする雑草との戦いに明け暮れる傍らで、日に2回の乳絞り――濃厚で質の良いクリームを掬ったら、バター作りは週に2度――果樹園の手入れに、羊の毛刈り、石鹸作り、糸を紡いで染め上げて‥‥ よくもまあ、これだけ次から次へと仕事があるものだ、と。 呆れるやら、感心するやら。 力仕事と手先の器用さには多少の自信があるとはいえ、戦力とはカウントされず。お手伝いの申し出も、チーズとバターの仲買人がやってくる二週に一度の立会人としての出番のみ。――修理や手入れの必要な家具や調度は既になく、道具類の改良は試行錯誤する時間さえ惜しい農繁期。 冬場ほどには相手にしてもらえない俄か領主は、マス釣りのお誘いが掛るかもしれない雨の日を秘かに心待ちにしつつ無聊を託つ日々だ。 夏の間、子供たちを預かって欲しい、なんて。 落ち着いて考えれば、不穏だらけの頼まれ事を引き受ける気になったのも、あるいは、判り易く誰かの役に立ちたかったのかもしれない。――何かと所縁の深い依頼主の手前、断りにくかったというのもあるが――なによりも、バカンスシーズンに何処へも行けない寂しさは、身をもって知っている。 賑やかなシェレゾと違い子供が喜びそうな物など何もない長閑な農村地帯だが、森や湖沼など遊ぶ場所には事欠かない。ベリィやザリガニも今が季節だ。 1か月くらいなんとか乗り切れるハズだと引き受けたのだけれども‥‥ 「ねぇねぇ、ディミトリさん。この辺にアヤカシはいないの?」 「苔鼠とか化猪とか。‥‥できれば、ゴブリンがいいんだけど」 目を輝かせて新天地を見回した双子の手にしっかりと握られた小剣と杖に、ディミトリ・ファナリは思わず眩暈を感じて額を抑えた。 子供たちが志体持ちだなんて、聞いてない! 自ら前線に立つことの多いジルベリアの貴族には志体が多いと聞くから、あるいは仲介者的には当たり前のコトすぎて、伝え忘れたのだろうか。 「ナスティは足斬草を退治したって言ってたよね」 「ボクらはもう少し強そうなヤツを探そうよ」 騎士や魔術師として大成する予定の子供たちの夏休みの流行は、虫採りではなくアヤカシ退治であるらしい。 確かに森は広いし、踏み込めば深いところもある。探せばアヤカシやケモノの類はきっと見つかるだろうけれども‥‥領地を預かる領主としては出来ればそっとしておいて欲しいところだ。 物騒というか、無鉄砲というか。 正直、頼もしいを通り越して、末恐ろしい。 親の顔が見てみたいと思ったところで、双子たちがバカンスにも行けず、ジェレゾより離れた見知らぬ家に預けられた理由を思い出し何も言えなくなってしまった。 ジェレゾに戻る頃には、結論が出ているはずで‥‥ 子供たちにとっては望む結果にはならないだろうと仲介者も言っていた。――子供たちも薄々、覚っているようではあるが、何も言わないのは彼らなりに想うところがあるのだ、と。 せめて、夏の間だけでも楽しい時間を。 この夏の思い出が、楽しいものであるように。無垢な魂を愁うアンニュイな表情で言外にそこはかとなく含ませられたら、断るにも断れない。 ちょっぴり仲介者を恨みに思いつつ、ルーヴル子爵ことディミトリ・ファナリは《開拓者ギルド》に依頼を出すよう、隣でこちらも困惑を隠せないでいる執事に頼んだのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
アイリス(ia9076)
12歳・女・弓
マリー・ル・レーヴ(ia9229)
20歳・女・志
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 その存在が、未来を照らす。 出迎える使用人よりも早く、ころころと館を飛び出してきた小さなふたつの人影に、皇 りょう(ia1673)は夏のせいばかりではないどこか華やいだ気配の理由を覚った。 いつもなら、もっと冷然と。重荘な威厳を纏い訪れた者を圧さんとする領主館に挿された思いがけない光彩にアイリス(ia9076)も思わず――先日とは勝手の違う様相に戸惑い立ち竦んだ――駿龍・柚木の背で破顔する。 「龍だっ! すご――い!!」 「おっき―――い!!」 まずは空を駆ける巨大な生き物への純粋な称賛。 いかにも大きくて力強い外見を持つ龍は、いずれの国でも男の子には人気が高い。シャンテ・ラインハルト(ib0069)の曳く霊騎、子供たちのテンションに乃木亜(ia1245)の後ろに隠れようとするみずちはもちろん‥‥今、マリー・ル・レーヴ(ia9229)と皇の運んできた駆鎧匣の存在に気づいたら、それこそちょっと手のつけられない騒ぎになりそうだ。 のんびりと牧歌的に過ぎる田舎に、ちょっぴり退屈していた子供たちの眸に、好奇心と憧憬の色が光を宿した。 子供心を掴むには、動物と玩具(?)がイチバン。 「うむ。掴みはバッチリじゃな」 羅喉丸(ia0347)の肩の上で満足気にふんぞり返る蓮華。この時点では、不肖なる(?)弟子の心に飛来するとある境地より我が身に降りかかる災難の火種にまだ気づいていない。 「パティシエのシーラ・シャトールノーよ、よろしくね」 良く通る明るい声で自己紹介をしたシーラ・シャトールノー(ib5285)の朋友は、天儀で寂しくお留守番だ。 くすんだ月毛の猫っ毛に青灰色の眸。双子だと気づく程度には似ているけれども、見分けがつかないほどではない。見知らぬ開拓者に囲まれて物怖じしないのは、出自故だろうか。あるいは、兄弟という誰よりも近しい存在が手の届くところにいるせいかもしれない。兄弟の温もりを知る菊池 志郎(ia5584)は、穏やかに双眸を和ませた。 前庭に並んだ珍しい朋友を前に興味津々の子供たちを前に、マリーは密かに品定めをする。――初めての場所にいくらか警戒気味の忍犬・初霜の鼻先へ躊躇なく手を伸ばす怖いもの知らずなアーレスに対し、ターシャはもう少し思慮深そうだ。 さて、何をして過ごそうか―― そんな事を考えながら、菊池は爽やかな夏の風を深く吸い込む。子供たちと共に紡ぐ時間は、訪れた開拓者たちにとってもひと夏の思い出になるのだから。 ●勇者と共に 野営と聞いて、ディミトリ・ファナリは少し驚いた顔をした。 いくら人里に近くても、森には危険が少なくない。夜ともなれば、尚の事‥‥開拓者がいるとはいえ、大事な預かり物から完全に目を離すのには抵抗があるのだろう。 聊か心配性というか、小心であるような気もするけれど。推考もせずに丸投げされるよりは、最終的な責任を担おうとする姿勢は誠実な為人がうかがえる。羅喉丸は、どちらかといえば柔弱そうなご領主を見直した。 「開拓者なら依頼の途中で野宿したりとか良くあるですし、騎士団に入るのでも、戦場に行けば野営したりするでしょうから、屋外での生活を経験しておくのも良いと思うですよ」 「ああ、なるほど」 何度か顔を合わせたことのあるアイリスの噛み砕いた説明に、若い貴族はようやく得心した風に愁眉を開く。 適当な場所を尋ねた菊池に応えたのは、香茶を運んできた家政婦だ。――食料や日用品を届けに来る村人と顔を合わせる機会の多い彼女の方が、ご領主より村の事情には詳しいらしい。 「それでしたら、伐採地はどうでしょう? あそこなら農場にも近いですし、天幕を張る広さもありますよ」 材木や薪に使う木を切り出す場所であるから、火を焚くのに必要な薪も拾える。 焚火をなくして、野営は語れない。野外での料理(お菓子?)に腕をふるうつもりでいるシーラだけでなく、焚火を囲んでの団欒はシャンテにとっても吟遊詩人の大事な舞台なのだから。 「‥‥あの、訊いても良いですか?」 遠慮がちな声を挙げたのは、乃木亜。 触れない方が良いのかもしれないけれど。やはり、訊ねずにはいられない。――子供たちの抱える痛みの原因が奈辺にあるのか。 「2人がアヤカシ退治を希望するのは、ご両親に関係があったりするのでしょうか?」 考えすぎなら、良いのだけれど。 アヤカシに依って心に傷を負った者として子供たちの心を憂う乃木亜に、ディミトリは曖昧な笑みを零した。 「いえ、親御さんはジェレゾで健在です。 ただ、ちょっと上手くいっていないというか、その‥‥」 「――アヤカシ退治が流行っているとは、ジルベリアの子供達は逞しいな」 濁された言葉の先を推し量りそれ以上の言及を避けるべく、皇は感嘆と呆れの混ざった感想を話題に被せる。 アヤカシの恐ろしさを知らぬが故の大言壮語だが、その気持ちは良く判る。――日々、稽古に勤しんでいれば、目に見える形での結果が欲しくなるもの。――皇自身、無茶を言って師や家人を困らせた覚えがあった。 「友達に話せる自慢話が欲しいのだろうな」 「子供じゃの」 まだまだ謙虚さに美徳を見出す年齢でもない。 武勇伝を聞きたがる双子の表情を思い浮かべた羅喉丸の肩に腰かけた人妖・蓮華が大仰に吐息を落とした。 風貌からして赫々たる歴戦の戦士たる羅喉丸の人気は絶大で。隙あれば纏わりつく子どもたちの注意を逸らそうと――腹を空かせた猛獣の前に生肉を放る心地で――差し出された生贄(?)の疲労はいかばかりか。弟子の裏切りに、師匠は大変ご立腹である。 「とは言っても、実際にアヤカシを探すのは、さすがにちょっと危険ですね」 シャンテの嘆息に、ご領主も僅かに顔色を悪くした。 時には命を賭して対峙しなければいけない相手‥‥夏の思い出を友達に自慢したい気持ちは理解るけれども‥‥遊びで突いて良いモノではない。 「大丈夫。楽しい時間が過ごせれば、それはきっと良い思い出になるですよ」 アイリスの言葉に、皇と羅喉丸も大きく首肯する。 野営を楽しく過ごす算段は、もちろん、シーラとシャンテの胸にもちゃんと用意されていて‥‥双子にとって盛り沢山な夏になることは間違いなさそうだ。 ●夏の森 穏やかな木洩れ陽の森は、甘酸っぱい芳香に満ちていた。 背の低い灌木を掻き分けて熟したブルーベリィを摘みながら、シーラはそのひとつを口に入れてみる。――ジャムにするのも良いけれど、生のままでも十分美味しい。 さて、何を作ろうか。考える時間さえもが、パティシエールには至福の時間だ。 香りにつられて集まってきた小鳥たちの大合唱に、ベリィ摘みにやってきた村人のお喋りも加わって‥‥思いがけない社交場に、見様見真似の慣れない手つきで木イチゴを摘んだマリーも我慢できずにぱくりとひと口。ふわと広がる甘さと香りに笑みが零れた。 「あら、ターシャとアーレスは?」 先刻までその辺で見つけたコケモモを口いっぱいに頬張っていたのだけれど。 ふと気づいて首を傾げたシーラに、即興の旋律を口ずさみながらカプリスの輝くような尾花栗毛を梳いていたシャンテは悪戯っぽく片目を閉じる。 「乃木亜様たちに付いて、ザリガニを採りに行きましたよ」 「やっぱり男の子ね」 ベリィ摘みも楽しいけれど。お腹がいっぱいになったら、ザリガニの方が楽しいのかも。 純白の駆鎧(フロマージュ)を見た双子たちのはしゃぎっぷりを思い出し、マリーはくすくす笑う。――あの顔を見られただけでも、重い駆鎧匣を遠路遥々ジルベリアまで運んできた甲斐があった。 「アイリス様と菊池様も一緒だから大丈夫よ」 昨日の蓮華同様、抱っこしたいと追いかけまわされる藍玉の心労は露知らず。穏やかに愛騎を繕うシャンテの言葉に、シーラとマリーの心は野営で振る舞う夕飯とデザートの手順へと向けられた。 「初霜、ターシャさんとアーレスさんが足を滑らせたりしないように気をつけてあげて下さいね」 間一髪で追手(?)を躱し清流に逃れた藍玉の姿を視界の端に、菊池は初霜に注意を促す。訓練された忍犬は主の言葉を聞き漏らすまいと、聡い眸をきらめかせて尻尾を振った。 枝葉を広げた木々の梢をすり抜けて降り注ぐ木洩れ陽は、夏だというのにやわらかく穏やかで。気温と湿度の違いだろうか、森を抜ける風の匂いも天儀とは少し異なる。 「童の溌剌とした姿を見ていると、こちらも元気になれるな」 皇の嘆息に、羅喉丸も笑って頷いた。 むしろ、むりやりにでも元気を出さねば付き合いきれないというべきか。 双子たちはアイリスと誰が1番多くザリガニを採ることができるか競争を始めたようだ。主人を応援しているつもりで大きな身体を寄せてくる柚木に、苦戦するアイリスの姿がなんだか微笑ましい。 「自分たちで食べ物を集めたり、寝る場所を確保したりするのは、とっても大事なのですよ」 日頃は体験できない先輩の役はアイリスにも新鮮で楽しいのだろう。捕まえたザリガニに指を挟まれても、お陽さまのような笑顔は絶えない。 少し離れた場所で乃木亜は傷心の藍玉を慰めていて‥‥浸潤するアヤカシの脅威など微塵も感じられない‥‥果ての見えない戦いに疲弊する心を洗い、癒すかのような満ち足りた光景に、少しだけ胸が痛んだ。 ●野営 思いっきり遊んだ後には―― お約束どおり泥んこになって伐採地に戻ってきた子供たちを前にして、両手を腰に当てた皇は開拓者の威厳を込めてえへんと咳払いをひとつ。 「さて、ここからは実践だ」 まずは、野営に欠かせない天幕の張り方を覚える事。 実践と聞いて顔を輝かせたものの、少しばかり思惑が外れた風に小首を傾げた双子たちに、羅喉丸も神妙さを装って重々しく首肯して見せた。 「これが出来ないと一人前だとは認められないからな」 「うむ。偉大なる一歩はここから始まるのじゃぞ。――この男に天幕の張り方を教えたのは何を隠そう、妾じゃ」 蓮華までもが口裏を合わせて羅喉丸の肩の上でふんぞり返れば、なんとなくそれっぽい空気が伐採地に満ちてくる。ちらりと向けられた視線に、アイリスとマリーも得意げに声を弾ませた。 「アイリスもちゃんとひとりで張れるですよ」 「もちろん、私もできますわ」 「俺は火も熾せるし、影の動きから方角や時間を測ることだってできます」 立派な開拓者ですからね。 アヤカシを退治に出かける前に、身に付けなければいけないことは、そりゃあもうたくさん。――志体を持っている事は、もちろん大事だけれども。みんな惜しまず努力したから、今がある。 言外にそう諭されて。シーラが自慢の腕を揮う間に、ふたりは初めての課題に挑んだのだった。 ザリガニが茹であがり、マリーがアル=カマルで習い覚えた香辛料をたっぷり使った特製シチューが食欲をそそる刺激的な香りを漂わせる頃には、伐採地には天幕が七張‥‥伐採地が野営地に変貌を遂げていた。 焚火を囲むように地面に挿された串にはシャンテが仕留めたウサギと山鳥。藍玉が乃木亜の為に取ってきた鱒が焙られ、こちらも美味しそうな匂いを漂わせている。 「食後にはお楽しみもありますからね」 そう言ったシーラが石を組んで作った即席の窯から最後に取り出したのは、甘いお菓子。木イチゴとブルーベリィ、コケモモをたっぷり敷きつめたクレープ生地に、村の農場で分けて貰った卵、牛乳、生クリームに蜂蜜を混ぜたものを加えて焼き上げた、とっておきのクラフティだ。 お腹もいっぱい、小気味よく爆ぜる焚火にシャンテの紡ぐフルートの音色に癒されて。心地よい疲労に寄せる漣の如く、ゆるやかな眠気がやってくる。 ●夏の思い出 アヤカシ退治は、また今度。 呆れるほど平和で穏やかな森の風景に、アヤカシの影は似合わないから。 「今日は射的をやりましょう」 騎士だって、弓の稽古は必要だ。 太い木の幹に的を貼り付け、昨日に引き続き先生気分のアイリスはターシャに弓を持たせる。 少し離れた場所で、アーレスは皇と菊池から木登り指南を受けることになった。筋が良いのか、あるいは、志体持ち故の潜在能力の成せる業かもしれない。 半日ほど頑張れば、それなりの形にはなる。――もちろん、鍛錬を重ねて己の技とした菊池やアイリスが使いこなすレベルと比肩するには、まだまだ半人前とも呼べない代物であるけれど。 「アヤカシは見せてやれないが、代わりにとっておきの技を見せてやろう」 シーラの手料理に満足し、睡魔がちくりちくりと瞼を刺す午下がり。 言い出した泰拳士の腕には、神布「武林」。身に纏う龍袍「江湖」も、戦場に立つ姿と寸分違わぬ戦装束。――彼がそこにいるだけで、身の引き締まるような緊張感がぴりぴりと肌を刺す。 「こちらも準備はいいぞ」 すらりとした長身に、銀色の髪をなびかせて。珠刀「青嵐」を携えた皇も、戦闘準備は万全だ。 熟練の開拓者の大技を間近で観賞できる機会など、アヤカシと出会うよりも希少かも。――夏休みの思い出に友達に自慢できることは間違いない。 介添え役の菊池が選んだ手頃な丸太を前に、まずは羅喉丸が進み出た。静かに深呼吸して気脈を整え、行う技を想い描きながら精神統一を図る。 ゆっくりと身体を満たす気が陰から陽へ。心と身体、そして、気合が‥‥ぴたりと重なる、刹那、 「‥‥哈‥っ!!」 鋭い気勢と共に低く踏み込んだ身体が丸太に当るその瞬間、練り上げた力を、目標に叩きつける大技‥‥玄亀鉄山靠の直撃を受け、大きな丸太が木端微塵に砕け散った。 そして、静寂が舞い降りる。 ぽかんと大きく口を開けたままの双子はもちろん。誰もが放たれた気迫に呑まれ、ばらばらと無造作に降り注ぐ破片さえ気にならない。 「‥‥すご‥い‥ですね‥‥」 マリーの嘆息に少し遅れて、驚愕とも熱狂ともつかぬ子供たちの歓声が伐採地を大きく揺らした。 ぱちぱちと夢中で手を叩く双子を前にして、皇はちらりと羅喉丸に苦笑を向けた。 「まったく。いきなり大技を見せつけられては、後がやり難いではないか」 「剣技と比べられるのだ。これくらいは見せておかないとな」 賞賛と憧れが、子供たちの未来を照らす。 正しく導いてやるのが先を歩く者の務めだとすれば‥‥いずれはその手に抱くであろう我が子にも‥‥こんな日がくるのかもしれない。 ふと未だ兆しさえ見えぬ未来へと想いを馳せた皇だった。 ジェレゾに戻れば、新しい生活が待っている。 ここで開拓者と共に過ごした夏の日が――楽しい記憶が――消えずに語り継がれることを。無情だと謳われる刻の精霊に、シャンテはそっと加護を祈った。 |