楯と猟犬
マスター名:津田茜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/24 04:40



■オープニング本文

 険悪な空気が満ちていた。
 高価なガラス張りの窓から入り込む暖かな初夏の陽射しが嘘のような冷やかな気配にちょっと身震いし、アリオルは上目遣いにそっと部屋の中央を盗み見る。
 従者に過ぎないアリオルが口を注し挿むことは許されない。また彼らの鋭気を和らげる機知にも残念ながら持ち合わせがないので、彼にできるのはこの一触即発の機運をはらはらしながら見守ることだけだ。

「‥‥つまり‥」

 さして広くもない部屋の真ん中で腕組みをしたリィラ=ルドヴィカは苛立ちを隠そうともせず、涼しげな氷蒼の双眸に険を込めて少し高い位置にある騎士の顔を睨めつける。

「貴方は、私を能無しだと言いたいのね?」

 張り詰めた酷寒の冷気にも似た苛烈な皇女の覇気を前にして眉ひとつ動かさずに立っていられるのは、皇帝と‥‥ムゲリカ・ムーアくらいのものだ。岩のように揺るがぬ落ち着き払った精悍な騎士に、アリオルはこっそりと称賛の念を送る。――目前に対峙するふたりの騎士は、共にアリオルの憧れだった。

「そうだ」

 刹那、
 弾けるように膨れ上がった怒気に、アリオルは思わず身を竦ませる。傍観者であるアリオルがその余波に心胆寒からしめたというのに、怒りの矛先を向けられた当事者はまったく怯んだ様子もなく苦々しげに言葉を紡いだ。

「この件に関して言えば、貴女にも――貴女の部下にも――できることはさして多くない」
「どういう意味よ?」

 気性の激しさは生来のものだが、対立する意見にも耳を傾ける。――忠告を入れるかどうかはまた別の話だが――憤りのまま行動の指針を決めてしまわぬのは、リィラ=ルドヴィカの美点のひとつだ。

「猟犬は獲物を巣穴より牽き出し、追い立て、咬み殺す技には長けていても、護ることには不慣れだろう。目の前の標的を追うことに意識がいけば、護衛対象への注意が逸れる」

 敵を追わずにその場に踏み止まって安全を図るのは、戦士の性とは相容れない。
 叩き込まれた習性が、邪魔になることもある。敵を追いかけ捕えることは、守るべきものより目を離す‥‥時に大きな隙を作り出すことでもあるのだ。
 ムーアの言葉をとりあえずは是としたのだろう、部屋に満ちた怒気がわずかに緩む。

「‥‥要するに、警備隊や親衛隊の仕事だと言いたいワケね」
「それが、彼らの役割です」
「そうかしら?」

 言い分を認めはしたものの、問題が解決したわけではない。
 ジェレゾに留まることの少ないリィラ=ルドヴィカにとって、警備隊と親衛隊の動向については前線部隊ほど把握していないのもまた事実。全てを移譲する相手としては、いまひとつ信頼しきれない部分があるのだろう。
 少し考え込むような素振で窓の外へと視線を向けた皇女は、暖かな陽射にふと思いついた風に口元に笑みを刷く。

「いいわ。ヤシンにお願いして査察を頼みましょう」
「――ヤシン様に?」

 唐突な思いつきに困惑気味に首をかしげた騎士に、ほんの少し気を良くした様子でリィラ=ルドヴィカは得意気に首肯した。

「あら、だって。余所の部隊の粗探しをするのに私が直接手を入れたら公平性に欠けるでしょう?」

 それは、確かに。
 あっさり「粗探し」だと認めてしまう皇女の思い切りの良さに思わず笑ってしまいそうになり、アリオルは慌てて頬を引き締める。

「面白い人材が揃っているようだもの。きっと、思いがけない切り口を披露してくれるのではないかしら。‥‥きっと私たちにも良い刺激になると思うわ。――アリオル!」

 控えていた従者を手招く戦姫の引く気のない強気に好奇心の混じった挑発的な光に、ムゲリカ・ムーアはやれやれと肩をすくめた。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
アイリス(ia9076
12歳・女・弓
フレイア(ib0257
28歳・女・魔


■リプレイ本文

 確かにそれは盲点だった。
 何気なく紡がれた言葉に思いがけず感銘を受け、酒々井 統真(ia0893)は僅かに瞠目した視線の先を長い空色の髪をした小柄な少女へと向ける。
 ひそかに自慢にしているその髪のひと房をくるくると指に巻きつけて弄びつつ紡がれたアイリス(ia9076)の言葉とおり、有事の際に択るべき行動については身体が覚えるまで反芻もするが、平常時の動きに深く注意を払った記憶はあまりない。
 いかに志体を持った開拓者とはいえ、四六時中、常に気を張っているのは不可能で。必ずどこかで力を抜いて――あるいは惰性で――行動している場面があるはずだ。
それが悪いという事ではなく、無自覚であることが危険なのだろう。本能以外の思考を持たぬ下級アヤカシならばともかく、狡知に長けた相手‥‥暗殺者なら、目標の隙を狙おうとするに違いないのだから。
 幾重にも強固な警護が敷かれているはずの貴族の館に恐るべきアヤカシが巣喰っていた例を、氷海 威(ia1004)は既に目撃している。――皇女がその事例を掴んでいるのかどうかは判らないが、現状の防護策が万全でないことだけは明らかだった。
 とはいえ、当人たちの知らぬところでこっそり評価を下すというのは、何やら少し後ろめたい。

「えとえと、本当の襲撃じゃなくて、査察だったって伝えて貰えるですよね?」
「もちろん」

 上目遣いに不安げな視線を向けたアイリスに、立会人として《ギルド》を訪れ開拓者たちに査察の趣旨を説明したムゲリカ・ムーアは重々しく顎を引く。巌の如く重い静謐をまとう長身の騎士は、依頼の詳細と質疑について簡潔に答える他は、にこりともしない。親しみやすさを評価の基準にすれば、水月(ia2566)の中では落第点だ。――アヤカシや有象無象の類は、寄せ付けないかもしれないけれど。

「第三者の目で不備を洗い直すのは、今後の改善を促す材料にもなる。総括者にはその旨、了承を取ってある。――憎まれ役を頼むことになって申し訳ないと思うが」

 単なる「粗さがし」というワケではないらしい。
 なるほどね、と。口の中で呟いたフレイア(ib0257)をちらりと一瞥し、ムーアは《ギルド》の担当者を促して皆に小さな封書を配らせる。――上等そうな羊皮紙の上書きは無記名だったが、ひと目でそれと判る物々しさを感じさせる代物だ。

「何かあれば、それが君らの身元を保証する」

 つまり、コレに出番を与えたら開拓者の負けだということか。
 受け取った封書をためすつがめつして顔を近づけ、喪越(ia1670)はくんと鼻を鳴らす。――残念なことに、そこから女性の存在を感じ取ることはできなかった。


●楯の外観
 ぐるりと廻らされた鉄柵は、絡み合う植物を連想させる装飾性の高いデザインながら、喪越の頭よりもまだ高い位置に配された鋭い棘が、招かざる来客の立ち入りを冷ややかに拒絶する。――身の軽い酒々井なら、少し無理をすれば越えられなくはないだろうけれど。
 哨戒に気づかれぬようゆっくりと柵に沿って館をひと巡りした水月は、ほぅと小さな吐息を落とした。寡黙な少女の代わりに、アイリスが待機していたフレイアに報告する。

「柵に壊れている箇所はないですし、ちゃんと手入れもされてますよう。‥‥すごくお金も掛ってそうです」

 こくり。
 光の加減では純粋な白にも見える銀色の頭が肯定に傾いた。

「周辺は下草が多くて歩きにくかったですね。でも、柵を越える木の枝はちゃんと切ってありました」
「‥‥見栄えはアレですけど、柵に近づき難くする為かもしれませんわね」

 周辺の雑木に紛れるように集めた枝や葉っぱでカムフラージュを施した外套に身を包んだアイリスの言葉に、フレイアは思案する風に整えられた指先を軽く頬に当てる。――屋敷を伺うモノの存在に気づけないのはいかがなものかと思わないでもなかったが――ここは良い評価をあげても良いかも。

「そりゃあもう、基本は出来てて、当然 なければ、減点♪」

 二人一組で哨戒に当たる警備兵の姿を視界の端に、喪越は口の中で韻を踏む。
 監視対象がパッツンパッツンのジルベリア美女ではないのが――ムッチムチの筋肉オヤジなら見かけたが――とっても残念だが、手抜きはない。顔に泥を塗りたくり、アイリス同様、木の枝を身体に付けた万全の態勢で臨んでいる。
 こちらの評価も可もなく、不可もなく。数時間毎の見回りの他は、時々、ふらりと外へ出てくる者もいたが、深呼吸をしたり煙草を一服する程度‥‥息抜きだか、休憩に外の空気を吸いに来たのだと納得できる範囲で。あからさまなサボタージュが行われている雰囲気もなさそうだ。

「テラスにもふたり。ひとりは銃を持っているのが見える。‥‥カウンター・スナイパーがいると少し面倒だな‥‥皆に報告しておこう」

 《人魂》で作り出した小鳥から送られてくる情報を冷静に分析する氷海の見解に、喪越はちらりと館の鱗屋根を視線でなぞり、秘めたる作戦の懸念事項を口にする。

「《瘴索結界》もあれば、加点も検討するんだが」
「さすがにジルベリアだとそこまでは無理だろう」

 瘴気の塊である《人魂》を近づけても、騒ぎが起こる気配はない。
 とはいえ、巫女の能力を使える者が少ないのは、この国の事情でもある。それを手落ちだと断じるのは、少し厳し過ぎるような気もして氷海はほのかに苦笑した。

「‥‥よしよし‥‥」
「ん?」
「いや、こっちの話だ。気にするな、アミーゴ♪」

 怪訝そうに首を傾げた氷海にくるりと背を向け、喪越は使い古された外套のポケットから取り出した符を顔の前に立てると軽く念を込めて印を結ぶ。
 符を媒体に生まれた瘴気が、掌の中で凝り固まって形を作り――
 ぽとり、と。
 雑木林の積もった枯れ葉の落ちた地面に落ちた小さな蜘蛛は、かさこそと幽かな足音を残して鉄柵を潜り抜けると屋敷の方へと消えていった。


●予期せぬ来訪
 湯けむりの向こうに30年前の美女を垣間見た喪越の朝が爽快なものであったかどうかはさておいて。
 火気のない野営に少しばかりの不満を抱き、温かなご飯とやわらかな布団を恋しく思いつつ明かした第二日目の朝。
 《超越聴覚》で守衛たちの会話に耳を傾けていた水月は、舗装された道をゆっくりと歩く馬の歩調に、本日最初のイベントの到来を予感する。
 配達人が差し出した小さな包みに、守衛は探り合うように互いの顔を見合わせた。

「‥‥予定に‥ない、の‥‥ね‥‥」

 受け取る予定のない荷物を受け取るべきか、否か。
 口数の少ない水月の実況中継を拾い集め、どうにか組み立ててみたところ、概ねそういう事情であるらしい。――言い争う門番と配達人を遠目に眺めて、酒々井とフレイアもまた、その難問に顔を見合わせる。
 毒や、良からぬ呪いが封じられたものであれば、唯々諾々と受け取れば警護対象を危険にさらすことになり、本当に誰かのサプライズな贈り物なら、非礼だと詰られそうだ。
 四半刻ばかりの押し問答の末、ぷりぷり怒りながら馬を引き連れて戻っていく配達人を見送って、フレイアはやれやれと素っ気なく肩をすくめる。

「どちらにしても、もっと早く決断を下すべきですわね」

 ちょっぴりお冠のフレイアの隣で、同じように配達人を見送った水月はおもむろにもそもそと準備を始めた。
 そろそろ、ただ眺めるばかりでなく、こちらからも何か仕掛けて反応を見るべきだと思い始めていた矢先。‥‥立派な屋敷の守衛なら、対応も紳士であって欲しいもの。
 そんなワケで、守衛たちは本日二度目の予定外の訪問を受けたのだった。

「‥‥道に‥迷ってしまいました‥‥」
「ジェレゾの街の方へ行きたいのですよ」

 今度は、可愛らしい女の子のふたり連れ。
 天儀風の衣装に身を包んだ小さな旅人たちは草臥れた様子を隠そうともせず、うるうると哀れっぽく潤んだ上目遣いで守衛を見曲げる。

「惜しいっ! これがもう少しこう、バンッ、キュッ、ボンッのナイスバディのお姐さんだったら‥‥」

 だったら、どうなのかと心中でちらりと首を傾げた氷海の疑問はさておいて。
 しっかりお水だけでなく、食べ物まで恵んでもらった水月とアイリスは上機嫌で観察を続ける仲間の前を通り過ぎ、ぐるっと回って拠点へと戻ってきた。

「‥‥優しくて、丁寧でしたし‥‥良い人たちです」

 お菓子だけでなく、名前とプライベートな連絡先まで教えてくれたとか。
 接遇面では大満足で「優良」をつけた水月に、氷海と喪越は思わず無言で視線を交わす。――お仕事中にナンパとは、不届きな――害意のない水月だから良かったけれど、悪意を秘めたる者にとっては十分すぎる隙のようにも思われた。‥‥まあ、水月やアイリスが悪人に見える猜疑心も、それはそれで問題であるような気もするが。


●楯と猟犬
 良くも見えれば、悪くも思える。
 護衛士の仕事ぶりは酒々井の行動規範から外れることも多く、それだけにこれからの糧になるはずだ。‥‥否、そのために敢えてこの依頼を受けたのだから、高みを目指さなくてはその甲斐もない。
 この数日間を、望遠鏡片手に木にへばりついて過ごしたフレイアは、そろそろ能動的に動きかけても良い頃合いだと、仲間たちに切り出した。
 起こりうる不測事態を日常に織り交ぜて試すのも、そろそろネタが尽きつつある。突然、頻発しはじめたインシデントを訝しむ者も現れそうだ。――むしろ、怪しんでくれなくては困るのだけれども。

「俺は構わない。夜間の行動を試せば、どのみち翌日からの警戒レベルは引き上げられるだろうから‥‥どうせなら、引き際は派手にやりたいものだ」
「何か仕掛けるなら俺も乗った。見張ってるだけってつーのは、やっぱ性に合わねえ」

 夜光虫を空に浮かべようと考えていた氷海と心理的な駆け引きよりは直接交戦を好む酒々井が同意し、水月とアイリスにも否はない。喪越は湯けむりの向こうのめくるめくジルベリア美女に再チャレンジを賭けたい気持ちがないでもないが、もちろん口には出せず黙するのみ。
 そして――
 涼やかな夜風をまとい短い夏の夜の微睡に紡ぐ淡い夢は、突如、中空に現われた得体のしれない光球によって、騒然たる戦慄へと変貌を遂げたのだった。

 ふうわり、と。
 淡い燐光を引きながら漂う鬼火に呼び起された動揺が、臨戦態勢へと移行するにはさほど時間はかからなかった。――この辺は、よく訓練されている。
 ゆらゆらと不安定に揺れる《夜光虫》を操る氷海の隣で、水月は研ぎ澄まされた聴覚でもって館の中と外で交わされる言葉を拾い集めた。
 命令と報告が飛び交い、照明が増やされたのか、館の中が明るさを増す。警護対象をより安全な場所へ避難させる作業が完了したことを《超越聴覚》にて確認し、水月はフレイアへと合図を送った。

 ‥‥タン、タン‥‥タン‥‥!

 乾いた発砲音が響き、《夜光虫》が砕け散る。
 志体を持った狙撃手がいることは、どうやら間違いなさそうだ。それでも人々の視線がそちらに気を取られていることを確認し、フレイアは少しゆとりを持たせた導火線に火を付けた焙烙玉を鉄柵の中へと投げ入れた。
 そして、くるりと館から背を向ける。
 逃げる後ろ姿くらいなら多少目撃されても害はない。――それよりも今は、一歩でも遠く――追っ手のあしらいは腕の立つ仲間に任せ、まずは己が捕まらないことだ。

 ‥ど‥っ、か――――ん‥ッ!!

 大気を揺るがせる衝撃と、夜目にもそれとわかる白煙と。
 前庭に飛びだしてきた護衛士たちの動きが止まったその混乱に乗じて氷海と水月は速やかに踵を返し、アイリスが《埋伏り》を張る待機場所を目指す。

「いたぞ!!」
「止まれ! 何者だっ!?」

 怒号と誰何の入り混じる、確かにそこも戦場だった。
 ちょっとしたスリルを味わうだけにしては、少々、悪ふざけが過ぎる気もしたけれど。

「待て。 2発目があるかもしれん、深追いはするな」

 雑木林の奥へと続く細い道の中程で、追ってくる護衛士たちを待ち受けていた酒々井はその静かな戒めに僅かに緊張を解いて肩を落とす。――目の前の敵を追い詰めんとする覇気には欠けるが、与えられた任務の優先順位を見失わない分別は持ち合わせているようだ。
 世界に満ちる夜の中で目を眇め、酒々井は暗がりの向こうの気配を探る。
 館を取り巻くぴりぴりとした緊張感は先刻より強まっていたが、周囲を取り囲む鉄柵を越えて膨らむ様子はない。――少なくとも夜が明けるまでは。

「‥‥そう悪くない判断ね」

 皆の無事を確認し、フレイアは小さく微笑んだ。
 確かに、いくつか心許ない箇所もある。だが、致命的な隙も見当たらない。――皇女殿下には少々ご不満かも知れないが、概ね「良好」だと報告しても、遜色のない手応えだ。
 ひとつの指針として総括し報告できれば、《開拓者ギルド》にとっても請負う仕事の幅が広がるかもしれない。
 急速に広がりつつある世界と、そのいずれにも浸潤するアヤカシの影‥‥より強大に、狡猾さが増しているのは気のせいだろうか‥‥迂闊に振りまわされぬ為にも、それは必要なことのように思われた。