プリマヴェーラ
マスター名:津田茜
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/28 02:49



■オープニング本文

 天窓を叩く雨粒が紡ぐ単調な旋律が、目覚める直前のゆるやかな覚醒に変化を促す。
 濡れた石畳を足早に往来する靴音と微細な飛沫を撒き散らしながら回転する車輪の軋み。――外れかけた鎧戸の隙間から洩れ入る曙光も、気が付けばずいぶん明るい。
 空は、厚く重たげな白灰色。閉め切った室内はひやりと肌を粟立てる冬の気配を残していたが、起き抜けの気分は何故だかひどく浮き立っていた。
 雨だれにも似たノックの音に、すぐそこに迫った春を実感する。
 瀟洒な傘の雫を払った春の女神は、出迎えた彼の――冬眠中に寝込みを襲われた熊のような――野暮ったい風体を全く気に留めた風もなく、にっこりと極上の笑みを浮かべた。

「おはよう、ボリス。世界はぁ、もうすっかり春よ!」

 いっそ傲慢に見えるほど艶やかに。門前払いを喰らう可能性など微塵も想い描かぬ娘の笑顔は、半地下に造られた工房の隅に居座る冬の残滓を追い払い、輝くばかりの春を持ち込む。――華やかな金髪のせいなのか、そこにだけ光が当たっているようだ。
 膝上丈のレース地ワンピースに、春色のレギンス、スェードのショート・ブーツと小さなバックは挿し色で‥‥ふわふわ巻いたお陽さまのような金髪に、もちろんメイクだって気を抜かず華やかに。ふうわりと軽い羽毛の外套を羽織っていなければ、気温だって忘れてしまいそうだ。
 女の子の戦闘モード全開のばっちり決まった居出立ちに、感心するやらあきれるやら。何やら軽く畏敬の念すら感じずにはいられない。

「‥‥そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたが‥‥」
「あらぁ 私たちぃ、相思相愛ね♪」

 蕩けるように甘ったるい歌うような独特の口調に、眩暈がする。
 爆弾発言の真偽に関しては声を大にして「否」を叫びたいところだが‥‥彼女の奇襲をすっかり春のイベントのひとつに勘定している自分に気づいて、少し愕然とした。作業台のスケッチブックを取り上げ、冬の間画き溜めた構想画を興味津々で身を乗り出す春の娘に見せながらしみじみ思う。

 ―――ああ、春が来た。

■□

「‥‥ウィンター・グリーンですか‥‥」

 差し向かいに座った大柄な青年の注文に、《開拓者ギルド》の受付係はほんの小首を傾げる。
 ジェレゾの周辺で採れるという話は聞かないが‥‥まあ、森の中を根気よく捜し回れば何処かに茂っているであろう気はするけれど。

「今の季節なら、近隣の農村あたりまで足を運べば、たぶん手に入るとは思うのですが‥‥チェッカー・ベリィとウィンター・グリーン‥‥それから、ルバーブも手に入ればありがたい」

 思案気に指を折りながら所望の品を挙げていく青年に、受付係はくんと小さく鼻を鳴らした。何やらふうわりと優しい甘い香りがする。――無性に甘いものが食べたい気分になってきた。

「自分で行く時間があれば良いのだが‥‥ちょっと他にも手が掛っていて‥‥まったく何だって今頃になってプリザーブは厭だなんて無理を言うんだ、あの人は‥‥いや、こちらの話‥‥それで、お願いできるだろうか?」
「――ああ、はいはい。これくらいは朝飯前です」

 こくこくと勢いよく頷いた受付係に、青年はようやく安堵した風に笑顔を浮かべた。うっかり気の優しい熊を思い浮かべて受付係は首を竦める。

「じゃあ、よろしく。――あ、これ試作なんだけど良かったらどうぞ」
「これ、もしかして《ヴィルラ・ドヴォール》の!?」

 思わず息を呑んで受付係は差し出された小箱を凝視する。
 首都ジェレゾの最も繁華な通りから道ひとつ奥にある小さな池のある公園に面した《ヴィルラ・ドヴォール》は、地方の貴族や富裕な市民が首都滞在中に利用するいわゆる高級宿のひとつだ。
 とある名門貴族の冬の館として建てられた贅を凝らしたいかにも格式高く重厚な建物は、皇族のひとりがお忍びで訪れたなど、とかく高貴な噂には事欠かない。興味をかき立てられつつも、市井には少しばかり敷居が高く取っつきにくい場所であったのだが。
 誰の発案か数年ほど前、地上階の部分に大きく手を加え、軽い食事やお菓子をつまみつつ歓談を楽しめるラウンジを併設させた。一般市民にも手の届く値段で――とはいえ決して安くはない――極上のスィーツが食べられるとあって、若い女の子のみならず幅広い世代の支持と注目を集めている。
 殊に、季節毎に趣向を変えた創作菓子は評判で。この菓子を食す為だけに、わざわざジェレゾに出向いてくる賓客もいるとか、なんとか。
 待望の雨が降り、いよいよジェレゾにも春の訪れが実感として心を潤したその日を境に、《ヴィルラ・ドヴォール》の常連客たちの新作スィーツへの関心も日増しに強まりつつあった。
 何を隠そう受付係も、休憩時間に同僚たちとその話題で盛り上がっていた所である。

「え、じゃあ、依頼って‥‥うわあぁ、絶対、成功させますから! ええ、もう、ばっちり任せてください!!」

 その暁には是非――
 甘い夢に拳を握った受付係に、人の良さそうな菓子職人は曖昧にほほ笑んだ。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
チョココ(ia7499
20歳・女・巫
アイリス(ia9076
12歳・女・弓
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ


■リプレイ本文

 華やかで、軽やかな――
 待ちかねた季節に抱くイメージを具象化すると、あるいは、彼女になるのかもしれない。
 頼まれ事を果たすべく郊外へと足を向ける開拓者を見送るべくやってきた依頼人と肩をならべる春めいた装いの若い娘に、三笠 三四郎(ia0163)はふとそんなことを考えた。

「‥‥いやはや、垢抜けたべっぴんさんだスなぁ‥‥」

 思わず実用第一の自分と比べた赤鈴 大左衛門(ia9854)はそう瞠目し、チョココ(ia7499)とフラウ・ノート(ib0009)はショーケースに入れて飾っておきたいふわふわ綺麗な甘いお菓子のようだと思う。

「いい匂いがするですよぅ」

 うっとり蕩けたアイリス(ia9076)の嘆息に小さく頷いたルンルン・パムポップン(ib0234)の嗅覚にも、ふうわりと甘やかな花の香が春を告げた。もっさり大柄な依頼人と並ぶと、なにやら微笑ましい気分になってくる。――通り過ぎる街の人々が、わざわざ声を掛けて行くのは気のせいではなさそうだ。

「気合が入っているというか‥‥」
「ものっそ金かかっとんのは、確かやな」

 半ば呆れ気味の将門(ib1770)の言葉をぼそりと引き継いだ天津疾也(ia0019)の興味はもちろん――
 財布の中を訊ねるような無粋はしないが、惜しみなく注ぎ込まれているであろう情熱と金は尊敬に値する。充実していると満足するか、もったいないと渋るかは価値観の相異というやつで。

「お話はぁ、ボリスから聞きましたぁ」

 甘ったるく鼻にかかったやわらかな声に浮きそうになる奥歯を噛みしめ、三笠は無言で首肯した。
 最終的な決定権を持っているのは、この春の娘であるらしい。高級菓子を供する相手としては、この見るからに職人然とした朴訥そうな青年よりはいくらかふさわしい気がしないでもないけれど。

「わたしもぉご一緒したかったのですけどぉ、春はぁ工房のお休みが取れなくてぇ――」

 季節が変わると何かと予期せぬトラブルに見舞われるのは、いずこも同じ。
 なかなか身につまされて同情に値する理由ではあるが、いかにもあちこちゆるそうなこの娘が忙しく走り回る職に就いていたこともちょっとした驚きだった。

「普通は決まった農家にお願いすることが多いです」

 フラウの問いにボリスは少し考えるように小首を傾げる。
 砂糖や小麦、バター、クリームといったお菓子の主原料として欠く事の出来ない農作物は、近くの農家と契約して納めてもらうのが通例で。風味付けやトッピング、アクセントに使う果物やジャム、プリザーブといった季節の素材は、構想の段階で市場に出回っているものを選ぶことが多く、今回のように突発的に思いついて必要になることはごく稀だ。――割高になることが多いから、毎度、コレでは赤字になってしまう。
 麗らかな陽気にお財布の紐もつい弛みがちになる春を見込んでの大冒険だ。

「先にぃ、買い付けのぉお金を渡しておきますねぇ」

 手渡された革の財布はずっしりと重い。
 畑で採れる農作物とは異なり、値段はあってないようなもの。――上手に値切って安く仕入れることができれば、浮いた金額の何割かを報酬に上乗せすると言われて、俄然やる気になった天津である。有名店の人気スィーツを発売前に味わえる上、報酬まで手に入るいろんな意味で美味しい依頼かもしれない。
 春めいた温かな陽気と懐事情に、ちらりと幸先の良さを予感した長閑な旅立ちの朝だった。



 真冬の雪の下で実を結ぶその植物は、天儀では「ヒメコウジ」と呼ばれていた。
 盆栽などにも用いられる常緑の低灌木で、冬場に実る赤い果実は天儀では観賞用だが、ジルベリアでは食卓を彩る貴重な果物のひとつである。光沢のある厚い葉からは揮発性の油が採れ、こちらも香料や薬として珍重されているようだ。

「岩がちな場所を好んで生えるコトが多いみたいよ?」

 得意分野での取りこぼしは花忍の自尊心が許さない。
 持てる知識を総動員したルンルンの知性の片鱗に、赤鈴はなるほどと感心する。――甘い木の実は子供たちのおやつに最適だ。天儀でも自生している植物なら、帰郷の折りにでも探してみようかなと思っていたり。
 山仕事の手伝いなどで山林に踏み込む機会の多い赤鈴もキノコや山菜、食べられる木の実など野草には少しばかり明るいのだが、さすがにジルベリアの食材には馴染みがない。あるいは、見れば判るモノかもしれないけれど‥‥目下のところは馴染みのない耳新しい名前ばかりだ。

「‥‥食べ物が余っているワケではなさそうですし‥‥」

 むしろ、冬の備蓄が底をつき始める頃である。
 ルンルンの集めた情報を踏まえて採集の算段を練りなおし、チョココは思慮深く眉を顰めた。
 狙い目は少し峻嶮な岩場の斜面か。容易に手の出せる場所は採り尽くされているだろうから、多少は無理をしなくてはいけないのかも。――雪解けに大地の弛むこの季節、ケモノやアヤカシだけでなく足許にも注意した方が良さそうだ。
 アヤカシ退治に比べれば危険は少ないが、いくぶん地味な作業ではある。

「ほな、俺は近くの農家を当たってみるわ。主食ではなさそうやし、少しくらいなら都合付けてくれる所もあるやろ」

 手回し良く用意した荷車ともふらを連れた天津は、それならばと交渉役を買って出た。
 瞬発力と機転には自信があるも、根気のいる地道な作業は実はちょっぴり苦手だったり。そんな天津にとってお金は何にも代えがたいモノだが、農家にとっても今の季節の現金収入は貴重な筈で。――新鮮な野菜が手に入るようになるまでの数週間、食卓に供されるお菓子のバリエーションがひとつ減ったところで、さほどの痛痒ではないように思う。余剰の在庫処理くらいの気持ちで分けて幾らか貰えればありがたい。

「美味しいスィーツの為に、頑張るですよ〜」

 チョココの秘めたる裡なる想いを言葉に紡いだアイリスは、本懐を遂げる為にも尽力を誓い道中に淡く萌える緑に目を凝らした。お菓子の材料にはならなくても、食べられる若草は交換の口実には喜んでもらえるかもしれない。

「そっか。それは名案かも♪ あたしも手伝うわ」

 流れ始めたせせらぎに見つけたクレソンを集めるアイリスに、フラウも手伝いを申し出る。
 ジルベリアに蕗玉を食べる習慣があるのかどうかは判らなかったが、こちらは土産と称して天儀に持って帰っても喜ばれそうだ。いっそ自慢の腕をふるってジルベリアの人々に、新しい食の提案をするのも良いかもしれない。



 三寒四温の言葉のとおり、とかく春の天気は変わり易いというけれど――
 大気の状態は安定している。‥‥天儀の気候とは多少異なっているところも多く、空読みに幾許かの心得がある三笠にも断言は出来かねたが、大きく崩れる心配はなさそうだ。
 歩いていれば軽く汗ばむほどの陽気のおかげで、針葉樹と広葉樹の混じるジェレゾの森も陽の当たる場所には黒い地面が顔を見せ始めている。ほっこりと濡れた土の匂いに混じる芽吹きの気配は、足を踏み入れた者たちの胸に祭りの始まりを予感させる淡い昂揚を呼び醒ました。
 チョココの《瘴索結界》でアヤカシの気配に注意しながら、赤鈴は雪の下から身を擡げ始めた藪を鉈−手斧−で打ち払って人の通れる道を切り開く。野蒜やタラの芽など赤鈴の目にはご馳走に映る山菜の類が手付かずで残っているのは、食習慣の違いだろうか。スィーツとやらになるかどうかは微妙だが、《おやき》の餡には上等だ。
 チョココの探す野イチゴやスミレはまだ少し時期が早いのだろう。芽吹いたばかりの緑にそれらしき葉っぱを見つけることができたが、残念ながら食用になる部分はまだこれからといったところ‥‥三笠が倒木の影に気の早いスペアミントの小さな株を発見したのは、思いがけぬ収穫だった。
 やわらかい土の上に残った小動物の足跡を調べる将門の隣で、ルンルンは森に満ちる種々の音を拾うべく《超越聴覚》を覚醒させる。

「動物の鳴き声とかをたどっていったら、食べ物の所に連れていってくれたりもするんですよ」

 怪訝を込めて顎を引いた将門の視線に、華やかな風貌のシノビの少女はにこりと親しげな笑みを返した。
 言われてみれば、木の実や果実は小鳥たちの好物である。限られた場所を取り合うギャアギャアとけたたましい棘のある囀りは、一瞬、アヤカシが出たのではないかと錯覚させるほど強烈で。様々な生命に満たされた自然界では、沈黙こそが最も恐ろしいモノかもしれない。
 小鳥たちの争う声を追い掛けて森を歩き――ひとつ、ふたつ遠回りをしてしまったような気もするが――琥珀色の太陽が遥かな高みよりほんの僅かに傾く頃、捜索隊は人が踏み込むには少しばかり勾配のきつい岩場の北側‥‥まだ残る雪の下に目指す赤い実を見つけたのだった。

「ははァ、これがちぇっかーべりいだスか‥‥」

 どれ、と。物珍しさに好奇心も手伝ってひとつ摘まんで口に放り込んだ赤鈴に倣い、それぞれ赤い実に手を伸ばす。冷えた実を噛みつぶすと爽やかな香りが口いっぱいに広がった。
 香り高く清涼だが、木いちごや野いちごに比べるとかなり酸っぱい。雪に埋まりよく冷やされているからそれなりに美味しいと感じるが‥‥常温で口にいれると酸味の方が勝ってしまう気がする。

「‥‥あまりおいしくない、という気がしないでもないですが‥‥」

 これが食生活の違いというものだろうか。思わず本音のこぼれたチョココの呟きに、将門もこくりと肯首する。ジルベリアに近い食文化に馴染んだルンルンと、山育ちの赤鈴は割と平気なようだ。

「ベリィ類は日保ちしないから、砂糖漬けとかジャム、プリザーブにするのよ」
「なるほど、加工次第ということですか」

 そういえば、菓子の材料を捜しにきたのだったと改めて思う。
 この食材がどんな風に化けるのか‥‥料理に飽くなき探究と情熱を傾ける者の気持ちが、少しだけ理解った気がした三笠だった。
 さて、どんなものが出来るのだろう。
 太陽が傾くまでの数刻を費やして、よく熟して傷みの少ない小さな果実を集め――気がつけばひとつ、ふたつ口に運んで味を再確認してみたりして――それなりの収穫を得、手や服についた爽やかな香りに包まれ何やら満ち足りた気分で帰路についたのだった。



 外気はぽかぽかと温かかったが、畑仕事にはまだ少し早いのだろう。
 のんびりと穏やかな農閑期の空気を漂わせた小さな農村は、突然の訪問者を快く迎えてくれたのだった。

「あらまあ、わざわざジェレゾから?」

 香草茶と硬い焼き菓子で歓迎してくれた農婦は、開拓者の訪問の理由を聞いてまた驚く。どこかの貴族の道楽だと思われたかもしれない。まあ、当たらずとも遠からずといったところではあるが。

「‥‥チェッカーベリーにウィンターグリーンねぇ‥‥」
「そや。あったら、ルバーブも分けて欲しいんや」

 金なら払うで、と。
 先ずはこちらの購買意欲をちらつかせて、在庫の有無を確認する。――あまりガッついても足許を見られるが、相手が話にノッってくるまでは下手に出るのも作戦のひとつだ。
 売り手の欲と買い手の打算と。ぎりぎりの鬩ぎ合いときわどい駆け引きが値切り交渉の醍醐味で。商売の極意というか、ちょっとした知的ゲームのようで慣れてくるとかなり楽しい。
 賑やかな仲買人の噂はたちまち村中に広まったのか、気がつけば村中の主婦が自慢の品を持ち寄り、広い農家の前庭はちょっとした市場のようになっていた。

「わぁ、いろいろあるのですよ〜」
「をぉう! 目移りして困るわねっ♪」

 前年の夏に摘んだベリィ類の他に、りんご、杏、さくらんぼといった果実のプリザーブやワイン漬け。桜はさすがになかったが、バラやスミレの砂糖漬けに、香草類も有るところにはあるものだ。
 アイリスとフラウの感嘆を余所に、格好の買手市場に全身全霊で値切り交渉を堪能した天津である。‥‥アヤカシを相手にする以上に輝いていたかもしれない。
 とはいえ、朴訥な農民が相手ではさほど無体を押し通す気も起こらず、お互いに満足のいくラインで折り合いをつけてガッチリ握手で気持ちよく交渉成立。
 もふらさまの引く荷車に獲得した品物を積み込んで、ほくほく農村を後にしたのだった。



 歪みなく積み上げられた大理石の柱に支えられた高い天井の下は、洗練された調度とやわらかに外光を取り込むステンドグラスに彩られた高級感の漂う空間だった。
 荘厳と格式を纏うその場所を心地よいと感じるか、肩が凝ると苦手意識を抱くかは個人差に依るところだが‥‥とりあえず、他人の目を気にせずに済む今だけは、頼まれた依頼を果たした開拓者たちへの労いなのだと思われる。
 想像以上の成果を持ってジェレゾに帰還した開拓者の偉業に《ギルド》の受付係も鼻高々で――試食は是非、《ヴィルラ・ドヴォール》でと我儘を通したとかなんとか――本当に叶えられたあたり、依頼人の感謝の表れであるのかもしれない。

「みなさまのおかげでぇ、今回もぉ美味しいスィーツを楽しんでいただけますぅ」

 並べられた見た目にも春らしく甘やかなスィーツを前に、《ヴィルラ・ドヴォール》の総支配人エルヴィラ・サージはにっこりと極上の笑みを浮かべる。
 銀のトレイに並ぶ菓子を前にしたボリスも、ぱりっと糊の利いた白いシェフコートに身を包み何だか誇らしげだ。

「お礼と言ってはなんですが、是非、召しあがってください」
「わぁ♪ 嬉しいです〜」
「もちろん☆ 遠慮なんてしないんだから♪」

 この瞬間の為に頑張ったと言っても過言ではない。
 白と薄紅、そして、淡いグリーンのいかにも春らしい綺麗なケーキをぱくりとひと口。‥‥先日、知ったばかりの爽やかな香りが濃厚なクリームの甘さの中でふわりと存在を主張する。

「‥‥‥おいしい‥‥」

 ぽつり、と。呟いたチョココのとなりで、フラウも思わず感嘆の吐息を零した。
 酸味の強い果実がくどくなりがちなクリームの脂臭さを中和して、しっとりと重めに焼き上げたスポンジとの相性も抜群で、これならいくらでも食べられそうだ。

「うむ。見た目ほど甘くないのだな」
「そうですね。つい食べ過ぎてしまいそうです」

 慎重にフォークを口運びつつ吟味する将門と三笠の隣で、「うーまーいーぞー」と叫ぶ天津は口から怪光線を吐きそうな勢いで感動している。
 じたばたと口にできない衝動に駆られてジタバタ悶えるルンルンに、手を取り合って頷き合うアイリスとフラウ。静かに、そして熱く広がる感動の渦中で、赤鈴もまた静かな再会を果たしていた。

「るばーぶ‥‥ってこりゃァ、大黄でねェだスか」

 腹詰まりに祖母が煎じてくれた薬のひとつだ。
 こんな使われ方もあるのだと‥‥むしろ、同じ効果を得られるのなら、こちらの方が嬉しい気がする。とはいえ、やっぱり餡子の詰まった饅頭も捨てがたい。
 天儀に戻ったら――
 秘かにそんな算段を始めた赤鈴だった。