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■オープニング本文 少女は、頭を抱えていた。 目の前には、美しい金色の田んぼが広がっている。今年も色々なことはあったが、それを乗り切って実らせた大切なお米である。 あとはこれを刈り取って、収穫すればいい。そうすれば、家族みんなが落ち着いて年末を迎えられる。 ――だというのに。 「ごめんね、ごめんね」 「ううん、大丈夫。大丈夫だからね、お母さん」 先日、母が山で足を折った。 足元が緩くなっていたのに気付かず、滑り落ちたのだ。命に関わる怪我ではなかったが、しばらく安静にしていなければならない。 それだけならばまだ良かった。自分と弟たちでどうにかなっただろう。結構、いやかなり大変だろうけれど、絶望する程ではない。 「お姉ちゃん、ごめんね……」 「ごめん、お姉ちゃん……」 「いいから、あんたたちは気にせず寝てなさい」 弟二人はそろって風邪で寝込んでしまった。最初に体調不良を隠して無理をしたため、少し長引いてしまうかもしれない。 病人を働かせる訳にはいかない。しかし、手は圧倒的に足りていない。 「私が、何とかするから」 金色の田んぼ。そのほとんどで、重そうにこうべを垂れた稲が風に揺られている。 待つことも考えた。けれども、秋の天気は変わりやすい。いつ大雨や嵐が来るか分からない。 村の人たちに手伝ってもらうことも考えた。だけど、この時期はどこだって家族総出で働くのだ。迷惑をかけるわけにはいかない。 ぎゅ、と少女は拳を握りしめる。 ……その日、ギルドの掲示板に、一枚の大きな藁半紙が張り付けられた。 『求む、体力自慢』 稲刈りの人手を募集しています。 経験の有無は問いません。 昼食支給、寸志有り。 とにかく、助けて!!!!! 必死さの滲む荒々しい筆跡に、思わず足を止めた開拓者は多いという。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
蛍火 仄(ic0601)
20歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●急募! 思わず足を止めたのは、礼野真夢紀(ia1144)が最初だった。 切迫した筆跡に思うところがあったのだろう、まじまじと藁半紙を見つめ、ふむと考え込む。 ややあってくるりと身を返すと、ちょうど通りがかった友人の姿に、彼女の表情はぱっと明るくなった。 「狸さん、狸さん!」 「おお?」 「稲刈りのお手伝いの依頼に行きませんか?」 声を掛けられた玄間北斗(ib0342)は、礼野の言葉にそろりと視線を上げる。 彼女の背後、ギルドの掲示板の中ほどに、大きな藁半紙が張り付けられている。 「あらら、何だか大変そうなのだぁ〜」 「そうなんです。だからあたし、お手伝いに行こうと」 「よし。おいらも行くから、一緒に頑張ろうなのだぁ〜」 「はい!」 和やかな二人が去った少し後、やはり黒々しい筆の後に目を留めたのはルオウ(ia2445)である。 「んぁ? おー……」 これは、と口の中だけで呟き、少年はふむふむと続く文字を読んだ。 ●お願いします 「よしっ!話は判ったぜ!俺達に任せときな!」 そんなこんなで、集まった開拓者は八人。依頼人の少女は一通りの事情を話すと、頼もしいルオウの言葉に感激し、何度も何度も頷いた。 「ありがとうございます、助かります! 私一人でも進めていたんですけど、やっぱり全然進まなくって!」 祈るように組み合わせ、握りしめられた少女の手は、洗っても落ちないだろう土汚れに煤けている。 「ひとりで無理しちゃダメよ」 それを見たフェンリエッタ(ib0018)の優しい言葉に、少女はちょっと顔を赤らめた。あまりこのように物腰柔らかな扱いを受けたことはなく、誤魔化すようにふるりと首を振る。 「……ありがとうございます、今日はよろしくお願いします!」 ぺこりと頭を下げると、少女のお下げがぴょこんと跳ね上がった。 「……えっと、何が必要なのでしょう……?」 くるりと倉庫を見回し、不思議そうに呟いたのは和奏(ia8807)である。彼らがいるのはまるで掘立小屋のような小さな倉庫で、埃っぽいその中には様々な道具が無造作に置かれている。 「まずは鎌ですよね。貸してもらえるでしょうか」 同じように周囲を見回しながら、具体的な道具を挙げたのは鈴木透子(ia5664)。鈴木の言葉に少女は頷き、ええと、と言いながら道具の山に向き合った。 「あ、あたしは自分の鎌が」 「ああ、私も」 「ありがとうございますーっ。それなら大丈夫かな、ちょっと数が揃ってなくて」 礼野とフェンリエッタが荷物から取り出した鎌は、いかにもよく切れそうだった。対して、申し訳なさそうに少女が持ち出した鎌は、かなり使い込まれた跡の見える稲刈り鎌である。 それでも手入れはしたのだろう、研がれた刃は十分な切れ味を持っているように見えた。 「ひい、ふう……ああ、一つ足りない……」 「それなら、おいらは稲を運ぶのを手伝うのだぁ〜」 鎌は一本足りなかったが、どのみち作業は分担した方が効率がいい。 玄間の申し出に少女が頷き、各々は提供された鎌へ手を伸ばそうと――した。 「あらあら、よくいらっしゃいました……きゃっ」 「お母さん!」 戸口でよろめいた女性を咄嗟に支えたのは、それまでひかえめに成り行きを見守っていた蛍火仄(ic0601)だった。 「大丈夫ですか?」 「すみません、ご迷惑を……いえね、お客様だけ働かせる訳には」 「お母さん! 大人しくしててって言ったじゃない! それに、開拓者さんはお客様じゃないってば!」 ちゃんと雇ったんだから――と言い募る少女に、でもねえ、と母親が眉を寄せる。 「寝ていて下さい。こっちはこれが仕事だ」 気負う風でもなく、宮坂玄人(ib9942)はあっさりと言ってのけた。そうですよ、と蛍火が後を引き継ぐ。 「それでも、と仰るなら――お母様、稲刈りや家事は私達に任せて、お子様の側に居てあげてください。子供達も、今の時期に風邪で寝ているのは心苦しいでしょうから、無理をしないとも限りません」 穏やかな声音、口調であるが、母親ははっとするように目を大きくした。 「それに、お母様が側に居て下さるなら、囲炉裏に火を入れることも出来ます。私達も温かな食事を楽しみに働く事が出来て、本当に助かるんです。お願いできませんか?」 「そ、そうよお母さん! でも、台所に立つのは禁止だからね。この間、それでお鍋ひっくり返しかけたでしょ!」 「あら、まあ……」 ぱちり、ぱちりと母親は瞬きを繰り返す。その表情はほどけるように徐々に和らいで、申し訳なさそうであったのが、本来の気質の優しさが見える、おっとりとした笑顔に変わった。 「そうですねえ、こんなに立派な方がいらしてるんだから……私は大人しく、お留守番していましょう」 「そうそう! ほら、行った行った!」 「あらあら」 駆け寄ってぐいぐいと背中を押す娘に、母親の柔らかい笑い声が響く。玄間はそっと近づき、その手を支えるように取った。 「力仕事までは少しあるだろうから、弟くんの様子を見せて欲しいのだぁ〜。もしかしたら、ちょっとお役に立てるかもしれないのだ」 「まあまあ、ありがたいことです」 「え! でもそんな……」 恐縮する少女にそっと首を振り、気にしなくていい、と玄間は告げる。 「お嬢ちゃんは、稲刈りを頑張るのだ。今日は天気もいいし、きっといっぱい進むのだぁ〜」 「おう! 今日一日でおわらせるぜぃ! そんだけ働いた方が、飯も美味いしな!」 「ふふ、ご飯目当てね」 ルオウの意気込みに、フェンリエッタがくすくすと笑う。少女も、つられたように少し笑った。 笑ってから、よし! と腰に手を当てて、秋晴れの美しい空を見上げた。 「こんなに沢山の人に手伝って貰えるなんて、思ってませんでした。……がんばりましょう! お昼は腕をふるいます!」 歓声が最も大きかったのは誰か、言うまでも無いことであった。 ●実るほど 「こう持って、あてて、引いて……で、こう置く」 「ふむ」 「こう持って、あてて、引いて……こう。どうですか?」 「なるほど」 「多分、大丈夫だと思うわ」 「まあ、やった方が分かりますよね。やってみて、分からなかったら聞いて下さい」 「はい」 稲刈り未経験組が稲の刈り方を教わる一方、経験者組は手際よく、さくさくと稲を刈り取っていた。 ふんふんと鼻歌を鳴らしつつ、どこか楽しげに進めているのは鈴木。どこかで聞いたことのある稲刈り歌につられてか、礼野の手もまた、軽やかな調子で動いていく。 『隼人』で俊敏性を高めているルオウは、一番といっていい程の速度で刈り進んでいた。ふと上体を起こし、伸びをすると、縮こまった筋肉がぐうと伸びる心地がする。 「お、戻ってきた」 「ただいまなのだぁ〜」 「あ、じゃあ、そろそろ稲を干しましょうか」 稲は、刈って終わりというものではない。刈ったら束ねて、くいにかけて干す。ことに干す作業は力もいるし、担当は背の高いものが望ましい。 「俺の出番かな」 「おいらも頑張るのだぁ〜」 そういう訳で、その仕事は宮坂と玄間に一任された。束ねる作業は慣れと器用さも必要なので、蛍火と少女が請け負うことにする。 「開拓者さんって、すごいですねえ」 ――稲を抱え、少女は感心した声でそう呟いた。 常人よりも、身体能力の高い開拓者である。未経験であるはずの和奏やフェンリエッタすら、しっかり即戦力になっている。 慣れている少女や家族でもなかなかに堪える作業だというのに、不平不満の声もない。 それどころか、どこか楽しげな様子に、少女は少し顔を綻ばせた。 「……これ、何て言うんだろう」 実際、開拓者は大なり小なり楽しんでいた。ふと手を止めた和奏の視線の先には、稲にしがみつくイナゴがいる。 多く出ればひどい虫害をもたらす虫だが、幸い今年はそのようなこともなく、イナゴは稲と共にそよそよと風に揺れている。 「あ」 和奏の視線に堪えきれなくなったのか、ぴょんとイナゴが逃げた。追いかけて惜しそうな声を上げたものの、作業が止まっていたことに気づき、再び黙々と稲刈りを進めていく。 皆が真面目に仕事をした甲斐もあり、収穫は想像以上のペースで進んでいた。半分以上がきれいになった田んぼを見つめ、少女は満足げに味噌汁を啜る。 「昼食の足しにして下さい、美味しいご飯は力になりますし」 礼野から差し出された食料もあり、昼食は質素ながら美味しいものになった。糠秋刀魚の焼ける香ばしい匂いが食欲をそそり、梅干しの酸味が労働の疲労を和らげる。 味噌汁には山菜ときのこを沢山入れた。佃煮と沢庵を添え、田んぼの近くでお弁当のように食事を広げる。 いただきます、と手を合わせ、わっと手が伸びたのは新米のおにぎりだ。 「ふふ、おいしいですね」 「すみません、沢庵とってもらえますか?」 「うまっ。……うーん、こういう仕事をしてみると、ご飯のありがたさってほんとによくわかるよなー」 「そうね、農業というのは、本当に大変。でも、とても大事ね」 「風が気持ちいいですね……お味噌汁がおいしいです」 「お茶、足りない方はいらっしゃいませんか?」 「うまいな、これ。……猫族の秋刀魚? へえ」 「いっぱい食べて、沢山働くのだぁ〜」 知らない者同士であっても、食卓を共に囲めば距離が近くなる。打ち解けた様子で昼食を頬張る開拓者たちの様子に、少女は少しのくすぐったさを覚えた。 少し食休みをとって稲刈りを再開し、まだ日が高い内に作業は全て終了した。額の汗を拭い、「お疲れ様でした」と少女は笑った。 「こんなに早く終わるなんて……本当に、感謝してもしきれません。ありがとうございました」 「じゃあ、お仕事はここまでですね」 「お手伝いはここから、かしら」 「えっ」 きょとんとする少女に、礼野とフェンリエッタばかりでなく、開拓者たちがにこりと笑う。 「なあ、他に収穫するものとか、手伝うことってないか?」 「あたし、掃除くらいなら出来ますよ」 「自分も、力仕事でも、何でも」 「えええっ! あ、ありがたいですけど、でも……」 突然の申し出に戸惑う少女の頭を、玄間がぽふりと撫でた。 「困ってるときは、ひとを頼るのも大切なのだ」 「そう。ひとりで、無理をしちゃダメよ」 思わず、少女の瞼がじわりと熱くなる。 自分一人では、どうにもならなくて。あれもしなければ、これもしなければと、行き届かないことばかりだったのだ。 「あ、ありがとう、ございます……っ」 ぎゅっと拳を握り、勢いよく頭を下げると、やっぱりお下げがぴょこりと跳ねる。 宮坂と蛍火が、それを微笑ましそうに見つめていた。 ●秋の恵みとお手伝い 働くには、エネルギーが必要だ。 たっぷりとった昼食も、その後の稲刈りで大分消費してしまった。こまめにエネルギーを補給することが、無理なくたくさん働くコツである。 ちょうど時間が相応しかったこともあり、一同は休憩をとることに決定した。フェンリエッタが提供した洋菓子が添えられ、ちょっとしたおやつの時間――ティータイムといったところだろうか。 「じゃあ、あたしと蛍火さんで、おうちのことをしますね」 「おいらと和奏さんは、色々なところの修繕を」 「あたしとフェンリエッタさんは、畑の収穫をします」 「俺と玄人は、ちょっと裏の森に行ってくる」 その後、それぞれ、鈴木・玄間・礼野・ルオウの発言である。異を唱える者はおらず、呼ばれたものはこくりと頷いた。 適材適所、といったところだろう。それでも、さすがに他人の家、他人の土地。四組のいずれかから質問が出る度に、少女はくるくると歩き回って答えを返した。 「寒いけど少しの間ガマンです」 すぱんと窓を開け放ち、鈴木が言う。 「はい、あなたたちは暖かくして……飴を一つ、いかがですか? それとも、飴湯?」 「飴湯ー」 「飴ー」 「……飴湯飲んでから、飴ー」 「そうするー」 「はい」 礼野から預かったキャンディボックスを脇に置き、蛍火がそっと微笑む。先に玄間が置いて行った飴湯も、子供たちはことの他気に入ったらしい。 きっと、あとでお汁粉も気に入るだろう。 「すみませんねえ、そんなことまで……」 雰囲気に似合わず背の高い玄間は、楽々と雨どいを修理している。あまり、天井の高い家ではない。 「やらなきゃ、やらなきゃとは思うんですけど、なかなかねえ、男でも無いし……」 やはり落ち着かないのか、様子を見に来たらしい母親の話を、和奏は雨戸を修繕しながらきちんと聞いている。玄間も時折相槌を挟むが、母親はどちらも聞いているのかいないのか、案外に話好きな女性のようであった。その足を包む包帯は真新しく、微かに薬草の匂いがする。 「あの子は働き者ですけど、女の手じゃなかなかねえ」 「そうですね、まだお若いですし」 「でも本当にいい子なんですよ。器量は十人並みですが、よく気が付いて」 「自慢の娘さんですね」 「下二人はねえ、男の子ですから、しょっちゅう転んじゃ怪我をこさえて……」 とんかんと工具の音に混じり、母親の話はいつまでも続いた。 収穫組は、女性二人である。 「ついでだから、草むしりもしましょうか」 「そうね。これ、おいも?」 「はい。こっちは大根の畑ですね」 「これは、まだ収穫しないのね」 「はい」 小さな畑には、家族が食べて少し余るくらいの量の野菜が植えられている。 隅には大葉や紫蘇など、手をかけなくても育つ薬味も生えていた。 「いいわね、こういう仕事も。何だかのびのびするわ」 「お天気も良いですし、気持ちがいいです」 「本当に」 古びた籠を抱えて、二人で野菜をもいでいく。それは単純な、同時に根源的な、収穫の喜びでもあった。 「そっち行ったぞ!」 「任せろ」 収穫の喜びといえば、何も農作物だけには限らない。 冬を控えて獣も魚も肥える秋。小さな森だけに大物はいないが、ウサギや山鳥などは豊富である。 「あ、結構でかいなー」 「もう少し獲るか」 「川も見に行かないか? 肉ばっかりってのも飽きるし」 「そうだな」 家事を一通り終えた鈴木と蛍火がやってくる頃には、随分と沢山の獲物が積みあがっていた。 「随分獲れましたね」 「まあな! 透子たちはどうしたんだ?」 「家事が終わったので、薪でも拾おうかと」 「手伝う」 「俺も!」 「ありがとうございます」 ●収穫がもたらすもの やがて日が落ちる頃、収穫を使って夕食が饗された。 重荷が下りたとばかり年相応に笑う少女は、人の温かさというものを噛みしめる。優しいひとばかりの世の中ではないだろう。でも、優しいひとは確かにいるから、こうして真面目に生きていてよかったと心から思える。 叶うなら、と少女はこっそり思った。 叶うなら、いつか、この人たちの糧となるように、田畑を耕せればいいと思う。今は自給自足に毛の生えたような暮らしだが、もっとお米を作って、頑張る人たちのお腹を満たせたらいい。 小さな夢をお腹に収めて、少女はきれいになった田んぼを見渡した。 |