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■オープニング本文 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 「ツギあては得意かい?」 八と呼ばれたのは地味な着物の女の子、呼んだのは派手な着物の少女だ。どちらも年は十くらいで、少女のほうは墨を含んだ筆のような髪から察するに鶴の獣人らしい。話しかけられた女の子は視線を泳がせた。 「そりゃァ、お針は女のたしなみだからね。あてるだけならできるともさ」 「じゃあハギレを寄せて一枚布にしたりとかは?」 「できることはできるけど……アタイ、色柄はてきとうにつなぐと変になっちまうし」 「そんじゃ数珠玉(ビーズ)を縫いこんだり、金糸銀糸で刺繍したりとか」 「アタイにできるのは、アンタのそのほつれたすそを繕うくらいだよ」 「こいつは助かるね」 「もっと素直に頼みな。まったくクマやんはいつも話がハギレみたいだ」 「ツギあては得意なんだろう?」 「おあとがよろしいようで」 一方その頃、開拓者ギルド。 「お願いですうー裁縫の得意な方を集めてくださいー!」 「わ、わかった。わかりましたー!」 窓口で泣き伏す旅泰(泰国の商人)をギルド職員が必死でなだめる。 この旅泰、あやしげな筋から流行のウェディングドレスが破格で手に入ると聞いてうっかり話に乗ったらば、たいしてお安くもない代金と引き換えに送られてきたのは。 ボロっちい人形のドレスだった。 しわが寄ってるわ穴は開いてるわ、とても人前に出せない。このままでは商売道具まで手放すはめになる。幸いなことに、布自体は質がよく、手を入れれば売り物になりそうだ。そこで見かねた旅泰の仲間がハギレや裁縫道具を融通してくれた。 だがしかし肝心の針子がいない。 「開拓者さんの相棒さんていらっしゃるじゃないですかー」 「はい、そうですね」 「人妖さんとか羽妖精さんとかー」 「そうですね」 「仕立て直せば猫又さんや管狐さんもギリいけるんじゃないかなーって」 「つまりそのサイズなんですね?」 「いえいえ、大改造すれば鬼火玉さんとか忍犬さんとかミヅチさんとか迅鷹さんとかもふら様だってきっと」 「もう原形とどめてないじゃないですかそれ」 「とにかくお針子さんに来てほしいんです。ハギレも数珠玉も刺繍糸も、お飾り布当て(アップリケ)だってたくさん用意してもらったから材料に不自由はしないです。ちょっとくらい失敗してもいいから、相棒さんが着れるようなかっこかわいい衣装に仕立て直してほしいんです」 「開拓者ならなんでもできると思ってますね、さては」 「違うんですか」 「私の口からはなんとも」 かくしてギルド掲示板に一枚の依頼書が張り出された。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
暁 久遠(ic0484)
22歳・男・武 |
■リプレイ本文 ●へいカモンカモンよー 「こんにちはー! おしゃれな格好を朋友にさせてあげられるって聞いたんですけどー!」 依頼書片手に駆けこんできたのは藤本あかね(ic0070)とミヅチの水尾。 「おともだちさんだー。うたといっしょにあそぼー」 「敵襲か!? 主よ、お下がり下さいませ、ここはこの藍音が!」 「えへへ〜、あなたもおめかしです? マスターが作ってくれる衣装、どんなのかワクワクしますね」 ちんまり愛らしい女の子たちと、すらっと背の高い青年風の、でこぼこトリオな羽妖精たち。 菊池 志郎(ia5584)、暁 久遠(ic0484)、そして緋乃宮 白月(ib9855)はそろって苦笑する。 「敵と聞いては黙ってられない、正義とかの使者初雪! ここに参上!」 「ちょっとワンコ、ヴェールは薄めにって言ったじゃん。これじゃワンコのかわいい犬耳が隠れちゃうでしょ、やりなおしっ!」 葛切 カズラ(ia0725)と杉野 九寿重(ib3226)、二人の供回りをする人妖は、あっちこっちそっちどたばた。 (「あ、あれ。私の相棒、ちょっと浮いてる?」) 人型相棒に出迎えられ、腰が引けるあかね。そこへ奥から野太い声が響いた。 「おう、雁の字。俺の性別をいってみろ!」 人形用のドレスを前に、霧雁(ib6739)にすごんでいるのは猫又のジミー。キジトラ柄に太鼓腹、どこから見ても立派な雄だ。 「クァ!」 威嚇の声をあげたのは迅鷹の詩弩。主人、からす(ia6525)の髪にも似た濡れ羽色の翼を広げれば、内側にびっしりと赤の紋様が描かれている。 「はうっ。神父様、あの迅鷹さんホラーでふ」 「おおパウロよ。みだりに心揺るがすべからず。見た目に惑わされるようではまだまだです」 「なるほど。さすが神父様でふ!」 エルディン・バウアー(ib0066)の後ろに隠れたもふらのパウロが顔を輝かせる。まだ若い個体なのか、ぱっちり生き生きとした瞳をしている。 「白房、いい子にしていてくださいな。あら、あれあれ」 忍犬、白房は柚乃(ia0638)とのお出かけがうれしくてたまらない。尻尾をふりふり、頭をすりすり、じゃれついて柚乃の腰を飾るしごきに絡みついてしまった。つられて柚乃も尻餅をつく。 「よかった。そうでもないみたい」 人型以外の相棒を見て、あかねは胸をなでおろす。 柚乃はキュンキュン言う白房を助けてやると、おすわり、とちょっと強めに言いつける。それなら得意だと胸を張って座る白房。頭を撫でてやってから、彼女は手を打ち鳴らした。 「さあさ皆様、始めましょう」 ●ちくちくぬいぬいよー 「お裁縫、ですか? はい、一応は得意ですよ。けど布を切るところから作るのは初めてで……」 柚乃はハギレを前に白房と頭を悩ませる。隣ではあかねが犬用の型紙を水尾にあてがっている。 「やっぱりミヅチだと大きさぎりぎり、自分で採寸したほうが確実だね……。そうだ! 柚乃さん、この型紙使いなよ」 「ありがとう。助かります。白房にはどんなのが似合うでしょうね。ちょっとどきどきです」 実際に型紙を前にしていると次々とイメージが浮かんでまとめきれない。 「ぴったりとした物を作っても……直ぐに着れなくなってしまいますよね……」 くりくりした瞳と、にらめっこしながら考え込む。 「そうだ、獣耳フード付きのケープにいたしましょう。首元はリボン結びにするとかわいいかも」 さっそく型紙を元に布を切り出していく。あらかた形ができたところで、刺繍針を手に集中集中。狙ったところへ針を刺す、器用。出来上がりを見抜く、直感。黙々と作業を続ける、精神。 すべてに恵まれた彼女はついに最後の一針を。 「できましたー!」 ケープの背中部分、上から見えるところに『はくふさ』の文字。名前の両端には犬の手形マーク。 「我ながら上出来です。帰ったらお留守番してる他の相棒にも作ってあげようかな」 裾の始末をしながらいい汗をぬぐう柚乃。 後ろではあかねが水尾を相手に苦戦中。 「こーら! ちょっとおとなしくしてなさい。ね、ちょっとでいいから」 採寸をしたいのに、水尾はいやいやして逃げまわる。紙だ布だをぺたっとひっつけられるのはどうも慣れない。あかねのほうは、水尾に何かあっては大変と、内側に油紙まで貼って気を使っているけど、主人の心相棒知らず。 「仕方ない、奥の手よ」 あかねが取り出したものを見て、きゅぴんと水尾の目が光る。 ぴちぴち新鮮、アジだ。 「おて」 おて。 「ふせ」 ふせ。 「まて」 まつ。 「よし、今のうち」 ご褒美のアジをむぐむぐしているうちに、あかねはせっせと採寸する。 向かいでは姫翠が舞いながら有頂天。 「おめかしっおめかしっ楽しみですっ!」 マスターの白月はうれしげに瞳をしばたかせた。 「裁縫は久しぶりですね。うん、姫翠も楽しみにしている様ですし、頑張ります」 さっそくエメラルドグリーンのドレスを手に取り糸を切ってハギレに戻していく。 「慣れてらっしゃるのですね」 「いえ、それほどでも。母に少し教わった程度でして。辺境で二人暮らしだったものですから」 志郎に声をかけられ、はにかんだ笑顔を返す。 「奇遇ですね、俺も里の師匠に仕込まれまして。丈直しや繕いはよくやっていました。あ、天詩、針には近づかないで」 「しーちゃん、はりってどれ?」 「そのとがった金属の棒です。あと、しーちゃんはやめなさい」 「う?」 天詩はきょとんとしている。 「藍音、よければその子のお守りをしてあげてくれませんか」 久遠の声に藍音は驚き、目を見開く。 「命とあらば成し遂げて御覧に入れますが、今の我は主が根を詰めすぎておられないか心配で」 「……藍音? 別に俺は病弱な訳でも怪我をしている訳でもないんですから、一刻二刻集中していたところで何ら問題ないんですがね……」 手には人形用のコートがある。残念なことに手頃なシャツが見当たらなかった。 「いっそ天儀式と折衷というのも面白いかもしれませんね。家に戻れば、藍音用の浅葱の小袖が」 「おお、この間仕立てて頂いた小袖ですな? こちらに」 「……用意がいいですね」 「お褒めいただき光栄です」 首をめぐらせた久遠は、志郎の小さな型紙に目を留める。 「それはもしかして羽妖精用の型紙ですか」 「はい、うちの天詩のドレス用ですが。御覧になりますか」 「ええ、ぜひ。なるほど、この要領で紙を切ればいいんですね。ふむ、がんばれば俺にも……。ありがとう。これでしゃつも作れそうです」 久遠は藍音に紙をあてがい、印をつけてハサミを入れていく。男所帯で育ったのが役に立つ日が来るなんてと微苦笑をもらす。 「うたはねー、花と葉っぱと虫さんが好きー。これ蜘蛛さんの巣みたいだねー」 「それはね、レースって言うのよ。マスター。手伝えることがあったら何でも言ってくださいね!」 姫翠は天詩にお姉さんぶって接している。マスターの手元にも興味津々、周りをぱたぱた飛ぶ。 「ありがとう、白い布かドレスを探してきておくれよ」 「わかりましたっ! いってきまーす!」 姫翠はさっそく探しにいく。 「あ、それと」 「なんでしょうっ」 すかさず戻ってくる。白月は相棒の瞳をのぞきこみ、微笑んだ。 「姫翠の好きな和柄も探してきてほしい」 「……はいっ!」 意気揚々と飛んでいく姫翠の横で、天詩はマイペースにハギレの山で飛んだり跳ねたり。志郎が念を押す。 「他の人の邪魔をしないように」 「う?」 「そこで遊んでいてくださいね。よそにはいかないで」 「はーい」 ほにゃっと笑う。 「やれやれ、いつもやんちゃに遊びまわって……。いえ、ここで綺麗なドレスを着せれば少しは女の子らしくなるかもしれません。頑張りますよ!」 闘志を燃やす志郎をわき目に、天詩はハギレの隙間にもそもそ潜る。 「わーい、とんねるだー」 「この季節といえば、ウェディングドレスでしょっ!」 「……型紙は、たきしーどですよ?」 「だから、ワンコが着るんだってば」 ダンナさんの名は杉野九寿重、オトモさんの名は人妖、朱雀。 「アタシをおめかし出来る依頼なんだよねっ。なら綺麗に飾り立てて欲しいものなのだけれど、それならいっその事、主たるアタシとワンコの結婚式姿の如くに飾りたてるのが相応しいものだねっ」 そういうものかしらと九寿重は犬耳をへにょっとさせる。縫い物の手伝いに来ただけのはずなのに、朱雀の口上に言いくるめられて十六歳獣人一人分の型紙まで作るはめに。 大きめのハギレを集め縫い合わせキルトにしていく。元からの器用さか、それとも性格が出たか、針の跡はよどみなく、ぴっちり等間隔。本職の針子と言われても納得してしまいそうな出来だ。 「あら〜。あなた上手ね〜。お願いしちゃっていいかしら〜?」 「何をですか?」 葛切カズラは、上物の天儀酒片手に、にんまり笑う。 「ハッちゃんの服作成〜〜〜」 カズラが指差した先は、桃色の髪のボーイッシュな人妖だ。 「進化祝いを兼ねてハッちゃんに何か新しいコスチュームをって考えてた所だし、渡りに船って感じかもね〜」 指差された初雪は、白を基調に長いマフラー、短いスカート、揺れる振袖。あえて袖付けはしないのか、振袖は二の腕で留めてあり、肩周りが丸見えだ。 えーと、うーん、まあ朱雀も人妖だし型紙を使いまわせば、大丈夫かな? なんて考えていたら当の朱雀が顔を真っ赤にして怒り出した。 「うちのワンコに使いっぱしりさせる気!? ワンコはワンコだけどアタシだけのワンコなんだからっ!」 「あら残念。自分で作るとイメージどおり過ぎて面白くないのよね〜。だからお願いしたかったんだけど〜」 あっさり撤回すると、カズラは自分で裁縫を始めた。言うだけあってこちらもたいした器用さだ。ばらばらのハギレがつづられ、縫い上げられていく。 「アタシ達の組み合わせには敵わないだろうけどねっ」 「ぐぬぬ。カズラ、かっこいいの頼んだよ!」 朱雀に挑発され、初雪は主人を振り返る。 「はいは〜い、わかってるわよ〜」 からすは先程から採寸に余念がない。 主の真剣な表情を前に、詩弩は退屈そうにしている。 「もう少しの辛抱だよ。一張羅を作るのなら完璧にしあげたいからね」 喉を鳴らして応える詩弩。からすは、採寸を終えてハギレをかき集めていたあかねから、黒と白の布を一式仕入れてきた。元になる服を一度ばらし、穴やかぎ裂きを調べ念入りにツギを当てていく。針の進みは堂に入ったものだ。過去に作った羽妖精等の服は伊達ではない。 専用の型紙を作り上げると、必要なパーツを寸法どおりに裁断。仮縫いを何度もくりかえし、そのたびに詩弩の体にあてて出来栄えをチェックする。 そろそろ飽きてきたらしい迅鷹に干し肉を与えて機嫌を取る。詩弩はごほうびがなくとも従ってくれるが、モデルというのは意外と苦痛なもの。これは正当な対価だ。 世界で一つのオーダーメイド、神経を使う作業を続けるからすは、隣の大騒ぎも気にならない。 「おうおうおう、この俺様をどなたと心得る。先の副将軍は誰だかしらねえが、天化の猫又ジミー様なら俺のことよ!」 「ははー! 平に、ひらに〜っ!」 でっぷり太ったキジトラ猫又に五体投地する霧雁。すっかり主従が逆転している。 「ドレスを仕立て直して相棒に着て貰うのが依頼内容にござる。大丈夫、ジミーは可愛らしいのできっと似合うぐぇっ!」 うっかり体を起こしたところへ、ずっぱし命中ジミーの跳び蹴り。全体重と怒りが問答無用で直撃だ。転げまわって悶絶する霧雁。 「上手くいかないと旅泰の人が破産して一家離散でござる! 気の毒でござるよっ!」 「そうなんですー」 主人と依頼人二人そろって土下座され、猫又はしょっぱい顔をした。 「あー……仕方ねえなもう。こうなったら何でも着てやらあ」 今のうちだと霧雁は猛然と針仕事を進める。似たデザインの物を集め、手を加えて各朋友サイズに作り変える。さらにドロワーズにストッキングに色々量産。もちろん試着するのは相棒だ。 「ジミーのおかげで春夏冬はバッチリでござるよ」 「……後で鰹節十個な」 手持ち無沙汰になったジミーは、とりあえず二足歩行、ついでにダンスの練習もし始める。 「それ、僕もできるでふか?」 「もふらのあんよじゃ難しいかもな」 「やってみないとわからないでふ」 もふらのパウロも負けじと後ろ足で二本立ち、したままぷるぷる震えている。尻尾でなんとか支えているぞ、大丈夫か。 ころん。 大丈夫じゃなかった。 傷心のもふらのおなかを主人のエルディンがさすってやる。 「神父様はいつもこんなに大変な歩き方をしてるでふか?」 「人には人の、もふらにはもふらの歩みがあるのです」 でもでもーとしゅんとしているパウロの前に、緑と黒のビビッドなコントラストが広げられる。 「スイカでふ!」 「当たり。よくできました」 もふおでこに指でくるくると花マルを描き、エルディンは縫い上げた着ぐるみを着せていく。 名づけるならそう、まるごとスイカ。 まさに歩くぬいぐるみ。予想以上の似合いっぷりにエルディンは不吉な未来を想像してしまう。 「この格好で砂浜に行ってはいけません」 「どうしてでふ? 僕、海大好きでふ」 「おお、パウロよ、天儀では砂浜で棒でスイカを割るという風習があるのですよ」 「がーん……でふ」 もふ脳内でくりひろげられていた神父様との海辺デートが全否定。道行く人に新品の衣装を見せびらかし、沈んでいく夕陽に向かって、これは神父様の手作りでふー! と、叫びたかったのに。 「もう一着作ってあげればいいんじゃないかな」 横からからすが口をはさむ。 「普段着みたいなのを作ってあげるといいと思う」 さりげなくクッキーを差し出しながら言い添える。詩弩も促すように短く鳴いた。 「いいですね。やはり聖職者らしくカソック衣装を! ちょっと難しいですが、挑戦してみましょう」 「神父様とおそろい?」 「おそろいです」 「もふ〜、嬉しいでふ〜!」 飛び上がって喜んだパウロ。はたと我に帰りもじもじしながらいちばん気になることを聞いた。 「僕、可愛い?」 「もちろん! 世界で一番可愛い私のパウロです!」 ●おひろめよー 暗闇を切り裂くスポットライト、脚光を浴びたのは。 「うっふ〜ん♪ あたしジミーよ♪ 今日は楽しんでいってねぇ♪」 渋い声でウインク。金髪のロングウィッグ、濃いアイシャドウにケバイつけまつげ、口には真っ赤なルージュ。着ているのはスカート部にフリルをたくさんつけた鮮やかな赤のロングドレス。毒食わば皿までの見本がここに居る。 せっかくだからと鎧戸をしめ、薄暗い室内で行灯や提灯を駆使して簡易ステージ、場を整えた霧雁のかき鳴らすリュートに合わせて情熱的なダンスを踊り始めた。 「そぉれハイキックよん♪」 おなかが邪魔でちょっとしか上がらない。 「大サービス、開脚ジャンプ♪」 これまたおなかがたっぷんたっぷん。ご本猫、自棄を通りこしてノリノリだ。同席の開拓者には大受け、依頼人は笑いすぎてヒイヒイ言っている。 「うたもおどるー!」 飛び出した天詩は若葉色のドレスを着ている。しわ隠しにかけられたレースがふわふわ揺れ、胸元の数珠球が光る。志郎お手製の小さな小さな花飾りが胸と髪にワンポイント。細い足首も飾っている。 「しーちゃん、うた可愛い? そっちのおようふく、帰ったら着るから食べないでね」 「かわいいですよ。でも、しーちゃんはやめなさい」 志郎の手にはつやつやしたオレンジ色のドレス。虫食い跡は志郎の手でパピヨンウィンドウに生まれ変わり、深い青をのぞかせていた。 でたらめなステップで楽しそうに踊る天詩に、姫翠が並ぶ。 「マスターマスター、どうですかっ! このドレスで踊ると、梢が揺れてるみたい!」 真夏の深緑をイメージしたドレスがひるがえる。天詩と姫翠が並ぶと、日向の草原と豊かな森のようだ。 「うん、良く似合っているね」 白月の手には、和風の衣装が一揃い。そして、白を基調に緑のアクセントのあるワンピースも。 「後でリボンをくださいね。チョーカーにしてみたいんですっ」 「それならここにあるよ、おいで」 さっそく寄ってきた相棒に、白月は細いリボンを首に巻いてやる。 「えへへ〜、マスターとお揃いです」 幸せそうな顔でまたダンスの輪に加わった。タキシード姿の朱雀が指を鳴らす。 「ここで本命登場なのさっ。ダンサーさん、そのままそのまま。結婚式には出し物がつきものだからね! ……って、ワンコ」 「あのう、これでいいのですか?」 「いいに決まってるじゃん、さっさとおいでよ」 ついたての向こうから顔だけ出していた九寿重が姿を現す。霧雁は抜け目なく荘厳な曲調に変える。 純白のAラインに袖無しのホルターネック。つつましくデコルテ部分は隠され、裾はかろうじて足首が見える程度の長さ。自分で縫い上げたキルトがスカートの装飾になっている。ヴェールの下では犬耳が恥ずかしそうにぴこぴこしていた。 「どう? うちのワンコ最高っしょ!」 「ふーんだ。カズラのお手製だって負けてないもん!」 ちょっと悔しげな初雪は、ベースを元にマイナーチェンジ。裾や襟にフリルをあしらい下半身には噂のスケスケ生地を使用。見えそうで見えない鉄壁スカートだ。 「えーと……新郎が朱雀なのはおかしい気がするのですが」 九寿重のつぶやきは言い合いを続ける人妖二人には届かなかった。 「朱雀が着ているのは、私が作ったのにそっくりだね」 からすは詩弩を向くと、ね? と小首をかしげた。 黒一色の迅鷹は、上品な白いシャツに黒いジャケット。カフス代わりに縫いつけられた数珠球がタキシードに渋い魅力を添えている。首元には赤いスカーフ。頭にはそろいの布に張り替えた帽子。 「これで葉巻があれば完璧なんだけど」 「棒付きキャンディーなら」 旅泰からのキャンディーをくわえ、詩弩は腰に両翼をあて、えへんと胸を張った。 「うん、とても偉そうだね」 満足げにうなずくからす。霧雁はまた曲調を変えて楽しくにぎやかに。 「白房も遊んでいらっしゃい」 「水尾も行っておいでよ」 元気よく吠えた白房は名前入り獣耳フード。同じ型紙を使いまわし、黒猫、にわとり、カエル、そしてもふら形と各種バリエーションを取り揃えている。あかねは柚乃から着想を得て自分もケープを作った。フードは嫌がられたのでなしにして、代わりにアップリケを勲章に見立てて胸元に。 「僕も踊りたいでふ」 「楽しんでおいでなさい」 輪に加わったパウロは、白房や水尾と並んでおしりを振る。 「神父様とお揃い〜もふ〜もふ〜」 うれしそうにするパウロは、カソック衣装らしい中央の開いた大きな襟から顔を出している。ちょっとエリザベスカラーっぽいなと主人は思っている。縫いつけたストラ、十字架のネックレスが尻尾と一緒に揺れた。 「もふ〜、僕も立派な聖職者でふ〜!」 「次からはこの格好で教区を散歩しましょう」 苦労した甲斐があったとエルディンは輝く笑顔を見せる。 「藍音は行かないのですか」 「はっ。我は主の守護妖精を自認しておりますゆえ」 「たまには羽目をはずしてもいいのですよ」 藍音のいれたお茶をすすりつつ、久遠は笑みを浮かべる。 本当は主人の仕立てた衣装を汚したくないのだ。黒のフロックコートは、傷んだ襟を濃い青の生地で付け替えられていた。銀糸で天儀の伝統紋様が刺繍されており、淡い浅葱の小袖にもよく似合っていた。上も下もきちんと藍音の丈にあわせてあるので、優美な見た目に反して動きやすい。 「帰ったらしゃつとも合わせてみましょうか」 「はっ、喜んで」 ボロボロだった衣装は皆立派なものに生まれ変わった。久遠は席を立ち鎧戸を開く。 日の光が、出来立ての衣装に身を包む相棒達を照らした。 |