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■オープニング本文 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 「花嫁衣裳の新作を見たかい?」 八と呼ばれたのは地味な着物の女の子。呼んだのは派手な着物の少女。どちらも年は十かそこらで、少女のほうは墨を含んだ筆のような髪から察するに鶴の獣人らしい。話しかけられた女の子は甘いものをほおばったようににやけた。 「当然だよゥ。豪華な白無垢に、じるべりゃーのふわふわどれすに、泰国のお花畑みたいな着物。それからアルなんとかの、頭のかぶりものが振袖より長いやつなんて妖精さんみたいだったねえ」 「アル=カマルだよ八っちゃん」 「ああ、アルカ丸ね。いやあ、どれもきれいだった。あんなにたくさん花嫁衣裳があるんじゃあ、アタイ輿入れするときに困っちまう」 「そんな甲斐性のあるとこに嫁げるかねぇ?」 「黙らっしゃい、夢見るならタダだよ。クマやんこそ呉服屋の娘のくせにまだ見に行ってないのかい」 「そうなのさ。なんせ近く大きな内見会があるからね。 今回は開拓者さん二人組みを招いて実際に着てもらうって趣向なんだよ。 しかも舞台は歌舞伎の劇場。 衣装も開拓者さん本人が考えたのを一流の針子が仕立てるって具合さ。 おいらそっちが楽しみでたまんないのさ」 「おとうちゃんと一緒に行くのかね」 「それが急用が入ってさ、切符が一枚あまってるんだ」 少女は、袂に隠していたチケットをぴらぴら見せびらかす。 「どうしてもというなら連れてってやらないこともないよ八っちゃん」 「どうしても」 「こりゃまた早い食いつきだ」 「初物だもの」 「あとがよろしいようで」 あけて数日、どこそこ劇場。 客席にはお客がずらり、当然なかにはあの二人。 「こんな催し物に参加するんだから、きっと仲がよくてお熱い開拓者さんたちなんだろうね。アタイなんだか胸がどきどきしてきたよ」 「おいらは、めいっぱい歌舞いたステキな衣装が見たいや」 会場は、正面が大舞台、向かって左に花道。 参加者は、花道を通って舞台に向かい、中央でアピールしたら、右袖に抜けていくといった次第。 はじまりますのは大内見会。 さあ衆目衆目。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ
桃李 泉華(ic0104)
15歳・女・巫
黒葉(ic0141)
18歳・女・ジ
御堂・雅紀(ic0149)
22歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●楽屋 「姉さん、こっちこっち。もう衣装できてるで」 「そっちも早く着替えな。……楽しみにしてるぜ、泉華」 「練習どおりに行きますよ、美織君」 「はい先生。私、がんばります!」 「ええ出来やな。色も柄も注文どおりや」 「なぜアタシはここにいるのか……」 「主様ー、着替えお手伝いしますっ」 「……ひ、一人で出きる!」 ●本番 照明が落とされた。 にぎやかだった観客席が水を打ったように静まりかえる。 ここは劇場。ふだんは歌舞伎が演じられている。 けれど、今日は違うのだ。 女性の声が場に流れる。 「ただいまより、新作花嫁衣裳、大内見会を行います。開拓者様二人組みによる華麗な舞台をお楽しみください」 花道の中ほどが、スポットライトで照らされる。下からせりあがってきたのは、二人の女開拓者。その身を包むのは真珠の光沢を放つドレスだ。歓声が上がり、紙ふぶきが舞い飛ぶ。 北條 黯羽(ia0072)が手を振り、会場の視線に応える。 「誘われたし好い機会だから着てみようと思っただけなんだが、まんざら悪い気分もしないさね」 彼女の野生的なまでに豊満な肉体を包む純白のジルベリア風ロングドレスは、めりはりあるボディラインに絡みつき、足元で一気に広がるマーメイドライン。清楚なマリアベールの下の、妖艶な表情を見てとれるのは隣に居る桃李 泉華(ic0104)だけだ。 (「姉さんめっちゃ似合うわぁ」) 間近で黯羽をうっとり見つめる。そんな彼女の衣装は胸元から上を大胆に切り落とし、襟をレースで飾ったカスタムチャイナドレス。細身だが出るとこは出ている彼女の体にぴったりフィットし、際どいスリットからは柔らかなティアードのお引きずりがのぞいている。修羅の特徴である角は、ベールの下、大きなお団子で隠され花が飾られていた。 「さ、行くぜ」 泉華の手を引き、黯羽が歩き始めた。花道の先で彼女は優しく相方の手を放すと、自らデザインした衣装を誇り、舞台を一周する。 続いて泉華が回る。歩くたびに銀糸の刺繍がきらめき、手にしたブーケのリボンが揺れた。元の場所へ戻ってきた彼女に、黯羽がうやうやしくひざまずく。 「頼んだぜ泉華」 「う、うん。なんや緊張する」 泉華は手を伸ばし黯羽のマリアベールをめくる。立ち上がる黯羽が顔を近づけてきて、泉華はつい瞳を閉じ上向いた。 おでこをつつかれる。 目を見開いた泉華のまん前に、いたずらっこの笑みがあった。そのまま黯羽は小さな体を軽々と抱き上げる。歓声がさらに高まり、泉華の白い頬が真っ赤に染まった。 (「ぁぅ……ウチ、ちょっと恥ずかしぃわ」) 黯羽の首に抱きつき、ベールに顔をうずめる。相方は気にせず舞台表まで歩み出た。 「ほら、ブーケトスするんだろう?」 「……わかってるて、うぅ……」 マリアベールに顔を埋めたまま、泉華は後ろ手でブーケを投げた。白と桃のペールカラーでまとめられた花束が、長いリボンをしっぽに客席に吸い込まれていく。 「あんなに遠くまで投げることないだろうに」 「せやけど……恥ずかしゅうて。あかんわ、うちめっちゃ顔熱い」 「そうなのかい、俺からは見えないさね」 「姉さんのあほぉ」 笑みを含んだ声に泉華はぐりぐり頭を押し付ける。 「そのまま隠しておきな。赤面相手は俺だけにしておいてくれよ?」 首をめぐらせ場内に挨拶すると、黯羽は泉華を抱きなおし舞台袖に去っていく。 (「いつかほんまにこのドレス着れる日ぃが来よんやろか?」) しなやかな腕に抱かれながら、泉華は思う。 今はもう少しこの夢見心地を。 黯羽の首に手を回し、小さな子どものように頭を預けた。 再び暗くなった場内が十分に静まり返った頃。 「ああ、我が愛しき花嫁よ」 朗々たるテノールが響き渡った。 冷ややかなスポットライトに照らされ花道に立っていたのは、精緻な刺繍の施された白タキシード姿の、Kyrie(ib5916)。ハープを静かに奏で、遠い恋人を想い慕う切ない調べを弾き語る。 「汝はいずこ 我が声が届くなら答えてくれ」 歌と舞は巫女の心得とはいえ、本職顔負けの声量と演技力に客席は圧倒される。慟哭をあらわに花道の先へたどりついた彼は、からっぽの舞台で花嫁を探す。 「愛の精霊よ 我が声を愛しき人の元へ 例え数千里を隔てていようとも 我が愛のパトスを 必ず愛しき人に届かしめん事を!」 決意を固くし天を振り仰ぐ。神聖な誓いを秘めた、まるで愛への賛美歌だ。かかげた利き手に愛束花の光が宿る。 「精霊よ この胸より羽ばたき往けよ 貝の内 深く眠る 真珠の花嫁に捧ぐまで」 光は高く投げ上げられる。それ目がけて客席から影が飛んだ。空中でキャッチし、同時に外套を脱ぎ捨てる。どよめきが走った。地味な外套の下から、純白のウェディングドレス。ミニのスカートからのぞく細い素足を、つつましく隠すようにフリルで飾られた長いスカートが取り巻いている。壁を蹴り、長いベールとトレーンをなびかせ花嫁役の日依朶 美織(ib8043)はKyrieの腕に飛びこんだ。 「妻に選ばれしこの幸福 貝の口とて閉ざすことならずや 共に在れば疾風も春風 さあ踊りましょう愛する人よ!」 長く艶やかな黒髪に、愛くるしい顔立ち、天使のように澄んだ歌声。美織が少年であることを見抜けた者は、場内には誰もいなかった。舞台が明るくなる。Kyrieは美織を姫のように抱き上げ力強く歌う。 「愛しき人! ようやく会えた!」 さあ、式を挙げよう! 精霊たちよ照覧あれ! 我等が愛はここに結実せん!」 壮大な音楽をバックに二人は舞う。足を高く上げる優美なシルエットはジルベリア風のバレエだ。Kyrieは巫女ならではの複雑なステップを挟みこみ、会場の注目を集める。 練習どおりの笑顔の裏で、美織は苦しい想いを抱えていた。 (「先生。初めて会った時から私……。 私もいつか、Kyrie先生と結婚できたら……。 でも私は男……どんなに着飾っても、男、想いを伝える訳には。 せめて、ショーの間だけは、花嫁で居させてください……」) 「美織……愛しているよ」 曲の最高潮で、Kyrieからキスが落とされる。 「はうっ」 「美織君。本番ですよ」 「ご、ごめんなさい先生」 顔どころか耳まで真っ赤にした美織は、踊りに集中する。伸びやかな動きからは、隠しきれない喜びがあふれていた。 (「幸せです……。本当にこういう日が来るといいな……」) (「美織君、顔が赤いですね。大丈夫でしょうか」) 急に演技力の上がった美織を、Kyrieは不思議そうに見ていた。 二人が袖に消えると、場内の照明が落とされる。 続いて花道に明かりがともる。背の高い銀髪の青年が、豊満な黒髪の女性をお姫様抱っこして現れる。拍手が沸き起こった。 「おーおー、仰山きとるなあ。ならしっかり仲いいところ見せ付けんとな、飛鈴」 「見せびらかすのは好きじゃない……」 乗り気の天津疾也(ia0019)に比べ、腕の中の梢・飛鈴(ia0034)は渋い顔だ。 「仏頂面しとらんで笑いぃな」 「しょーじき見世物になるのはイマイチだガ……まあええわ」 ぶつくさ言う恋人はこころなし頬が赤い。二人が身にまとうのはアル=カマル風の衣装。疾也のほうは落ち着いた黒のジョードプリにゆったりした紅蓮のバギーパンツ。表地には上物のサテンを使い、裏地も一流品でそろえている。 飛鈴はサリーの雰囲気を残してジルベリア流にアレンジしたサンライトイエローのフレアドレス。腰に巻いたサッシュは疾也のズボンとおそろいの色。普段はおさげにしている長い髪をおろし、ハーフアップにしてこちらもおそろいの赤いリボン、さらに小さな花をあしらってある。 どちらも去年の思い出の逸品を再現したものだ。 舞台にたどりつくと、二人は手を取り合い軽やかな舞を始めた。視線を気にして足取りの重い彼女を疾也がエスコートする。腕の中で飛鈴がターンするたび、首飾りがたわわな胸の谷間で踊り、腰のサッシュと一緒に銀のチェーンと小さなもふら仮面がゆらゆら揺れた。 「ええ気分やな。飛鈴と俺の仲をこれだけの人らに見せてまわれるんやからな」 「……だからそういうのは、見せびらかすものじゃないだろうガ」 違うか、と言いかけた所で唇を奪われる。熱烈な口付けが交わされ会場は大いに沸きかえった。 「かかか、ファッションショーやけど、せっかくこんな衣装きとるわけやしこのまま式場にでもなだれ込むかいな?」 手を振って観客に応えながら疾也は飛鈴にウインクする。 鉄拳が飛んだ。 「どんな服を着ていようと、どーせ半日後には……!」 言い捨てて舞台袖に駆けこんだ。 げんこつをまともにくらい、ぶっ倒れた疾也が取り残される。 観客が彼の身を心配しだした頃、袖からひょっこり飛鈴が顔をのぞかせた。ばつが悪そうに、ささっと疾也に走り寄り、引きずって戻る。 袖に入る一歩手前で、彼女は恥ずかしげに、ぺこりとお辞儀をした。場内には明るい笑い声が満ち、若い二人へひやかしが寄せられる。祝福の混じったそれを背に受けながら、控え室まで舞い戻り、誰もいないのを確認すると乙女は男に唇を寄せた。 その頃、最後のペアが花道を歩いていた。 ぎこちない動きで先導するのは御堂・雅紀(ic0149)。衣装はアル=カマル風のクルタと呼ばれるシャツ。黒の上から金糸で天儀風の縫い取りが施されており、下にはドウティの代わりに濃い紫の袴を合わせていた。 「ねえねえ主様。私の衣装、どうですか?」 一歩下がった位置から花嫁姿の黒葉(ic0141)が微笑む。バラージドレスのシルエットはそのままに、オフホワイトにアクアを刺し色にして、長い裾と袖をビーズとスパンコール、艶やかなレースで飾りあげた姿は、まるで水晶の羽を持つ蝶。 「その、綺麗……なんじゃないか」 誉められた黒葉はにっこり笑い、雅紀の腕に抱きつく。 「主様も似合ってますよっ」 そのまま腕を組んだ。 「まったく。知らない間に依頼を受けてきたから何かと思えば、こんな恥ずかしいものを……」 小言は照れ隠し。機微に聡い黒葉にはちゃんとわかっている。 腕を組んだまま二人は歩いていく。舞台につくと、彼女は大きな瞳で雅紀を見上げた。 「主様、パフォーマンスなんですけど、踊って見ません?」 「……い、行き成り出来るわけ……」 「大丈夫ですにゃ、リードはしますにゃ?」 大観衆を前に踊り子の血が騒いだのか、おねがいですにゃと頼み込んでくる黒葉に雅紀はうなる。 「……どうなっても知らねぇぞ!」 一歩踏み出した彼の手を取り、黒葉がステップを始める。貴族達の社交ダンスのように優雅な舞だが、どこか誘うような胸ときめかせる雰囲気だ。舞踊を意識し薄手の布を使用した衣装は、黒葉の動きをより魅惑的に見せる。 「右、左。そう、上手です主様。ターンです、右手をあげて」 小さな声で雅紀をリードし、黒葉は楽しげに踊る。くるりと回った彼女の体がうっすら輝き、光の燐粉がこぼれる。ひらひら、ふわりと。 (「踊ってる黒葉って、うれしそうで、でも凛としてて……うまく言えねぇけど……」) 「主様?」 「え? お、うわ!」 「にゃっ!」 ぼうっとしていた雅紀の足が黒葉の裾を踏み、二人はもつれあって倒れた。柔らかな感触と甘いようなミルクに似た香りが彼を受け止める。 「……黒葉って、いい匂いするよな」 ふっくらした胸の谷間に顔をうずめたままつぶやく。 「もー、主様ったらっ。みんな見てますよう」 押し倒されたまま照れて頬を押さえる黒葉に、雅紀が我に返る。 「お、おい、い、いいから起き上がるぞ」 「えぇ、そうしたいのですが……」 黒葉の手を引き立ち上がった雅紀は、彼女のハイヒールが折れていることに気づく。 「あー、ヒール壊れちゃったか。……し、仕方ないから今日はこのまま、家まで連れて帰ってやる」 後半は彼女だけに聞こえる声。 お姫様のように抱き上げられ、黒葉は客席に流し目を送る。大歓声が響いた。 ●打上 拍手の鳴り響く中、客席の片隅で子どもが二人、おしゃべりをしていた。 「みんな素敵だったねえ。いいものが見れたよクマやん」 「うん、また来よう八っちゃん」 場内に再び女性の声が流れる。 「以上でお披露目を終了いたします。お買い求めは、本日限りでございます」 幕が開くと、舞台には今日の衣装を着たマネキンが並べられていた。その前に次々と予約札が積まれていく。 その様子を開拓者たちは袖から眺めていた。 「すばらしい! ショーはつつがなく終わりました。がんばりましたね美織君」 「いいえ、先生の脚本と演出と指導と熱意と練習と、とにかく先生のおかげです!」 「猫の神威人さんどこ行ったんや? 楽屋に荷物残ってるで」 「主様とやらが抱っこして裏口まで行ったのは見たガ」 「やれやれ。よほどお熱と見えるね、どこへしけこんだやら」 「姉さん、うちらでギルドまで届けてあげよ」 「そうだな。ついでに打ち上げと行くかね」 「ええなあ。飲も飲も」 「おごりか? おごりならついてくで!」 「疾也、もう一発おしおき欲しいのか?」 「共に参りましょう美織君」 「はい先生。お酌させてください」 興奮冷めやらぬ様子で、彼らは劇場を後にした。 |