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■オープニング本文 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 「五月の休みはどこへ行ったね?」 八と呼ばれたのは地味な着物の女の子。呼んだのは派手な着物の少女だ。二人とも年のころは十かそこら。少女のほうは、墨を含んだ筆のような髪から察するに鶴の獣人らしい。話しかけられた女の子はぷっと頬をふくらます。 「ご挨拶だね。オトウもオカアも仕事だよ、知ってるくせに」 八こと銭亀八重子は、クマこと鶴瓶クマユリにそっぽを向く。 「クマやんはいいね、おうちがお店だもんね」 「へへ、川向こうに移転してからは商売繁盛。小遣いもたんまり出るって寸法よ」 「ひやかしなら帰んな」 「そう邪険にするもんじゃないよ。今日はいいものを持ってきたんだ」 「何?」 「ふふふのふ、これなーんだ」 懐からぴっと取り出しましたるは、チケット二枚。 『動物雑技団到来! 泰国的珍奇生物パンダ 十四歳以下笹配布』 「笹?」 「パンダが食べるらしいよ」 「そいつァ牛の仲間なのかね」 「おいらもよく知らないのさ。切符をあげるから一緒に見に行こうよ」 八重子は喜んでチケットを受け取った。 一方その頃、河川敷では。 「ああ! エサの笹に画鋲が!」 「衣装に針まで!」 「このままではパンダちゃんがへんにょりしてしまう!」 動物雑技団の看板アイドル『パンダちゃん』は、泰国でも珍しいリアルパンダである。まわりがチヤホヤしてやらないと一発で具合を悪くするデリケートな生き物だ。 「パンダちゃん、新鮮な笹だよ!」 「これも飲んで元気出して!」 差し出された水筒に口を付け、すぐに放り出すパンダちゃん。 「ごめんね、やっぱり買い置きじゃなくて新鮮な岩清水のほうがよかったね。すぐ行ってくるから!」 団員達は機嫌取りに必死だ。繊細なパンダちゃんが倒れたら見せ物どころではなくなる。何せこの雑技団、あとはお手をする猫とニャンと鳴く犬がいるだけだし。 渋い顔の団長に、一人が何か差し出した。 「パンダちゃんの寝床にこんなものが……」 「撒菱だと?」 「はい。これしか証拠はないですが、おそらく同日に興行する『よく踊るもふら団』の……」 「口を慎め、めったなことを言うもんじゃない」 強く言った団長だったが、内心にがりきっていた。『よく踊るもふら団』、そこの団長は元シノビだと言われ、何かと黒い噂が絶えない。 自分たちのキャラバンから、団長はとなりの敷地を見た。空き地を挟んだ向かいで、よく踊るもふ、長い、よるも団のキャラバンは不気味に静まり返っている。 右手は川。折悪しく雑技団のテントが川下だ。左手が土手、空き地のあたりに階段がある。当日、お客の子どもたちはここを通って河川敷へ下り、空き地を通ってテントまでやってくるだろう。 (「いったいどんな妨害をしかけてくるか俺らにゃ想像もつかねえ。ここは開拓者さんにお願いするしか」) 手痛い出費だが、お客の安全を思えば安いものだ。 子どもたちが集まり出す昼の11時までに、テントとその裏に停めてあるキャラバン内に仕掛けられた罠を探し出してもらわなくては。危険なものからどうでもいいものまで、開拓者が到着する頃にはげっぷが出るほど嫌がらせが仕込まれているはずだ。 「ついでに開拓者さんの相棒が芸を披露してくれると、客が増えてありがたいんだがなあ」 なんて儚い期待を抱きながら団長はギルドの扉をくぐった。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 菊池 志郎(ia5584) / 神座亜紀(ib6736) / 黄昏の玄埜(ic0035) |
■リプレイ本文 ●グッモーニントゥーオール 涼しい風が、川を渡って吹きぬけていく。 土手を歩く菊池 志郎(ia5584)は、春霞にけぶる空を見上げた。うしろでくくった髪がぴょこんと揺れる。 「いい天気ですね、初霜」 おっとりとした主人の声に忍犬初霜が元気よく吠えた。主に似て真っ黒な毛並みだけれど、額と尾の先だけは白い。まだ若いのか少し小柄だ。志郎の前を進む初霜は、草むらのバッタやアマガエルが跳ねるたび首をそちらに向ける。 一人と一匹が土手を歩いていると、のんびり散歩でもしている風だ。けれど見る者が見れば、彼らが十分にあたりを警戒していることに気づいただろう。志郎は顔を上げ、向かいからやってくる人に会釈をした。 「ご同輩ですね。今日はよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしく」 泰拳士の羅喉丸(ia0347)も快活な笑みを返した。やさしげな目をした青年だった。鍛え上げられた体が彼の歩んできた修羅道を語っている。 「よし、まだお客は来てないようだな」 辺りを見回す羅喉丸の肩の上、相棒の人妖、蓮華が徳利代わりのひょうたんを抱えなおし、あくびをする。 「妾に早起きさせたのじゃ、しっかり働くのじゃぞ羅喉丸」 「もちろんだとも」 威勢のいい返事に志郎はくすりと笑った。河川敷を見下ろし、問題のテントをながめる。 キャラバンが横付けされた赤と黄色の筋が入ったのが依頼を出した雑技団のテントと聞いている。ならば、空き地をはさんだ向かいにある黒一色のテントがよく踊るもふら団、めんどいのでよるも団、の本拠地に違いない。 「……それにしても」 「……ええ」 「やりすぎじゃな」 開拓者二人が濁した言葉を蓮華はずばり言った。 河川敷の二つのテントをぐるりと取り巻くように、手当たりしだい、ずさんに、あるいはていねいに、いっそ執念すら感じるほど罠が並んでいた。いかにもなトラバサミ、踏んだら爆発しそうな予感のでっぱり、『みみっく』と書かれた宝箱、異臭を放つモスグリーンの水溜り、三つ並んだバナナの皮、ぽつんと置かれたカメの甲羅、人も獲れそうなネズミとりには、エサのつもりかもふらのぬいぐるみ。 障害物競走。そんな単語が頭をよぎる。 「時間がかかりそうだなこれは」 「そうですね。とりかかるなら今のうちでしょう。そちらのご同輩もご協力願いますよ」 「ほう、気づいていたか」 二人の背後には長身のシノビが立っていた。足元の草むらには精悍な黒い柴犬が伏せっている。隙のない身のこなしは初霜と同じ忍犬のものだ。 「蛇の道は蛇と言うやつです。私は陰穀の出ですし、シノビの心得もありますので」 その黒髪の男は値踏みするような視線を、志郎から羅喉丸に向ける。泰拳士は口の端を上げた。 「殺気は感じなかったからな」 「べつにしばきたおしてもよかったのじゃぞ?」 シノビは鼻を鳴らし、ロングコートのポケットに手をつっこんだ。黒芝が男を守るように前へ出る。 「二人とも力量は十分か。ふむ、いいだろう、私は黄昏の玄埜(ic0035)という者」 玄埜は河川敷をぐるりと見渡す。 「童相手の興行に大人の欲を絡ませるとは、無粋極まりないものよ。と、思っていたがこいつはひどい有様だ。雑技団のやつらは腰抜けぞろいか」 「……ぐっすり眠っていらっしゃったのかもしれません」 そう思いたいですねと志郎は遠い目をした。 「では片付けてしまおうか」 腕まくりをした羅喉丸が、土手の先を向いた。背の高いのと低いの、ふたつの人影が近づいてくる。そろいなのは風になびく長い髪。黒髪のほう、神座亜紀(ib6736)が足を止める。自分の身長ほどもある杖を持つ少女だ。年のわりに大人びた瞳は知に貪欲な魔術師だからか。 「もうみんなそろってるの? ボクがいちばんだと思ってたんだけどな。雪那がお茶まで出すからだよ」 銀髪のほうは真面目くさった顔で答える。 「食後の茶は消化にいいのです、お嬢様」 人形のように整った顔立ちだが、声から察するに男のようだ。ひじの辺りから、からくり特有の間接がのぞいている。玄埜の忍犬が襟を逆立てて二人を威嚇する。 「明星丸、こいつらも今回の僚友のようだ」 相棒の声に黒芝は、やれやれとでも言いたげに尻尾を振った。 「偉そうな犬だね。雪那を見習うといいよ」 「お嬢様、今のはあんまりです」 「あはは、ごめんごめん」 悪気のない主人の顔にからくりの雪那は肩を落とした。 「さてと、ボクはキャラバンのほうに行きたいんだけど。邪魔なものがこうまで多いなんて思わなかったよ。地道にどかしていくしかないのかな」 「俺にまかせてくれ」 泰拳士が拳を打ち合わせ前に進み出る。 ●羅喉丸、大暴れする 「妨害を目的とする罠なら、通れば引っかかるはずだ。雑技団までの道は俺が開こう」 「身を盾に進まれるか。おもしろい、お手並み拝見といこう」 喉の奥で笑い玄埜は腕を組み観戦モード。 「子ども達の笑顔のために覚悟を決めるか。支援は頼んだぞ、蓮華」 「よかろう」 突撃役を買って出た彼のほうはまぶたを閉じ瞑想にはいる。体内の気の流れを意識し、ひとつまたひとつ気脈を開いていく。内で膨れあがった気が周囲にまで張りめぐらされたとき、彼は動いた。 階段を駆け下り、山吹の疾風と化して走る。トラバサミを蹴りとばし、地雷を誘爆させ、身の軽さを武器に最短距離を進む。ネズミとりはラリアットでなぎ倒し、なんかやばそうな水溜りに倒して道に。跳ね上がったしぶきが肌に付きちりりと痛みが走った。 しかしすぐに淡い光が彼の体を包み、痛がゆさを消し去る。蓮華が印を結び、にやりと笑う。 「行け、羅喉丸。妾がついておる!」 「応!」 飛び来る槍を叩き落し、カメの甲羅でシュートを決めてバナナの皮を駆逐、雑技団まであと少し。『みみっく』と書かれた宝箱を踏み潰すと足元の感触がなくなった。 「落とし穴じゃと!?」 「なんのこれしき!」 尖らせた竹槍が牙をむく穴、その幅を即座に見抜き、両の掌を穴のふちに叩きつけ前転の要領で落下を免れる。 だが着地した先の地面が跳ね上がり、バネ仕かけの床が羅喉丸と蓮華の体を宙へ飛ばした。しかしそこは泰拳士、落ちついて空中で回転、着地に備える。 「「あ」」 足元は川だった。 どぼーん。 ぽちゃーん。 「羅喉丸さーん!?」 思わず叫ぶ亜紀。蓮華のほうはどうにか岸にたどりついたものの、本人は浮いてこない。 「いけない。初霜、道案内頼みます」 「わう」 「明星丸、助けてやれ」 壊れた罠をくんくんしていた忍犬たちが走り出す。蛇行しながら行く後を志郎と玄埜がついていく。川辺に着く頃には羅喉丸も水から顔を出していた。志郎が手を差し出し、濡れ鼠の彼を引き上げる。足には太い鎖がからみつき、巨大な鉄球につながっていた。 「危ないところでしたね」 「かたじけない。あやうく土佐衛門になるところだった」 「罠に罠を組み合わせるか。よるも団め、知恵のまわるやつよ」 うそぶきながら玄埜が剣で鎖を断ち切る。 「川にはまだ仕掛けがあったか?」 「いや、こいつだけのようだ」 「ごくろうさま」 地雷原を挟んだ安全な場所から亜紀が声をかける。隣では雪那がせっせと跳ねる床を分解していた。 「今ので気づかれちゃったみたいだ」 意味深な視線をよるも団テントに送る。侵入者探知の魔法が彼女に気配を伝えていた。 「そっちは誰かに頼むよ。ボクは雑技団のほうに行くからね」 亜紀は白い手を優雅に振り、羅喉丸が苦労して開けた道を歩いていく。 その背を見送り、蓮華が小さな足で主人の肩を叩いた。 「さあ羅喉丸よ、これでおしまいではないぞ。罠はまだまだたくさんあるのじゃ。子ども達が来る前にすべて潰してやろうではないか」 ひょうたんを手に言祝げば涼やかな癒しの風が羅喉丸を包みこむ。 「寒いんだが」 「すまん」 ●志郎の役に立ちたくて 「よるも団、どうやら乗り込まねばならんようだな」 玄埜が剣を鍔口を鳴らす。志郎も答えて言う。彼らの前には墨色のテント。 「慎重に行きましょう」 傍らで明星丸が重々しく一歩を踏み出し、初霜は行くの? ねえ行くの? と尻尾をぶんまわす。 「……静かにしてくださいね」 「わふん」 志郎はテントにそって歩く。草を踏む音にまで神経を尖らせ、よるも団の気配をうかがいながら目についた罠を解除していく。 (「師の教えがこんなところで役に立つとは。ありがたいことです」) かつては慣れ親しんだシノビの技だが、巫女の身では扱い方が異なる。普段より消耗するうえ、注意しながらの作業に自然と口数が少なくなった。黙々とトラップをがらくたに変える志郎の隣で、初霜も張りきっていた。だいすきな主人にいいところを見せるチャンスだ。 ご主人のために罠を探すぞ、でも静かに。両方やってみせるのがカッコイイ忍犬ってものだ。初霜は巧妙に隠されたトラバサミを見つけだし、戻って志郎のすそをくわえる。 「すぐ行きますから」 それだけ言って主は動こうとしない。初霜は耳を伏せた。せっかく見つけたのに、これじゃかまってもらえないじゃないか頭も撫でてもらえないよ。 仕掛けを探し出せて、主の身に危険が及ばず、かつ、かまってもらえる方法。初霜は考える。 自分でひっかかればいいんじゃない? 罠は壊れるし、ご主人はケガしないし、きっと助けにも来てくれるよ、バッチリじゃん、やったあ! 嬉々としてトラバサミにダイブ。 ばっちーん。 「きゃいん!」 「何をやっているんですか」 あきれながらも、痛いですごしゅじんさまと涙目で訴える忍犬を助けてやる。 「たいしたケガではなかったからいいものの。もうこんなおバカなことをしてはいけません。聞いてます?」 「へっへっ」 「不安になってきました」 しかたなく志郎は相棒を抱き上げる。主人の肩に頭を乗せ、初霜は上機嫌。そのとき、視界の端を影がかすめた。志郎は走り出す。人影はよるも団テントの裏へ。そこで玄埜とはちあわせる。同じく追ってきたらしい。 「これは……」 「まんまとおびき出されたようだ」 開拓者たちの前、テントの出入り口が風でめくれあがる。中は漆黒の闇。 「明星丸、不審者がいれば足止めを頼む」 黒芝の忍犬は任せておけと言いたげに胸を張る。 「さて、挨拶に行ってやろうぞ」 玄埜は両手で顔をたたき、人のよさげな笑顔を作った。剣を隠せば、もうそこにいるのは危険な光を瞳に宿すシノビではなく、平凡で親切そうな青年だ。これもまた裏の世界を生き抜いてきた彼の仮面のひとつ。 「やあやあ、見回りの者だ。すぐそばの雑技団に嫌がらせが相次いでいるのでな。こちらは大丈夫か。童らが楽しみにしている興行だ、大事があっては困ろう?」 声をかけながら奥へ進む。天幕の内側は暗く、人の気配がしない。代わりに壁や荷物でそこここが間仕切られており、振り仰げば、天井ではいやな感じのシミがついた扇風機が回り、巨大な斧の刃が振り子のように揺れている。 「なんでしょう、ここ」 「さあな」 志郎と玄埜は黙りこくった。 ●末っ子おきにの召使 雑技団のキャラバンで、亜紀は幌から顔を出している年配の男を見つけた。 「団長さん、ケガはない?」 「おかげさまで。パンダちゃんともども無事でございます」 亜紀は杖で肩を叩き笑顔を見せた。 「公演の邪魔をする悪い人は許さないよ。まかせておいて」 「頼りにしております」 そんな亜紀の後ろで雪那はがんばって地雷を掘り出している。 団長の話によると、二つ目の馬車に物資、三つ目にパンダちゃんが居るらしい。特に二つ目には子どもたちに配る笹などが積まれているそうだ。 亜紀はまずパンダちゃんの馬車をのぞく。まるまるとした白黒の生物がいびきをかいている。 「へえ、もふら様みたいだ。どういう生態なんだろう、あとで調べてみようかな」 好奇心で目を輝かせながら外へ出る。 どおん、ガンゴンメシャ、がしゃんメギシッちゅどーん。 空き地のほうでは轟音が続いている。 「順調みたいだね」 羅喉丸がいるらしき方向を見やると、少女はショッキングピンクの沼地を埋めるからくりを横目に二つ目の馬車へ。笹の中から尖った棒がいくつものぞいている。 「雪那ー、こっち来て」 「はっ、ただいま」 亜紀は指差す馬車へ雪那は上半身をつっこみ、限界を超えた動きで次々と物騒なものを探し当て、放り出していく。 「やっぱりこういうのはキミが適任だね」 お気楽に見えて本人は、油断なく侵入者を探っている。 「お嬢様、飲み物があります」 からくりの声に主人ものぞいてみれば、一升瓶が並んでいる。にぶい緑で隠されて中身はよく見えないが、少なくとも真水ではない。 「蓋はしてありますが、どうされますか」 「念のため浄化しておくよ」 端から順に手を添え、小さく呪を唱えながら亜紀は集中する。瓶はほのかな光に包まれ、中身は澄んだ水に変わった。 「こんなものかな。テントも見ておこうよ雪那」 「ご随意に」 天幕の中、亜紀は客席を練り歩き、杖の先であちこち小突いて罠を不発させる。悠々と歩く少女の後ろをほうきとちりとりと三角巾完備の雪那が、道を掃き清めていく。 「こけおどしもいいところだね」 足元をすくうはずの縄が杖の先で踊る。突然目の前に何かが降って来た。腐って爛れた、何か。亜紀は反射的に杖を振り、呼び出された茨が獲物にからみつく。 「……へ、へえ人形じゃない。ボクにはわかってたよ?」 はりぼてのゾンビ人形を杖でつついた。とたん、天井からバラバラと何かが落ちてくる。うっとおしげに見回した亜紀がびきっと固まった。服にくっつく、ヘビとかトカゲとか、サソリとかムカデとかゲジゲジとか、か行五段に濁点のつく例のアレとか。 「うわあああやだやだ! とってとってとってー!」 必死で振り払いながら入り口に向かってダッシュする。 「お嬢様そちらは!」 とぷーん。 衣装にくっついていた虫たちがはがれて流れていく。水面から顔を出し、大きく頭を振ると亜紀は安心してため息をついた。 「なんだ作り物か。……もちろんわかってたよ、ほんとなんだから」 ●犬とトラップと玄埜 物騒な気配むんむんのよるも団テント。室内をつぶさに観察していた玄埜が隣の男に視線をやる。 「志郎よ、今日は巫女としてでなくシノビとしてここへ来たのだな」 「ええ、そのとおりです」 「悪いことは言わん、引き返せ」 「しかし」 「このままでは花瓶をかぶって進んだ先でせり出す壁につぶされカタパルトで強制射出され三角木馬に着席したと思ったらペンデュラムで殴り飛ばされて暖炉にくべられるぞ」 「わかりました、待ってます」 志郎はすなおに引き下がった。癒しの手法を持たない身では、同僚の足を引っ張ると冷静に判断する。抱っこしたままの初霜がわふんと鳴いた。 「明星丸、こいつらのお守りも頼んだぞ」 玄埜が鋭く向きなおる。奥の物陰を人影が横ぎった、誘うように。 「さて追いかけるか、それとも裏をかくか」 地を蹴り、道をふさぐ障害物の上に乗る。スリットの開く機械音。玄埜は音の位置から攻撃の検討をつけ、三方向から飛び来る矢を紙一重で避ける。 気配を殺しているのか、怪しい人影は見つからない。だがどこかに居る。その証拠に続けて罠が玄埜を襲う。 床から突き出した針をワンステップで回避。客席ごと跳ね上がる床板の勢いを利用しさらに奥へ。宙を飛ぶシノビを狙い、いくつもの花瓶が降りそそぐ。頭をかばい着地すると同時に地にたたきつけられた瓶が割れ、獣脂の臭いが充満した。 「油だと?」 ぬるついた脂に玄埜は眉をひそめる。 そこをタライが襲う。 玄埜は体をひねり攻撃をかわす。 そこをタライが襲う。 玄埜は油だまりを飛び越し攻撃をかわす。 そこをタライが 「しつこい!」 殴り飛ばす。 玄埜は先を急ぐ。背後から次々と放たれる矢を避けるうちに、黒い壁の前を通った。瞬間、壁から金属の腕が生え、彼の体をガッチリつかむ。太い拘束具に動きを阻まれ、剣にすら手が届かない。全身に力をこめ引き剥がそうとあがく。壁に亀裂が入り、金属がきしみ始めた。あと少し、だがそこへ頭上から謎の気体がふりそそぐ。 「く……やりおるわ……」 毒々しい色の気体が玄埜の肌から浸透し、力を奪っていく。 「こんなところで……くたばってたまるか……」 しびれる体を押し、なおあがき続ける玄埜。遠くでマッチをする音がした。炎が地を這い玄埜の足元まで迫る。 「……おの、れ……!」 歯軋りしても拘束は解けない。火は無情にもその身を焦がしはじめる。そこへ勇ましい雄たけびと共に、炎を貫き漆黒の弾丸が飛んできた。玄埜に体当たりし、拘束具を打ち砕く。 「明星丸!」 しかたないやつだと言いたげに、黒芝の忍犬は鼻先をくいっとあげた。相棒の先導を頼りに、近くにある出口から抜け出す。 黒煙を上げ燃え盛るよるも団テント。 「お、ちょうどいいな」 「がらくたは燃やしてしまうのじゃ」 「焼却処分ですね」 「わふっ」 「うん、燃やそう。どんどん燃やそうよ」 「お嬢様、この人形も」 「それ見せないで雪那」 壊れた罠を放りこむ仲間達。肩で息をしながら玄埜はつぶやく。 「結局よるも団は何しに来たんだ……?」 明星丸は知らんぷりで丸まっている。 ●グッデイトゥーオール 「すごい焚き火してるー」 「パンダ焼いてるのー?」 時間も近づき、土手の上にお客が集まって来た。羅喉丸が手招きする。 「パンダは焼いてないぞ」 「ほんとー?」 罠の痕が残るでこぼこ道は逆に子どもに受けたみたいだ。雑技団への道をはしゃぎながら歩いていく。その中に以前見た女の子を見つけ、亜紀は手を振る。 「あ、久し振りだね♪」 隣に居た鶴の獣人らしい少女が女の子にたずねた。 「なんだい、八っちゃんの知り合いかい?」 「……うん」 女の子は憧れの人に会ったみたいにもじもじしている。 「どうしたの?」 亜紀が近づいてのぞきこむと、顔を真っ赤にして逃げてしまった。 「照れ屋さんなのでしょうか」 「そうみたい」 気にせず小さな魔術師は、列に並んで笹を受け取った。天幕の中に入ると子ども達でいっぱい、我も我もと手を伸ばして餌をやっている。あまりの人ごみにからくりに肩車してもらった。 寝転がったまま笹をしょりしょり食べてるパンダちゃんが見える。ついでにあわてた様子の団員も見える。 「団長、お客に振舞う予定のジュースが水に」 「なんと」 「……よるも団の仕業だよ」 視線をそらして亜紀はつぶやく。何気なく利き手を差し出した雪那に猫がお手をした。 天幕を出た子ども達は明星丸の一芸に目を輝かせる。玄埜が合図すると、忍犬がとんぼ返りして苦無を放つ。それは柱に背を預けた主人の頭上に命中する。 「今日も冴え渡っているな、明星丸」 苦無を引き抜いた玄埜が黒芝にそれを渡してやる。当然だと言わんばかりに忍犬は尻尾を振った。羅喉丸も肩の上の相棒に声をかける。 「せっかくだ。蓮華も何か芸を披露してみてはどうだ」 「妾をなんだと思っているのじゃ。そういう羅喉丸がやれい」 「ちっちゃいのがしゃべったー」 「なになにー? どんな芸するのー?」 期待に目を輝かせた子どもがわらわら集まってきた。人妖はもったいぶって咳払いをする。 「芸ではない。歴史ある酔拳じゃ」 やおら「も王」をがぶのみし、蓮華は子どもたちの頭の上を飛び跳ねる。歓声が上がった。 「ほーら初霜、とっておいで」 志郎は雑技団から借りたボールを投げてやる。尾の白い忍犬が全速力で走り、獲物をくわえて得意げに戻ってくる。 「お兄さん、おいらにもやらせとくれよ」 「いいですよ、どうぞ」 獣人の少女がボールを投げるけど、忍犬はぷいとそっぽをむく。 「初霜、とってらっしゃい」 こんどは大喜びで走っていった。頬をふくらませる少女に志郎は苦笑いする。 その隣を人妖が走り抜け、興奮した子ども達が追いかけていく。 「童と戯れるのは久し振りじゃのう」 河川敷の風を感じながら、蓮華が笑った。 |