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■オープニング本文 台風の目みたいに、手帳の予定がぽかりと開いたから。 うちへおいでよ。 さあ、お土産のお菓子を買いこんで、貸し本屋の新作やご自慢のアイテムをひっぱりだしてさ。気の合う相手となら集まるだけで楽しい。重い荷物なんかは玄関先にぽいだ。 「ただいま」 そう言えるなら、きっとそこが『家』なんだ。 出迎えるのは家族かもしれない、相棒かもしれない。 昼寝していた龍が起きだして、ぬっと顔を突き出すのかもしれない。 生真面目なからくりがはたきを持ったまま出迎えてくれるのかもしれない。 手先の器用な人妖が食材を失敬しておつまみを作っているかもしれない。 階段の上から鬼火玉がぽんぽん転がってきて、庭からミヅチの鳴き声がしてふすまの間から鼻面を、あ、また畳を濡らしたな? 松の枝には迅鷹がとまっているし、馬小屋で霊騎と走龍が並んで餌をくれと鳴いているし、猫又が忍犬をからかっているし、管狐は欄間の隙間をくぐるのに忙しいし、もふらさまは土間で腹を見せて寝ている。 騒々しくてすまないね。開拓者のねぐらは騒がしいものだよ。 それよりも茶請けの準備ができたら窓辺に座ろうか。 ゲーム盤はきみと遊んだ時のままだ。 勝負の行方はお楽しみ。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
呂 倭文(ic0228)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●羅喉丸(ia0347)の自宅 独り住まいにしては広いですねと、訪れる客はそろって同じことを言う。 確かに庭付き一戸建ての借家はまだ独身の俺にはもったいなく見えるかもしれないな。けれども家賃と広さが重要でね。実は手狭に感じているほどなんだ。というと客は二度びっくりして、玄関を上がるなり、廊下へずらりと並んだ武具――アヴァロンの名を持つ盾や両刃の霊剣、風神雷神や阿修羅の刻まれた篭手、隠者の杖、金の錫杖、龍の双剣、鬼にまつわる太刀――に納得する。 依頼に使う装備を複数保管しておきたいという理由から、長屋暮らしでは少し困るだろうと、開拓者生活が軌道に乗った段階で移り住んだ我が家だ。ギルドに、港に、世話になっている『泰拳士詰所』には遠いがね、はっはっは、いい鍛錬になる。仕事前に神楽の町を一周しておくくらいが俺にはちょうどよい。 門のかんぬきを閉めると、庭で丸くなっている頑鉄が見える。皇龍へ進化してからはどこか窮屈そうだ。大きな戦いは一区切りしたことだし、ここを引き払う時期が来たのかもしれないな。 「……そういうわけで、蓮華さんや。『人妖の清掃術』とかいう便利な技はなかったか」 柚子の香りがする。庭の白梅と白魚の塩辛をつまみにひょうたんを傾けていた蓮華は、俺の問いかけへ重々しく返した。 「何事にも、得手不得手というものがある」 咳払いをすると、蓮華は話題を変えた。 「引越しをするような口ぶりじゃな」 「ああ、道場を開いて弟子を取りたいんだ。俺が受け継いだ先達の想いと伝統を、次代へ継承し……何かを遺したい」 ふむふむとうなずいていた蓮華がにやりと笑う。 「我が子にか?」 「可能性の話はよせ」 「ともあれ大掃除ですね。羅喉丸、及ばずながら私も手伝います」 蓮華の隣で正座していた翼妖精のネージュが目を輝かせた。三対六枚の翼を広げ、三角巾をして息巻いている。 「それは三角巾ではなくスカーフだネージュ」 「あら、私としたことが。エプロンを取ってまいります。どちらにしまったかしら」 すいと飛んでいくネージュ。俺は蓮華の相伴に預かった。 頑鉄が日向で寝返りをした。鋼のような腹がぷうぷう膨れたりへこんだり。まあ、掃除の邪魔にならないようならほおっておこう、温厚とはいえ機嫌を損ねると大変だからな。 「羅喉丸、羅喉丸!」 悲鳴のようなネージュの声。俺は飛び起き、奥の部屋へ駆け込んだ。 「何事だ!」 「格好いい武器がたくさんあって!」 「そうか! それは万商品の籤でがんばって当てた逸品でな……」 「羅喉丸は逸品コレクターですね」 上気した頬でネージュはジルベリア式の全身鎧を見つめている。漆黒のファルクスだの呪いの剣だのが太極図と一緒に飾ってある床の間。イチイの木の素朴な長弓と並んで霊樹から作られた弓が鎮座している。どれも市場へ出れば万はくだらないだろう。 障子から顔を出した蓮華が、ひょうたんをぐいとやった。 「強化するのに大金を使っているが、金はあるのか?」 「ここに取り出したる人妖引換券と妖精引換券を換金すれば何とかなるさ。一人いれば十分だったからな」 俺は蓮華とネージュを抱きしめた。二人が顔を見合わせ、くすぐったそうに笑う。 さて掃除を始めるとしよう。やることはたくさんある、明日のために、未来のために、千里の道も一歩から、だ。 ●天河 ふしぎ(ia1037)の隠れ家 お屋敷の家庭教師の目をぬけて、たどりついた僕の隠れ家『夢の飛空船』。我らが空賊団『夢の翼』のたまり場なんだぞ。サンルームのロッキングチェアに腰掛け、淹れたてのミルクティーで舌を湿したら、うーんと背伸び。 今日は依頼もなくてみんな出払ってるから、たまには相棒達とまったりするんだぞ。まったり、まったり、うーん、まったりって何をしたらいいんだろう。そうだ。 「今日は誰も居ないし、普段出来ない片付けとかするんだからなっ!」 「妾にお任せなのじゃ!」 天妖の天河 ひみつが両手をあげて飛びあがる。三角巾にエプロン姿に早着替えして、小さな体でてきぱきとカウンターの雑誌やテーブルのボードゲームを率先して片付けだした。 「了解です、マイキャプテン」 と、箒を持ってきたのはからくり、HA・TE・NA−17ことはてな。居間も寝室も、今なら気兼ねなく掃除できそうなんだぞ。 羽妖精のないしょはおどおどしながら。 「おっ、お手伝い、頑張ります」 「使ったものを元のところへ戻すんだぞ」 「ないないするですね。ないない、ないない」 言いながらないしょは右のものを左にやって、左のものを右にやっている。僕ははたきを持って高いところの掃除にかかる。棚には僕の空賊グッズや団員の持ち物が置いてあるから、相棒達は触るのを遠慮してるんだ。ここはひとつ主人の威厳を見せないとなんだぞ。 あれ、戸棚の隙間で何か光ってるんだぞ。はたきを差し込んで引っ張り出してみたら。 「あ、メダル!」 おもちゃ箱にないなと思っていたら、こんな所に隠れてたんだ。もしかしてあっちのワインクーラーの裏にも思わぬ物があったりなかったり? 「ふしぎ兄、よけいなほこりが立つのじゃ。大掃除ならざっと雑巾掛けをするのじゃ」 「マイキャプテン、力仕事は、はてなにお任せください」 「ち、違うんだぞ」 そういえばこの戸棚、ずいぶん重かったけれど何が入っているんだろう。あ! 「……追い出されちゃったんだぞ。散らかすつもりはなかったんだからな」 気がつくと確かに、辺りは本棚をひっくり返したようだった。戸を開いたら、学剣ひみつシリーズがずらりと並んでいて、ふしぎのひみつだとか……なつかしくてつい読んじゃったんだぞ。そしたらはてなとひみつが。 「もうここはいいですから、あちらでゆっくりお休みくださいマイキャプテン」 「ふしぎ兄が片付けた所、余計に散らかってるのじゃ。ふしぎ兄はちらかし屋さんなのじゃ」 だって。 ねえ星海竜騎兵、僕の気持ちをわかってくれる? 改弐式までグレードアップした滑空艇の装甲をワックスで磨きながらため息一つ。 隠れ家から甘い香りがする。 なんだろうとのぞいてみたら、居間に焼きたてのクッキーとレモンティー。いつのまにかコックタイを付けているひみつとはてなが笑顔で。 「今日はふしぎ兄がいっぱい一緒で、うれしいのじゃ♪」 「お茶にいたしましょう、マイキャプテン」 「ないない、ないない」 ないしょはまだお片づけしてたんだぞ。 ●神座亜紀(ib6736)と家族 「やあいらっしゃい八重子ちゃんクマユリちゃん」 友達が遊びに来てくれたよ、うれしいな。以前来てくれた時は、ボクが寝込んでいたから(といっても真紀ちゃんが怖い顔するから仕方なくなんだけど)おしゃべりしただけなんだよね。 ボクの家は神楽の都の閑静な住宅街にある大きくも小さくもない一軒家。父さんと真紀ちゃん早紀ちゃん、からくりの雪那、月詠、花漣、他にも家族がたくさん。客間からは庭の、母さんが植えた紫陽花がよく見える。台所は真紀ちゃんのお城、物置は相棒の隠れ家になってる。 「ここがボクの部屋だよ。本が散らかってるけど適当に座って。厠はあっちだよ」 「はーい」 「お邪魔します。あのゥ、母さんがお土産にって」 「栗ご飯のおにぎりだね、おいしそう。クマユリちゃんのそれは?」 「雛あられ!」 時期が過ぎたせいか投売りしているお店を見かけたな。ありがとうとお礼を言って受け取るよ。扉が鳴って、真紀ちゃんが入ってきた。 「よう来はったなあ。ゆっくりしていきや」 樹理穴屋の羊羹とほうじ茶だ。クマユリちゃんたらよだれをたらしそうだ。八重子ちゃんは……緊張しているのかな? 向き直ろうと体をひねったら、肘に何かが当たった。隣に涙目の提灯南瓜エルがいる。視線の先には羊羹。 「いつのまに忍び寄ったの? 目ざといなぁ」 がらりと戸が開き月詠が顔を出した。 「よーうチビども! いい天気なんだから部屋にこもってないで外で遊ぼうぜ!」 「邪魔しないの!」 スパァン! ハリセンの一撃が月詠の後頭部をはたく。後ろから現れた早紀ちゃんがうるさくしてごめんねと頭を下げた。 「驚いた? うちいつもこうなんだ」 「おいら一人っ子だから大家族は憧れだよ」 「アタイも」 八重子ちゃんが笑ってる。緊張が解けたみたいだ。 「そうだ、変わったアヤカシの話をしようか。マッハ5で動く奴でね」 「聞きたい聞きたい!」 「一寸待って、お帳面を出すから」 二人とも期待で目をきらきらさせてる。咳払いをしてボクは語りだした。 「せこい事ばかりしてるらしいから、銭湯で裸になって囮になったけど全然興味なさそうだったよ。失礼しちゃうよね。スピードが速い代わりに防御力が……」 調子よくしゃべっていたら、突然。 ドカン! 轟音がした。 「父さん!?」 ボクはあわてて書斎兼実験室へ駆け込んだ。機材の残骸に囲まれて父さんは滂沱の涙を流している。続けてやってきた真紀ちゃんが、またやらかして! と叫んだ。 「あと少しでルーブ=ゴールドバーグ理論第三定理の反証が!」 「家でこの実験せんといてて言うたやろ!」 ぴしゃんとどやしつけられて父さんは膝から崩れ落ちた。早紀ちゃんがその手を引っ張ったり足を上げさせたり。 「うん、無傷ですね」 ……二人とも、もうちょっと心配したっていいじゃない。 「紹介するね、うちの父さんだよ。学者なんだ」 「亜紀のお友達か。今後ともよろしく。さっそくだが専攻は何かね、特にないのか、興味深い」 父さんはボクの友達を引きとめ、あれこれ聞き始めた。やれやれと腰に手を当てた真紀ちゃんが笑顔を見せる。 「ああなったら止まらんから、かんにんな。晩はてっちりにするさかい食べてってや」 「また遊ぼうねあーちゃん」 見送りの雪那と一緒に八重子ちゃんとクマユリちゃんが、にこにこ顔で手を振ってる。 星空キラキラ、明日もいい天気だね。 ●霧雁(ib6739)のおうちデート あるのは白いリュートと座布団くらい。 「今更こんなボロ家、掃除したって大して変わらねえだろうに」 と言いつつ、神仙猫のジミーはしっかり掃除をしてくれているでござる。 「じゃ、俺は久々に散歩でもしてくるぜ」 掃除を終えたジミーは尻尾を振って庭の生垣を越えていったでござる。拙者が台所へ湯をわかしに行くと、すでに用意が済んでいて、小皿には梅の花の塩漬けと肉球スタンプ付の書置きが。 『茶請けが抜けてるぞ』 かたじけないでござる。 待ち合わせに先駆けて橋の袂に行くと、梨那さんはもう来ていたでござる。なんとなく声をかけそびれ桃水晶の花飾りが揺れる横顔を眺めていたら、梨那さんは楽しげにくりかえし時計を見てござった。うっかり目が合い、こちらが見つけられてしまったでござる。 「来てるんなら言えにょ!」 まこと申し訳ないでござる。 「拙者、今は泰大学で寮住まいなのでござるが、神楽の都には長年過ごした家があるのでござる。わざわざ来てもらう程のものではないのでござるが、その、拙者の家を一度見てもらうのもいいかと思ったのでござる……」 川沿いの風はまだ冷たく、マスクがないと心もとない気分で、拙者は髯の伸びてきた顎をさすったのでござる。 「お邪魔しまーす。わー、ほんとに狭いにょ、ここ」 「貧乏長屋を切り取ってこさえたような一軒家でござるゆえ。大家に築年を聞いたら言葉を濁されたのを、昨日のことのように思い出すでござるよ」 とっときのお茶を出すと、梨那さんは掌に包み香りを楽しんでござった。 「泰の気候には遠く及ばぬでござるが、拙者は、この縁側でお日様の暖かさを感じながら、庭を眺めるのが好きなのでござる」 障子を開くと猫の額のような庭。マタタビが茂り、白木蓮が今を盛りと咲いているでござる。梨那さんは縁側で膝を崩し、花を見上げたでござる。 「あんたも持ってたんだにぇ、自分だけの城」 「……さようでござる」 あの時は言葉にできなかった思いがすとんと、腑に落ちたでござる。かなり古く、あちこち傷んではいるでござるが。 「必死に依頼をこなして購入した我が家でござる」 それ故、大学へ入学する際も家を売却できなかったのでござる。 頃を見て、拙者の好物の糠秋刀魚炊き込みご飯と、焼き糠秋刀魚、マタタビ酒と共にお出ししておもてなし。 「素人料理ではござるがチョコのお返しでござる」 「いただきまーす。マタタビ酒たぁにくいにぇ、おいしい♪」 梨那さんは杯を重ね、あっとういうまに平らげたでござる。拙者は余興にリュートを引いたのでござる。最初は明るく楽しげ、しだいに色気のある曲へ、などと小細工をしながら顔色を伺っていたのでござる。梨那さんは聞き惚れている様子。言うなら今日と決めていたでござる。男、霧雁、腹をくくるでござるよ。 「梨那、その……」 「んー?」 「あ、愛しているでござるよっ!」 息を呑んだ梨那の、見開いた橙の瞳からぽろりと水滴がこぼれた。 「え、あれ、やだうれしい、涙出てきた……あれ、あれ?」 目元をこすっていた梨那は、急に拙者に抱きついてきたでござる。 「こっち見るな、メイク崩れてるから見るな!」 拙者の胸に頭をぐりぐり押し付ける梨那から、私も、と返事が来たのは小一時間後のことでござった。 ●戸隠 菫(ib9794)の事件簿 祭壇の護摩の熱が朝の冷気をやわらげてくれる。 あたしは住職に続いて経を唱え、護摩木を炎へ投げ込んだ。お勤めを終えて部屋を辞すと、春の寒さに包まれる。あたしはローブの襟をかき寄せ、ほうと白い息をこぼした。今日は予定らしい予定がないんだよね。ここんところ、立て込んでいたからなあ……。なんか、ぽっかりと空くと却って不思議な気分。 上級羽妖精の乗鞍 葵が、碧い瞳をぱちぱちさせてあたしの肩に手をかけた。 「今日はどうする?」 「開拓者ギルドへ足を伸ばそうかな」 ここは神楽の都の郊外にある天儀天輪宗の分寺。小さくも歴史を感じさせるたたずまいで、朝夕の掃除が行き渡っているせいか、板張りの縁側は鏡みたいだ。道なりに進むと僧達のくつろぐ居間、そして炊事所に、小さな宿坊がある。 山門をくぐって近隣の子供達がやってきた。 「おはよう桐さん」 「おはよう。今日も元気だな」 栗毛の上級からくり、穂高 桐が返事をしてる。 まだ授業には早いのに、いや鬼のいぬ間のなんとやらかな。子供達は広間へ荷物を置きかくれんぼに興じている。桃とツツジの植わる庭は小ぶりだけど手入れが行き届いていて、今年の花もきっと見事なんだろうなって感じるんだ。 「菫はん!」 人妖の、劔 楡が大声を出す。あたしは振り返った。 肩を上下させ、楡が山門を指差す。若い男女が駆け込んできたのはその時だった。殺気だった男衆が追って来ている。 「葵、門をしめて! 桐は私と追っ手の足止め! 楡は子供達と二人を本堂へ!」 あたしは拳を握り表へ駆け出した。 追っ手を蹴散らしたあたしは二人から事情を聞いた。 これがなんと駆け落ち騒動。二人は大店の跡取り息子と娘、両家は仲が悪いことで有名なんだって。親を説得しきれず手に手を取って逃げ出したけど、追っ手を差し向けられほうほうの体で寺へ駆け込んだの。 「事情はわかったけど、商売敵同士、それも犬猿の仲なんだね……」 東房やジルベリア、希儀とか、離れている処へ連れて行ってあげるのは簡単だけど、出来れば、両方の親兄弟に祝福して欲しいよね、うん。あたしは頼りになる相棒達に顔を向けた。 「ねえ、桐、葵、楡、どうやって説得しよう?」 桐は顎に手を添え真面目な顔で口を開いた。 「そうだな……。まずは両家の関係改善が最優先だ。原因になった商売のもめごとを二人に聞こう」 葵がくるりと回った。 「そこの問題を解決して、いわば手打ちが出来たら良いよね。その線で行ってみようよ」 「そしたら改めて結婚を祝福して貰えるように説得しよ。情と利の双方からやってみたら、ええんやないやろか」 楡も乗り気だ。となると。 「ねえ、桐と葵はこの二人を護ってやって。楡は調査と説得に協力して貰えるかな?」 あたしは二人へ笑いかけた。 「あたし達に任せて、きっと上手く行くから」 人の心って面白いものだよね、些細ないさかいが怨念に変わったり、憑物でも落ちたみたいに仲良くなったり。長年にわたる誤解も解けて、二人は正式に夫婦になった。お礼に祝い酒を送られたり恩人として講話を頼まれたり。この件以来、ご近所開拓者としてちょっと有名になったんだけど、それはまた別の話。 ●白 倭文(ic0228)の里帰り 飛空船を降りるとすえた匂いが鼻をついた。蚕を煮る、我にはなつかしい匂いだ。タラップの明燕に手を貸し、暁燕へ向けて指笛を鳴らす。泰北のとある絹織物の町。帝都の影響が強く朱塗りの家屋が多い。そのうちの一軒、店とは別構えの横広の屋敷が我の実家だ。 「小兄が帰ってきタ!」 門からわらわらと弟妹が飛び出した。髪の色も肌の色もばらばらだが、そろって絣の着物を着ている。 「おかえリ!」「お客サン?」「隣の人ダレ?」「荷物持つヨ」「ドレがお土産?」「コレ?」 「待て待て、勝手に荷物をあけるナ。大兄は?」 「店番してるヨ、それより小兄、父上トッテモ怒ってるヨ」 旅装のままの父上が入り口で待ち受けていた。 手にしているのは我の出した手紙。消印は昨日の朱春、届いたのは今朝だろう。便りには簡潔に『婿に行く、伴侶は明燕、住まいは巌坂、宗教は一蓮教。顔出すからよろしく頼む』と。 不穏な気配に驚いている明燕を視線で押さえ、我は父上へ近づいた。 「婿入りも引越しも入信も何も言わン。だがナ、我は騙まし討ちは好かんゾ」 「もう決めたんだ」 「倭文!」 父上の拳が飛んだ。避けてはならない気がして、我は歯を食いしばる。 ――!? 景色が反転する。すねが痛い、何が起きた。足払いだと察したのは明燕の腕に収まってからだ。おひめさまだっこされていると気づき、我は固まった。 「お父様……」 明燕が大きく息を吸った。 「息子さんを私にください!」 父上が目を白黒させタ。 「やっちゃった」 長椅子で明燕は頭を抱えていた。風呂敷片手に蓋碗を持ってきた我は、足で扉を閉めた。 「まァ、挨拶の一発は予想してたっていうかだな。父上はいつもああだから気にすんナ」 「私、テンパっちゃって」 「気にやむなよ、お蔭で母の拳はなかったし堂々の両家公認ダ」 「お母様が? おっとりした方に見えたけれど」 壁を丸くくりぬいた窓からは庭がよく見える。 雪蓮にじゃれつき、暁燕の背で歓声をあげる子ら。妹達が紅葉にお手をさせている。遊び場と化した庭には、手作りのシーソーや土山が築かれ、岩や丸太が並び、壁際では申し訳程度に花が咲いている。 「うるさいだろ。母に父に妹弟、怒涛の質問攻めに山の料理が積まれちゃ遠慮なく消えてく食卓。……我はここ育ちだ。イメージとは違ったか?」 明燕が首を振った。 「にぎやかでいいね」 我は軽く吹きだした。 「母上にオマエの母君の話をしたら『にぎやかでいいわネ』だとサ。それで、泊まっていくんだロ?」 明燕がうれしげにうなずく。我はその頬に触れ、首筋を伝った。指先で肩のラインをなぞる。 「一尺三寸てところカ」 「何が?」 「身幅」 我は風呂敷包みをほどき、出てきた反物を小脇に抱えた。気に入った反物を明燕の胸の高さにあわせてみる。明燕が青い顔になった。 「これって、すごくお高い奴だよね?」 「白無垢用だからナ。こっちはジルベリアの流行りダ。母上が蔵に走っていったからナ、今夜は着せ替え人形にされるゾ。着たい物リクエストしておけば、我も含め喜んで仕立てるゼ、花嫁衣裳」 「……白家の花嫁衣裳」 明燕が頬を染める。瞳が潤んでるように見えた。 「花嫁衣裳が白いのは相手の色に染まるという意味なんだってね。だったら私はこの色がいい……」 明燕は我の服、新緑の生地をつまんだ。 |