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■オープニング本文 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 八と呼ばれたのは地味な着物の女の子。呼んだのは派手な着物の少女。どちらも十かそこら。少女のほうは鶴の獣人らしい。 「ここんとこ、おいらんちの軒先にクモの巣がはっててね」 「掃除もしてないのかい」 「してるともさ。それなのに毎日毎日、向こうさん飽きないもんだ」 「そのうちクマやんがひっかかるんだね」 「それはそれで」 「なんでだい?」 「極楽までのぼっていける」 「おあとがよろしいようで」 一方その頃、開拓者ギルド。 職員二人が依頼書を検分し、話をしている。 「広い土蔵ね。人の背丈より大きなアヤカシ蜘蛛が巣食うのも納得だわ」 「中は蜘蛛の巣だらけ、おまけに暗いんですか」 「窓まで糸で覆われてるんじゃねえ」 「もう燃やしちゃっていいんじゃないですかね、倉なんでしょう?」 「家宝があるのよ。サツキの紋が入った箱だから、灯りさえあればすぐわかるわ。だいたいアヤカシ産の蜘蛛の糸は普通の火じゃだめよ」 「中で武器を振り回しても大丈夫なんですか」 「家宝が返って来れば万々歳ですって。普段から整理はしてあるらしいから、動き回るには問題ないみたいよ。多少やらかしてもお目こぼしをもらえるわ。うじゃうじゃいる小蜘蛛の吐く糸のほうに気をつけたほうがいいんじゃないかしら」 かくしてギルド掲示板に一枚の依頼書が張り出された。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
一心(ia8409)
20歳・男・弓
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
朱宇子(ib9060)
18歳・女・巫
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
スチール(ic0202)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●光のありか 鴉乃宮 千理(ib9782)は武僧頭巾の影から倉を見上げていた。 「天より蜘蛛の糸垂れ下がり、それをみた者が次々と取りついて、糸はぷちっと切れてしまいました……なんてのう。武僧の我にもわかるぞ、この倉から立ち昇る瘴気がな。登った先が、人間に優しいとは限らんのじゃ」 彼女は手にした薙刀で地を突くと、軽く息を吐いた。 「中は暗いとのことじゃが、灯りは用意できなんだ。ま、お仲間のどなたかがお持ちじゃろうて」 「そうだな。とりあえず窓からの採光を重視しよう」 スチール(ic0202)も同意し、腕を組む。ぴかぴかに磨き上げられた鎧が、騎士である己への誇りを示している。 「糸をどけてしまえば光が入るようになるだろう。あとは仲間と相談」 そこへ今回の僚友が戻ってきた。泰拳士の羅喉丸(ia0347)の手には聞いた話を書きとめた手帳、そして松明がある。 「ただの蜘蛛だったらよかったんだが、アヤカシとはな。それとも、まだこの程度で済んでいる事を喜ぶべきか。依頼主によると家宝は割れ物ではないそうだ。詰め物がしてあるから多少振っても大丈夫とは言っていたが、俺は手荒に扱うのは避けるべきだと思う」 「それから、箱の場所は扉からまっすぐ行って突き当たりなんだってよ。ようは一本道だ。それにしても蜘蛛のアヤカシか、迷惑だよな。俺が退治してやんよ!」 サムライのルオウ(ia2445)が言葉を引き継ぎ、よろしくなと会釈をした。朱宇子(ib9060)も礼儀正しくお辞儀を返す。 「普通の蜘蛛が家に出たら外に追い出しておしまいでしょうけど、アヤカシの場合だと、そうも行きませんよね。家宝を取り戻せるよう、頑張りましょう!」 早速、朱宇子は倉の周りを歩く。 「灯の持ちあわせがないので、窓の位置を調べておきませんと」 「おっしゃるとおりです。炎魂練武だけでは心許ないですから」 朱宇子の隣には一心(ia8409)、志士らしく陣羽織の似合う物腰の柔らかな青年だ。 「灯り持ってないのか? じゃあこれ使ってくれよ」 ルオウが自分の松明を朱宇子に渡す。 「ありがとうございます、けれどルオウさんは?」 「俺はこいつがあるから」 と、ルオウは鞘に手を置く。確かに彼の業物は両手で扱ってこそ真価を発揮するだろう。ルオウ自身もそう心得ていた。朱宇子は深々と頭を下げ松明を受け取る。 一心は窓を確認した。鎧戸で閉ざされ、このままでは中から糸を燃やしたとしても光が入りそうにない。何やら考え込んでいた彼は、軽く助走をつけて飛んだ。わずかなくぼみに手をかけ、戸の隙間をのぞく。 「ふむ、これならこうすれば……」 持ち前の器用さを活かし、一心は留め金をはずしてのけ、鎧戸を開く。 「窓自体は内側から糸が貼りついていて開けられませんね。けれど、これで準備はできました」 その頃、倉の反対側では巫女の神座早紀(ib6735)が悩ましげにやわらかな髪をいじっていた。 「外から燃やせる糸があればと思っていたのですけど」 「失敗だー……残念なの」 志士のエルレーン(ib7455)も、自分のことのようにしょんぼりしている。こちらも鎧戸で閉ざされた窓。 「その分、中でばんばん燃やしますよ。瘴索結界も使っちゃうんです。皆さんのお役に立って見せますとも。それにしても家宝ってどんな物なんでしょう? すごく興味があります!」 「黒い長持に入ってるらしいから、きっとすごいお宝なんだねぇ……中身見てみたいな。探すのはまかせて、ツバキの紋もちゃんと見せてもらったの」 「サツキだ、サツキ」 一緒に居た羅喉丸が訂正する。 「あう。こ、こんなのだったよね?」 エルレーンはつま先で地面に紋を書いた。 「正解だ」 「よかったあ」 「とにかくあの鎧戸をなんとかしないと。浄炎で灯りを取れなくもないのですけど」 「うん、ちょっと待ってね」 エルレーンがはずみをつけて飛び、鎧戸にとりつき引っ張る。 「んんんー、鍵がかかってるの。ここ、こうしたら……」 鞘を隙間にねじ込み、えいやと力をこめた。 ばきんっ。 「ひょわっ」 「エルレーン殿!」 支えを失い落ちてきた彼女を羅喉丸が受け止め、降って来た鎧戸を器用に避ける。その様子を早紀は両手で自分をかばうようにして遠巻きに見ていた。 「神座殿、何か?」 「いえ、お恥ずかしながら私、男性恐怖症でして……そんな風にとっさに触られたらつい殴りかかってしまうんです……」 ましてや密着なんて全身全霊でお断りだと顔に書いてある。 「死地で好き嫌いを優先するとは余裕だな、神座早紀とやら」 スチールが腕を組んだまま早紀を見つめる。 「そういった輩を守るもまた騎士の務め。私の後ろに控えるといい」 「わかりました」 同性の申し出だ、早紀は大人しく受け入れる。その後ろでエルレーンは落ちた鎧戸にしょんのりしていた。 「窓、壊しちゃったの」 「このくらいなら許してくれるだろう」 羅喉丸の言葉に胸をなでおろす。スチールが重兜をかぶり、面甲で顔を覆った。 「貴様ら、本番はこれからだぞ」 ●突撃準備 朱宇子が自分と羅喉丸の松明をともす。早紀も用意してきた南京提灯に火を入れた。扉に手をかけ、短くうめく。 「なんてこと。瘴気の塊がいたるところに。特に上の方にみっしりと」 「頭上に注意しなくては」 返事をしながら羅喉丸が眉間にしわを寄せる。恐れていたことが的中したのだ。一心が扉を開いた。蝶番のきしむ音ともに暗がりが生まれる。 「これは……確かに広い土蔵ですね……左右にぼんやりと明るいのが、おそらく窓です」 「私、基本的に虫は平気ですけど……。この中に蜘蛛アヤカシ、ですか。それも、大小含めてたくさん……うーん。想像するとちょっと怖いかも」 そう言いながら朱宇子が松明を手に半身をのりだした。付近の床を見る。 「足元に気をつける必要はなさそうです」 千理も目をすがめる。 「普通の蜘蛛は大人しいもんじゃて、無用な殺生をすることもない。だがアヤカシなら話は別じゃ。特製の糸とやらで天井は埋まっているのう。なにやら細かいのも走り回っておるわ」 スチールの視界を小蜘蛛がうろついている。 「先にやつらを片付けたほうがいいのでは?」 「戦いに家宝を巻き込むのは……。外に持ち出すのが先だと思います」 一心の案に皆もうなずいた。 「それじゃ、そーっと入ってみるよ?」 心の眼を見開き、抜き足差し足。頭上に重圧を感じながら、エルレーンが明かりの届く範囲まで進む。 「うー……気持ち悪い、のっ!」 あと一歩で闇に踏みこもうとした瞬間、彼女は殺気を感じ飛びのく。間一髪、滝のように糸がなだれ落ちた。代わりに一心が殺気の出元を探る。おびただしい数の小蜘蛛、そして親玉を感じとる。 「……この気配、まさか全て蜘蛛ですか」 苦く笑う彼にスチールが声をかける。 「やはり先に倒した方がいいと思うが」 「そうしたいけど、家宝を盾に取られる可能性があるんだよな」 ルオウが答え、愛刀を持ち直しきっぱりと言った。 「だから、がーっと行って、ばーって帰ってこようぜ」 「はい?」 「糸は俺らのとこにビュッて来るっぽいから、ダーって行けば箱持ってザーって帰って来れると思うんだよ」 本人は大真面目だ。首をかしげる一行の中、一人得心した羅喉丸が通訳を試みる。 「糸は素早く動けばかわせるので、俺たちは家宝の長持を確保し、ここに戻るまで走り抜ける、という意味でいいか?」 「そう、それだ!」 「一瞬で見抜くとはさすがだルオウ殿」 「だてに経験は積んでないってことだ」 ちょっと得意顔のルオウ。スチールの影に隠れていた早紀が提灯を揺らす。 「結界で丹念に探ってみました。倉の中、道の途中に罠はないみたいです」 「では突撃。灯りを持つ者は前へ」 「そう言うスチール殿も前だな」 早紀は彼女の後ろにがっつり引っ付いて離れない。松明を持つ羅喉丸とで先陣を切ることにした。一心たちが周りを囲む。 「窓と家宝は巫女のお二方にお任せしていいでしょうか。自分も手伝いたいのですが……帰りを考えると護衛は多い方が」 「俺もそう思う。頼んだぜ」 ルオウもまっすぐな瞳で朱宇子と早紀を見つめる。 「行きに糸いっぱい吐かれちゃいそうだもんね。私、なるべく道をふさぐ糸は切っておくの」 「そうじゃのう。我もついていく身としてそのくらいはさせてもらおう」 エルレーンと千理がしんがりを請け負う。彼らの手元の灯りなど、暗闇は今にも呑みこみそうだった。 ●剣戟開始 「行くぞ!」 スチールの号令一下走り出した。そのすぐ足元、影、襟すらかすめて白糸が乱れ飛ぶ。身のこなしを身上とする羅喉丸に比べ、フル装備のスチールはやや動きが重い。彼女を狙い吐き出された糸を、羅喉丸の七星剣が代わりに絡めとる。 「礼など言わんぞ」 「けっこうだ。こちらも倒れられると困る」 お互いに言い捨て先を急ぐ。二人の背を追い早紀と朱宇子は灯りで行く先を照らしながら必死に走る。糸が降りそそぎ道を潰していく。ルオウは足を止め、集まって来たアヤカシに吼えた。 「てめえらの相手は俺だぜ? かかってこいよ!」 咆哮に震え上がった小蜘蛛どもは、巫女たちから注意をそらす。 「あれだね、黒い長持。後ろ来てるの、気をつけて!」 目ざとくサツキの紋を見つけたエルレーンが振り返り叫ぶ。出入り口までの道はじわじわと小蜘蛛に覆われつつあった。 「邪魔するでない子童。その足削いでくれようぞ」 千理が向きなおり、薙刀で突きをくりだす。数は多いが本気で打てばたいした相手ではない。だが頭上からカサカサと音がし親玉が汚物を噴きだす。またも落ちた滝を千理は払いのけた。 「家宝はどうじゃ」 振り向いた先では一心が周りの小蜘蛛を牽制している。 「確保しました。今から戻ります。お願いしますね、お二方」 たどりつくと同時に巫女二人は背を合わせた。 「ほむら立ちたまえ!」 祈りが唱和する。早紀は左の、朱宇子は右の、かざした手の先で壁の糸が燃え上がる。生ぐさい臭気が立つと同時に倉の中が明るくなった。さしこむ日の光がおどろおどろしい倉の中を鮮やかに照らし出す。 サツキの紋の入った黒漆の箱を抱えあげる早紀と朱宇子。羅喉丸は松明を道をふさぐ小蜘蛛の群れに放りこんだ。 「今のうちに先へ!」 敵ごと松明を踏み消しながら全身を気迫に染めての三連撃。相手は天井まで吹き飛び瘴気に還っていく。 「四段突きぃいいい!!」 眼にも止まらぬルオウの突きが、荷の間に逃げこもうとした輩すら正確に打ち抜く。だが宙を飛ぶ糸がしだいに二人の鋭さを奪っていく。一心もまた苦心石灰で網をかいくぐり、炎をまとった刀で敵を蹴散らし道をあける。 「そうそう捕まってたまるものですか。しかし……このままでは防戦一方です」 つぶやく一心。早紀をかばっていたスチールも胸中同じだった。 「邪魔させるものか」 重くなった盾を頼みに、浴びせられる魔の手から強引に仲間を守り続ける。天井で様子を伺っていた親玉が姿勢を変え、大量の白糸を吐き出した。耐えきれず後ずさった体に絡まる。親玉は嘔吐するかのように腹をひくつかせ、彼女の鎧姿が埋もれていく。 もはや一歩も動けなくなったスチール。だが衝撃が背を襲い、体が軽くなる。思わずふりかえれば、強い光を瞳に宿すエルレーンの姿があった。 「わ、私は……みんなのために、護りの剣になるの!」 叫んだ彼女の剣に桜色の燐光が収束する。エルレーンは獲物を閃かせ、仲間にからまる糸を切り裂く。あでやかな桜吹雪が舞った。 「糸もぎはまかせるがいい。足が動かないのは死したも同然じゃ!」 小蜘蛛の群れへ一喝を浴びせると、千理も薙刀で仲間の分まで邪魔な糸を払いのけ足場を確保する。皆で開けた道を駆け抜け、早紀と朱宇子は家宝の長持を入り口まで運び出してのけた。すぐに精霊との交信に入る。瞳を閉じた早紀が軽やかに手を差し伸べた。 「山を背に風の立ちたる前ならば、皐月の菖蒲、花ぞ咲けかし」 心地よい風が倉の中にこもった空気を洗い流す。朱宇子も杖を振り鈴を鳴らし涼やかな声で謡う。 「白魂の清きに四海は雲もなく、あやしのかぎろい、いと立ちぬるかな」 二人の癒しが降りそそぎ皆の体に力が戻る。 小蜘蛛も数が減ってきた。親玉は巣を登り距離を取ろうとするが、それを見逃す一心ではない。 「さて、それでは大蜘蛛退治といきましょうか」 霊刀が巣を切り裂き、膨れ上がった蜘蛛の体がどうと落ちる。焔の軌跡が表皮を焼いた。 「成敗、てな!」 残りを相手取っていたルオウが軽く見得を切り、親玉の腹に直閃を見舞う。羅喉丸も床を蹴る。 「呼ばれもしないのにやってきた客にはお引き取り願おうか」 素早く打ち込まれた拳の痕から瘴気が漏れ出る。 「精霊の名の元に!」 スチールの剣が腹を削ぎ、親玉が激しく痙攣をはじめた。最後のあがきか、視界を染めるほどの白糸が噴出される。直撃する位置にいたのは早紀と朱宇子、けれど二人は落ち着いた様子で利き手を掲げた。迫る汚物はエルレーンの桜に絶たれ、千理の薙刀に乱されて、巫女たちに届く前に掻き消えていく。早紀の凛とした声に、朱宇子のなめらかな声音が続く。 「自棄し身は清とてつらし、走り火も」 「憂う影とて、霧となるまで」 浄炎が親玉を包みこむ。藁をくべたように激しく燃え上がり灰すら残らなかった。 ●整理整頓 「しっかし面白かったなー。大きいの倒したとたん、ほとんどの糸がばーってなくなったもんな」 「瘴気の根もないようだし、これで安心だ」 「お片づけもできてよかったです」 残った小蜘蛛も掃討し、みんな連れ立って倉から出る。 「おたからって結局なんなんだろう?」 「開けてしまいたいのう」 「どうかと思うな」 家宝に興味津々のエルレーンと口中で飴をころがす千理をスチールが諌める。倉の横に回ったルオウがひょいと飛び上がり、一心が開けた鎧戸を閉めた。 「あふたーさーびすってのかな? あっちの窓も閉めておくぜ」 「しなくていいぞルオウ殿」 「なんで?」 「なんでも」 しらばっくれる羅喉丸の後ろでエルレーンがもじもじしている。 「お疲れ様でした! 一服しましょう」 早紀は笑顔で折り詰めと花湯を取り出した、が。 「手伝いましょ……うわ!」 何気なく近づいた一心を鋭い右ストレートが迎え撃つ。常人なら顎が砕けていただろうが、彼はかろうじて避けた。 「ご、ごめんなさい! 伝えてなかったですねじつはあの私その」 早紀はわたわたとスチールの影に隠れ弁解しだす。 「……巫女でいらっしゃるのが惜しいくらいでしたよ」 今のは確かに殺る気だったと一心は遠い目をする。 「疲れが取れたら依頼主へ知らせに行きましょうね」 黒漆の長持に朱宇子は杖を立てかける。 金の鈴が、ちりんと鳴った。 |