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■オープニング本文 ●どこかの話 雪のちらつく朱春の町外れで、身寄りのない少女が倒れていた。 爪の間まで垢じみた体はガリガリに痩せこけ、干からび割れた唇には蟻がたかっていた。傍らにしゃがみこんだ影が、静かに言い聞かせている。 「……は怖くないよ。春のお庭に行くの。天帝さまが優しく出迎えてくださる。そこでは皆、笑顔で幸福なの」 地味な風采の小柄な女だった。長い髪を無造作に括っている。女は銀の指輪が光る手を伸べ、少女の手を取った。 「だけどねえ、まだ息をしていたいなら、あなたの意思を見せて」 少女の胸が不規則に上下した。黒目がちの瞳が潤み、骨ばった手が女の手を握りかえした。 女はうれしげに微笑み、少女を抱き上げた。 ●泰大にて 教授はほくほくしながら分厚い紙束を生徒へ返した。 「一時期はどうなることかと思ったが、よくがんばったな玲君」 名を呼ばれた生徒が、ぱっと顔を輝かせた。姓は玲、名は結壮(リン・ユウチャン)。 「では」 「うむ、あとは資料をそろえて体裁を整えれば合格、卒業だ!」 「あざーっす!」 だらだら留年したあげく退学寸前になってやっと書きだした卒論だ。正直体裁が揃っていればなんでもいい。教授は目頭を拭うと、めがねに息を吐きかけてハンカチで拭き始めた。 「ところで君、就職は決まってるんだろう?」 「え」 結壮の返事にまず教授が固まり、教授の反応に結壮も固まった。進路は続くよどこまでも。 雪のちらつく泰国朱春、昼下がりの街角。水路に面した喫茶店の窓際で濃い目に淹れた烏龍茶が湯気を立てている。 「で、学生課に駆け込んできたわけ?」 「見つけたんだからそこは評価してくれよ」 玲結花は兄の結壮を相手に怪訝な顔をした。兄はにこにこしている。 「聞いて驚け、町役場の総務課」 妹は息を呑んだ。それはいわゆる、公務員、というやつではなかろうか。 「バイト?」 「いや正職員」 「任期付き?」 「正職員だって言ってるだろ、おまえの中の兄ちゃんのレベル教えろ?」 「だってお兄ちゃんたら一回生の教養単位を今年まで落とし続けてたし」 「何度も同じ講義聴いてたら飽きるからな」 まさか我が兄がまっとうなしょくぎょうにつこうとは。結花は感動を覚えた。そもそもこの時期にまだそんなクチがあろうとは。天下の泰大学は職業斡旋も最高クラスということか。結花は激しく後悔した。 (「思い出になっても受験すればよかった……!」) 「あんまりド田舎だから誰も行きたがらないらしくて」 「どこ?」 「巌坂」 結花は茶を噴き出した。 ダメよおにいちゃん、そこは一蓮教っていう妙な教団の町で、黒蓮鬼っていう人間そっくりな不老不死のアヤカシがいるのよ、たちの悪いことにそいつら人間より弱くって、とどめに巌坂の人たちと共存してるのよ。 「明日、面接があるから行ってくる。お土産何がいい?」 のほほんと兄がガイドブックを広げ妹がそれを奪い取る。 「私も一緒に行く。あ、これ買ってよね、見た目がパンダなあんまん」 ●いつもの話 本院の執務室で、呂は机の引き出しを開けた。上品な包装の小箱が入っている。 呂は包装を開き蓋を開けた。 「……おいしいのかな、これ」 小指の先ほどの正方形、一口サイズのチョコレートがモザイクのように並んでいる。ひとつひとつ味が違うらしいのだが、ぱっとみは濃淡の違う茶色いブロックの集まり。 (呂にしては)奮発して朱春の光球チョコレート専門店で買い求めたものだ。商いで扱った経験はあれども口にしたことはない。 明燕はカタログを開いてみた。 「南那産珈琲の濃厚なコクと後味の渋みが引き出すやさしい甘さ」 ますますわからない。わからないといえば、隣のもそうだ。 「まるでロイヤルミルクティーを味わっているかのような恍惚」 もうそれはロイヤルミルクティーを飲めばいいんじゃないのかなって、お茶請けにもなるし。 さらには、大宇宙のさえずりをテーマに星々のロマンを込めたシロモノがあるのだそうだ。金平糖が入ってるだけにしか見えないのだけど。 「あやしい……」 シノビの道を長く歩んできた彼女は迷わず毒見をした。 「ええっなにこれ! おいしいおいしいおいしい!」 参梨那が扉を開けたのはそのときだった。からっぽの箱を抱えた幼馴染の姿に何が起きたのかを悟ると、書類を押し付ける。 「はい、出張中にやった会議の議事録。私は今日早上がりだから質問は明日以降によろしくにぇ」 「ええー、どうして?」 「バレンタインデーだし、帰ってガトーショコラ焼く」 はっ、手作り! その手があったか。空になってしまった箱を握り締め、明燕は幼馴染に詰め寄った。 「私も早引けして一緒に作りたいな」 「だめだめ。溜まってる決裁終わらせるにょ」 「じゃあ昼休憩になったら町まで行かせて」 「却下。仕事が終わるまで缶詰にょ」 「ああんチョコ! チョコ渡したいのに! どうしてこんなに忙しいの?」 「それは明ちゃんが、意思を見せて(キリッ、とか言って出張のたびに行き倒れを拾ってくるからでしょ! おかげで病院がてんてこまいだにょ」 「あ、謝らないよ。世界の幸福量を増やす行いだと思うんだよ。元気になった人が町で働いてくれて税収もちょっとアップしてるし!」 窓の外のぽかぽか陽気の下、七人の少女が籠の中身を数えていた。思い思いの帽子やストールを身に着けているが、よく見ると皆同じ顔。呂の母たちだ。 「三号棟終わり」「緩和棟終わり」「患者さんに配るのこれで終わりー?」「終わり」「欧さんは?」「甘いの好きじゃないって」「けっこう余ったね」「よーし」 お母さん達は籠を振り回しながら町を目指し歩き出した。 「おとこもすなる友チョコををんなもしてみんとてするなりー」「しゅつじーん」 === ●巌坂 朱春より南方百余里、巌坂有り。浮島なり。風光明媚にして花樹多く百花豊かなり。 巌坂は花園に包まれた病院のあるのどかな田舎町だ。 泰国の南部にぽっかり浮かぶ離れ小島で、一年中ぽかぽかいいあんばいの陽気。町は緑にあふれ、どの窓にも花が飾ってある。それはこの町が一蓮教という耳慣れない教団の総本山だからだ。春王朝を神の如く崇める彼らは花樹を尊ぶ。地に根を張り枝葉を広げ花冠を抱く樹は春王朝の象徴なのだ。 人々は町に合わせて樹を切るのではなく、樹に合わせて町を作る。道の真ん中や石段の途中からにょっきり樹が生えていたり家の柱が生木だったりするのは、そういうわけである。 通りの店で蜂蜜酒を買い、気に入った木陰にハンモックをつるして寝転べば、涼しい風がさやさやと辺りの葉を鳴らしよみさしの本もそこそこにころりと寝付いてしまう。巌坂はそんなところだ。 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 天河 ふしぎ(ia1037) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 未楡(ib0349) / 明王院 千覚(ib0351) / 蓮 神音(ib2662) / 御鏡 雫(ib3793) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ウルシュテッド(ib5445) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 神座亜紀(ib6736) / 霧雁(ib6739) / 嶽御前(ib7951) / 中書令(ib9408) / 呂 倭文(ic0228) / セリ(ic0844) / サライ・バトゥール(ic1447) |
■リプレイ本文 巌坂の地下深く、欧は中書令(ib9408)の訴えを聞き終え、嶽御前(ib7951)へ面を向ける。 「で、あるか?」 嶽御前が涼やかな笑みを見せた。 「あいわかった。戚夫人へ一蓮教への入信と魂結びの儀式を願い出るがよろしかろう」 欧は沼へ沈んでいく。中書令が声をかける。 「あなたが執り行うのだと思っていました」 「判断するのは私ではない、未来を担う者だ」 ちゃぷんと出目金のしっぽが揺れた。 「祝賀喜結良縁」 ●巌坂 「ほう、泰の中でも、とりわけよい気候じゃの」 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、ひなびた街並みやどっさり咲いた花々に目を見張る。 「母上は、元は泰の官吏での。外遊中の父上に見初められ、妾の故郷に輿入れしたのじゃ。開拓者になったのも、自らを鍛え尊敬する母上に少しでも近づく為ぞ」 人妖のカチューシャを連れ、タラップを降りながら続きを答えた。 「父上が亡くなられた後、母上は領主として辣腕を振るい領地を発展させ、領民より敬愛されておられる。進士合格は勿論、国家武拳士となる資格も有しておられたとか。妾の目標じゃ」 「ご立派な方なんですね」 パンダまんの屋台の前でリンスガルドはつと立ち止まり、腰に手を当てた。 「生まれは十二月二十一日じゃ。祝っても良いぞ?」 「アンケート御協力ありがとうございました」 「お兄ちゃん私のも」 「へいへい」 「はてリィムナはどこへ行ったのじゃ」 結壮からパンダまんを献上されリンスガルドは歩き出した。 「経緯……ナ。元は市場調査兼ねて実家から出されたナ。ほぼしてねェけど。あー……厳密な調査か、ソレ。だったら我は省くのが良いかもしれん」 誰か探しているのか返事もそこそこに白 倭文(ic0228)と上級からくり雪蓮は港を横切っていく。 後ろでは飛空船の腹が開かれ、荷物が運び出されている。泊まり客にしては量が多い。荷袋はそろって『アルボル』と書かれている。指揮をしているのはおっとりした妙齢の女性だった。 「私は明王院 未楡(ib0349)、十二月二十四日です」 彼女は結壮の問いにそう答えた。 「今日は娘の呼びかけで病院のお手伝いと、娘のお友達に調理指導をね。なかなか崖っぷちな腕前と私も存じておりますから」 相棒空龍斬閃の引く荷車へ輪留めを噛ませると、熱心にメモを取る結壮の質問に思いをめぐらせる。 「どれも素敵な称号で、選ぶ事は出来ませんが、母親としての私を認めて頂いている称号は嬉しいものですね」 と、サポートの達人は言う。良妻賢母の鑑は何くれとなく世話を焼くのが生きがいらしい。 クルミとクコの実の袋を荷車へ押し上げ、御鏡 雫(ib3793)も答える。 「十二月の五日。優れた医師に……と思って努力してきた結果が実ったように感じるからさ。一寸照れくさいけど『医薬の女神』って称号は嬉しく感じるよ」 腰から下げた小さな台帳が揺れる。自己流薬膳レシピのようだ。 「それに、称号に見合った医師でありたいと励みにもなるしね」 「わかりますわかります。私も!」 勢いこんだ明王院 千覚(ib0351)が照れ笑いを浮かべる。 「私は……両親が開拓者として働く一方で、孤児達や被災者の為に活動しているのを見て育ってきたので、自然と両親の後をついてきた感じです。って、本人の前で言うのはちょっと恥ずかしいけれど」 千覚は又鬼犬のぽちをぎゅっとした。未楡はゆるく苦笑し、雫は駿龍の涙の背に腰掛ける。 「三月三十日生まれです。称号はね、この愛用のうさ耳姿から付けられた『白兎の巫女』や様々な人達と培ってきた縁に基づいてつけられた『結ぶ縁、繋ぐ絆』の称号を嬉しく思って居ます。次は姉さんの番だよ!」 「はいはい。十野間 月与(ib0343)、一月の二十二日生まれだよ。父さんや母さんみたいに、誰かの背中を押せる人になれたらって思ってる……。そうだね、称号は、なんだかんだ言っても呂さんと過ごした中で呼ばれるようになった称号達が気に入ってるかな。思い入れが深いしね」 「あ、いたいた。結花さん、結壮さん!」 とんがり帽子の少女が手を振っている。 本院の執務室。 呂は決裁印を押すからくりと化している。参は書類の不備を訂正していた。未決裁の山を小脇に抱え廊下に出ると、羽妖精をつれた見知らぬ少年が立っていた。 「初めまして。サライ(ic1447)と言います。霧雁先生の弟子です」 アイツ弟子が居たんだと参は内心驚いた。 「あの、霧雁先生をよろしくお願いします。それじゃ……失礼します」 一礼して去ろうとするサライを参は呼び止めた。 「アイツにぇ、あんまり自分のこと話さないにょ。アナタから見てどんな奴なのか、教えてくれる?」 はいと答えサライは口を開く。 「僕は……凶賊に両親を、売られた先の貴族に妹を奪われ、僕自身も奴隷として明日をも知れない身でした。開拓者の皆さんに救出されなければ、確実に死んでいたでしょう。僕や妹の様に力によって虐げられ、押し潰されようとしている人達の力になりたくて、僕は開拓者を志しました。 でも、救出されて暫くは他人に触れられる事すら辛くて。そんな僕に、先生は根気よく時間をかけて技を教えてくれたんです。今の僕があるのは先生のおかげ、お世話になった方々に報いる為にも、より一層、鍛練を積んでいきます。だから……」 急に奥歯へ物が挟まったサライに、参は首をかしげた。 「だから、その……レオナがボクと先生の変な本を書いてますが、事実無根ですから!」 早口で叫び、サライは脱兎の如く逃げだす。 「変な本? てか、レオナて誰にょ」 首をかしげた彼女はとりあえず脇へ置いておくことにした。 町の高台。 石段の踊り場でウルシュテッド(ib5445)が足を止めた。見下ろした先の広場で戦馬のミーティアとヘリオスが寝そべっている。 「いい景色だ。俺こういうの好きだなあ」 「撮ってけば?」 親友に促され、彼は写真術式機を小さな三脚へ固定する。相棒達の姿が練感紙へ焼き付けられるまで十ほど数えねばならない。彼は続いて鞄を探った。 「そうだ、お裾分け」 「テッドの手作りか?」 「無論、愛を込めて」 ラム酒のボンボンを手渡すと、ジルベール・ダリエ(ia9952)は声をあげて笑った。まろやかな甘味と芳醇な香りが口腔へ広がる。 「んまい。あっちも楽しみや」 ジルベールが石段の上を指差した。ミツバチと酒瓶の看板がぶらさがっている。まるい子パンダがチラシを配っているのが見えた。 「『巌坂の蜂蜜酒は、春六百年代群雄割拠時代、九代目戚夫人が戦乱をくぐりぬけて巡礼にくる信徒をもてなすために作ったのが始まり』だそうだ」 パンフレットを広げたウルシュテッドに、ジルベールはふんふんとうなずいた。カチリと写真のタイマーが止まる。ウルシュテッドは身を乗り出し、かすむ地平線をながめた。異国では結婚式をあげた二人は蜂蜜酒に酔いしれるひと時を過ごすという。 「こないだ星頼に『おかあさんとの子供ほしい?』なんて訊かれてさ。返答に困ったよ……」 苦笑をこぼし、せやな、とだけジルベールは答えた。 「論点は別だったけれど、ぎょっとしたさ。家族は多い方が楽しいし、いずれはと思ってる。けど、血の繋がりを持たぬ子にとってそれは大きなものなんだよな」 「テッドの家見てると、家族を形作るんは血の繋がりだけやないってしみじみ感じるけどなぁ」 「ところでジル。お前は?」 口の端を片方だけあげるウルシュテッドに、ジルベールは頬をかいた。 「まずは女の子がええな。奥さん似の。……あ、でも悪い虫つかへんか心配過ぎて、毎日後つけてしまうかも」 「大丈夫だ、その時はシノビの技を伝授しよう」 同時に吹きだす二人。 「……しっかし、俺らもこんな話するようになったんやなー」 ジルベールは、ほうと吐息をこぼした。背中を預け幾度も死線をくぐった戦友と、家族計画の話とは。ウルシュテッドも眉を寄せ柔らかく笑う。 「歳も取る筈だよ」 家族の為には……そろそろ仕事も選ばねばならんか。ウルシュテッドが呟いた。楽しげな目で。ジルベールはとんとん石段を登っていく。 登った先の店はのれんをおろしていた。 「今日はもう閉店やの?」 「祝い事があるからね。よけりゃ花園まで行ってくれ」 酒屋の主から蜂蜜酒を渡され、二人は顔を見合わせた。 「今日はねー! 少し遅いが誕生日プレゼントだって、センセーがね、センセーがね!」 「落ち着け神音」 蓮 蒼馬(ib5707)は養女の肩へ後ろから手を置いた。街頭アンケートに答える蓮 神音(ib2662)の顔には、うれしくてたまらないと書いてある。 「神音はね、大晦日、十二月三十一日生まれなんだ。センセーはね、秋生まれだよ。それでね、神音が開拓者になったのはもちろんセンセーのためで……」 娘がしゃべりどおしている間に、蒼馬はパンダまんを買うことにした。おねだりされる前に先に手を打っておくのもありだ。神音のためにといったなら、あの大きな目を限界まで開いて大喜びしそうだ。 (「そこまでするつもりもないが」) 何故なら彼女は……。 通りを走ってきた少女たちが蒼馬をとりかこみ、思考が中断された。 「はっぴー!」「ばれんたいーん?」「巌坂へようこそ」 七つ子だろうか。思い思いの帽子とストールを身に着けた少女たちがチョコレートを差し出した。 「今日は知り合いの縁で旅行に来たんだ。とんがり帽子の魔術師で……」 「亜紀さんかしら」「いつもお世話に」「なっているの」 世間は狭い。蒼馬はしみじみと感じた。 「ああっ!」 後ろからこの世の終わりみたいな悲鳴が聞こえた。振り返るとやはり神音。ずかずかと蒼馬へ近寄ってきたかと思ったら、腕をつかみ向かいの喫茶店へ。窓際の席に蒼馬を座らせテーブルにバッグをでんと乗せ、開く。角の潰れた小箱が垣間見えた。 「センセー、ちょっとだけあっち向いてて」 神音は机の影に小箱を隠し、あたふたしている。その間に蒼馬は茉莉花茶をふたつ頼んだ。それが運ばれてくる頃、神音はしおらしく小箱を差し出した。 「チョコだったら、神音もあるよ。センセーにいちばんに渡すつもりだったのに」 しょげる娘に蒼馬は窓枠を指で叩いた。道行く人にチョコを配る七つ子が見える。 「観光局の人だったのかな?」 「そうかもしれない。チョコありがとうな、神音」 神音が元気よくうなずく。 (「毎年あげてるのに娘からもらったとしか思ってないのが何ともだけど。でもまだまだこれからだよ!」) 心の中で気勢をあげる彼女が、相性占いで見事大吉だったのはまた別の話。 木陰のハンモックで、天河 ふしぎ(ia1037)は、はっと目を覚ました。 七つ子だろうか。同じ顔の少女が自分をのぞきこんでいる。 「はっぴー」「ばれんたいーん」「巌坂へ」「ようこそ!」 チョコレートを押し付け、彼女達は笑いながら駆け去った。気を取り直したふしぎは天妖、天河 ひみつを起こすと、自分も伸びをした。 「昼寝に最高なんだぞ、この島」 おみくじの結果は中吉。厄払いにはお神酒と蜂蜜酒をひっかけ、いい気分になったところで、雑貨屋のハンモックを買った。青地に白黒の模様の入った一枚が彼の団旗を思い起こさせたのだ。さて寝心地はと涼風吹く木陰に縄を張り、転がったとたんころりと。 酒気も抜け、心なしか気分もいい。畳んだハンモックをザックに放り込むと、ひみつが肩に乗ってきた。 「ふしぎ兄と一緒に、お出かけ楽しいのじゃ!」 通りへ出たふしぎは相棒のリクエストでパンダまんを買った。 「ふしぎ兄、このパンダいけるのじゃ……顔を食べると、さすがパンダまんという気がするのじゃ!」 耳だけ残ったパンダまんを手に真剣な顔でひみつが言う。ひょろりとした青年が声をかけてきた。話を聞いたふしぎは快く答え始めた。 「ボクは三月の十九日生まれ、冒険が好きなんだぞ。ハラハラするのものんびりするのも好きだぞ」 ふしぎの足元へ風に吹かれた子パンダ印のチラシがはりついた。 「花園までお越しください?」 本院の屋根の上、提灯南瓜のエルが心配そうに飛び回っていた。すぐ下の部屋では結壮が面接を受けている。 「なんだか自分のことのようにドキドキするよ」 神座亜紀(ib6736)は花園に隠れ、結花と二人で様子を伺った。書類を片付ける音がする。しばらくして出てきた結壮は、亜紀たちに気づいてへにゃと眉尻を下げる。 「ダメだったよ」 「うん。そういう時もあるね」 「役所と病院は教団直轄だから信徒以外お断りだってさ」 「そうだろうね」 色々と見聞きする立場だろうしと亜紀は心の中で呟いた。結花はほっとしているようだ。 「花園で儀式をやるそうだから見て帰ろうよ。慶事は厄落としになるというし」 亜紀は二人と手を繋ぎ歩いた。 「あ、お母さん達だ」 坂を登る途中で誰かと話し込んでいる七人組を見かけた。 (「呂さんのお母さん達だよ。今更、何があっても驚かないって顔してるね」) (「まあね。私なりに事情は知っているから」) 亜紀が微笑む。とんがり帽子と長い黒髪が風になびき陽光を受けてきらめいた。 「これからもずっと友達でいてね」 「もちろんよ」 「そうそう、お部屋を見せてもらったよ。ぬいぐるみ、好きなの?」 にやりと笑う亜紀に結花が真っ赤になり、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。お店に着いたら友チョコを渡そう。そう思いながら前を向いた亜紀は、明結たちの話し相手が見知った仲間だと気づいた。 「雪巳さんだ。おーい」 声をかけられ、六条 雪巳(ia0179)は会釈をした。 「こんにちは、亜紀さん。よいお日和ですね」 「本院まで行くの?」 「ええ。セリ(ic0844)さんと相性占いを」 銀髪の少女が火でも点したように赤くなる。亜紀が猫みたいに笑った。雪巳とセリはのんびりと坂道を登る。時折振り返っているのは、人妖の火ノ佳が駿龍フクロウで空の散歩をしているからだ。 「二人でのお出かけは、随分久しぶりになってしまいましたね」 「そうだね、遠出は久しぶり」 だからなんだか恥ずかしい。雪巳を眺めているだけでセリはぼんやり夢見心地、胸に広がるのはスプーン一杯の不安。瑠璃の衣装に宝石飾り、いつもと違う自分の格好。 「ねえ雪巳、私、ヘンじゃないかな?」 「変? 何がでしょう」 「ううん、なんでもないよ」 不思議そうにセリを見つめる雪巳が、やがて自分の送った簪に目を留めた。 「お似合いですよ」 まなこを細める彼の袖口からあの腕輪がのぞいている。 本院へ付いた二人は朱色の門をくぐった。近くの信徒が背中をさすりながら愚痴っている。杖でどつかれるなんて思わなかったよ。教母様の新しいお祓いさ、開拓者直伝らしいよ。 二人は巌坂の眺望を楽しみつつパンダまんを取り出し、一思案。 「これってさ、どこから齧るか悩んじゃうね」 「……確かに悩みますね。私は……顎、からでしょうか」 「うう、かわいすぎる。耳から……かしら」 一口齧ったとたん迷いはどこへやら、目を輝かせて食べ始めた彼女に笑みを誘われる。 相性占いの作法を聞き終えた二人は、三枚ずつ渡された半月の板を握り、ごくりと生唾を飲んだ。 「では、参りましょうか」 「……うん、うん!」 二人は朱春に向かい、礼をした。 「神楽の都、花木蓮住まい。二月二日生まれの六条雪巳と申します。巫女を生業としております。これよりセリさんとのご縁を占います。何卒よき啓示をお授けください」 「神楽の都住まい、一月二日生まれのセリです。流れの踊り子やってます! これから六条雪巳さんとのご縁を占います。どうかどうかお願いします!」 「行きます」 「せーの!」 二人は同時に一枚目を神託の籠へ投げ入れた。二枚の板が内を向き、満月ができる。 「二枚目!」 満月。 次も満月なら大吉だ。雪巳は戦場へ赴く戦士の面持ちで、セリは気合を振り絞って祈り、投げた。 (「お日さまお月さま、天帝さま天帝さま天帝さま、もーなんでもいいから、お願い大吉にしてー!」) 満月。 「きゃー! やったー!」 思わず飛び上がったセリは集まった視線に小さくなった。周りから暖かい拍手が起き、お似合いだねと囁きが広がった。 (「へへ、しあわせ……」) 出口から人の流れが変わった。儀式でもしているのか、花園へ人が集まっている。だしぬけに雪巳が足を止めた。 「どうしたの雪巳」 「いえ、あれは中書令さんのような」 ●儀式 (「そろそろでござるな」) 本院の一室、姿見の前で霧雁(ib6739)は紺の長袍の裾を整えた。 「変ではないでござるか」 「ああ変じゃねえよ。いつもの男前だから心配するない」 神仙猫がのどまでのぞかせてあくびをすると、パンダまんの包み紙を腹の下に敷き、うとうとしだした。 対角線上にある厨房から、ふんわりと香っているのは、ミルクにバター、樹糖に蜂蜜、煮溶かしたジャム、きりっと大人なお酒と、カカオの匂い。 落ちつかない気分になり霧雁はマスクを撫でている。もうたっぷり三十分は。 (「いつまでやってんだロ」) 甘い香りは緩和棟まで漂ってくる。中庭で遊ぶ子どもたちは気もそぞろだった。遊び相手をしていた倭文も手が止まりがちだ。 緩和棟は孤児院に変わっていた。地下へ引っ越した黒蓮鬼の代わりに行く当てのない子どもを受け入れているらしい。がらんとした建物に比べ、子どもの数は両手で足りる。まだまだ増えそうだ。 「試作完成にょ」 参が焼きたてのガトーショコラを調理場に出した。銀のナイフを入れてさっそく味見をする。 「んー温かくてふわふわ、チョコたっぷり。十分じゃないかな」 「ナッツいれようか迷ってるにょ」 「幸せの味ね。冷ましたのもまたオツなのよね」 ほっぺたを押さえる月与とよく噛んで味わう未楡。七彩茶をいれてお茶会気分。華やぐ三人の裏で、呂は調理の真っ最中だ。ハート型の木枠へ溶かしたチョコレートを流し込む。それだけ、それだけなのだが、呂は真剣そのものだった。 「呂さん肩に力が入りすぎよ」 月与が笑いながら立ち上がり経過を見守る。使っているのは以前父に彫ってもらった比翼連理の木型だ。 「そういえば燕結夢はいまどこにあるの?」 「港の不定期便に使ってます」 どうにかこうにか流し終えた呂はほっと一息ついた。月与が彼女に耳打ちする。 「調達に時間を使うくらいなら、練習や……倭文さんと過ごす時間に回したほうが良いでしょ」 「……」 赤くなったままこっくりうなずき、呂はありがとうとか細い声で返事をした。 「教母さま、失礼いたします」 扉がノックされた。 応接室で呂と参を待っていたのは、中書令と嶽御前だった。 「お初にお目にかかります、嶽御前と申します。入信と魂結びの儀式を願います」 女性は中書令と共に頭を下げた。応接室に集まった一同は、驚きのあまり声が出ないようだった。固まったままの呂と倭文。月与と未楡は事の次第を飲み込みかねている。霧雁の隣で参がまばたきする。 「魂結びって結婚の意味なんですけど?」 「欧さんから伺いました」 「ということは中書令さんの」 「婚約者です」 キラキラの美人であった。 「つまり、結婚して巌坂に永住するにょ?」 「そうなります」 「おめでとう、お式はいつ? 何風?」 部屋中から呂へ視線が突き刺さった。月与が肘で呂をつつく。 「呂さんがやるのよ」 中書令が軽く呂を睨む。 「そうですよ、しっかりしてください『戚夫人』」 呂がさあっと青ざめた。 中書令が呂と参へゆっくりと語りかける。 「これから先、私に子供ができたら、貴方がたにその子の名付け親になってくれませんか。孫も、ひ孫も、そのまた先も、そして私の一族を貴方がたの治療に加えて下さい」 きっと貴方達なら私の子にも慕われる筈だから。中書令は祈りをこめたまなざしで教母と黒蓮鬼を見つめた。 「ずっと『私達』と共に治療を続けてくれませんか? 確かに私はいつか死にます。ですが私の意志は次の『私達』が受け継ぐ。そうすれば『私達』がいつか皆様を治せる日が来ます」 「中書令さん……」 教母が言葉を切った。 「立派な志ですね。千年後の春のために万年後の春のために。世界の幸福量を正に保ちましょう」 呂が手を差し出す。言葉は要らなかった。中書令がその手を強く握り返す。 「ではさっそく儀式を……梨ちゃん?」 黒蓮鬼は頬杖を付いてしかめ面をしていた。 「名づけはパス」 中書令が前のめりになる。 「おかしなことを言いましたか」 「これは私のわがまま、子どもの未来は子どもに選ばせてあげて」 言葉につまった中書令の脇で、嶽御前がくすくすと笑った。 「この地へ縛り付けるつもりはございません」 「ならいいにょ」 参が座りなおした。 「え、えっとでは、入信と魂結びの儀式を行います。梨ちゃん、すぐ使える祭壇ある?」 「花園のならいつでも。しまった、神官はともかく楽隊が……」 「魂結びの花は? 今から綴るの? 衣装は?」 「あの、略式でかまいませんので」 ヒートアップする呂と参を中書令はなだめた。 「ようござんす」 未楡が進み出た。 「万事とどこおりなく進むよう私達もとりはからいましょう。行きますよ、月与」 「はい!」 「会場整えるから霧雁っち手伝ってにょ。明ちゃんは着替えて準備して!」 「うん、行ってくる!」 急に殺気だった周りに中書令は腰が引けている。 「なにやらおおごとに」 「おおごとなのですよ、あなた」 嶽御前がおかしくてたまらないといいたげに背を丸める。 「神官が病院へ出払ってるし、楽隊もないから儀式がちょっと地味になるけど、いいかにょ?」 中書令が、かまいませんと答えようとした瞬間、窓から子パンダが顔を出した。尻をふりふり声を出す。 「聞こえちゃったー、ふふん、今のは世を忍ぶ仮の姿」 子パンダがするりと霧に包まれ少女に変わった。 「じゃーん、みんな大好き、最萌開拓者のリィムナ・ピサレット(ib5201)でーっす♪ しー、静かに。私の名声じゃ巌坂中の人からサインを求められちゃうでしょ。だからこうして姿を変えてるんだよ」 言うなり、リィムナはまるまっちいパンダに戻る。 「あたしにおまかせ、巌坂中にお知らせしちゃうよ♪」 夕刻。 南からの風が吹いていた。西日が巌坂を照らし、花々を茜色に染めて揺らす。 千覚と雫は、寝ついた人々を見舞っていた。看病の手が追いつかずにいると聞いては黙っていられない。未楡と月与に倣い寄付できるものは寄付し、ついでに倉庫の整理までやった。 「行き倒れが多いと聞いていたけれど、本当だね」 院内を見回った雫はこれはなかなかと気合を入れなおした。栄養失調と体力低下による寝たきりが多い。 「いいものを食べて、毎日少しずつ体を動かすのが一番なのだけれど」 千覚はぽちといっしょに病棟を回り、氷霊結で作った氷嚢を配る。単純な怪我や病は彼女の祝詞で吹き飛ぶが、心まで侵食した病は難しい。だから千覚は笑顔を絶やさず話しかけ続けた。 (「患者さんの心が外を向くことがあればいいのに」) その時リュートの音が聞こえた。にぎやかで、楽しげな音だ。 雫は病人たちのまなざしに生気が宿ったのを見た。動けないなりに、窓の外をのぞこうとしている。千覚は窓に張り付いた。花園の真ん中に人が集まっている。結婚式だろうか。飛び入り参列者たちが席についていた。白い神官服の女が二人へ蓮の実を渡している。 千覚がはっと気づき、雫を振り返った。 「車椅子はありますか? 足りないなら外に椅子を並べて、私が背負っていきます」 蓮の実を口にした新郎新婦に、教母が花びらを振りかけている。 かりそめのヴェールをまとった嶽御前の衣の裾を七つ子が整えていた。指輪の交換の段になり、二人は教母の差し出した花束から一本抜き取ると相手の薬指へ巻きつけた。誓いの口付けが交わされ、拍手が巻き起こった。 (「……んん?」) リンスガルドは霧雁の足元の子パンダに肝を冷やした。四匹のパンダがリュートの演奏にあわせて一糸乱れぬころころぶりで踊っている。場が歓談に移り蜂蜜酒がふるまわれるとリンスガルドはそっと近づいた。 「汝、リィムナであろう! 妾の目は誤魔化せぬぞ♪ 待てー!」 子パンダは人気のない所でリィムナに戻った。花園の影に隠れ、少女たちは濃厚な口付けを交わす。 「ん……餡の味がするのじゃ。リーィームーナー、妾もパンダまん食べるのーじゃー!」 「あはは、いっぱい買っておいたよ♪ はい、あーん♪」 リィムナはリンスガルドの頭をだきしめ、パンダまんを口元に寄せた。 「おいちいでちゅか〜♪」 「んむっ!」 「いいお式だったねー」 蒼馬と腕を組み、神音は夢見る瞳のまま帰り道を歩いた。蒼馬は神音の薄い背をなでる。 (「この子の気持ちを知らないわけではないが、俺にとって神音は大切な人達の忘れ形見であり、俺の娘。今はそれ以上は考えられない」) 「花嫁さんきれいだったねー。結壮さんは結婚しないの?」 「見合いかなー」 玲兄妹とだべりながら進む亜紀。 彼らの後を歩くふしぎは、不意に愛しい妻のことを思い出した。 「しまった、十二月生まれだった、誘えば……せめてお土産買って帰るんだぞ」 花園を出るなり、セリはもじもじしながら理穴産の高級チョコレートを差し出した。雪巳が目を丸くする。 「……ありがとう、ございます」 宝物のようにそっと両手で包み今日一番の笑顔を見せる。セリの胸がときめきに蹴飛ばされる。 「ちゃんと言ったことなかったよね。雪巳、だーいすき!」 ぎゅっと抱きつくと、抱きしめ返される。 (「いまこうして、彼女の隣に立てていること……誰に感謝するべきか」) あたたかいものが胸にあふれ、鼻の奥がつんとした。雪巳はセリをかき抱く。 「本当に、幸せです。セリさん、私もあなたを……」 やわらかな感触がセリの唇に重なった。思考が止まる。雪巳が我に返り体を離す。 「あのね、あのね、雪巳、あのね」 高鳴っていく鼓動にあわせ、セリはひまわりのように笑った。 「だーいすきっ♪」 ジルベールはほろ酔い上機嫌。ウルシュテッドも写真を使いきり満足げだ。 「異教の入信と結婚式か。珍しいものが見れたな」 胸に浮かぶのは家で待つ妻と子のこと。 「互いの子供同士、友達になってくれたら楽しいやろな。けど、そっちの息子に俺の娘は渡さんからなー!」 「ふ……渡さぬ以前に定番の『お父さん近寄らないで』攻撃があるかもしれんぜ?」 ●それから 「霧雁っちおつかれー、いやー助かったにょ」 赤いアオザイのまま霧雁の手を引き、参は地下遺跡の自分の部屋まで案内した。培養槽の一部が居住区になっていた。石造りの家が並び、瘴気が漂っている。それが逆に快適なのだろう、壁にはさっそく刺繍絵が飾ってあった。 「じつは梨那さんに見せたいものがあるでござるよ」 「なになに?」 おもむろに霧雁はマスクをはずす。 「ヒゲのダンディが好きといわれたので生やしたでござるよ、いかがでござるか」 大きく息を呑み、梨那は尻尾をピンと立てた。 「……いい! もろツボ!」 「お望みながら群雄割拠時代の豪傑が如き美髯を蓄えるでござるよ!」 「期待しちゃっていい? でも今のもいいし悩むにょ」 参はケタケタ笑いながらガトーショコラを皿に乗せる。 「うまいでござるううう!」 「まじでー? これも食べちゃっていいにょ」 「おおっ、トリュフでござるな!」 旺盛な食欲を見せる霧雁に梨那は楽しげに目を細めた。 「もっともっとイイ男になってよ。待ってるにょ。たかが百年足らず、余裕だってのよ」 霧雁が笑いを収め懐から銀の髪飾りを取り出した。ピンククォーツの蓮の花が光る。 「拙者の手作りにござる。よく似合うでござるよ……梨那……」 名を呼ばれ、サビ猫は気恥ずかしげにうつむいた。二人の影が重なり、ソファに倒れた。 ●それからまた 「いいかげん怒る。そろそろ怒る。オマエが剛速球を投げてくるから、我は指輪まで用意したのに」 「ごめんね小倭。あの時は急いでいて」 「なんで我はいつも後まわしなんダ。いいかげん怒る」 ぶちぶち言いながらも倭文は明燕の雑用を手伝っている。いつもの格好に戻った明燕はチョコレートと白い袋を取り出した。 「あれから色々と……言い訳だね、寂しい思いをさせてごめんなさい小倭」 倭文の膝に乗り、明燕はプレゼントを渡した。袋には小さな置物が入っていた。 「出張先で見つけたんだ。冬生まれだったよね、お誕生日おめでとう」 「拾われたのはナ。生まれは覚えてねェよ」 「でも小倭がこの時期に生を受けたのは確かだし、ならそれが二月五日でもいいじゃない。お祝いしたいんだよ」 だめかなと上目遣いをする明燕。倭文はチョコを半分に割り彼女の小さな口へ突っ込んだ。 「むぐー」 「どうした、オマエも食べたいもんだと思ったんだが。我も貰うとも」 ありがとナ。ぶっきらぼうな礼に明燕の頬が緩む。倭文は自分の薬指に視線をやった。緑の指輪に目を細める。 「これ……魂結びの儀式だったんだな」 「うん」 「言えヨ。前にも言っただロ、我は超能力者じゃねェんダ」 「ご、ごめんなさい」 「あれで終わりとか言うなヨ。後日正式にやるゾ」 明燕の頬をぎゅうぎゅう引っ張った倭文は、小さな体を抱えあげた。 「幸せにする」 「小倭……」 「オマエが拾い子を世話してると聞いて、うれしかったゼ。ん? 我らの子みたいなもんだろ? 我にとっちゃ等しいモンだ」 耳をとろかすようなささやきに、明燕はまぶしげに倭文を見つめた。 「小倭にお願いがふたつあるの」 ひとつはこれと、明燕は蓮の実を倭文の唇に押し当てた。 「翡翠丹カ?」 「違うよ。普通の蓮の実」 「まちがっても熱心にゃなれそうにねェけど、それでいいなら」 倭文は蓮の実を飲み下した。どこかなつかしい感触がする。 「ふたつめは?」 「機会があれば小倭のご両親へ挨拶に行きたいな」 「順番がちぐはぐだゼ」 考えておくと返し、倭文は明燕を絨毯の上に転がし噛みついた。 |