とびだせ6月生まれ
マスター名:鳥間あかよし
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/03 22:32



■オープニング本文

 
 
 
 心踊る爽やかな季節、梅雨!
 
 
 
 温厚な奥様もブチキレるこの季節に、雨模様より暗いオーラを背負った泰国人が一人。

「開拓者を、特に6月生まれの人を探し……あーなんかもうどうでもいい。貝になりたい。遠浅の海岸でエラ呼吸だけしていたい」

 屋台の長椅子に転がり卒論がー卒論がーと唸っている彼の、姓は玲、名は結壮(リン・ユウチャン)。
 ひょろっとした気の弱そうな青年で、今年こそ卒業しないとまずいのだが、肝心の卒論が一文字も書けてない。
 周りに散らばっているのはアンケート用紙だろう。
 どうにかやる気を振り絞り、玲は起き上がった。

「開拓者になった経緯、心に残る冒険や称号もお聞かせくださ……あの、聞いてますか?」

「聞いてないよ(ゥ)!」

 派手な着物の少女と地味な着物の女の子は、振り向きもせずそう言った。
 なんせ彼女らの目の前に、ずらりと夜店が並んでいるのだ。いもたこ南瓜、どんぐり飴。焼きイカのふくいくたる香に、焼きもろこしの香ばしさよ。握り寿司にそばうどん、牛串も並んでいる。
 頭上には太い梁が渡り、祭提灯がぶらさがっている。さらにその奥には、年季と歴史を感じさせる艶めいた天井が広がっていた。

 銭湯である。

 といっても庶民が馴染みの、ほのぼの銭湯ではない。
 財布ひとつ持って遊びまくる場所だ。
 元はとある風呂好きの公家が、自分のためにこさえた屋敷だ。

 屋敷の東側は、清潔で明るい豪華な銭湯。

 ヒノキの大浴場に、ジルベリア風のサウナに水風呂、風力宝珠を利用したジャグジー、古式ゆかしい露天風呂から季節の風呂、さらにわんぱく盛りな我が子用に膝丈温水プール、涼風吹き込むごろ寝用休憩所まで完備。

 ここまでやっておきながら公家は、やっぱ秘湯が一番じゃわいなあと、屋敷を払い下げたのだった。
 買い入れた泰国の商人達は、だだっぴろい屋敷の魔改造ついでに、どうせ空いてるなら小売りを入れて賃料を取っちまえと、飲みどころ食べどころ、遊びどころも作った。
 その結果、目玉の風呂より、オマケのほうが有名になってしまった。

 西側は、さながら夏祭りの夜。

 黒で統一された木目調の屋敷内は、あえて雨戸を閉めきり灯りを抑え、提灯や行灯を使っていた。
 広場を中心に並ぶ屋台。
 そこここに長椅子が並べられ、隠れ家のような個室がある。
 部屋によって、床の間に畳であったり、漆塗りの卓と椅子が並んだ泰国風だったり、アル=カマルの絨毯が敷いてあったり、混沌とした、しかしどこかなつかしい雰囲気が漂っていた。
 右手からは、焦げたそぉ〜すの香りや、七厘の煙が薄く漂っている。
 左手は遊びどころになり、射的や輪投げが軒を連ねている。

 圧巻は、お化け屋敷だ。変わり者の陰陽師が式や人魂を使い、工夫をこらしている。

 風呂上りに浴衣でそぞろ歩きし夜店を冷やかしたら、お化け屋敷で凍えた背筋を温泉で温める。
 非日常的な夏を売りにしているこの趣向は、やはり本物の夏がやってくると客足が落ちる。
 ちょっとここらでテコ入れを、と開拓者へ依頼が出されていた。

●選択肢
>クチコミ要員です
>銭湯と聞いて
>うちの相棒がかわいくってどうしましょう
>お化け!!!!お化けやりに来ました!!さあこいリア充ども返り討ちにしてくれるわ!!!!


■参加者一覧
/ アグネス・ユーリ(ib0058) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / リスティア・サヴィン(ib0242) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 朱華(ib1944) / 紅雅(ib4326) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / サフィリーン(ib6756) / レムリア・ミリア(ib6884) / 朧車 輪(ib7875) / 炎海(ib8284) / ジョハル(ib9784) / 二式丸(ib9801) / 白葵(ic0085) / 白隼(ic0990


■リプレイ本文


●湯煙テーマパーク
 梅雨の憂さを晴らしに来た客でごったがえす店内、二式丸(ib9801)は行き先に迷った。
 館内案内図前は先客がいる。小麦色の肌の若い女だ。白鳥の獣人だろうか。きゅっとくびれた腰を包むように染みひとつない翼がある。白隼(ic0990)は、自分が人目を引いていると知らずに図を隅から隅まで見つめる。
「どの温泉から攻めようかしら。季節の湯は押さえたいわ」
「水練の季節だし、プールで水遊びしようかしら」
 隣の女性も悩ましげなため息をつく。はたと二人は顔を見合わせた。レムリア・ミリア(ib6884)もまた血色のよい褐色の肌をしていた。美女の競演に周りはこぞって鼻の下を伸ばしていたが、そうと気づかないまま二人は意気投合した。
「今なら夜店がすいているわね。先に飲み物を買っていきましょう」
「いいわね。水分補給は大事だもの。存分に泳いだら冷たい飲み物でのどを潤し、暖かい湯にゆっくりつかって……お酒はないのかしら? きりっとした淡麗なの」
「あら新商品。これよさそうじゃない?」
 白隼の指差した先にチラシが並んでいた。『炭酸飲料はじめました』。
「炭酸水って何かしら、発泡酒なら飲んだことはあるけれど。しゅわしゅわ? 口の中で星が弾ける? ジンジャースパークって何? 新しいお酒?」
「コーラ? チョコレートのドリンク? なにこれ、面白そう!」
 まかふしぎな新商品一覧にたわわな胸を揺らし、二人は西へ走っていく。二式丸も好奇心がうずいた。
「ナナツキ、一緒に夜店、行く?」
 相棒の又鬼犬、七月丸が尾を振ったので、主人は西の扉をくぐった。龍の闊歩する薄暗い室内に夜店が並んでいる。祭囃子と太鼓の音まで聞こえてきた。
(「……建物の中に町がある」)
 天井の梁を眺めていると不思議な心地になった。自分が箱庭の住人になったようだ。
 櫓のある広場で、ぐでっとしている泰国人を見つけた。酔っ払いかとのぞきこんだら、ゾンビの顔色をしていたので水を差し出すと、青年は飲み干し名乗りを上げた。
「いやー生き返りました。すごい湿気ですね。これが天儀の夏、梅雨ですか」
「……元気だね玲さん、だっけ。あと、梅雨と夏はちょっと違う、よ」
 同じ夏でも天儀は北と南で変わってくる。二式丸はなるべくわかりやすく説明すべく努めた。
「雨が降るのが梅雨で、夏は雨は降るけど、梅雨よりは降らなくて、暑い」
「?」
「七、八が暑くなって、いちばん暑いのは……九月な気がする。九月は、暦だと秋。なのだけれど、平均的に、すごく暑い」
「???」
「もちろん、雨が降らないわけではなくて。秋も、長雨と言って、梅雨くらい降る」
「?????」
「場所によっては、もっと降る、かな。百聞は一見にしかず、だから……来月、また来るといい」
 そうしますと元気よく答え、玲は枕にしていたアンケート用紙を手に持った。
「じつは六月生まれの開拓者を探しています」
「あ、俺も一応、六月生まれ……だっけ」
 目を輝かせ食いついた玲に、二式丸は思った。たまには、こういうのもいいかな、って。
「六月二二日だけど、実を、言うと。日付は俺を引き取った一家の長が、決めてくれたモノ、で。……本当に、その日に生まれたか。定かじゃないんだけども」
 玲に続きをせがまれた。浮かび上がる過去の幻に二式丸はまばたきをする。
「名前も、その家で、もらったんだ。やくざな商売では、あったけど。育て親の一家は、人情に厚くて。……筋の違うことは決してしなかった、のに」
 二式丸はわずかに視線を伏せた。
「育て親が死んで。それから、師匠と出会って、無理言って弟子入りして。その頃にはもう、逃げるように陽州から天儀に来ていた、し。で、師匠に勧められて……若干流されて開拓者になった。と言えなくも、ない。かな」
 黙りこんだ二式丸の作務衣の裾を七月丸がくわえてひっぱった。黒いどんぐりまなこに自分の姿が映っている。二式丸は七月丸の頭を撫でてやった。表情は変わらないまま、ほんのり柔らかな声音でつぶやく。
「そう、だな。でも。今は、ナナツキに会えた、から。開拓者に、なって……良かったと。そう思う、よ」
「立派な忍犬君ですね」
「……雌。だよ」
 ぱーららぱっぱっぱ。夜店の向こうから軽快なラッパの音。スポットライトが闇を切り裂く。櫓の上には、翼を鳴らして宙へ浮かぶ天使の姿があった。
「ハッピーバースデーイ! 六月生まれのみんなー! 今回もお祝いに来たよー♪」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)は輝く笑顔で天井すれすれを飛んだ。上級迅鷹サジタリオの翼を借り、ぶらさがる提灯の波を器用に避けて籠から花を撒く。上から見る夜店はまた違った趣があった。小路にリィムナの見知った背中がある。
(「あれは、八ちゃんとクマちゃん! ……と、フランさん? あっれぇー妙にニヤニヤしてるなあー……」)
 男装の麗人が、地味な着物の女の子と派手な着物の少女を連れ歩いている。クマユリが焼きそば屋台前で立ち止まった。麗人ことフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は指を鳴らす。
「店主、この子達のために山盛りで頼むよ。いいともいいとも。かわいい子の喜ぶ姿はボクの癒しだ」
「わーい♪ ありがとうおにいさん」
 二十八日生まれのフランヴェルは、幼女に囲まれご機嫌だった。あれもこれもとはしゃぐクマユリに、余裕の笑みを浮かべ分厚い財布を取り出す。八重子は恐縮しきってクマユリの後ろに隠れていた。広場に戻り、ワインのソーダ割りで唇を湿すフランヴェルの隣で、クマユリはたこ焼きを平らげた。
「あとで一緒にお風呂に入ろうね、おにいさん」
「……やあそれは何よりのお祝いだ。背中を流してあげるよ、全裸で」
(「むむ、なんだか嫌な予感」)
 シノビ本職らしく梁の上から盗み聞きするリィムナ。サジタリオがくぅと鳴いた。
 カクテルバーの近くでは、レムリアと白隼が玲のアンケートに答えている。
「生まれは三十日よ。開拓者を目指した理由は……」
 甲龍ブラック・ベルベットの尾に座り、レムリアはライチソーダのグラスを傾けた。
「何時の日か、故郷・アル=カマルの地が緑豊かな大地となる事を信じて、緑と水に溢れる各地を巡って見識を深めようと思い立ったからかしら……旅の中で癒しの女神と呼ばれるようになったわ。巫女として命を守る立場にあって嬉しい呼称ね」
 熱砂の砂漠での大立ち回りを思い浮かべ、レムリアは涼やかな笑みをこぼした。
「アル=カマルってたしか、砂漠の儀でしたっけ」
「ええ、太陽神に祝福された儀よ。あなただと宿屋から出てこれないかもしれないわね、ふふ」
「なんか暑そうなところっすね!」
 この人は本当に泰国最高学府の学生なのかしらと、紅茶のソーダ割りを楽しんでいた白隼は心配になった。後ろで輪切りレモンをくわえた駿龍ヴェーナが石化している。
「論文は一朝一夕では書けないわよ。協力するからがんばってね。私は今月の二十日が誕生日」
 熱心にメモを取り出した玲にほっとする。
「開拓者を目指したのは、自由な風のような生き方をしているから。称号は、日陰に咲く女神かしら……と言ってもこの位しか頂いていないのだけど……でも」
 白隼が、はにかんだ笑みを見せた。
「『女神』って呼んで貰えるのって、舞手冥利、女冥利に尽きるだけに嬉しく思って居るわ」
 かすかに薔薇の香りをまとう彼女の、すっきりと引き締まった四肢からは、日々のたゆまぬ鍛錬がうかがえた。さながら優雅に湖面を滑りつつも、水面下で水をかく白鳥のごとく。
 フランヴェルたちが席を立った。一杯引っ掛け、ほろ酔いのレムリアも裾をさばいて立ち上がる。白隼も冷えた紅茶を手に出口へ向かった。
「なーんか悪い予感がするから、見張っておこうっと」
 屋台の陰に隠れたリィムナが、その後をつけていく。

●七色紬
 西への入り口を探していたジョハル(ib9784)は、人ごみにおしゃべりをしている少女を見かけた。くせのある銀髪がふわふわ揺れている。
「やあ妖精さん。来ていたのだね」
「えへ、ニーナお姉さんのお誕生日祝いだよ。みんなでお風呂ー♪」
 サフィリーン(ib6756)が大親友ニーナ・サヴィン(ib0168)の腕に抱きついた。
「銭湯in女子会! 私が十二日生まれだから企画してくれたの。おそろいの浴衣も用意したんだから」
 張りきるニーナの風呂敷には、アイリスを散らした浴衣が入っている。
「お風呂上りは、飲むでしょ?」
 当然よね、とアグネス・ユーリ(ib0058)が西の案内図を広げ、真面目な顔して夜店のドリンクを品定めしていた。義理の姉、リスティア・サヴィン(ib0242)も背後からニーナに腕をまわす。
「今日はおもいっきり祝っちゃうからね、覚悟してよニーナ!」
 そのてらいのない無垢な笑顔に、ジョハルはまぶしげに目を細めた。
 彼女らを輝かせているのは、内側からみなぎる若さであり活力だ。鮮やかで絶え間ない生命の泉だ。可憐な浴衣もほんのりと色づくリップも添え物に過ぎない。
 隣の真名(ib1222)がジョハルの視線に気づき会釈を返す。
「真名よ。よろしくね。あなたの相棒も私と同じなのね」
「菖蒲だよ。よろしくね」
 仏頂面で挨拶する人妖に、ジョハルの人妖も腰を折った。
「テラキルと言うんだ。仲良くしてやってくれないか」
「ええ、もちろんよ。ね、菖蒲」
 菖蒲の頬がすこし赤い。期待で胸が弾んでいるのを隠している。真名はくすくす笑った。
「菖蒲は男の子だから。悪いけどお食事でもしててね」
 テラキルが、にぱっと笑った。
「一緒に行こうよ!」
 夜店をぶらり歩くことにした相棒達を見送り、女主人たちは騒ぎながら脱衣所ののれんをくぐる。
 サフィリーンはちらりと後ろを振り返った。ジョハルと並んだ、くせのない銀髪が目に入った。合間を取り持つように少女が二人と手をつないでいる。
(「……ジョハルさん今日も顔色悪かったな」)
 彼の幸多からんことを願い、サフィリーンは頬をぱんと叩いた。浴衣を脱ぎ落としバスタオルを巻く。
「ニーナお姉さん、どこから回る? 私はジャグジーに行きたいな。露天風呂もはずせないや」
「もちろんジャグジーから! 季節の湯も狙いどころよね」
「季節の湯ってなんだったかしら?」
「どくだみ! お肌にいいらしいわよ、美肌美肌♪」
 ニーナが風呂場へ続く引き戸をからりとあけた。湯気が立ち昇った。天窓からは夏の日差しが降り注いでいる。
「広いわね、気持ちよさそう。上はガラス張りになってるのね、って、あれ……わお、金魚が泳いでる!」
 リスティアが歓声を上げた。広い天窓は水槽になっていた。頭上の青空と金魚がよく見える。涼しげに揺れる藻に重なり、白い雲がゆっくり流れていく。
「露天風呂の景色も楽しみになってきたわね。あら?」
 真名が目をしばたかせる。露天風呂へ続く扉にお知らせが出ていた。
「本日貸切ですって、残念」
 騒ぎながらかけ湯をし、体を洗った。娘達の楽しげな声が反響しさらに賑やかになる。アグネスがニーナの髪をていねいに洗い、毛先まで整えてタオルを巻く。サフィリーンが足元に座った。
「マッサージしてあげるよ。ニーナお姉さん! よいしょ」
「あっ、そこそこ。きもちいい」
 つちふまずを重点的に揉むと、ニーナがとろんとした。リスティアが手をわきわきさせ、アグネスと真名がにやりと笑う。
「じゃ、あたしは肩を揉んじゃおうかな」
「冷えって背中にたまるのよね」
「背骨の矯正……んふふ」
「ふわあああ、なにこれ極楽ー!」
 よってたかって健康美人にされたニーナをジャグジーにどぼん。ぷかりと浮いてきた彼女をつつき、サフィリーン達は笑いあった。ひととおり温泉をめぐり、休憩所でごろ寝する。アグネスとサフィリーンが盆に何かを載せてきた。真名がニーナを目隠しした。
「ただいま準備中よ」
「もういいかい?」
「まあだだよ……もういいよ」
 ずらり並んだドリンクと、ガラスの器一杯に盛られたカラフルなかき氷に、ニーナは目を丸くした。サフィリーンが器をニーナへ押し出す。
「じゃん! 屋台の巫女おじさんにおねだりしました。山盛りカキ氷のゼリー&アイス添えフルーツてんこもりキラキラエディションだよ!」
「うわあ……すごい!」
 すごいとくりかえすニーナに機嫌をよくし、サフィリーンは続けた。
「味はさっぱり目だよ。シロップはレモンとオレンジの二色。お姉さんの色♪」
 天儀酒を手にアグネスが微笑む。
「好きなの取って。ジルベリアの麦酒に希儀のワインに蒸留酒。あ、このイチゴサワーはサフィ用だから」
 サフィリーンがぷっとふくれた。
「子ども扱いしてっ」
「実際、小さいじゃない」
「リスティアさんくらいあるもん!」
 姉貴分のリスティアへ視線が集まる。アグネスとニーナ、義妹ふたりは口元を押さえて笑った。
「そうね、ティア姉も小さいよね」
「そーね、ちっさくてかわいいよねー」
「おねーちゃんを撫でるとは何事かー!」
「ティア姉はちっさいねー」
「こらー!」
 まったくもうとぷりぷり怒る義姉の肩を抱き、アグネスは杯をかかげた。
「……乾杯! あらためて、ニーナ誕生日おめでとう!」
「ニーナお姉さん。お誕生日おめでとう!」
「誕生日おめでとう♪ ニーナ、どうかニーナにとって良い年になりますように」
 唱和する友人たちに胸が暖かくなる。ニーナは急いで目元をぬぐった。カキ氷を食べてキンとしたり、笑ったり、笑われたり、そんな他愛もないヒトコマを心に焼き付ける。強めの酒を半ばまで空にし、ニーナは独り言のように言葉をつむいだ。
「私ねぇ、天儀に来てたくさん良い事あったの。楽しい依頼もあったしカレシも出来たし……でもね、姉さん達やサフィリーンさんい出会えた事が一番の良い事かも♪」
 紡いだ絆を感じ、ニーナは顔を伏せた。リスティアがそっと手を重ねる。
「あなたが居たから、旦那様と結ばれたわ。あなたが私達のキューピッドよ、素敵な出会いをありがとうニーナ」
「義姉さん……」
 もうひとりの義妹、アグネスが杯を傾けた。
「ティア姉は結婚して、ニーナもそのうち?」
「そ、それはー……夜店広場で!」
 ティアは浴衣のすそをつまみ駆けていく。友達と一緒に彼女を追いかけながら、アグネスは自分へ囁く。
(「皆いつまでも同じじゃないけど、こうして一緒にいた時間は、大事な思い出として残るのよ」)
 喜びの思い出が積み重なり、道になる。アグネス達の胸にもぬくもりが満ちていた。

●朱が挿す
(「誕生日祝いにお出かけなんて嬉しいわぁ♪」)
 下駄を鳴らしながら、白葵(ic0085)は朱華(ib1944)と歩いていた。彼女の左薬指には大事な誓いの指輪。
 離れたところで、猫又の胡蘭は主人を横目に焼きもろこしを頬張っている。
「今日くらいは口は出さんでやろうかのう、はー坊の顔を立ててな」
 白葵の炎龍、柳の背で丸くなり二人を見守る。夜店のはずれで立ち止まる二人。古いというかボロい家が一軒、祭りの熱気の中で異彩を放っていた。中から白装束の男が手招きしていた。入っていく二人に、柳は心配そうに首をもたげた。
 二人が訪れたのはお化け屋敷。内装はありきたりな黒一色、ではなく、ごく普通の古びた家なのが逆に白の嫌な想像をかきたてる。先導する白装束、无(ib1198)が振り返り、ことさらにゆっくりと語る。
「怨念のいる旅館で御座います……」
「ひっ!」
「……白葵さん、もしかして…駄目だったか?」
「そないなんない、ないて、ないねん」
 言いながらも白葵は朱華の手を握り締めている。きしむ廊下を歩き、无は低い声で語りを続ける。
「あくどい手で成り上がった商人が、墓地をつぶして建てたこの屋敷。主が祟り殺された後も、降り積もった恨みつらみは溶け残った雪のように……これも因果か応報か……」
 背後からまでぼそぼそと呟きが……。
「白は開拓者や……こんなんアヤカシより怖い無い……」
「…大丈夫?」
「せや、こんな時のための仮初…あぁ…っ! 忙しゅうて修練するん忘れた!」
 そっちのほうがいいと朱華は心の中で返した。百面相する恋人は見ていて楽しい。お化け屋敷に入ったのはなんとなくだったけれど、意外なおまけがついてきたから、また来てもいいかなと思った。灯かりは无が持つ提灯だけ。それもろうそくではなくて夜光虫をつめているものだから、幾重にも影が映り壁で踊っている。
 おどろおどろしくても、作り物だと知っていればなんということはない。白葵がおびえているのは驚かしであって、趣味の悪い蝋人形そのものではないのだった。だから仏間を這いずり回る影だの、掛け軸一面に貼りついた笑顔だの、風呂桶の中から伸びた手だのを、朱華はすべて、ふーんで終わらせた。
 人魂を操っていた无は、仕掛け人達の渋面を感じた。
(「手強いな。ここで一丁陰陽師らしい仕事をしておけば、株もあがるというものだろうか」)
 いや〜、今月入用でお金がなくてね……などと言い訳しつつ始めた臨時幽霊業は、なかなか楽しいものだった。今も行灯へ夜光虫を召喚し、暗闇に突然灯をともす。血のりたっぷりの床を浮かび上がった。目論見どおり白葵が短く叫んで朱華の背に隠れる。ダメ押しに人魂鼠が足元を駆け抜ける。
「はねずさ……!」
「鼠だ」
「わ、わかってんねん! わかってんねんて!」
 打てば響くような白の反応に、无は咳払いで笑みをごまかした。
(「十分怖がらせたが、男のほうは……このまま帰すのも惜しいな」)
 物音がした気がして、朱華は鋭く振り向いた。来た道に怪しいところはない。ただ闇が黒々と口を開いている。気のせいで片付け、朱華は白葵の手を引いて進んだ。出口へ近づいたころ、先を行く无の輪郭が墨を水へ落としたようにぼやけた。
(「?」)
 怪訝な顔で立ち止まった朱華に白葵がどうしたんと声をかける。无はすぐに元へ戻った。やはり物音がした気がして、朱華は再び振り返る。彼の金の瞳に幽霊が映った。白面で顔を覆い、ぼろぼろの白装束を引きずって、それは廊下の奥から喉をかきむしり朱華へ向かってくる。
 ……おぉぉ……ぉぉおおぉ……。
 地の底から響く呪いに白葵が飛び上がった。
「ぴゃああぁ!? にゃ、にゃあ!?」
 厨房へ続く最後の扉が開いていた。勝手口から外へ出るようだ。白葵は朱華の袖を引っ張り、厨房へとびこんだ。
「あかんて、もうあかん! 出よ、朱華さ、ぴゃああああああああ!?」
 勝手口に手をかけたとたん、天井で待ち構えていた怪物が彼女の目と鼻の先で牙をむいた。腰を抜かしてへたりこむ。
「……ん。玉狐天だな。あっちは白面使鬼。よく練ってあるな、いいものが見れた。……白葵さん、立てる?」
「はね…朱華さ…うぅぅぅ……!」
 小柄な体を抱き上げると、白葵は朱華の頭まで昇ってしがみついてきた。
「……大丈夫だって」
 小さく笑った朱華は彼女の背中を叩いてあやし、そのまま勝手口から出て行った。
「お疲れ様でした〜。またお越しくださいませ」
 陰気な口調で見送った无は、相棒の尾無狐ナイとそろって舌打ちした。

 外へ出た白葵は、牛串を手にころりと機嫌を直した。隣りの恋人に尊敬のまなざしを向ける。
「朱華さんすごいなあ。いっこもびびらんかったなあ」
「ん」
「さすが朱華さんやね、肝が据わってる。白、朱華さんがおったらどこ行っても安心やわ」
「そうでもない」
 照れたのか、朱華は目を伏せた。牛串をぱくつきながら歩いていた白葵がいきなり立ち止まり、大きく手を振った。
「わぁ! 紅雅さんや! 紅雅さーん! 奇遇やねー!」
 応えて手を上げ、その人が近づいてくる。朱華がびくりと震え、背筋をまっすぐに伸ばした。
「おや?」
 回れ右をする朱華に、紅雅(ib4326)の金の瞳がゆるく弧を描いた。
「お待ちなさい。はー君」
 からくりの甘藍が無言のまま朱華の脇へ回り込んだ。退路を断たれた彼は、しかたなく兄を向く。間に白葵を挟んで。
 白葵は恋人を振り仰いだ。なんだか青ざめている気がする。こめかみを流れているあれは、冷や汗というやつだろうか。
「どないしてん朱華さん。紅雅さんと知り合いなん? 何かあってん?」
「あぁ……えっと……」
 口ごもる朱華を尻目に、紅雅は白葵へ挨拶する。
「白葵さんも、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。今日は二人で?」
「お風呂あがりにな、夜店見てたんよ。そいでお化け屋敷入ってん。むっちゃびびらされたから、紅雅さん行くんやったら気合いれな」
「おお怖い怖い。私は遠慮しておきましょう。はー君は騎士役をこなせましたか?」
「聞いてえな。朱華さん何が出てきてもケロッとしててな」
 朱華は黙りこんでいる。紅雅と恋人を見比べた白葵が、ふと気づいた。
(「そない言えば……二人とも同じ髪色やね! 同じ、目の色やね……?」)
 もしかして。
 視線で訴えたら紅雅がにっこりした。
「ふふ、弟が大変お世話になっているようで……。さて、はー君」
 紅雅はおとがいを弟へ向けた。同じ笑顔のはずなのに冷気が漂っている。
「私に言わないといけないことが、ありますね?」
「……」
 酸欠の金魚と化した朱華が、拳を握り固めた。
「……その…今、一緒に暮らしてる……俺の、大切な人、です……」
 朱華の言葉に、兄は驚いたように目を丸くした。
「おやおや……これはこれは……」
 幼子でもながめるように柔らかな顔つきで、兄は手を伸ばし弟の頭を軽く撫でた。
「お赤飯を炊かないといけないでしょうか。……はー君も大きくなりましたねぇ……。背だけでなく、心も」
「そうでもないよ……兄さん」
「ふふふ」
 微笑んだまま紅雅は白葵へていねいにお辞儀をした。
「これからも、仲良くしてあげてください。兄からよろしくお願い申し上げます。では」
 紅雅と甘藍は、するりと人ごみへ消えていく。ぽかんとしていた白葵は、おそるおそる恋人を見上げた。
「公認?」
 頬を染める白葵。ん、と短く返事をし、赤面したまま朱華はひざから崩れ落ちた。

●夏の夜色
 玲の質問に少女が恥じらいながら答えている。
「えっと、今日は、お祝いされに来ました。はい、六月十四日が誕生日です」
 根掘り葉掘り続く質問に、早く終わらないものかと炎海(ib8284)は嘆息した。銀の龍鱗が提灯のぼやけた灯かりにきらめく。
 屋台の騒がしさに包まれていると、落ち着かない気分になった。終わらない夏祭りの夜。中央にそびえる櫓は、月も星も知らないまま永遠の安息を守っているのだろう。場違いだ。彼はそう感じた。おっとりと質問へ答えている彼女のひとのよさが暖かな場へ自分を縛り付ける鎖だ。
 朧車 輪(ib7875)。
 彼女が自分を呼ばなければ、ここへは来なかったのだ。ましてや。
(「こいつまで居るとはな」)
 金色の蛇眼がジョハルを映す。
(「……気に食わん。輪さえいなければとっとと帰るものを」)
 ジョハルは飄々とした態度を崩さず唇の端を上げた。
(「娘の想い人なんて消えて良し」)
 ひらりと落ちてきた笹の葉が、二人の間で燃えあがり灰になった。玲へさよならをした輪は、動こうとしない二人に眉をハの字にした。
「夜店を見に行こうよ。今日は何でも買ってくれるんだよね……?」
「もちろんだよ輪。うん、何でも買ってあげる」
「本当?」
「今日は輪とのデートだからわがままなんでも聞いてあげるよ」
「わあ、何にしようかな……」
 あ。焼きそばだ。リンゴ飴もおいしそう……。そういう輪のほてった頬が、リンゴのようだと炎海は思った。
 輪はジョハルの手をつかんで離さないでいる。炎海は夜店通りを楽しむ親子の歩幅にあわせて歩いた。時折、ジョハルは袖で口元を隠す。咳きこむ後ろ姿から炎海は目をそらした。
「お父さん、とりあえず綿あめ買ってもいい? 一緒に食べよう」
「ああ、おいしそうだね。桃色のも水色のもあるね。輪はどれがいい?」
 人波にもまれる中、ジョハルはハンカチで額を押さえた。彼の額ににじむ汗は、暑さと湿気からではない。おだやかに振舞うジョハルの声は力なく、張りもなく。少女はけなげに笑い、真っ白な綿あめを指差す。
(「前に髪紐をくれてやっただろうが……」)
 そう考えてしまった自分に、炎海は少なからず驚いた。命の火が尽きかけた男と、養女の逢瀬だと知っていたはずだ。かつて辛酸を味わったその時に、流れ行く世の傍観者に徹すると決めていたはずが、まだ悋気などというなまぐさい感情を身に宿している。
 橙の灯かりに照らされる輪は、年よりも幼く見えた。聞くところによると、最近母と弟ができたようだ。頬が火照っているのは、新たな家族と過ごす喜びも混じっているのかもしれない。
(「……私が彼女に何をしてやれる? この暖かな世界は、慣れない……」)
 苦虫を噛み潰し、炎海はきびすを返した。
「あっ。炎海さん、どこ行くの。迷子になっちゃうよ?」
「誰が迷子になるか、阿呆が! 袖を掴むな!」
「これ食べ終わったら、射的しようよ。あと、金魚すくい!」
 輪につかまれた袖を振り払おうとしたが、炎海は肩から力を抜いた。
「……まったく、今日だけだ」
「輪、そこのオジサンは一人がいいみたいだから放逐してあげたらいいんじゃないかな?」
 こんな時だけ爽やかなスマイルを見せるジョハルに、炎海は皮肉な笑みを返した。輪に引っ張られ、二人で射的の腕を競いあう。景品を片っ端から打ち落とし、辺り一面に金魚の入った椀を並べた。
「えへへ、金魚金魚」
 収穫は赤い金魚と黒い出目金が一匹ずつ。輪は手元の記念を高々と掲げ、幸せそうに笑った。
「オジサンが大人気ないから、つい本気を出してしまったよ」
「私は本気ですらなかったがな」
「それでも、お父さんと炎海さんが一緒に居る景色がうれしいから」
 ひとりごちた輪が顔をあげる。
「お父さん、お風呂に行こうよ。季節の湯って体にいいらしいの。お父さん、最近調子悪いから……お誕生日祝ってくれた、お礼に」
 ジョハルは右肩に手を当てた。瀟洒な夏の着物に隠した火傷の痕を、妻以外にさらすなど耐えられそうにない。けれど無理をしてでも笑う娘の想いを受け止め、ジョハルは静かな笑みを浮かべた。
「そうだね。輪と一緒なら……」
「あ、混浴はできないから。ゆっくり『炎海さんと』お風呂入ってきて、ね?」
 とたんに落ちた不穏な雰囲気。輪は気づかないふりをして出口へ向かった。
(「この機会に、炎海さんとお父さんに仲良くしてもらいたいな……私の大好きな人同士……だめかな、でも……」)
 そそくさと女湯へ消えていく。
 管狐のシュシュがひょっこり顔を出し、取り残された炎海の肩を小さな前足で叩く。風呂へ入る気も起こらず、彼は外へ出ようとした。
「炎海」
 肩越しに、呼び止めたジョハルが見えた。
 話があると切り出したはいいものの、彼は糸口を探しあぐねているようだった。夜店の広場へ戻り、飲み物を注文して無聊を慰める。遠目に、相棒達がはしゃぐ姿を垣間見た。
 テラキルへ視線を送ったまま、ジョハルは薄い背を丸めた。
「娘が自分以外の男と幸せそうにしているのは……なかなか妬けるものだね」
 その背は奇妙に小さく見えた。
「輪の傍にいてやってくれ。何も出来なくていい……」
 というか何もするなと、ジョハルは苦笑した。
「ただ誰かが傍に居るという事が、人を支える時もある。時に人を、強くする。俺がいなくなった後、輪が前向いて歩き出せるまで」
 ジョハルが言葉を切った。続いた想いは細い吐息にまぎれた。
「その言葉、確かに受け取った」
 真剣な面差しでうなずき、炎海はふっと口元を緩めた。
「これで心残りは無いだろう。娘の望みどおり、さっさと養生しておけ」
「そうだな……できるかぎりの事はするよ。流されるままだったならば、輪にも、新しい家族にも、炎海にも会えなかったさ」
 立ち上がったジョハルがよろめく。彼は炎海の差し出す手を断り、一人で歩いていった。
(「お前も、俺をここに縛り付ける枷か……何処までもいけ好かん男だ」)
 やり場のない利き手を、炎海はゆっくりと握り締めた。

●桃色サウンド
 でれでれにゆるみきった顔を隠さず、フランヴェルは露天風呂を楽しんでいた。
 大人パワーで露天風呂を貸切。誰もいない浴場が珍しいのか、クマユリはあちこち首を突っ込んでいる。湯船に首までつかった八重子がじっとりと相方をにらんだ。
「クマやん、湯着くらい着なよ」
「こどもらしくていいじゃないか!」
 フランヴェルが立ち上がる。一糸まとわぬ姿が湯煙の向こうに覗いた。
「背中の流し合いをしようよ。二人ともっと仲良しになりたいんだ。天儀で言う裸の付き合いでね」
 八重子をお姫様抱っこし洗い場へ連れ出す。フランヴェルは随喜の涙を振り絞った。
(「最高だ……もう自分を抑えられそうにない。」)
「二人とも、そこに並んで横になって、ボクがどこもかしこもマッサージしてあげ……」
 フランヴェルがばったりうつぶせる。キラリと逆光が刺し、塀の上から飛び降りたリィムナがフランヴェルの後頭部に蹴りを入れた。
「リィムナちゃん、いつの間に?」
「あたしはさすらいの吟遊詩人で、シノビマスターでもあるんだなー、これが」
 すっぽんぽんのまま長い髪をかきあげるリィムナ。ローレライの髪飾りが木漏れ日を反射した。フランヴェルを縄で縛りあげ、勢いよく扉を開け放つ。
「フランさんはサウナが大好きだから連れて行ってあげようね」
「あら、その大役、私達に任せてくれないかしら」
 裸身にバスタオルを巻いた白隼とレムリアが立っている。ずるずる引きずられていった先からフランヴェルの悲鳴が聞こえた。
「ち、ちがっ! ボクはかわいがる側であって、断じてかわいがられる側じゃ……ぎゃあああっあはーーーーん!」
 タイルに響く嬌声に呆然としている八重子と、首をかしげるクマユリ、二人の手をリィムナはぎゅっとつかんだ。
「いいのいいの気にしない! あたし達三人で温泉を制覇しよ♪」