|
■オープニング本文 ――美しい装いと共に、心躍るひと時を。 ファッションショー「神楽・コレクション」開催中―― ――花魁道中花舞台 出演者募集 性別不問―― 六月の花嫁は、幸せになれる……。 美しい衣服に、楽しそうな結婚式。年頃の娘は、もちろん憧れた。 料亭司空の泰国白虎娘もおめめキラキラである。 「まぁ、『ふぁっしょんしょー』って。なにかしら? きっと、世界中の人が集まる、お祭りなのよ!」 依頼書の山を見つめる司空 亜祈(iz0234)は両手を頬に添え夢見心地。 「私は信じているわ、綺麗な服が着られるって♪ あなたも、そう思うでしょう?」 隣でいっしょに掲示板を見上げているのは、地味な着物の女の子。 「よお八っちゃん」 「なんだいクマやん」 「早着替えできる?」 話しかけたのは派手な着物の少女だ。 女の子こと銭亀八重子は、ゆっくりとまばたきして幼馴染へ聞き返した。 「早着替えってェのはあれかい? 歌舞伎やマジックショウで、くるりと衣装を変えるやつかい?」 「そうそう、それだよ。できる?」 「赤い服が黄色くなったり、一瞬で短袍が長袍に変わるやつね。泰劇の見せ場でもよくあるの。私なら練習すればすぐできるわ♪」 虎耳をぴくぴくさせながらとろけんばかりにのたまった白虎娘。ふと陰気臭い人影に気づく。 「あら? そちらの方は?」 「うっ、うっ、ふぐ、ひううう……」 亜祈が目を丸くする。少女こと鶴瓶クマユリの袖を握っているのは、すこぶるつきの美女だった。ぽろぽろ涙をこぼしていて、ハンカチでぬぐってもおっつかない。 「どうしたの? そんなに泣いたら、おめめが溶けてしまうわ」 「うっ、ひっく、ふえぅ……ふぁい」 亜祈によしよしされた美女は、高嶺(たかね)と名乗った。 朱藩から呼ばれて来た花魁なのだそうだ。 ちりがみでちんと鼻をかみ、高嶺は語りだした。 新作花嫁衣裳のお披露目会、『神楽・コレクション』。舞台上の花魁道中の看板を任せられたが、衣装が趣味に合わず、旅泰の旦那衆と大揉め。自分の衣装でのお色直しも、尺が足りないとすげなく却下。ならば早着替えでどうだと啖呵をきったら、しぶしぶ認めてもらった。 早着替え。芝居や歌舞伎の目玉になる、一瞬の早技である。 よく知られているのは、着込んだ服を脱ぐだけ。 ところが高嶺がやってみると、上手く行かない。もたもたして場がしらけてしまう。 裏返しの早着替えも試してみた。そこそこ上手く行ったが、高嶺は都合でこの手法が使えない。 このままでは舞台が盛り下がる。 そう感じた彼女は、旦那衆の出した出演者募集の依頼書に、追加事項を書き加えに来たのだ。 早着替え推奨、と。 「開拓者さんがそろってやれば、一般人のわっちがしくじっても趣向だと受け取ってもらえると……」 「あら、失敗が前提なの?」 涙をこぼし高嶺はうなずいた。 「わっちは契約で旦那衆の用意した打掛を着なきゃならねえでありいす。だから脱ぎ着が難しいでありいす」 「アタイの友達が、撒菱をお星さまにする魔法を使ってたよ。そんな感じの工夫するだけで、違って見えるんじゃないかねェ」 「まぁ楽しそう。八重子ちゃんそれで出てみたら?」 「……恥ずかしい」 八重子はぷっと頬をふくらませた。 ●泣き虫花魁の身上話 神楽の都の、とある旅館。 広い座敷で、旅泰の旦那衆を相手に花魁は顔をあげた。翠の瞳は涙でいっぱいだ。 「わっちを笑いものになさるおつもりでありいすね」 旅泰の旦那達が、猫なで声を出す。 「まあまあ花魁、ここはひとつ大人になって……」 「野暮点をさらすは高嶺の名折れでありいす」 袖で顔を覆い、わっと泣きだした。旦那衆は冷や汗垂らしながら、ごきげんとりにかかる。 何せ彼女は、新作花嫁衣裳のお披露目に意気込む、旅泰達の看板モデルなのだ。 源氏名は、高嶺(たかね)。 砲術士の国、朱藩の歓楽街、遊界から請われてやってきた。 広場の舞台を、とっときの盛装で練り歩く、勢を尽くした花魁道中。『神楽・コレクション』 略してカグ・コレ。企画した旦那衆は、ならばと着こなしも見せ方も、歩き方まで熟知した本職を呼んだのだ。 高嶺はべそべそしている。 容姿は上等、文句なし。 水が滴らんばかりの黒髪に、すらりと長い手足は爪先まで整って、腰は抱けば折れそうなほど。儚げなかんばせは精緻な人形のよう、伏せるまつげは黒檀の艶、薄く開いた唇は宝石めいた石榴ひとかけ。はだけた衿からのぞく丸い肩にいたっては、むしゃぶりつきたくなるような白さだ。 用意された呉服は、超の付く高価な打掛。地味な着物しか着れない町の女の子だったら、あんぐり口をあけるだろう。 が。 「わっちァ、そっちの泰国の晴れ着がいいでありいす」 「だからね、花魁。もうこの衣装でと決めてましてですね」 「いやいや。いやあ。アル=カマルの薄絹も数珠玉飾りもないなんて」 「約束が違うでしょう」 「裾の模様だけでもジルベリア風にしておくれやす」 「花魁、勘弁してください……」 件の打掛が気に入らないのだった。 無理もない。 朱藩は国王からして歌舞くお国柄。高嶺もまた、お洒落に熱心だった。流行を追うセンスもあれば勘も鋭い。打掛は、手が込んでいて贅沢ではあったけれど、平凡で古臭くて。 ぶっちゃけダサかった。値段しか見ない旅泰には十分でも、高嶺は耐えられない。 なんといっても、ここは神楽の都だ。儀の南北を問わず、嵐の海すらものともしない異文化のごった煮。泰国風の華やかな刺繍、繊細な彫金細工。アル=カマルのたっぷりとしたドレープに、砂漠の風を感じさせる輝石のブローチ、月の涙を綴ったビーズ飾り。体のラインを誇るようなジルベリアのドレス。あるいはフリルとリボン、ふわっふわのペチコート、ため息がこぼれるような手編みのレース。道行く開拓者は、すきに着こなしている。それがまた自由の空気を感じさせるのだ。 そんな中を、野暮ったい衣装で、舞台に上がる。 顔から火が出るどころではない。身を焼かれるような恥辱だ。高嶺としては死活問題なのだ。しかし悲しいかな、おっさん連中には、いまいち通じてないのだった。 「後生でありいす、旦那さま方。どうか衣装に手を入れさせておくれやし」 「この打掛を着てもらうために花魁を呼んだのでね……」 「せめて舞台でお色直しをさせておくれやす。お頼み申します」 「うーん」 「花嫁衣裳には付きものでありいすよ……」 「いや尺がね。花魁もご存知のように、開拓者の出演者も募集しますから」 高嶺は泣きながら懇願した。押し問答が続く。 両者の思惑は一致している。舞台を成功させたい。ただ高嶺の案と、旅泰の旦那方のそろばんとが、合わないだけなのだ。 「尺が足りないなら、早着替えはいかがでありいすか」 「……まあ盛り上がるんなら」 年かさの旅泰が肩をすくめた。ほっとした高嶺は、安堵の涙をこぼした。 思い付きを実行するのが難しいとは知らずに。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
シャルル・エヴァンス(ib0102)
15歳・女・魔
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●まもなく開幕です 控え室で、戸隠 菫(ib9794)は重いため息をついた。思い当たる節があるのか、遠い目をしながら。 「良く居るんだよね、自分のセンスの悪いのに気づいていなくて、ダサいの押し付ける人……」 視線の先には件の打掛がある。これを来て歩く自分を考えると、ぞっとした。 「決まった衣装着なきゃいけねーとか、花魁ってのも大変なんだなー」 金の瞳をしばたかせ、ルオウ(ia2445)は打掛から高嶺へ視線を戻した。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 挨拶したとたん菫に押しのけられる。 「戸隠 菫だよ、高嶺さん、よろしくね。ああー、粋を理解してくれない旦那さんって困るよねえ。気持ちはよくわかるよ!」 握手代わりに、菫は高嶺の両手をとって元気よく振る。 「嗚呼、地獄に仏でありいす」 高嶺がぽろんと涙をこぼす。心の友でも見つけたかのようだ。ほんの気持ちだと白粉を持たせる。 「にしても高嶺さん、べそべそ泣いてたら別嬪さんが台無しやで」 神座真紀(ib6579)が声をかけた。菫も高嶺の手をぎゅっと握ったまま、相棒の羽妖精へ水を向けた。 「嘆いていても始まらない。何とか力になってあげたいね。ね、葵ちゃんもそう思うよね」 「うん、何とかしてあげたいよね、こんなにしょげてるし、元気にさせてあげたいなあ」 乗鞍 葵は碧の瞳をぱちくりすると、高嶺の膝に座った。ひとなつこい笑みを浮かべ羽を閉じる。 「かわゆらしいでありいすなあ。触ってもよろしおすえ?」 「羽は気をつけてね」 間近で見るのは初めてなのか、高嶺は涙をおさめると葵を抱きあげ、頬を火照らせた。同じ羽妖精でも、春音は真紀の胸元に挟まりむずがっていた。 「うにゅ、寝てたいですぅ」 「頼むから、手伝ってやってえな」 サライ(ic1447)は高嶺の背丈や身幅を観察する。垂れウサミミがぴくりと揺れた。 「高嶺さん。先ほど泰の晴れ着を着たがっていたと聞きました。色のご希望はありますか」 「私もそこを伺いたいわ」 最後の荷物を部屋へ運びいれたシャルル・エヴァンス(ib0102)も声をあげた。彼女の背後には、家が一軒立ちそうなほどの珍品名品の山。倉ごと抱えて来たかのごとき足腰に、サライは口をぽかんと開けた。 「いつもこの量を? 重くありませんか?」 「お気になさらず。魔術師と言えど体力は必要、日々是鍛錬です」 優雅に微笑み、シャルルは高嶺と打掛を、海と空の青のオッドアイでとっくりながめた。 「……お互いの良さを殺しあっているわ。まったく、見る目のないおじさま達だこと」 ローズティーと手作りトリュフチョコを仲間に勧めると、シャルルは次々と小物を取り出し、高嶺にあてがい品定めする。 「この時期なら闇薔薇の浴衣ドレスはいかがかしら。足元に撫子ぽっくりはどう? 見た目を変えるのが主眼なら、ブルージャケットもあるわ。ジルベリア風で決めてみるのもありかしらね。それとも……」 思案に暮れるシャルルの隣で、もふらセットに熱い視線を注いでいる高嶺。 サライは旅泰の用意した他の衣装をあらためていた。見た目は天儀風が多い。だが、値札の桁が増えるに連れて、色も模様もちぐはぐになっていく。 (「なんというか、天儀の衣装には微妙な奥ゆかしさがあるものですが……泰国人の色彩感覚だと、こうなるのかなあ。だったら、泰国風を選ぶと失敗は少ないかもしれません」) 長持から泰産のドレスをひっぱり出し、ためつすがめつ。 扉が勢いよく開かれた。 「許可を取ってきたよ!」 十野間 月与(ib0343)が、呂の手を引いてはいってきた。隣で相棒からくりの睡蓮が、勝訴と書かれた紙を広げている。 「舞台の尺を変更してもらえたよ、あたい達の分を合わせた長尺の演出でいいって。高嶺さん、早着替えの手伝いは任せて」 葵を抱きしめている高嶺を前に、月与はごくりと生唾を飲んだ。ほう、これは着せ替えがいがある。 「お人形がお人形を抱っこしてるみたい。ヒラヒラもクールもフェミニンもいけそう。どんな演出にしようかしら、わくわくしちゃう」 「綺麗な衣装が着れるって、うん、楽しいですよね♪」 姿身の前でさっそくウェディングドレスを自分の胸にあてているのは柚乃(ia0638)だ。先日、神楽のとある祭典で似たようなことがあったなあなんて思いながら。相棒の玉狐天、伊邪那が七本ものふさふさを振りまわした。 「着飾った女の子達が見れるなんてー、眼福よね♪」 周りを飛びまわった伊邪那が、羽喰 琥珀(ib3263)の襟首に顔を突っ込む。 「あんたもそう思うでしょ?」 「せ、背中に入るな!」 自分の衣装を見繕っていた琥珀が両手を振り回した。 「くすぐったいだろ、おい! ぶはは、よせ、やめやめ!」 「おらよっと」 ルオウが伊邪那をひっぱりだした。尻尾の付け根をつかんで柚乃の前にぶらさげる。 「俺はひとりで舞台に出るけど、柚乃はどーすんの?」 「んー、柚乃はねえー。あ、琥珀クンごめんねー、伊邪那ったら」 琥珀がにやりと笑う。 「気にしてねぇよ。それより、頼みたいことがあるんだ」 楽しい企みを柚乃に耳打ちする琥珀。 真紀はというと、ねむねむな相棒を口説いていた。欲しがってた抱き枕を買うご褒美つきで。春音は小道具から人形の品を見つけると、満足そうにそれを胸に抱いて寝転がった。緑の抱き枕である。 (「あかん、完全に桜餅や……」) 相棒を説得した真紀は着替えに出た。女の子と少女がその後をついて行く。 「豪華な衣装がたくさんやねえ。妹も来たがってたけど、こないだ死にかけて、今家で休ませとる。どないしてん、八重子ちゃん」 八重子は顔を真っ青にしていた。目も口も大きく開けて、過呼吸寸前。 わた、わた。 クマユリが通訳した。 「どうなったんだい、ってさ」 「五日ほど寝込んでたけど、元気にしてるわ。大事とって寝かせてきただけやねん」 おぶおぶおぶ。 「ひどい怪我かい? 大丈夫かい? 傷が残ったりしてないかい? ってさ」 「志体持ちやからね、そない心配せんでええねんで。今はこっそり抜け出しとるかもしれん♪」 ぜはーぜはー。八重子が何か押し付けてきた。 「お見舞い行くってさ」 「おおきに。預かっとくな」 真紀は微笑んで受け取ると懐へ収め、隣室へ入った。 ●座ってお待ちください 舞台を囲み、観客は期待にざわめいている。その中には空龍、菫青の姿もあった。期待に羽をわさわさしながら、おとなしく桟敷に座っている。 舞台の右袖と左袖へ、狛犬のように控えているのがサライの駿龍フェリドゥーンと、シャルルの駿龍リーノ。華やかな組紐を巻き込んだ、太い綱を咥えている。大きく首を振って綱を引くと、舞台の幕が落ちた。喝采が上がり、水を打ったように静まりかえった。舞台に立つ、柚乃の気高さに。 深い森の背景に包まれた少女は、まるで花の妖精だ。淡い桃色のウェディングドレス。腰まで覆う長いヴェールは、花冠の刺繍が施されている。金糸が混じっているのか、陽光を受け光った。 柚乃は舞台を進んだ。何かを探し求めるように、右へ左へ物憂げなかんばせを向ける。体重を感じさせない足取りは、白鳥を思わせるほど軽やかで、風に舞う木の葉よりも頼りない。 中央でターンを決めると、ドレスの裾が舞台を覆うように広がり、桃色の花園が生まれる。柚乃は切なげに眉をよせたまま身を捩じらせた。見とれていた観客たちまで、顔を伏せ、袖をつかむ。 桃色のドレスがはがれ落ち、淡いスミレ色のミニドレスが現れる。ふと柚乃のかんばせがやわらいだ。探していたモノを見つけたように、腕を虚空へ伸べる。舞台を安堵の息が包んだ。両手を胸に置き、一心に祈り始めた柚乃の背後から、天の御使いもかくや、青とも紫ともつかない繊細な色合いの玉狐天が現れた。伊邪那が七本の尾を扇状に広げた。柚乃の全身が輝きはじめる。 ヴェールがふわりと浮き上がり、裾が踊る。光の粒子が舞台を支配する。荘厳な雰囲気に気圧され、観客は目も口も見開いている。同化が進むにつれ輝きが激しくなり、頂点を迎えたとき、観客がどよめいた。柚乃の姿はなく、清らかな鳩が飛んでいた。流浪の民の口伝から生まれた見た目を操る術で、鳩と錯覚させたまま、柚乃は舞台袖へ向かった。客からは鳩が舞台を巡ったように見えただろう。やがて鳩は舞台袖に立ち込めた霧に消えた。 (「つかみは成功です。皆さん輝いちゃってくださーい! ハイハイキラッキラですよ!」) 拍手の裏で、柚乃は親指を立て、会心の笑みを浮かべた。 霧の一掃された舞台へ踊り出たのはルオウだ。しっとりと艶光るジルベリア風の長いマントをまとっている。楽隊が剣戟の場にふさわしい勇壮な曲を奏でた。広場中の視線を集め、ルオウは万の軍を相手にした時のように挑発的な笑みを浮かべる。 (「うしっ! んじゃあ、協力してやんないとな! 最高にいいところみせてやるぜ!」) 朗らかな笑みを閃かせ、腰の脇差を抜く。大小を差した志士やサムライらしい人々が、目を皿のように見張った。さる名門が代々守ってきた伝家の宝剣、雷神の加護が秘められていると噂される一刀だ。ルオウが腕をかえす。脇差の刃が日差しを反射する。一瞬、波紋を裂いて雷が走った。 巨人を相手取るが如く刀を振り回すと、ルオウは見えない的を突いた。なめらかな木目と草履のすりあう音、続けて刀が空を斬る音。眼にも止まらぬ早業に客席からため息がこぼれる。どこからかぽんぽんと紙ふうせんが飛んできた。観客達はおもしろがり、いくつもの紙ふうせんをルオウへ向けて飛ばす。四方八方からやってくるそれへ、ルオウは最小限の動きで突きを繰りだした。一歩踏み出すたびに、紙ふうせんが破裂する。舞台を進む体捌きは、流れるようで乱れがない。 (「ここが肝要だぜ」) 刀を一回転させ、漆黒のコートの留め金に手をかけた。金の瞳に、真剣な光が宿る。最前列の娘っこどもが反応して舞台へかぶりつく。コートが広がり、視界を隠す。布一枚向こうでオーラが迸った。いつのまに潜んでいたのだろうか。輝鷹のヴァイス・シューベルトが主人に同化し、赤い炎に似た燐光をこぼしている。マントの下から現れたのは、緑の裃だ。針の跡もわからないほど緻密な刺繍で玖雀が翼を広げていた。 「天儀のサムライ、ルオウ! ここにあり!」 黄色い声があがる。紙吹雪が舞った。よっ、千両役者と、かけ声がかかり、ルオウは再度見得を切った。歓声がさらに高くなる。 楽団の曲が変わった。陽気に、にぎやかに。 (「早着替えってのは、やった事ないけど面白そうやね。何事もチャレンジって事で」) 下袖のカーテンをはねのけ、真紀はまぶしい笑顔を見せた。 「いっちょやってみよかな!」 定番のポニーテールをほどき、舞台へ出た真紀は、ジルベリア風のドレスををまとっていた。玉虫色の輝きは、見る位置によって様々な色に変わる。肉体美を意識して姿勢を正し、ゆるやかに舞いはじめる。つま先まで神経を張りつめた姿は、氷上をすべるようにたおやか。 優雅な舞いで観客を魅了し、真紀は音楽が変わる瞬間、ドレスを脱いだ。玖雀の旗袍が現れ、拍手が起こった。泰拳士の動きを模し、ステップから左右の拳をくり出す。ハイキックを放つと一部から歓声があがる。真紀はチャイナドレスをも脱ぎ捨てた。舞台がどよめきに包まれた。 現れたのはバニースーツ。髪飾りのように伏せて隠していた兎耳をぴんと立てれば、バニーさんである、バニーさんである。 「どやあ」 ハイヒールのまま真紀は踊りだした。硬い踵と床がリズムを打ち、楽団の演奏に花をそえる。腰を振ると尻尾が揺れた。充実したヒップから、はちきれんばかりのふともも、エナメルのヒールに包まれた細い足首へのラインを見せつける。 バニースーツにすら、真紀は手をかけた。一気に脱ぎ捨てた下には黒ビキニ。日々の家業で鍛えられた無駄のない肢体が。野郎どもの盛り上がりは最高潮。熱烈なコールに演奏も聞こえない。 (「食いつきええなあ。これは、うちの婆ちゃんに見られたら、どやされそうやな」) 真紀の合図に、菫はこくりとうなずいた。 (「頼んだよ、葵。準備はいいかな」) (「もちろんだよ」) 舞台袖から姿を見せた菫と葵は地味な僧服だ。賛美歌に似たおごそかな曲が流れる。雪を模した紙吹雪がこぼれてフードへかかり、二人の往く道の苦節を思わせる。 中央に立ったとき、葵はベールを広げた。ベールの明るい白が、受難の雪を払っていく。クルクルと周囲を葵がとびまわる間に、菫は僧服をするりと脱ぎ落とした。客席に感嘆が広がっていく。 長く白いベールの下から、浅葱色が透けている。爽やかさな祝福のウェディングドレスを、菫は身にまとっていた。隣で葵がとんぼ返りして、菫の背に隠れ、同じ色合いのドレスに着替えて出てきた。菫はたっぷりと裾を引きずるマーメイドライン、葵は大きく広がるプリンセスライン。慎ましいヴェールの奥で、まろい肩と白い背中をおしげもなくさらして菫はひざまづいた。雲隠れ中の柚乃から、葵は輝石をちりばめた大振りのティアラを受け取った。戴冠式が行われ、神聖な雰囲気に観客は陶然としている。 葵へもティアラを授け、菫は二人で観客へ深く礼をすると上袖へ抜けた。下から歩みでたのはしろくまんとを羽織った琥珀だ。白鳥のマフラーへは、アクセントに鷹のマント留め。 (「頼んだぜ、柚乃」) がんばってと間近から声が聞こえた。 舞台上の琥珀は、いかにも寒そうに伊達衿に顔を埋める。凍る吐息が見えた気がした。紙の雪が落ちる中、琥珀は、マフラーごとマントを片手で投げ上げた。白でそろえた冬の装束から、秋の夜長の装いに一変。客席から拍手が起きる。黒い浴衣の足元に煌々と照る月と群雲の刺繍。帯の三日月が風流だ。 (「テーマは四季なんだぜ」) 琥珀は、続けて浴衣の衿をつかみ、勢いよく放り投げた。のどかな秋から、爽やかな朝の衣装へ。変わり身の早さに客席は釘づけだ。帯は造り帯を重ねたもの、伊達衿は下へ仕込んだ浴衣とわかり、物見高い観客が唸る。 背中に団扇が一枚。浴衣と同じ朝顔柄だ。味わいある淡い藍を、勇士の青い帯がきりりと引き締めている。 マントと秋の浴衣を拾い、琥珀は大きく振った。白と黒の間に琥珀の姿が隠れる。柚乃が裏から桜を一枝取りだした。受け取ったその時には、琥珀は春霞の小袖をざっくり羽織っていた。 「春の眺めは値千金ってな!」 ほろりと桜がこぼれる。鳴り止まぬ歓声、舞台に帳が下りる。 ●拍手でお出迎えを 客席が静まるのを見計らい、内からぽうと明るくなる。ほっそりした影が浮かんだ。菫青が翼を広げ、薄様の桜吹雪を蒔きだした。期待の声が高まる。帳が上がり、花魁道中が始まる。高嶺は件の打掛をすっぽりと覆う羽織を着ていた。袖や身頃に花型の穴を配して打掛を魅せ、背には妖精のような虹色の羽。 (「いい? この服はさなぎよ。これから羽化して、うんと綺麗な蝶になるの。だから、あなたは真っ直ぐに歩いて。堂々と花魁らしくね」) そう言い含めたシャルルが、従者のように付き従い頼もしい笑みを見せる。紫陽花柄の浴衣に、ジルベリアのステッチが入った緑のへこ帯だ。かむろの衣装を着たサライも傍についている。褐色の肌へ、ほんのりと紅をのせた様は初々しい少女にしか見えない。 (「上手く行きますように……」) 祈るサライ達の先頭に立っているのは月与だ。泰南部の神官服を着た呂を花嫁に見立て、自分と睡蓮は参列者を模し花束を手にしている。青藍の玖雀と金で縁取った紅雀、二羽の鳥が旗袍で喜びを歌う。舞台の端にたどりついた時、ふと嫌な予感がした月与は呂へたずねた。 (「下にちゃんと着てる?」) (「言われたとおり水着にしました! 真紀さんとおそろですー」) あれは後ろが紐でね、あーらら。月与の目の前でビキニの紐がほどけた。広がりかけた黒い布へ、すかさず手を伸ばす。 (「阻止」) 謎の達成感を味わった月与は、何事もなかったように旗袍を肩から剥ぎ取った。ぴったりした布がめくれ、裾の長い泰服に変わる。睡蓮と二人でさりげなく呂を隠し、後ろから来る花魁も影に入れた。琥珀が見栄を切り、広げた傘を重ねる。その裏で真紀は春音へ出番をささやいた。 きゅぴんと目を光らせ、春音は透明になった。高嶺の背後へ寄り、重ねた造り帯をひっぱる。姿を消したまま柚乃も高嶺の衿をはだけた。打掛と本命の間に羽織ったベールごとはらりと落ちる。菫は涼しい顔のまま打掛を後ろに飛ばした。葵が傘の上を回り、若草色の羽から幸運の鱗粉をこぼす。 サライが帯をほどき、上着を客席に放り投げた。勢いよく回転すると、感嘆が満ちていく。 (「イメージは羽化登仙で」) ありきたりなかむろから、泰の道士と思しき個性的な服へ。胸元と腰周りだけを隠す従者風の女装に、胸から腹へのなめらかな線が浮き彫りになっていた。客が目を引かれた隙に、シャルルがアクセサリを整える。高嶺は仙女に変わっていた。葵がレースを持ちあげ、華やかな刺繍が葵の光を受けきらきらしている。 ばっと琥珀が紅の傘を広げた。 紅白、二本の傘を交互に広げる琥珀の後ろで、シャルルは着実に高嶺の身づくろいを済ませていく。サライが印を結ぶ。観客の合間から水柱が立ち、快哉があがる。端から端まで舞台を駆け抜け、サライは客席へ飛んだ。段差を利用し、水柱の上を跳ねるように跳びまわる。驚く人々へ流し目を送ると、ウインク。客の目がハートになった。追い討ちに投げキッス。 (「盛り上がってますね。さあ、今のうちに」) (「これで終わりじゃないわよ」) サライが時間を稼いでいる隙にシャルルは、色違いのミニ丈の浴衣へ着替えた。そして高嶺の翠玉の耳飾りを取り去り、妖精の鈴が連なるイヤリングに変えた。月与と睡蓮が同時に動いた。泰服がはねのけられ、メイドに変わる。ついでに二人は、呂をタキシードを着せかえておく。 宙返りして舞台へ帰ったサライがヴェールを広げる。春音と葵が端を持ちあげる。そしてシャルルは、自分の浴衣から腰周りの紐を引き抜いた。短い衣から布があふれ、長いスカートになる。それを合図に、楽の音が変わり、光をまとった柚乃が高嶺に歩み寄る。 (「私……花の精霊が探していたのは美しき蝶――」) 琥珀が勢いよく傘を閉じた。高嶺の姿があらわになる。ジルベリア妖精風のワンピースだった。長くゆるやかなスカートは、透きとおるほど薄い布を幾重にも重ねたものだ。カモシカのような足がほのかに透けている。胸元へ入った大胆な切込みにも、薄絹が重ねられていた。従者に囲まれ、女王のような風格だ。 息をのんだ人々の前で、フェリとリーノがくわえた紐をひっぱった。暗幕の奥から、ゴンドラが迫りあがる。サライが高嶺の手を取り、彼女を支えながら案内する。 龍達が翼を鳴らし、宙へ浮かびあがる。高嶺とサライを乗せたゴンドラも、静々と昇っていく。圧倒される観客を袖からながめていたルオウは、今がその時だと指を鳴らした。ヴァイスが金色の炎と化し、上空で螺旋を描いた。激しい風が巻き起こる。 「俺の隠し玉だけど、盛り上げられるならどっちでもいいよな!」 鼻の下をこすり、ルオウは胸を張った。 「いっけえ、ヴァイス!」 一声高く鳴き声が響き、炎が高嶺を覆う。光が走り、同化の粒子が振り撒かれた。高嶺の背から黄金の翼が伸びる。客席から、波が広がるように拍手が起こり、やがて万雷となった。高嶺と観客をかわりばんこに見比べ、シャルルはどちらの感涙にも、にんまり微笑む。 ゴンドラの上で高嶺は泣き崩れそうになっていた。 「一世一代の晴れ舞台でありいす」 「高嶺さん、まだ舞台は終わってません。あ、揺れ」 ぱふ。 |