おいでよ5月生まれ
マスター名:鳥間あかよし
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 29人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/25 14:06



■オープニング本文

●選択肢
>依頼を受けまして。
>ぶらりやってきました。
>店の常連だったりする。
>うふふ相棒♪ あはは相棒♪

●きさらぎきさらぎ

「か、開拓者を、特に五月生まれの人を探し……さ、寒い!」

 爪楊枝が、ぷるぷるの水まんじゅうをつつく。
 派手な着物の少女があんぐり口を開け、一口で飲みこんだ。
「んん、もっちもちー! 川床で食べるお菓子、最高だね八っちゃん!」
「そうだねクマやん。アタイはかしわ餅が好きだな」
 地味な着物の女の子が、丸くて白いのを一口かじる。
「で、そこのお兄さんは大丈夫なのかい」
「……はい、なんとか!

 開拓者になった経緯をお聞かせください!
 あ、心に残る冒険や称号なんかも……」

「唇、紫だよ?」
 アンケートらしき紙束を抱えて背を丸めているのは、痩せた気の弱そうな青年だ。上着の襟までぴっちりボタンをかけている。どうも聞きたい事があって、泰国からこの神楽の都まで足を伸ばしたらしい。
 姓は玲、名は結壮(リン・ユウチャン)。
 別な意味でぷるぷる震えている。
「いやあ、常春の国の生まれとしては納涼にはまだ早いっすね……。あの、綿入れありますか? 火鉢はさすがに……ないっすね、はい。ありがとござましたー……」
 茶屋の店員にすげなくあしらわれ、彼は座布団の上で三角座りをした。少女こと鶴瓶クマユリが近寄って声をかけた。
「水羊羹とわらび餅もあるよ?」
「……お茶ください。あったかいの」
 代わりに注文してやった女の子こと銭亀八重子は、運ばれてきたほうじ茶をすすった。餡のくどさを洗い流す、爽やかな香気。焙烙でていねいに煎茶を炒って作られた渋い琥珀は、口あたりは軽く、飲み干すと舌の上にどっしりしたうまみが残る。それが薄らぎ引き上げる頃には、次の菓子に手が伸びている。
「卒論とやらはどうなってるんだいお兄さん」
「いやあ教授に、四月生まれの資料しかないのにどうする気だって説教くらいまして!」
 あれだけで書く気だったのかと、ごくりと唾を飲み下す二人。

 青葉香る五月。
 日差しに夏の光が混じり、道行けば汗がにじむようになってきたこの頃、河べりの茶屋町が恒例の川床を開いた。
 河の上に張り出した桟敷のことで、納涼床とも呼ばれる。床下を流れる川が暑気を払い、ひんやりして風流だねェという寸法だ。
 今年は例年と比べて、川床を低く伸べたらしい。
 ふちから足を出せばそのまま水遊びができるほどだ。おひろめを兼ねて、開拓者に具合を見てほしいと依頼が出ている。
 上流に目をやれば緑に囲まれた滝壺があり釣り人が糸を垂れ、下流を向けばまんまる石ころだらけな岸辺とおだやかな流れ。のどかな景色だった。
 川床を彩る青柳と笹が、日の光にきらめく水面に映っている。
 新品の畳には緋毛氈が敷かれ、野点傘が濃い影を落としていた。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 海神 江流(ia0800) / フェンリエッタ(ib0018) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / ミーファ(ib0355) / 燕 一華(ib0718) / アリシア・ヴェーラー(ib0809) / 无(ib1198) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / サフィリーン(ib6756) / ルシフェル=アルトロ(ib6763) / イーラ(ib7620) / ラビ(ib9134) / 音羽屋 烏水(ib9423) / ナシート(ib9534) / 霞澄 天空(ib9608) / 雁久良 霧依(ib9706) / ジョハル(ib9784) / 呂 倭文(ic0228) / トビアス・フロスマン(ic0945) / エマ・シャルロワ(ic1133) / シルヴェストル=カルネ(ic1306) / 雪柳(ic1318) / フレデリック(ic1326) / セレネー(ic1334) / エオス(ic1335


■リプレイ本文

「結花殿、久し振りだナ。威史殿はどこダ?」
「ウェイシーって誰……ああ、呂戚史ね。どうして私が案内してやらなくてはならないのかしら。ついてらっしゃい」

●五月の空には
「ハッピーバースデートゥーうぁあるじさむあああああああああああ!」
「…うるさいわ……」
 顔色も変えずに、銀髪のからくりセレネー(ic1334)が一刀両断した。髪をペイントしただけの後頭部に、四神剣を突き立てられたおっさん型からくりが、転がりながら泣き濡れる。
「なんでや! 今日はぎょーさんお世話になっとる主様を祝いに来たんや! こないな仕打ちを受けるいわれはないで!」
 樽のように右へ左へごろごろしていたフレデリック(ic1326)が、ふいに動きを止め肩越しに振り返った。
「あ、せや。わしも五月生まれやから皆、祝ってくれても、ええねんで?」
「うぜえ」
 猫又のノエル・ラ・サルは間髪入れず猫パンチし、しらんがなとセレネーの相棒駿龍の背中へ避難した。セレネーが腕を伸ばし、隣のエオス(ic1335)を抱き寄せた。毅然とした横顔は、ひな鳥を守る母に似ている。
「……この際だから言っておくわ。夜中に奇声を上げながらベッドで跳ね回るのは、やめてもらえるかしら……。あなたの部屋から振動が伝わってきて、うっとおしいのだけれど……」
「静かにしてるやろ、いつもは! 主様からお誉めのお言葉をいただいた日はしゃーないねん、そうなるねん。セレネーちゃんかて枕ぎゅーくらいするやろ!」
「……勘違いしないで。今日だって私は、エオスが行くというから来ただけよ……。騒がしいのはどうということもないけれど、エオスの安眠が、心配で……」
「ボクはよく眠れているよ。おじさんがやかましいのは、今に始まったことじゃないからね」
 黄金に輝く髪をなびかせ、からくりの弟は太陽のような笑顔を見せた。
「それに姉様と主様の部屋だけは、おじさんがばたばたしたくらいで埃がたつような、雑な掃除はしてないもの」
「どういう意味やねん!」
「え、何か悪い事言った?」
 きょとんとしているエオス。やいのやいのと言い合う人形屋敷のメンツの中、相棒からくり露草を連れた雪柳(ic1318)は、両手で口元を隠したままアンケートの終わりを待っている。
「……あるじ君の……お誕生日…お祝い…しなくちゃ、ね…?」
 じっと見つめているのは、あるじ君ことシルヴェストル=カルネ(ic1306)の背中だ。物腰のやわらかさが立ち姿からも感じられた。昼から夕に変わる一瞬をすくい取ったような桃色の長髪が、初夏の風に揺れている。ただし、玲の目はシルヴェストが抱いている童人形に釘付けだった。誕生日を聞かれたシルヴェストがカレンダーを思い返す。
「ええと確かフレッドの一日遅れだから……八日だ」
 童人形は愛らしい振り袖を着ていた。手作りのようだ、作ったのか作らせたのかはわからないが。染めの寸法も人形に合わせてあるし、帯はちゃんと結んである。針金みたいに細い帯締めまでしてあった。
「自分の誕生日は、つい忘れてしまうよ。ははは」
 人形を我が子のように抱いたまま、シルヴェスタは質問へ答えた。
「開拓者になった経緯……それがあれば、多少退屈しないで済むし、それに天儀に来るのに都合がよかったからかな? それに……」
 背後のからくり達を振り返る。雪柳たちが小さく手を振り返した。
「天儀には、この子達がいるから、ね」
 満ち足りた微笑を浮かべて答え終わると、共に暮らすからくり達に囲まれ、店へはいる。茶屋のふすまを抜けた先に、青畳と野点傘が待っていた。
「納涼床というらしいね? 僕もこれは初めてだ……皆はどうかな?」
「ボクらは初めてです。涼が感じられますね!」
 元気のよいエオスの返事に、シルヴェスタはうなずきその姉へ顔を向けた。
「見てごらん。とても涼やかだね……心から涼しくなれる気がしないかい?」
「……ええ、悪くないわね。ありがと」
 思わず目を細めたセレネーは、息をのみ頬を押さえた。
(「……今日はエオスのために来たのに…」)
 素直にこぼれた礼の真意を自分でもつかみかね、セレネーはそしらぬ振りを装った。シルヴェスタは柔和な顔立ちを更にやわらかくした。納涼床の端、清流の隣に席を取る。主と姉を案内し、エオスはさっそく注文を集めた。
 食を必要とするのは主だけで、仲間は皆からくり。相伴に預かるだけだ。けれど真似事の茶会は、どうしてだか、いつも楽しい。
 給仕から盆ごと注文の品を受け取ったエオスは、屋敷と同じ所作で主のもとへ茶菓子を運ぶ。不思議と気分が高揚した。――いつもと同じだけど、わからなくて。コアがきしきし鳴っている。皿の縁まで向きを揃えて並べ、エオスは顔をあげた。
「お誕生日おめでとうございます、ボクらのマスター」
 シルヴェスタの微笑にすべてが報われる気がする。来年も再来年もと、エオスは思った。
(「何度でもお祝いします。ボク達はあなたのためにいるから」)
 フレデリックが歌いだした。
「ハァピバァスデーィトゥーウユーウゥウウウ主様あああああ」
「…エエ声作ろうとして失敗してるじゃない…」
 主から顔をそらしたままフレデリックを眺めるセレネーは、おめでとう、とぽそりと付け加えた。露草の影におとなしく座っていた雪柳が、レースの布包みを取りだした。
「…あるじ君、おめで…とう……。ユキ…ツユ君と…お花を、摘んで、来たのよ?」
 包みをほどくと、中から白い花冠が現れた。清廉な白とみずみずしい緑が連なっている。
「シロツメクサの…冠…あるじ君に…沢山…幸せが、訪れます…ように……」
 露草も四角い箱を取り出す。
(「ユキが望むなら、俺の主では無いが祝うとしようか。……彼の君の趣向までは知らぬが、皐月にちなんで」)
 華奢な作りの箱には、白檀の香木が入っていた。もう一本花冠を取り出し、雪柳はフレデリックの丸い頭へ置いた。
「……あと、おっちゃんも…ね? 今日だけ…特別…あるじ君と、お揃い…許して、あげる…わ…」
「雪柳……おっちゃんは感激やで!」
「……今日だけ…よ…?」
 シルヴェストは一体一体を見つめ、ゆっくりと想いを伝えた。
「ありがとう。……僕は、本当に幸せものだね」
 自分の皿の菓子へ木匙を入れると人数分に切り分けた。
「僕からも感謝を。きみ達と過ごせる時間が何よりの贈り物だ」
 一口ずつからくり達へ食べさせていく。使徒を祝福するかのように。フレデリックが感極まって身震いした。
「主様と出会い、名をくださった日……。昨日のように思い出しますわ……。おっちゃんはこれからも主様に一生ついていきまっせ!」
 涙ぐむように目元をこする彼に、シルヴェスタはリボンを巻いた包みを差し出す。
「僕からのプレゼントだ。フレッドなら、きっと似合うよ」
「おおウェッジブーツ、バネ付き!」
「取り外しできるよ」
「主さばああああ、ありがたき幸せ!」
「ねえそれ、サードのお土産にしていい?」
「ななな何言うとんねん」
 自分の後ろへ包みを隠すフレデリックと、優しい目でにじりよるエオス。死角から彼のサポートに入るセレネー。雪柳はわずかに顔をほころばせた。
「ツユ君…皆…嬉しそう…ね…あるじ君の…笑顔…ユキも…嬉しい…わ…」
 雪柳の振袖が、水面を渡る風に揺れた。つられて揺れた長い髪の上で、黄金が弾ける。露草の大きな手が彼女の肩を抱く。
「ユキ、余り燥ぐと怪我をする」
 そのまま、自分だけの主をそっと抱きしめた。

 相棒からくり波美は、物憂げな面差しのまま、茶屋でたたずんでいた。窓の向こう、納涼床の野点傘の下に座るその人は、自分だけの主のはずだった。
 海神 江流(ia0800)。
 ひんやりと固いばかりの自分に、いのちを感じさせた人。躍動する熱、万物の霊長、ほとばしる生命の奔流。閉ざされた相棒の瞳には、主がそう見えている。
 傍へ行きたいけれど、自分の出る幕ではない。なぜなら主人の隣にアリシア・ヴェーラー(ib0809)が座っているからだ。ジルベリア風のメイド服がよく似合っている。一見質素な、しかし上質な黒に縁取られた、輝くような肌よ。
 主人とアリシアのやり取りをのぞくうちに、自分が色褪せていく気がした。日の下へ出て行きたい気持ちを抑え、深海にたゆたう魚のように息をひそめている。
(「……前もあった。主があのヒトと一緒に居るのを見て苦しかった。気付かないなんて……莫迦ね、私。これが『嫉妬』…なのね」)
 涼しい風の吹き抜ける納涼床で、アリシアはおっとり微笑んだ。
「お恥ずかしい話ですが、十八日の誕生日を、すっかり忘れていました……」
「それは危ないところだった。祝えてうれしいよ」
 江流はふところを探り、つるりとした紙の箱を取りだした。
「手ぶらってのもアレなんで。マントの留め具にどうだろうか、アリシアさんに似合うと思うんだが」
「お返しは……今はないので後からになりますが……」
「かまわないよ」
 封を開けると、アメジストの朝顔が顔をのぞかせた。蔓と葉を模した台座に乗っている。
「花言葉は『結束』だってさ。ま、今後とも宜しくな、アリシアさん」
「お気持ち、ありがたく受け取ります」
 アリシアが白百合のかんばせをほころばせた。ふと小首をかしげる。
「……ところで、海神様も今月の生まれじゃないですか。おめでとうございますね?」
 目を泳がせ、江流はゆるく息を吸った。
「そう、だったかな」
「そうよ」
 盆を手に、波美が立っていた。何気ない風を装い、追加の茶を二人へ出す。
「今日は五月生まれが集まる会なんでしょう? 主の聖誕祭はいつだったかしら」
 江流がああと頭をかいた。
「そういえば三十一日だった。……ありがとな、波美」
 波美はまぶたを薄く開けた。並ぶ江流とアリシアを映す。
「……おめでとう」
 からくりは精いっぱいの笑みを浮かべた。頬の継ぎ目が、涙の痕に見えた。

 納涼床の隅から身を乗り出し、宮鷺 カヅキ(ib4230)は水鏡をのぞいた。道すがら目にした、からくり達の笑みを模してみる。口角の向き、わずかな眉の動きで、微笑にも苦笑にも変わる。
(「ああこれもまた、どこかの誰かの顔」)
 白い面から表情が抜け落ちる。風がさざ波を立て、水鏡の像がゆらめいた。
(「私の、顔……」)
 さらに身を乗り出す。想い人が心をこめた花簪が、少しずつずれ、すべり落ちていく。かしわ餅をいただいていた相棒からくり橘が気づき、手を伸ばそうとした。
「カヅキ」
 優しい声が耳を叩き、影がさす。彼女は身を起こした。はずみで簪が抜け落ちる。小さく声をあげるカヅキの首筋を、ルシフェル=アルトロ(ib6763)の手が押さえた。簪ごと。
「ルーさん……」
「お待たせー。俺もかしわ餅もらっていい?」
 簪を握らせたその手に、自分の贈った指輪が光っているのを見てとり、ルシフェルは一匙照れをにじませ相好を崩した。
「ヘリオスが滝を気に入っちゃってさ、動かないんだよね。お迎えついでに川岸を散歩でもどう?」
 目をやると、滝つぼで素もぐりに興じる鷲獅鳥がいた。釣り人は竿をあげ珍しい景色を楽しんでいるようだ。
 二人は会計を済ませ、手を繋いで歩いていく。茶屋の続く川沿いを柳が彩っている。踊るように揺れる派の隙間から、弾けるような笑い声が届く。……一席設けさせてもらうとするかの、ハッピーバースデイ、遠慮なく食べてくださいねっ、誕生日祝いだー……。
 新緑に目を細め、カヅキはルシフェルの手を握り返した。泰国人らしい青年に呼び留められたが、ルシフェルは足を止めようともしない。
「五月三日。開拓者になった理由? だって、家もらえるし食べる物も困らないでしょ? あーっと、ごめんね。俺、これからデートだから」
 ひらりと手を振り、青年をあしらう。滝つぼへ向かう道は上り坂になっていた。そこを歩きながら、カヅキがルシフェルへ面を向けた。
「遅くなってしまいましたが……ルーさん、お誕生日おめでとうございます。よき一年となりますよう」
「ん、ありがとー。……お祝いされるってのも、何か良いもんだね〜」
 ギルドの書類に書いただけの適当な誕生日でも、隣の彼女を誘う理由になるなら十分だ。ましてや祝いの言葉が聞けるなら。そう考えていたら、不意を突かれた。
「来年も、お祝いさせてくださいね……?」
 立ち止まった彼へカヅキは続けた。
「貴方の声が毎日ききたい。貴方に毎日、触れていたい。貴方のこれからの姿を、目に焼き付けていきたい
その毎日に、一緒に在れたら。私は、貴方とこれからを歩んでいきたい」
 柳葉がさらりと揺れた。
「……私の我儘、きいてくださいますか?」
 約束。形にならない、しかし確かな贈り物に、ルシフェルは目を丸くした。赤い瞳に驚きが浮かび、歓喜が満ちていく。指輪の光る彼女の手を握りなおし、ルシフェルは言葉少なにうなずいた。
「……うん。嬉しい」
 そのまま考えこむ。
「……あー……一緒に、住む?」
 うかがうように口にだし、彼ははっきりと彼女を向いた。
「俺もね、カヅキとずっと一緒にいたいから」
 照れが勝ったのか、すこし視線をずらす。
「一緒にご飯食べて、一緒に寝て……そうやって、ずっと居たい」
 俯くカヅキが顔を上げた。浮かべた微笑のやわらかさは、ルシフェルだけが知っている。

『飛燕様御一行』
 日あたりの良い納涼床の一角に、予約札が置いてある。席はあつらえられているが、茶菓子の用意はされていない。理由は入ってきた少年を見ればわかった。燕 一華(ib0718)が右手に重箱、左手にバスケットをさげている。一華は重箱を広げ、儀の南北を問わない各国のお菓子を中央へ並べていく。
「あんみつ、わらび餅、甘夏のタルト、烏水に飴湯、ラビのために紅茶も、ナシートはちょっと寒いかもしれないからお汁粉……」
「……いい、日より……だねえ……。お祝いには、ぴったり……」
 緑もふらの木陽は、一足先に座布団でうとうとしだした。首に下げたてるてるぼうずも眠たそうだ。
 天空の席には、天儀風ゼリーを置いた。ぷるんと透明な中に、羊羹を型抜きした赤い金魚が泳いでいる。
 どやどやと少年達がなだれ込んできた。一華はその中の一人を向き、正座した。
「天空っ。お誕生日おめでとうございます! 特別なことはそんなにできませんが、精一杯お祝いさせて頂きますよっ」
 緋毛氈に並ぶお菓子の行列に、今日の主役の、霞澄 天空(ib9608)は驚きと喜びであんぐり口を開けた。
「嬉しいよ!」
 口から飛び出た言葉に、恥ずかしくなって顔を伏せる。十四日が彼の誕生日だ。天空の背中を押し、音羽屋 烏水(ib9423)が席まで案内した。
「めでたいのぅ。友の誕生日、盛大に皆で祝おうぞ!」
「一句できたもふ。若葉の歓 情けで包む かしわ餅」
 ナシート(ib9534)は野点傘の隣で伸びをして翼を大きく広げた。せせらぎに荒鷲に似た影が落ちる。
「んんー! いい風だな」
「ナシート、だいじょうぶ? 寒くない?」
「いいや一華、そろそろ慣れてきたぜ。そういや、なんで天儀にはこんなにたくさんの水があるんだろうな。少し分けて欲しいぜ、アル=カマルに……あ、魚!」
「どこどこ?」
 のぞいた川面に銀の鱗がきらり。並んで一華も目をこらす。魚の群れは、そろって上流へ頭を向けていた。向かいの岸辺では天空の駿龍とナシートのスーラジが水を飲んでいる。烏水が咳払いをし、三味線を鳴らした。
「友の誕生日をこうして皆で祝えるのも嬉しいものじゃなぁ。さあさ、一席設けさせてもらうとするかのっ」
 ラビ(ib9134)がとびきりの笑顔を浮かべた。
「天空君、ハッピーバースデイ! 飲んで食べてワイワイしようね!」
 一華とナシートも天空へ向かって座りなおし、プレゼントを取りだした。
「遠慮なく食べてくださいねっ!」
「誕生日祝いだー!」
「あ、ありがとう。……けど、どうすればいいのか……っ」
 苺みたいに真っ赤になった天空がうつむく。快活な笑みを浮かべ、ナシートがぐいと包みを押し付けた。
「ラビの言うとおりにすればいいんだよ。飲んで食って遊ぼーぜ! おめでとう、天空! 友達のオレからプレゼントだ!」
 指輪とターバンは、鍛冶屋がナシートに合わせて手を入れたものだから、後日手紙に添えて贈ることにした。だから包みの中は、テュルク・カフヴェスィ。天儀にも根付きつつあるアル=カマルの飲み物だ。
 天空の胸を、エルフの義父がよぎった。命の恩人である義父との暮らしは、穏やかな、けれども閉じられた世界だった。
 ラビから紅茶を、一華からゼリーを受け取り、烏水の三味線に耳を傾ける。五月の空は青く、陽光はまぶしい。なんだか喉の奥がごつごつしてきた。
「えへへー、こうしてみんなで集まれるとやっぱり嬉しいですっ」
「そ……」
 そう、それ。と、一華へ言いかけ、天空はゼリーを口の中へ押しこむ。甘くてちょっと懐かしいような味がした。
「どうしたの天空?」
「……大丈夫だよ。これもおいしいな!」
 タルトにわらび餅、あんみつ、マドレーヌ。次々口へ運ぶ。頬が落ちそうだけど、急いだせいで喉を詰まらせた。ラビに背中をさすられた。
 すこし休む為に、納涼床から素足を伸ばす。ぱちゃんと水が跳ねた。後ろから仲間達の騒ぐ声。ぼんやりしていると、つま先を魚につつかれた。そっと振り返る。烏水の三味の音にあわせて、ラビのからくりレイシーが舞をしている。目が合うと微笑まれた。その笑みに元気付けられた天空が座敷へ身を乗り出す。
「みんな、み、水遊びしないか」
「良案じゃのう! これからの季節は気持ちの良いものじゃぞ」
「おっしゃー! 遊ぶぞー!」
 乗り気の烏水が三味を袋へくるみ、腕まくりをした。ナシートも諸手をあげて賛成する。
「そういえば水遊びってどんな事するの……?」
 僕ジルベリア出身だし、やった事ないんだなどとつぶやき、ラビは川をのぞいた。
(「水、冷たくないかなぁ?」)
 そっと手を伸ばし、水面に触れる。
「って、うわあああっ!?」
 どんと背中を突き飛ばされた。頭から水に落ち、ラビが濡れネズミになる。
「にしししし! 引っかかったなー!」
 ナシートと烏水が腕を組み、仁王立ちしていた。
「ふっふっふ、天儀の水遊びは仁義なき戦い! 油断したのが運の尽きじゃー!」
「そーれ! 天空、一華、お前らも道連れだー!」
 水柱が上がった。烏水とナシートも飛びこむ。
「みんな集まってるんだ。水遊びしねーともったいないだろ?」
「うわーつめてー! やりやがったなー!」
 起き上がった天空へ、ナシートが勢いよく水をかけた。しぶきが踊り、初夏のきらめきが弾ける。
「我ら少年同盟、友想と友護の連携、見せてくれよう! ぶわっ!」
「脇が甘いですよっ。ラビ、ボクたち照兎同盟がお手本を見せてあげましょう!」 
「まかせて! いっくよー!」
 涼しい風。澄んだ空。はしゃぎまわる少年達の熱気。近づく夏の気配が歓声とともに木霊する。びしょぬれのまま天空は叫んだ。
「隊長、誘ってくれてありがとう……! 皆も、これからもよろしくな!」
 熱いものが頬を伝った。義父と二人きりだった世界が、うれし涙でぼやけて揺れる。水面の反射が目を刺した。くたくたになるまで遊び、彼らは納涼床へ上がった。まだすこし風は冷たいが、畳の上で大の字になると、お日様のぬくもりを感じた。
 隊長の一華がタオルを配っていく。ラビも天空へ差し出す。
「天空くん、はい、タオル! 誕生日プレゼント、だよ」
 まっさらなタオルには、小隊のエンブレムが刺繍されていた。
「僕たち飛燕の空が、これからも澄み渡り輝き続けます様に!」
 何度目かわからないありがとうをくりかえし、天空はタオルで顔を覆った。涙が止まらなかったから。とめどなくあふれる喜びに、世界はキラキラ輝いている。

 茶屋が暗く感じるのは、外が明るいからだ。
 五月の日差しは、くっきりとクリアに川面の涼を照らしていた。納涼床への戸口で、サフィリーン(ib6756)は玲につかまっていた。
「今月の一日だよ。家出するとき、一人前の踊子になるまでは開拓者で食べなさいって母様に言われたからかな。これでいい?」
 先に納涼床へ踏み入ったニーナ・サヴィン(ib0168)が目を輝かせ手を打つ。
「うわぁ、なんとも優雅なお茶席♪」
「この練りきりもカワイイ! お花になってる! 食べるのもったいないなあ」
「サフィリーンさん、後で川に足付けてみましょ♪」
「うん、ニーナお姉さん」
 サフィリーンが席に座り、皿に並んだ菓子をためつすがめつする。
 ジョハル(ib9784)は歴史を感じるひさしを見上げ、流れる川に目を細めた。
「……ふぅん風流な店だね。水の豊富で美しい事、未だに驚かされるよ」
 着物で来て正解と感じる。アル=カマルの出の彼には、紗の上に翠の羽織を着込んでいても、すこし肌寒い。褐色の人妖、テラキルが主人の背にぺったりひっついた。
「あったかい?」
「ああ、ありがとうテラキル」
 伝票を振りながら腰に宝剣を差したイーラ(ib7620)が、玲に追われながら姿を現した。
「生まれ? 十七日だ。開拓者になったのは、こっち側の儀をよくみて見たいと思ったから、かね。っと、あんた強引だな。裾引っ張るなよ」
 納涼床へ降りた彼は、目を丸くして立ち止まる。
「けっこう涼しいな。こりゃ、冷やより燗の方が良かったか? ともあれ、皆、おめでとう!」
 座卓を囲んだ三人へ快活な笑みを見せ、彼も座布団へあぐらをかいた。
「サフィ嬢ちゃんも十四か……大人の仲間入りだな、おめでとう」
「イーラお兄さんこそ、お誕生日おめでとう! 何時もありがとう」
「……妖精さんもお誕生日だったんだね。おめでとう、またすこし綺麗になったね」
「えへへ、ありがとうジョハルさん」
 運ばれてきた徳利を手に取り、イーラはいたずらっぽく笑った。
「酒、飲んでみるか? 程ほどにな」
 サフィリーンはしげしげとながめていたが、やがて猪口を両手で持った。捧げるようにイーラへ差し出す。澄んだ透明な液体が、猪口の底へ注がれた。
「……これだけ?」
「初めてなら十分十分」
「むむー」
 頬をぷっとふくらませるサフィリーンが、猪口を傾け眉をハの字にした。
「へんなあじ」
 一同が吹き出す。喉を焼く旨みが香気となって、サフィリーンの鼻腔をくすぐった。
(「甘辛くて喉が熱い……大人の、味?」)
 まだすこしわからない。だからサフィリーンはもういちど猪口をイーラへ向けた。彼が喉を鳴らす。
「酒も人も、一気に大人仕様にゃなれねぇけど、少しずつ、だな」
「何よう。今度は私の番だからね。私のお酌じゃ色気不足だけど、一献受けてね?」
 別の徳利を持ち上げ、イーラへにっこり笑いかけた。異国のぐい飲みへ霧の字の入ったにごり酒を注ぐ。
「……あ、時計持ってきてくれたんだ」
 イーラの胸元からこぼれる光に、サフィリーンは顔をほころばせた。彼の懐には金の懐中時計が二つ。ひとつは自分が贈ったものだ。ジョハルもまた目を細めていた。腰の宝剣は、彼からのプレゼントだ。イーラが照れくさげに鼻先をかいた。
「『誠実』の懐中時計に、『信頼』の剣……んな真面目なイイ奴でもないけどなぁ、俺は」
 あたたかなほうじ茶を骨ばった手で包み、ジョハルがイーラへ微笑を浮かべた。あたたかく、そして苦い。
「誕生日おめでとう、イーラ。それと俺の探し物の為に奔走してくれた事、改めて感謝するよ。お前には一生かかっても返せない貸しができたね」
「何だ、素直だな」
「……残り短い命だけど少しでも返していくよ」
「借り返したきゃ、幸せになって一日でも長生きしやがれ」
 くすりとするジョハルへ、イーラも目元をゆるめた。テラキルが細く高い声音で今日の歓びを歌いだした。水饅頭をつついていたニーナが首を鳴らす。
「聞いていると踊りたくなるわね」
「うん♪」
 うなずくサフィリーンも抹茶を口にし、うへえとまた眉をハの字にした。ニーナが吹きだし、相棒からくりのアリスタクラートを呼んだ。
「過ぎちゃったけどお誕生日おめでとう! サフィリーンさんにとって素敵な事で溢れるキラキラした一年になる事を祈っているわ♪ プレゼントよ。アリスと二人で選んだの♪ 気に入ってもらえるといいんだけど」
「おめでとうサフィリーン。花言葉は『友情』だって、ニーナが言ってた」
 アリスタクラートが持っているのはライラックの花束。ふわふわした桃色の髪が、花束と一緒に風にもてあそばれている。サフィリーンはほうとため息をこぼした。
「綺麗なお花……私の衣装の色。アリスさんニーナお姉さんありがとうっ、嬉しい♪」
 ぎゅっと抱きつくサフィリーンを、ニーナも抱きしめかえす。
「いつも私の相談ばかり聞いてくれてありがとう。私もサフィリーンさんの力になりたいから、いつでも言ってね?」
「もちろんだよ」
 答えるサフィリーンの頬をニーナがつつく。
「ちなみに紫の方は『愛の芽生え』、白い方は『無邪気』っていう意味もあるんだって。愛の方は? どうなの〜?」
「お姉さんから幸せにならなきゃ。私のは……芸の栄養になるには早いから、まだいいの」
 ニーナの腕の中から、サフィリーンはそっとジョハルをのぞいた。
(「ジョハルお兄さんも前よりずっと幸せそうな顔してる。本当に良かった……おめでとう 」)
 気持ちが高ぶってきた。自然と体が動く。サフィリーンは立ち上がり、絢爛たる舞衣をなびかせ踊りだした。テラキルの歌声が高まる。
(「気持ちがふわふわ……ふふ、風を纏っているみたい。このままいつまでも踊っていたいな……」)
 のびやかに踊る彼女をぼんやりながめ、ジョハルがこぼした。
「俺はお前とも、もう少し共に在りたいよ」
 イーラは答えず、宝剣の銘を指でなぞった。

●風がとっても似合うから
 駿龍ミューズの隣で、ミーファ(ib0355)は胸を押さえた。
 川風にヴェールをなびかせ納涼床に立つ彼女は、胸にあふれる想いをどうしていいのかわからなかった。小鳥の囀りが聞こえる。揺れる柳の、みずみずしい緑よ。人々の歓声は、混じりけのない幸福。広がる光景は彼女の信じる神の慈悲そのものだった。
 深く息を吸った。拙いなりに感謝を福音に変え、賛美歌を歌おうとした。
 その時、空が発光した。たぶん閃癒であろう。光の奥から二体の龍が偉容をあらわす。
「皆さーん、お誕生日おめでとうー! はっぴーばーすでーはっぴーばーすでー! おめーでーとーおーじぶんーにー!」
「こんな演出だって聞いてないよリィムナ姉さん……!」
「閃癒してたくせに!」
「だ、だって……注目されると…は、恥ずかしくって…どきどきしちゃう……」
 轟龍チェンタウロの背でふんぞりかえっているのはリィムナ・ピサレット(ib5201)、駿龍ぴゅん太の背にはりついているのは双子の妹ファムニス・ピサレット(ib5896)。髪はどちらもそろいの葡萄色。だが、姉はこんがり小麦色、妹はほっそり真っ白な肌。性格も正反対、のような気がする。
 双子の乗った龍が、広い納涼床へ着地する。あっけにとられた玲結壮の前だった。
「お兄さん、その後どう?」
「ぜんぜんです!」
「……ダメじゃないですか」
 結壮の紙束にリィムナはぴんときた。
「アンケートだね。よーし、バーンとォ! 答えちゃうよ♪ あたしとファムは五月五日生まれだよ!」
 リィムナはスク水に腹掛け姿だ。結壮は心の中でだけつっこんで流した。
「うちは両親が早くに亡くなってね、あたしが魔術師の素養ある事が分かったから、家族を幸せにしたくて、内緒で一人で天儀に来たんだ。今は姉妹全員が開拓者になってるけどね♪」
 ファムニスはリィムナの後ろに隠れてしまった。
「そんな、見知らぬ殿方に私の、プライベートを……」
「とって食う類の物ではありません」
「優しい声……でも私は騙されないから! きっと姉さんのおねしょ姿に目線を入れて雑誌に投稿するんだわ……! いくら姉さんがおねしょ娘だからって、おねしょ娘だからって!」
「ちょっ、ファム、なんで人の称号を連呼してるの!? ちゃんとアヤカシの天敵とか、魔王幼女とか、神狩巫女とか、大魔術師とかあるから!」
「うわああん姉さん、姉さんは私が守る!」
 真っ赤になるリィムナ。妹はヒートアップするばかりだ。だが西の空から五色の布をたなびかせ、長葱が飛んできた。
「あれは、霧依さん!」
 雁久良 霧依(ib9706)が焼き饅頭と長葱せんべいをばらまきながら、長葱改め滑空艇カリグラマシーンで突っ込んでくる。
「皆さんおめでと〜♪ 今日はご希望の方をハグしてお祝いするわー……」
 滑空艇がすれ違い、突風が立つ。リィムナが顔を上げるとファムニスの姿はなかった。
「んん〜、おっきくてやわらかくて最高です!」
「きゃん♪ ファムちゃんたら素早いわね♪」
「ファムー! アンケート! ひとりだけずるーい!」
 姉の声にファムニスは、ゆるみきった顔のまま、滑空艇の上から答えた。
「私、引っ込み思案でおどおどしてて、ずっと姉さんたちに守ってもらってきたんです。でも、それじゃいけないって思って、巫女の修業をして開拓者になったんです。リィムナ姉さんには及びませんけど、頑張ってるつもり、です……! 称号はおっぱい星人、わきわき小悪魔、巨乳ハンター☆ていう系が多いですね♪ 何故でしょうか、わかりません!」
 ワンブレスである。許容重量を越えた滑空艇は、斜めにそれていく。どがしゃん。竹林に落ちた。紙切れがひらひらとリィムナの元へ。
『かわいい双子ちゃんへ 近くの銭湯さんに話を付けて、菖蒲湯にしてもらったの♪ よかったら皆で入りにいかない?』
「あたし霧依さんとファムを回収してくる」
 爛々と目を光らせ、リィムナは走り去る。鋭い眼光に結壮は震え上がった。
「どうした、君。唇が紫じゃないか。泰国の出には少々涼しいだろう」
 エマ・シャルロワ(ic1133)が、結壮に声をかけ、近くで一蓮の出来事に固まっていたミーファに気づく。
「君、顔色が悪いようだが大丈夫かい? ああ、私は医者だよ」
「あ、ありがとうございます……」
 エマは給仕に声をかけ、結壮へ熱いほうじ茶、ミーファへは氷を浮かべた煎茶を持ってこさせた。
「結壮君と言ったか。医師としてはせめて茶屋へ戻るのをお勧めするが、何か用事でもあるのか」
 委細を聞いたエマは、川遊びをしていた相棒からくりリュネットを手招きした。
「せんせーっ! 呼びましたか?」
「荷物に毛布があったはずだ。この人に暫く貸してあげてくれ。診察しながらでよければ、アンケートも答えよう」
「はいっ! シャオにお任せくださいっ!」
 毛布にくるまる結壮へ、エマは口を開いた。
「十一日生まれだ。開拓者となったのは医療技術を学ぶためだね。何より依頼という形で、能動的に人を助けることができる」
 エマの胸を、瘴気に囚われかけた病弱な少女の面影がよぎる。
「……自らの病状に絶望した者に救いの手を差し伸べることができたのは、僥倖だよ」
 静かに瞑目するエマに、ミーファは頬を染めた。
「なら私は……救われた側ですね。心の拠り所としていた信仰が故郷において弾圧された際に、名も知れぬ吟遊詩人が奏で謳った歌声に、籠められた祈りにも似た思いと優しく癒してくれる旋律に、心を癒されたのです」
 ミーファが顔をあげる。眼差しには明るい決意があった。
「信仰とは別の救済の道を示して下さった、いまだに名を知ることが出来ずにいるその方を目指して……開拓者の道を選びました」
 十五日生まれの彼女の言葉にエマも結壮もうなずく。
 脇で話を聞いていたフェンリエッタ(ib0018)は、ミーファを見つめなおした。
(「もう五年か……長くて、あっという間。ただもう必死だったから」)
 彼女に気づいた結壮に笑顔を向ける。うまく笑えただろうか。自問を胸に納め、フェンリエッタは答えた。
「私は十八日よ。ああ、開拓者になった経緯ね。色々あるけど、結婚したくなかったのよ。家族や故郷の人達や友達は大好きだけど、他人の男は嫌い」
 上級人妖のウィナフレッドが、ぴくりと耳を動かした。フェンリエッタは気づかずわらび餅をつつき、結壮へ意地の悪い笑みを見せた。すぐに肩をすくめる。
「昔の話よ。元々人見知りが酷かったし、無神経なのが怖いだけ。依頼で鍛えたから今は少し平気。不自由はなかったけど、家を出て自由になりたかった。テイワズに生まれたからには力を役立てたかったから……」
 主の遠い瞳に、ウィナフレッドが彼女の袖を引いた。
「フェン」
 むくれた様子で続ける。
「ウィナが、ここに居る」
 鼻の奥がつんとしてきた。フェンリエッタはにじむ視界をそのままに、空を見上げた。
「がんばったわ」
 瞳を閉じても、後悔はこぼれなかった。まぶた越しにも分かる、まぶしいお日様。遠い、だけど温かい。
「……がんばってる、うん」
 軽く頭を振るうと、フェンリエッタは意地悪な顔に戻って、結壮の皿から水饅頭をひょいと取った。
「称号は自分らしいって思えると嬉しいよね。私をちゃんと見てくれてる人もいるんだ、って。少し変わった所では、野菜パティシエって呼ばれたり。儀弐王とのお食事会で大好きなトマトをね……いい思い出」
 足音が聞こえ、フェンリエッタは振り向いた。結壮の妹、結花と山犬の獣人。それから同じジルベリアの出らしい少女と、彼女へ付き従う初老の紳士。
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は一同へ会釈し、座布団へ座った。
「五月生まれの皆さんをお祝いさせてくださいませ。うちのじいやも二十一日に誕生日を向かえましたわ」
「よよよ、おひい様。よくぞ清く賢く、そしてお優しく育ってくださいました。じいめは感激しておりますぞ」
 マルカは照れくさそうに苦笑した。
「じい、大げさですよ」
「このトビアス、おひい様へ嘘いつわりはもちろん、世辞も申し上げません」
 きりっと姿勢を正したトビアス・フロスマン(ic0945)は、運ばれてきた数々の菓子に目を輝かせた。マルカが手を伸べる。
「皆様もどうぞ。じいも遠慮してはなりません」
「しかしおひい様を差し置いて箸をつけるなど」
「うふふ。ではこういたしましょう」
 マルカは黒文字で、菖蒲を模した練りきりから小鳥の餌ほどを切り取り、トビアスの皿へ移す。
「馳走になりましたわ。さあ召し上がれ」
 恐縮しつつトビアスは菓子を口に入れた。とたんに求道家の目つきになる。
「……白餡に、これは、ハチミツ。葉には豌豆を用いておりますな」
 卓上に並ぶ菓子を次々と、はては出前らしいうな重にまで鵜の目鷹の目。
「今は味を楽しみなさいな」
 また苦笑するマルカ。甲龍のヘカトンケイルとトビアスの駿龍が、柳の陰から主従をのぞいている。結壮に問われ、トビアスは表情を改めた。
「私が開拓者になったのはおひい様の目的を少しでも手助けする為ですな。私自身、亡き侯爵様と奥様の仇を討ちたいと、そう思っておりますからな」
 マルカの柔和な顔立ちに、火がついたように険が混じる。
「……父母の無念は、あの青髪を探しあてて、必ず」
 ぐっと激情をこらえ、マルカは元の穏やかな顔へ戻った。給仕に合図をし、川の流れで冷やした希儀の白ワイン、レッツィーナを持ってこさせる。
「いつもわたくしの為に色々してくれて、感謝していますわ」
 封が切られ、芳香が真心と共に広がった。トビアスの目に感涙があふれる。男泣きするトビアスから視線を外し、マルカは結壮へマフラーを差し出した。
「まだお寒いのでしょう」
「あ、ども!」
 お兄ちゃん、そこはありがとうございますでしょと、妹に脇腹をえぐられた兄に、マルカは笑みを深くした。
「お気になさらず。ジルベリア生まれのわたくしには暑いくらいですわ」
「結壮様と結花様御兄妹は若様とおひい様御兄妹とまた違っていて、面白いですな」
 フルートを取り出し、マルカは集った一同へ、そして家族とも言えるじいやへ祝いの旋律を奏でた。誘われるようにやってきた狐の獣人は、千鳥足だ。
「す、すみません、どいてください、そこ危な、どわぁ!」
 座卓の上にダイブ、しようとした寸前でトビアスにがっちりホールドされる。男の影からするりと尻尾のない狐が抜け出し、ケケケと声を立てた。獣人から人間に戻った无(ib1198)はげっそりしている。
「助かりました。……ったくナイのやつ。おかげで酒は飲めないし、胃はもたれるし」
「ふふ、相棒に操られるなんて、主人形無しね」
 フェンリエッタが座布団を勧め、ミーファが清水の入った湯呑みを出す。エマが塩昆布をひとつまみ置いた。
「食べすぎだな。しばらく休んでいくように」
「そうしますよ」
 肩の力を抜いた彼は、ふと隅の人影に気づいた。相棒からくり遠来に添われ、クマユリと八重子を相手にはしゃいではいるが、寂しげな背。見覚えがあった。
「芦屋じゃないか」
「あや、无さん」
 目をぱちくりさせる芦屋 璃凛(ia0303)を无は手で招いた。
「五月生まれなんだってな。おめっとさん。今ある生と命に感謝をだね」
「え、え、うち朱雀やし、无さん青龍やし」
 そんなんしてくれるて知らんかった。しぼんだ紙ふうせんのように、璃凛はおとなしくなる。
「おまえが考えてるより、おまえのこと思ってるやつはたくさん居る。比女の時もいたし、所属が違えど陰陽寮生のよしみ、かね」
「……そしたら、よせさせてもらう」
 輪の一角にちょこんと座った璃凛を、皆があたたかく迎える。隣に座ったクマユリが璃凛の腕に抱きついた。
「にひひ、あねさん誕生日おめでとう! よかったね!」
「……ん」
 はにかんだ璃凛は結壮の問いに、あごに手をあてた。
「皐月の五日。称号は、突飛なもんと『報恩謝徳の言』みたいなもんで、かっこええのは無いな」
 塩昆布で舌先を湿し、无も答える。
「二一。異質をより識り、未知と疎通する為に。具体的に言うと」
 座卓の下で悪さをしていたナイの襟首を引っつかむ。
「最初の未知はこの尾無狐だったけどね」
 ぶらんと下げられ、ナイはいやいやをした。
「知らないものを知ると、次の知らないものが来て、世界が広がるということ。……青龍寮で学ぶうちに、ナイは管狐の近隣種とわかった。だが確定じゃない。ケモノ扱いが順当との見方もある。最初で、おそらく最後の未知だ」
 湯呑みの映る自分を見つめ、璃凛はゆっくりと言葉をたぐる。
「たくさん、たくさんあって……すぐには言葉にできひん。姉に再会した事、魔槍砲の開発、朱雀寮の入寮からの思い出、クマユリの嬢ちゃんと出会うた事」
 まばたきをくりかえし、過去から現在までの道のりをかみしめる。
「最初の頃はうちは、本能のままに動いとった。ただ愚直に。けど、うちを捨てた姉さんにであって考えるように成ったんや。せやのに、思いばかりが先走ってしまう事も多かったし、考えすぎて身動きが取れなく成ることも起こしてしまうことも、起こす様に成ってしもうたんや……」
 何かを悟ったのか、璃凛はそっと口の端をあげた。
「でも、立ち止まっても仕方ないんや。仲間に、何度も注意されてしまうんやけど」
 難しいなと、璃凛は笑った。
「うちの気持ちも、うちのこと気にかけてくれる人も、どっちも大事にできたら……」
 苦笑いではあったが、もう憂いは消えていた。床の下で、清らかな流れがさらさらと音を立てていた。

●呂?史
「倭文さんは私が必ず守るよ」
 あふれんばかりの慈愛が、モノクルの奥に宿っていた。白 倭文(ic0228)の尾がピンと立つ。知ってるぞこれは、子犬かなんかを見るときの目ダ。
 立ち去るチーシーを、倭文は呆然と見送った。出前で取ったうな重は、ちゃっかり食われた。
「我はそんなに頼りねェのかヨ……」
「……いいえ主様は、いつでもあの方の味方でございます。私のお見立てしたところ、お気持ちは呂様へ通じております……ただ」
 うな重を空にした相棒からくりの雪蓮が箸を置く。
「……先ほどは、ありがとうございます。あやうく止めをさすところだった私を御海容賜り、誕生の祝いまで。この雪蓮、幸甚の極み」
「悪いのはアヤカシで、奴が撒いた混乱ダ。……なんダ、言いたいことでもあるのカ?」
 奥歯に物が挟まったような言い草に、倭文は先を促した。言いよどんでいた雪蓮だったが、からくりの性には逆らえなかった。
「……些細な事ですが」
「前置きはイイ」
「呂様は、威力の威ではなく、親戚の戚です」
 倭文が意味に気づくのと、耳まで赤くなるのが同時だった。
「待て。もしかして今までの、全部?」
「……はい」
 倭文が突っ伏した。
「何故もっと傷の浅いうちに言ってくれなかっタ!」
 雪蓮は頬に手を添え、うっとりと主人を見つめた。
「……お許しを。いえけっして、あらあら主様また間違えていらっしゃる、うふふこの方は私がお傍で支えてさしあげねば、などとは」
「それを優しさとは呼ばねェ!」
 座布団に頭を突っ込んでじたじたしていたら、結花も同じようにへたりこんで震えていた。
「うぶっ、くふふ、やっぱり間違えて覚えてたんだ。ぶふぁっ、これは背中預けられない……」
「アンタも気づいてたなら、教えてくれりゃいいじゃねェか!」
「この私が呂戚史に塩を送るとでも? 希代のうっかりさんですこと。あの女にはお似合いでしてよ、おほほ」