|
■オープニング本文 奇縁、一見、家一軒。 紫陽花、さやさや。雨上がり。 ぴちゃんぽたんと雫が落ちて、靴脱石の上で鳴る。 庭に生まれた水たまり、日差し光りて虹映る。 ●くもり 雨漏りのしそうな長屋かもしれない。貴族の邸宅かもしれない。 自宅かもしれない。間借りした家かもしれない。遠出先の宿かもしれない。 あるいは、軒を借りただけかもしれない。 庭の紫陽花がきれいだ。 何色だろうか。 雨の予感がする。あなたは家に入った。空が暗くなり、ぽつぽつと水滴が庭を叩き出した。 ●通り雨 狭い四畳間かもしれない。万年床かもしれない。 広いだけのがらんとした部屋かもしれない。 ジルベリア風の暖炉があるのだろうか。御影石の床が輝く泰国風なのだろうか。 庭には紫陽花が咲いているはずだ。 誰が育てたのだったか。 通り雨はいよいよ勢いを増している。ざんばらりと戸板が叩かれ嵐のようだ。部屋は暗い。 ●雨上がり 外が明るい。洗い流したような青空だ。虹がかかっている。 あなたは庭へでた。 目の前に広がるのは、猫の額か、庭園か。 垣根だろうか。漆喰の塀だろうか。柵があるだけか。境目などないか。 紫陽花が咲いている。しっとり濡れて。 あなたはどうするのだろう。 花を摘んだか。縁側から愛でたか。眼中にないか。 家に戻ったか。買い物へいったか。たまり場に足を向けたか。 それとも、新たな旅へ出たのか。 思うがままに日々を過ごせば、拡散する分岐が止揚し、饒舌な空白は、あらゆる方向へ無限。 三千世界を渡り歩けよ。行けばわかるさ。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
炎海(ib8284)
45歳・男・陰
八坂 陸王(ic0481)
22歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●憩う人 海神 江流(ia0800) さっき土偶ゴーレムのツチダマが、水汲みに行って雨に濡れたとかで、囲炉裏の火で濡れた手足を乾かしている。 「梅雨とはいえ、今日は随分降ってるな」 借りている家の縁側から空模様を伺い、僕は中断していたからくり用の部品調整を再開する。技師でもないから精々四肢の調整くらいだが、それでも、わからないなりに見てやると、波美は嬉しそうな顔をする。 そうなるとつい、遺跡に潜ってスペアパーツを調達したり、少し勉強してみたり。気付けば、やる気、活力とかといった言葉に縁遠い筈の、自分を思えば「実にらしくない」と思う。 雨足は一向に弱まる気配を見せず、生垣の紫陽花も雨に打たれ続けて、しんどくないのかと心配になる。こちらといえば、濡れない事がわかりきっている屋根の下となれば、屋根や戸を叩く雨音は実に心地よいもので、人間、自分の都合のいい時は何でも肯定的に受け入れるもんである。 「主……一息入れたらどうかしら」 気付くとからくりの波美が、急須で入れた緑茶を差し出してくる。 「おう、悪いな」 からくりは、飲み食いしなくても平気だが、最近、波美は茶の時間に付き合ってくれるようになってきた。個人的にはいい傾向だ。 「止まないわね」 そう言ってさっきの僕のように、彼女は雨空を見上げた。 「たまにはいいさ」 止まない雨音とゆっくりと流れる時間を感じながら、文字通り降って湧いた休暇を楽しむのだった。 ●出かける人 リィムナ・ピサレット(ib5201) うひゃー、濡れちゃった。パンツまでべしょべしょ。なんか寒くなってきたし、八ちゃんクマちゃん、温泉入ろうよ♪ 雨にけぶる紫陽花をお供に露天風呂ってオツだよねー。あたしは黒のタンクトップで、下は白の子どもぱんつだから、脱ぐのもラクチン。ふふん、フロントに赤リボンがついてるのだ、かわいいっしょ。じつはお尻から針も出るんだよ。八ちゃんクマちゃんはどんな下着かなっ? 八ちゃん、恥ずかしがらなくてもいいじゃん、女の子どうしなのにっ。クマちゃんは、へー、湯文字だけ? へえー。 湯船に入る前にね、背中流しっこしようよ。隅々まで洗っちゃうよー。きゃはは、くすぐったい。やったなあクマちゃん、お返し! 開拓者流マッサージにご招待だよ! どう? 気持ちいいでしょ? けっこう自信あるんだ。お姉ちゃんも妹も極楽気分って言うもん。 お風呂は好きじゃないけど、皆で入ると楽しいよね。風呂上りにタオル一枚で冷えた牛乳を一気飲みするのもサイコー、だけど……の前にアレを飲まないと。 えと、えへへ、ねぇ、2人ともオネショはしてないよね? いつ治った……? 実はあたし……まだしてるんだ。だから柿のへたと枇杷の葉の煎じ汁に、山芋と葱と韮を磨り潰して入れて、蝸牛と蛞蝓の黒焼き粉末を混ぜてあるのを飲んでる。すげーまずいけど、早く治したいから……。 あ、誰にも言わないでね? 秘密だよっ。 ●祈る人 八坂 陸王(ic0481) 気づけば、ずぶぬれになっていた。空は明るく、雫がぱらついている。 命日くらい、雨は遠慮してくれないか。寺の門をくぐった時、妹夫婦の墓は容赦ない雨に降りこめられていた。だから、俺は傘など二人にやって。せめて柔らかい布で石の住まいを拭いて。 二人を弔う菩提寺の庭には、見事な紫陽花が。 お前たちが死んだ日も、こんな風に、紫陽花が咲いていたな。ふるさとの旅館の、自慢の紫陽花だった。それが、妹の血で、赤く染まって……。 屍人になって戻り、妹を殺したお前を、俺が手に掛けた。アヤカシになっていたとはいえ、人を斬った感触を、俺は一生忘れる事はないだろう。 あれから俺は開拓者になって、志を共にする仲間と知り合って……。 それから、たくさんのアヤカシを斬った。俺は、強くなれただろうか。誰かを守れる強さを、手に入れられただろうか。 ……開拓者は今度、冥越へ攻め込むらしい。冥越、魔の森の始まりと言われる場所。魔の森を、アヤカシを滅ぼすことが出来たら、お前たちのあだ討ちになるだろうか。やっと、心から笑える日が、来るんだろうか……。 墓前へ酒を手向けると、あがりかけた雨が、またすこし激しくなった。こういうのを涙雨と言うのだったか……。お前達、俺の袖を引くのか。行くなと、言うのか。 また来る。傘は今しばらく、二人で使うといい。 次は、良い報告を持ってこられるよう、祈っていてくれ。 ●旅立つ人 羅喉丸(ia0347) 軒先にしぶきが跳ねている。激しい雨だ。だが、この勢いなら長くは持たない。 だが都を遠く離れた今は、宿のあてをつけなくては。もう少し、訓練に励みたかったが、しょうがないか。切り上げるか、蓮華。 「お主も熱心よのう。時には立ち止まって周囲を見てもよいと思うがな。立ち止まってこそ見えてくるものがある。ほれ、紫陽花がきれいじゃ。気づかなかったじゃろ」 天妖の蓮華がふわりと浮き、俺をのぞきこんだ。 「そうまでして、なんとする。もう十分に強いじゃろうに」 ……目指したものがあった、追いつきたい背中があった。俺の村を救った勇士のように。だから、ひたすら後ろも振り返らずに歩き続けた。先に答えがあると思っていたからな。だが、それは弱い心が求めた幻想だったのかもしれない、この先なら答えはあると。 だけど、こうも思うんだ、一歩踏み出した先に、三千世界を渡り歩いた先に。行けばわかるのだと。そうやって、開拓者になったのだし……蓮華にも会ったのだしな。 彼女はコホンと咳払いをした。 「そうか、お主らしいな。では、また歩くことにするか」 雨の中へ出ていく蓮華に、俺は腰を浮かせた。 「何を呆けておる、虹の根元を探しにいくぞ。妾には見える、青空を背負ったお主が。三千世界を渡り歩くのじゃろう、それでこそお主であり、退屈しないというものじゃ」 そうだな、行こうか蓮華、まだ立ち止まるには早いからな。 ●佇む人 炎海(ib8284) 窓を閉めないと濡れてしまう。けれど私は色褪せた紫陽花を二階から見下ろしていた。古傷が湿気で痛む。流れる汗。嗚呼、夏だ、夏が来ている。 此処で夏を迎える事は二度とないと思っていた。 付き纏う目障りな鬼の子供に、情を抱いてしまった事実を、『変化』を突き付けられたあの日に、離れると決めた。 背中の傷が「忘れるな」と喚いている。忘れるものか。大切な友を失った、信じていた『神』を裏切った。故郷の者達に両翼をもぎ取られた。……名を捨て孤独を選んだ……はずだった。 しかし私はまだ『ここ』にいる。……あの少女の傍に在る。離れなければと思った時にはもう遅く、この身は情の枷に縛られて、暖かな世界から抜け出せなくなっていた。 「……これが、私の罰か」 前を見て歩けと、『お前』は言いたいのだろう、友よ。失う事を恐れ、全てから逃げ続ける事を許してはくれないのか。 (友よ。死んでからも俺の世話を焼くのだな) お前と同じ名の少女が、俺の身を案ずるように……全く、どちらもうっとおしい事この上ない。 薄暗い部屋の床の間には、少女が勝手に置いていった紫陽花の小さな鉢植え。あの夏祭りでの浴衣と同じ、宵闇の中にあってなお映える橙色の紫陽花。……暖かな情景。 老い先短いこの身は、彼女に何をしてやれるだろう。答えは見つからず溜息をつき窓の外を見つめる。気づけば雨脚は弱まっていた。 もうじき、やむだろう。 ●迎える人 神座亜紀(ib6736) 何だい雪那。あ、八重子ちゃんにクマユリちゃん! お見舞いに来てくれたの? ありがとう、うれしいな、ふふ。うん、今は平気。うっかり死にかけたけど、もう大丈夫だよ。冥越への精霊門を開くためだったしね。うまく突破できて良かったよ。お姉ちゃん達には、しばらく休んでろって言われちゃった。 お姉ちゃん達なら、今は神座の本家に行ってるんだ。ボクの事でお婆ちゃんに呼び出されてしまってさ。怒られてくる、って笑ってたけどね。父さんはいつもどおり、研究室に篭もってるし、退屈だから本でも読もうかと。 クッキーをどうぞ。妹と雪那の手作りだよ。からくりだからかな、ボクが言うのもなんだけど手先が器用で、あ、エル! 駄目だよ、お客さんの何だから! 小降りになってきたね。庭のあの紫陽花、ボクの死んだ母さんが植えたんだって。ね、二人の母さんてどんな人? 八重子ちゃんとこは怒りんぼなの? あはは、大事にされてるんだよ。クマユリちゃんは……そう、ボクと同じなんだね。 ボクの母さんは、馬鹿と紙一重の天才だったんだって。紫陽花を植えたのも、下に死体を植えると色が変わるって話を試してみたかったからだって。って、冗談だよ! 本当の所は、顔も覚えてないから、わからないや。 気にしないで。ボクはもう何もできないけど、八重子ちゃんは母さん、大事にしてね。あ、雨が上がったね。せっかくだし、お庭で遊ぼうよ! ●寄り添う二人 泉宮 紫乃(ia9951) 尾花朔(ib1268) 壁越しに香りが薄く漂ってきたから、私は洗濯物を籠にいれて、扉を開けました。私と朔さんのお部屋を、隔てる扉を。朔さんは窓から、空模様を見ていました。 「通り雨ですね。今日は家干しにいたしましょう」 朔さんと二人、竿を渡し、濡れた衣を広げます。今日こそお日様の下で洗濯物を干せると思ったのですが……ため息一つ。朔さんは干し終わると、皿に香油をさしてくれました。とたん、波のように広がる香り。梅雨の憂鬱も洗い清めるような、私の好きな香り。朔さんの薫り。 「部屋と服の匂いが、ましになるかもしれません」 はい、朔さん。私の衣に、朔さんの香りがうつるなら、青空の下みたいな、気分になれるでしょう。朔さん、お茶にしましょう。私、さっきまで、お菓子を作っていました。 「そういたしましょう。私も用意していました」 まあ朔さんも? どんなお菓子なのかしら。 「それは秘密です」 お部屋に戻った私は、漆の盆のまるいお皿へ青い紫陽花の寒天を。そして扉を抜けて、朔さんへ、あら。 「……交換して食べましょうか」 同じ事を考えていたんですね、朔さん。赤い紫陽花のきんとん、おいしそう。縁側へ出ると、庭にも紫陽花。今日は紫陽花尽くし。 庭の紫陽花で雫が跳ねる。なつかしくて苦い、あの日を連れて来る。 「雨音は哀愁を誘いますね。ざーざーと降る雨はまるで拍手のように、パラパラと降る雨は音を奏でるかのように。思い出しますね、皆の旅立ち、そして私たちの旅立ちを」 ……あの時も、こうして二人で雨音を聞いていましたね。 年上の幼馴染み達が一人ずつ旅だっていき、とうとう私達が一番上になってしまったあの日。姉様や兄様達が旅立ちを認められたのが嬉しくて、居なくなってしまうのが寂しくて、一人だったら泣きついてしまったかもしれません。けれど朔さんが、一緒にいてくれたから……。 「巣立つのは喜ばしいこと、ですが何時もいた人たちが居なくなっていくのは寂しかったですね。共に傍にあって下さる方がいて……」 朔さんが私に寄り添う。聞きなれた香りが私を包む。近すぎる距離に気づいて、恥ずかしくなったけれど。 「雨が降ると肌寒くなりますよね」 はい、その……雨のせいか少しだけ、私も肌寒い気がします。頬が熱いのにも、耳まで赤いのにも、どうか気づかずにこのままで。 「冷えてますね、少し温めましょうか」 そっと手を握ってくれる朔さん。広すぎるこの家で、隣にある確かなぬくもり。旅立った幼馴染達は、今どうしているのかしら、もしも、ふと疲れたり道へ迷ったら、私がここに居ます。羽を休めに来てください。 「皆を笑顔で迎えられる、帰れるような家を作りましょう」 ええ、朔さん。私はここに居たい。二人で、この家で、日々を重ねて、迎え入れて、送り出して、朔さんと。ねえ、朔さん。 「雨粒に光る紫陽花と虹、朔さんと一緒に見たいです」 ●駆け抜ける二人 ニクス(ib0444) ユリア・ヴァル(ia9996) あいにくの雲行きだったが、遠乗りへ誘うと、ユリアは喜んで着替えにいった。てっきり乗馬服だと思っていたら、紫陽花の花手毬に薄紫の着物姿だ。 「裾を肌蹴てもいいなら、一人で乗るわよ」 冗談だろう、と言いたいところだが、ユリアの笑顔には本気が隠れていると思い知っている。俺も着替えてくるよ。今日のこの日に、普段の格好も味気ない。ユリアに合わせて天儀風にしよう。 「藍色がいいわ。あなたに似合うもの」 そうだな、そうしよう。いじわるは言っても嘘はつかない、俺にはな。知っているとも。 着替えを済ませると、雨がしとしと降っていた。ユリアはもう庭にいた。咲き誇る緋色の薔薇を背に、白木の骨に薄淡い桜色の傘をさしている。いつもならば、さっさと自分の馬に乗っているものだが。 「今日は淑女なのよ、私。行先も馬の手綱も、全部ニクスにお任せよ♪」 芦毛の馬を引いてきた俺に、すまして手を差し出す。ではエスコートを、お姫様。手綱を握り、銀白の帯が崩れぬよう腕に抱けば、ぴったり寄り添ってくる。傘が邪魔だったので、俺が譲りうけた。 「手綱と同時に持てるなんて、本当に器用ね」 任せてくれよ。大事な妻を、濡らすわけにはいかないからね。いたずらっぽく笑うと、ユリアは抱きついてきた。耳元へ囁かれる。こうしていれば、間違って落ちたりしないでしょう? ……ゆっくり回ってみようか。せっかくなのだ。あまり通らない道を行こう。馬の気の向くままに歩ませると、紫陽花の生垣と出会った。 「雨に濡れてる姿も綺麗ね。赤と青があるけど、私は青のほうが好きかしら、しっとりした感じなのよね。ね、見てニクス。あの紫陽花、ハート型に見えない? 誰かが形を整えたのかしら、それとも幸運の悪戯かしら、馬の上から見るとまた違った趣よね」 ふふ、色々な見方をするものだね。そう考えるならば、雨も悪くはない、か。ユリアの瞳は色々な物を映す。紫陽花、曇り空、傘からしたたる雫。 「紫陽花の花言葉は『移り気』なんですって、良いと思わない? 移り気なのはいつだって新しい事や楽しいことを探しているからよ。一日だって同じ思いじゃないわ。昨日とは違う愛してるを、今日の貴方に」 結婚一周年記念だもの。 さっと雲間から光が差し込んだ。ああ、ユリアも、覚えてくれていたのか。 「もちろんよ。おめでとう、そしてありがとう。私のへたれで苦労性な旦那様に、祝福を」 顔が近づき俺の頬へ触れる感触、広がるのは喜び。紫陽花の周りに、小さな虹が見える。また見に来よう。この紫陽花を。次は三人で、がいいな。 「ええ。また来年、今度は子どもの手を引いて来たいわね」 「……愛しているよ。ユリア。誰よりも」 傘を畳み手綱を振るう。馬が地を蹴る。風が頬を叩き、ユリアの髪が俺の腕に絡んだ。かすんでいた薔薇の邸宅が、雨上がりの空の下、鮮やかに立ち現れる。 |