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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●表の話 朱春西瓦版 *月7日 万引1件 魔が差したと供述。 *月8日 万引2件 魔が差したと供述。 *月10日 スリ1件 魔が差したと供述。 *月11日 スリ2件 魔が差したと供述。 強盗未遂1件 魔が差したと供述。 *月14日 強盗2件 魔が差したと供述。 放火1件 小火で消火。魔が差したと供述。 *月15日 殺人事件発生。背中側から心臓へ二ヶ所の刺突痕。 被害者は朱春東で下男を勤めた経歴あり。 犯人は不明。当局は周辺住民へ警戒を呼びかけると共に目撃証言を求めている。 対岸の火事だった。人々は瓦版を読み捨てた。続報はない。何も、どれも。 瓦版は広告と時事問題で賑わっている。 今日も平和だ。 ●裏の話 長い長い戦い 報告書と瓦版の山に、地味な風采の女がうつぶせていた。泣いているようだった。隣に座っていた張が言う。 「艱難辛苦だ、飲み干せ」 「わかってるよ。だけど梨ちゃんとは訳が違うよ。天儀の人で、揺るぎない信仰を持ってる。春のお庭へ行かない人を、弔うのは……」 「前例の範疇だ、手順に則れ。仲間がそうするように、俺がおまえにそうするように。それになチーシー、まだつぼみだ」 嗚咽をこらえ、戚史はかぶりを振った。だだをこねる様に似ていた。 張はしらゆきひめの報告書をめくった。ギルドに登録している以上、足取りは掴める。万一の事態には、朱春の地虫たちが差し向けられることだろう。 「口を閉ざし笑え。判断するのは戚夫人だ」 ●表の話 メモるの独り言 とんがりぼうしを脱いで、彼女はごろごろしていた。考え事をしているのだ。カウチポテトしてるわけではない、はず。図書館で書き取ったメモや、旅行者冊子をめくる。銀の芽切鋏が載っていた。信徒の証であるらしい。 「お参りは夕刻まで。一般開放はしてるんだ。教団が病院を経営してて、ふーん、終末医療。ふーん、苦痛緩和。ふーん、治る見込みがない人を集めて、大金とってるわけだね。なるほど?」 上の姉に掃除するからどきやと言われ、毛布ごと窓際に移動。うららかな日だまりで丸まった。 「一蓮教かあ。何と一蓮托生してるんだか」 山頂の本院に入れるのは、信徒だけとある。 ●表の話 魔の森に、人影があった。猿に似た小男で、左腕だけが巨漢のように太い。 彼は冥越にある護大の心臓の方角へ拍手を打ち、管の蓋を開けた。瘴気が吸いこまれ溶液に変わる。順に管を満たし、最後の一本を取りだす。液状の虹蓮花が揺れた。 「いかんともしがたい」 小男は切り株に腰かけた。先日、朱春東の屋敷の庭池に潜んでいたのを掘りかえしたのだ。保護した、というべきかもしれない。手中のサンプルは衰弱していた。そのうえ開拓者から捨て身の反撃を受け、息も絶え絶えだ。 「この子が元気になりゃ、構築式を調べて増やせるんですが。あ、これ、遊ぶんじゃありません」 三羽の夢魔が管をつつく。赤い絣の夢魔、傘を持つ夢魔、そして黒髪の夢魔。 虹蓮花の特殊な混乱は、巫女か吟遊詩人の術を識る者が、気力をこめて当たれば解除できる。だが最盛期の力を取り戻せば、もはや対抗手段はなくなるだろう。 何より『感染力』が上がるはずだ。火付けより確実で甚大な被害を、人類側へ。 地図を広げ、小男は考える。能力の低下は親株の不調が原因。どこに封じられているのか。子株でさえ強力だ、親株はすさまじい力を誇っていたことだろう。糧となる瘴気も、やはり膨大であったはずだ。 泰国に魔の森は少ない。だが儀の外には、大精霊盤境に弾き出された瘴気が流れている。ほとりに浮かぶ島の、名は巌坂。小男は浮島を目指すことにした。 ●表の話 やまいぬさんは頭が痛い (「戚史にゃ守られるわ、梨那殿は行方不明だわ、どうすりゃいいんだヨ」) 頭痛の種が多すぎる。気晴らしがてらギルドへ訪れた。 (「戚史も虹蓮の影響は受けねェ、……翡翠丹か? しかし梨那殿はどうだ……。威史は何かに気付いて、梨那殿の御前への報告を気にしていた。おっさんの言う御前に上げられないって奴なら…梨那殿憑きの瘴気が、それか…?」) 物思いに沈みながら掲示板を眺める。助けを求める声が綴られていた。アヤカシの跋扈する世の中では突然の死や失踪など、悲しいけれど、よくあることだ。そこまで考えて、はたと気づいた。 「店はどうなってんダ」 泰国へ飛んだ彼は、その足で猫の住処へ向かった。のれんは仕舞われ、代わりに紙切れが一枚。 『閉店のお知らせ 長らくのご愛顧ありがとうございました』 「はァ?」 === ●どこかの話 チャイニーズルーム 巌坂 ベッドはふかふかだし、三食昼寝付きだし、天国だにょ、ケッ。 蓮の実のスープを食べながら、参は憮然としていた。 絶対安静。 戚夫人にそう言い渡されて以来、参は病室へ閉じこめられている。 のっぺりした壁。窓は小さく、昼でも灯りがいる。まるで囚人だ。同道した開拓者への礼も言えなかった。気がめいる。 錠をあける音。扉が外から開かれる。 神官に付きそわれた初老の婦人が入ってきた。温和そうだが目つきは鋭い。参は頬をふくらませた。 「で、私の病名は?」 「告知は心構えができてからだ」 我が子のように参の頭を撫で、戚夫人は静かな笑みを浮かべた。 「天帝さまを信仰するのだ、梨那。春のお庭は何者をも迎え入れる。我々は世界の幸福量を一定に保つ、偉大なお役目を授かったのだ」 参は肩をすくめると一番の気がかりを口にした。 「私の店、どうなってんにょ?」 「案じることはない。手続きは済ませた」 戚夫人は参の傷を検めた。痕の残った肘を両手で包み、首を振る。 「浅い傷でよかった。大きな怪我をすれば、もう……」 ●どこかの話 チャイニーズルーム 影絵あるいは十年前 逃げる子ども。 追いかける、女のようなもの。 割れた頭蓋、まろびでた脳漿。顔はこそげ取れ胸まで裂けている。 転ぶ子ども。 追いつくそれ。 気絶した子ども。 それが手探りで矢立を取り出し、子どもの服へぎくしゃくと筆を走らせる。 『この子は生きています』 子を抱きあげ、よろめきながら去っていくそれ。 ●だれかさんの話 しらゆきひめのいないいないばあ 神楽の都で、彼は鏡に対峙していた。 そっと顔を隠す。術視の用意はできていた。目を開けるのが恐ろしい。映るのは己か、それとも。 固唾を飲んで鏡像を見つめる。いつもの、見慣れた自分の顔。 (「あの時、何を飲まされたのでしょう。突然、混乱が消えて……」) 気がつくと朱春行きの飛空船に放り込まれていた彼は、続けて瘴気漂う魔の森にも身を置いた。が、特に何が起きたわけでもなかった。巌坂で受けた矢傷はとうに癒え、痕も消えている。吉報も凶報も無し。自分の周りで変事が起きていないか、それとなく聞いたところ、逆に心配された。やさしい、いい人に。 今日も平和だ。きっと、明日も。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
呂 倭文(ic0228)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●巌坂 当日 深夜 消灯時間を過ぎても参は眠れなかった。申し訳程度に月の光が差し込む小窓を、見るともなく見る。窓枠には雛梟が止まっている。それが鈴の人魂だとまでは、参は気づかなかった。 寝返りを打っていると廊下の奥から足音が近づき、扉の前で止まった。聞き覚えのある声がぶつぶつ言っている。 「……る交信可能な存在の数かける友好が形成される速さかける魂魄を有する物体の割合かける生命の存在が可能となる範囲にある資源の平均数かける……」 息をひそめ参は起き上がった。シャキシャキと耳障りな音が聞こえる。鋏の刃を開いては閉じるような。 「天帝さま天帝さま、呂に立ち向かう勇気をください」 錠を開ける重い音が響いた。 ●朱春 当日 朝 錠を開ける軽い音が立った。 参の店の裏口を開けてのけた蓮 蒼馬(ib5707)は一行へ侵入を促した。壁にはのれんが立てかけられ雨戸も閉ざされている。 霧雁(ib6739)は店内を見回し卓上に指をすべらせた。きれいなものだ、埃一つない。厨房に火を入れれば、すぐにも開店できそうだった。 「どなたかが掃除に来ているようでござるな」 おそらく合鍵を持っており日常的に店に出入りしていた人物、とまで考えたところで霧雁は白 倭文(ic0228)に肩を叩かれた。壁に飾られていた銀の芽切鋏を受け取り、しげしげと吟味する。神座亜紀(ib6736)が椅子に腰掛ける。 「複製できそう?」 「どうということはないでござるよ、銀製の鋏に一蓮教の紋が入っているだけでござる。問題は此方でござろう」 鋏を広げた霧雁は、意外と端正な顔立ちをしかめた。刃の内側に名前と数字が刻まれている。 「『参梨那 春一五一四年入信』。見てくれをごまかすのは簡単でも入信記録の偽造は難しいところでござるな」 とりあえず紋をいれるでござると、蒼馬が用意した鋏を泰大彫金科の腕前でいじりだす。 「教団内での身分証を忘れていくとは、皆さんの話に聞いたとおり、参さんは不熱心な信者でござるなあ。密偵らしからぬ気の無さでござる」 「そうなのカ?」 見守る倭文に霧雁は頭を振ってみせた。 「拙者達シノビの様に役目によって躊躇いなく命を捨てねばならぬ者には、死後、光あふれる楽園に行けるという教えは……」 鋏の削りカスを霧雁はふっと吹き飛ばした。 「とても都合がいいのでござるよ。シノビのみならず使役する者にとっても。まして信仰対象が神聖化された君主であれば。そしてもし配下のシノビに捨てた命を繋ぐ術を持たせられるとしたら、命令遂行率は飛躍的に上がるでござろう」 人数分の鋏を仕上げ霧雁は腕を組んだ。 「使役する者は、制御下に置いておける限りは、後ろ暗いところがあろうと術をもたらす者と手を結ぶでござろうな。たとえアヤカシであっても」 「……使役者。呂さんと参さんの」 亜紀が言葉を切った。全員の頭上に、扇子を持った、どこかぽやっとした人物が浮かびあがる。 「民の為なら単身で大伴老に渡りをつけにいく大胆な人だよ。あの性格だと、非道を知ったら自分で乗りこみかねないね。だから飛鳥さんはボク達を追い返したのかな」 壁に背を預けていた中書令(ib9408)は先日の一幕を思いかえした。 「飛鳥さんは呂さんを含め、大切な方々を護る為に、敢えてあの形で仰ったのでしょう」 翡翠丹と呼ばれる蓮の実を手の内で転がす。 「元々、巻き込まないと決めていました。そして飛鳥さんは蓮の実には蓮肉を含むと教えてくれた」 蓮の実を握り、中書令は六条 雪巳(ia0179)へ面を向けた。ケロリーナ(ib2037)が雪巳へしがみついている。 「ふぐう、よかったですの、よかったのですの〜」 安堵の涙をこぼすケロリーナの背を雪巳はさすってやった。厳しい横顔のままで。 「……『まだ』私からは、瘴気の反応が出ませんでしたか。あの時飲まされたもの。混乱が消えたこと。もしいずれ、同じものになるのだとしたら……」 頭蓋を埋めつくす耳鳴りが鮮明に蘇った。背筋に冷たいものを感じ、雪巳は胸を強く押さえる。だが瞳へは決意が宿っていた。 「いえ、そうと決まった訳ではありませんね。まずは手を尽くさねば。そのためにも……」 ケロリーナの泣き顔を、エクターがハンカチでぬぐう。 「旅泰のお人に『巌坂で待つ』って呂おねえさまへのお手紙を渡しましたの」 彼女は飛空船の切符を、ぴっと取りだした。 ●朱春 当日 昼 「やあ結花さん。元気そうだね」 「体が資本ですもの。本日のご用件は?」 「手柄を横取りするつもりはないよ。むしろ手伝いに来たんだ」 ケロリーナに手紙を託すと亜紀は一行と別れ、蒼馬と玲を共に泰大図書館の調査と帝都での聞き込みを終え、朱春西を訪れた。提灯南瓜のエルはぷりぷり怒っている。 「あの記者ったら、うろ覚えなのに袖の下だけは要求するなんて。あれだけあったら点心がコースで頼めたわ」 「お願いしたのはこちらだからね、文句のひとつも言いたいけどさ」 亜紀は十年前の記事の写しを取り出す。わかったことはただひとつ。 「巌坂での事件か……ふーん」 (「呂さんのお母さんが引きこもったのも10年前。少し気になるな」) 知らずしわを寄せていた亜紀の眉間をエルがむにっと広げる。 凶悪事件は珍しいようで、役所の会議室には殺人事件対策室の看板がある。閑古鳥が鳴いてはいたが。捜査の名目を使い、官憲の事件簿をあたる。 「……そう。やっぱり、御隠居の所の下男だったんだね」 日記と日誌、その二冊をカバンの上から撫で、亜紀は黙祷した。 改めて資料をめくると、直近の犯罪はすべて夜間に発生したとわかった。最初の日付に眉を寄せる。倭文が家に忍びこんだ、その夜だ。窃盗も強盗も火付けも、家の近辺に集中しており、下男の事件以降さっぱり途絶えている。 (「倭文さんの話だと、死んだはずの下男が生き返ったみたいだね。これが蘇った人を滅ぼす為の方法?」) 亜紀は気になる箇所を読みあげた。 「心臓に二箇所の刺突痕。……一蓮教の葬儀の風習に似てる。結花さん知ってる?」 玲は周囲をうかがった。 「あそこを知っているのですか?」 「被害者の元勤め先がね、関わっているかもしれない」 玲は口元に手を添え囁く。 (「朱春東の御隠居のことかしら。ご隠居と下男は教団とは無関係、翡翠丹を売った薬屋もね。ただ、丹を買い集めていた豪商が居て、そっちは信徒よ」) (「独自に動いてたんだ?」) (「ええ、密偵ですもの。手柄の匂いがしたら調べます」) (「……キミ達、少しは協力しようよ。上司かわいそう」) お抱えでこれなのだから末端はどうなっているのだろう。亜紀はちょっと同情した。 (「その末端に一蓮教の信徒が多いの。あの人達、教義がアレなもんだから、資金までひっぱれるくらい協力的なのよね。それなりに歴史も由緒もある教団で表向きは無害だから静観されてるの」) 亜紀は考えにふけり資料に目を落とした。 「結花さん、下男の事件はもしかすると殺人じゃないかもしれないよ」 「どういうこと?」 「事件が起こる前にボクの仲間が、被害者の家でアヤカシを連れた小男に遭ったんだ。下男は小男に殺され、その後蘇ったと聞いたよ。それと本人は死亡前後の記憶が欠けていたってね」 「大精霊の加護でなければ、死者の起き上がりはアヤカシの仕業ね」 差し支えのない範囲で虹蓮花の話もする。 「蓮のアヤカシは、それなりにありふれているけれど……虹色の蓮なら、おとぎ話で読んだ気がします」 亜紀の脳裏に泰大図書館が像を結んだ。莫大な蔵書も。 ●巌坂 当日 夕 近くに宿を取り塀の手前で暁燕を待機させる。準備を整えた一行は偽物を隠し持ち、門をくぐった。門番が立ちはだかる。 「お参りですか、お見舞いですか。お参りでしたら信徒の証を」 「両方でござる。天儀からはるばるやってきたでござるよ。彼らはツレでござる」 刃を握ったまま霧雁は手製の銀鋏を出した。門番は鋏を見ただけであっさり通した。時間までごゆっくり、機嫌のいい挨拶を背中に聞きつつ、霧雁は鋏を背嚢へ入れた。 日は傾きかけている。見舞客が帰り支度を始めていた。小さな子どもが老婆の足にすがりつき大泣きしている。 「ママ、帰っちゃいや」 「また明日ね坊や。飴を買ってきてあげるから」 人の流れを観察し倭文は納得した。塀の向こうの町へ戻る人々が門へ向かっている。しばらくすれば列になるだろう。 (「なるほど、こりゃいちいち調べてたら切りがねェな」) 流れに逆らい一行は先へ進んだ。病棟の入り口に立つ警備が雪巳とケロリーナを監視していた。エクターが鋭い眼でにらみ返すと居心地悪そうに首をすくめる。 「コレットちゃんたら、いつもにまして怖いお顔」 「この地は既に危険な場所です。いつあの耳鳴りが響くやもしれません。私は常に戦場と心得てお嬢様をお守り……お嬢様?」 小声で返すエクターの脇をすり抜け警備兵の一人にとてとて近づくと、ケロリーナはおしゃまなお辞儀をした。 「こんにちはですの。呂おねえさまは、どちらにいらっしゃるかしら」 「緩和棟でしょう。この時間なら一般信徒の教化に行っているはずです」 警備の指差す先に、雪巳達は見覚えのある陰気な病棟を見つけた。美しい花々に囲まれているのに、のっぺりした壁にある小窓は採光も怪しい。雪巳はケロリーナと顔を見合わせた。中書令が首をかしげる。 「お心当たりが?」 「ええ、戚史さんのお母さまがいらっしゃいます」 いぶかしみながらも一行はひとまず本院へ向かった。朱塗りの院の入り口で信徒が受付に鋏を渡している。 (「刃の内まで見ているでござるな」) いかにも感心したように本院を見回し、霧雁は神官達の様子を伺った。志体を感じる動きをする者はいない。 懸念に顔を曇らせ倭文は拳を握った。 (「……一蓮教は虹蓮花の処分を受け持って見える。だが本拠の巌坂じゃ、夜は瘴気が溢れる。仮に株があるなら封じ切れていない?」) ちらりと雪巳を眺め受付に近づく。 (「意識がある間、抑圧される程に弱ってるか。それとも単に意識が奪い易いのか。何にせよ蟹男は虹蓮花を活性化させる心算。株があるなら、目を付けられるのは時間次第の筈ダ」) 「白倭文ダ。上の人に伝えてくレ。シオマネキみてェな男がアンタ達のお宝を狙ってるってナ。詳しい事は戚史が知ってル」 呂の名前を出すと、受付の神官は目を丸くした。倭文の話を手帳に書きつけ、奥に走っていく。一行は来た道をとって返した。緩和棟へ入り長い廊下を歩く。 「戚史のおふくろさんは何号室だっけカ?」 「四二号室ですの」 扉を叩いても返事はなかったが、ケロリーナ達は気にせず声をかけた。霧雁が信徒のよしみでと挨拶すると、カタンと小口が鳴り紙がでてきた。ぎくしゃくした字が並んでいる。 『ありがとうございます。明燕がいつもお世話になっております』 霧雁は首を回し隣の倭文にひそひそ聞く。 (「明燕とは、どなたでござるか」) (「……戚史だゼ」) (「おお見事に誤解されたでござる。やったでござる。いやここで動揺してはシノビの恥でござるな」) 都合よく話をあわせ霧雁は筆談に付きあった。開拓者に信徒が居ると知り警戒が解けたようだった。日頃からの感謝が次々と出てきた。開拓者達の協力を、それは我が事のように喜んでいる。霧雁はケロリーナの手から亜紀の手紙を取った。 「呂さんが泥沼にはまっているようで、拙者達はいてもたってもいられないのでござるよ」 小口から手紙をすべりこませる。封を切る音が漏れた。返事はなかった。夕暮れが辺りをあかがねに染めていた。 「また来るでござるよ」 その場を離れ一行は娘の方を探した。職員らしき女神官達とすれ違う。静かな廊下を進むうちに声が漏れてきた。 「……で、この値に生命の存在が可能となる範囲にある資源の平均数をかけると」 「だから、幸福を数値化ってのが、なんかもう無理にょ」 足を止め、倭文はすぐに病室の名札を確認した。 七三号室、参 梨那。 「参おねえさまっ」 止めるより早くケロリーナが扉を両手で叩く。しばらくして内側から開かれた。部屋に飛び入ったケロリーナは、寝台に座る見覚えのある姿に緑の瞳へ涙をにじませた。 「参おねえさま、ご無事ですのっ? 心配でしたの!」 「あっ、ケロリーナちゃん、雪巳さん! こないだはごめんにぇー」 「ふわーん、よかったですのよかったですのー!」 しがみつくケロリーナをあやす参。その向かいの地味で小柄な女へ中書令は眼差しを向けた。 「お会いしたかったですよ、呂さん」 呂はへらりと笑った。 「皆さんおそろいで」 「呂おねえさま! いきなり参おねえさまを閉じこめるなんて」 頬を膨らませるケロリーナに、彼女は今と、呂は一息置いた。 「傷の治りが極端に遅くなっています。ですから教母さまが絶対安静と判断なさいました」 呂はへらへら笑っている。中書令が半眼になった。参も不満そうにしている。卓の帳面には意味不明な方程式が並んでいた。理解できたのは一行だけ。 1+(−1)=0 雪巳は袖の陰で扇子を握りしめ、呂へ踏み出した。 「今お話を聞けるのは戚史さんだけです。飲まされた物の事、蓮の事、ご存知なら、どうか」 呂の笑顔が硬くなった。動揺を悟った雪巳は、さらに踏み込んだ。 「そういえば、一蓮教では女性の神官さんも多いのですか? 私に何かを飲ませた方、初老の女性に見えました。意図をお聞きしたい……可能ならもう一度お会いしたい」 参の膝から呂の袖をひっぱり、ケロリーナは必死に訴えた。 「参おねえさまも雪おにぃさまも、みんないなくなっちゃうですの! たすけてほしいですの! みんなを救う道はありませんの!?」 腕に絡んだ紐輪を見つめ、中書令は呂にだけ聞こえる声で呟いた。 (「戚史さん、本当にそれでいいのですか?」) 呂から笑みが消えた。杯のふちから水があふれた瞬間、呂は中書令を押しのけ走りだした。かちゃんと小さな音がした。 「戚史!」 後を追う倭文と逃げる呂、二人の足音が遠ざかっていく。すぐに職員らしき若い女神官が親切顔を装い様子を伺いにきた。 「見舞いでござるよ」 「もう鐘が鳴りますので、帰る用意をお願いしますね」 銀鋏を見せると女神官は錠はかけず扉だけ閉めた。草履の裏に固い感触を感じ、中書令はかがみこんだ。鍵だ。細長い鍵には『通用門』と札が付いている。 (「うう、空気が重いでござる」) 霧雁は内心胸をなでおろしていた。参と目が合う。背嚢から猫又のジミーが顔をだした。 「おうあんた、厄介な事になってんな」 背嚢にもぐり、参の銀鋏をくわえて出てくる。霧雁はそれを卓へ置いた。主人の隣でおとなしくしていた火ノ佳も寝台へ飛び乗った。参の腕に顔を寄せる。 「雪巳の技でも癒えなんだ珍しい傷を見せてたもれ」 「これ火ノ佳」 「ふむ、見事に痕になっておるな。軽い傷だと聞いていたぞよ」 火ノ佳を抱っこしたケロリーナを抱っこし、参は困惑していた。 「えらくピリピリしてるけど、どうしたにょ? 雪巳さんに何があったにょ?」 仲間と顔を見合わせ、中書令は懐から蓮の実をとりだした。 「参さん、こちらに見覚えは?」 蓮の実だと答えた参へ、中書令は入手の経緯を話した。瘴気を発すること、そして翡翠丹と呼ばれていることも。参は戸惑い、青く丸い実を凝視した。 「翡翠丹は巌坂でしか採れない蓮の実だにょ。収穫しても色褪せることなく青い、不老不死の象徴で……」 唇を湿し、参は続けた。 「それを食べるのが入信の儀だにょ」 雪巳の目が翡翠丹へ釘付けになった。嫌な汗がにじむ。雪巳は思わず参の肩をつかんだ。 「梨那さんは、虹色の蓮アヤカシを御存知ですか?」 「虹蓮……ああ、教典に載ってた気がするにょ」 「翡翠丹を飲んだ者は、侵食されアヤカシへ変じるかもしれないのです」 ぽかんとする参へ、雪巳は御隠居の件を一気にまくし立てた。 「実は東房での帰途、私とケロリーナさんは、梨那さんから瘴気を感じました。そして私も先日、巌坂で何かを無理やり飲まされました。状況から言って翡翠丹なのです。もしいつか、あの老人や……梨那さんと同じ事になるのなら、そうなる前に命を断たねばなりません」 肩で息をする雪巳を、参は笑い飛ばそうとして失敗した。 「……マジで?」 一通り話を聞き、参は寝転がり頭を抱えた。 「私からは瘴気が出て、雪巳さんは出てにゃいわけ? にゃんで!?」 憶測と推測を束ね、状況を絞り込むほど、あらわになる結論は。 雪巳はケロリーナの不安げな瞳に、苦渋に満ちた己を見つけた。深呼吸で激しい動悸を押さえる。何もかも疑わしい、だが、これだけは確かだった。 (「私はまだ此岸にいる。もし抑える術があるのなら……最後まで足掻きたい」) 中書令は複雑な胸中を伏せ事務的に口を開いた。 「翡翠丹と虹蓮花の関連を、現在調べています。両者に関わった人を中心に、不審な出来事が続いています。ひとつひとつは関連がないように見えるのですが、奇妙な符号があります」 「どんなにょ?」 「犯人が一様に、魔が差したと供述するなど」 参が色をなくした。うつむいて考えこみケロリーナを膝からおろす。 「それが本当なら、私は朱春の店に帰れないにょ。内緒だけどさ、明ちゃんのお店が潰れたのは、うちのオトンが一枚噛んでるにょ。まあ色々あって……」 言葉を濁した参は、だから私は明ちゃんを、もう一度お姫様にしてあげたいと呟いた。 「死ぬ前にオトンが言ってた。主人に謝りたい、魔が差したんだって。オトンは信徒じゃなかった、外の人だったにょ。私の周りに魔が差す人が出たら、きっと同じ事が起きる」 沈黙が落ちた。何も言えず霧雁は頭をかいた。 「雪巳さんが探してる人は、町のトップの戚夫人で間違いないにょ。私の頼みだって言えば本院にも入れるかもしれない。この芽切鋏はアンタ達で好きに使って」 卓の銀鋏を取り、参はケロリーナへ差し出した。 「何がどうなってるのか調べてほしいにょ、探偵さん」 銀の鋏に、ケロリーナの顔が映りこんでいた。今にも泣きだしそうに見えるのは、きっと表面がぼやけているからだ。 (「参おねえさまは、もう手遅れなのかもしれない。でも、そうでない光り輝く道のために……」) ケロリーナはドレスの裾をつまんでお辞儀をした。 「巌坂の真実に迫る! ですの〜」 銀鋏を受け取り、一行は部屋を出た。女神官が現れ、部屋に錠をかける。帰り道、四二号室前を通ると、中から封筒が滑り出た。添え書きがある。 『どうかあの子を助けてやってください』 封筒はずっしりと重かった。 ●一方その頃 暮れなずむ花園で、倭文は呂の腕をつかんだ。 「なァ、何を思ってる? 我達を何から守ろうとしてるんだ」 戚史は台本でも読むかのごとく早口でしゃべった。 「倭文さん、世界の幸福は一定量なんだよ。私の悲しみや苦しみは、どこかの誰かの喜びで幸せ」 「人の抱えられる分は決まってる。分けて良いんだよ!」 戚史の体が硬くなった。 「我の命はお前にやる。だから、自分の命も守れよ」 強張ったままの体を抱き寄せ、噛んで含めるように言い聞かせる。 「我は味方だ、明燕」 「……イヤ」 明燕が小刻みに震え、しゃくりあげた。 「イヤ、ダメ、計算が合わない、よくない、イヤ」 「明燕……」 「倭文さんの分が減るからイヤ」 モノクルの奥から涙があふれていた。嗚咽をこらえる彼女に脱力し倭文は小柄な体を抱きしめた。 「……ったく、泣きたきゃ泣いて笑いたい時に笑えよ、似合わねェ」 「よくない、倭文さんの分が減る」 しだいに強張りが解けていく体を包みこんだまま、倭文は続けた。 「……梨那殿を連れ出すと言ったら、オマエはどうする?」 戚史が凍りついた。倭文を突き飛ばし彼女は花園へ飛びこんだ。暗い花びらが舞い散る。 「どうぞ御心のままに」 呂は夕闇に沈んでいる。へらりと笑った気がした。 |