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■オープニング本文 ●裏の話 深夜、小さな診療所の庭に地味な風采の小柄な女が立っていた。 隣で白髪の小男が夜空を指差す。 「あの星が見えるか」 「うん」 「その隣にも星がある。どこにあるかわかるか?」 「左斜め下」 「けっこう」 小男は腕を組んだ。白い息を吐く。 「左目だけになったが視力は問題ないようじゃな。他も故障はない」 「巫女さんのおかげだよ、間(ジャン)先生。診察終わったし、もういいよね? 私、上皇さまのお傍に戻らないと。高檜さまも気がかりだし」 間と呼ばれた闇医者は呆れてため息をつく。 「これだから『地虫』派は。料金は実家につけておく。義眼代もな」 足音に闇医者は揉み手をして振り向いた。 すらりとした猫族が箱を片手に近づいてくる。短く切った髪はサビ猫風。姓は参、名は梨那(サン・リーネイ)。箱を間に渡すと女をにらみつけた。 「名誉にょ負傷おめでとう、明ちゃん」 不機嫌丸出しの声に女が小さくなった。参はきついなまりを隠そうともせず、とげとげしく続ける。 「上皇さま直々にょご依頼で、開拓者をかばって負傷。そにょうえ危険手当を辞退? うちにょ派閥まで噂きてるんですけど?」 「だって上皇さまの御心に瑕疵を残してしまったもの、手当なんて受け取れないよ。けど開拓者さんも大切だから後悔はしてない。それから、私は戚史だよ梨ちゃん」 「明ちゃんは密偵の鏡ですにぇー」 「戚史だってば」 間が箱の蓋をあける。びろうどの上に紫水晶をはめた義眼が並んでいる。間は灯火の下で女の前髪をかきあげ、残った左目と比べ自然な色合いを探しあてた。憮然とした面持ちで参は腕を組んでいる。 「そにょ紫水晶、あんたの実家で仕入れたから」 「へ、なんで?」 もう商売はしてないはずと女が言いかけたのを、参が遮った。 「たまたま、『ヒガラ』って薬師が安値で買ったのを、ひょんなことから、あんたのオカンが手に入れて、ちょうど、そこに居た私が買ったにょ。調べてみたら良質だったから、ふさわしい値段で取引したにょにゃ」 背を向けたまま鼻をすする。 「幼馴染に特攻される私にょ気持ちも考えてほしいんですけど?」 遠ざかっていくその背へ女はつぶやいた。 「……ありがとう」 ●おもての話 久しぶりに口にした宮廷料理は舌にくどく、腹に重い。 それでも目の前の弟は次から次へ口に運んでいる。『飛鳥』は食器を置き、弟こと泰儀天帝『春華王』をながめた。 「よく食べるな白鳳」 「体が持たないもの。アス兄こそ大丈夫なの。あまり寝てないようだけれど」 茶を飲み干し、王は卓に椀を置いた。兄の目元には薄くクマが浮いている。 「高檜の具合が芳しくない。夜泣きがひどくて、食欲もないようでな」 「そうだったんだ。今はどうしているの。『棗』さんはまだ床に伏せていると聞いたけれど」 「『呂戚史』が子守をしてくれている」 「手が足りないなら他の密偵もまわすよ」 飛鳥が首を振る。 「知らない人を見ると怯えるようになってしまった。体の傷は癒えたが、心の傷までは」 王の胸を、甥っ子のあどけない笑みがよぎる。人なつっこい子だったのに。顔を曇らせ、ひたと兄を見すえた。 「ねえ、『丸々』を開拓者に捜してもらおうよ。相棒が戻ってくれば高檜も元気になるよ」 飛鳥が目を伏せる。その相棒、赤もふらは奪還作戦の際、主人をかばって梁山湖に落ちた。それっきりだ。今はどこに居るかもわからない。 「……誘拐された高檜を無事に救出してくれた、十分だ」 「アス兄にとっても丸々は大事な家族でしょう?」 「泰国のため命を賭けてくれている開拓者に、私事を頼むわけにはいかない」 席を立った飛鳥は手荒に椅子を戻した。未練を断つように。脇に控えていた春華王の侍従長『考 亮順』が上着を差し出す。 飛鳥が去ってすぐ春華王は筆をとり合戦の報告書を並べた。侍従長を相手に口を開く。 「行方がわからなくなったのは知皆の近くであったな」 「然様で御座います」 「ならば町を目指したであろう。丸々は利口な子だ」 真剣な表情で報告を読み返し、手元にある依頼書の控えと照らし合わせる。 「知皆制圧は完了の由。安全を悟り顔を出すはず」 依頼書から一枚選び取った。 知皆調査隊の募集だ。町はまだ混乱のさ中にあり、狂気に憑かれた住人が残っている。 備考欄に墨を入れる。 『捜索願 小さな赤いもふら 人語を口にはしないが理解している』 肩を落とし、独り言のように呟く。 「職権濫用かなぁ」 忠実な侍従長はうやうやしく頭を垂れた。 「御心のままに」 ●どこかの話 まるまる 我輩は赤もふらである。名前は丸々。 高檜ぼっちゃんのお添い寝役である。 悪夢を食べるのはバクであるが、ぼっちゃんの場合は我輩なのである。 そのぼっちゃんと今は離ればなれになっているのである。一悶着と呼ぶには厳しすぎる事件の連続であった。今頃ぼっちゃんはうなされているであろう。 我輩は万難を排して馳せ参じ、ほっぺをすりすりせねばならんのである。 そんなわけで人の気配のする方へやってきたのであるが。 この『知皆』という城塞都市は、はずれであるようだ。 騒動が一段落したと見て、我輩は隠れ場所から顔を出した。 開拓者が町を制圧したようだ、ありがたいことである。 ひとまずどこへ行けばよいのだろうか。ぼっちゃんの手がかりを求めて道を進む。 小汚い町である。 大通りに面する建物は見た目だけ立派で、裏側には間に合わせのような家が並んでいる。 角には物乞いが居るし、路地や裏通りはゴミが散乱しており昼間から娼婦が立っている。 なんと言っても空気がギスギスしていて居心地が悪い。 我輩は吉兆の証たるもふらなのだが、汚物のように扱われるとは新境地である。まったくうれしくない。 広場をいくつか通りすぎた頃、小さな影が我輩を指差し声をあげた。 子ども、ぼっちゃんと同じくらいの年であろうか、その子は我輩を見るなり背を向けて走り去った。 しばらくして何人もの子ども達が集まって来た。手に手に棒を持って。 「へんなもふらが居たよ。きっとカイタクシャの手先に違いないよ」 「カイタクシャが王様をいじめに来たよ、やっつけなくちゃ」 「僕らが王様を守るんだ」 物影で息をひそめながら、我輩は子ども達の顔色をうかがう。 狂気に憑かれているかのように彼らは我輩を、敵を、探し求めている。 何が起きているのか知る由もない。だが、これだけは理解できる。 こんなところにぼっちゃんが居るわけない。 居てはならない。 |
■参加者一覧
叢雲・なりな(ia7729)
13歳・女・シ
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
山茶花 久兵衛(ib9946)
82歳・男・陰
呂 倭文(ic0228)
20歳・男・泰
セリ(ic0844)
21歳・女・ジ
嘉瑞(ic1167)
21歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● 重い荷車を押し湖から山道をつたい、一行は知皆の入り口へ。 狼の血を引く忍犬、紅葉が新米主人の白 倭文(ic0228)を見上げ、鼻を鳴らす。 「丸々の匂いはここで途切れてるカ」 忍犬、成も主人なりな(ia7729)に首を振った。なりなは破壊された正門を見上げる。 「先の正門突破で荒らされちゃってるね、見張りもいないし」 「中に入ってからも頼んだゾ紅葉」 飛鳥の外套を羽織る倭文に、忍犬は心得た様子でうなずいた。 「……よし、行くよ」 十野間 月与(ib0343)が両の頬を叩くと二本の幟を荷車に立てた。泰国の紋の下、墨痕鮮やかに『春華王』『炊出・配給』の文句が踊る。後ろを押していた神座早紀(ib6735)と相棒からくりの月詠が脇道にそれる。腰で揺れているのは高檜の長袍の切れ端と天儀独楽だ。 「私達は丸々さんの捜索に入ります。陽動の方はお気をつけて」 嘉瑞(ic1167)も手を振る。 「俺は裏通りをいかせてもらうよ。怪我をしない程度に人目をひきつけておくさ」 荷車を後ろから押す山茶花 久兵衛(ib9946)が、荷台を見上げた。 「おい太郎、降りてこい。少しは荷を軽くしろ」 猫又の太郎が荷から飛び降り、主人の周りを巡る。彼と中書令(ib9408)、相棒からくりの睡蓮、鼎も車を引く月与を手伝った。 早紀について表通りをそれたなりなは、後ろの仲間を振り返った。 「セリ、頑張っていこーね!」 うなずいたセリ(ic0844)が泣き腫らした瞳をこする。相棒駿龍、フクロウの姿はない。本当の依頼主の護衛を命じ置いて来た。それは、こみあげる後悔の代償だったのかもしれない。思い返す彼女の手にも、長袍の切れ端があった。 肌寒い部屋の中、うつむいているのはセリだ。 父の後ろから高檜が彼女をのぞいていた。飛鳥はかたくなに視線を合わさずにいる。 「白鳳の計らいですか」 「……あのまま、高檜や丸々や戚史に会わないなんて、絶対嫌」 「お気持ちだけ受け取ります。白鳳には私の方からよく言っておきますので」 「旦那」 倭文の固い声が刺さった。 「気にするなって割にアンタが身分気にし過ぎてねェカ? 開拓者も色々だが、少なくとも我は探させてくれるのが有難イ。それに、大事なモンの為にある物何使おうが良いダロ」 なりなも胸を張って前に出る。 「あの子の事は私も最後見捨ててしまったって責任を感じてる。だから今回の依頼は渡りに船さ!」 やる気を見せるその隣でセリも、とつとつと思いを告げた。 「今の私に出来ることは本当に少ない。皆みたいに色んなことは出来ないし、凄い技が使えるわけでもない。けど、どうしても助けたいから来たの。……飼い主の貴方達から私達に、丸々を探す許可をちょうだい」 両の拳を骨が浮き出るほど握り、断罪を求めてセリは高檜の前に立つ。高檜は力なく首を振った。 「……父さんが、諦めろって言ったから」 語尾が震え、飛鳥の後ろに身を隠す。 「つまり泣き寝入りだ」 嘉瑞が口元をゆがめた。 「丸々だか何でも良いけど、落としてきたものは拾ってこないとね。ところがきみときたら探そうともしちゃいない。俺たちが集まったのは、足長おじさんが気を利かせてくれたからじゃないか」 「嘉瑞さん、言いすぎです」 たしなめる中書令を鼻で笑い、高檜をのぞきこんだ。目が笑ってない。 「父上の影に隠れて、不平だけは一人前。……挨拶くらいできるだろ? 礼儀のないガキは嫌いだよ」 嘉瑞の促す声に、高檜は慌てて皆へ頭を下げた。 中書令もお辞儀を返し、一言断ると琵琶を手に心を癒す調べを奏でる。場の雰囲気がわずかにほぐれたのを見計らい、高檜に水を向けた。 「丸々さんには私達がわからないかもしれません。持ち物をお借りしてよろしいでしょうか」 高檜が飛鳥の顔色を伺った。無言のまま肯定をもぎ取り、奥の部屋へ走っていく。残された飛鳥を相手に久兵衛がひげをしごく。 「てて殿、そう意固地になるものではない。ずっと家族三人だけで隠れて暮らしていたのなら、きっと同じ年頃の友人など、いないのだろう。もふらは家族でもあり、友人でもあったのかもしれないな。さぞや心細いことだろう」 戻ってきた高檜を前にしゃがみこむ。子どもの手にはおもちゃが握られていた。 「天儀独楽か。上手く回せるかな」 「うん、これで遊んでるとね。丸々が喜んで、すぐ寄って来てね、それでね……」 言いながら独楽に紐を巻いていく。途中ではずれてたわんだ紐へ、頬をつたったしずくが落ちた。久兵衛に独楽を押し付け、高檜は道具箱に飛びついてハサミを取り出し自分の長袍の裾を切り刻みだした。 「高檜さん!」 早紀がその手からハサミを取り上げようとする。むずがるように首を振り、高檜はちぎった服の切れ端を早紀に突き出した。 「これも持って行って! 丸々ならきっとわかる、だから、だからいいよね父さん。いいよね?」 吐息をこぼし、飛鳥はうつむいた。真っ赤になった目元を覆う。 「丸々を探してください。大事な家族です。……お願いします」 早紀が高檜を見つめた。涙で濡れた瞳の中に自分が映っている。 (「私も、似たような事で男の人が苦手になりました。私は未だに克服できていませんが、高檜さんにはそうなって欲しくない。……笑顔を取り戻してほしい」) 小さな拳を包み、早紀は力強くうなずいた。 「必ず丸々さんをお連れします!」 ● 表通りは閑散としているが、窓の隙間や路地から鋭い視線が飛んでくる。車を押しながら久兵衛は喉を鳴らした。 「虎穴にいらずんば虎子を得ずというが、虎口へ向かっているようだな。俺の背筋もほどよく伸びることだ」 荷車に腰かけたまま、中書令は一心に琵琶を爪弾く。安らいだ旋律が知皆の人々の心へ届けばいいと願いながら。敵意のこもった眼差しを感じつつ彼らは広場へ至った。月与は荷をおろすと風除けで車に調理場を作り、仕込んでおいた鍋を七輪にかける。叉焼包、甘酒、飴湯、腹へ訴える香りが漂いだした。 「睡蓮、火の番をお願い。仲間以外は絶対に誰も近づけないで」 「かしこまりました女将」 飢えに勝てず集まって来た人々を中書令はながめた。 「物はほしいが手を出すのは怖い様子。毒を盛られるとでも思っているのでしょうか」 ひときわ高く琵琶をかき鳴らす。 (「楽の音よ、今こそ精霊の声となれ。縛られし人々の心を解き放ちたまえ」) 涼やかな唄が響きわたる。やがて人の輪から、女が一人進み出た。腕に幼な子を抱えている。 「偽王でも本物でも何でもいい。この子に食べ物を」 ぐったりした子どもが瞳だけ動かし月与に助けを求めた。月与が荷車を振り返る。 「中書令さん。汁粉をお願い」 「かしこまりました」 曲を続けながら鼎に目配せする。相棒からくりはお湯で割った携帯汁粉を子どもへ差し出した。 「ゆっくりお飲みください」 汁粉をすするうちに、子どもへ生気が戻ってきた。月与は女に香辛料を利かせた五穀雑炊を手渡す。 「うめえ。うめえなあ」 人間らしい食事に泣きながら舌鼓を打っている。そんな親子の姿に月与は鼻の奥がつんとしてきた。 「……ありがとう。あたい、料理には自信があるんだ」 七輪を前に睡蓮が無表情のまま応えた。 「女将の料理は私の回路も震わせます」 「煙が目に入ったみたい」 袖で目元をぬぐい、月与は明るい調子で声を張りあげた。 「さあ並んで並んで! 春華王さまの御心を受け取ってちょうだいな!」 春告げ鳥の呼び声に人が進み出て列になった。だが一部は救援物資を前に目をぎらつかせている。こっそり伸ばされた手が、突如地を割って生まれた白い壁に塞がれた。 「天帝の慈悲を横からかっぱらうなど笑止千万。ま、気持ちはわかるが」 逃げ出した輩はそのままに、久兵衛は結界呪符から飛び下りた。 「おい十野間の、奥へは俺が回ってくる。施しを続けるならここを動かんほうが良い」 中書令も頭巾を深くかぶり修羅の証である角を隠す。 「私も姿を変えて奥へ参ります。手が足りないようですので鼎は残していきます、御用心ください」 「二人ともお願いするわ。赤いもふらを見なかったか聞いてね」 「承知承知」 久兵衛が手持ちからぬいぐるみのもふらを取り出し放り投げる。ぬいぐるみは猫のように回転し着地した。赤銅の鐸を打ち鳴らし表通りを歩いていく久兵衛。猫又の太郎が後ろ足で立ち、おどけた仕草でついていく。 「ぼっちゃんじょうちゃん。旅芸人は見たことあっても、旅陰陽師はどうだ。種も仕掛けもある不思議をお見せしよう」 路地の影には、我が目を疑っている親子や、驚きつつも釘付けな子どもの姿がある。近くに居た男の子の元へ、人魂が変じたピンクのリスが走っていく。お腹の袋からキャンディを取り出すと、あぜんとしているその子に差しだす。 が、逃げられた。 (「怖がらせてしまったか。守るべき大人がささくれだっていれば是非もなし」) 次の広場についた久兵衛は白壁を呼び出し、上に陣取った。調子っぱずれな歌を歌い、鐘を鳴らし続ける。ひかれてやってきた子ども達へ、太郎と人魂リスが愛想を売る。 警戒を解かない彼らの間から仏頂面の女の子が顔を出した。女の子はリスから飴を受け取り、匂いをかぎ日に透かして頭をひねっていたが、思いきって口に入れた。目が輝く。毒ではないとわかったようだ。 それを皮切りに子ども達がわっと押し寄せた。壁から飛び下り、久兵衛は懐を探る。 「飴はまだまだ残っているとも。おもちゃはどうだ、お手玉も毬もあるぞ。天儀独楽はできるか」 自然と好々爺の笑みになる。踊るぬいぐるみに毬の相手をさせ、人魂リスがお手玉に混じる。天儀独楽を手にした子が、ぬいぐるみをじっと眺めていた。 「ほう、独楽に寄ってくるおかしなもふらを見かけたとな。……その話、詳しく聞かせてもらえるか」 視線を鋭くした久兵衛は手で合図し、猫又の太郎を走らせた。 ● 裏道を歩いていた嘉瑞は窓ごしに住民と目が合った。鎧戸を閉められる。 「感じ悪い町だねぇ。とって食おうってわけじゃないんだからさ」 ゴミを蹴飛ばしながら進む。表通りから離れるほど治安が悪くなっていくようだ。ぐねぐねした通りを行くうちに、二人組の男を見かけた。そろって大きな袋を抱え、しきりに周囲を見回しながら先を急いでいる。彼らに追いつき、嘉瑞は声をかけた。 「やあ、おつとめ御苦労さん。俺は開拓者だ。偽王のことを探っているんだが……」 「ひいい!」 足をもつれさせ逃げ出す男たちに嘉瑞は鼻白んだ。脚力を活かしてがらくたの上を走り回りこむ。 「荷物検査に協力願うよ。安心するといい、変な物があっても見逃すさ。赤いもふら以外はね。……ちょっと、暴れないでくれるかな? これだからこの町は」 必死に荷をかばう男たちから袋をもぎ取り、嘉瑞は唇を尖らせた。 「なんだ、十野間さんの配給じゃないか。ご協力感謝。……何をそう怯えてるんだい」 返してくれと涙ながらに訴える男達に頭をかく。その時、横道から飛び出た男が、嘉瑞の頭を棍棒で殴りつけ袋を奪った。 「痛ぅ……追剥ぎか、なるほどねぇ。きみたち、ここで待ってるといい」 風を切り、みるまに賊へ迫ると、嘉瑞は足をはらった。天と地がひっくり返り、追剥ぎは仰向けに倒れる。嘉瑞はその男の鼻下、人中へ爪先を置いた。 「俺はねぇ……体面ばかり気にしてる父親や、めそめそするガキの相手をして、少々不愉快だ。……憂さ晴らしの相手をしてくれてもいいんだよ、きみぃ?」 真っ青になった追剥ぎは泡を吹いて気絶した。袋を取り返し二人組に渡してやる。 その時、路地の向こうに仲間の姿を見かけた。空振りだと仕草で伝え、嘉瑞はぶらぶら歩きだした。 「さてさて、正義の味方でもしていようかなぁ。危ない事はしない主義なんだ」 彼に手を振り、セリは地図に印を入れた。 「この地区はこれでおしまいね。次はあっち」 「うう、見るからに剣呑な雰囲気。なるべくケンカしないようにしようっと。一般人をケガさせたくないしね」 成を連れたなりなが泰服の襟元をかき寄せる。先んじて進み、人影へ近づいては聞き耳を立てる。 「イライラがビシバシ伝わってくる……。この町、居るだけで疲れちゃうなあ」 住人が目を逸らした隙にセリと走りぬける。なりなは先に見かけたもふらを思い浮かべた。 「赤くて小さな丸々ちゃん。ご主人様が待ってるよ」 高檜から借りた天儀独楽を揺らしつつ道を行く。 別の道を早紀と中書令が歩いていく。人を見かけると精霊への祝詞と楽の音で心の棘を抜いて行く。謳いと楽の音は路地を抜けて遠くまで響き、二人が思いもよらない数の人の気を引いていた。 蛇のような目をした女が後ろから近づき、町の解放を寿ぐ早紀の背を狙った。寸前でみぞおちに拳がめりこむ。 「加減したつもりだったんだガ」 昏倒した女を抱きかかえ、距離を取って二人を護衛していた倭文が頬をかく。中書令が旋律を子守唄に変えた。 「早紀さん、お願い致します」 「知皆の地にかむずまります精霊たちよ。祓いたまえ清めたまえ……」 女が穏やかな表情になる。早紀と男二人の間に割っていた月詠が、配給品から長襦袢をとりだし毛布代わりにかけてやる。 「どうする早紀? このまま放っといたらこいつ、身ぐるみどころか命ごと持っていかれちまうぜ」 「そうですね月詠。……人が信用できない、それだけでこんなに困った事になるなんて」 中書令がばちを腰に差した。 「私がこの方を表通りまでお連れいたしましょう。月与さんも久兵衛さんも、いつ暴徒に襲われるとも限りません。眠りを誘い無用な被害を食い止めるのも捜査官のつとめです」 中書令は眠る女を背負い、来た道を戻って行く。入れ違いで太郎が走ってきた。早紀に飛びつき伝言を告げる。 「この先の三叉路で、子どもが丸々さんらしきもふらを見かけたのですって。急ぎましょう倭文さん」 走り出す早紀。太郎はちゃっかりその腕に腰を落ち着けている。 問題の三叉路にはがらくたが積まれていた。倭文はしゃがんで荷車や木箱の下をのぞき、紅葉の頭を撫でる。 「赤もふらを探してくレ。頼りにしてるゾ丸々……睨むナ。今回だけそういうことにしてくレ」 「丸々さんは近くに居るはずです。居てください、お願いします」 心細げな早紀の肩を叩き、月詠は太郎の襟首をつかんだ。 「いいかげん早紀から離れろ、このスケベ猫又」 太郎をぶらさげたまま物影をのぞき、眉をしかめた。踏み荒らされた土の上、かすかに血痕がある。足跡は石畳の上で途切れている。紅葉が駆け寄り、しきりに嗅ぎまわると高く吠えた。 紅葉に先導させた先では、柵の向こうで暴徒に襲われるなりなとセリの姿があった。 「月詠!」 「おらよ!」 主人を抱き、月詠が柵を跳び越した。続いて紅葉が飛び越え、倭文は勢いを乗せて柵を叩き壊す。 「セリ殿、一度引ケ!」 「待って丸々が! 向こうに居るの!」 「何言ってるの傷だらけじゃん!」 なりながセリを押しやった。彼女を抱きとめた早紀の体から青い粒子がほとばしる。セリとなりな、そして暴徒の傷も癒していく。印を結び、決意を込めた瞳が炎を揺らした。 「狂気よ去りなさい。無益な殺生は許しません!」 解術の法を受けた人が力を失い倒れる。人波の向こうでは成が、物影の何かをかばい牙をむいていた。紅葉が足元を縫い成の加勢に向かう。忍犬を狙い振り下ろされた鎌を倭文の手刀が叩き落とす。 「俺の子に何をする!」 とまどった住人へ当身を食らわせ気絶させる。なりなも拳を固めた。 「丸々! 高檜君はちゃんと無事。後は君が帰ってあげるだけだよ!」 セリが助走をつけて飛びあがり、忍犬のそばへ着地する。物陰で、もふらは虫の息だった。青ざめた彼女に暴徒が襲いかかる。両手を広げ、なりながセリを守る。 「今度こそ無事に帰らせる。それがあたし達にできる事! セリの邪魔なんて、させるもんか!」 なりなの叫びにセリは激しく首を振り、折れそうな心を立てなおした。 「早紀、手荒になるけど、ごめんね」 セリの鎖鞭が緑の燐光をまとった。マノラティをまとった鞭が伸び、気づいた早紀が手を伸ばす。一本釣りされた小柄な巫女の体をセリが受け止め、倭文となりなが壁を作り忍犬達が吠え立てる。 早紀はしゃがみ、取り出した薬をセリに押し付けた。 「生死流転の法で丸々さんを繋ぎ止めます。その間にこれを飲ませてください。あなただけが頼りです」 返事も聞かず早紀は印を組む。 「……使わずに済めばいいと思っていたのに」 そう呟き、彼女は謡いだした。気道を確保し、セリは小さな口の奥に薬瓶を押し入れた。口の端から液体が垂れ落ち、地面を濡らしていく。 「お願い、飲んで! 今の高檜には丸々が必要なの!」 長袍の切れ端を手に叫ぶ。もふらの喉が動いた。乳を吸うように力強く薬を飲み出す。早紀が謡を言祝ぎから癒しへ変えた。 瓶が空になった頃、もふらが目を開けた。暴徒を鎮圧した彼らを見上げ、長袍の切れ端と、ぼっちゃんの天儀独楽を目にして立ち上がり、よろめきながらセリの腕へたどりつく。 ころんと転がった。あわてて皆がのぞくと、もふらは安らかな音息を立てていた。おずおずとセリは早紀に問うた。 「助かったの?」 「ええ、ゆっくり休めば大丈夫です」 くすんと鼻をすすった主人を月詠が後ろから抱きしめる。セリは顔を上げた。なりなの頬に涙がつたっている。 「今度は助けられたね。……うれしい」 「なんで泣いてるの」 「セリだって泣いてるじゃん」 二人は吹きだし、涙をボロボロこぼしながら肩を叩き笑いあった。 ● 「いいの、余ったのは置いていくよ。調査団に連絡とってくれてありがとう。こっちは現金。縁者を頼ってよそへ行く人のためよ」 呂を前に月与は忙しく仕分けをしている。別途編成された調査団が近くまで来ているらしい。眠る丸々を荷車に乗せ、代わりに物資を下ろす。懐を気づかう呂へ月与は微笑んだ。 「これは日頃から被災者の為に備えてきた品だからね、戚史さんは気にしちゃダメだよ。あなたにお役目があるように、あたいも心に決めてる事があるんだ」 呂が頭を下げ、小さな鈴を差しだす。 「これ、私が旅の時よく使うやつです。中書令さんも、よかったらどうぞ」 「いただきます、今日のこの日の記念に。私の唄がこれほどに人心を揺さぶるなど吟遊詩人としても感慨深い依頼でした」 中書令は引き続き穏やかな旋律を奏でる。彼の瞳には、憑き物が落ちたように落ち着き、秩序を取り戻した住人が映っている。 「戚史殿」 「うひょわっ」 後ろから肩に手を置かれた。 「もうちっとかわいい悲鳴はあげられねェのカ。ほらこれ、差し入れダ。高檜と茶でもしばけヨ」 呂の頭にあごを乗せながら倭文は南瓜月餅を差しだした。 「……身代わりありがとナ。でも自愛してくれ、これじゃお互い命が足りねェ」 「そうですよ呂さん。簡単に背後をとられるなんて、ダメダメです」 早紀が呂にリボンを巻いた小さな包みを押しつける。開くとモノクルが入っていた。 「使ってください。良い方の目につければ義眼が目立たないかも。……あなたのお役目のことは知ってます。でもそれを私達が受け入れるかは別の話です」 軽くなった荷車がごとごと動き出した。看病の名目で、久兵衛は太郎と車に乗っている。 「しかし、てて殿は真面目というか融通がきかんというか。酒の飲み方でも教えてやらにゃいかん」 丸々の寝顔をながめ、セリはなりなへ笑いかけた。 「誰かの役に立ちたいって、ここまで思ったの初めて。開拓者にならなかったら、こんな気持ち知らないままだったかも」 「あたしはひやひやしっぱなしだったな。けど、終わりよければすべてよしだよ」 嘉瑞が首をめぐらせた。調査団の姿を認め、手をあげる。 「さて、高檜を叱りに行くかねぇ。弱いガキは嫌いだから……引き篭もってる暇があるなら、護れるように強くなるんだねってさ」 |