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■オープニング本文 ●おもてのはなし 今日のこと --------- 旅泰(りょたい) 天儀における我が国の交易商人の呼称。 『泰国大辞森』より --------- 「聞いてください。私、一国一城の主になりましたー!」 流れの旅泰in開拓者ギルド。 バンザイしているのは地味な風采の小柄な女だ。長い髪を無造作にくくっている。姓は呂、名は戚史(リウ・チーシー)。 相手をしているギルド職員は心底嫌そうな顔をした。 「まさか屋台でもゲットしたんですか。商才がぶっちぎりマイナスなあなたが」 「そのまさかなんですー。し・か・も、飛空船なんですっ! 貨物室はおそまつなんですけど、快速船仕様で地上でも離着陸可能で、甲板が屋台になるようになってて、それでそれでー」 「でも、お高いんでしょう?」 「ちょっと、だいぶ、かなり、背伸びしちゃいました」 「ご利用は計画的に。あなたもいい大人ですからね。財布の中身をどう使おうと自己責任ですよ。で、本日のご用件は?」 「さっそく理穴の『豊穣感謝祭』に出店しようと思ってるんです。 理穴って魔の森から解放されたらしいじゃないですか。旅泰仲間でも有名でかなりのホットスポットなんですよー! 今どうなってるのか知りたいなーって」 --------- 豊穣感謝祭(ほうじょうかんしゃさい) 理穴首都、奏生で秋に行われる市。 城近くの一般道を会場にする。 果物類、野菜類が多く扱われ、柚子やその加工品が名物となっている。 新鮮なものから乾物や漬け物が扱われ、唐辛子など香辛料も持ち込まれる。 寒冷な理穴において本格的な冬に備えた実用的な市である。 『泰国大辞森』より --------- 「現地でいろいろ買いつけて、加工したり調理したり、手を加えて売ればガッポガポですよー。 ちなみに私は不器用です。軍資金なら出せます」 「話が読めて来ました」 「じゃあ依頼書作ってください」 「はいはい。あちらの人たちは質実剛健、実用重視ですから。ただ仕入れて並べるだけじゃ客はつきませんよ? 何か目を惹くようなことをしないと」 かくしてギルド掲示板に一枚の依頼書が張り出された。 ●うらのはなし 昨日のこと --------- 密偵(みってい) 秘密裏に組織や人物の情報を集めること、あるいはその人。 間者、工作員、スパイ。 『泰国大辞森』より --------- 「おじさん、この請求書、何?」 0がずらりと並んだ紙切れ片手に問い詰めるのは、呂。 カウンターの向こうで壮年の男が鍋を振って笑った。 「ジャン先生とこの治療費に決まってるじゃねえか」 「なんでオカンのとこに行ってるのよ!」 「取れるとこから取るのが基本だろ」 「知ってた! 私だってそうするけどね!」 叫ぶ呂の左足には古傷がある。闇医師の間(ジャン)先生は腕は確かだが治療費が法外なのだった。店主の張唯心(チャン・ウェイシン)はカニ炒飯を出し、からから笑う。 「おかげで早駆けできるようにまで戻ったじゃねえか。ひきずるのはもう治らないみたいだが」 「まあねー」 「ついでだ、天堂(ティントン)老師に一から鍛えなおしてもらえ」 「それは嫌……」 地獄の日々を思い出し、呂はぶるりと震える。箸を取り小鉢をつつくも上の空、頬杖を付いた。 「そろそろ表で稼ぐあて見つけないとねー。実家の借金もあるのに。このままじゃお役目に支障が出ちゃう」 「泣きついてくれてもいいんだぜ」 「仲間に迷惑かけたくないって思ってるんだからね、これでも。陰殻の件でやっと恩返しできた気分だったのに」 小さな泰料理屋の奥で呂は頬をふくらませた。昼時も過ぎ、店からは客が引けている。張は懐から紙束を取り出す。 「お前の商才の無さはみんな諦めてるさ。その分しっかりやってくれ。我ら『地虫』のお役目を」 --------- 地虫(じむし) 1)泰国における地中に住む昆虫の総称。 2)身分の低い者への蔑称。 3)春華王お抱え密偵集団の一派。 『 』より --------- おもむろにカウンターへ広げる。呂が息を呑んだ。 改造小型飛行船の設計図だ。地上でも離着陸が可能で、甲板が屋台になるよう仕組まれている。造りからして積載量より速度を重視しているようだ。おそらくは仕入れた品を、そのまま売りにいくのに使われるのだろう。 呂が驚いたのは姿形だ。陰殻の山奥で大破したものにそっくりだった。乗務員はアヤカシに襲われ全員死亡、その中には友もいた。 目を丸くしたままの呂に張はうなずいてみせる。 「別働隊が識別プレートと動力宝珠を回収してくれてな。ガワは新築だが、プレートと宝珠はそのまま使わせてもらっている。貰い手はもう何人もいるが、お前に話を通しておこうと思ったんだ。どうする?」 「どうするって、私の商才じゃ、維持できるかもあやしい……けど……」 呂の中で理性と意地がぶつかり、火花を散らす。 やがて呂は、あごをぐいとつきだした。 「やる」 満足そうにうなずき、張はもう一枚紙切れを差し出す。 「理穴じゃ豊穣感謝祭の時期だ、試運転してきな。『土産』を期待してるぜ」 手にした紙には市の詳細がずらりと書かれている。一見、なんの変哲もない。 だが内容を読み取った呂は、大きなため息をついた。 「おじさんって、ほんと人使い荒いよねー」 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
呂 倭文(ic0228)
20歳・男・泰
セリ(ic0844)
21歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●にいはお理穴 飛空船の扉を開いたセリ(ic0844)が動きを止める。 「すっごい……!」 理穴の首都、奏生はその日、水晶の中に居るような秋晴れの空だった。乗務員室の小さな窓からはうかがえなかった雄大な蒼。 「どいてくレ。出られないんだガ」 白 倭文(ic0228)のあっさりした声にセリは頬をふくらませる。 「今そうしようって思ってたんですぅー」 甲板の上に飛び出し、両手を組んでめいっぱい背伸び。ぷるぷるふるえてくるまで伸ばしに伸ばしきったら、一気に脱力、深呼吸。澄んだ空気が体に満ちる。 「さーて、いっぱい売るわよー♪」 元気チャージ完了、右手を振りあげ選手宣誓。通りすがる祭り客が銀髪美女の登場に、物珍しげな視線を投げかけていく。 「こっちじゃまだ私みたいなジプシーって少ないのかしら?」 「弓術士のお国柄ですからね。あなたの舞は人目をひくと思いますよ」 乗降口を抜けた六条 雪巳(ia0179)が淡く微笑んだ。 羅喉丸(ia0347)も左右を見回す。 「豊穣感謝祭か、今年は賑やかなんだろうと思っていたが予想以上だな」 口ぶりに喜色がにじんでいる。 「来てよかった。いいものだな、市井の活気を耳目で味わうというのは」 大通りは既に人で混みあっている。そこここに新鮮な野菜やみずみずしい果物が並んでいる。店先に並ぶ様々な食材に上機嫌なのは十野間 月与(ib0343)。 「まあ、あちらの柚子はつやつやしてまるで磨いた玉のようね。香りも上品だし、うちの小料理屋にも持って帰りたいくらい。どんな風に料理に使おうかしら。楽しみだわ、そう思わない?」 両手で頬をおさえて、にこにこしている月与に、地上に降りた神座真紀(ib6579)も拳を握る。 「せやな。なんや年甲斐もなくワクワクしてきたわ。妹の受けた恩を返す機会が早速やってきたで。呂さんが大儲けでけるよう頑張るで!」 飛空船を振り向き、天に向かって拳を突き上げる。倭文に付き添われて姿を見せた呂も拳を掲げる。 「私にできることをしただけですってば。けど大儲けは大賛成です!」 「そうね、がんばろー! たくさん売って黒字を目指そうね」 セリも笑顔で呂に挨拶をする。口調はフランクだが会釈は忘れない。依頼人への礼儀は心得ている。 つくづく飛空船をながめる倭文。細身な船体は真新しい木で組まれ、留め金も金具もさびひとつない。 「えらくはりこんだナ戚史殿。ぶっちゃけいくらしたんダ?」 「あっ、干ししいたけですよ倭文さん。じっくり戻して作った湯(タン)が美味しいんですよねー」 「言いたくねェんだナ」 肩をすくめた倭文は船体にまだ名が刻まれてない事に気づく。 「船の名前は?」 呂は頬をかいた。 「まだ登録は済ませただけなんです。そうだ、よかったら皆さんのお知恵を拝借させてください」 言われて集まった一同、船を眺める。見れば見るほど目の前の旅泰には過ぎた逸品だ。船はいい仕事している、船は。 羅喉丸は頭を振った。 「急に言われても思いつかないな。名づけは大切な儀式だ」 「我もダ。イチ抜けタ」 倭文も白旗をあげる。その隣で考えこみすぎてセリは顔が真っ赤になっている。真紀が苦笑しながら肩を叩いた。 「そない気張らんでもええねん。こういうのは縁起物にちなむのが相場やで。旅泰さんの船やから、財宝の神様からとって『弁天丸』ってどない?」 雪巳も首をひねる。 「縁起物、そうですねぇ……空を翔け運気も上がるように『翔揚丸』(しょうようまる)とか、鯉の滝登りの故事にかけて、『鯉瀧丸』(りろうまる)とか。船の名付けというのも、なかなか難しいものですねぇ」 そこまで言って雪巳は呂に視線を合わせ会釈をした。 「戚史さん、飛空船入手おめでとうございます。先日の屋台の分も合わせてご挨拶いたします。今後のためにも、ここでしっかり稼がなくてはいけませんね」 呂もぺこりと頭を下げる。 「お世話になってます。そうなんです、維持費がしゃれにならな、いえなんでもないです」 その様子に月与が微笑んだ。 「先日の屋台でお手伝いしたのも何かの縁だしね。まさしく”新たな船出”ともなれば、力になってあげたいしね。名付け……そうねえ『燕結夢』(ヤン・ジェ・モン)はいかがかしら」 月与は白木の船を優しいまなざしで見つめた。 「商売の縁起物の燕。その俊敏かつ優雅に飛翔する姿を速度重視のこの船に見立て、商いを通じて人と人の間を結び、夢が実現されるように……との祈りを込めて」 「むむむ。どれもすてきな名前です」 今度は呂が考えこんでむーむー言っている。セリが手持ちから光るものをとりだした。 「悩んだ時はこれ!」 白い手のひらにちんまり座る水晶のサイコロ。きらきら光っている。けれど差し出した本人が重大な事態に気づいた。 「あ、名前が4つでこれは6面だから、うーん」 「では俺の、いつも持ち歩いてる、賽子を」 羅喉丸が手持ちから賽子をセリに渡す。何故か重さを感じない。 「これ反重力発生してない?」 「賽子としては保障する。他は保障しない」 「こんな珍しい物で占えるなんてラッキーね。行くわよー!」 どの目がどの名まえになるかざっと決めて放り上げる。蒼天に溶けた賽子は受け皿へ吸いこまれた。真紀がのぞく。 「8やな」 倭文ものぞきこむ。 「割る2して4」 「ということは」 雪巳が振り向いた先で、月与がはにかんだ笑みを浮かべる。 「燕結夢ね」 呂は背伸びし、筆で船体に名を入れた。 「これからよろしくね、燕結夢」 日差しを受けて静かに輝く船はどこか誇らしげに見えた。 羅喉丸がぐるりと辺りを見回す。 「よし、そうと決まれば準備だな。呂さん、巻尺はあるか」 「どうぞ」 受け取った羅喉丸は屋台周りの敷地の幅を測量しはじめた。測りつつ呂に声をかける。 「呂さん、床机か長椅子、できれば机を調達できないだろうか。飲食できる場所があったほうがいいように思うんだ」 「お安いごようです。数が決まったら教えてください。機材と一緒に仲間に頼みに行きましょう」 ついでに羅喉丸は皆を振り返った。 「屋台では何を提供するつもりなんだ? それによって調達するものが違ってくる」 「あたしは柚子胡椒を使ったチャーハンと餃子やね」 真紀は飛空船の調理場と敷地を交互に見比べながら意気込んで続けた。 「泰の料理はこっちじゃまだ珍しいんよね、人目が引ける思うわ。そんで柚子胡椒もあわせて売るねや。調味料ごと販売したら一石二鳥やで」 倭文もうなずく。 「我は点心ナ。肉の包子を作ろうと思ってる。食べ歩きしてるところを見た人が興味を持ってくれるかもしれないゼ」 何か思いついたのか、月与が手を叩いた。 「その点心の生地、あたいも使わせてもらっていいかい」 「かまわないガ、何に使うんダ?」 「あたいはちょっと気合入れて自家製チョリソーを作ろうと思ってるの。そのまま売ってもよかったけれど、肉まんの生地でパンを作ればホットドッグにできるわ」 「そいつはいいナ」 「真紀さんの言うとおり、食材も一緒に売れば収益アップを狙えるものね。保存食と調味料を実演販売を兼ねた屋台料理で提供しましょ」 おとなしく聞いていた雪巳が口を開く。 「お品が辛いものに偏っていませんか」 「冬場に食べて体の内から温まるものがいいと思ったのよ」 月与の返事に雪巳はすまなさそうに扇で口元を隠した。 「私自身が甘党なので、甘いものがあるとうれしく思います。よろしければ持参した樹糖も提供いたしますので」 「賛成♪ 両方あると味見が楽し、あ、ううん、お客さんもよろこぶわ」 本音がチラ見えしたセリのとなりで、呂が雪巳に顔を向けた。 「どんなお菓子がいいと思います?」 「そうですねえ……点心の生地に、今が旬の栗の甘露煮や甘薯を混ぜた蒸し菓子はいかがでしょう。生地を使い回せばそう手間もかからない」 そこまで言って雪巳の眉が、へにょとハの字になった。 「と、思います。お料理は得意でないので、加減がわからないのです。言い出した以上は、猫の手とはいえお手伝いいたしますよ」 一通り聞いた羅喉丸が測量を終えて巻尺をぱしんと〆た。 「チャーハン、餃子、肉まん、ホットドッグ、蒸し菓子。チャーハンは皿に盛るだろうし、腰をすえて食べたほうがいいだろうな。となると」 敷地を見回す。 「天儀の茶屋は床机のみの所も多いから長椅子を中心にしたほうがいいだろう。机もあったほうがいい。長椅子4、机2くらいか。呂さん、頼めるか」 「はいはーい。ではご案内しまーす」 「私も行くわ」 歩き出した羅喉丸の隣にセリも並ぶ。真紀はさっそくたすきがけをしていた。 「さあ仕入れや。ええ品置いてる店を探さんとな。容器もいるやろ、大事なことやで、こっちも目効きがいるな」 「そうね、B級品を狙いましょ。値切るわよ」 月与もやる気を見せる。かたや一家の大黒柱、かたや小料理屋の若女将、値切る気満々、迫力満点。闘志がメラメラ燃えている。一方、倭文は。 「小麦粉、青梗菜、椎茸、葱、人参、生姜、酒と水と……生地はもちろん肉もチャーハンやチョリソーに使うダロ? あれ、どれだけ仕入れりゃいいんダ?」 予想を越える量になったと頭を抱える。 「あのー」 雪巳が言いにくそうに切りだした。 「この船、留守番が要るんじゃないでしょうか。皆さんの貴重品もありますし」 わあほんとだ。船主は? さっき出かけちゃったよ。 「ほな雪巳さん、留守番頼める?」 「ついでに氷霊結で保冷庫に氷を満たしてくれないかしら」 「わかりました、お任せください。代わりに甘味を楽しみにしています」 真紀と月与の頼みに雪巳は微笑んで甲板に腰を落ち着けた。扇を振る。 「いってらっしゃいませ」 豊穣祭会場は広かった。 こんなに賑わっているのはやはり、理穴がついに魔の森の恐怖から解放されたからだろう。 道々、羅喉丸は店先の品や値札をチェックしていく。質のよいものをおいている店は覚えておき、あとで仕入れの足しにするつもりだ。そのうち、人波に古着を着た人が多い事に目を留める。 「そうか、あの急変で地方から流れてきた人たちか……」 これから冬にかけて、彼らの備えは充分だろうか。儀弐王の膝元にいるかぎりそれなりの暮らしが保障されると聞く。だからといって永住は本意ではないだろう。ここは彼らの故郷ではなく、魔の森は開拓されることを望んでいる。 施しに頼らず自活しようと考えているのか、通りの左右を埋めつくす露店には、むしろを引いただけの店も多い。口数少なく態度で示す、自立心の強い理穴の民らしい振る舞いだった。 (「そして人生は続く、か。彼らの行く末に幸多からんことを」) セリの盾になりつつ人ごみをすり抜ける羅喉丸は、ふと呂の視線に気づく。 「理穴であったことに詳しそうですねー。私にも教えてくれませんか」 「情報も商品として扱う気なのか」 「それはもう。私たち旅泰の飯のタネですから。何か商売に繋がりそうなことありません?」 しばし頭を悩ませる。羅喉丸は理穴のとある村と長くつきあってきた。理穴ギルド、そして儀弐王が深く関わった拠点だ。かといって黙りこんで目の前の旅泰に勘ぐられるのも座りが悪い。話しても問題ない範囲ならと羅喉丸は口を開いた。 「理穴東部に遠野村と呼ばれる所がある。魔の森に囲まれながらも存続した稀有な村だ。あのあたりの毛ガニは絶品だから、今後はさらに出回るかもしれない」 「いいですねカニ。獲れたてであれば、より美味しいことでしょうね。ご協力ありがとうございまーす」 へらりと笑った呂が人ごみの奥を指差す。その店には泰国風の暖簾がさがっていた。 「待って待ってー」 後ろから声が響く、いつのまにか人ごみの向こうにセリが流されていた。両手に何かを抱えているせいでなかなか進めない。 羅喉丸が近づき道をあけてやると、セリが抱えていたのは花束だった。 「これは?」 「えへへ、きれいでしょう? 机にお花を飾ったらいいと思ったの」 「なるほど。見た目も気分も華やかになるな」 女性らしい細やかさに感心していると、セリは暖簾と花を見比べた。 「やっちゃったかも。机とかを取りに来たんだったわ。帰りに買えばよかったかしら」 羅喉丸は軽く笑って腕を叩いた。 「力仕事なら任せてくれ」 ●はおちー理穴 「これこれ、探してたのよこういうの」 旅泰仲間の用意してくれた燻製機を前に月与がはしゃいでいる。大きすぎず小さすぎず、例えば小料理屋でさばく量を作るにぴったりだ。 「呂さん、これあたいに譲ってくれないかしら」 「それ仲間も気にいってるんでふっかけられますよー。期間中は好きに使っていいですよ」 「じゃあチョリソー多めに作っちゃおうっと」 「えっ。また明日材料買いに行くのカ」 小麦粉をたんまり背負ったままの倭文がうめく。横に長い会場をためつすがめつしながら歩いていたら日も暮れてしまった。途中で羅喉丸とセリも加わって呂を含めた6人がかり。足を棒にした甲斐あって、質も値段も釣り合いの食材が手に入った、ように思えたが。 飛空船の灯りの下、調達した机を調理台代わりに、包丁片手に真紀が眉間を抑えた。 「呂さん、あんたさんが買ってきたのは使えへん」 「ええっ」 「これあかんやつや。柚子を見るときは、ここのこの辺をよう見たらええねん」 「勉強になりますー」 期待通り粗悪品をつかまされたらしい。 「これなんぼしてん?」 「えーと……くらいだったような」 「頭ゲンコではさんでぐりぐりしていい?」 「あ、いたいいたい、やめてくださいー」 やんごとないお値段だったようだ。真紀はあわてて残りの食材の質を確かめる。月与も冷や汗をかきながら荷物をあさった。仲間が探し当てたこちらは上質。二人そろって胸をなでおろす。 「あせったわ。柚子胡椒がおじゃんところになるところやった。量は充分やしついでに柚子ポン酢も作ろか」 「これだけいいのが手に入ったのだし、蜂蜜を混ぜたジュースもいいわね」 「おーい、肉叩くの手伝ってくレ」 後ろで倭文が手招きした。ごつい肉塊をこれまたごつい包丁で切り落とし、仲間に渡していく。 セリが包丁を手にしたまま首をかしげ、隣にいた呂にたずねる。 「叩くって?」 「両手に包丁を持ってみじんぎりにするんですよー。ほらこんな風」 実演して見せた呂の手から、包丁がすっぽぬける。皮一枚で倭文は避けた。燕結夢の船体に突き刺さる。 「期待通りのボケをありがとう戚史殿、もう座ってろ」 「……はい」 おとなしく長椅子に腰をおろす呂。気配り上手なセリは足の悪い彼女が座りやすいよう、さりげなく手を貸す。呂に雪巳が近づいた。 「仕入れの時に、十矢羽村について聞きませんでしたか」 「十矢羽村ですか?」 ふしぎそうにしている呂を相手に雪巳はうなずく。 「先の急変の時に儀弐王軍の本陣となった村です。緊急事態とはいえ村が荒らされてしまって……村の方々は今どうしているか、村がどうなったのか、ご存知の方はいらっしゃいませんでしたか」 「そういえばそんなこと言ってる露店の人がいましたね。復興補助金は降りたけど、頼ってばっかじゃいられない、俺達の戦いはこれからだって張り切ってましたよ」 「喜ばしいことです」 ほっとした風に雪巳は広げていた扇を閉じる。 「皆さん避難されたと聞いていたので心配していましたがお元気なようで何よりです。魔の森も形骸化したようですし、時間はかかるでしょうが開拓していけば田畑も広がる。今こそ私たち開拓者の出番なのかもしれません」 「ほほーん、そうだったんですね。いいネタをどうも。ご協力ありがとうございまーす」 「雪巳さん、こっち来て。戚史さんは座ってていいで」 真紀がすり鉢片手に彼を呼んだ。会釈をして戻ると山盛りの柚子と青唐辛子が雪巳を待っていた。 「柚子胡椒作るねや。手伝って」 「どうしたらいいのでしょうか」 「柚子の皮と青唐辛子、ほんで塩を入れてようすってほしいねん。最後にゆずの絞り汁いれてこっちの容器に詰めてや。辛味を三段階に分けるから容器の色に気をつけてな。赤いのがいっちゃん辛いので、黄色が中辛、緑が甘口」 「かしこまりました」 たすきがけしてすり鉢に挑む。安請け合いしたはいいものの、けっこうな量だ。 「料理って力仕事なんですね」 雪巳のぼやきに肉まんの餡をこねているセリもうなずいた。家庭用ならともかく、屋台で売るわけだし。正直数が読めない。 「こんなにがんばってダダ余りだったら泣くに泣けないかも」 月与が苦笑する。苦労と結果が繋がらないのはよくあること。だからこそ。 「呼びこみもがんばりましょう。さっき真紀さんと話してたんだけど、泰国の屋台なのだし、泰拳士さんも二人いらっしゃるわ。見た目も泰国風でそろいにしてみない?」 「泰の服を着るの?」 「せやねん。あたしは孔雀の旗袍を着るつもり」 柚子皮を削ぎ落としながら真紀は想いを馳せる。セリは何故か渋い顔をした。 月与はチョリソーを作る。袋から腸に具を搾り出す。言うのは簡単だが、ちょっとした力加減でいびつになってしまう。心得があるのは月与だけ。細心の注意を払い、するすると腸詰を作り上げていく。 点心こと肉まん作り。こちらも心得があるのは倭文だけ。その倭文は必死で追加の生地を練っている。 「やばい、間に合わねェ。羅喉丸、手伝ってくレ」 「おう」 羅喉丸に生地作りを任せ、自分はセリのこねた餡を仕込みの終わった生地に放り込み、閉じ目をつまんで包子を形作る。ふと頭をひねり、手を止めた。 「戚史殿、ちょい手出してくレ」 「はいはーい」 差し伸べた掌に肉まんを置いた。 「思ってたより手ェ小さいんだナ」 「な、なんですか急に」 「女性でも持ち歩きやすいようにって思ってナ。もう一回り小さくするカ」 「手伝いましょうか?」 「座ってろ」 むくれている呂に心の中で謝りつつ作業に戻る。 (「勘定任せるのも考えもんだナ」) やがて桜のチップで燻したチョリソー試作品が取り出され、柚子胡椒とポン酢が仕上がり、蒸し器から程よく蒸気が吹き上がってきた頃、セリが目をきらきらさせ両手をあげた。 「きたきた来ました試食タイム! これが楽しみだったのー!」 机の上にずらりと並んだ努力の結晶の数々。さっそく真紀のチャーハンをスプーン山盛り頬ばった。ぎゅっと目をつぶってふるふる震える。 「辛すぎたんか、セリさん?」 心配する真紀を前に、みぎっ、ひだりっ、セリは首を振る。豚肉と炒り卵、ぱらぱらの米、新鮮な青ネギに、柚子胡椒のピリッと爽やかな風味を楽しんで。 「おかわりー!」 満面の笑みに真紀はほっとした。 「セリさんほんまにおいしそうに食べるなあ。作った甲斐があるわ。残りのも味見頼むで」 「どんどん持って来て!」 スプーンを握るセリの横で雪巳は蒸し菓子を食している。 「素朴でいいのですが、少し印象が薄いように思います。生地に樹糖も練りこんではいかがでしょう」 「そうね、樹糖は理穴の人に喜ばれると思うわ」 月与もうなずく。そして焼いたチョリソーを皿に並べた。羅喉丸がまばたきをする。 「焼くのか。保存食だから煮るのだと思っていた」 「本番では下茹でして火にかけるわ。それに、ソーセージは焼くものでしょう」 月与の言葉に、しかし羅喉丸は拳を握った。 「いや煮るだろう常識的に考えて。腸詰は煮るものだ」 「焼くで。焼くねん! 焼いて旨みを閉じ込めんねん。これは料理の基本やで」 「そうそう、炭火でカリカリなのをパリッと齧ると、中からお肉のうまみがじゅわあって……」 力強く言い切る真紀に、蕩けたような笑顔でよだれをふくセリ。倭文は両手で卓を叩く。 「黙っていればおまえら煮るだの焼くだの、何故蒸すって選択肢がねェんダ! 余分な油が落ちて体にいいんダゾ、医食同源! そうだろ雪巳殿?」 「私、甘党ですからー」 仕込みの夜はふけていく。 ●らっしゃい理穴 当日朝。 早朝の冷気に雪巳は肩を振るわせた。 「もうこんなに冷え込むんですね。長袍でよかったです」 そういう彼は翠地に銀糸で麒麟が描かれた旗袍を身にまとっている。正統なる天帝の統治を寿ぐ聖獣は天儀でも縁起物として喜ばれる。 「普段が着物ばかりですから少し新鮮だと思っていましたけれど、こんな落とし穴があるとは」 「昼には温かくなっているだろう。暑く感じるかもしれないな」 けろりとしている羅喉丸は龍袍を着ている。江湖と呼ばれる義侠の衣装だ。一歩間違えればその筋の人が好んで着るだけあって、派手な刺繍の龍が目立つ。ある意味屋台にぴったりかもしれない。 「うー、さぶっ。泰の出にはきついナ」 両隣の店に挨拶をしていた倭文が戻ってきた。こちらは黄色い毛皮の旗袍の上から戦袍と呼ばれる陣羽織を重ね着している。 「人が増えてきたな。昼には混雑してそうダ」 「やりがいがでてきましたね。がんばりましょう」 「あとは女性陣の着替え待ちか」 三人は飛空船の乗降口に目をやった。 「どうしたんセリさん。財布にぎってしかめっつらして。眉間にしわできるで」 「……ちーぱお」 「ん?」 真紀が近寄って耳を傾けると、半泣きのセリが顔を上げた。 「私も旗袍着たい! 一人だけ違う格好なんていやーうえーん」 「な、泣くようなことでもないやろ」 真紀の胸に顔をうずめてスンスン言っているセリ。 「売りましょうか?」 呂が新品を値札ごとセリに見せる。 「買えるけど、無理すれば買えるけど、買えるけど……!」 半泣きから本泣き一歩手前になったセリの頭を真紀がなでる。 「ほなあたしの蝶乱の旗袍を貸したるから、そないへこみなや」 「いいの?」 「かまへんかまへん」 「ありがとうっ!」 一転、笑顔になったセリに月与もほっとする。 「真紀、ほんとにありがとう。うれしいわ」 二人と一緒にうきうきしながら着替え始めたセリだったが、蝶の乱れ飛ぶ若草色の衣装を身にまとったとたん憂鬱に沈んだ。 「あ、やっぱり合わへんかった?」 「……うん」 「真紀さん着やせするタイプなのねえ」 細身のセリと豊満な真紀の間にはちょっと、若干、越えがたい壁があった。 「呂さん、裁縫道具はないかしら」 「はいはーい。とってきますから待っててくださいね」 「ストップ、その格好で外に出ない。せめて上に何か着て」 「冷えますもんね」 「そういう問題じゃないのよ。あなたを見てるとあたい色々不安だわ」 お願いだからちゃんと着てねと念を押すとセリを振り向く。 「余った布は縫いこんで調節しておくわ」 「ほんとに? ありがとう! うう、一人で都に出てきたから人の優しさが身に沁みるわ」 「女の子は見られてキレイになるんだから衣装は大事よ。特に旗袍はボディラインがそのまま出るんだからだぶついてちゃもったいないわ」 「髪はどないしょ、やっぱ泰風にまとめるのがええかなあ」 「セリさんふわふわロングだからきっとゴージャスになるわね」 「月与のブルネットもすてきじゃない。カールをつけてアップにするときっと似合うわ。真紀は泰風シニヨンにがいいと思うのよね。それからそれからー」 閉まったままの乗降口。男三人衆は寒い目でながめている。羅喉丸が頭をかいた。 「出てこないな」 「なんだかお花が飛んでいますね……。私達だけで始めましょうか」 「だナ」 倭文はポケットの地図を叩き、人ごみを振り向いた。両手を打ち鳴らして声を張り上げる。 「さァさァ燕結夢、開店ダ! 柚子胡椒にチョリソー、蒸し菓子、包子! そこのお姉さん、ちょいとお嬢さん、ほらほら旦那! 寄って得してってくれヨ!」 まずは調理にまわり包子と真紀の海老餃子から手をつける。月与がよっぴて仕込んだホットドッグも出す。異国の料理を前に寄ってきた客が買い求めていく。餃子を口に入れた中年女性が柚子胡椒の出来に感心し、一箱買い求めた。 客足は途絶え気味だ。早い時間だけあって皆目当ての物を探すのに夢中なのだろう。盆を置いた雪巳が退屈しのぎに笛を奏でる。しっとりした穏やかな旋律がせわしない人ごみの上を流れていく。壮年の男が険のとれた風で屋台に寄ってきた。なんでも豊穣祭のために上京したのだという。 「それはおつかれさまです。人酔いなさらぬようゆっくりしていってください。疲れにきく甘い物もございますよ」 雪巳の出した蒸し菓子を男はおいしそうに頬ばった。 (「お茶も用意すればよかったかもしれません」) 調理台を見回すが用意はできていない。はっと気づいて月与の用意していた柚子ジュースを盆に載せる。かき氷で冷やされたそれを飲み干し、一息ついて腰を上げた男は土産用にと肉まんを買い求めて人ごみに消えた。 見送る雪巳は母と手をつないでいる子どもと目が合った。にっこり笑ってみる。子どもが母の裾を引き、親子が屋台までやってきた。値札をにらみつける母と、はらはらしながら見守っている子ども。 「よけりゃ食ってみてくレ」 倭文は羅喉丸に合図し、セリに頼まれていた試食用のこまぎれチョリソーを親子に勧める。 母親は慣れない異国の味に眉をしかめているが、子どもの方はシンプルなうまみが気にいったようだ。目を輝かせている。 「今ならオマケがあるかもよ」 振り返ると乗降口からセリが顔を出していた。 華やかに着飾った女性陣がぞろぞろと降りてくる。笛の音で時間だと気づいたらしい。最後に降りてきたのは前掛け代わりに割烹着を着ている月与だ。 セリはほわっと笑いかけ、包み紙を手にとり親子に見せる。 「こちら持ち帰り包み紙、の、裏にご注目。同じ印がそろえばなんともう一つプレゼントしちゃうよ」 母も心が動いた。ホットドッグを二つ買い込み、羅喉丸の手から受け取るとさっそく包みを開く。そこにはそろいの流星マーク。 「おめでとー! ホットドッグもうひとつどうぞー!」 満面の笑みと元気な声に通りを行く人が振り返る。興味を惹かれたのか足を止める者もいた。子は父のところに行こうと母の袖をひっぱっている。 「家族と食べようって思ってくれるなんてうれしいな♪」 子どもに手を振るセリの後ろで、雪巳が羅喉丸をつついた。 「仕込みましたね?」 「初回くらい良いだろう、人寄せだ」 二人してにやりと笑う。 日が中天にかかる頃になると、通りでは人がもみ合うようになった。そんな中でも腹は減る。腰を落ち着ける場所を作ったのは正解だった。真紀が腕力にあかせて中華なべを振るう。チャーハンが豪快に舞った。 「さあさ見てってや、食べてってや。できたてホカホカチャーハンやで! 辛さは三種類、好きなのえらんでや!」 豚肉、もやし、玉葱、小松菜、とろーり半熟目玉焼き。具だくさんなチャーハン。そのうえ味も選べる。割高になってしまったが、豪華なラインナップは、すきっ腹をぎゅっとひきつけている。柚子胡椒とポン酢の香りが通行人の足を釘付けにする。真紀はさらに言い募る。 「自家製の柚子胡椒と柚子ポン酢も販売しとるから、よかったら買うてってや♪」 腹の虫を鳴らして老若男女が集まってくる。昼飯特需もあって列ができた。人の流れが滞り罵声が飛ぶ。どなりつけられた呂がびくりと震える。 「あわわ、どうしよう」 「混雑解消を優先いたしましょう」 「月与殿、調理まかせタ。我のは蒸すだけだからヨ」 「わかったわ。よろしくね」 雪巳は急いで列を整理し、倭文は試食を引っ込め、羅喉丸が持ち帰り専用窓口を作った。 「注文とりはまかせて」 セリは笑顔で飛びまわる。月与は調理台を器用に切り盛りしていく。 「召しませ万国の味。ごいっしょに新鮮な柚子と金色蜂蜜を使ったジュースはいかが?」 会計ついでにのどを潤す飲み物も一緒に売り込むと、次々手が伸びる。座る場所が足りずに立ち食いする客も多かった。倭文は給仕をしながらそんな客に声をかける。 「はいはいお嬢さん旦那さん、隣の屋台も頼むゼ。右のあんず飴は食後にぴったり、左の野菜はうちでも使ってらァ。見ていってくんナ」 空になった皿をかたづけながら、倭文は客の他愛ない話を聞き耳を建てる。そしてそっと地図にメモをとった。 列がはけてきた。朝に通りすぎた客が屋台をのぞいていく。買い物帰りの家族連れが座りのんびりとチャーハンを食べている。あれだけあった在庫が半分を切っていた。セリがとびはねる。 「すごい、もうこんなに売れちゃったんだ」 「食べるところを作ってご飯時を逃がさなかったのが効いたわねえ。ホットドッグがもうほとんどないわ。チョリソー持って帰ろうと思ってたのに」 「うぅ、私も余ったらちょっと持って帰りたかったのになぁ」 月与もセリを倣って大きく伸びをした。息抜きに蒸し菓子をもぐもぐしながら雪巳も応える。 「夜市の時間を狙えば売りきれるでしょうね」 「もうひとがんばりだな」 羅喉丸がちらかったゴミを片付け、長椅子を整える。 真紀は汗をぬぐった。呂に顔を向け、いたわるような微笑を浮かべた。 「……妹が受けた恩、これでちょっとでも返せたやろかな?」 「もちろんですよ。ってか、今回私何もしてないですねーあはは」 「ええねん、あんたさんはどんとかまえてはったら」 呂はへらりと笑う。 「真紀さんは歴戦の勇士みたいですけど、理穴でのアヤカシとか魔の森についてご存知ですか?」 「あたしは儀弐王様にご挨拶したくらいやで。妹の方がくわしいんとちゃうかな」 「そうですかー。機会があればお伺いしたいですね。ご協力ありがとうございまーす」 呂の肩が叩かれる。振り向くと丸めた地図を倭文が差し出していた。 「砂羅と氷羅らのアヤカシ交戦地、各種報告書の被害域と避難先、軍の補給拠点。復興の進み具合。国の手が回らねェ分は商売だの狙い目だろ」 ぶっきらぼうに言った直後、目をそらす。 「……って悪ィ。純な興味なら聞き流してくレ。……悪癖だ」 呂が首を振る。 「ありがとう、私の協力者さん」 白鳳の旗袍を着た呂は地図を手に、にんまり笑った。 |