首だけ男と八とクマ
マスター名:鳥間あかよし
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/19 19:30



■オープニング本文

「あのー」
「わっ」
「すいやせん、人を探してるんですが」
「そうなのかい?」
「ただ、あっしァ何も思い出せなくて。その上、体が重くて身動きが取れねえんでやすよ」
「しょうがないよ」
「そうなんですかい」
「だってアンタ首だけだし」

「よお八っちゃん」
「なんだいクマやん」
「そんな物陰で何して、わっ」

 驚いて飛びすさったのは派手な着物の少女。頭をかくのは地味な着物の女の子。どちらも年は十の頃合で、少女のほうは墨を含んだ筆のような髪から察するに鶴の獣人らしい。
 彼女らの前、漆喰で固められた壁から男の首が生えている。位置が低く、物陰に隠れているので、子どもでもないと気づかないだろう。
 女の子が口を開く。

「未練があって、嫁さんを探してるらしいんだよ。だけど棒手売をしてたくらいしか思い出せないらしいんだ」
「というかそいつはアヤカシだろう。八っちゃん、逃げようよ」
「そうなんだけど、悪さをする風でもないし身の上話を聞いてたら同情しちまってねェ」
「アヤカシに同情なんているもんかい。危ないから開拓者さんに来てもらおう」
「あ、あっし倒されちまうんですかい。そんなあ、今のままじゃ死んでもしにきれねぇ」
 泣き言を言うアヤカシも珍しいと二人は思った。
「そんじゃァ、なんでもいいから思い出しとくれ。今のままじゃ雲をつかむような話だ」
 女の子のもっともな言い分に、アヤカシ首男は頭をひねっている。

「そうだ。あの日は金魚を売って歩いてやした。だけども帰りに物盗りに襲われちまって、それぎりになっちまったんでさ」

「なんで嫁さんを探してるんだい」
「お恥ずかしい話でやすが、前の日にケンカをしやして。その日はあっしの誕生日だったんでやすが、すっかり忘れちまってて、待っていた女房と言い合いになっちまって……」
 これ以上は思い出せないと首男はうなだれる。
 今の時期、金魚はなかなかの高値で売れる。男は売り上げで女房に何かしてやるつもりだったのかもしれない。
 少女のほうはさっきから肩を怒らせて首男の挙動に目を光らせている。
「八っちゃん、さっさと倒してもらおうよ。しゃべるアヤカシは厄介者って相場が決まってるんだ」
「こんな往来で事を構えるのはどうかと思うねェ。人を巻き込んじまうよ」

「あっし、未練が消えれば刃向かいなんぞしやせん。天地神明に誓いやす」

 こんな真正直なアヤカシも珍しいと二人は思った。
「そんじゃァ、ギルドに行って開拓者さんにお願いしようかね。未練を晴らしてやっとくれって」
「違うよ、討伐だよ。どうせ討ち取らないといけないし。アヤカシだもの、土壇場になったら暴れるに決まってらぁ。嫁さんに何かあってからじゃ遅いだろ?」
 二人は手をつないで歩いていった。
 ギルドまでは子どもの足で少々。人通りの多い道を縫うように進む。
 天秤棒を担いだ棒手売りが何度も視界を通り過ぎていく。野菜に鮮魚、そばの量り売り。山盛りの籠は見ているだけで重そうだ。実際そのとおりで、家の近くを縄張りにしていることが多く、問屋も近くのを利用する者がほとんどだ。金魚を売り歩いている姿は見かけないが、探せば居るような気もする。
 一方、二人のやりとりはどんどん険悪になっていく。

「人探しさね!」
「討伐だよ!」
「じゃあどっちがいいか開拓者さんに決めてもらおうじゃないか。恨みっこ無しだよ」
 かくしてギルド掲示板に一枚の依頼書が張り出された。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
山茶花 久兵衛(ib9946
82歳・男・陰
鎌苅 冬馬(ic0729
20歳・男・志


■リプレイ本文

●首男
「ひいいい!」
 悲鳴が響く。同時に棍棒で殴られたような衝撃を受けた。クマユリが尻餅をつき、八重子は塀に手をつく。
「痛っ! 何だい今のは!」
「くらくらする、歩けないよ」
 こめかみを揉んだフェンリエッタ(ib0018)が精霊を呼ぶ。淡い藍の光が彼女を包んだ。
「混乱ね。もしかして件の首男に何かあったのかしら、急ぎましょう」
 片手で印を組みつつ祝詞を唱え仲間の混乱を解く。術が施されてもへたりこんだままのクマユリと棒立ちの八重子に、又鬼犬のフェランが頭をすりつけ、安心させてやった。
 一行が角を曲がると。
「後生だ旦那、命ばかりは」
「……アヤカシごときが命を語るな」
 首男に白鞘をつきつける鎌苅 冬馬(ic0729)の姿があった。上空で旋回する駿龍シュネルも、主の命さえあれば遠慮なく急降下してきそうだ。
 そんな冬馬の肩に戸隠 菫(ib9794)が手を置く。振り向きざまに抜き見の刃が宙を凪いだ。ひらりと避けた菫の肩で、羽妖精の乗鞍 葵もウインク。
「戸隠 菫だよ見習いさん、よろしくね。随分とのんびりしたアヤカシだけど、その首男は死んだ人の未練を核にしてると思うんだ」
 冬馬が目をすがめる。
「この装備は初心を忘れない為だ。そして俺にとっての初心は……アヤカシを、斬る」
 再び向けられる白刃。おぶおぶと首を振って刃先から逃れようとする首男に、北条氏祗(ia0573)が顎をつまんだ。
「動けないのか。一斉にかかれば倒すことも難しくなさそうだが、それでは後味が悪い。こやつ、何者なのだ……」
 物影にしゃがみこんだ走龍の大山祇神も、首男の様子をじっとうかがっている。
 菫は静かな瞳で冬馬を見つめた。
「未練を解消させることが出来るなら、それに越したことはないんだよ。だからね、その努力を先ずする、それで良いよね」
 菫と首男を見比べた冬馬は、かるくため息を吐いて刃を鞘に戻した。
「俺の非情な面と、首男を倒さなければいけない事態は、変わらない。……だが、探し人は探してやる」
「けっこう純情なんだね」
 菫の軽口に冬馬は鋭い視線を投げかけた。
「別に、情が移ったわけじゃない」
 クマユリが腰に両手をあてた。
「そのお兄さんの言うとおりさ。アヤカシは倒さないと。とっととやっちまっておくれよ」
「クマやん。アタイは人探しをお願いしたんだよ、終わるまで待っとくれ」
「同情なんてしちゃダメだよ八っちゃん」
「まぁまぁ、落ちついて二人とも。キャンディいる?」
 神座亜紀(ib6736)のさしだしたキャンディボックスに二人の目が釘付けになる。そぉ〜すぅ味とめろぉん味が消える。
 まだ気に入らない様子のクマユリのほっぺに、もふっと柔らかい感触がおしつけられた。顔を向ければ山茶花 久兵衛(ib9946)のぬいぐるみ。
「もふらさまだ! おいちゃんも、もふらさま好きなのかい?」
「これはおぬしのような聞かん坊の相手にするものだ。倒すだけならいつでもできる。まずは謎を解いてみようか。その方が俺もおぬしもすっきりするぞ」
「はなひを聞くかぎり、らしかに同情すべき点はあるひ、このままじゃ奥しゃんもかわいほう」
「お嬢様、飴を食べ終えてからになさってください」
 樹糖キャンディに専念する主に代わり、からくりの雪那が咳払いをして引き継いだ。
「せめて最後のお別れをさせてあげませんか。私がこの男の似顔絵を作りますので、皆さん捜査にご協力ください」
 同じからくりである相棒、HA・TE・NA−17ことハテナの視線を受け、天河 ふしぎ(ia1037)は優しい笑みを浮かべた。
「そうだね……じゃあ、とりあえず首男の事は監視しつつ、証言の裏取りに動いてみるって事でどうかな?」
 腰をかがめ、目を合わせたふしぎの言葉に、八重子とクマユリは同時にうなずいた。
「首男の言葉が本当ならその奥さん、旦那さんが行方不明なままというのも可哀想だし、正義の空賊としては放っておけないんだぞ。ハテナ、首男の監視は宜しく」
「了解ですマイキャプテン、ハテナがしっかり監視しておきまするゆえ、安心して調査を」
 銀色のからくりがぴしっと最敬礼する。その脇で雪那がせっせと手帳にペンを走らせている。機械術で狙ったところに線を引いて、似顔絵を量産。まあまあな出来だ。友人知人なら思い当たるだろう。
 フェンリエッタも難しい顔で首男を見下ろしている。
「体がない、頭はあっても記憶がない……難儀なアヤカシね」
「かべにみみあり、わたしメアリってくらい、きれいさっぱり首だけですねー」
 フェンリエッタの後ろからカンタータ(ia0489)がのぞきこんだ。
「皆さんが出歩くなら、ボクは首男さんの傍に残ります。街の人の目に付いて余計な混乱招くわけにはいかないですから」
 口元を隠して意地悪く笑う。
「あとはー、犬とか来てマーキングされたらさすがに嫌でしょうー?」
 ひっと情けない声をあげる首男に、羽妖精のメイムとそろって肩を震わせる。
 氏祗が壁によりかかり、アヤカシをさりげなく隠した。
「拙者もこいつを監視する。間の抜けたアヤカシだが、これが本性とはかぎらん。手が足りんようなら、大山祇神で助力を願いにいくから、落ちあう先を決めておこう」
 フェンリエッタはひたと首男を見据えた。
「もし私達を騙したり、子ども達や他の人を傷つけたりしたら容赦しない」
 青い顔の首男から視線をはずし、彼女は八重子を見つめる。
「奥さんを捜したい気持ちは理解できるつもりだけど、会うなら賛成できないわ。喧嘩別れで亡くした夫が、首だけのアヤカシになった上もう一度死ぬことになる奥さんの気持ちはどうかしら……その辺りの事、よく考えてみて」
 口ごもる八重子に亜紀が口を開いた。
「それは奥さんしだいじゃないかな。けどフェンリエッタさんの意見も、もっともだね。気を配ることにするよ」
「ありがとう、お願いするわ。ところで、壁の向こうにも体はないの?」
 一同、壁を見上げる。漆喰の壁は土蔵の裏のようだ。近くにある小ぶりな屋敷が母屋と見える。
「首だけのアヤカシか……面妖だな。おい首男。ここが重要だと思うのだが、喧嘩した、おぬしの誕生日とやらは、いつの話だ?」
「先月の8日でして」
「気の長い奴だな。しかしこれで目処はついた。ちょいと考えがある。俺もここに残らせてもらうぞ」
 ヒゲをしごく久兵衛の懐で、猫又の太郎がにゃあと鳴いた。

●探し人
「金魚、金魚っと」
 大通りで棒手売りを探すふしぎ。人ごみを縫い、品をのぞいてまわる。ついでに雪那の似顔絵も見せたが心当たりのある者はいないようだった。
「亜紀君、八重子君、そっちはどう?」
「調査なう」
「こっちもまだだよゥ」
 近くで同じく棒手売りに声をかけていた亜紀と八重子も首を振る。ふしぎは腕を組む。
「あの首男は、今どういう扱いになっているのかな。行方不明なら、番所に捜索願いが出ていたり、開拓者ギルドにそれらしい依頼が持ち込まれてそうだよね」
 長いまつげが切なげに伏せられた。
「奥さんも旦那さんの事、探してるって思うから」
 亜紀もうなずく。
「そうだね。ボクたちはもう少し聞き込みを続けるよ。ふしぎさんはそっち方面から攻めてくれる?」
「任せてくれたまえ」
 二人と別れるとふしぎはまず手近の番所へ向かった。
「すみませーん。この男の人を探してるんです」
 似顔絵を前に受付の小役人は頭をかいた。迷子に探し人に行方不明者、はては小猫又まで。捜索願いは数が多い。名前が分からなければ、倉の書類を総当たりしなくてはならないという。
「手がかりはこの似顔絵だけなんです。なんとかなりませんか」
 くいさがるふしぎだったが、10日は待ってくれと言われて肩を落とした。
「ありがとうございました。……待ってる間に首男が事情を知らない人に見つかってしまうよ」
 番所を出たふしぎが見知った背中を見かけ声をかけた。
「フェンリエッタ君、収穫はあったかい?」
 足を止めた彼女は沈鬱な面持ちで首を振った。
「遺体に瘴気が憑いたらたいていそのままで動くでしょう? なのに首だけ、という事は首しかなかったような、特殊な亡くなり方として人目に触れているかとおもったのだけれど……。私は一度現場に戻るわ。ギルドの方をお願い」
 フェンリエッタを見送り、ふしぎは開拓者ギルドへ向かった。年若いギルド職員、翠嵐を相手に事情を話す。
「似顔絵だけからすべて照合するとなると3日くらいでしょうか」
「もっと手早く探せないかな」
「確実な方法がありますよ」
「どんな?」
 思わず身を乗り出すふしぎに、翠嵐は微笑んだ。
「新しく依頼を出してください」
 背を向けたふしぎを翠嵐はきょとんと見送った。
 外に出ると亜紀が手を振っていた。見知らぬ棒手売りもいる。
「ふしぎさん、こっちこっち。探しちゃったよ。首男の友だちが見つかったよ。家も教えてくれたから、奥さんの所に行こう」

 一方、人でごったがえす問屋街。金魚の泳ぐ水桶が並べられる一角で、冬馬は事件そのものについて聞き込みをしていた。だが人が亡くなった話は誰も知らないようだ。
「まさか殺人が発覚していないのか?」
 嫌な予感を覚える冬馬の後ろ。問屋の奥で菫も店主を相手に似顔絵を見せる。
「棒手売りが物盗りに襲われたって話を聞いてない?」
 返事に柳眉を曇らせる。
「月に3〜4件はあるの? そうだね、この町は広いし。開拓者だかならずものだか、よくわからないのもざらにいるよね。ねえ、被害者の中に金魚売りの人はいる?」
 金魚を扱う問屋はこのへんではここぐらいだ。今の時期は高値で売れるので、仕入に来る小売も多く、出入りを押さえているのは大福帳くらい。
 菫は探偵よろしく切り口を変えてみる。足を組み変えたついでに金の髪が揺れた。
「このへんで物盗りがよく出没するのは何時ごろで、場所はどこ? 襲われそうになったなんて話を聞いてたら教えてよ」
 店主の返事に菫は唇をかむ。
 打ち合わせ場所で落ちあった冬馬に菫は言った。
「物盗りが頻繁に出た地域があったんだけど、ある時期を境にそこからはいなくなったんだって。……その場所が、首男のいるところなんだよ。あたし、葵と二人で詳しく調べてみたいから先に戻るね」
「送ろう。シュネルの翼ならすぐだ」
 冬馬が口笛を吹く。駿龍が翼を鳴らして舞い降りてきた。

●探る人
「土蔵に入りたい? 帰れ」
 一刀両断、けんもほろろ。
 母屋の入り口に立っていた男に追い返され、久兵衛は軽く肩をすくめた。首男のもとへ戻るとカンタータと氏祗、そしてクマユリが出迎える。
「やっぱりというかなんというかな反応でしたかー。残念ですね」
 カンタータはうとうとする首男を眺めた。まばたきをして目をさますたびに、メイムが背の羽から眠りの燐粉を撒く。
「カンタータ。私の力じゃ効きが悪いよ」
「まともに戦うと厄介そうですねー。ボクたちも奥さんも勿論食べちゃだめですよー? 代わりにこれをあげますので」
 しゃがみこんだ彼女は首男の頬を、瘴欠片が施された符でぺちぺちする。
 ねぼけまなこがしゃっきりしたのを見計らい、氏祗は問いかけた。
「お前はなぜ首一つなのだ?」
「すまねえ旦那。あっしはまだ記憶がはっきりしなくて」
「では、人が憎いか?」
「憎い?」
「おまえは物盗りに殺された。それをどう思っている」
「そりゃあ、憎くないはずがないですよ旦那。汗水たらして稼いだ金を根こそぎ持って行かれて、こんな姿にまでなっちまって……今となっちゃ女房に会いてえ一心ですが……こうなったのも……」
 首男の眉間に深いしわが刻まれていく。どこか陰惨な雰囲気が漂いはじめたアヤカシの頬をカンタータの符がぺちりと叩いた。
「殺人犯とはいえ、一般人相手にボクたちがあだ討ちするわけには行きませんし、復讐のお手伝いをすることもできませんがご了承くださいー。もし襲いかかったりしたら奥さんに会う前であっても首男さんをやっつけないといけなくなります」
 これ以上はまずいと氏祗に目で合図する。
 猫又の太郎が土蔵の影から久兵衛の元へ走ってきた。主人は抱き上げ、報告を聞きながらのどの下をくすぐってやる。
「やはり土蔵は鍵がかかっているか。窓には鎧戸もあるしな。しかし血痕も見当たらんとは、ここで殺されたのは間違いないだろうに。植え込みを調べなおすか」
 人魂を飛ばそうと気に入りの符を取り出した久兵衛を、氏祗がひじで小突く。気取られないよう母屋に背を向けたまま続けた。
「久兵衛殿、母屋を探ってくれ。あの門番、身なりこそ粗野だが手練れのようだ。そもそもたいして大きくもない屋敷に門番がいるのは怪しい」
「ふむ、心得た」
 放り投げた符が黒いネズミになった。ちょろりと尻尾を振って駆けだす。人魂を通して久兵衛は母屋の偵察に入り、息を飲んだ。
「何と、賭場をやっているぞ。……法外な金が積まれているな、身ぐるみ剥がれているバカもいるぞ。昼間からお盛んなことだ」
「へえー、気になりますねー。鍵もきっとそこにあるでしょうから、突撃となりの違法賭場しても罰は当たらないんじゃないですかー?」
 カンタータの提案に久兵衛と氏祗はそろって悪人面で笑う。
「いたしかたない、やんちゃ坊主どもの相手をしてくるとするか」
「峰打ちはな、斬られたと錯覚するほどには痛いぞ」
「どうしたの一体?」
 道の向こうからフェンリエッタが姿を現す。
「戻ったか麗しいお嬢さん。なに、この土蔵の持ち主に挨拶をするだけだぞ」
「そう……。依頼とは直接関係ないけれど、目の前の無法を捨て置くわけにもいかないわね。クマユリちゃんはどうするの? こちらは物騒だからお勧めしないわ」
「ちぇー。そっかー、じゃあカンタータさんと待ってるよ」
 久兵衛から手短に事情を聞き、フェンリエッタは殲刀の鞘の具合を確かめた。唇を尖らせるクマユリの頭を撫でる。
 一同を龍の影がかすめる。屋根をいくつか挟んだ先の空き地にシュネルが着地するのが見えた。背から降りてこちらにやってくるのは冬馬と菫だ。
 久兵衛から説明を受け、二人もにやりと笑って得物に手をかける。
 カンタータはクマユリとハテナと並んでひらひらと手を振った。
「いってらっしゃーい」
 ぞろぞろとそろって近づいてきた開拓者たちに門番は気圧された様子だ。腰が引けたまま精一杯虚勢を張る。
「なんだ貴様ら、用がないなら」
 門番の声は氏祗の不意打ちで途切れた。
「頼もう! さて、これも賭場荒らしになるのかな?」
 氏祗を先頭に奥へ。踏み込むと賭場の者は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。久兵衛が白壁を呼び退路を防ぐ。冬馬、フェンリエッタが回りこんでは峰打ちで気絶させ、菫が捕縛する。志体持ちもいたが、泡を食って逃げ出そうとしていたところにこれだけの開拓者に狙われてはひとたまりもない。大捕り物は5分足らずで終わった。胴元を探し、鍵の在り処を聞く。
 南京錠をあけ、土蔵のかんぬきが引き抜かれる。きしみながら開いた扉の奥には、賭けの質草になった荷物が雑然と積まれていた。人によって価値が違ったり、足が付きそうだったりと、捌くには時間のかかるものばかりだ。その中に符が混じっているのを久兵衛の慧眼が見てとる。
「陰陽師くずれの半端な符がちまちまと瘴気を吸って首男が生じたのか。なるほどな」
 誰もが奥の壁を見つめ、無言だった。フェランが飛び込み、その壁の前で激しく鳴く。首男の裏、ちょうど、人一人分が真新しく塗りなおされた壁の前で。

●そして
「おまえさん、こんなことになっちまって……」
 ほろほろと涙をこぼす妻を前に首男も目を潤ませた。わっと声をあげて泣き崩れた女の背を亜紀がさすってやる。油断なく首男との間に割りこんでいたふしぎもハテナと共に女に寄り添った。
「ボクはなんて声をかけたらいいのかな、雪那」
「今は泣かせてさしあげましょう、お嬢様」
 道中、女が気丈でいられたのは雪那がなにくれとなく面倒を見てやったからだ。ひとしきり泣くと女は袖で涙をぬぐい、立ち上がる。
「ありがとう開拓者さん。これで葬式があげられる。亭主が生きてんだか死んでんだかわからないまま、やきもきしてるより良かったよ。お腹の子のためにも」
「へ?」
 首男と一緒に亜紀もふしぎも抜けた声をあげた。よく見れば女の下腹は、わずかに膨らんでいた。夢から覚めたような顔つきで首男が呟く。
「……そうだ。あっしはあの日……産着を……買いに行きたかったんだ」
 ふしぎが久兵衛に耳打ちする。
「売上金は見つかったの?」
 久兵衛は重く首を振る。
「負けの込んだ阿呆ゥが物盗りをくりかえしていたのだ。とうに借金取りの懐に消えていたぞ。出所がどうであれ、向こうにして見れば正当な取り分だ。返せとも言えん」
 フェンリエッタと菫がまなじりを険しくする。
「賭場の常連に犯人がいたわ。賭けに狂った人って、信じられないことを言うのね」
「金にしか手を出さないつもりだったんだから抵抗する方も悪いなんて、ひどすぎるよ」
「そして賭場の発覚を恐れた胴元が事件を隠蔽。あとは官憲の手に委ねましょう」
 そう言い、カンタータは首男に静かなまなざしを送る。
「お疲れ様でした抵抗しないでくださいねー……」
「奥殿、すまんが下がってくれ」
 氏祗に言われ、女は八重子とクマユリに連れ添われて距離を開けた。
「ここから先は見ないほうがいいだろう」
 久兵衛が白壁を呼び出し、間に障壁を築く。カンタータも続いた。
「じゃあ約束通り……ハテナ、このアヤカシに止めを」
「イエス、マイキャプテン……ハテナ行きまする!」
「待って」
 ハテナを制し、うなだれる首男に亜紀が近づく。
「キミも怖いよね。せめて安らかに」
 アムルリープの魔法を唱えるにつれて首男のまぶたが落ちていく。
「産着はどんなのにするつもりだったの?」
 詠唱の途中、仁徳の魔術師が挟んだ言葉に首男の唇が動く。
「……白いのを……」
 そのまま眠りに落ちた。最後に、一等うれしいことを考えたまま。しあわせそうな顔で。

 風が吹き、瘴気の塵が消える。
「前に八重子ちゃんにアヤカシ話をした時、これと同じようなお話があったよね。ボク達は開拓者だから、アヤカシは討たないといけない」
 でもやっぱりこういうのは辛いよねと、独り言のように亜紀は呟いた。
 刀を納め、冬馬は振り返る。消えた術壁の向こうには、生き抜くことを決意した女の姿があった。
「産着を買いに行こう。新品の、真っ白いのを。ただの祝いだ。別に……情が移ったわけじゃない」